No.853081

飛将†夢想.16

公孫賛との共闘により、袁紹軍を退けた呂布。
河北の情勢が動く。

再版してます。。。
作者同一です(´`)

2016-06-13 17:29:40 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:1661   閲覧ユーザー数:1531

『烏丸』

 

烏丸とは、

紀元前1世紀から紀元後3世紀にかけて中国北部に存在していた民族のことである。

 

 

野戦で公孫賛の軍勢と協力して袁紹軍を破った呂布。

 

呂布は公孫賛との挨拶を済ませると、

とりあえず落ち着いて話をしたいと壷関に公孫賛たちを呼んだ。

 

 

「…改めて礼を。此度の援軍、そして攻撃要請を引き受けて頂き…」

 

 

呂布は壷関の城壁で公孫賛に拝跪すると、

それを見た公孫賛はまさか、

あの“泗水関の鬼神”が頭を下げるとは思わず、

慌ててワーワー騒いで呂布を立たせようと手を掴む。

 

 

「ちょ、ちょっ、た、立ってくれ!!…礼を言うのはこっちの方だ。前々から袁紹の奴を懲らしめたくてな、業の兵力が減ったのを報告してくれて助かったよ」

 

 

公孫賛は苦笑しながら呂布の手を引いて立たせた。

 

呂布は公孫賛の手をそのまま両手で包むように握ると、

その行動にドキッとする公孫賛など気にせず感謝の意を伝える。

 

 

「…幽州牧の寛大さに感謝致す。今後も幽州牧とは良き関係を築いていきたい」

 

 

「……お、お、お、おうッ!!」

 

 

「…?」

 

 

「なに顔を赤めて全力で返事返してるんですか、伯珪殿」

 

 

呂布の言葉を聞き、顔を真っ赤にしながら握手している手をブンブン振る公孫賛を、

呂布は疑問顔で、

公孫賛の隣にいた趙雲は呆れた表情で見た。

 

そして、この呂布の発言に勘違いする人物が当然の如く居るのであって…

 

 

「こ、公孫賛殿と、よ、よ、よ、良き関係を築きたぃとは、どういう事なのですかッ、呂布殿ぉぉぉお!!?」

 

 

音々音は涙をボロボロと流しながら呂布の袖をぐいぐいと引っ張りながら嘆く。

 

そんな音々音に皆が呆然としている中、

今まで黙っていた陽炎が殺気を放ちながら公孫賛に向かって大剣をチャキンと鳴らし、

霞と早苗に全力で殴られるのだった。

 

未だに泣きじゃくる音々音の頭を撫で落ち着かせながら、公孫賛に対して頭を下げる呂布。

 

その下には陽炎が頭から煙りを上げて横たわっていたが、

公孫賛を除いて誰一人気にすることはなかった。

 

 

「は、はは…あ、それより、このままゆっくりしていて良いのか?袁紹軍の追撃をするなら今だが…」

 

 

横たわる陽炎に苦笑していた公孫賛だったが、

思い出したのか敗走する袁紹軍追撃の有無を呂布に尋ねる。

趙雲もそれには同意なのか呂布の答えを聞くべく黙って顔を向ける。

 

だが、呂布の答えは二人には意外なものだった。

 

 

「…追撃はしない。直ぐに業城に増援を送って防備を固めるべきでしょう。今回の戦いで一番被害を受けたのは業城に住む民。守りを固めて、今後平和に暮らせるという事を証明すべきかと」

 

 

呂布が公孫賛にそう言うと、

呂布の背後に控えていた早苗が歩み寄り供手して口を開く。

 

 

「呂布殿、兵士一万いつでも動けます。御命令を」

 

 

「…と言うことです」

 

 

早苗の言葉に続けて公孫賛を見る呂布。

何から何まで先を読んでいる呂布たちの行動に唖然とした公孫賛は、

その言葉にただただ頷くのだった。

 

