No.852992

飛将†夢想.15

壺関にて対峙する呂布軍と袁紹軍。
勝利するのは質か量か。

再版してます。。。
作者同一です(´`)

2016-06-12 23:35:48 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:1371   閲覧ユーザー数:1270

『袁紹』

 

袁紹とは、

中国後漢末期の政治家・武将で、河北を支配し官渡の戦い前まで大陸の最大勢力として君臨していた。

 

 

并州・壷関

 

先行して呂布より先に壷関に到着していた霞と陽炎は、

壷関に迫り来る袁紹軍の大軍を目の当たりにしていた。

 

 

「…ほぉ、絶景かな、絶景かな」

 

 

「何バカなこと言ってんねん。アカンで、これは…」

 

 

壷関に向かって何十台も押されてくる井欄と投石車。

その中心には巨大な衝車もあり、

その周りを三万の兵士が行軍する。

 

霞はその光景に焦りを感じていた。

 

群雄が割拠する時代であるのに関わらず、

一勢力の軍団がこれほどのものなのか、と。

 

 

「陽炎っ、井欄が張り付く前に先に仕掛けるで」

 

 

霞は敵軍より先に動こうと、陽炎を見る。

だが、陽炎は呆れたような表情で霞に問いかける。

 

 

「…仕掛けるも何も、此処から井欄まで距離があるぞ?」

 

 

「投石器使えば良いやないか?」

 

 

「…霞、此処は泗水関ではない。更に上党の内政もあって壷関の設備は不十分のまま。投石器なんてないぞ」

 

 

「へ?」

 

 

陽炎の言葉に霞は首を傾げ、

そんな霞に陽炎は溜息をついて再び袁紹軍を見た。

 

 

「…壷関の兵力は我らが引き連れた一万と元々壷関に配置していた三千…一万三千の兵士しかいない。出撃させても三千だな。どうする?出るか?」

 

 

「そんなん聞くまでもないやろ、ウチはバカじゃないで」

 

 

霞が陽炎にそう言うと、

同時に袁紹軍から叫び声が聞こえる。

 

その内容は降伏勧告であった。

 

 

「あーあー、ゴホン…壷関の兵士たちッ!!今の内に降伏した方が身のためだぜ!!何よりアタイたちが“泗水関の鬼神”と戦いたくないッ!!」

 

 

「文ちゃん…本音が出てるよ…」

 

 

右手を口に添え壷関に向かって叫ぶ、袁紹軍の武将・文醜。

その同僚である顔良は文醜の降伏勧告に呆れた表情をするのだが、

文醜は気にせず言葉を続けた。

 

 

「おーい、聞こえてんのかーっ!!アタイら昔、丁原さんに助けられた恩があるから、出来たら戦いたくないんだッ!!だから降伏…」

 

 

「そっちから攻めとって、おかしな話やなぁッ!?丁原に恩があるんやったら、お前らが引けば良いやないか!!?」

 

 

文醜の口から発せられた朱椰の名前に叫び返す霞。

突然叫んだ霞に陽炎は汗を垂らしながら見て、

ゆっくり再び袁紹軍を見つめ直す。

 

壷関から返ってきた言葉に、

文醜と顔良は困惑した表情を浮かべ、

暫くしてから文醜が霞に答えを返した。

 

 

「それが出来たら…こっちもそんな苦労しないぜ!!!とりあえず、そっちは降伏する気さらさらない事が判った。なら、力ずくでやるからなッ!!攻撃開始ッ!!」

 

 

文醜の号令と同時に一斉に動き出す袁紹軍。

 

それを確認すると、

陽炎と霞は直ぐに行動に移した。

 

 

「…弓兵構えッ。今は攻城兵器を狙ったところでどうにもならん、動力源である兵士だけを狙えッ」

 

 

「あれだけの数や、撃てば当たるッ!!矢ぁ、惜しむなやッ!!撃てェッ!!!」

 

 

壷関から放たれる夥しい数の矢は、

壷関に向かって走る袁紹軍の兵士を次々に射抜く。

 

文醜と顔良は降ってくる矢を武器で払いながら、

ゆっくり後退し、

 

