No.807716

真・恋姫†無双 十√38

kazさん

魏蜀激突編その5

年単位の更新になってしもうた・・・

という感じで生存報告がてら投稿

続きを表示

2015-10-12 20:02:18 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:13964   閲覧ユーザー数:9404

 

-前回のあらすじ-

 

最終局面に入った魏と蜀の戦い。

魚腹浦に陣を構える魏軍は、蜀軍にとどめを刺すべく動き出す。

詠の率いる一軍、風の率いる二軍、そして北郷一刀の本軍の三つに分け、万全の態勢で進撃を開始した。

しかし蜀軍の軍師朱里、雛里の策により分断された魏軍は、本陣を蜀軍に急襲されてしまう。

だが魏の軍師桂花と稟は、すぐさま対応して蜀軍を迎撃する。

蜀軍の全ての策を看破したと思われたが、蜀の王桃香の一騎駆けだけは予期できる事ができなかった。

敵陣の中を駆ける桃香、そしてそれを待ち受ける一刀。

 

 

 

 

 一刀さんは大陸を制覇したらどうするんだろう――

 

 

 そんな事を考え始めたのはいつからだったろうか。

 三国鼎立してからというもの、蜀の王劉備玄徳こと桃香は常にそんな事を考えていた。

 

 思えば馬鹿らしい考えだ。

 大陸を制覇した者は、王としてその国を支配するのが当然だ。

 しかしどういう国かは王によって変わる。

 名君であれば平和な国に、暴君であれば荒れた国となるだろう。

 しかし一刀が王となれば、世が荒れる事はないと桃香は確信していた。

 平和を望み、そして、民も幸せに暮らす事ができる国になるだろうと。

 

 でも、本当にそうなんだろうか――

 

 何かが抜けているような気がする。

 それが何かがわからなかった。

 

 そんな事を考え続けていた、とある日の事だった。

 桃香は成都の市場である人物と出合う。

 その人物は許子将と名乗った。

 袋小路に陥っていた桃香にとって、人物批評家として名のあるその人物に出会った事は僥倖だった。

 桃香は許子将に一刀の事を尋ねてみる。 

 許子将はまるで全てを見透かしたように、桃香の願いを聞き、一刀の事を占った。

 

 曰く――

 

 『大局の示すまま、流れに従い、逆らわぬべし。 さもなくば、待ち受けるは身の破滅』

 

 桃香には正直意味はわからなかった、だがそれが意味するものが一刀の破滅を意味するものだと理解すると、

 その言葉がどういったものなのかを聞こうとした。

 だがその時にはすでに許子将は消えていた。 

 まるで霞の如く。

 

 残された桃香は考える、その言葉の意味を。

 そして改めて一刀とはどういう人物なのだという事を考え始めた。

 

 今桃香と一刀は、蜀と魏の王として対立している。

 だがそれには理由があった。

 桃香が一刀と敵対しているのは、赤壁の戦いで一刀を裏切った荊州への報復から、荊州を守る為だった。

 和平の為の交渉も結局実を結ばず、その間に魏は関中を制し、呉と決戦を挑もうと動き出している所だった。

 呉を討ち滅ぼせば、もう二度と共に歩む事は最早不可能となるだろう。

 そして、一刀はいずれ蜀も併呑する為にやってくる。

 戦えば勝つ事はまず無理だろう。

 

 もしも、荊州の人達を許してくれるのなら、降伏してもいいのかもしれない――

 

 一刀なら国を任しても良いと桃香は思っていた。

 自身の命と引き換えで、それが叶えられるのならそれでもいいと。

 関羽こと愛紗や、他の蜀の将達が聞いたら激怒して反対するのはわかってはいたが、

 それでも、多くの人々の血が流れるのを防げるのならそれでもいいと。

 

 一刀の事を考える上で、桃香の中で鮮烈に残っている事がある。

 当時徐州の客将として招かれていた桃香達は、袁紹軍急襲によって降伏した徐州から逃げる事を決める。

 その際桃香の魅力に惹かれた民達の願いを断りきれず、民と共に徐州から脱出したのだ。

 その時桃香達は荊州の劉表の下に身を寄せるつもりではあったが、途上で一刀の領地に入ってしまう。

 そして一刀から自身の行った愚行を指摘される。

 助けたいという想いだけで行動したが為に、逆に多くの領民を殺してしまった事に対してだ。

 一刀は桃香のその行為に激怒し、本気で桃香を殺そうとした。

 それが今も忘れられない。

 

