No.806826

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第八十八話

ムカミさん

第八十八話の投稿です。


この話が西涼編の結となります。

2015-10-08 00:27:24 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3390   閲覧ユーザー数:2738

曹操が去った西涼のとある街。

 

そこの城にて5人の女性、馬家の者達が場を移して改めて話し合いを持っていた。

 

「さて、どうしたもんかねぇ」

 

「ちょ、母さん、あんだけの啖呵切っといて、何か考えがあったわけじゃないのかよ!」

 

「はんっ!あん時はあたいの本心に従って発言しただけさね!」

 

「まあお母さんだもんねぇ。というか、お姉ちゃんもそんな感じじゃない?」

 

「おい、蒼までなに納得してんだよ?!ってか、あたしはそこまで酷くは――――いや、ごめんなさい……」

 

諸々言いたいことを秘めたであろう馬騰の一睨みで馬超は言葉を濁らせた。

 

この会話でも分かる通り、馬騰、馬超、馬鉄の3人は概ね先ほどの会談の流れについては受け入れている。

 

だが残る2人、馬休と馬岱はそうでは無かった。

 

「母さま!陛下のご要望をどうして却下されたのですかっ?!」

 

「そうだよ、おば様!せめてお兄さん達について行って陛下に直接お会いしてお話してからでも良かったじゃない?!」

 

「それに、母さまは一刀さんや華琳さんの”器”について疑問視してましたけど、それにしたって許昌やその他の魏の街の政策や現状、民の声を聞けば――――」

 

「ちと落ち着きな、鶸。あたいもあんたの言ったことくらい、ちゃんと加味して考えてるよ」

 

声を大に突っかかってくる2人に対しても馬騰は落ち着き払ったまま。

 

逆に馬休に対して諭すような説明を始めた。

 

「あんたには為政に関わらせているとは言え、その先の立場のことまではまだ考えが回りきらないだろうね。

 

 あたいはこの街の為政者であると同時に、西涼の部族連合の盟主でもある。

 

 その立場になったからこそ分かるんだが、元々それぞれの信念の下に結束していた奴らを束ね直して組み込むことほど、難しいことはないね。

 

 実際、あたいは下に正式に組み込むことを断念して表面上対等となる連合を組むことにしたくらいだ。

 

 それを言うなら曹操の奴は魏という大領土をよく束ねているじゃないか、とそう思ったかい?

 

 確かにそうかも知れん。が、奴はまだ、そこまで強い信念と求心力を備えた輩の領地を接収したことは無いんだよ。

 

 それに、あたいが最も懸念するのは更にその先のこと。

 

 仮に奴が大陸を統一出来たとしよう。その時、奴の最大の敵となるのは何だと思う?

 

 侵略してくる五胡でも国家転覆を企む愚臣でも無い。奴自身、もっと言えば奴の中にある心だ。

 

 人間なんてものはね、力を持てばそれを振るって好き勝手やりたくなる、そして力が大きくなればなるほど、その欲望も強くなっちまう生き物なんだよ。

 

 大陸を束ねると本気で言うのであれば、奴は心をある程度まで抑え込まないといけない。

 

 必要以上の欲望や力を持った驕りなんていった心の不純物は、表面に見せることさえ許されない。

 

 分かるかい?あたいは今この瞬間からも、いや、魏が大きくなってきた時からと言ってもいい、あいつらを見極めようとしているんだよ。

 

 大それた武や知なんて別に無くとも構わない。最も大切なのは、大国の為政者たる心構えがあるかどうかだ。

 

 ま、武とか知なんかもあるに越したことは無いんだがね」

 

「な、なるほど……で、でも母さま、それって……」

 

「ああ、あんたの言いたいことは分かるよ。

 

 本来、この見極めには年単位で時間を要するだろうね。

 

 だが、幸い、と言うべきかね、曹操の奴は既に大きな領土を持っている。それもそれなりに前からね。

 

 そして今、奴の手元には陛下の御身すらある。

 

 こんだけの条件が揃ってれば、そうだね……あと一年とせず、あたいの見極めは終わるだろうさ」

 

一年。その単語、その期間が馬家の者達の脳裏に刻まれる。

 

馬騰がこう言っているのだ。

 

一年後、大陸を治めているのは魏か、はたまた漢のままか。或いはその他の勢力が台頭してくるのか。

 

その場の誰もが気にしていながら、しかし誰一人として馬騰に問うことは出来ない。

 