 

「壁にブチ当てるだけで良い、敵さんの士気を下げてやれ!!投石車、放てェッ!!!」

 

 

文醜の指示を受けて、

投石車から巨大な岩石が放たれた。

 

岩石は壷関の壁に直撃。

壁と岩石の破片を飛び散らす。

 

 

投石の衝撃は凄まじく、

壷関にいた霞たちは身体をふらつかせ、

城壁に手を付いて堪えた。

 

 

「………前言撤回。やっぱり、どうにかしないといけないぞ、あの投石車」

 

 

城壁から顔だけ覗かせて言う陽炎。

周りの兵士たちには明らかに動揺が走っていた。

 

と、そこに伝令兵が霞の下に駆けてくる。

 

それは、上党から呂布、音々音、華雄の三人が率いる後詰め部隊が到着したという報告で、

それを聞いた霞は飛び交う矢など気にせず城壁から身を乗り出し、

下にある壷関の門を見た。

 

 

「投石車を動かしている兵士を狙えッ!!袁紹の弱兵どもよ、この華雄が相手だ!!」

 

 

壷関の門は開かれ、

そのまま華雄を先頭に騎馬隊が壷関から飛び出す。

騎馬隊は袁紹軍の投石車を動かす兵士を狙って突撃し、

それを見た顔良が慌てて投石車部隊を後退させる。

 

 

「投石車部隊は下がって!!騎馬隊前へッ、応戦して後退の援護をッ!!」

 

 

そして、投石車と入れ替わりに騎馬隊を前線に投入。

両軍の騎馬隊がぶつかった。

 

そんな中、一部始終を見ていた霞は不思議に思っていた。

 

呂布の姿が見当たらない。

 

 

「陽炎、呂布ちんの姿が見当た」

 

 

「きゃぁぁぁぁぁぁあっ!!?」

 

 

霞が呂布のことを陽炎に尋ねようとした時、

上空に影ができ悲鳴が壷関に響く。

 

それに対して霞と陽炎が上を見ると、

そこには泣きながら落下する音々音の姿と、

赤兎馬に跨がった呂布が戦場に向かって壷関を跳ぶ姿があった。

 

 

「何で上からわざわざ跳ぶねんッ…」

 

 

「…格好いいからだろ、多分」

 

 

その光景を見ていた霞と陽炎は、

呂布が視界から消えると同時に落下してきた音々音を難無く受け止めた。

 

難無く戦場に降り立つ赤兎馬。

 

呂布は赤兎馬の上から袁紹軍を見渡すと方天画戟を一振り。

戟の風を凪ぐ大きな音に気付いて見る兵士たちを見てニヤリと笑うと、

赤兎馬の腹を蹴り、戦場を駆けさせた。

 

 

「何だ、奴わぐゅやッ!!?」

 

 

袁紹軍の兵士の一人が遠くにいる呂布を指差し口を開いた瞬間、

その兵士の下顎から上が切断される。

 

フラフラとさ迷い暫くして倒れる、

下顎から上が無くなった兵士。

そして、その横を平然と通り過ぎる赤兎馬。

 

まるで瞬間移動したかのような赤兎馬の速さと、

それに合わせて平然と方天画戟で斬り掛かる呂布を目の当たりにした袁紹軍に戦慄が走った。

 

 

「…んで、今回はどないな作戦でいくん?」

 

 

突出する騎馬隊を率いる華雄と、

その後詰めを引き受けた様に戦闘を開始する呂布、

二人を見た霞は未だにフラフラしている音々音の頭をポンポンと叩きながら尋ねる。

 

霞に尋ねられた音々音は、自身の頬を数回両手で弾いてみせると、

キリッとした表情でそれに答えた。

 

 

「ッ、フラフラしていて申し訳ない。直に上党より早苗殿率いる一万の援軍が来るのです」

 

 

「上党やて!?ウチらと一緒に来たのが城から出せれたギリギリの数ちゃうんか!?」

 

 

「そうなのです。霞たちが率いてきた一万と早苗殿が連れてくる一万、これを上党に駐屯する兵士から引いたら…」

 

 

