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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第七十六話

ムカミさん

第七十六話の投稿です。


束の間の休息も時代は許してくれず……

2015-06-06 09:21:42 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4353   閲覧ユーザー数:3314

 

一刀たち3人が絆を”深め合った”翌日、早朝。

 

まだ正式に仕事を言い渡されたわけでは無いものの、今日からそれがあることだけは分かっている。

 

ならば、ここしばらく出来ていなかった日課をこなそうとするのは、一刀にとって当然のことだった。

 

そして、この場には一刀以外にももう一人。

 

「…………どうだ?」

 

「す、すごいです……一刀殿、いつの間に……」

 

日課の鍛錬の後、その人物、凪との氣の訓練に入ってすぐのことだった。

 

今までの一刀は氣の整流までしか出来ていなかった。

 

ところが、この日凪に披露したのは、整えた氣を体に満たし、身体能力を上げようとする使い方。

 

一刀自身も気付いているが、まだまだ完璧には程遠く、実戦に使おうにもそこに至るまでの時間が掛かり過ぎて使い物にならない。

 

しかし、凪が驚いていることからも分かる通り、この事はついに一刀も氣を”扱える”レベルにまで達したことを示していた。

 

「つい先日、コツのようなものを掴んだと思ってな。

 

 それを試してみたら、存外に上手くいったというだけのことなんだが……

 

 だが如何せん、遅いな。これでは使えないか」

 

「いえ、そんなことはありません!氣の”練り”方――あ、”練る”とは整理した氣の流れを用途に応じて整え直すことを言うのですが、

 

 ――それさえ分かってしまえば、そこからはすぐです!

 

 残念ながら、私は主に攻撃に用いるような練り方しか知らないのでコツは分からないのですが……

 

 ですが、用途に応じた氣を練る時間は訓練次第でいくらでも短縮出来ますから!」

 

「そうか。なら、そこはひたすら努力を積むしかないな」

 

仕方がない、といった風に言う一刀だったが、その内心では密かにガッツポーズを作っていた。

 

一刀が見つけたというコツ。それは貂蝉から聞いたこの世界における”氣の正体”に他ならない。

 

氣とは”人の想い”だと貂蝉は語った。そして、一刀にもそれは宿っている。

 

ということは、自分はイレギュラーな存在であろうともどこかの誰かはその存在を考え、そしてその活躍をも望んだ、とそういうことになる。

 

ならば、と一刀は考える。

 

その”イレギュラーが活躍を望む想い”のみを取り出し、利用することで、氣を扱いやすくなるのではないか。

 

今日の結果を見るに、その考えは概ね当たっていると言えるようだった。

 

しかし、この方法はこの方法で問題もあることを一刀は察していた。

 

まだ感覚だけで正確には分かっていないが、恐らく扱える氣の総量はそう多くない。

 

凪のように、戦闘中はいつでも強化、なんて真似は恐らく出来ないだろうと感じていた。

 

が、そこはそれ、今は一歩でも前進できたことを喜ぶべきである。

 

「っと、もういい時間だな。凪、そろそろ行かないと軍議までに朝餉を食べる時間が無くなってしまいそうだ」

 

「そうですね。では、行きましょう」

 

一刀の早朝鍛錬や凪との氣の訓練は道具を用いない分片付けに手を取られることは無い。

 

時間一杯まで訓練した二人は、そのまま流琉の待つ食堂へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食の後の軍議、そこで一刀は昨日の宣言通りに仕事を与えられた。

 

と言っても、特別な仕事が与えられたわけでも無く、今まで通りのもの。

 

なお、桂花からの報告によれば、あの蜀とのいざこざに向けて一刀が出立してから1、2件程度諸侯に動きがあって以降、それは鎮静化したらしい。

 

従って一刀の本日最初の仕事は、久方ぶりに人数の揃った半人前の武将たちの鍛錬である。

 

ちなみに軍議の一幕にちょっとした出来事があった。

 

軍議中、至る所で春蘭がチラチラと一刀を盗み見ていたのである。

 

”あんなこと”をした昨日の今日では仕方が無いのかも知れないが、秋蘭と一刀は平然としていた、或いは装っていただけに、その異様さは顕著だったようで。

 

「春蘭?さっきからそわそわして、どうかしたのかしら?」

 

春蘭の様子が目に付いた華琳のそう質問されていた。

 

「っ!?い、いいい、いえ!何でもありません!」

 

それは何かがあったと告白しているぞ、と一刀も秋蘭も内心で突っ込んでしまう。

 

どうなってしまうことかと二人もドキドキしてしまったが、幸いなことに華琳は変に時間を食うよりも、と考えたようだった。

 

「そ、そう……?まあ、いいわ。春蘭、本当に困ったことでもあるのなら、後ででも話してちょうだい。

 

