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戦国†恋姫 三人の天の御遣い    其ノ五

雷起さん

これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い 第二章『三爸爸†無双』】の外伝になります。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。

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2015-06-18 04:34:44 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:1812   閲覧ユーザー数:1533

戦国†恋姫  三人の天の御遣い

『聖刀・祉狼・昴の探検隊(戦国編)』

 其ノ五

 

 

 日も暮れて蝉の声も止み、ゴットヴェイドー隊の長屋にも静かな時が訪れていた。

 しかしその穏やかな空気を、突然聞こえてきた陣貝(かい)の音が終止符を打つ。

 

「祉狼さま!出陣の合図です!」

 

 詩乃が素早く反応して立ち上がる。

 お茶を飲んで寛いでいた祉狼、聖刀、貂蝉、卑弥呼、ひよ子、狸狐も湯呑みを置いて立ち上がった。

 詩乃はゴットヴェイドー隊の軍師として指示を出す。

 

「祉狼さまは先日ご説明申し上げた通り、貂蝉さま、卑弥呼さまと共に久遠さまの所へとお先にお向かい下さい!ひよは隊士をまとめてころが城から戻ったら、祉狼さまを追い掛けて!私は聖刀さま、狸狐と共に荷駄の準備を終えたら結菜さまの下へ向かいます!」

「判った!聖刀兄さん、結菜の護衛を頼む!」

 

 聖刀は微笑んで頷いた。

 結菜の護衛と云う事になっているが、半分は詩乃と狸狐の心情を慮って美濃攻略に参加させない為だった。

 

「貂蝉!卑弥呼!祉狼の事、お願いするね♪」

「むぁっかせてちょうだい♪」

「ふっふっふっ♪祉狼ちゃんは我らが完璧に守ってみせよう♪」

 

 聖刀に頼まれ、祉狼を護衛する。

 貂蝉と卑弥呼にとってこんなに力の湧いてくる指示はそうそう無い。

 

「さあ、イキましょう♪祉狼ちゃん♥」

「勇ましき戦士達の命を救うために♪」

「ああ♪貂蝉♪卑弥呼♪」

 

 三人は拳を合わせて出発の掛け声を叫んだ。

 

「「「レッツラ・ゴーーーー!!」」」

 

 祉狼は小さい頃に二人から教えてもらったこの掛け声が正式な物だと思い込んでいた。

 

「ちょっと待って!お頭っ!!」

 

 ころが玄関に飛び込んで来た。

 城で仕事をしていたころは全力疾走で戻って来たらしく、大きく肩で息をしている。

 

「く、久遠さまは、も、もう、城を、で、出られて…」

 

「判った、ころ!ひよ、ころに水を飲ませてあげてくれ!」

 

 祉狼はひよ子に指示を出した後、転子の頭を撫でて労ってから、美濃に向けて貂蝉と卑弥呼と共に夜道を走り出した。

 

「お頭ぁああっ!私も直ぐに追いかけますからねぇえええっ!!」

 

 ひよ子が転子に水を飲ませながら、陣貝の音に負けないくらいの大きな声で祉狼の背中に向かって叫んだ。

 

 

 因みに昴は和奏、犬子、雛、桃子、小百合の所で晩ご飯を作りに行っていたので、あの場には居なかったのだった。

 

 

 

 

 月と星の明りしか無いが、祉狼、貂蝉、卑弥呼には何の問題も無かった。

 稲葉山城への道は詩乃を救出した後も、何度も往復しているので間違える事は絶対に無い。

 祉狼を先頭に三人はひたすら前を向いて突っ走る。

 

「そう言えば祉狼ちゃんよ。詩乃から久遠への手紙を預かっておるぞ。」

 

 卑弥呼が上着の内ポケットから出して見せた。

 

「多分、稲葉山城攻略の為の策を講じた物であろう。」

「それは早く届けないと拙いな。急ごう!」

 

 三人は一直線に稲葉山城を目指す。

 そう、一直線に。

 この三人が本気になれば、森の木々も木曽川の流れも無いのと同じ。

 一時間程で稲葉山城へと到着した。

 

「久遠は何処だぁあああああああああああああっ!!」

 

 その久遠は街道を北上しながら後続が来るのを待っていた。

 祉狼の遥か後方で。

 そうとは知らず、祉狼は稲葉山城の大手門に突っ込んで行く。

 

「うぅうううおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「うっふふふふぅううううううううう~~~~~~~~~~ん♪」

「どっせぇえええええええええええええええええええいっ!!」

 

 祉狼が飛び蹴りで門扉を突き破り、貂蝉と卑弥呼が体当たりをぶちかまし、大手門の扉は閂ごと粉々に飛び散った。

 門番たちは突然の出来事に腰を抜かして地べたに転がり、声を上げる事も出来ずに三人の姿を驚愕の眼差しで見上げる。

 近々織田軍が攻め込んで来るであろう事は判っていたので備えはしていたが、織田軍出陣の報はまだ稲葉山城に届いていない。

 目の前に現れたのが何なのか、それすら判らず頭が真っ白になって呼子を鳴らす事さえ出来なかった。

 しかし、これだけ派手にやれば破壊音が鳴り響き、何事かと三ノ丸だけでは無く二ノ丸からも武士が集まって来る。

 

「お、鬼が現れたのか!?」

「い、いや!あれは墨俣に現れた織田の仁王だっ!!」

 

 ひとりの足軽がそう叫ぶと、あの日墨俣で戦った他の足軽達も気が付き慌てて我先にと城の奥に逃げ出し始めた。

 

「俺は織田軍ゴットヴェイドー隊の頭!華旉伯元祉狼だっ!力ずくでまかり通るぞっ!!」

 

 久遠が先行していると思い込んでいる祉狼は、久遠を救けるという一心で更に城の奥へと走り出す。

 立ち塞がる敵は二刃から伝授された拳を振るい、全て一撃で昏倒させて行く。

 

「祉狼ちゃんには指一本触れさせないわよぉおおおおおおおっ!!」

「ほれほれ♪どうしたどうした♪美濃八千騎とはこの程度か?がはははははははははははは♪」

 

 貂蝉と卑弥呼にとっては軽く撫でる程度の感覚だが、美濃勢を次々と壁際に吹き飛ばして気絶した人の山を築き上げた。

 美濃勢は矢も鉄砲も味方に当たるのを恐れて射つ事が出来ない。

 三人は突き進むスピードを上げて二ノ門を大手門と同じ様に粉砕し、二ノ丸を突進し、本丸の門も破壊して突入。

 天守すらも壁を一直線に突き抜けて裏側に出て、城壁も石垣もぶち抜いて搦手門も突破してしまった。

 

「あれ?ここはもう城の裏側じゃないのか?」

「あ~ら、どうもそうみたいね。」

「むむむ、何という安普請な城だ!天下の堅城が聞いて呆れるわ!」

 

 デス・スターですら突き抜けられそうな漢女二人が相手では、どんな城や砦でもハリボテと変わらないだろう。

 

「貂蝉、卑弥呼、もしかして俺達は久遠を追い越してしまったんだろうか?」

「おお、成程♪」

「それじゃあ早くもどっちゃいましょ。」

 

 三人は来た道を真っ直ぐ引き返した。

 再びやって来る災厄に、美濃勢は慌てふためいて逃げ惑う。

 今度は立ち塞がる者が居なかったので、祉狼はすんなりと大手門の外に出た。

 

「考えてみたら、久遠は街道を使う筈だよな。よし、井之口を抜けて街道を南下しよう。」

 

 井之口の街中を走り抜けて、少し行くと織田軍が向かって来るのが見えた。

 

「おーーーーい!久遠!」

「祉狼っ!?本当に先行しておったのかっ!?」

 

 祉狼が手を振って久遠の所に行くと、久遠は驚いた顔で迎えた。

 

「うん?どういう事だ?」

「どうもこうも無いわ!ひよところがやって来ても祉狼の姿が現れぬから問い質してみたらかなり早く出たと言うではないか!昴がもしかしたら街道を使わずに稲葉山城を目指したかも知れんと言うから急いでここまで来たのだっ!」

「すまん…………久遠が先行したと聞いて急がなくてはと…………どこまで行っても久遠が居ないから、心配になって稲葉山城を突き抜けてしまった…………」

「そ、そうか、我を心配してくれたのか♪」

 

 祉狼が自分を心配してくれた事が嬉しくて照れるが、最後に何と言ったか引っ掛かり反芻した。

 

「……………………………稲葉山城を突き抜けた?」

 

 

 

 