「…城に残っているのは三千、か。大分削ってきたな、洛陽の曹操から攻撃は無さそうなのか?」

 

 

霞と音々音のやり取りにスッと入ってきた陽炎。

音々音はそれに対しても答える。

 

 

「曹操軍は現在、李確軍の残党である長安の郭巳を攻めようと撞関に向かっているのです。故に此方への攻撃は無い、と」

 

 

 

 

「だか、っと。だからって、悠長にはやってられへんなぁ。急がな曹操が長安取って来るかもしれんし。ねね、勿論そこも考えてるんやろうな?」

 

 

音々音の言葉に、

飛んできた矢を紙一重でかわしつつ、しゃがんで音々音の両肩を掴む霞。

 

霞の言葉に音々音は勢いよく頷いた。

 

 

「いま五月雨と詠が、北平城の公孫賛の下へ使者として早馬で向かっているのです。詠の力で公孫賛を論破し、壷関を攻めて守りが薄くなった業城を落としてもらって、この争いを早急に終わらせます」

 

 

「…また、確実性の無い作戦を起用したな。嫌いじゃない、がな」

 

 

陽炎は音々音の言う作戦に微笑を浮かべると、

得物である大剣を肩に掛ける。

 

それを見た霞も立ち上がって、続くように堰月刀を一振り。

陽炎の横顔を見て口を開いた。

 

 

「あれ相手に時間稼ぎするんなら、行くしかないわなぁ?」

 

 

「…戦の始めに二人して“出撃せずに守りを固める”と言っていたのに、可笑しな話だな」

 

 

二人はそう言って、

守備に就いていた兵士を五百ずつ割かせると、それぞれ率いて下へ向かう。

 

そして、直ぐに門を開門。

 

奮闘する呂布の背中を見て、

霞と陽炎は出撃した。

 

 

「…やっと来たか」

 

 

呂布は横を通り過ぎていく二人を戟を振るう事を止めずに見て、

口元に笑みを浮かべる。

 

 

「おいおい…あの攻城兵器の威力見てから、守らず攻めてくんのかよ?」

 

 

「文ちゃん、これが呂布さんの率いる軍団なんだよ。普通と思って相手してたら死んじゃう」

 

 

更に壷関から出撃してくる呂布軍に、

攻城兵器を狙う華雄率いる騎馬隊と戦いながら汗を垂らす文醜と顔良。

 

 

「華雄っ、手伝いに来たで!!」

 

 

「…やっほー」

 

 

壷関からの斉射と呂布の奮戦で敵前線を抑えている内に、

後退する攻城兵器部隊に張り付くことに成功する霞と陽炎。

 

先に交戦していた華雄は二人の声を耳にすると、

フンッと鼻を鳴らしてみせるが、後で不敵に笑ってみせ、

 

 

「フッ、私の足を引っ張るなよ。皆、援軍だ!!奮戦せよ、猪口才な兵器なぞ、叩き潰してやれ!!」

 

 

得物である戦斧を頭上で回転させ、一振り。

立ちふさがる攻城兵器の守備兵に向かって馬を走らせる。

 

華雄の号令に、呂布軍の士気は上昇。

次第に袁紹軍を押し始めた。

 

だが、

 

 

「張遼将軍ッ、袁紹軍の後詰め部隊が前に出てきました!!」

 

 

張遼の下に来た伝令の言葉が戦場に響いた時、

両軍の戦況が変わる。

 

霞たちの目に映る袁紹軍後詰め八千。

 

華雄率いる騎馬隊五千、霞と陽炎が率いる歩兵各五百。

それぞれを合わせても、袁紹軍の後詰めに数で負けていた。

 

 

「猪々子様の命令を待たずに来てしまったが、ここは臨機応変に行動し、味方を助けるのが上策。そして、それが優れた将としての行動であろう、うん、そうだ、うん…」

 

 

進行する後詰め部隊の中、

二本の太刀を持った髪の短い少女が立ち止まって一人呟き、頷く。

 

そして、少女は一呼吸つくと、

次の瞬間二本の太刀をバッと構え、

 

 

「…張儁乂ッ、まかり通る!!!」

 