馬騰が考える勝者は誰なのか。望む勝者は誰なのか。

 

或いは聞くのが怖いだけなのかも知れない。

 

自身の考えと馬騰の考えにズレが生じている場合、今後にまで響きかねないのだから。

 

「さ、話を戻そうか。

 

 今話すべきはあたいらは今後どうするべきか、ってことさね」

 

言う事は全て言ったと判断した馬騰は話を本筋へと戻す。

 

他の4人も半ば無理矢理ではあったが馬騰に合わせて意識を切り替えることにした。

 

「まぁ、そうだねぇ…………

 

 月蓮のとこに厄介になるのもアリっちゃあアリかも知れないが、ちと遠いからねぇ。

 

 何より、その道中で曹操んとこの奴らとかち合っちまったら、さっきのことは全部本末転倒になり兼ねないし。

 

 となれば近くで――――」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ、母さん!

 

 一体何の話をしてんだよ?!まるであたしらがここから――」

 

「そうだよ、翠。今日――いや、最低限の物は持って行かなきゃならないし、やっておくこともあるね。

 

 となりゃ、諸々の準備に一日掛けるとして……

 

 まあ余裕持って明後日にでもしとこうか。明後日を限りに、あたいらは一度、この地を去るよ」

 

瞬間、馬家の者たちは衝撃に襲われたようになる。

 

今後のこと、といいながら、既に馬騰の中ではその大きな方針は決まっていて、しかし4人はまだ知らない。

 

それだけならばまだしも、その内容がこれからの自身の身の振り方に大きく関わってくることとあっては、いくら五胡相手に武勇を馳せる馬家の者たちであっても衝撃に眩もうというものだった。

 

「お、おば様、本気?!

 

 っていうか、なんで蒲公英たちが出ていくのさ?!」

 

「ん~?お母さん、北郷相手に一歩も退かないどころか、あの呂布含めて誰も相手にならないほどだったよね?」

 

馬岱が詰め寄り、馬鉄が首を捻る。

 

馬超もまた2人に乗っかって馬騰に詰め寄っていたが、一方で馬休だけが馬騰がどうしてそんな方針を既に立てていたのかに思考を巡らせていた。

 

「多勢に無勢……」

 

その結果、すぐに答えと思しきものに思い至り、ボソリとつぶやく。

 

それを最初に拾ったのはすぐ隣にいた馬超であった。

 

「ん?どういうことだ、鶸?」

 

「いえ、その……かり――曹操さんのところの兵数は国が大きいこともあって非常に膨大です。

 

 一方で私達も軍を持っているとは言え、所詮は一部族が持つに妥当な数です。

 

 仮に部族連合に参加している全ての部族が私達に助太刀してくれたとしても、それでもなお曹操さんの軍の兵数には遠く及ばないはずです」

 

「そうだよ、鶸。まさにその通りだ。

 

 翠も蒼も蒲公英も。今ので分かったかい?」

 

「ぅ……ま、まあ、何となくは……」

 

「え~っと、大体は分かったんだけどぉ……」

 

「その兵数の差って、おば様がいても覆らないほど?

 

 おば様がさっき軽くあしらったあの呂布でも、三万の集団相手に一人で勝ったって聞いたことあるよ?」

 

馬超と馬鉄が歯切れを悪くする中、馬岱は真剣な面持ちで馬騰に問う。

 

これに対し、馬騰の顔が作ったのは苦笑であった。

 

「蒲公英、あんたの言ったことには大事な要素が抜けているよ。

 

 呂布が相手にしたのは黄巾党だ。言ってみりゃあ、戦の『い』の字も知らない素人連中がその辺の鍬や鋤なんかを武器みたいにもって集まっただけの烏合の衆。

 

 途中で山賊が加わっただのどっかの敗残兵が合流しただの、そんなのは些末なことさね。

 

 要は大した訓練もされてない連中が、自分たちの理解の及ばない相手を前にした時どうなるか。

 

 答えは簡単さ、瞬く間に崩壊、だね」

 

ここまで言われれば馬騰が言いたいことの意味も皆理解出来る。

 

「集団が崩壊したのであれば、相手にしたその数に大した意味は無い、と、そういうことですよね、母さま?」

 

娘姪達を代表して一足先にその結論に至っていた鶸が馬騰に問う。

 

馬騰は他の皆も理解していることを確かめてから大きく頷いた。

 

「ああ、そうだ。正確に言えば、呂布は『三万の集団を相手に一人で勝った』のではなく、『三万の集団を相手に一人で追い散らせた』、が正解さね。

 

 蒲公英、あんたが考えた通り、あたいもやろうと思えばやれるだろうさ。月蓮の奴や、恐らく北郷なんかも出来るんじゃないかね?

