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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第七十七話

ムカミさん

第七十七話の投稿です。


洛陽編その壱。

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2015-06-16 09:30:04 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4096   閲覧ユーザー数:3214

 

「着いたな。ここに来るのも連合戦以来か」

 

「そうね。ボクとしては、こんな形で来たくは無かったのだけれどね……」

 

大陸最大の街を目の前にしての一刀と詠の会話である。

 

現在、一刀は洛陽へと赴いていた。

 

一刀と行動を共にするは、月、詠、恋の三人。かつてここを出た時のメンバーである。

 

但し、服装は平素の武官然、文官然としたものとは全く異なっている。

 

飾り気も何もない、かと言って特別丈夫なわけでも無い、麻で作られた服。目立つ頭髪を隠すようにして頭にかぶった巾。

 

要は庶民のよく着る服であった。

 

なぜこの三人がここでこうしているのか、それはつい先日、人和が持ってきた情報から始まった会議に起因する。

 

 

 

 

 

 

 

 

『早急に洛陽の偵察に向かう必要があるわ。但し、なるべく民には気付かれずに、けれども宮中深くまで』

 

 

 

会議の場にて詠が出した結論がこれである。

 

以前から詠が集めていた情報では、洛陽にあるのは不穏な動きの”可能性”に過ぎなかった。

 

本意ではなく政から離れなければならなかったことによる過剰反応。そう捉えることも出来たのである。

 

だが、今回人和が持ってきた情報は、それとは一線を画するものだった。

 

街の雰囲気のみならず、実際の治安にまで影響が出始めている。

 

勘違いや過剰反応では到底済ませられない、染み出るように現れたマイナス面の情報。

 

それは詠に洛陽への偵察を決意させるに十分すぎる判断材料だった。

 

洛陽を出るときに後のことを任せられると判断してその後を統括する人員を選んだのは他ならぬ詠自身。

 

それだけに、その後に体制が大きく変わったわけでも無い洛陽の街が落ちぶれることに大きな責任を感じていたのだった。

 

さて、いざ偵察に出んとしたところで次に問題となるのは派遣人員。

 

会議にはすぐに桂花も合流し、そこが話し合われることになった。

 

ここで少々問題が発生する。

 

詠としてはその目で洛陽の現状を確かめたいとし、それを譲ろうとはしない。

 

月もまた詠のように責任を感じているのか、共に洛陽を訪れると言って退かない。

 

当然、桂花は反対し、明確に言葉にはしていないものの黒衣隊員に全てを任せろとの旨の発言を繰り返す。

 

ただ、この二人を連れていくことは割と理に適っている、と一刀は考えてもいた。

 

今回はやはり詠が言った通り、宮中深くまで情報を探りたいところ。

 

が、さすがに洛陽の城に無断侵入はおいそれとは出来ない。

 

であれば、内部に繋がりを持つ者を連れていき、そこを起点にして調査を行う方が安全で確実な手段であろう。

 

この場合、行動に若干制限が掛かってしまうが、そこはそれ、行動出来る範囲で掛けられるモーションを全て起こせば必要な情報は集められるだろう。

 

この考え方からも分かる通り、一刀は当然行くことを決めていた。

 

立場的にも能力的にも、今回は他の誰でも無い一刀が適任だと考えたためである。

 

”御遣い”の立場を持って宮中へ、そして劉協と劉弁から聴取を行う。

 

それが出来るに越したことは無いのだが、最悪の、或いはそれに準ずる可能性を考えればそれが叶わぬこともある。

 

そういった場合に月と詠の存在が大きな意味を持ってくるのだ。

 

「桂花。今回は俺が直接現地に入る。補佐として月と詠を付けるのはアリだと思っている」

 

それは桂花から見れば急に手の平を返されたようにも感じたのだろう。

 

ほんの僅かながら絶句し、しかしすぐに反論を展開する。

 

「あんたねぇ!この二人はそういった訓練は何もしていないのよ?!

 

 それに、この二人はもう既に魏にとってなくてはならない将、戦力なのよ!