呂布は壷関に気絶する陽炎と兵士一万を残すと、

負傷兵を上党に帰還させ、

自身は一万の兵士と霞、音々音、華雄、早苗、そして公孫賛たち白馬義従と共に業城へ向かう。

 

その道中…

 

 

「…今回の共闘、業城制圧の報が袁紹軍に広まれば十分と思っていましたが、まさか野戦の援軍まで送ってもらえるとは思いもよらず、この呂布、感服いたしました」

 

 

「止してくれよ。業城を直ぐに制圧出来たのは、鈴々や業城に残ってもらってる桃香、愛紗のおかげだから」

 

 

 

隣にいる呂布の言葉に公孫賛は苦笑しながら手を横に振って、

自身の手柄ではなく劉備三姉妹の手柄であると伝える。

 

その言葉に公孫賛を見直す呂布。

そして、更に試すかのように彼は言葉を続けた。

 

 

「…されど、今や劉備三姉妹は州牧の配下。その手柄は州牧の手柄になりましょう」

 

 

「配下なんて…桃香たちは私の友人だよ。配下に入れたくて行き先の無い桃香たちを呼んだわけじゃない、友人の助けになりたくて呼んだんだ」

 

 

へへっ、と恥ずかしながら話す公孫賛の表情に嘘偽りはなく、

呂布も彼女の表情からその事を察する。

 

呂布の口から零れる笑み。

これは良き人物と共闘できた、

そういう喜びであった。

 

暫くして呂布たちの目に業城が映る。

呂布と霞は業城を見ながら、

朱椰と共に戦ったあの時のことを思い出す。

 

と、城から走ってくる影が一つ。

それは何か叫びながら近付いていき、

次第にその姿が明らかになっていく。

 

 

「ほぉーせんさまぁぁぁっっ!!!五月雨は見事に任務を果たしましたよぉぉぉっっ!!!ですので、その褒美に熱い包容ブホッ!!?」

 

 

離れた所から呂布に向かって、満面の笑みを浮かべ凄まじい跳躍で飛びかかる五月雨。

だが、そのそれも空中で呂布の方天画戟の槍把で迎え撃たれ、

無残に墜落した。

 

白目でピクピクと気絶する五月雨をいつものように無視して業城に向かう呂布軍に、

公孫賛は唖然とし、趙雲は溜息をついて呆れた表情を浮かべる。

 

呂布たちが業城の門に近付くと、そこには詠の姿が。

その表情は五月雨の行動を一部始終見ていたのだろう、

趙雲と同様呆れた表情をしていた。

 

 

「…疲れてるのに、あんな馬鹿の相手させられてアンタも大変ね?」

 

 

「…まぁ、陽炎も然り、奴らは毎回あんな感じだが、悪い気はしない。これでも何処か落ち着くんだ。やはり良いものだな、仲間とは」

 

 

詠の言葉に対して呂布は意外にも笑みを浮かべ、

気絶する五月雨を見ながら答えた。

詠はそんな整った呂布の横顔をボーっと思わず見取れてしまう。

 

彼女が我に返ったのは、

呂布が頭をぽんぽんと優しく叩いて礼を告げた時だった。

 

 

「…使者の任、御苦労だった。お前の外交能力の御陰で良き人物と友好関係が保てそうだ」

 

 

「………っ、あ、あ、あああ当たり前じゃない!!このボクが使者として行ったのよ、出兵要請の一つや二つは勿論、友好関係を築くなんて当然よ」

 

 

我に戻った詠は見取れていた自身を恥じながら、

腕を組んでそっぽを向く。

そこに霞がそっぽを向く詠に歩み寄って耳元で囁いた。

 

 

「…呂布ちんも褒めてるんや、御褒美に閨を共にしてもらったらどうや?」

 

 

「ばっ!!?何言ってるのよ、アンタは!!!?」

 

 