 織田軍は大急ぎで稲葉山城に向かい、到着して目にしたのは門扉が無くなって口を開けた大手門と、わらわらと逃げ出す最中の美濃勢の姿だった。

 結局、稲葉山城は少々の抵抗は有ったものの、あっさりと織田の軍門に下った。

 戦闘はむしろ逃げ出した残党との戦いが主で、それすらも次々と降参して来る。

 斎藤龍興は祉狼達が壊した搦手門から逃走し、北へと向かったという情報が入った。

 今後は美濃平定が織田軍の仕事となる。

 

「祉狼ぉーーーーーー!何てことしてくれたのよっ!!」

 

 昴が烈火の如く怒って祉狼に詰め寄った。

 

「そ、そんなに悪い事をしてないと思うが…………」

 

 結果を見れば死傷者を殆ど出さずに稲葉山城を落としたのだ。

 祉狼にしてみれば嬉しい事だ。

 

「あんたがひとりで手柄を持って行っちゃってるのよっ!他の人達に申し訳ないと思わないのっ!?」

「え?そ、そうなのか?」

「そうよっ!!今回は私も武功を上げようと思っていたのにっ!!」

 

 地団駄踏んで悔しがる昴に卑弥呼と貂蝉が声を掛ける。

 

「まあまあ、そう怒らずとも良いではないか。」

「ヤッちゃったものはしょうがないしねぇ。」

 

「師匠達も反省してくださいっ!!」

 

 昴が激しく怒るので、久遠と壬月が苦笑して昴をなだめる。

 

「まあ、待て、昴。確かに今回の城攻めで武功を上げられなかったかも知れんが、まだ龍興と長井道利が残っておる。中濃北濃での美濃平定で武功を上げる機会はまだまだあるぞ。」

「殿の言われる通りだ。それにお前は三若と共に遅れてやって来たのだからそこまで文句は言えんな。」

「そ、それは……………そ、そうですねぇ…………」

 

 昴と三若が遅れた理由は、夕飯も食べずに致していたからだった。

 昴が反論を封じられて大人しくなると、今度はひよ子と転子が目に涙を浮かべて祉狼を怒り出す。

 

「お頭!手柄云々は抜きにして、こんな事はもうこれっきりにしてくださいっ!」

「そうですよ、お頭!私もひよもすごく心配したんですよっ!久遠さまに追いついてもお頭がまだ来てないって聞いてすごく……すっごくっ!………」

 

 二人は堪えきれず、声を上げて泣き出してしまった。

 これは怒られるよりも祉狼には効いた。

 妹や従妹が泣くのをあやす事には慣れていたが、自分の事を心配して泣かれるのは初めての経験で、二人の泣き崩れる姿が心に深く突き刺さり胸が苦しくなる。

 

「え、えっと………す、すまん…………」

 

 いつもならこの手の事は聖刀が助けてくれるが、その聖刀は清洲で結菜の護衛をしているのでここには居ない。

 祉狼は戸惑い焦ってしまったので、その謝罪は中途半端な物になった。

 

「祉狼どの!その態度は何ですか!」

 

 すかさず麦穂の怒声が飛んで来た。

 しかし、その麦穂も涙を流している。

 

「ひよもころも祉狼どのの身を案じているのですよ!もっと………もっと反省して下さい!」

 

 泣き顔で怒った麦穂が手で顔を覆い、跪いて啜り泣く。

 

「いい加減にせんか、麦穂。祉狼も充分反省している。」

 

 壬月がやれやれといった調子で麦穂の肩を叩く。

 このままでは埒が明かんとこの場を収める為に出しゃばる事にしたのだ。

 

「祉狼も女を泣かせたのだから男ならその責任はとってみせろ。」

 

 祉狼は壬月の説教にいつも以上の真剣な顔で頷いた。

 壬月は笑顔で頷き返してから、今度は久遠に振り向いた。

 

「祉狼も久遠さまが心配で突出したのですから、久遠さまが突然の出陣を改めて下さらないのが原因ですな。結菜さまには私から詳細を報告致しますので、裁きは結菜さまに一任致しましょう。」

 

 ここへ来る前に久遠へ出陣の事で説教をしたのだが、馬耳東風だったのでここぞとばかりに壬月は嫌味を込めていた。

 

「結菜にっ!?それは…」

 

 言い返そうとした時、麦穂、ひよ子、転子の泣いている姿が目に入り言葉が詰まる。

 女の流す本気の涙は最強だ。

 久遠も白旗を上げて降参した。

 

「好きにせいっ!」

 

 久遠はそう叫んだ後、口を尖らせて祉狼を横目で見る。

 

「(我だって祉狼を心配しておったのだぞ…………しかし、これで結菜と話し合った事を進める機会を得たな。)」

 

 久遠と結菜は以前半羽から言われた『祉狼を日の本に留めておく方法』を更に推し進める必要が有ると考えていた。

 でも今は落ち込んでいる祉狼を見ていると励ましてやらねばという気持ちが湧いて、そっと祉狼の傍に移動した。

 

 

 

 

 稲葉山城を落として三日経ち、祉狼は清洲の結菜の下に戻って来た。

 貂蝉と卑弥呼を伴って壬月の書いた例の手紙を届けに来たのだ。

 結菜は手紙を受け取る前から何が有ったのかを使い番の報告で聞き及んでいる。

 その話を聞いた時も詩乃と一緒に頭を抱えたが、手紙を読んでまた溜息が出た。

 

「はあぁ~………まさかとも思ったけど、本当に三人で稲葉山城に正面から突入したのね………」

「祉狼さまがここまで牡丹だったとは………」

 

 詩乃も手紙を読んで頭痛がしてきたのか、蟀谷(こめかみ)を押さえていた。

 

「ボタン?聖刀兄さんは牡丹姉さん話をしたのか?」

「祉狼、日の本では猪を『しし』と呼ぶ事も有って、『獅子に牡丹』の獅子と猪を引っ掛けて猪を牡丹と呼ぶそうなんだ。更にもじって猪武者を牡丹と呼ぶんだよ。」

「猪武者か…………耳が痛いな………」

「そうお思いならご自重ください。祉狼さまは武者ではなく、医者なのですから。」

 

「その辺りはもうひよところと麦穂に泣かれて懲りたでしょ。この手紙には私に祉狼を裁いてほしいと書いてあるけど………」

 

「ああ、俺はどんな罰を受ければいい?」

 

 祉狼は潔い態度で結菜の言葉を待っている。

 

「罰ねぇ…………」

 

 結菜は壬月が何故自分に裁きをと思い付いたのか考えて、ひとつの結論に至った。

 

「今から稲葉山に行きましょう♪」

 

「結菜さま、稲葉山に向かうのは久遠さまからお呼びが掛かるまで待つと仰っておいでではなかったですか?」

「向こうはバタついてて大変でしょうけど、行かないと祉狼の裁きを出来ないのよ。正式な形で行くと下の者が気を遣うでしょうから、こっそり行って何処かに隠れましょう♪」

「祉狼さまの裁きを……………まさか、昨夜のお話を!」

「ふふ♪さすが今孔明ね♪察しが良くて助かるわ♪」

 

 結菜と詩乃にしか判らない会話に、祉狼は首を捻った。

 聖刀は察しがついてニコニコと微笑み、敢えて口を挟まない事にする。

 

「隠れる場所は井之口の宿にしましょうか?」

「そ、それは………し、祉狼さま、ゴットヴェイドー隊に長屋は割り当てられましたか?」

「ん?長屋ではなく、本丸に在る狸狐の使っていた屋敷が割り当てられたぞ。」

 

「え!?私の屋敷は残っていたのですか!?」

 

 今まで出しゃばらない様にしていた狸狐が驚いてつい聞き返した。

 

「てっきり腹癒せに壊されているものと思っていました…………」

「いつ尾張が攻めてくるか判らない状況でしたから、後回しにされたのでしょうね。ですが私の屋敷は流石に壊されたでしょう………」

「いや、詩乃の屋敷も残っていたぞ。あそこは詩乃が来てからどうするか決めると久遠が空き家にさせていた。」

「そ、それは………そこまで気を遣って下さらなくとも宜しいのに………」

 

 良い思い出など殆ど無い屋敷だが、それでも詩乃は久遠に心の中で感謝した。

 

「ですが、狸狐の屋敷と私の屋敷が使えるのであれば、結菜さまをお(かくま)いしながら事を進める事が出来ます。久遠さまのいらっしゃる天守の前を通らずに往き来が出来ますから。」

「天守は普請中だから、久遠は長井という人が使っていた屋敷を使っているぞ。」

「ああ、成程。天守は最後まで抵抗したのですね。」

 