 

気合いと共に勢いよく駆け出した。

 

彼女の走りは徐々にその速度を上げ、

歩兵は勿論、先に出ていた後詰めの騎馬兵まで抜き去って部隊の先頭を走ると、

そのまま武器を構えていた霞と陽炎に向かって飛びかかる。

 

 

少女の鋭い斬撃。

 

それを武器で受け止めた霞と陽炎の二人は、

それぞれ武器を弾かれ思わず態勢を崩してしまう。

 

そして、直ぐに態勢を戻した二人は、

新たに現れた猛将を見て苦笑した。

 

 

「な…何や何や、袁紹んとこには、まだマトモな将がおったんかいな?」

 

 

「…呂布殿が一人で看板二つを釘付けにしていて、少しつまらなかったんだ。来てくれて感謝する」

 

 

そう言って武器を構える霞と陽炎に、

二刀流の少女…張郊は眉細めて睨み、無言で構える。

 

それを見ていた華雄は二人の援護しようと、

騎馬を戻すべく手綱を強く握り締めるのだが、

張郊に遅れてやってきた後詰め部隊が到着。

騎馬隊と戦闘を開始したのだ。

 

数で劣る味方部隊を危機に陥らせることは出来ず、

華雄は二人を信じ、仕方なく後詰め部隊に突撃していった。

 

 

 

場所は変わって、壷関前。

 

苦しい顔など見せず、

ただ兵士を葬っていく呂布に袁紹軍は驚愕する。

 

確実に、少量ずつではあるが呂布は傷を蓄積していた。

現に顔や指など露わになっている部分は勿論のこと、

鎧の至る所に切り傷が付き、右肩と左篭手の部分には矢まで刺さっていた。

 

だが、呂布は自身の血を飛び散らせながらも、

開戦時と同じように暴れ続ける。

 

 

「りょ、呂布殿ッ!!い、一度、御退き下されぇッ!!早苗殿が直に到着しまするッ!!だから…」

 

 

しかし、ボロボロになっていく主君の姿を見ていた音々音は流石に我慢しきれず、

関の上から叫んでしまう。

それを聞いた呂布はピクッと止まると、

袁紹軍を睨んだまま、手だけを後ろにやった。

 

手の形は“待て”。

 

音々音がそれを確認して驚くと同時に、

その場で闘い続けていた呂布が動き出す。

 

吹き飛んでいく袁紹軍の兵士たち。

呂布は戟で兵士を凪払っては剣で斬り裂き、

赤兎馬は鎧の形が変わる程に蹴り飛ばす。

 

呂布と赤兎馬という嵐は、顔良と文醜の下へ迫った。

 

 

「斗詩っ!!」

 

 

「…うんっ、覚悟決めたよ」

 

 

だが、文醜と顔良は呂布を前に引き下がらなかった。

逆に武器を構えて迎え撃つ。

 

 

「…そうでなくては、な」

 

 

武器を構える文醜と顔良を見た呂布はニヤリと笑うと、

戟と剣を二人に向かって勢いよく振り下ろした。

 

ガキンッ!!!!

 

巨大な衝撃と同時に、

耳鳴りが起きるような大きな金属音が戦場に響き渡る。

 

 

「が、うっ!!」

 

 

「きゃっ!!」

 

 

呂布の攻撃を武器で受け止めた文醜と顔良は、

二人とも片膝を地面に付けていた。

 

武器を両手で握っているのにも関わらず、

片手でそれぞれの武器を振り下ろした呂布の力に適わないのか、

二人は腕をプルプルと震わせる。

 

 

「こ、こ……こんちくしょうッ!!!」

 

 

だが、文醜はそんな自分を奮い立たせて足に力を入れると勢い良く立ち上がってみせ、

その勢いのまま呂布の攻撃を打ち払い、

赤兎馬目掛けて大剣を振った。

 

しかし、

 

 

「…それでは、俺が赤兎を操るまでも無い」

 

 

文醜の振った大剣が当たる前に赤兎馬は上半身を持ち上げ、

大剣は空を裂く。

 

 

「じ、自分の意志で避けたっていうのか………ッ!?」

 