 一刀さんは誰よりもこの国の事を想い、そしてこの国の人々の事を想う人――

 

 そんな事を考えていた桃香は、許子将の言葉を思い出す。

 そして、一刀が何かに抗っているのではないかと考え始める。

 それが何なのか、何に対してなのか、そして、その結果何が起こるのかはその時はまだわからなかった。

 

 しばらくして魏軍が呉に侵攻を開始したと聞いた時、桃香の中である一つの考えが浮かんだ。

 ありえない事だと何度も思った。

 しかし、何故かその考えを振り払う事ができなかった。

 全てが繋がってしまったからだ。

 そして、桃香は確信する。

 

 一刀が、何を成そうとしているのかを。

 

 

 だから、桃香は一刀と戦う事を決めた。

 

 

 

 

――魏軍 本陣――

 

「何をしているのっ! 早く止めなさい! 絶対にここに来させてはダメよっ!」

 

 桂花の悲痛なまでの声に兵士達は答えるべく矢を放ち続ける、しかしそれを嘲笑うかのようにかわし続ける一騎の騎馬。

 それを駆る者、名を劉備玄徳、真名を桃香という。

 蜀の王にして、王道を進む者として魏の覇王北郷一刀に対峙すべく、わずか一騎で魏の大軍の中を突き進んできたのだ。

 そしてついには魏の鉄壁の布陣を超え、北郷一刀の眼前にまで迫っていた。

 

「一刀さんっ!!」

 

 目指す人物が目視でき、もうすぐ手の届く所まで来たのだと認識すると、桃香はさらに愛馬的盧の速度を上げる。

 それに答えるかのように、的蘆は鉄壁の魏の陣地の障害を次々と飛び越えていった。

 

 桃香を止める事ができない事に緊張する桂花と凛。

 わずか一騎、されど一騎!

 本来なら恐れるべきものでもないはずなのに、二人の軍師はなんとかしようと必死だった。

 その理由は一刀が魏の将達に語った言葉にあった。

 

 

――時間は初戦敗戦後の軍議にまで遡る――

 

初戦で大きな被害を負った魏軍は、反撃をする為、再度態勢を整えようとしていた。

 

「あ、皆ちょっといいかな、実は皆に頼みたい事があるんだけど」

 

 今まさに出陣という時、一刀は魏の仲間達を呼び止める。

 今更何をと怪訝に思う魏の面々、しかし一刀が真剣な面持ちで皆を見つめているのを見て、

只ならぬ雰囲気を感じ、一刀の続く言葉を待った。

 張り詰めた空気の中ではあったが、一刀はいつものように軽い口調で言葉を続けた。

 

「あ、いや、そんな大層な事じゃないんだよ、なんて言うかちょっと情けない頼みなんだけどさ……」

 

「いいから早く言え! 貴様の頼みならどんな事でも叶えてやる!」

 

 どんな頼みかと身構えていただけに、一刀ののほほんとした態度につい力が入った言葉を返したのは、

魏武の大剣夏侯惇こと春蘭。

 他の面々もそれに続き、一刀のその”情けない頼み”というものがどんなものかと待ち構えていた。

 そんな皆を見て、一刀は頭を掻き、深い溜息をついた後、皆をまっすぐに見つめて言葉を放った。

 

「頼みというのは……、劉備を殺してほしいんだ」

 

 一刀から発せられたその頼み事に、魏の面々を皆拍子抜けする。

 何故ならそれは当然やるべき事であり、今更言うべき事ではないと思ったからだ。

 と同時に、何故一刀が今更そんな事を言い出すのかと疑問に思った。

 その意図を問うべく、筆頭軍師の桂花が皆の代表といった感じで、一刀に声高で詰め寄った。

 

「何を言い出すかと思ったら! そんなの当然するべき事じゃないの! 