 詩乃は天守が戦場となり破壊され使えなくなっている物と思った。

 

「いや………俺達が天守の一階の壁を正面から裏までぶち抜いてしまって………」

 

 結菜、詩乃、狸狐の稲葉山城天守を知っている三人は、同時に溜息を吐いた。

 

「ま、まあ長井家の屋敷でも経路の確保は難しくは有りませんから大丈夫ですよ………」

 

 詩乃は何とか気を取り直して結菜へ策を進められる事を保証した。

 

「それじゃあ、早速稲葉山城へ向かう用意をしてくるわ。」

「私もお手伝い致します。」

 

 結菜と詩乃が部屋を出て行くのを見送った後、狸狐が聖刀に問い掛けた。

 

「聖刀さま、牡丹様とはどのような方ですか?」

 

「その名の通り、牡丹だね♪」

 

 

 

 

 祉狼達と一緒に稲葉山城にやって来た結菜は、ゴットヴェイドー隊の宿舎へ行く前に半羽の協力を取り付ける為、佐久間隊の宿舎へ寄った。

 久遠が不審に思うかも知れないと言ってゴットヴェイドー隊には先に久遠の所へ報告に行かせたが、本当は半羽と二人で話をする為の口実だった。

 

「結菜さま!?まだ殿はお呼びになっていない筈………ふふふ♪結菜さまの女が我慢出来ませんでしたかな♪」

 

 半羽がニヤニヤと冗談を言うが、結菜は余裕の笑顔で応える。

 

「否定はしないわ♪で、私がそんな女になる切っ掛けを与えたあなたに協力を頼みたいの。」

「儂に出来る事であれば何なりと♪」

「ありがとう♪それでは早速だけど、私が此度の祉狼の突出を裁く事になったのは知っている?」

「はい、儂が駆け付けた時には既に久遠さまがその決定を下された後でした。壬月は泣き崩れる麦穂を見かねて進言した様ですな。」

「要するに壬月は私に麦穂を祉狼の愛妾として認めて欲しいという進言……いえ、むしろ私に麦穂を愛妾になるよう説得して欲しいという事なのよ。壬月は手紙の端々にもそれらしい事匂わせていたわ。」

「壬月も面倒見の良い奴ですからな。それにしても、麦穂も泣く程祉狼さまを好いておるなら外聞など気にせずお情けを()えばよかろうに………誠に未通女(おぼこ)を拗らせると厄介ですわい。」

「もうひとり拗らせてるのが居るでしょ。壬月もどうにかしたいのよねぇ………」

「確かにあやつの夫になろうという肝の据わった男を探すのは難しいでしょうな………聖刀どのにお願いしては如何ですかな?」

 

「それは駄目よ!聖刀は奥さんの待つ国に返さないといけないのよっ!」

 

「………ふむ、成程。結菜さまのお考えが見えて参りました。以前儂が申し上げた事をもっと大きな規模で進めるおつもりですな。」

「……………ええ、私は祉狼を絶対に手放したくないの。だからその為ならこの身を使うし、足りなければ家臣の身体を使ってでも祉狼をこの日の本に繋ぎ止めるわ。」

 

 正座で背筋を伸ばした結菜から、発せられる鬼気迫る凰羅。

 この凰羅と御家流が相まって『鬼蝶』と恐れられる所以だった。

 

「…………こんな事を考えるなんて、自分でもつくづく『蝮の娘』なのだと思うわ。祉狼が知ったら嫌われてしまうわね………」

 

 自嘲する結菜に半羽は微笑みかける。

 

「久遠さまの為でもございましょう。それに聖刀どのを向こうへ返さなければと言うのは、奥様方の気持ちを慮っておられるのでしょう?祉狼さまは判って下さいますとも♪」

「買い被りよ………」

「ならば、儂も結菜さまと同罪という事で如何ですかな?結菜さまと久遠さまを焚き付けたのは儂ですからな♪おお、そうだ!儂の娘も祉狼さまを繋ぎ止める重しのひとつとして差し出しましょう♪」

「あら?あなたは重しになってはくれないの?」

「儂がですか?」

「半羽には麦穂と壬月に例の手管を実地で伝授して欲しいのだけど♪」

 

 半羽は一瞬呆気に取られたが、直ぐに大声で笑いだした。

 

「はーーっはっはっはっはっ♪そういう事でしたら、この半羽!本気でやらせて頂きますぞ♪祉狼さまが骨抜きになっても苦情は受け付けませんからな♪」

 

「…………ほ、程々にお願いね…………」

 

 

 

 

 結菜と半羽が話をしている頃、詩乃はひよ子と転子の三人だけで密談をしていた。

 

「ひよ、ころ、今から祉狼さまの事でとても重要なお話をします。」

「祉狼さまの………」

「それって………結菜さまのお裁きに関係してるんだよね、詩乃ちゃん………」

 

 ひよ子と転子は沈んだ表情で詩乃を見ている。

 自分達が泣き出した所為で祉狼は麦穂に怒鳴られ、その麦穂まで泣かせてしまったと責任を感じていた。

 もっと我慢をして祉狼の無事を喜んでいれば、祉狼は稲葉山城攻略の立役者として、褒められて終わる事が出来たのにと激しく後悔もしている。

 

「確かにその事ですが………二人は何か勘違いをしてませんか?」

 

「え?勘違いって………祉狼さまは罰を下されるんでしょ?だから私は………」

「ねえ、詩乃ちゃん!私とひよは後で結菜さまに祉狼さまを許してくれる様にお願いしようと思ってるんだけど、知恵を貸して!」

 

「だからそれが勘違いだと言うのです。裁きとは罰を下すだけのものでは有りませんよ。」

 

「「へ?」」

 

「裁きとは信賞必罰。結菜さまが罪ではなく功だと判断されれば賞が与えられるのです。だから壬月さまは『裁きを』と言われたのですよ。」

「あ……………そうだ…………確かに壬月さまは罰とは一言も言ってない………」

「でも、あの状況だと普通に考えたら罪を問われているとしか思えないんだけど……」

 

「そこで、重要な話しに繋がるのですが………………お二人は祉狼さまの愛妾となる覚悟はお有りですか?」

 

「ふえぇえっ!?あ、愛妾って!私がっ!?」

「お妾さんになれるなら……………そりゃ嬉しいけど………」

「私が救出された時に結菜さまは、その気が有るならと仰っていたではないですか。」

「それはそうだけど……」

「私ところちゃんは調略に出てたんだよ!行く前は久遠さまも結菜さまも祉狼さまとはまだ………………だったし!お二人を差し置いてなんて無理だし!帰ってきたら久遠さまが祉狼さまに寄り添って、とっても嬉しそうで割り込むなんて雰囲気じゃないし!詩乃ちゃんだって分かってるでしょ!」

「それはまあ………………判りますが…………でも、そう言うのならお二人も覚悟は有ると思って宜しいですね。」

「ちょっと待って、詩乃ちゃん!祉狼さまへの裁きと私達の愛妾の話が繋がるって事は…………」

 

「もしかして、私ところちゃんを愛妾にするのが祉狼さまへの罰…………私達ってそんなに厄介者だったんだぁあ………グスン……」

 

「だから何故そうなるのですか!祉狼さまが泣かせた償いをして下さるんです!」

「え♪そ、そうなの?えへへ♪そ、そういう事ならぁ…………ポッ♥」

「な、泣き落しになっちゃったねぇ……………優しくして下さるならそれでもいいかも♥」

「現金な人達ですねぇ…………ではここからが本題です。」

 

「「えっ!?まだ続きがあるの!?」」

 

「私はこの三日間、結菜さまと寝食を共にして色々とお話をさせて頂きました。そこで結菜さまは、祉狼さま方が日の本に来られた時に、元居た国に帰る手立てを探すと仰られたそうです。ひよはその場に居たのではないですか?」

「え~と…………あっ!昴ちゃんがそんな事を言ってたよ!襖越しだけど、ちゃんと覚えてる!」

「でもそれじゃあ、和奏さま達どうなるの!?昴ちゃんだってあんなに浮かれてて…」

「多分、昴さんは日の本に残って下さる決意をされたのでしょう。逆に聖刀さまは絶対にお国に戻らねばならない。皇太子殿下である上に百人からの奥様がお待ちなのですから。」

「そうか!祉狼さまにはお国に奥様はいないから、久遠さまと結菜さまの為に残って下さる!」

「それは短絡ですよ、ひよ。ですが、祉狼さまの性格を考えればまず間違いなく残ると言って下さるでしょう。ですが、帰る手立てが判明した場合、祉狼さまに帰還命令が下される事態も予測出来ます。ですから私達は聖刀さまを味方に付け、祉狼さまは日の本に残るべきだと言って下さる状況を作り上げておく必要があるのです。」