霞の言葉に顔を真っ赤にした詠がギャーギャー騒いでいると、後方にいた公孫賛たちが合流する。

公孫賛と趙雲は、

また騒ぎか、

と溜息をつくのだった。

 

 

 

業城に入ると呂布は直ぐに一万の兵士を民の前で守備に就かせる。

無言で城の城壁に並ぶ一万の兵士に最初は恐れていた民たちだったが、

 

 

「…業城の民よ!!此度の戦にお前たちを巻き込んだ事を深く詫びたい!!これからは我が精鋭が未来永劫この城を護ることをここに誓おう!!これからは今まで通り…いや、それ以上に平穏に暮らせると思ってくれ!!」

 

 

呂布の演説により、それも直ぐに解消。

瞬く間に呂布は業城に住む民の心を掴んだのである。

 

 

呂布の演説に公孫賛は何も言えず、

ただただ感心していた。

民の心を一瞬にして掌握してしまう呂布のその英雄たる素質に。

 

その日の夜、公孫賛は呂布たちを宴に招いた。

彼女も呂布との友好関係を結ぼうと考えたのである。

 

 

「皆、此度の戦、御苦労であった。今回の共闘を機に、呂布殿とは今後も良き関係を築いていきたい」

 

 

「…有り難きお言葉。この呂奉先、幽州牧の要請と有らばどのような処に居ようと馳せ参じましょうぞ」

 

 

杯を持ち呂布に向かって公孫賛が話すと、

呂布は杯を両手で胸の前に持ちながら答え、

それを合図に宴会の場にいた者たちが乾杯をする。

 

わいわいと賑わう宴会場。

上座で飲む呂布と公孫賛は酒を飲み交わしながら、

今後の事について話をしていた。

 

 

「…業城の守備は我が軍から月毎に五千ずつ交代で入り、常時一万の兵を置くようにしますので」

 

 

「あー…その事なんだけどな」

 

 

「…何か?」

 

 

頬を人差し指で掻きながら公孫賛が口を開くと、

呂布は杯をゆっくり置いて話を聞く。

 

公孫賛はコホンと咳を一度すると、

一呼吸入れてから話を続けた。

 

 

「業城は私の本拠・北平城から離れていて、物資などの輸送面から正直維持がしづらい。そこで、この城を呂布殿に譲ろうと思うんだ」

 

 

「…州牧、それはなりません。この業城は貴女とその仲間たちが落とした城、それを何もしていない私が譲り受けるなど…」

 

 

呂布はまさかの公孫賛の申し出に、

冷静に頭を下げて固辞する。

 

だが、それを分かっていたかのような表情で言葉を続ける公孫賛。

 

 

「呂布殿ならばそう言うと思っていたよ。それなら、もう一度共闘して袁紹の南皮城を攻略し、その時に南皮城を私に、業城を呂布殿に…というのでどうだろう?」

 

 

「………分かりました、それで承諾しましょう。しかし、もう一つ条件を」

 

 

公孫賛の提案に呂布は暫く考えた後に目を瞑って頭を下げる。

しかし、直ぐに目を見開くと公孫賛に向かって一つの条件を進言した。

 

 

「…業城は河北最大とも云える大都市。故に私が只譲り受けるは私自身が納得出来ませぬ。業城の物資を半分…いえ三分の二を州牧が擁する城に分配させてもらいまする」

 

 

「確かに…そこまでして貰わねば、我々からの疑いは晴れませぬなぁ」

 

 

と、公孫賛に話す呂布の前に、

酒の入った容器を持つ趙雲が頷きながら現れる。

彼女は呂布と公孫賛の眼差しなど気にせず、

笑みを浮かべて黙々二人の杯に酒を注ぐ。

 

酒が注ぎ終わると、

公孫賛が杯を置いて先の発言を趙雲に問うた。

 

 

「失礼だぞ、星!!お前はまだ呂布殿のことを信じられないというのか?」

 

 