劉備を殺さなきゃ蜀を倒したとは言えないんだから!」

 

「おにーさん、どうしてそのような事を~?」

 

 桂花に続いて問うたのは、同じく軍師の風。

 二人の疑問に一刀は少し考えたように項垂れ、一呼吸すると皆に向って話し出す。

 

「多分……、いや、間違いなく劉備は俺の元までやってくる、必ずな。

その時、俺は劉備を殺せるか正直わからなくてさ」

 

 弱弱しく答えた一刀に驚きを隠せない面々、桂花や春蘭などは怒り心頭で一刀に詰め寄ろうとするも、

秋蘭と風がその二人を止め、一刀の言葉の続きを促す。

 

「彼女はきっと俺を必死で止めに来ると思う。 命を懸けてな。

でも彼女はきっとだけど、俺を殺そうとはしない思う」

 

「どういう意味?」

 

 一刀の不可解な言葉に、今度は詠が問う。

 

「彼女は……、俺に殺意を向けてこない思う、いや、言い方が違うな。彼女は誰かを殺そうとする事が

できないんだよ、きっと。 だから俺を殺そうとはしてこない。

 そんな彼女を……、殺意を向けてこない人間を俺はきっと殺せないだろうなって」

 

 一刀の言葉に、多くの者は理解ができなかった。

 ただ、風だけは一刀が何を言わんとしているかが、何となくではあるが理解が出来た。

 しかし、あえてそれを口に出す事はしなかった。

 静寂に包まれる中、一刀に向け言葉を発しようとする前に、一刀が言葉を続けた。

 

「だから俺の元に辿り着く前に彼女を……、劉備を殺して欲しい。

 それで、全てが終わるから」

 

 最後の言葉を紡いだ時、自分の不甲斐なさを恥ながら、一刀は魏の面々に頭を下げた。 

 覇王として覚醒した一刀は、赤壁以降どんな事にも弱気を見せるような事はなかった。

 常に前を向き、強敵に対しても真正面からぶつかり、引くような事も臆する事もなかった。

 しかし今の一刀は明らかに今までとは違い、どこか弱弱しくもあった。

 一刀の態度に戸惑いながらも、春蘭はいつものように変わらぬ態度で一刀を叱咤する。

 

「まったく! どんな話かと思ったら、くだらんぞ北郷!」

 

「ご、ごめん……」

 

「いいか! 貴様は何もせずドンと構えておればよいのだ! 敵が来れば剣である我らが倒す!

劉備だろうがなんだろうが、貴様の元にまで行かさなければいいだけの話だ!」

 

「せやで一刀、うちらの事もっと信用したってぇな。心配せんでも一刀が武器持って戦わなあかんような事には

させへんよって」

 

 春蘭に続いた霞も、任せろと言わんばかりに自分の胸をドンと叩く。

 他の面々も笑顔で答え、一刀はその姿を心強く思い、笑みを見せた。

 

「ありがとう皆、これで安心したよ!」

 

 そして一刀は力強く号令する!

 

「じゃあ行こうかみんな! この戦いを終わらせて平和な未来を作るんだ!」

 

「「「「応っ!!!」」」

 

 

 

 

 桃香の駆る的蘆は、魏軍陣地を疾風の如き速さで駆け抜けていた。

 魏軍の必死の防衛が、味方への誤射を恐れて思うように出来なかった事もあるが、

それでも的蘆と桃香は人馬一体となり、魏兵の間を奇跡の如き手綱さばきで駆け抜けていった。

 桃香の眼前には北郷一刀の姿が少しずつハッキリと見えはじめる。

 一刀は自分をしっかりと見据え、ここに来てみろと言わんばかりの表情をしているように桃香には思えた。

 高揚する感情を必死に抑え、桃香は最後の力を振り絞った。

 

「的蘆! もう少しだけ頑張って!」

 

 息を切らし、必死で的蘆の手綱を握り締める桃香、握り締められたその手は血が滲んでいた。

単騎で万の敵の中を突破し、今また鉄壁の陣地を駆け抜けようとする桃香の精神は疲弊しきっていた。

 それでも諦める訳にはいかなかった。

 心に秘めた桃香自身の戦う理由、そしてこの一瞬の時を作り出し、命を賭けて戦ってくれている妹や仲間達の為に。

 

「何をしているの! 早く劉備をし止めなさい!」

「相手はただ一騎なのですよ!」

 

 近づきつつある劉備を止められない事に、徐々に焦りだす桂花と稟は、必死に兵達に命令する。

 兵士達もそれはわかってはいた。 しかしどうやっても止める事ができなかったのだ。

 どうすればいいのかと気ばかりはやる桂花と稟に、一刀が静かに諭すように語りかける。

 

「桂花、稟、焦るな」

 