 

 どんな危険があるかも知れない場所においそれと放り込めるわけが無いでしょう!!」

 

「桂花さん……あの、お気持ちは嬉しいのですが、それでも、私は行きたいです。

 

 いえ、私が行かなくちゃダメなんです!」

 

思いの外高い評価を与えられていたことに感動で目を潤ませた月だったが、それでも譲れないと珍しく強く言葉をぶつけていく。

 

「ボク達は以前の洛陽をよく知っているわ。

 

 だから問題点があればすぐに気付けるし、細かいところにも目を配ることが出来る。

 

 短期間で十分な情報を集めるのならば、ボク達が行くのが確実なの」

 

詠もまた月の援護射撃を忘れない。

 

先ほどはここで桂花の反論が再び入って平行線となっていたが、今回ここに続くには一刀の更なる援護射撃となった。

 

「桂花、今回はどちらかと言うと密偵のような面は薄くいこうと思っている。

 

 堂々と正面から、但し、久しぶりにお忍びで会いに来た。その感じを出して偵察するには月と詠は必須だ」

 

「堂々と正面から?そんなので本当に必要な情報は集められるの?」

 

「確実に宮中を調査するにはそれが一番だ。俺と詠が目を光らせていれば、良からぬ情報があれば見つけられるさ。

 

 それとも、洛陽の宮中を探るいい方法が他にあるか?」

 

一刀の桂花へのこの問いはある意味でズルい問いだ。

 

密偵部隊の上官の立場と言えど、桂花がその手法に精通しているわけでは無いのだから。

 

しかし、ここは勢いで押し込んだ一刀の勝ちであった。

 

「…………だったら、恋も連れていきなさい。

 

 あんたの作戦だと、今回は武器を持ち込めないのでしょう?それはあまりに危険よ。

 

 それでもあんたと恋がいれば、何かあったとしても大丈夫でしょう?」

 

渋々といった感はあったが、桂花は一刀たちの主張を認める旨の発言をする。

 

そして出された提案に一刀は確認事項で返す。

 

「許昌の防衛の方は?」

 

「他の将に出陣の予定は無いわ。大丈夫よ」

 

「分かった。それじゃあ、俺と月、詠に恋。この四人で明日にでも出立する。

 

 庶民に扮して商人と洛陽入りするつもりだから、戻ってくるまでには少し時間が掛かるぞ?」

 

「ええ、構わないわ。世は動乱なれど、まだ漢の世よ。

 

 洛陽の異変はそれに終止符が打たれるかどうかの瀬戸際。目下の最重要事項よ」

 

それが桂花の完全承認となった。

 

 

 

斯くして一刀たち四人は洛陽へと赴くことになったのである。

 

 

 

ちなみに、この事態について華琳へ報告を上げた際、一悶着あった。

 

偶々報告を入れに行ったところに春蘭と秋蘭がいたのである。

 

「私も行くぞ、一刀!」

 

当然のようにそう言い出す春蘭。驚いたことにその後ろでは秋蘭も同意を示すように頷いていた。

 

いくら春蘭でもこればかりは聞き入れることはできない。

 

一刀は論理立てて否定の意を示す。

 

「春蘭、悪いがそれは無理だ。

 

 これは洛陽に詳しく、さらに洛陽にて仕事をしている禁軍の一部、董卓軍の兵への繋がりを任務の軸としているんだ。

 

 だから、俺と詠、月、恋だけで行くことになっている。分かってくれ」

 

「だが……」

 

「姉者、ここは下がるしか無いぞ。

 

 一刀、『大事な仕事』、なのだろう?」

 

「ああ」

 

「む~…………分かった……」

 

むくれていたものの、仕事と言われれば春蘭も下がらざるを得ない。

 

一刀はきちんと分かってくれたことに礼を言い、帰ったらすぐに顔を出すことを誓って事なきを得たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

時は戻って、洛陽。

 

「見たところどうだ、詠、月?」

 

ざっと洛陽の主たる通りを巡ってから、一刀は月と詠に問いかける。

 

それに対して月も詠も既に答えを用意していたようだった。

 

「噂ほど治安は悪化していないように感じられました。

 

 けれど……活気は確かに損なわれています」

 

「活気は確かにそうね。治安の方は、ボクは悪化していると感じたわ。

 

 通りすがりに覗けただけでも、路地の方に暗い空気が蟠っていたものだから。

 

 ボクが敷いた治安維持の仕組みは、どうやら大通りにしか活かされていないようね。残念だわ」

 

「なるほどな……

 

 こうしていても、道行く人の顔に笑顔はほとんど無い。子供たちの姿すらも少ない。

 

 きっとなるべく外に出さないようにしているんだろうが、それが治安の悪化を物語っているとも言えるな」

 

一刀の意見は概ね詠と同じようであった。

 