「いや、簡単に信じきっている伯珪殿に私は驚きを隠せませぬな。もしや伯珪殿、呂布殿の事を好いているのでは…?」

 

 

公孫賛の問いに趙雲がニヤリと笑いながら返すと、

公孫賛は言葉を発せず顔を真っ赤にしながら手をバタバタと振って必死に否定しようとする。

 

趙雲はそんな自身の主君を横目に、

呂布の方を見て言葉を続けた。

 

 

「城下での演説、素晴らしいものでしたな。ですが、本来の主を差し置いて民の心を掌握するのは如何なものかと思いますが…?」

 

 

「…それはそうだ。だが、俺は城を奪う…元より天下統一などに興味が無い。今回の業城守備兵配置も要請を引き受けてくださった州牧への恩返し。それも疑うのならば、命より大事なこの両刃剣を差し出そう」

 

 

呂布は趙雲の言葉に腰に差した朱椰の剣を差し出す。

 

 

「ほぉ…これは素晴らしい剣ですな」

 

 

「っ、星!!呂布殿も剣を納めてくれ、私は疑ってはいない。星もそれを理解しろよぉ…」

 

 

呂布から朱椰の剣を何食わぬ顔で受け取ろうとする趙雲に、

それを押しのけ呂布にも止めるように言う公孫賛。

最後には主である自身の気持ちを悟らない趙雲に公孫賛は嘆く。

 

と、宴会に参加していた者たちがこの騒ぎに気付き始める。

 

 

「…この際だ、皆にも俺の考えを話しておこう」

 

 

皆が注目したことを呂布はいい機会だと立ち上がり、

全員に向かって話し始めた。

それは呂布の考えている天下の在り方についてだった。

 

 

 

壷関の戦いから半月。

 

呂・公孫両軍は軍備を整え袁紹領の南皮城に北と西、

二方面から侵攻する。

 

対する袁紹軍は主君のその性格から半月で軍備を万全に整えきれず、

そのまま呂布と公孫賛を迎え撃つことに。

 

 

「…結局、平原からの輸送は間に合わなかったか」

 

 

南皮城を守る張郊は、

城にゆっくり進軍してくる呂の旗を見ながら呟く。

 

輸送は間に合わなかったが、対抗出来るだけの兵力はある。

だが、周りにいる兵たちから放たれる絶望感を彼女はしっかりと感じ取っていた。

 

呂旗を靡かせる軍勢の先頭に、

赤い軍馬に乗った黒甲冑。

 

今の袁紹軍ならば誰が見ても判るその姿。

呂布一人の存在で南皮城の士気は落ちているのである。

 

 

「どうする儁乂…お前は立派な将軍だ。お前なら打開できる、うん」

 

 

自問自答を口に出して言う張郊。

これが彼女のなりの一番気持ちを落ち着かせる行動であった。

 

 

「その通りだ、花。お前なら出来る」

 

 

そんな張郊の言葉に、

肩に手を置いて笑みを浮かべる白髪の娘。

 

 

 

「由雁…ありがとう」

 

 

由雁と呼ばれた短い白髪の娘…高覧の言葉に張郊は安心したのか、満面の笑みを浮かべる。

そして、直ぐに表情をキッと変え遠く離れた呂布を睨む。

彼女の決意は固まったようだった。

 

張郊は二本の太刀を抜き、

一本を呂布軍に向けて号令を放つ。

 

 

「袁紹軍に顔良、文醜…そして張郊有り!!守って死すより出撃して生きる!!敵を殲滅するぞ!!」

 

 

張郊の檄は、それまで士気の落ちていた兵士たちの気を高める。

気炎の上がった兵士たちも張郊に続いて各々武器を高く掲げた。

彼らも決意を固めたのである。

 

高覧はそれを優しい眼差しで見つめた。

 

平原城から出撃する張郊率いる騎馬隊、その数およそ七千。

対する呂布軍一万五千、

公孫賛軍二万五千、

総勢四万の軍勢も武器構える。

 