 その言葉にはっとして、いつもの自分達を取り戻す桂花と稟。 

 一刀の言葉は、まるで清涼剤のように二人の焦りの心を瞬時に癒すものだった。

 自分の不甲斐なさを呪いながら、稟は再度兵に命令をしようとした時、一刀がさらに言葉を続ける。

 

「劉備の道はここだ。 それ以外は必要ない」

 

 一刀の言葉の意味を瞬時に理解した桂花と稟は、すぐさま近くにいた弩兵に集まるように叫ぶ。

 桃香はまっすぐ一刀を目指す、であればその軸線上で待ち構えれば良いのだと。

 あまりにも当然であり、すぐに思いつかねばならなかったのに、それが出来なかった事を悔やむ二人

 そんな事を考えている間にも、桃香と的蘆は魏軍陣地の最後の柵を今まさに飛び越えようとする所だった。

 

「放てっ!!」

 

 桃香と一刀の間の軸線上に集められた弩兵は二十人ほどだった。

 しかしその二十人の弩兵は、本陣を任された精鋭中の精鋭である。

 的蘆が柵を飛び越えたと同時に、桂花の命令と同時に一斉に桃香に向け矢を放つ。

 見事というほかないほど、放たれた全ての矢は一直線に桃香を狙ったものだった。

 瞬きをする間もなく、桃香は無数の矢に貫かれて絶命する。

 誰もがそう思ったその瞬間、嘶きを上げて着地したばかりの的蘆が、再度大きくジャンプする。

 

「!」

 

 それは桃香が指示したものではなく、的蘆が自ら行った行動だった。

 突然の的蘆の挙動に桃香は手綱を掴んでいる事ができず、ジャンプした的蘆から大きく投げ出されてしまう。

 しかしその挙動により、桃香を貫こうとしていた矢の多くが逸れ、ジャンプした的蘆の身体を貫いた。

 まるで桃香を守るかのような行動をした的蘆に、唖然とする魏の将兵達。

 一方桃香は激しく地面に叩きつけられ、一瞬意識を失いかける。

 だが必死で自身を鼓舞し何とか正気を保つと、朦朧とした意識で辺りを見回した。

 

「的蘆……」

 

 桃香の目に映ったものは、無数の矢に貫かれ絶命した愛馬的蘆だった。

 ずっと共に歩んできた的蘆の死に、桃香の心に痛みが起こり、涙が溢れそうになる。

 しかし桃香は必死で悲しみを振り払い、目的となる人物をさらに探す。

 そしてその目の先に白い服を着た人物、北郷一刀の姿を見つけると、傷つき倒れた身体を起こそうとする。

 その瞬間桃香の身体に走る激痛、見れば左太腿に痛々しく矢が刺さっていた。

 さらに落馬の際地面に叩きつけられた衝撃によって、左腕の骨が折れていたようだった。

 苦痛に顔を歪めながらも必死で立ち上がった桃香は、一刀のいる場所を確認すると、

ゆっくりと身体を引きずりながらその場所へと歩み始めた。

 

「……あっ! な、何をしているのですか! 早く劉備をっ!」

 

 状況に素早く気付いたのは稟、桃香がまだ生きていると知って兵達にとどめをさすよう命じる。

 兵達も稟の命令でようやく桃香の事に気付くと、すぐさま剣を抜き放ち駆け寄っていく。

 しかしその剣が届く前に、桃香は一刀に向け、張り裂けんまでの声で叫ぶ。

 

「わたしはっ!…… 一刀さんとのっ!!」

 

 声を出すたびに激痛が襲ってくる。それでも桃香は痛みを堪え、必死で言葉を続けようとする。

 しかしそれをさせまいと稟がさらに声色を上げ、兵達に命ずる。

 

「 早く止めなさい!!」

 

 だが、その願いは届かず、桃香が続く言葉を言い切った。

 

「一騎打ちを望みますっ!!」

 

「受けよう」

 

 桃香の一騎打ちの申し出を、間髪いれずに受ける一刀。

 そしてまるでそれが行われる事を予想してたのか、兵達に手出し無用という感じで素早く右手で制す。

 今まさに桃香に突き立てられようとしていた無数の剣は寸でで止められ、

兵達は桃香を包囲するように周りに待機する。

 

 

 

”やられたっ!”