とは言え、ここまでは人和が持ってきてくれた情報の裏付け程度のもの。

 

実際にこうなっている原因こそが、今最も重要なのである。

 

「それじゃあ、そろそろ……」

 

「ええ、そうね」

 

「はい、分かりました」

 

一刀が皆まで言わずとも、詠も月も次なる行動を理解した返答を見せた。

 

「恋も。行こう」

 

「……ん」

 

恋にも声を掛けてから、一刀は歩き出す。

 

月も詠もそれに付いていく。

 

四人が向かう先は、皇宮。

 

原因の根本を突き止めるために。問題の核心に迫るべく。

 

全てを知っているであろう人物を求めて、四人は歩を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様等、何用だ!これより先は皇帝の坐す宮廷であるぞ!」

 

庶民の格好で皇宮に近寄れば、当然こうして門兵に止められることとなる。

 

この辺りまで来ればもう人目もほとんど無いと判断し、一刀は皆に手振りで巾を脱ぐよう指示を出した。

 

皆が巾を外している中、一刀は門兵に答える。

 

「承知の上でここまで来ている。陛下と直々に話がしたい」

 

「何を馬鹿なことを――――あっ、御、御遣い殿っ!?

 

 そ、それにそちらは……と、董卓様っ!賈詡様っ!呂布様っ!?」

 

一刀の言葉に対し、始めは歯牙にもかけない様子だった門兵も、こちらの正体に気付けば話は全く違うものとなる。

 

「突然の訪問、申し訳ありません。陛下と少しお話がしたいのですけれど、取り次いでもらえますか?」

 

止めとばかりに月が畏まった言葉でお願いをすれば、兵に断るという選択肢は存在しなかった。

 

「しょ、少々お待ちをっ!すぐにお伺いを立てて参ります!」

 

「ああ、それと李儒も呼んでくれるかしら?」

 

「はっ!」

 

詠の要望にもしっかりと返事をしてから兵は宮中へと消えていく。

 

程なくして戻ってきた兵は一刀たちにこう告げた。

 

「只今側付きの侍女に声を掛けさせに行っております。

 

 皆さまは庭園の方でお待ちいただけますか?」

 

「分かった。ありがとう」

 

「いえ。それよりも、先ほどは失礼を致しました。申し訳ございません」

 

「いや、君は職務を全うしようとしただけだ。謝ることは何も無い」

 

「はっ!ありがとうございます!

 

 それでは、こちらへどうぞ」

 

兵は礼とお辞儀の後、一刀たちを導くべく先導する。一刀たちは彼に従って、庭園にて劉協たちを待つべく移動を開始した。

 

 

 

兵に導かれた庭園で待つこと暫く、2人の少女が現れて一刀たちの方へと向かってくる。

 

その片方は一刀も見知った少女。現皇帝・劉協の姉、前皇帝でもあった劉弁である。

 

そして、その劉弁の半歩斜め後ろに添うように歩いてくる少女。

 

こちらに見覚えは無いのだが、状況から考えるに、文官のまとめ役を詠から継いだ李儒であろう。

 

そちらの方で何よりも目に付いたのは、その服装だった。

 

これぞ文官とでも言うような、イメージにある漢服を身に纏った女性。

 

記憶では男物の漢服であったような気がするが、そもこの”外史”とやらにおいてその辺りの細かい点は無視される傾向にあるらしい。

 

露出の少ない衣服からは、日に焼けていないのだろう、首筋や手の白磁のように美しい肌が僅かに見える。

 

どうしてか文官ですらミニスカートのような丈ばかりのこの世界において、その姿は新鮮に映った。

 

いや、どうしてかは既に半ば分かっているのかも知れない。

 

もしも服装まで”望まれて”いるのだとすれば、同じ時代の人間として軽く――いや、深々と溜め息を吐きたい気分になってしまう。

 

同じことを武官についても言えるのだが……一刀は、とりあえずそれは今は置いておくことにした。

 

改めて李儒らしき人物を眺めてみる。

 

髪は黒のショートヘア。詠の話では長くなりすぎないように気を付けているとのことで、仕事の邪魔にならないように、といったところだろう。

 

そして当たり前のように美少女であった。

 

さて、ここで一刀は疑問を覚える。

 

どうして皇帝である劉協自身は来ずに、声を掛けてもらった内の残りの二人のみが来たのだろうか。

 