 

「おや、出て来ましたな」

 

 

「兵力では勝っている。星、桃香、白馬義従で敵部隊を殲滅、呂布の軍勢を南皮城に向かわせるんだ」

 

 

「分かったよ、白蓮ちゃん!!」

 

 

出撃した張郊の部隊に対して、

公孫賛は趙雲と劉備を引き連れて馬の腹を蹴り突撃した。

 

腕を組んで待つ呂布の目に白馬義従が映ると、

呂布は直ぐに公孫賛の心中を悟る。

 

 

「…ねね、南皮城を攻めるぞ。指示を出せ」

 

 

「え?呂布殿は?」

 

 

「…“毎回、良いところ奪うな!!”と華雄に言われたからな、今回は待機している。兵の指揮はお前に任せたぞ」

 

 

「戦でそんな馬鹿な話がありますか!?ねねが華雄に言ってきます!!」

 

 

呂布の言葉を聞いて音々音は愕然とし、

慌てて華雄の下へ向かおうとした。

 

だが、呂布はスッと音々音の手を掴んで止めると苦笑する。

 

 

「…俺の居ない戦いは今後必ず起きる。今回の様に霞、陽炎の居ない戦いも必ずある。この戦いはそれを想定してやるんだ、いいな?」

 

 

引き止めた音々音が此方を振り返ると呂布は身長を合わせるように屈んで優しく、諭すように言う。

 

そして、ゆっくり立ち上がり戦場を見渡しながら言葉を続ける。

 

 

「…此処で終わるような軍を俺は集めた覚えはない。期待しているぞ」

 

 

音々音は呂布の言葉に、

その期待に力強く頷き応えるのだった。

 

 

 

一方、袁紹軍本拠地・平原城では…

 

 

「何ですって!!?じょ、冗談などお止めなさい、顔良さん!!」

 

 

「いや、冗談ではなく呂、公孫の軍勢が南皮城に進攻しているんです、麗羽様!!」

 

 

顔良の口から聞いた“南皮城進攻”の報に焦る袁紹。

まさか、呂布たちがこんなにも早く軍備を整えて逆襲してくるとは思ってもいなかったのだ。

 

だが、それは彼女の思考だけであって…

 

 

「…ほら、だから申したではありませんか、麗羽嬢。内政より軍備を整えるべきだと」

 

 

顔まで隠す金の兜に、肌の部分が見えない金の甲冑。

身体の全てを鎧で纏う彼女は籠もった声で袁紹に言った。

 

 

「うっ………フ、フンっ、もう過ぎた事ですわ。名家とは常に余裕を持ち、劣勢からでも逆転!!華々しく勝利するもの!!…その作戦を考えるのが軍師の役目ですわよ、沮授さんッ。さ、知恵を出してくださる?」

 

 

対する袁紹は最初その発言に言葉を返す事が出来なかったが、

直ぐに本調子に戻ると指を指して軍師である金の鎧を纏う女性…沮授に強気で言葉を返す。

 

沮授は袁紹の言葉に小さな溜息をつくと、

直ぐに彼女の言葉に応えた。

 

 

 

「勝手ながら、既に手は打っております…」

 

 

ガチャンと鎧を鳴らし、腕を組んで静かに袁紹に告げる沮授。

袁紹は彼女の言葉に玉座から立ち上がる。

 

 

「流石、沮授さん。貴女を軍師にした私の目に狂いはありませんでしたわ、オー…」

 

 

「…麗羽」

 

 

袁紹が自画自賛して高笑いをしようとした時、

その隣から彼女の真名を呼ぶ声が聞こえた。

 

その冷たく、怒りを帯びた声は袁紹の高笑いを止めるには十分なもので、

その場に居た顔良、文醜の顔もサッと青くなる。

 

袁紹はゆっくりと隣を見ると、

そこには幼なじみである男が立っていた。

 