 

 桂花と稟はギリッと音が鳴るほどの歯軋りをして悔しがる。

 一刀が一騎打ちを受けたのであれば、これ以上桃香に手を出す事はできなかった。

 一刀を無視して桃香をし止める事も可能ではあるが、そんな事をすれば一刀が後々の世にまで、

卑怯者の王として名を残す事になってしまう。

 二人はそんな屈辱と汚名を、一刀に残させる事はできなかった。

 思えば桃香、いや蜀軍の最終目的が一刀と桃香との一騎打ちだという策は、魏の軍師達はすでに看破していた。

 だからこそ止めねばならず、そしてそれができなかった事をただただ悔やむしかなかった。

 

「桂花、戦闘停止の(かね)を鳴らしてくれ」

 

「え?」

 

「この戦いはここで決着する。 であれば、これ以上の無駄な血を流す必要はないだろ」

 

 その言葉に桂花と稟はゴクリと息を飲む。 一刀の言う通り、二人の王がここで戦う以上、

勝った者がこの戦いの勝利者になるのだと。

 桂花は悔やんでも悔やみきれない思いで、兵に鉦を打ち鳴らすように命令する。

 未だ陣外で魏と蜀の兵士達の戦いの喧騒が聞こえるその中を、鳴り響くように鉦が打ち鳴らされる。

 それからしばらくして、聞こえていた戦いの喧騒は徐々に消えていき、静かさがその場を支配する。

 その中を覇気を出す一刀は、威圧感ある言葉で桃香に言葉を発した。

 

「さて、”もう時間がない” 始めようか劉備玄徳」

 

「は……、はいっ!」

 

 一刀に声をかけられた桃香は痛みを堪え、傷ついた身体でゆっくりと立ち上がる。

 左太腿に突き刺さった矢の激痛が桃香を襲う、今すぐにでも引き抜きたかった。

 しかし矢を抜いた瞬間、痛みと出血で意識を失ってしまうのではないかと考えてしまう。

 チャンスはもう二度はない。 改めて自分に喝を入れ、桃香は立ち上がると剣を抜いて構える。

 

 対峙する魏の王北郷一刀と、蜀の王桃香。

 一刀はまったくの無傷であり、対する桃香は満身創痍で立っているのがやっとの状態。

 桃香は剣を両手で必死に構えるものの、折れた左腕では力が入らず、今にも剣を落としそうだった。

 

「やああーー!」

 

 迫力など一切感じない精一杯の声を張り上げ、桃香は一刀に向って近づいていく。

 一歩ずつ、足を引きずるように一刀に近づく桃香。

 対する一刀は微動だにせず、山の如き不動を持って桃香を待ち構えていた。

 二人の距離が二mに近づこうとした時、桃香は踏み込み、精一杯の力で剣を振るう。

 だがその剣は一刀に届くどころか、桃香の手から離れ、地面に力なく金属音を響かせて落ちていった。

 慌ててその剣を拾おうとするもつまづき、そのまま地面に倒れていく桃香。

 

 無様な桃香の姿に魏の兵士達から失笑が漏れる。 

 だがそんな兵達を一刀が鋭い眼光で睨みつけた。

 威圧感あるその眼光に怯える兵士達は、姿勢を整え表情を強張らせると、改めて二人の戦いを見つめる。

 

 倒れた桃香は苦しそうに堕ちていた剣を拾うと、必死で再び剣を握り立ち上がろうとする。

 よろよろとする、まるで酔っ払いのようなその桃香のその姿を見た魏の将兵達は、安堵の表情に包まれていった。

 どう考えても一刀が負けるようには思えなかったからだ。

 一刀が一太刀浴びせるだけで、桃香は容易く倒せるだろう。

 その場にいる誰もがそう確信していた。

 

 ただ二人を除いて――。

 

 桂花と稟は二人の戦いを手に汗を滲ませ、食い入るように見つめていた。

 誰がどう見ても万に一つも一刀が負けるはずのない戦い、しかし桂花と稟はそれでも嫌な予感がしていた。

 それは戦いの前に一刀の語った桃香への想い、そして、呉の孫策との一騎打ちの事を思い出してだ。

 

 小覇王孫策伯符――

 

 その武は鬼神の如き強さを持った呉の王。

 武においてはそこまで強くもない一刀は、そんな鬼神の如き強さの人物と一騎打ちをし、そして勝った。

 誰もが一刀の勝利を想像できなかったろう、だが、それでも一刀は勝ったのだ。

 何が起こるかわからないのが一騎打ちなのだと。

 

「やああーー!」

 

 立ち上がった桃香は戦意を失う事無く、再び声を張り上げ一刀に向って行った。

 