 

文醜は身体を持ち上げる赤兎馬と呂布の言葉に唖然としてしまうと、

避けた態勢から、そのまま蹄で文醜たちを踏み潰そうと脚を勢いつけて降ろそうとする赤兎馬に気付き、

咄嗟に顔良を突き飛ばしながら跳んだ。

 

 

 

「ははっ…反則だぜ、それ…」

 

 

蹄から逃れた文醜は、

上半身を起こしたまま苦笑しながら呂布と赤兎馬を見た。

 

適わない。

 

文醜の率直な感想。

だが、その後に考えた事は将軍として正しい考えあった。

 

 

(…けど、ここで踏ん張れば兵の被害を少なくなる)

 

 

文醜は大剣を支えにゆっくり立ち上がると、

その横に顔良がそっと寄り添う。

 

顔良を見た文醜が口を開いた。

 

 

「…斗詩、ここは引き受けるから、部隊引き連れて、先ず後方に向かった敵倒してくれないか?」

 

 

「文ちゃんっ、一人じゃ呂布さんに…」

 

 

「そっ、だから早く戻ってきてほしいなぁ…なんて」

 

 

止めようとする顔良に、

文醜はワザとらしく笑ってみせると、再び武器を構える。

 

文醜の視線の先には、

赤兎馬に乗りながら両手に武器を持って不適な笑みを浮かべる呂布の姿が。

 

顔良は文醜と呂布を交互に見ると、

暫くしてから目を瞑り、

顔を横に振って邪念を晴らす。

そして愛する者の言葉に従って駆け出した。

 

 

「文ちゃんッ!!直ぐ、直ぐに戻ってくるからッ!!」

 

 

「おう、待ってるぜ、斗詩…」

 

 

駆ける顔良の声を背後から聞いた文醜は、

キッとした表情で大剣を構え呂布と対峙する。

 

呂布は文醜に殺気を放ちながら、

その奥で後退を開始する袁紹軍前線を確認。

当初の目的を果たし、ひとまず安心した。

 

そして、

ゆっくりと文醜に近付いていく。

 

 

「…攻め込んできたり、後退させたり、と忙しいな。袁紹軍というのは?」

 

 

「大体、アンタのせいだよ…悪いけど、斗詩の為にも、この命やれないなッ!!」

 

 

「…命を取る取らないは、貴様次第だな」

 

 

「…?」

 

 

呂布の言葉に疑問顔になる文醜。

そんな文醜に呂布は微笑しながら戟を振り落とす。

 

 

「…俺は“流れに抗える仲間を求めている”ということだ」

 

 

凄まじい勢いで振り落とされた方天画戟を文醜が大剣で受け止めると、

凄まじい衝撃波、凄まじい衝撃音が響き渡り、

火花が飛び散った。

 

 

 

場所は戻り…

 

 

「おりゃぁぁぁっ!!!」

 

 

「甘いッ!!」

 

 

霞の凪払いをギリギリの間合いで後退して避ける張郊。

間髪入れず、霞の肩に手をかけ霞を飛び越えた陽炎は、

張郊に斬りかかる。

 

張郊は更にその場で後転し、

陽炎の大剣は大地に刺さった。

 

 

「陽炎ッ、コイツはウチの獲物やで!!手出しは無用やッ!!」

 

 

「…首は取ったもん勝ち、だろ?お前がもたついて、私があの将を討ち取ってしまっても文句はあるまい」

 

 

霞と陽炎は目を前に向けたまま、

張郊を前に、周りは互いの兵士たちが戦っているのにも関わらず堂々と口論を始める。

 

それを見た張郊は、舐められた行動に怒りを表す。

そして、二人を二本の太刀で成敗しようと足を踏み出した。

 

と、そこに、

 

 

「後詰め部隊が此処まで来てるなんて…」

 

 

呂布と交戦していた騎馬隊を引き連れ、

前線から後退してきた顔良が現れる。

 

顔良は後詰め部隊が此処まで進んでいた事に驚いていた。

そして、同時に喜んでいた。

 

 

「張ちゃん、偉い!!指示無しで味方を助けにきてくれるなんて、その成長、指導者として嬉しいよ!!」

 