 

「何開き直ってるんだよ?黙って聞いていれば…元はと言えば斗詩や海、俺の意見をお前が無視したからこんな状況になったんだろう?」

 

 

「い、壱刀ッ…だ、だから先程も言ったではありませんかっ、もう済んだ事ですの!!名家たる私はここから挽回し…」

 

 

「挽回する前に花と由雁、兵士たちが死んだらどうするんだ!!!」

 

 

「…ッ……ぅ」

 

 

壱刀と呼ばれた青年…審配は袁紹を一喝、

黙らせると怒りを表しながら玉座の間から出て行く。

 

静寂に包まれた玉座の間。

暫くして沮授がガチャンガチャンと音を立てながら歩き始め、

涙を目に溜める袁紹に歩み寄って彼女の手に触れた。

 

 

「…審配君の言葉は最もです。ですが麗羽嬢の言う通り、もう過ぎた事。今更嘆くぐらいならば、直ぐ出撃を私たちに御命じ下さい」

 

 

「………っぐす、沮授さん…後は任せましたわ」

 

 

「…御意」

 

 

鼻を啜りながら言う袁紹に、

沮授はガチャンと音を鳴らしながら供手すると、

直ぐに振り返って顔良と文醜を見る。

 

二人は沮授のその動作だけで、

南皮城救援に向かうのだな、

と理解し頷いて指示を待った。

 

 

「斗詩さん、猪々子さん。先ずは平原城に来る敵部隊を追い払います」

 

 

だが、沮授の口から出たのは彼女らも予想していない言葉であった。

まさか、敵が南皮城だけではなく此方にも来るというのだ。

 

文醜は疑問符を頭に浮かべながら首を傾げ、

顔良は頬を掻きながら自軍の軍師に話す。

 

 

「あのぉ沮授さん、平原城に敵部隊が向かっているという情報は無いですけど…」

 

 

顔良の言葉に、

頭をガチャンガチャンと横に振る沮授はそのまま言葉を返した。

 

 

「第一に業城方面へ偵察に出した者が未だに帰ってきてません。これは策を我らに明かさぬ為警備を厚くした証拠。第二に今回の戦いで相手が一番恐れているのは平原、北海からの増援。これを踏まえて援軍の阻止、または時間稼ぎに少数でしょうが必ず此方へ兵を割いてくるはずです。我らはそれを撃退後、そのまま南皮城へ向かいましょう」

 

 

「流石、軍師殿!!袁紹軍には貴女が欠かせませんよ!!よっしゃ、じゃあサッサと南皮城救援に向かいますか!!」

 

 

沮授の考えを聞いた文醜はニッと笑って勢いよく握り拳を高く挙げると、顔良も続けて拳を挙げ、沮授も頷く。

三人は意気込んで玉座の間から出るのであった。

 

暫くして沮授たちが部隊を率い城門に向かうと、

城門には一つの部隊が待機していた。

隊の先頭には先に玉座の間から出た審配の姿があり、

審配は彼女らに気が付くと振り返る。

 

 

「遅かったな。さ、南皮城の救援に向かうぞ」

 

 

「伴侶の尻拭いを率先してやろうとするなんて、審配君らしいですね…戦いが終わったら麗羽嬢に優しく接するのをお忘れなく。あの方も珍しく反省している様ですので」

 

 

「俺はただの幼なじみだ。それに…それぐらい分かってるよ」

 

 

 

沮授の言葉に、自身の表情を隠す為顔を背けながら言う審配。

審配のその行動に顔良と文醜はお互いに顔を見合わて笑い、

沮授も兜で表情は判らないが、フフっと小さな笑い声を洩らす。

 

彼女らの笑い声を聞いた審配は、

頭をガシガシ掻き誤魔化すように前を向いた。

 

 

「…馬鹿言ってないで行くぞ、花たちを助けに行くんだ。アイツらは絶対に死なせない」

 