 さて、次だけれど――――」

 

軽く春蘭をフォローしてから華琳は軍議を続け、その後は恙なく進行しきったのだった。

 

そして軍議が終わった今、一刀が向かうは調練場。

 

なのだが、その前に、少し空いている時間を利用して一刀は真桜の”研究所”に足を向けていた。

 

 

 

「真桜、今時間いいか?」

 

「おお?一刀はんやん、おひさ~。どないしたん?」

 

真桜の言う通り、一刀は真桜とここ最近顔を合わせていなかった。

 

それというのもあの諸侯の連続攻勢のせいでどちらかが許昌にいない、といった時が長く続いていたためなのであるが。

 

久しぶりに会っても相変わらずな真桜に、一刀もこれといって特別な挨拶はせず、すぐに本題に入った。

 

「俺が以前、真桜に開発を頼んだもの、覚えているか?」

 

「あ~、”あれ”やろ?よ~覚えとるわ。でもあれ、結局中止にせんかったっけ?」

 

「ああ、そうだ。俺が直接中止を言い渡したんだ、それは忘れていない。

 

 なんだが、その件で少し光が見えてきた――かもしれない」

 

「へぇ~?なんか面白そうな話やん。

 

 もしかして、定軍山の方でなんか見つかったんか?」

 

新しい技術や未知の技術の話となると途端に目の色が変わる真桜。

 

真桜の技術に対する嗅覚と飽くなき探求心は、一刀にとっても尊敬に値するものであった。

 

その探求心を、果たして満たすことが出来る話なのか、それは分からない。

 

だが、少なくとも最低限の興味を持つことは間違いないと考えて、一刀は真桜に語る。

 

「以前の軍議で出た、蜀に新たに参入した将の名は覚えているな?

 

 その内の黄忠、厳顔と戦闘とまではいかないものの、対峙した。

 

 そこで厳顔が使っていた武器なんだが、あれは明らかにオーバーテクノロジー――大陸の技術水準を大幅に超えていた。

 

 あの武器の仕組みさえ判明すれば、或いは”あれ”も完成に近づくかも知れない」

 

「蜀の将軍さんの武器ねぇ。せやったら、実際に行って作った奴に聞いてみた方がええんとちゃう?」

 

「なに?そんなことが簡単に出来るのか?」

 

一刀は真桜と相談しながら、どうやって厳顔の武器の仕組みを解明しようか決めようと考えていた。

 

それだけに、真桜の発言には最初耳を疑ってしまった。

 

「ほれ、うちの所員ていろんなとこから集めてるやろ?

 

 確かあっちの方の出も奴もおったはずなんよ。来る時に魏で働くなんて言っとらんかったらしいし、いけると思うで」

 

「それは……確かに利用できそうだな。

 

 分かった。真桜、その所員の意志だけは確認しておいてくれ。

 

 それから、今曖昧だったところをもう少し詳細に。

 

 諸々大丈夫そうだったら、商隊に偽装させた兵に付き添わせて、一時的に里帰りした体で探ってもらおう」

 

「了解や!ん~、なんや気になるわぁ!あ、一刀はんの用ってそんだけ?」

 

「ああ。時間を取らせて悪かったな」

 

「いや~、ええよええよ。面白そうな話も聞けたことやしな。

 

 ほなら、ウチはまた発明に戻らせてもらうわ」

 

さいなら~、と手を振って真桜は研究所の奥へと消えていく。

 

思った以上にとんとん拍子で事が決まり、若干時間に余裕のできた一刀はゆっくりと歩きながら調練場お目指すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、一刀様!お久しぶりです!今日はよろしくお願い致します!」

 

「兄ちゃん、おっそ~い!ボク、もう待ちくたびれちゃったよ~!」

 

「もう、季衣!すみません、兄様。ちょっと早く来すぎちゃったみたいです」

 

一刀が調練場に到着するなり、三者三様の言葉が投げ掛けられる。

 

いつもの如く、梅、季衣、流琉のちびっ子三人組は元気一杯の様子。

 

「お疲れさまです、一刀さん」

 

「お~、アニキ~!ひっさしぶり~!」

 

「一刀殿、今日も胸をお借りさせていただきます」

 

三人にワンテンポ遅れて斗詩、猪々子、凪の声。

 

「おっしゃ、今日は運が向いとるわ!一刀!今日は絶対仕合うで!」

 

「一刀さん、定軍山の件、お疲れ様でした。大変な時に助太刀出来ず、申し訳ありません」

 

さらにその後から霞と菖蒲の声が届いた。

 

「すまない、少し遅くなったか。それと、菖蒲、あれは仕方がない。何分事が急過ぎたんだ。だから気にしなくていい。

 

 むしろ、そうしてくれ」

 