 

自身に近寄りながら褒めの言葉を告げる顔良に、

張郊はパッと笑顔を浮かべる。

 

 

顔良の登場に、オッと喜ぶ霞と陽炎。

“これでどちらにも相手が付く”

そんな笑顔を二人は浮かべる。

 

対して顔良と張郊は先程の笑顔から一変。

武器を構えるとキッと二人を睨んだ。

 

 

「…張ちゃん、急いで此処の部隊を倒して文ちゃんを助けないと」

 

 

「ッ、猪々子様は大丈夫なのですか!!?」

 

 

「今どうなっているのか分からないけど…急がなきゃ…」

 

 

顔良は霞たちを睨み付けたまま慌てる張郊に言い、

その顔良の表情にその深刻さを知った張郊は刀を握る手に力を込めて、霞たちに殺気を放つ。

霞たちもその殺気を肌にピリピリ感じながら、

今から始まるであろう死闘に心躍らせた。

 

そして、彼女たちは得物を勢い良く振りかぶって跳ぶ。

 

彼女たちは判っていた。

今から始まる一騎討ちが両軍の勝敗を左右するという事を。

 

 

 

そして、場所は再び戻る。

 

ガキィッンン,というビリビリと戦場響く金属音を最後に、

息を切らさず何度も振り続けた方天画戟を突然止める呂布。

 

 

「………」

 

 

「…ッ、ハァ、ハァ………どうした…?も、もう、終わり、か…?」

 

 

苛烈な呂布の攻撃を受け続けていた文醜が突然手を止めた呂布に対して、

息を切らせつつ余裕なフリをしながら軽い口で尋ねてみせる。

 

勿論、言葉通り文醜は本当に終わってほしかった。

もう彼女の腕に限界がきていたのだ。

 

そして、呂布の口から望んでいた言葉が彼女の耳に入る。

 

 

「…この一騎討ち、これで終いにしよう。お前の武は十分測れた、味方の部隊まで去れ」

 

 

「…ほ、本当か?」

 

 

呂布の言葉に文醜がほんの少しだけ安堵した束の間。

 

 

「…次はお前の統率力を測る。俺は今から壷関に戻り、増援で来る騎馬五千と歩兵五千……いや、騎馬五百を率いて再び出撃し、お前の後ろにいる俺の仲間とで、お前たちを挟撃する」

 

 

呂布は安堵した文醜に対して、これから行う作戦を伝える。

 

文醜にとってはそれだけで十分な死刑宣告になった。

彼女は頭の中で呂布率いる騎馬五百を想像するのだが、

どう想像し直しても万の軍勢になってしまうのだ。

 

何度も愕然とする文醜を呂布が待つわけもなく、

 

 

「…これで生き延びたら、お前の力を認めよう。その時は定められた流れに抗う為にも、俺は必ずお前を手に入れてみせる。生き延びてみせろ」

 

 

文醜にそう言い放つと、

赤兎馬の腹を蹴って壷関に撤退する。

 

『必ずお前を手に入れてみせる』

 

まさかの呂布の言葉に、文醜は一瞬顔を赤めて唖然としてしまう。

だが、

 

 

(…い、いやいやいやいや、駄目だったら殺すって事だぞ!!目を覚ませ、自分!!)

 

 

直ぐに顔を振って我に戻ると、

慌てて部隊に戻っていくのだった。

 

音々音は後退していく文醜を逃がしてはならないと、

その背中を矢で狙うようにと兵士に指示を出そうとするのだが、

 

 

「…ねね、何か血を拭くものは無いか?」

 

 

さっき関に戻っていった筈の呂布が音々音の頭に手を置いて尋ね、それを止めさせる。

 

振り返った音々音は、

何故もう居るの!?