 

 だがね、相手にするのが正規兵、それも曹操の奴のとこみたいな精兵相手だと、全く話が違ってくるのさ。

 

 ちゃんと訓練してる兵士が相手となりゃあ、余程でないと敵軍の秩序崩壊なんて起きやしないよ。

 

 それに、あそこには北郷や呂布を初め、武官は粒揃いだ。

 

 ま、今のままじゃあいくらあたいが本気を出しても最後にはあっさり負けちまうのが目に見えているね」

 

あっけらかんと馬騰は言い切った。

 

これに芯から同意しているのは馬休のみ。

 

馬超、馬鉄、馬岱の3人は大よそを理解しながらも、半信半疑だった。

 

或いは『やってみなければ分からない』とでも思っているのかも知れない。

 

だが当然ながらその考え方は非常に危ないもの。

 

それを察したのか、はたまた娘たちの行動予測くらいは簡単に建てられるのか、馬騰が先んじて手を打つ。

 

「あんたらにあたいからの命令だ。

 

 現時点で曹操の奴と事を構えようとするな。いいか?絶対だぞ?

 

 破ろうとした馬鹿は、あたいが直々に仕置きしてやるよ」

 

「うっ……わ、分かったよ、母さん」

 

馬超に続き、他の者も皆首を縦に振る。

 

様々な意味において馬騰には敵わない・逆らえないという馬家の軍の姿がそこにはあったのだった。

 

「さて、とっとと話を戻して進めちまおうか。

 

 なんだっけ……?ああ、そうそう、月蓮のとこじゃなくて、どこへ行くかって話だったね。

 

 ま、あたいの目的が目的だ、それなりの勢力を誇り、奴らが器で無かった場合、代わりの器たる可能性のある奴のところに行くのが望ましいね。

 

 というわけで、だ。

 

 翠、連合に参加させたあんたの話を加味した結果、あたいは劉備のところへでも行こうかと考えている。

 

 だが、もしあんたらに何かしら意見があるならそれを聞いて再度検討しようじゃないか」

 

これに反応したのは馬休であった。

 

「母さま、一つ聞いておきたいのですが、劉備の陣営を選択した理由は教えていただけますか?」

 

「そうだね、それは言っておこうか。

 

 翠の話を聞く限り、確かに劉備は君主としては考えが甘い。

 

 だが、それだけじゃあ説明のつかないことがあるだろう?

 

 かの伏龍や鳳雛、今や美髪公なんてまで言われるようになった関羽やそれと同等の武人、張飛。

 

 更には常山の昇り龍なんて謳われる趙雲まで奴に付いている。

 

 蜀に入った今、更にその部下は増えているだろうさ。

 

 それだけの求心力を発揮しているからには、只者じゃあないってことは分かるだろう?

 

 曹操や北郷にもそうだったが、あたいは劉備にも可能性を感じているんだよ。

 

 そして、こっちはどちらかと言えば他の二人とは違って、近くで見極めるのが一番だろうと思っている」

 

それに、と馬騰は俗にいう”悪い顔”を作って告げた。

 

「劉備はその考え方からして曹操に完全には同調することが無いだろう。

 

 曹操達を見極めるとなれば、最終的には奴らが構えた国の武力も計り、知っておきたい。

 

 その時、曹操と対峙するだろう劉備に与しておけばやりやすいってもんさね。

 

 これで分かったろ、鶸?他には何かあるかい?」

 

馬騰は自身の考えを開示した上で再度意見を募る。

 

しかし、それ以上表立った対案は他に出てくることは無かったのだった。

 

「特に他に意見が無いのなら、このまま劉備のとこに向かうとしようか。

 

 あんたたち、さっさと準備しちまいなよ。

 

 あたいはあたいでやることがある。よっぽどの事じゃなけりゃ、呼び出しするんじゃないよ」

 

馬騰に言われ、ほとんど渋々ながらも馬超たちも動き出す。

 

納得がいかない。そんな思いが燻り、胸を焦がすも、馬騰の言うことも理解し、更に命まで加えられた今、彼女達には為す術が無いのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた達、やり残した事は無いね?もう出るよ!」

 

二日後、馬騰は宣言通りに街を発たんとしていた。

 