そこにどうしても拭いきれない違和感が存在しているように見えた。

 

「お待たせしました、一刀さん。月さんに詠さん、恋さんも。お久しぶりです」

 

「ご無沙汰しております、御遣い様、月様、詠様。この度は許昌より遥々お越しいただき、ありがとうございます」

 

前皇帝及び実質的に洛陽を治める文官最高位とは思えない丁寧な挨拶と共に、深く腰を曲げてお辞儀する二人。

 

一刀たちもまた釣られたようにお辞儀をしながら返事をする。

 

「久しぶり、弁。それに、李儒さん、だよな?直接面と向かって会うのは初めてだな。北郷一刀だ、宜しく」

 

「こちらこそよろしくお願い致します。李儒と申します」

 

「ところで――」

 

「ちょっと待った、一刀、蕙。その辺りのことは今は置いといてもらえるかしら?」

 

「む……確かにそうだな。すまん」

 

長くなりそうな雰囲気を出しかけていた一刀と蕙の話を詠が遮る。

 

詠の言葉の中にある(けい)とは、流れから察するに李儒の真名であろう。

 

それは一刀に続いて李儒が詠に静かに頭を下げたことからも判断できる。

 

一刀が素直に詠に従ったことから、李儒も劉弁も一刀たちが急ぎの用事だと感付いたようであった。

 

が、その様子にはどこか緊張が見られる。

 

一刀も詠も、そこはかとなく嫌な予感を覚えつつも、目的のために話を進めていく。

 

「蕙、それに劉弁様。ボク達が今日ここへ来たのには理由があります。

 

 実は先日、洛陽についての良くない噂を耳にしまして……

 

 なんでも税金が随分と高くなってしまっているそうですね。それに伴い、治安の方も少々……

 

 一体全体、何があったのかと思いまして、本日はそれを知るべく参った次第です」

 

「税金、ですか。

 

 申し訳ありません、詠様。私の腕では詠様の通りに政策を運用することは難しく……」

 

本当に申し訳なさそうな表情を醸し、そう説明する李儒。

 

詠は頷きを返しながら聞いている。それを見るに、言葉から見極めようとしている様子。

 

だが、一刀は見逃さなかった。

 

李儒のみならず劉弁までもが、詠が税金や治安のことに話を向けた瞬間、僅かに肩をピクリと反応させていたのである。

 

それが真に意味するところまでは測れない。

 

そこで一刀は探りを入れてみることにする。

 

「なあ、弁。協はどうしたんだ?出来れば会いたかったんだが」

 

「っ!きょ、協でしたら、今は……その……」

 

「……陛下は現在雑務に追われていて、部屋から出ることは叶いません。

 

 全く、彼女達の持ってくる仕事とやらは、陛下が承認なさるだけでも一苦労するものばかりですからね」

 

「そう、そうですねっ!協にも少しくらい部屋から出れるようにしてあげたいのですけれど……」

 

言葉に詰まってしまった劉弁に横合いから李儒が助け船を出す。

 

これ幸いといった様子で劉弁も李儒に合わせて自身の意見を述べてきた。

 

「あの。一目だけでも陛下にお目にかかることは出来ませんか?」

 

ただただ純粋に、月は劉協に会いたいと申し出る。

 

だが、それに対して返ってきた答えも芳しくないものであった。

 

「申し訳ありません、月様。いくら月様のご要望と言えど、こればかりは……」

 

「月さん。協は今、どうあっても席を動くことが出来ないのです。

 

 それは例え一刀さんであっても同じこと、いえ、尚更、ですね」

 

「そうですか……残念です」

 

月は視線を落として心底残念そうな表情を見せる。

 

それを見た李儒と劉弁の顔には、一瞬ながらもまた直前の回答に似つかわしくない感情が浮かぶ。

 

(罪悪感……?後悔……?いずれにせよ、何か裏があるな、これは……)

 

一刀が横目で詠に視線で問い掛けると、詠も頷きを返す。

 

どうやら詠もどこかに不自然さを感じたようで。ではどうやって切り崩して真なる部分を見るべきか、それを考えていた。

 

「そうか、協には会えないか。折角弁に会えたんだし、協にも、って思ったんだけどな」

 

「それを言うと、劉弁様はお仕事の方大丈夫なのですか?」

 

「ええ。私では協の代わりには役者不足ですので……」

 

一刀の言葉を足掛けにして詠が劉弁に問いかける。

 

それに対する劉弁の回答も、別段ブレた様子は無い。

 

だと言うのに、やはりどこかに違和感が残る。

 

次にどう切り出そうか、それを考えていると、今度は劉弁の方から一刀たちに話しかけてきた。

 

「一刀さんの方は、その後どうなのですか?