と目をまん丸として口をポカンと開けると、

 

 

「張燕ッ、上党より一万の兵を連れて参………ッ、りょ、りょ、呂布殿!!?何故、そんなボロボロに!?は、早く手当てを!!」

 

 

そこに壷関に到着した早苗が現れ、

ボロボロのままの呂布に血相を変えるのだった。

 

 

壷関が騒がしくなった頃、

華雄は袁紹軍の兵士を吹き飛ばし、

武器を構えたまま周囲を見渡していた。

 

 

(…やはり多勢に無勢か。このままでは…)

 

 

目に映る戦況に舌打ちをする華雄。

 

自軍の騎兵五千、歩兵千と敵軍後詰め騎兵八千では兵力戦力共に差があることは歴然で、

更に態勢を整え始めた攻城兵器部隊も守備兵を割いて戦線に向かわせる。

 

 

(作戦では業城を公孫賛が落とす手筈だが…まだ此処の部隊が後退していないのを見ると…)

 

 

伝令が遅れているのなら良いが、

伝令も送らなくて良い状況になった…

公孫賛軍の大敗、

それどころか出兵を断っていたら…

 

華雄は考えるだけで恐ろしくなった。

隊の全滅は防がねばならない、

華雄はそう考えると敵兵を薙ぎ倒しながら兵に指示を飛ばす。

 

その時だった。

 

 

「将軍ッ、業方面から…ッ!!」

 

 

近くで戦っていた兵士の一人が槍で業方面を指し、

華雄の指示を止めさせる。

 

華雄がバッと兵士の槍先を見ると、

そこには粉塵が舞っていた。

 

 

 

「オリャァァァアッ!!」

 

 

霞の気合いと共に交錯する堰月刀と二本の太刀。

響く金属音、赤い火花が散ると霞と張郊は後方に跳んで距離をとる。

 

すかさず、横目で周りを把握する霞は軍の情勢を確認。

劣勢になりつつある自軍に霞は焦りを隠せなかった。

 

 

「…何を焦っている、今頃気付いたのか?斗詩様が部隊を引き連れて戻った時点でお前たちは我らに挟撃されているんだよ。優れた将として周囲を確認して戦う事は当然のこと」

 

 

そんな霞に太刀の先を向けて、

張郊はフフンと不適な笑みを浮かべてみせる。

 

 

「ケツの青い小娘に言われんでも、周りぐらい確認しながら戦ってるわ、アホ」

 

 

だが、張郊の挑発に霞は興味無さそうに返してみせると、

 

 

「け…ケツの、あ、青い……あ、あ、阿呆だとぉぉおッ!!?」

 

 

張郊は逆にプルプルと怒りに身体を震わせ、

終いには殺気を辺りに撒き散らしながら叫ぶ。

 

霞はそんな張郊を見て余裕の表情を浮かべてみせるも、

内心この状況打破するものが早く起きないか待っていた。

勿論、それは公孫賛が業を攻めた事によって袁紹軍が撤退する事。

 

だが、それが起きなければ…

 

 

「き、貴様だけは、この張儁乂が、張儁乂が叩き斬ってやるるッ!!!」

 

 

と、霞が一瞬考えていた隙に、

張郊が牙を剥き出した状態で刀を振り上げたまま飛びかかった。

 

だが、寸前で張郊が逆側に吹き飛ぶ。

 

大地に尻をつける張郊が訳の分からない表情で衝撃のあった自分の手を見ると、

そこにはあるはずの太刀が無くなっており、

体の横に見慣れぬ槍があるのを見て、

太刀はこれで弾かれ吹っ飛んだのだな、

と張郊は悟る。

 

霞は直ぐに槍が飛んできたであろう背後を振り返ると、

そこには白馬に乗った赤髪の女性…公孫賛がフッと笑みを浮かべ投擲した格好のままで此方を見ていた。

 

 

「おー伯珪殿如きがこの距離から武器だけを狙って投擲出来るなんて流石白馬将軍痺れますなー」

 

 

「凄いのだ、あんなの鈴々でも中々出来ないのだ!!」

 

 

その公孫賛の横に蛇矛を持った張飛と、白を強調した服装の青髪の女性が現れると、

公孫賛がその表情を一変して青髪の方を見て怒鳴る。

 

 

「鈴々はともかく、星はあからさまに私を馬鹿にし過ぎだ!!棒読みし過ぎだろ!?私自身成功して一番びっくりしてるんだよ!!」

 