 

 

 魏軍本陣から鳴り響いた戦闘停止の鉦の音は、戦場にいるすべての兵士の耳に響き渡った。

 魏の兵士達はその鉦の音を聞き、当然の如く戦闘を停止する。

 ただし蜀の兵士達が未だ攻撃して来る事に注意を払いながらである。

 しかし驚いた事に、その蜀の兵士達も魏軍の戦闘停止の鉦の音を聞いたと同時に戦闘を停止する。

 

 まるで、それが当然かのように――。

 

 それは兵士だけに限らず、将達も同じだった。

 各地で魏の将達と激闘を繰り広げていた蜀の将達は、鉦の音を聞くと同時に戦いを止め武器を収める。

 ある者は天を見つめ無念の表情で顔を歪ませる。

 ある者は崩れ落ち、大声を上げて泣き出した。

 またある者は自らの手で自害しようとする所を、魏の将に止められた。

 

 夏侯淵こと秋蘭と、黄忠こと紫苑の戦っていたこの場所でもそれは同じだった。

 鉦の音が聞こえたと同時に秋蘭は戦うのをやめ、しかし警戒しつつ紫苑に注意を払っていた。

 しかし紫苑は鉦の音を聞くと同時に、まるで憑き物が落ちたかのように優しい顔になり、

そして秋蘭に向けていた敵意と武器を静かに収め、そしてその場に立ち尽くした。

 

「まるで、戦闘停止の鉦が鳴る事を知っていたかのようだな」

 

「ええ、この戦いが始まる前に、わが軍の軍師、そして我らが主桃香様から言われておりました。

鉦の音が聞こえたら、速やかに戦いを止めるようにと」

 

 秋蘭の問いに紫苑は静かな声で答えた。そこにはさきほどまで死闘を演じていた蜀の名将の姿はなく、

優しい微笑みを見せる美女の姿があるだけだった。

 秋蘭はその姿を見て紫苑にはもう戦闘をする意思がないと判断すると、武器を収めて改めて紫苑に問うた。

 

「この鉦の意味がお前達にはわかっているという事か」

 

「はい、未だ戦いが終わらぬ中、この魏軍本陣から鉦が鳴らされたという事は、

我らの王桃香様が貴方方の王、北郷一刀の下に無事辿り着いたという事を意味します」

 

「何!」

 

 紫苑の言葉に秋蘭は一刀がいるであろう本陣に目を向ける。

 未だ全ての霧が晴れぬ中、秋蘭のいる場所からでは中で何が起こってるかはわからない。

 だが、紫苑が嘘をついているようには思えなかった。

 同時に蜀軍を駆逐しつつある魏軍圧倒的有利な状況の中、戦闘停止の理由はそれ以外には考えられないとも思えた。

 

「貴公らはこれからどうするのだ?」

 

「私達の役目は桃香様……、我らの王を北郷一刀の下に辿り着くまでの間、貴方方を食い止める事です。

もはやその役目も終えた以上、抗う事はいたしません。 後は、桃香様に全てを託します」

 

「成る程、我らはまんまと貴公らの策に嵌ったという訳か」

 

 秋蘭は紫苑を見つめつつも、自分達が蜀軍にいいようにあしらわれた事に不快感を隠しきれなかった。

 また、一刀を守ると誓いながらも、それを果たせなかった事も一因でもあった。

 しかしすでに起こった事を今更後悔しても意味はない。

 秋蘭は近くにいる兵達に後を任せ、一刀の元に向おうとする。

 と、その目に失意の紫苑の姿が見えた時、秋蘭は敬意を込め話しかけた。

 

「……黄忠」

 

「何でしょうか?」

 

「貴公も来るか?」

 

 秋蘭の唐突な言葉に紫苑は一瞬言葉を失った。すでに目的を達成し、後は事の成り行きを見守るだけではあったが、

 紫苑自身、桃香無事を案じ続けていた。単騎で乗り込んだ桃香の運命は絶望的で、一刀が桃香の言うような人物では

なかった場合、すでに殺されている可能性もあると。

 おそらく秋蘭は、紫苑に桃王と王の決着を見せる事で、踏ん切りをつけさせる気なのだろうと紫苑は考えた。

 だが紫苑はかすかな希望も捨ててはいなかった。

 

「是非」

 

「では来い、だが武器は預からせてもらう。 異論はないな」

 

「勿論」

 