「それが…………お妾さん?」

「百人とはいかなくとも、十人を越えれば大丈夫ではと結菜さまが仰っていました。」

「わ、私も祉狼さまを繋ぎ留めるお役に立つって事なのね。」

「うわぁ何だかいい事尽くめだね♪………あれ?詩乃ちゃんの顔が暗いけど、何で?」

「祉狼さまを繋ぎ留めるには恋敵を増やさないといけないのですよ?とても複雑な気分です…………」

「あ…………」

「それも………そうだね………今のところお妾さん候補って、私達三人と……麦穂さまと……雹子さんかな?」

「後、壬月さまと半羽さまもです。」

「ええっ!?あのお二人も!?」

「御家老様三人が揃ってって……………私達、一番立場が下だよね………」

「ですが我々はゴットヴェイドー隊の部下として、一番長く祉狼さまと一緒に居られるのです。ここはその優位性を信じましょう。それよりも、結菜さまが来られたらいよいよ沙汰を申されるのですよ。早ければ今夜にでも三人で祉狼さまに操を捧げるのですから、本当に覚悟は出来ていますか?」

「ちょ、ちょっと待って!今夜!?しかも私達三人一緒に!?」

「そ、それはちょっと恥ずかしいよ…………」

「いいですか?結菜さまが稲葉山城に来ている事は久遠さまには内緒なんですから、久遠さまが気付かれる前に素早く行動を起こす必要が有ります。それに祉狼さまはまだまだ色事は未熟だそうですから、ひとりで行った場合は失敗して処女のまま朝を迎えるおそれが有ります。私が一番その可能性が高いと思いますが…………御家老のお三方はお忙しいでしょうから今夜いきなりは不可能でしょう。そして何より愚図愚図していると『鬼兵庫』が出てきて祉狼さまが食べられてしまいます!」

「雹子さんの後かぁ…………」

「それは避けたいよねぇ…………でも、詩乃ちゃんが急ぐ理由ってそれだけ?」

「それだけ………とは?」

「いやぁ…………もしかして、清洲でお留守番をしていた三日間。聖刀さまと狸狐が………」

「狸狐の声………すごいもんねぇ………」

「ひ、否定出来ません…………この三日間、当てられっぱなしでした…………」

 

 

『ひよ、ころ、詩乃。結菜を迎えに行くから一緒に来てくれ!』

 

 

 離れた部屋から祉狼の声が届き、三人は心臓が飛び出しそうになる程驚いた。

 

「「「ひゃ、ひゃいっ!!」」」

 

 

 

 

 夜になり、詩乃の元屋敷で祉狼の裁きが始まる。

 その部屋には五組の布団が敷かれていた。

 

「では祉狼。あなたはひよ、ころ、詩乃を心配させ、泣かせた償いとして、三人の望みを叶えてあげるのよ!」

 

 結菜は肌襦袢姿で布団の上に正座をしている。

 その正面で祉狼も肌襦袢姿で正座をしていた。

 祉狼から見て左手にひよ子、転子、詩乃の三人が緊張した面持ちで、こちらも肌襦袢姿で正座をして並んでいた。

 部屋に灯された行灯の光が妖しく揺れ、焚かれた香がこれから行う行為の雰囲気を醸し出す。

 

「判った。…………この状況で何をするのかは問わない。こんな俺で良ければ、三人の望みを叶えよう。」

 

 ひよ子、転子、詩乃は顔を赤らめるが、その目は祉狼に熱く注がれていた。

 

「ひよ!ころ!詩乃!全力でお前たちにマッサージをしてやろう!」

 

コツン

 

 結菜が祉狼の頭を軽く小突いた。

 

「ち・が・う・わ・よ!この三人は祉狼のお嫁さんになりたいの!」

 

 祉狼は小突かれた事と結菜の言葉の両方に驚き、数回瞬きを繰り返した。

 

「そ、そうなのか?ひよ、ころ、詩乃。」

「「は、はい!」」

「(コクコクコクッ)」

 

 頷く三人がとても緊張しているのを見て、結菜は少し作戦を変える事にする。

 

「でも、三人共緊張して身体が強張っているわね。祉狼、やはり先ずはマッサージをしてあげて♪」

「ああ、お安い御用だ♪誰からする?」

 

 祉狼に言われて、ひよ子が立ち上がった。

 

「お、おねがいひまひゅ!ひろーひゃまっ!」

 

 緊張で呂律が回っていないが、躊躇せず出て来た事に結菜が驚いた。

 

「あら、順番を決めてあったの?」

「はい…………やはりゴットヴェイドー隊に入った順番にしようと、先程話し合っておきました。」

 

 詩乃の説明に成程と納得する。

 

「ひよ、肩を揉んでもらうだけなんだからそんなに緊張しないで♪」

 

 転子はひよ子のギクシャクとした動きに笑いが込み上げ、少し緊張が解れた。

 しかし、次に出た結菜の言葉がその笑いを消し飛ばす。

 

「いつもは肩だけなの?今日は全身を揉んでもらうのよ♪」

 

 

 

「ひにゃあああああああああああっ!」

 

 俯せになったひよ子の口から断末魔の悲鳴が迸った。

 マッサージが終わった時、ひよ子は全身を痙攣させ、薄桃色の下着(公式ビジュアルファンブック参照)に恥ずかしいシミを着けて意識を失っていた。

 

「次はころの番ね♪」

 

 予想外の展開に呆然となっていた転子を、結菜は簡単に組み敷いて俯せに寝かせる。

 

「行くぞ!ころ!」

「きゃあああああああああああああっ!」

 

 転子も白目を剥いて緑と白の横縞の下着(公式ビジュアルファンブック参照)を濡らしてしまった。

 

「あ、あの、結菜さま………こ、これが前戯と云う物なのでしょうか?わ、私の知識に在る物とは少々の違いが有るように思われますが!」

 

 詩乃は横座りになってジワジワと後ろに下がって行く。

 腰が抜けて立てなくなり、言葉で時間を稼ごうと試みていたのだが、そんな物は焼け石に水。

 あっさりと結菜に捕まり俯せにされた。

 

「前戯の方法に決まりが在るわけではないわよ♪これはあなた達が祉狼に触れられる事に慣れる為と、祉狼にあなた達の身体を覚えさせる為。そして…………」

「そ、そして…………?」

 

「私と久遠もやられたからあなた達もやられないと不公平でしょ♪」

 

「そ、そんなぁあ!ゆ、結菜さまと久遠さまとご一緒などと恐れ多いので遠慮致しますぅう!」

 

 結菜は笑うだけで、まるで聞く耳を持たず祉狼へ頷いて促した。

 

「ひやあああああああああああああああっ!」

 

 結局、詩乃も全身をマッサージされて気を遣ってしまい、純白の絹の下着(公式ヴィジュアルファンブック参照)を汚してしまった。

 

「さあ、ひよの意識が戻ったみたいだし、本番を始めましょう♪」

 

 

 

 久遠と結菜に鍛えられて初夜の時の様に気を失う事は無くなった祉狼だが、果たしてそれは祉狼にとって幸なのか不幸なのか。

 この夜は結菜も加わり四人に三回ずつ求められたのだった。

 

 

 

 

 翌日、評定の間での祉狼はいつもの元気が無かった。

 

「祉狼、どうした?何だかやつれているのではないか?」

 

 久遠が心配して問い掛けると、祉狼は安心させようと笑って見せた。

 

「大丈夫だ、久遠♪昨日、結菜に言われたひよところと詩乃への償いをして少し疲れただけさ♪直ぐに回復するよ♪」

 

 この返答は結菜が考えた物で、祉狼は嘘が吐けないから言える情報を制限させたのだ。

 察しのいい久遠ならこう言えば『結菜が清洲でひよところと詩乃を嫁にしろと言い、戻って来てから三人と閨を共にした』と判断すると読んでいた。

 事実、久遠はそう受け取り、結菜が直ぐ傍に居て、三人と一緒に閨を共にしたとは微塵も考えはしなかった。

 

「おや、先にあの三人へ償われましたか。儂の受け取った手紙には麦穂への償いも書かれておりましたのに♪」

 

 半羽が笑って会話に入った。

 

「そうなのか?我の所にはその様な手紙は来ていないぞ?」

「これがその手紙じゃ♪手紙を書く時間が無かったのでしょう。儂が読んだ後で久遠さまにお見せする様にとも書いて在りますぞ♪」

 