馬家の面々のみでなく、馬騰たちに付いていくことを決心した軍の兵もそこにいる。

 

それぞれの事情から街に残ることになった者達は既に前日、馬騰に街の治安維持を堅く誓って別れを済ませていた。

 

ただ、そういった者たちを除いても、ここに集う兵の数は多い。

 

馬家の求心力の高さがよく表れた光景であった。

 

「あたし達の準備はとっくに終わってるよ。

 

 でもさあ、母さん。いくらなんでも曹操に塩を送るような真似、しなくても良かったんじゃないのか?」

 

依然として、いや、以前より更に不満気に馬超がそう愚痴たれる。

 

それも仕方が無いのかも知れない。

 

馬超の言う『塩を送る行為』。それはここ二日間で馬騰が行っていた内容のことを指していた。

 

馬超たちには街を引き払うに当たっての自分たちの荷の準備等を命じた馬騰は、しかし自身の荷の準備は後回しにしていたのだ。

 

では馬騰が何をしていたのかと言うと。

 

部族連合に名を連ねている各長達へ向けた文を用意し、またそれに伴って、街に残りやってくるであろう長達に対応する文官から自身の考え等が正確に伝わるよう教育をしていたのである。

 

彼女が文に記した内容は、要約してしまえば簡単なもの。

 

曰く、馬一族は己が我が儘によって今は西涼を去るが、この地に残りし部族たちはすぐに来るであろう魏の者と手を結び、五胡の脅威を退ける力とすべし。

 

そこに至った詳細なども無く、ただ魏と組めば西涼の安泰は変わらない、とだけ書いて寄越しただけ。

 

馬超がああ愚痴たれたくなるのも分かろうというものだった。

 

「何度も言ってるだろ、翠?これは完全にあたいの我が儘でしかないんだって。

 

 元々陛下から賜った任を途中で投げ出す形になっちまうんだ。

 

 そのくらいの体裁は整えとかないと、大手を振って『あたいが見極めてやる』、なんて言ってられないからね。

 

 それとも何だい?翠、あんたはこのあたいを陛下のご意志にただ弓を引くだけの不忠者にでもしたいのかい?」

 

「い、いや、そんなつもりじゃないけどさ……」

 

「お姉ちゃん、もう仕方が無いって。お母さんの言い分の方が分があるんだし。

 

 それにどっちにしたって蒼達はやるべきことをやるだけだよ」

 

「ん……まあそうか」

 

馬鉄が両者の間に入り馬超の不満を押し留める。

 

普段はおちゃらけて馬超を揶揄うことに楽しみを見出す彼女も、この時ばかりは真面目な物言いを貫く。

 

元々場を察する力は人一倍の馬鉄である。もう少し空気が軽ければ、いつもの妄想に託けて重くなりかけた空気を明るくするのはよくあることだった。

 

「蒲公英、鶸。あんた達もいいんだね?」

 

「あ……はい、大丈夫です、母さま」

 

「えっと……うん、準備は出来てるよ、おば様」

 

馬騰が残る二人にも確認を掛け、少し遅れながらも馬休と馬岱も諾を返す。

 

その返答を聞き、馬騰はすぐに次の行動に移るかと思いきや、二人の顔を数秒見つめると言う行動を取った。

 

この二日間、どうにもこの二人の様子にはおかしいところがあったためである。

 

勿論、馬超も馬鉄も完全に普段通りというわけでは無い。度重なる突然の出来事に振り回され、困惑やら何やらでいつもとは異なる挙動は確かにあった。

 

だが、それを踏まえても馬休と馬岱の様子は違和感だらけだったのだ。

 

尤も、諸々のタイミング的に原因は一つしか無い。二人は自覚してかせずか、ともかく悩みに悩んでいるのだろう。

 

そしてそれの解決法。それを馬騰は一つだけ考えに至ってはいる。

 

更に言えば、きっと馬休は”それ”に気付いている。が、それを実行に移そうとしないのは……

 

(よくも悪くも、あたいが長く最前線で指揮を執り続けたせい、かねぇ……)

 

少し大きめな溜め息が思わず馬騰の口から漏れ出でる。

 

今すぐにはこれにどう対応すべきか、馬騰は即決出来なかった。

 

二人は部下である以前に、馬騰にとっては可愛い娘と姪なのだ。今後どんな展開を辿ろうとも、安易な選択で後悔だけはしない。

 

そう思い、馬騰は一度この件を横にズラしたのだった。

 

「ああ、そうだ。一つ、皆に確認を忘れるところだったよ。

 

 今、この場に集っているってことは”覚悟”は出来ている、と見ていいんだね?