 

 魏国が順調であろうことは伝わってきているのですが、何分細かい情報が得られないもので」

 

「そうだな、特に大きな問題は無かったよ。

 

 月たちは言わずもがな、麗羽――袁紹たちも今ではすっかり魏の一員だ」

 

「そうでしたか。それは良かったです。

 

 そう言えば一刀さん、以前に洛陽に来られた時のこと、覚えていらっしゃいますか?」

 

先ほどから話の行き先が二転三転している。話の主体者がコロコロと変わっているにも関わらずに。

 

一刀たちが意図を持って色々な方向から話をしようとしていたように、もしかすると劉弁にも何か意図があるのかも知れない。

 

そう考え、一刀は劉弁が示す流れに身を任せることにした。

 

「そうだな、まあ大体は。細かいところは分からないが。

 

 それがどうかしたのか?」

 

「いえ、ふと思っただけです。月さんが羨ましいなぁ、と」

 

「……弁、それは一体どういう――」

 

「私もこのような立場ですが、女です。

 

 やはり、自身の危機に颯爽と現れて助け出してくださる殿方の存在には憧れるものですよ。

 

 まるで物語のようではありませんか。

 

 その点で月さんが羨ましいなぁ、と。詠さんと恋さんもですね」

 

「そ、そんな……へぅぅ……」

 

劉弁に突然話の矛先を向けられ、その内容にすっかり照れて縮こまってしまう月。

 

話し合いが始まって以降あまり反応を示していなかった恋も、これには少しばかり反応していた。

 

と言っても、頷いているだけであったが。

 

一方、詠は月のように照れるでも恋のように同意を示すでもなく、真意を探るように劉弁の顔を見つめている。

 

それは一刀も同様で、今の台詞に込められた意味を思考する。

 

先ほどからの違和感の正体に、あともう少しで気付ける気がする。

 

それが故に、一刀の口数は先ほどから少なくなっていた。

 

詠もまた思考に没頭しかけていて喋り出さず、その間を嫌うかのように次に発言したのは李儒であった。

 

「月様、一つお尋ねしたいことがございます。よろしいですか?」

 

「私にですか?あ、はい、どうぞ」

 

「御遣い様が月様を助けにいらっしゃった時、どのような感想を抱かれたのでしょう?

 

 よろしければお聞かせ願えませんか?」

 

「へ?!あ、あの時のことを?!へぅぅ……」

 

またも照れて縮こまってしまう月だったが、今度は質問の形式であったが故か、比較的すぐに立ち直った。

 

そして、返答を紡ぎ始めた。

 

「蕙さんには話していませんでしたが、あの時の私は自らの死を以て戦を収めようとも考えていました。

 

 例え逃げ延びる選択をしても、きっとそれは叶わなかったでしょう。どちらにしても、私は本来、あそこで死ぬはずでした。

 

 でしたらせめて、出来る限り多くの兵の皆さんに生き延びてもらおう、と。

 

 ですが、そんな運命から救ってくださったのが一刀さんです。そして、私の望みを叶え、その上で生き延びる選択肢を与えてくれました。

 

 過言でも無く、天啓だとすら感じました。

 

 実際に、今の私は魏国内でも居場所を作ることが出来ました。

 

 詠ちゃんがいて、恋さんがいて。蕙さん達がいないことは残念ですが、さすがにそこまで贅沢は言えません。

 

 あ、少し話が逸れてしまいましたね。

 

 あの時の私は、嬉しさと、そして驚きで一杯でした」

 

「驚き、ですか」

 

「はい。まさか、軍の外に私の身をあそこまで案じて下さる方がいらっしゃるなんて、夢にも思っていませんでしたから」

 

滔々と語る月の顔は真剣の一言に尽きた。

 

真摯な月の態度からはそれが嘘では無いことが読み取れる。

 

李儒も当然、それを読み取り、ボソリと呟く様に言葉を発した。

 

「……やはり、羨ましいです。

 

 私にも、そんな殿方が現れてほしいと思いますよ……」

 

「蕙……まさか、貴女……」

 

「ぁ……いえ、なんでもありません。

 