 

審配はそう言って乗っている馬の腹を蹴って平原城を飛び出し、

彼の部隊もそれに続いて出撃していく。

 

それを見ていた顔良が、暫くして作戦を審配に伝えていないことを思い出し、慌てて沮授を見た。

だが慌てた素振りを見せず、自身も馬を操ってゆっくりと城を出て行く沮授。

彼女はそのまま号令を出す。

 

 

「先ずは審配隊を先行援軍とし、その進行の援護をします」

 

 

沮授はそう言って指を指す。

その先には呂旗を靡かせる部隊があった。

部隊の先頭には二つの影。

 

 

「…おい、霞。もう敵部隊が一つ行ったぞ」

 

 

「な、何やて!!?」

 

 

「…攻城戦に参加出来ないからって自棄酒、寝坊するからだ。この責任は取って貰うぞ?」

 

 

「何アホ言ってんねんッ、自棄酒して寝坊したんは陽炎やないか!!シバいたろうか、アンタ!?」

 

 

「…それは勘弁」

 

 

霞が全力で激怒し陽炎が真顔でそれを断る。

それを合図に呂布軍牽制部隊八千が動き出す。

それを見た沮授も直ぐに部隊を展開させた。

その数、三万五千。

 

 

「見る限りでは、此方の方が数で勝っているけど…」

 

 

「此処で兵を減らすのは痛いな」

 

 

顔良と文醜は霞たちの部隊を見ながら、渋い顔になって呟く。

出撃した本来の目的は援軍に向かう為、彼女らは此処での損害を望んでいなかった。

 

 

「そこは貴女たちの武と私の智で最低限の被害に抑えれば良いだけでしょ。ほら、審配君の処に行こうとしてます、私たちも行きましょう」

 

 

懸念する二人と違って焦りもせずに馬を走らせる沮授。

顔良たちは先行する軍師の姿に慌てて後を追った。

 

だが、沮授の向かう先は審配隊を追う霞隊ではなく陽炎隊であり、

顔良たちは目を疑う。

 

 

「ちょ、ちょっと、沮授さん!?向かうなら、あっちの部隊でしょ!?」

 

 

それは、慌てた文醜が前を行く沮授に言った時だった。

 

 

「ッ!!?な、何や!?」

 

 

戦場に鳴り響く馬の悲痛の嘶き。

上半身を大きく上げ、

そのまま態勢を崩して倒れる呂布軍騎馬。

 

これによって霞を始め、

多くの兵士たちが大地に跳ぶ。

 

突然の事態に陽炎や顔良、文醜がそれを見る中、

恐らく理由を知っているのであろう沮授だけが前だけを見ていた。

 

 

「クソッ、何が起きたっていうんや……ッ、こ、これは!?」

 

 

一方の霞は馬から落ち強打した頭を押さえていると、

ある物が目に映って驚愕する。

 

目に映ったのは小さな杭。

パッと見ても瞬時に判断出来ないぐらいの、

それも馬の蹄を傷付けるように計算された大きさであった。

 

霞は暫くして、その杭が至る所にある事に気付く。

そして、それがこの周辺だけである事にも。

 

 

(ウチらが此処に…いや、ウチらが“此処を進む事”を知っていたっちゅうんか!?)

 

 

沮授たちが此方に向かって来なかった理由を知り、

唖然となる霞。

 

敵に優れた参謀がいると判った霞は、

既に遠ざかった審配隊の追撃を瞬時に諦め、

急いで隊を整えようと檄を飛ばす。

 

 

そうしている内に沮授たちの部隊と陽炎の部隊が接触、交戦が始まる。

 

数の差を埋める為に前線に出て大剣を振り回す陽炎。

 

普段は自身の主君を性的に襲おうと馬鹿な事に奮励努力するが、

一度戦場に出れば鋭い戦略眼で冷静に判断し戦う勇将。

それが陽炎…高順という女である。

 