 半羽の言う通り、手紙にはそう書かれており、文字も結菜の物に間違いなく、結菜の花押型も押してある。

 因みに花押型とは手書きの花押に対して、印鑑の様にした物を言う。

 

「ふ、ふむ。そうか。では、祉狼。今日はもう休むが良い。麦穂、お前は半羽と共に祉狼に飯を作ってやれ。」

「え!?私がですか!?」

「なんだ、祉狼に飯を作ってやるのは嫌か?」

「い、いえ、その様な事は…………私には仕事が在りますし…………」

「良い、今日は休め。丹羽衆ならば一日麦穂がおらずとも仕事は熟せよう♪」

「そ、それはそうですが………」

「壬月………この石頭を任せる。しかと祉狼の償いを受け取らせよ♪」

「御意♪では祉狼もお借りして行きます♪半羽殿、不詳この鬼柴田めもお供仕りますぞ♪」

 

 壬月が笑って立ち上がる。

 実は半羽の渡した手紙には、昨日結菜と半羽が話し合った内容の殆どが書かれてあった。

 手紙の中に久遠への伝言で、壬月も祉狼の嫁にするので麦穂を出しに誘い出す様にと書かれていた。

 久遠が面白がって実行するのは予想が簡単だった。

 こうして共犯者として自分も加担しているという意識が結菜から目を逸らさせる。

 これが蝮の娘と今孔明が協力して練った策の恐ろしさだ。

 

「ほら立て、麦穂♪何か精の出る物を探しに往くぞ♪」

「ちょ、ちょっと待って下さい!壬月さま!」

 

 壬月は問答無用で麦穂の腕を掴んで立ち上がらせた。

 半羽も笑って立ち上がる。

 

「今の時期ならやはり鰻かの♪山芋もいいのう♪井之口の市ならば揃うじゃろう♪ほれ、麦穂。歩け歩け♪」

「な、半羽さま!お尻を叩かないで下さい!」

 

 祉狼は三人の後を追う前に、久遠へ頭を下げた。

 

「では行ってくる。昨日の事、今日の事、後で詳しく話すよ。」

「デアルカ。明日は我と一緒に居てもらうぞ。」

「ああ、約束だ♪」

「うむ♪」

 

 久遠は祉狼を送り出した後、仕事に没頭した。

 今日の夜に祉狼が何をするのか考えない為と、明日はゆっくり祉狼と過ごす為に。

 

 

 

 

 井之口で買い物を済ませた祉狼、半羽、壬月、麦穂の四人は、詩乃の屋敷で料理を始めた。

 正確には麦穂と半羽が料理を作り、祉狼と壬月は手伝いをしている。

 

「鰻も山芋も中々に良い物が手に入ったわ♪卵も買えたし、これはもう祉狼さまの精気も立ち所に回復じゃな♪」

「湊が近ければ蛸も欲しい処でしたなあ♪あれは実に疲れに効く♪」

 

 麦穂は包丁を振るいながら溜息を吐く。

 

「祉狼どのはお医者様なのですから、もっとご自分の身体に気を遣って下さい。正に医者の不養生では有りませんか!」

「すまん、麦穂さん………」

 

 祉狼は擂鉢で山芋を擂りながら、素直に謝った。

 

「まあそう怒るな、麦穂。祉狼さまも医者である前に、ひとりの若い男子(おのこ)じゃ♪嫁を前にすれば張り切らずにはおられまいよ♪」

「いや、半羽さん。俺は男である前に医者でありたいと思ってる。」

 

 半羽は大根の皮を剥く手を止めて祉狼を振り返った。

 

「祉狼さま、その志は立派じゃ。現に儂も命を救って頂いた。しかし、今のお言葉は絶対に嫁の前で言うてはなりませんぞ!嫁にとって旦那とは何より『男』でいてもらわねばいかんのですからな!」

「そ、そうだな……………それは昨日、痛感したよ……………」

 

 半羽は昨日の夜にゴットヴェイドー隊の三人娘の破瓜をすると結菜から聞いていた。

 しかし、この祉狼の様子から何か違和感を覚えた。

 

(三人居たとはいえ、皆未通女娘ばかりで破瓜が精一杯の筈。しかし、祉狼さまのご様子は儂が若い頃にせがみ過ぎた翌日の夫の様じゃ。もしや結菜さまも参加なされたか?結菜さまも覚えたてで歯止めが利かなかったのやも知れぬ………)

 

「あ、あの…………昨日、久遠さまはおひとりで寝られた筈ですが………」

「ん?ああ、麦穂はまだ聞いておらなんだか。昨日、祉狼さまは結菜さまのお裁きでひよ子、転子、詩乃を嫁にする事で償えと沙汰なされたのじゃ。」

「そ、それでは祉狼どのがお疲れなのは!」

「新妻を三人相手にしたからじゃろう………いや、四人かも知れん。」

「よ、四人?四人目はどなたですっ!?」

「結菜さまじゃ。そうでございましょう、祉狼さま。」

「すごいな、半羽さんは…………どうして判ったんだ?」

「結菜さま!?」

「結菜さまが清洲からこちらに来ていらっしゃるのですか!?」

 

 結菜がこの稲葉山城に来ている事を知らない麦穂と壬月が驚いて半羽の顔を見る。

 

「ああ、壬月。貴様が結菜さまにお裁きを押し付けるから、結菜さまは久遠さまに呼ばれる前にここに来なければならなくなったのじゃ。少しは責任を感じろ。」

「しかし、それならば別に隠れなくても………」

「久遠さまは結菜さまに荒れた稲葉山城を見せたくはないのじゃろう。それが判るから、結菜さまは久遠さまに内緒で来られたのじゃ。」

「すまん…………俺が門や天守閣や城壁を壊した所為で………」

 

 落ち込む祉狼を壬月が背中を叩いて励ます。

 

「いや、祉狼は悪く無いぞ。これが普通の城攻めであればこの城はもっと破壊され、火が出て、血塗れだったであろうさ。井之口だって焼き打ちをせねばならなかった所だ。祉狼の突出は結果的に被害を一番小さくしたのだ。もっと誇れ♪」

「壬月さまっ!ですから祉狼どのを煽らないでくださいっ!」

「はっはっはっ♪もう既に女房気取りか?麦穂♪」

「わ、私は別に祉狼どのの女房という訳では………」

「半羽殿!結菜さまの判決で麦穂はどうなりましたかな♪」

 

「祉狼さまの嫁じゃ♪」

 

 麦穂の顔が一気に赤くなる。

 

「だそうだぞ、麦穂♪」

「ほ、本当……………ですか?」

「いくら『鬼蝶さま』でもこんな嘘は吐かんわ。それにな、壬月。貴様もじゃ♪」

「は?何がですか?」

「貴様も祉狼さまの嫁となれと、結菜さまが仰せじゃ!」

 

「……………………………………私もですか!?」

 

「はっはっはっ♪実は儂も祉狼さまの嫁になれと仰せ遣っての♪今夜は三人で祉狼さまと初夜を迎えるのが今日の本当の目的じゃ♪」

「そ、そんな…………」

 

 祉狼との二人っきりでの一夜を夢見た麦穂はガックリと肩を落とした。

 

「はあ…………まさかこんな形で自分に返って来ようとは思いませんでしたぞ………」

「そんな訳じゃから、この飯はしっかりと滋養の有る物にせんとならなかったのじゃ♪おお、そう言えば祉狼さま。お願いした薬はお持ち頂けましたかな?」

「ああ、これがそうだ。」

 

 祉狼は小瓶を出して調理台の上に置く。

 

「かなり強力だからほんのひと摘みでいいそうだ。」

「心得ました。それでは祉狼さまは風呂にでも入ってさっぱりなさりませ。儂らは少し、女同士で話す事も在ります故。」

「判った。………………風呂は普通に上がってもいいんだよな?」

「ええ、構いませぬよ♪風呂から上がる頃には飯の支度も終わっていましょう♪」

 

 祉狼が風呂に向かった後、半羽は二人に結菜と話した祉狼を日の本に留める策の話をした。

 

「成程、そういう訳ですか♪」

「確かに美濃平定の後は伊勢、そして上洛でしょう。公方様とまみえる前に事を成しておかねばなりませんね…………雹子どのに先を越されるのも悔しいですし♪」

「ははは♪鬼五郎左が本気になりおったか♪では、戦の前の腹拵えじゃ♪」

 

 三人は膳を持って居間へと向かった。

 祉狼から渡された薬は言われた通りにひと摘みだけ汁物の鍋に入れた。

 実はこの薬、祉狼が調合した物ではない。

 華佗が一刀たちの為に調合した物で、聖刀にも分けられたイザという時の最終兵器なのだ。

 聖刀は祉狼の様子を見て必要だと思い与えたのだが、祉狼ひとりが服用する様に言うのを忘れていた。

 