 すいませんでした、どうかお忘れください、詠様」

 

ハッとしたような表情で問い掛けた詠に、しかし李儒は被せるように謝罪の言葉を口にして話を終わらせた。

 

李儒が何を言いたいのか、それは劉弁と同じことなのか。

 

その判断に最終的な決定を下せないまま、話し合いは終息へと向かう雰囲気を見せ始める。

 

互いに口数が少なくなってきた折、不意に劉弁が一刀に向かって再度口を開いた。

 

「……一刀さん、以前に私達――私と協が言ったこと、覚えていますか?」

 

「協と弁が言ったこと……”天”の名に関する問答かな?」

 

「はい、そうです。あの時、一刀さんは協の為そうとしたこと、為したことを誇っていいと言ってくださいました。

 

 ですが、やはり私達は”天”を冠するには不十分であったと思うのです。

 

 あの時にも協が言いましたが、私達は一刀さんが真なる”天”として大陸に安寧を齎すことを信じ、期待し、応援しています。

 

 どうか、大陸中の民を救ってあげてください」

 

深々と頭を下げる劉弁。

 

その言葉には、そしてその行動には、最早自分たちには叶わぬ夢だと言い切っていることがアリアリと分かってしまう。

 

それが読み取れたが故に、一刀は何も言うことが出来なくなってしまった。

 

「劉弁様、李儒様。申し訳ありませんが、お二人をお呼びするように、とのことで」

 

直後、まるで見計らったかのように宮から兵が劉弁たちを呼びに来た。

 

間を置かず二人は立ち上がると、一刀たちの方へ向き直って別れの挨拶を交わす。

 

「そういうことらしいので、私たちはこれで失礼いたしますね。

 

 一刀さん、月さん、詠さん、恋さん。今日はどうもありがとうございました」

 

「月様、どうかお気をつけて。月様のより一層の御活躍を祈っております」

 

そのまま振り返る事無く宮内へと戻っていく二人を、一刀たちは見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉弁たちが去ってから暫く、誰も言葉を発することなく静かな時間が過ぎ去って行った。

 

だが、恋を除いて誰もがボーっとしていたわけでは無い。

 

それぞれが何事かを黙考し、自身の中での結論を出そうとしていたのである。

 

そんな中、一刀が静寂を切り裂いて詠に問いかける。

 

「……なぁ、詠。李儒さんが、洛陽に残した文官筆頭、だったよな?」

 

「ええ、そうよ。

 

 以前にも言ったけれど、常に冷静に、そして良く頭が回る。出す策も申し分ないし、各種仕事の処理能力も十分過ぎるほど。

 

 どこにいても筆頭を名乗れると言ってもいい娘よ」

 

「そうなんだろうな。それは少し話しただけでもその片鱗を感じることが出来たよ。

 

 それじゃあ……武官筆頭は誰だと言ってたっけ?」

 

「武官?それなら李傕と郭汜に任せたわ。これも言ったずよね?

 

 恋や霞に比べたらさすがに劣るけれども、将の位を与えてもいいくらい、武に精通した二人だったわよ。

 

 とくに協力して事に当たった時の息の合いようは凄かったわ。

 

 時には一番の成果を上げることもあったほどなのだから。

 

 でも、それがどうかしたのかしら?」

 

「李傕と郭汜……そうか……」

 

一刀の中で立てられた仮説と渦巻いていた疑念。

 

それらは劉弁と李儒の二人と話したことで朧げながら輪郭を得てきていた。

 

そこに詠から聞かされた名を聞いて、確信に至る。

 

史実や演義通りには立ち行かなくなってきたこの外史においてでも、ここまで符号が一致すれば、”その可能性”は考えねばならない。

 

どういう形に変わっているにせよ、だ。

 

 

 

このままでは劉協と劉弁が、そして恐らく李儒も、危ない。それが一刀の出した結論だった。

 

 

 

 

 

 

 

それから更に長らく黙考していた一刀は、考えをようやく纏めて顔を上げる。

 

そこには何がしかの決意を見て取れる鬼気迫る表情が浮かんでいた。

 

「……詠、月」

 

「何?」

 

「はい、何でしょう?」

 

いつも通りの受け答えを返す詠と月。

 

しかし、一刀の口から紡がれる次なる言葉に、度肝を抜かれることとなったのだった。

 

 

 

「すぐに許昌へ帰還して部隊を編制する。洛陽に攻め込むぞ」

 

 


 
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