だが、この状況には流石の陽炎も焦った。

その実力を良く知っている自軍の参謀たちが考えた作戦を完全に読まれたのだ。

 

 

「…おいおいおいおい、ねねや詠より知恵が回る奴が袁紹軍に居るというのか?」

 

 

陽炎はそう呟きながら大剣で兵士を凪払い、

一際目立つ金甲冑の騎兵に目をやった。

 

 

「…斗詩さんは先頭で指揮を続けこのまま前の部隊を圧してください。敵が退いた場合は進攻を停止、追撃をせずに範囲外になるまで防御の構えをしたまま睨みを効かせるように。無駄な犠牲は出したく有りませんし、相手も狙いは時間稼ぎですからギリギリまで戦ったら無理しない筈です」

 

 

「は、はいっ」

 

 

陽炎の視線を感じつつ、

沮授は未だに霞率いる部隊に何があったのか気になっている顔良に指示を出し、

その承諾の言葉を聞くと、次に彼女は文醜の方を向き別の指示を飛ばす。

 

 

「猪々子さんは私と共に兵を引き連れ、直に戻ってくる敵部隊へ当たります。恐らく敵部隊は乗れなくなった騎馬を捨て、隊の半分が歩兵の編成になっている筈です。歩兵を先ず殲滅しましょう」

 

 

「判ったぜ、沮授さん!!」

 

 

文醜は顔良と違って、

軍師が何等かの策を講じたのだろう、

と霞たちの部隊に何が起きたのか一々考えず、

沮授の言葉に口元に笑みを浮かべながら大剣を高く上げる。

 

それを合図に袁紹軍の部隊は半分に分かれ、

それぞれの相手にぶつかっていくのであった。

 

 

 

 

場所は変わって、幽州・北平城では…

 

 

「………」

 

 

「愛紗ぁ、少しは落ち着くのだ…」

 

 

「っ、桃香様が我らと離れ一人戦場に出ておられるのだぞ!?これが落ち着いていられるはずがない!!」

 

 

公孫賛たちが出兵している間の北平城守備を任された関羽だったが、

城壁で何度も何度も落ち着きなくウロウロしていると、

それを見ていた義妹の張飛が呆れた様子でそれを宥めた。

 

それに対して関羽は、

逆に何故お前は心配にならないのか?

と怒鳴りつけるように言葉を返す。

張飛はそんな関羽に答える。

 

 

「あの戦場には星や鬼神のお兄ちゃんがいるのだ。お姉ちゃんは絶対に大丈夫なのだ」

 

 

「っ、し、しかしだな…」

 

 

ニッと笑って義姉に自信を持って話す張飛を見た関羽は、

確かに、と最初思ってしまうのだが直ぐに不安が過ぎり再び異論を唱えようとした。

 

その時、

一人の兵士が慌てた表情をし二人の下へ駆けてくる。

 

 

「ほ、報告ッ!!遼東の公孫度と烏丸の混合軍が接近!!その数、三万!!!」

 

 

「何だと!?…烏丸の進攻は度々あったが、まさか公孫度が烏丸と共闘で攻めてくるなんて…直ぐに迎撃の準備をするぞ!!」

 

 

兵士の言葉に驚く関羽と張飛。

烏丸とは公孫賛の所に来てから幾度も刃を交えてきてはいたが、

まさか中立を保っていた公孫度が烏丸と共闘して攻めてくるとは思ってもおらず、

関羽は直ぐに迎え撃つ様指示を飛ばす。

 

 

一方、その関羽たちが居る北平城を遠くから眺める男がいた。

全身を黒い衣で覆った格好の男は枯れ木の上に立つ。

 

 

「…クカカカ、愉快愉快」

 

 

城を見ながら不気味に笑う男。

その下を烏丸の軍勢が隊列を整えて行軍すると、

男はそのまま木から落ちる様に降り軍勢の中に消えるのだった。

 


 
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