 食事の最中、麦穂は口数が多くなり様々な事を話たが、どれもあまり意味の無い物で、この後の事から話を逸らそうとしているのが祉狼にですら判る程だった。

 壬月はどっしりと構え、いつも通りに麦穂の話に頷いたり、からかって笑ったりしている。

 半羽は麦穂と壬月の様子を見ながら話に付き合い、祉狼は麦穂と半羽の料理に舌鼓を打ち旨い旨いとモリモリ食べた。

 食事の後は女性陣が順番に風呂で汗を流したが、その頃から彼女達の身体に変化が訪れ始める。

 身体が火照り、乳首が勃ち始めて来たのだ。

 半羽は床の用意をしてから最後に湯を使ったのだが、その頃には身体がかなり敏感になっていた。

 

「これは………料理が効きすぎたか?気を抜くと手遊(てすさ)びをしてしまいそうじゃ………」

 

 これから祉狼との初夜を迎えるというのに、そんな勿体無い事が出来るかと半羽は気を張って風呂から上がり、肌襦袢のみを纏って閨へと向かう。

 閨の前まで行くと、廊下で麦穂と壬月がやはり肌襦袢姿で座って待機していた。

 中では祉狼が待っている気配が伺える。

 

「では、各々方。参るぞ。」

「はっ!」

「おう!」

 

 まるで合戦に向かうかの如く、顔を強ばらせた。

 実は気を張っていないと乳首が擦れて声が出そうなので堪えているのだ。

 半羽は正座をして、静かに襖を開ける。

 

「祉狼さま。お待たせ致しました。これより………」

 

 半羽は三つ指を着いて頭を下げ、顔を上げた所で声に詰まった。

 祉狼が肌襦袢姿で正座をしているのだが、股間が襦袢を押し上げて立派な天幕を形作っているのが目に入ったからだ。

 思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。

 

「あ、ああ………板の上だと足が痛いだろう。早く中に…」

 

 祉狼の顔が熱に浮かされた様になっているのに気付き、半羽は慌てて祉狼に駆け寄った。

 

「祉狼さま!大丈夫ですか!?」

「?………ああ、あの薬の所為だろう……」

 

 祉狼が自分と同じ状態だと判り、少し冷静さを取り戻す。

 祉狼を治すには精を放たせれば良いと判断し、それならばとひとつ思い付いた事を実行する。

 

「祉狼さま、もう少しだけ我慢なさいませ。」

 

「半羽さま!祉狼どのは如何されたのですかっ!!」

「とても辛そうだが………」

 

「麦穂、壬月、今から祉狼さまが精を放つ処をお見せしてくださる。しかと見ておくのじゃ。では、祉狼さま、襦袢をお脱がせ致しますぞ。」

 

 半羽は慣れた手つきで祉狼の帯を解き、肌襦袢を脱がせる。

 

 

 

 

 

 この夜も祉狼は、麦穂、壬月、半羽に三回ずつ求められた。

 その結果、翌朝祉狼が昨日と同じやつれた状態になってしまい、このまま久遠の前に行かせる訳にはいかず、半羽は苦渋の決断を下し祉狼の朝食に例の薬を耳掻きひと匙分だけ入れて送り出した。

 

 

 

 

 二日後。

 祉狼は昴に連れ出されて天守の最上階に来ていた。

 

「祉狼………私ね、ここに残る事にしたわ。」

 

 昴は眼前に広がる濃尾平野を眺めながら呟く様に言った。

 

「そうか。」

 

 祉狼は微笑み、昴と同じ風景を眺める。

 

「そうかって!あんたはどうするのよっ!」

「ん?俺は久遠の夫になると言った時からそのつもりだったが?」

 

「は?……………………はぁあああああああああああっ!?ちょっと、それってここに来たその日の事っ!?」

 

「ああ。一刀伯父さんたちも母さんもそうしているだろう?」

「はぁ…………悩んでた私が馬鹿みたいじゃない…………でも、考えてみたらあんたはそういう奴よね。」

「でも、聖刀兄さんは違う。姉さん達が待っているんだ!何としても聖刀兄さんを向こうに返さないと駄目だ!」

「ええ、それこそ当然よ!それが聖刀さまの臣下である私の努め。そして聖刀さまが向こうにお帰りになったら、私は正式に久遠さまにお仕えするつもりよ。」

「それでこの前は手柄を欲しがっていたのか。」

「うん♪和奏ちゃん達をお嫁さんにした責任を取らなきゃね♪」

 

 昴は笑ってガッツポーズをして見せた。

 

「そうと決まれば聖刀さまにお話をしなきゃ!」

「聖刀兄さんの事だから、俺達の気持ちに気付いてると思うけどな♪」

「そうよねぇ♪特にあんたの場合は久遠さまと結菜さまと上手く行くように、聖刀さまが色々として下さっていたものね♪」

「聖刀兄さんが安心して帰れる様に、早く一人前にならなきゃな♪」

「ええ♪お互い頑張りましょう♪」

 

 祉狼と昴はゴットヴェイドー隊の宿舎となった元狸狐の屋敷に行き、聖刀へ今の話を語った。

 

「やっと言ってくれたね、昴♪もし和奏ちゃん達を置いて行く何て言ったらお仕置きをしなきゃって考えてたんだ♪」

 

 聖刀が笑顔で言うので、普通の人ならば冗談と取っただろうが、昴は青褪めて引きつった。

 今のが本気だと、幼馴染みでもある昴と祉狼には良く判っている。

 

「聖刀兄さん。俺も…」

「ははは♪祉狼の答えは判っているよ♪お嫁さんも増えたしね♪」

 

 祉狼は真剣な顔で大きく頷いた。

 

「二人ともお嫁さんにはその事をちゃんと伝えたかい?」

「それはモチロン♪今日こうして聖刀さまにお許しを頂いてくるって言ってきましたから♪」

 

 笑顔で答える昴とは対称的に祉狼の顔には冷や汗が浮かんでいた。

 

「そういう話はした事が無かった………」

「はあっ!?久遠さまにもっ!?」

「く、久遠なら言わなくても気付いてる………」

 

「馬鹿。」

 

「うっ!」

「言わないと伝わらないって、判ってるからそうやって狼狽えてるんでしょうがっ!」

「……………………うん。」

 

 祉狼は素直に認めて項垂れる。

 

「それじゃあ、今から久遠ちゃんに話そう♪結菜ちゃんが来てるのを隠くすのも限界だしね。」

 

 結菜には重要な話が有るからとだけ言って、久遠に隠れていた事を明かして貰う様に頼んだ。

 結菜も何事か察して了承し、久遠が仕事をしている元長井道利の屋敷の部屋へ向う。

 

 そして……………久遠はフグの様な膨れっ面をして拗ねた。

 

「もう、久遠ったら……そんなに拗ねないでよ……」

「べつに我は拗ねておらんし、怒ってもおらんぞ。フン!」

 

 誰がどう見ても拗ねて、怒っている様にしか見えなかった。

 

「我を仲間外れにして祉狼と……………するなどと!」

「久遠とは話し合ったわよね。皆を祉狼の嫁にするって。」

「それは決めたが………」

「壬月の提案を良い機会だと思って私に一任したのよね。」

「そう思ったが………」

「この城の普請が終わるまで私を呼びたく無かったのでしょう?私の事を気遣って♪」

「そ、そうだが………」

「なら仕方ないじゃない。それに久遠に悪いと思ったから昨日一日祉狼と居られる様にしてあげたのよ。」

「昨日は…………一日祉狼と遠乗りをしてた…………」

「ずっと馬に乗っていたのっ!?」

「祉狼の馬術が見事だったので………つい………詩乃を助ける時にどの道を通って何処で何があったのか話してた………」

 

 結菜は祉狼を見ると、祉狼はキョトンとしている。

 祉狼に『気を利かして久遠を抱く』という事が能動的に出来る筈が無かったと今更気が付く。

 

「はぁぁぁぁ…………判ったわよ。今度、久遠のお願いを何でもひとつ聞いてあげるから。それで許してちょうだい。」

「デアルカ?……………ならば許す………」

 

 久遠の膨れっ面が治まって、やっと祉狼は久遠に話が出来る。

 

 

「久遠!俺は死んでも久遠の傍を離れないぞっ!