 紫苑は己が武器颶鵬を魏兵に渡すと、秋蘭に付従い、一刀と桃香のいる魏軍本陣へと歩いていく。

 戦場は静寂に包まれていた。 先程まで死力を尽くして戦っていた両軍は疲れ果て、共に武器を置いて

事の成り行きを見守っているようでもあった。

 気付けば陽はすでに暮れつつあり、赤く染まった空は、まるでこの戦場で倒れた者達の血が、

空に溶け込んでいったようだった

 

 

 

 

 一刀のいる本陣が見え始めた時、秋蘭と同じく鉦の音を聞いたと同時に戦闘を止め、

本陣に向かう途上の姉夏侯惇こと春蘭を見つける。

 

「姉者!」

 

「おお秋蘭か、無事なようでなによりだ」

 

「姉者も無事で良かった。 ……ところで姉者、後ろにいるのは趙雲か?」

 

 見れば春蘭の後ろには、蜀の将趙雲こと星が激戦の痕を残した姿で付き従っていた。

 春蘭はそんな星を忌々しげに睨みながら、秋蘭に愚痴りだす。

 

「鉦が鳴ったと同時にこいつが急に武器を収めてな、もう戦う必要はないなどと言い出したのだ!

武器を構えず、戦意もまったくないような奴を殺す訳にもいかんだろう!

とはいえ放り出せばどこに行くかもわからんからな、武器を捨てさせついて来させたのだ!」

 

「なるほどな、しかし相変わらずだな趙雲」

 

「いや、できれば私も決着はつけたいとは思ってはいたのだがな、いかんせん我らの王から鉦の音が聞こえたら

戦うのをやめるようにと厳命されててな、主命には逆らう訳にはいくまい」

 

「白々しい! 何が主命だ! 貴様は最初から決着をつけようなどとは思ってはいなかったであろうが!」

 

 星の言葉に春蘭の怒りがさらに増す。

 星は一度、当時は北郷軍だった頃に春蘭達と共に過ごしていた事があった。

 その頃から春蘭達は模擬戦などで相対していたものの、いつものらりくらりと逃げられ、まともに勝負すらして

もらえなかったのだ。

 ようやくにして本気の戦いが出来ると思っていただけに、突然の停戦は消化不良以外のなにものでもなかった。

 

「姉者、今はその話は後だ、早く北郷の下に行こう」

 

「お、おおそうであったな!」

 

 秋蘭に促され、春蘭は足早に本陣へと走り始める。

 それを秋蘭、紫苑、星の三人も追っていく。

 

 鉦が鳴ってから十分は経っていた。

 一刀と桃香の力量差を考えれば、一騎打ちはすでに終わっていてもおかしくはない。

 春蘭も秋蘭も、一刀が殺されるとは微塵も思ってはいなかった。

 そして二人は一刀と桃香が一騎打ちが行われている場所へと辿り着く。

 そこには魏の他の将達、そして激闘を演じていた蜀の名将達もいた。

 おそらく春蘭や秋蘭と同じく、共に決着を見ようと魏の将達が連れてきたのだろう。

 その全員が見つめるその先、そこにいる二人の王を発見した時、春蘭と秋蘭の二人は言葉を失った。

 いや、その二人だけではなく、紫苑と星の二人、そして他の魏の将兵や蜀の将達も、

そのありえない状況に言葉を失ってしまう。

 

 魏の将兵達、そして蜀の将達の見つめるその先では――

 

 無傷の北郷一刀と、左太腿に矢を受け、さらに体中が傷まみれの満身創痍の桃香が対峙していたが――

 

「一刀さんっ!」

 

 剣先を相手の喉元に当て、声を発したのは――

 

「私の……、勝ちですっ!」

 

 

 桃香の方だった――

 

 

 

 

あとがきのようなもの

 

前回あと二話と書いたんですが、纏め切れなかったもので38を二つに分ける感じになってしまいました。

なんで、次が後半の39、そんで最終回の予定です。

 

えーっと、お久しぶりです。

なんていうか、久々すぎてどうにもこうにもって感じですが、

書いた以上は完結はしなきゃなと思って久々に書いてみました。

今更ですが・・・

 

7にして真恋姫動かなくなったもので、ゲームでの復習とか全然やってません、

なもんでキャラがイマイチ違う感じになってるかもです。

 

次も時間はかかるかもですが、頑張ります。

 

kaz


 
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