 

「まぁまぁ、伯珪殿。それよりも先ずは…」

 

 

星と呼ばれた青髪の女性は公孫賛の怒りを無視することによって一蹴すると、

得物である槍を構えて霞たちに向かって叫ぶ。

 

 

「袁紹軍の兵士たちよ!!業城は既に北平の公孫賛が攻め落とした!!お前たちも此処で攻め滅ぼしてやろう!!突撃ィィッ!!!」

 

 

青髪の女性はそう叫んで馬の腹を蹴り先頭を駆けると、

騎兵もその後に続き、

 

 

「そうなのだ、先ずは袁紹軍を倒してからなのだ!!うりゃりゃりゃぁぁあっ!!!」

 

 

「ちょっ、鈴々まで!?…くぅぅぅう~この軍の君主は私だぞ、私を差し置いて白馬義従を率いるなーッ!!!」

 

 

遅れて張飛が楽しそうに、

最後に公孫賛が怒りながら馬を走らせた。

 

と、そこに呂布から逃れフラフラと現れる文醜。

文醜は目に映った突撃する白馬義従に唖然とする。

 

何故、公孫賛の軍が此処にいるんだ?と。

 

 

「ッ!!どいてッ!!………文ちゃん、無事で良かった…」

 

 

そんな文醜を見つけた顔良は、

対峙していた陽炎の大剣を大きく弾いてみせると一目散に文醜に駆け寄って、

その無事を喜んだ。

 

しかし、文醜はその喜びを噛み締める事は出来ず、

血相を変えて叫ぶしかできなかった。

 

 

「引けッ、引けッ!!散り散りになって南皮、平原に向かって逃げろ!!生き延びるんだ!!」

 

 

その文醜の叫びが終わると同時。

壷関方面から唸るような雄叫びと共に砂塵が舞い始める。

 

その砂塵に文醜は更に焦りを感じ、

その時既に無意識で顔良の手を引いて文醜は駆けていた。

身体が勝手に動いていた。

 

 

(“後ろの仲間”って自分の配下じゃなくて公孫賛を指していたのか!?)

 

 

顔良の手を引きながら走る文醜は、

後ろを振り返りながら呂布の言葉を思い出す。

 

まさか公孫賛を動かすとは思いもよらず、

文醜は呂布軍の武力は勿論の事、

その外交能力にも驚きを隠せなかった。

 

一つの城と数万の兵士だけを持つ者が、

国力、軍事力ともに優っている州牧を動かす事自体が異常なのである。

 

 

「うぎゃあッ!!?」

 

 

「や、止めびぃやッ!?」

 

 

戦場を逃げる中、文醜の耳に悲鳴と怒号が響く。

 

統率力を試すと言われたが、そんなの無理な話だ。

この危機的状況、

分散して逃げろとしか指示出来ない。

迎え撃ってたら全滅する。

 

文醜は自身の力の無さに絶望しながら、ただただ走る。

生き延びる為に。

 

 

「深追いはするなッ、もう十分だろう…」

 

 

公孫賛の武将であろう青髪の将…趙雲の言葉に喚声が収まり始めると、

次第に砂塵が晴れ、

戦場には袁紹軍の兵士たちであったものが辺りに横たわっていた。

 

そんな戦場の真ん中で、敵兵を貫いていた戟を無言のまま馬上から抜きとる呂布。

壷関から出撃し共に袁紹軍を挟撃した呂布の姿を確認した趙雲と公孫賛は、

呂布が顔を向けるとコクンと頷く。

 

呂布はそれを合図に、

血塗れの方天画戟を高々と上げ勝ち鬨を上げた。

 

 

 

 

「……壷関にて袁紹軍敗走、か。クカカカカ…愉快、愉快」

 

 

松明の灯りしかない暗い空間の中、

奇妙な笑みを浮かべる男。

 

男は壁に掛けていた大きな弓を手に取ると、

その弦を何度も弾き始める。

 

 

「……飛将軍、時の流れに抗い、その先に何を見るつもりだ…?」

 

 

弦の弾く音を暗闇の中響かせながら、

男は一人呟くのだった。

 


 
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