 

 

「え……………………………………と、とつぜんにゃにをいってるりゃ><」

 

 久遠がパニックを起こしているのを見て、結菜と昴は溜息を吐き蟀谷を押さえ、聖刀はクスクス笑っている。

 

「本来なら私が出しゃばる場面じゃ無いですけど、言葉足らずの幼馴染みと私の未来の為に補足させて頂きます。」

 

 昴が畳に手を着き、久遠の目を見て真剣な顔になる。

 

「祉狼が言いたいのは、この日の本の地に骨を埋める覚悟であり、もう生国に戻るつもりはないという事です。」

 

 久遠はまた呆けた顔になったが、今度は輝く笑顔で祉狼を見た。

 

「そして私も祉狼と同じく、この地に骨を埋める所存です。」

「デアルカ…………和奏達を持ち帰られのは困るしな♪ふふ♪万が一にも捨てて帰るとか抜かしたら根切りにしてやる処だぞ♪」

 

 久遠は上機嫌なので冗談交じりに言っているが、その目は本気だった。

 

「そうなると仮面……いや、もう我にとっても従兄なのだから渾名は拙いか。聖刀、おぬしは百人からの奥方が国で待っておるのだろう?奥方の為に帰る手立てを探すのを、我は全面的に協力すると誓う。」

「ありがとう、久遠ちゃん♪でも、帰るまでに砂糖黍栽培が出来る様にしたいね♪知行地で色々と試してる事も有るし♪」

「デ、デアルカ…………」

 

 砂糖の事を思い出し、甘いお菓子への夢も膨らむ久遠だった。

 そんな久遠を置いといて、結菜が聖刀に尋ねる。

 

「ねえ、狸狐は………どうするの?」

「勿論連れて行くよ。あの子を更生させたいと思ったからお仕置きをしたんだしね。」

 

 久遠は昴を招き寄せ、囁き声で問い掛けた。

 

「(なあ、昴。あの者を向こうに連れて行って問題は無いのか?奥向きの意味で。)」

「(私もそれが心配なんですよ。とにかく、向こうに行くまでにあちらでの処世術を叩き込みます。)」

「(デアルカ………)」

「あっ!ひとつ言い忘れていました!聖刀さまが帰られた後、私を正式に久遠さま家臣にしていただきたいのです。」

「うむ、心配するな♪お前も祉狼の兄弟だと思っている♪だが今は聖刀の臣として励め。」

「はっ♪」

 

 久遠の言質を取り付けた昴は小さくガッツポーズをした。

 昴の仕官が認められたのを見ていた祉狼は、笑って肩を叩いた。

 

「昴、お前とは本当に死ぬまで一緒に居る事になったな♪」

「本当に♪生まれた時からの腐れ縁だから覚悟はしてたけどね♪」

「お前がここに残る理由が眞琳姉さん達に折檻されるのが怖いからかなんて思った事も有ったが、和奏達の為と聞いて安心したんだ♪」

 

「………………………アハハハハー。ソンナコトナイヨー。」

 

 昴の目が泳いでいた。

 

 

 

 

 十日後。

 美濃の平定がほぼ終了した。

 ここまで早く平定出来たのは、斎藤龍興と長井道利が行方不明になっていたからだった。

 反抗していた龍興派にも行方の情報が全く入らず、抵抗する気力を失った龍興派が次々と帰順して来たのである。

 美濃平定に合わせて稲葉山城の名が岐阜城に改められた。

 そしてその日の夜明け前。

 井之口の町を西に向かって出発する一団が居た。

 

「久遠さまぁ、何か夜逃げみたいですよぅ………」

「夜逃げではないぞ、ひよ。朝逃げだ♪」

 

 情けない声でボヤくひよ子を久遠は笑った。

 

「こうでもしないと半羽さまや麦穂さまも一緒に来るって言い出しそうだしねぇ………」

「帰って来た時に恨み言を言われるでしょうから、言い訳の十や二十は考えておきましょう………」

 

 転子が苦笑いで辺りを警戒し、詩乃は溜息混じりで先を急ぐ。

 

「和奏ちゃん!犬子ちゃん!雛ちゃん!桃子ちゃん!小百合ちゃん!小夜叉ちゃん!黙って出て行く私を、帰って来たら嬲って!」

「そこは許してと言う所だろう?……………気持ちは判るけど♥」

 

 昴と狸狐のドМコンビが一般人には理解出来ない共感をしている。

 

「貿易港の堺か♪砂糖黍の種が手に入るといいね♪」

「欲しい薬材が手に入ると良いんだが………」

 

 聖刀と祉狼は近所に買い物へ出掛ける感覚だった。

 房都から許都、成都、建業へ行くのと比べれば遥かに近いのは確かだが。

 

「「先ずは琵琶湖に向かって!レッツラ・ゴーーーー♪」」

 

 貂蝉と卑弥呼は聖刀と祉狼とのデートだと張り切っている。

 

 

 

 その頃結菜は、ひとりで留守番をしていた。

 

「あ~あ、何でも言う事を聞くなんて約束をするんじゃ無かったわ……………私も祉狼と堺に行きたかったぁ~~~~~!」

 

 畳の上に寝転がり手足をバタバタ振って悔しがるが、それでも約束をしっかりと守る結菜だった。

 

 

 

 堺に到着した一行が最初に目にしたのは城壁と堀だった。

 

「何だか馴染みのある風景だね♪」

「(ここは日の本、ここは日の本、ここは日の本、ここは日の本、ここは………)」

「昴?何を言ってるんだ?」

 

 昴は頭を抱えて蹲り青い顔でブツブツ言い始めたが、女の子達は高い壁と幅広い堀に感心していた。

 

「そうだ、ここから先、我は偽名を使うから皆も合わせてくれ。我の事は長田三郎だ♪それから祉狼と昴は大陸の名だと妙な勘ぐりをされるかも知れんから、祉狼は北郷伯元としておけ。」

「判った。母さんの苗字だから偽名とは言えないけどな♪」

「ふふ♪医者っぽくて良い名だと思うぞ♪そして昴、お前は由利鎌之介だ♪」

「え?………………えーと………」

 

「百合にカマですか。言い得て妙ですね。」

 

 詩乃の冷静なツッコミにひよ子と転子が口を押さえて笑いを堪える。

 

「貂蝉と卑弥呼はどうするんだ?」

「二人は名を変えた所で目立つのは変わらん。そのままで構わんだろ。」

「あ~ら、やっぱり美しすぎるって罪なのねぇ♪」

「ふふふ♪流石は久遠。よく判っておるではないか♪」

 

 漢女二人には詩乃もツッコミを控えた。

 

 堺に入る前に門番とひと問答有ったが、貂蝉と卑弥呼を見ると顔を引きつらせ、すんなり通された。

 これに喧嘩を吹っ掛ける命知らずは居ないと踏んだ様である。

 

「うわぁあ………すごい人の数ですねぇ………」

「ひよぅ……田舎者くさいからそんなに驚かないでよぅ………」

 

 そう言う転子も往来を歩く人の数に圧倒されて、しっかり田舎者らしかった。

 

「この感じ、如何にも商業の街って感じだね♪」

「何か久しぶりだな♪房都の市みたいだ♪」

 

 聖刀と祉狼が落ち着いているのを見てひよ子と転子が驚く。

 

「お頭が居た都ってこんな街なんですか?」

「そうだな、湊町では無いが運河が有ったから市には毎日各地から荷が大量に入って来てたな。人の数はここより少し多いくらいかな?」

「「「「これより多いんですかっ!?」」」」

 

 ひよ子、転子、詩乃、狸狐は目の前の人波を倍にして想像して目を回した。

 久遠はそんな四人を見て笑っている。

 

「人が多ければ物が動く。物が動けば銭が動く。銭が動けば人が集まる。その循環を支えるのが政だ。良い国なのだな♪」

「その分、悪人も寄って来ると伯母さん達は困っていたけどな♪」

 

 祉狼は苦笑して華琳達がボヤいていた姿を思い出していた。

 

「ねえ、久遠ちゃん。鉄砲や砂糖黍の種を仕入れるのに(つて)は有るの?」

「うむ、我は南蛮商人に知り合いはおらんから、先ずは天主教の宣教師に会って紹介しもらおうと思っている。」

「南蛮………か。」

「うん?南蛮がどうかしたのか?」

 

 詩乃が聖刀の様子に気付き久遠に説明する。

 

「久遠さま。南蛮とは本来、明の南方を指す言葉です。私達が普段南蛮人と呼ぶ人達は南蛮を中継点としている西域人ですね。日の本には船が南蛮から来るので、いつの間にか意味が変わってしまったんですね。」

「ああ、そうか♪我も普段から南蛮南蛮と言っているので忘れていた♪」

 