 

 二日前にも言ったが、これは完全にあたいの我が儘だ。

 

 はっきりと言うが、何も為せないままに無意味な死を迎える、なんてことになり兼ねない、いや、その可能性が高い。

 

 自分たちの生活のために兵士やってる奴は今すぐここから去りな!

 

 あたいはそいつらを責めやしない!むしろ賞賛してやろうじゃないか!普通の頭持ってりゃ、それが懸命な判断なんだからね!」

 

居並ぶ顔という顔は馬騰の言葉に耳を真剣に傾け、そして小動もしない。

 

そこには確かに”覚悟”を決めた表情が並んでいた。

 

心中で感謝の言葉を呟きながら、馬騰はいよいよ出立を宣言する。

 

「皆、聞きな!この場に集っているからにはもう支度は出来たもんだと考える!

 

 あたいらはこれよりこの街を出て、南西の雍州を越えて益州へゆく!

 

 目指すは成都!但し、言っておく!これは行軍では無いよ!!

 

 雍州でも益州でも、民に迷惑を掛けるような奴はあたいが直々に斬ってやるから覚悟しな!!」

 

『はっ!!』

 

「いい返事だ!忘れんじゃないよ!

 

 それじゃあ、出発だ!!」

 

先頭に馬騰、その後ろに馬超を初めとした娘や姪が続き、続々と兵士たちも彼女たちに続く。

 

宣言していたように行軍ほどの秩序だった移動では無く、さりとて完全に無秩序な集団移動でも無い。

 

頭が何も示さずとも最低限の秩序を保った集団の走る姿が、そこにはあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さすがは対五胡の防衛戦で鳴らした馬軍の兵だけあり、元々の移動速度は速いもの。

 

しかも通常の行軍とは異なり、武装など無いも同然の軽装なのだから速度は更に速まっている。

 

速度を維持して平原を駆けに駆けて、日が暮れる前に陣の設営を始めてもかなりの距離を走り通していた。

 

兵やその馬に多少の疲れは見えるものの、これからの道程を走破した後に戦が控えているわけでも無ければそこは少し気に掛ける程度で良い。

 

元より馬軍の、というよりも馬騰の奔放さにこれまで付いてこれた精悍な兵たちのこと、多少の強行軍もどきくらいで音を上げる者は存在しないのだった。

 

陣の設営も終わると早々に食事の準備に取り掛かる。

 

軍議なども無いため、足を止めた後の部隊の予定は実にシンプルなものとなっている。

 

つまり、設営、食事、そして睡眠。

 

勿論見張りは立てている。万が一、どこぞの野盗あるいは五胡の残党なり偵察なりに襲撃を受けないとも限らないのだから。

 

その見張りも一晩の中で交代制にし、極力翌日への影響を減らして速度を落とさないように尽力していた。

 

そうして兵たちが各々の役割に就いている中、馬家が一人、馬休とその従姉妹たる馬岱が誰にも見つからぬようこっそりと話し合っていた。

 

「ねぇ、鶸ちゃん……鶸ちゃんは――――」

 

「蒲公英の言いたいことは分かってるつもり。でも……私は馬家の娘だから。

 

 前からずっと、母さまは仰ってた。蒲公英は覚えてる?」

 

「えっと……

 

 真の忠臣はただ陛下のお言葉を盲目的に聞くだけにあらず、彼方此方が如何な立場の者とて諫言を厭わぬ者こそが真の忠臣なり、だっけ?

 

 要するに、おば様は陛下の判断が本当に正しいのか、その諫言を行動で示そうとしてるんだよね?」

 

「うん、きっとそう。

 

 そして母さまは馬家の当主。馬家が漢王朝の忠臣たることを誇りにし、その当主が諫言の為に行動を起こしている。

 

 だったら、娘の私も母さまと志を同じくしておかないと……」

 

「…………でもさ、鶸ちゃん……」

 

淡々とした言葉で返す馬休に、しかし馬岱は少々言いにくそうにしながらも、聞きたいことを問う。

 

「鶸ちゃんの本心はさ、納得してないんでしょ?」

 

「っ!」

 

ピクッと馬休の肩が僅かに跳ねる。

 

それでもどうにか平静を装い、馬岱に対して、何でも無い、と答えようとしたところに。

 

「それにさ。鶸ちゃん、そんなに顔を俯かせてたら本当は納得してないんだってバレバレだよ?」

 