 一行は道行く人に尋ねながら天主教の教会を探し、裏町へとやって来た。

 教えて貰った教会の外見は周りと同じ様な普通の建物で、小さな十字架を屋根に飾ってあるだけなので教えて貰ってなければ気が付かなかっただろう。

 扉を開けて中に入ると、そこは礼拝堂になっていた。

 

「誰もおらんな………」

 

 小さな礼拝堂は無人だったが、扉の奥で人の気配がする。

 

「すまん!少々物を訪ねたいのだが!」

 

『はい。ただいま参ります。暫しお待ち下さい。』

 

 久遠の呼び掛けに若い女性の声で返事が有り、言われた通りその場で待つ事にする。

 

「お頭は南蛮人を知ってるんですか?」

 

 ひよ子の問いに祉狼は自分のよく知る南蛮人の事を話し出した。

 

「ああ♪伯母と聖刀兄さんの嫁にも居るからな♪」

「ええ!?そうなんですか!」

「背丈は低くて。」

「幼女よ。」

「にゃ?」

「木登りや泳ぎがとても得意で。」

「幼女よ。」

「にゃ♪」

「昴、横から妙な言葉を足さないでくれ。」

「だって幼女なのよっ!しかも頭にこんなネコ耳のあるっ!」

「にゃぁあああっ!」

 

 昴が手近に有った頭を持ち上げる。

 

「にゃんだお前らはっ!?はなせなのにゃっ!!」

「「「えっ!?」」」

 

 昴が持ち上げた相手は………。

 

「み、美衣ちゃん……………?」

「美衣の真名をかってによぶにゃ!美衣は南蛮大王猛獲なのにゃ!えらいんだじょ!ははーって言え!」

 

 昴に頭を持ち上げられたまま胸を張ってふんぞり返るが、足をプランプランさせて縫いぐるみみたいになっていた。

 

「うわあ♪カワイイ子ですねえ♪お知り合いですか?」

「美衣はお前らなんかしらないじょ!」

 

 この言葉で目の前の『猛獲』を名乗る幼女が祉狼達のよく知る美衣では無いと確信する。

 聖刀は推測で『猛獲』に問い掛けた。

 

「ええと、もしかしてご先祖様から名前を引き継いでるのかな?」

「そうにゃ♪ご先祖さまはこーめーっていうやつがたくさん攻めてきたけどたくさんおいかえしたのにゃ♪さいごに仲間になってくれとお願いされて仲間になってやって、だいかつやくした、とーーーーってもえらい大王なのにゃ♪」

 

 まだ足をプランプランさせている子孫の美衣を久遠はジト目で見て、聖刀に囁く。

 

「(もしかして七縦七擒の事を言っておるのではないか?)」

「(うん。多分そうだと思う………)」

 

 これに詩乃が反応した。

 

「それは聞き捨て成りませんね。猛獲は、捕らえられては放たれを七度繰り返し、遂には軍門に降った筈です!」

 

 ビシッと鼻先に指を突きつける。

 が、

 

「むつかしくて何言ってるかわかんにゃいじょ?」

「つ、つまり、あなたのご先祖さまは負け続けで一度も諸葛孔明に勝っていないという事です!」

 

「そんなことないにゃ!そんにゃことないにゃ!そんにゃことにゃいにゃ!そんにゃこと………にゃいもん…………………びぃぇええええぇぇええええええっ!」

 

「詩乃ちゃん!こんな小さな子を泣かせちゃダメだよ!」

 

 ひよ子は妹が小さい頃を思い出して、ちょっと感情的になっている。

 

「す、すいません………最近諸葛孔明の事を勉強し直していたもので……つい………」

 

「あぁ♥泣いている幼女って、どうしてこんなに保護欲を掻き立てられるのかしら♥ほ〜ら、高いたか〜い♪」

「昴ちゃん!頭持ってる!頭!ちゃんと脇の下持ってっ!!」

「やだ、冗談よ♪ほら、美衣ちゃん♪飴あげるから機嫌を直して♪」

「あめにゃ♪」「飴だと♪」

「久遠…………子供のお菓子を横取りするのは感心しないぞ………」

「べ、べつに我はそんなつもりでは!……祉狼!我を憐れんだ目で見るなっ!」

 

 飴を貰った美衣(子孫)はニコニコと棒付きの飴を舐めて昴の膝の上に座った。

 いかにも幼子然としている姿に、狸狐は親が居ないのかと心配そうに周りを見渡すがそれらしい影は何処にも無い。

 

「聖刀さま、この子の親はどうしたんでしょう?」

「南蛮人は成人してもこの姿なんだよ。だからあの美衣ちゃんが幾つなのか……」

「こ、この姿で成人っ!?と、という事は…………」

 

 狸狐は先程の祉狼とひよ子の会話を思い出した。

 

『お頭は南蛮人を知ってるんですか?』

『ああ♪伯母と聖刀兄さんの嫁にも居るからな♪』

 

 狸狐は自分に聖刀の関心を引ける南蛮人程の個性が無く、このままでは捨てられるのではと強迫観念に駆られる。

 それは白蓮と、その娘の白煌も通った道だった。

 

「ま、聖刀さま!私は聖刀さまが求められる事は、な、何でも致します!」

「?………うん、期待しているよ♪」

 

 狸狐はM奴隷として言ったのだが、聖刀は人として成長すると取っていた。

 

 厳かな礼拝堂に相応しくないそんなガヤガヤとした雰囲気の中にノックの音が聞こえて来た。

 

「「「はい。」」」

 

 ノックの習慣の有る祉狼、聖刀、昴の三人が返事をするのを見て、女性陣は不思議そうな顔をする。

 

「お待たせ致しました…………美衣!勝手に入ってはいけないと言ったでしょう!」

「にゃにゃっ!!」

 

 入室した女性が怒ると美以(子孫)が昴の膝から飛び降りて逃げ出した。

 ひよ子は女性の綺麗な顔立ちと美しい金髪に驚き、

 詩乃は異人の流暢な日本語に驚き、

 転子と狸狐は素早い足捌きで美以(子孫)に追い付き、延髄に手刀を当てて捕まえた事に驚き、

 久遠はその全てに感心した。

 

 そして祉狼は、

 

「昴………ホウケイだ………」

「なによっ!勃てばちゃんとムケるのよっ!自分がムケてるからって自慢したいわけっ!?」

「そうじゃない!あの人の頭の上に……………宝譿が居る!」

「ええっ!?」

 

 祉狼の言う通り。

 金砂の様に陽の光を反射する髪の上に、良く見慣れた宝譿が鎮座していた。

 

「お、お見苦しい処をお見せしました…………我が名はルイス・エーリカ・フロイス。母からはジュウベエ・アケツという日本式の名を与えられております。」

 

 全員の目がエーリカ本人よりも頭の上の宝譿に集中する。

 

「(祉狼!お前はあの金柑頭の上に乗ってる人形を知っているのか?)」

「(ああ、良く知っている………しかし、何故この人が宝譿を………)」

 

 

「おいおい、あんまり見るんじゃねーよ。照れるじゃねぇか♪」

 

 

「「「「「人形が喋ったっ!!」」」」」

 

 エーリカの笑顔に冷や汗が流れ、一瞬で頭の上の宝譿を掴んで背を向けた。

 

「(ほ、宝譿!人前で喋ってはいけないといつも言っているでしょう!お陰で私は腹話術を使う楽しい人間だと思われているのですよっ!!)」

 

 内緒話をしようとしたらしいが、全て丸聞こえだ。

 祉狼達が苦笑いで見守る中。

 

 貂蝉と卑弥呼だけがエーリカを見て眉間に皺を刻んでいた。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

エーリカ登場!

ついでに美以(子孫)と宝譿まで登場しちゃいましたけどw

貂蝉と卑弥呼のエーリカに対する態度ですが、次回に三人だけで会話をします。

外史に関わる話になるのは予想がつくと思われますが、それが何なのかはお楽しみに。

美以(子孫)を出したのは、原作で南蛮という言葉が出る度に美以の顔が頭に浮かんだので絶対に出そうと決めていましたw

宝譿はエーリカと風の中の人が同じ海原エレナさんなのでつい………遊び心が止まりませんでしたw

 

昴の偽名は真田十勇士のひとりから持って来ちゃいましたが、本格的に繋げるつもりは有りません。

 

Hシーンを追加したR-18版はPixivに投降してありますので、気になる方そちらも確認してみて下さい。

http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5440284

 

次回は堺~京都です。昴は幼女集団雑賀党に遭う事が出来るのかw

 

 

 


 
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