「え……あ……」

 

馬岱が更なる指摘を加え、馬休は間の抜けた声を上げてしまう。

 

それは馬休自身が知らず知らずの内に取ってしまっていた行動だった。

 

「鶸ちゃんってさ、普段は私や蒼ちゃんや時々翠姉様を思いっきり叱ることであんまり内に溜めずに済んでるみたいだけど~。

 

 本当はすっごく内に溜めこんじゃう性格だもんね。それも、溜めちゃったら結構表に出るし」

 

「うっ……そ、そんなに分かりやすいの……?」

 

「うん」

 

馬岱の即答で馬休は観念したのと自身への諦観でガックリと項垂れた。

 

そして馬岱にとっては今更ながら、認める発言と共に馬休自身の考えがその口からあふれ出る。

 

「ふぅ……うん、そうだよ、蒲公英の言う通り。私も本心では納得していない。

 

 私たちはさ、華琳さんや一刀さんと直に会って、しかも助けてまで貰っちゃったでしょ?

 

 それに、あの時に一刀さんや恋さんに母さまのような凄みを感じたのは勘違いなんかじゃないと思ってる。

 

 為政のことも……私は本当に深くまで関わってるわけじゃないから間違ってるのかも知れないけど……

 

 それでも、あのお二人はきっと誰が見ても申し分無いんだと思う。だって、そうじゃなければ、魏の民からの不満の声が全くと言っていい程聞こえてこないなんて、考えられないもの」

 

「つまり、鶸ちゃんはおば様みたいに見極める必要は無いんじゃないか、って思ってるってこと?」

 

「そう……なるのかな?」

 

疑問の形をとってしまうのは、やはり馬騰に従うことこそが正しいと考えているが故であろうか。

 

何にしても、馬休の本音を引き出せたことは馬岱にとって上々の出来であった。

 

「じゃあさ、鶸ちゃん。今から――――」

 

「まあ、そういう考え方もあるねぇ」

 

「っ!?か、母さまっ!?」

 

「ひぁっ?!お、おば様っ!?」

 

馬岱の言葉に被さるように、馬岱の後ろからその顔の横にニュッと顔を覗かせて馬騰が突然現れた。

 

思わぬ人物のいきなりの登場に、馬休も馬岱も慌てふためく。

 

これからどう動くにしても、今このタイミングで馬騰に先の会話の内容を知られることだけは――

 

と考え始めて、ふと馬騰の台詞を思い出す。

 

彼女は第一声に”そういう考え方も”と宣った。

 

つまり――馬騰には聞かれていたのである。全てを。

 

「あ……えっと、その……ち、ちが――――」

 

「まあ、待ちな。鶸、蒲公英、言いたいことはあろうが、まずはあたいの話を聞け。

 

 その後で、あんた達の言いたいことは全部聞いてやるからさ」

 

最低でも叱責が飛んでくるかと思いきや、馬騰から掛けられた言葉は全く異なったものであり、しかもそこには優し気な響きすらあった。

 

最早展開に理解が及ばず、馬休と馬岱は言葉も発せずに頷くのみ。

 

そんな二人に向かって、馬騰はゆったりと語り掛け始めるのだった。

 

「いいかい?今から話すのは、あんた達の今後に関することだ。

 

 まずは――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬騰が街を発ってから幾日が過ぎたか。

 

その姿は遂に蜀が都、成都の城門前にまで到達していた。

 

明確な敵意は感じないから、とわざわざ城壁から降りて閉ざされた門の前にまで出てきて応対するのは、今や蜀の重鎮となっている黄忠その人。

 

「あなたは何者ですか?ちょっとした部隊を引き連れているようですが、旗を上げるでも無く……ここを劉玄徳が坐す成都と知っての――」

 

「ああ、知ってるさ。それと、別に戦に参じたってわけでも無いよ。

 

 あたいの名は馬寿成。劉玄徳に用があって参った」

 

「……用、とは?」

 

「ん~、まあ隠すほどのことでもないさね。

 

 あたいの用はただ一つだよ」

 

馬騰は自然と微笑を浮かべて黄忠を真っ直ぐ見やり。

 

その目を見据えたまま、こう言い放ったのだった。

 

「蜀の国に、劉玄徳の麾下に加わろうと、ここまでやってきたのさ」

 

 

 

 

 

この日が、蜀の情勢が大きく動く転機となったのは言うまでも無いこと。

 


 
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