「せやな~。いくらウチでも部隊引き連れてあん時に間に合うように帰還するとか、ちょいと無茶が過ぎるっちゅうもんやで」

 

「そうですね。はい、分かりました」

 

生真面目な菖蒲はこういった謝意をよく表すが、一刀はもう少し割り切ってもいいのではないかと感じている。

 

尤も、今はそのようなことを言うべき場では無いので口にはしなかったが。

 

「さて、皆も待ちかねていたみたいだし、早速鍛錬に入ろうか。

 

 斗詩、猪々子。二人はまず俺が見よう。新戦法と以前に言ったこと、きちんと出来ているかこの目で確かめてみたいしな。

 

 霞は凪と梅を、菖蒲は季衣と流琉を見てくれ」

 

「おう、任せときぃ!」 「はい、分かりました」

 

「やることはいつものように実戦形式の仕合が中心だ。いいな?

 

 それじゃあ、始め!」

 

一刀の合図で三組はそれぞれ距離を取り、鍛錬が開始された。

 

 

 

 

 

「いい感じだったぞ、斗詩。以前の大金槌を用いていた時よりも、もう実力は数枚上手になっているだろう。

 

 あとは攻撃毎のリズム――律動の刻み方なんだが……

 

 ただ残念だが、双刀での戦い方はさすがに俺も分からない。

 

 だから、細かい動きで戸惑ったりすることがあったら同じ双刀使いの沙和と相談しながら詰めてみてくれ」

 

「は、はい、わ、分かり、ました!」

 

「それから、猪々子。我慢は覚えたようで安心したよ。

 

 ただ、全体を通して大きい一撃を狙いすぎだ。それ単発ではまず当たらないと思った方がいい。

 

 もっと小さい技を効果的に使えるようになれ。

 

 猪々子の力は一級品なのは間違い無い。今の攻撃が当たるようになれば、大きいぞ」

 

「う、うっす、アニキ!」

 

一通りの鍛錬を終え、息も切れ切れに斗詩と猪々子は評価を受けていた。

 

斗詩も猪々子も元々将であったために一般兵よりかは遥かに基礎体力がある。

 

だが、一流の敵将と戦うに十分かと問われれば、否と答えざるを得ない。

 

己の実力の高低に関わらず、対峙する相手の武が高ければ、その一撃一撃、一瞬一瞬は想像以上に体力を消耗してしまうもの。

 

だからこそ、何よりもまずは基礎体力が大事、ということで斗詩と猪々子にもその特訓メニューは与えている。

 

当然のように季衣達にもそれは与えられていて、魏に籍を置いて長い彼女達は既に相当の基礎体力を付けるに至っていた。

 

「あはは、二人ともヘロヘロだ~」

 

「季衣、さん?流琉さん、に梅さん、凪さんも、す、すごい、ですね。私はもう、限界で……」

 

「私達は兄様のご忠告通り、ずっと体力をつけようとしてきましたから」

 

「一刀殿のくださった練習項目表はとても厳しいですが、確かに効果を実感出来ています」

 

「はい。でも、きっとまだまだなんだと思います。そうですよね、一刀様?」

 

「ん?ああ、そうだな、梅の言う通りだ。

 

 季衣達はもう大分回復したようだが、それでも終わった直後は斗詩達のようにヘロヘロだったぞ。

 

 俺や霞、菖蒲を見れば、まだまだ基礎体力が足りていないことは分かっておくことだな」

 

はい、と声を揃えて返事をする6人。

 

その終わりの合図と同義の返事を待ち兼ねていたかのように、被せ気味に声が上がる。

 

「よっしゃ!次はウチと仕合や、一刀!はよやろや!」

 

「ああ、いいぞ。決め事は何も無しか?」

 

「せやな!どっちかが参った言うまでやんで!」

 

「了解。それじゃあ、いつも通り開始の合図だけお願い、菖蒲」

 

「はい、分かりました」

 

話しながらも一刀と霞の二人は調練場の中央に進み出て、互いに一定の距離を取る。

 

菖蒲もまた両者の直線上からやや離れた中央に位置付け、二人の準備を待っていた。

 

一刀も霞も得物を構えると、一瞬の静寂が訪れる。

 

「両者、良いですね?では……始め!」

 

「いっくでぇぇぇ!始めっから全開や!おらぁっ!!」

 

開始の合図と同時に全力で突っ込んでくる霞。

 

こういった血気盛んなところは春蘭に似ている、と一刀はいつも思う。

 

が。それは出だしだけで、その中身は何から何までが異なる。

 

霞はそのスピード、攻撃の回転が春蘭よりも格段に速い。

 

恋を除けば、現魏国の将の中で一番厄介な相手はこの霞で間違いないだろう。

 

「よっ……とっ……ほっ……むっ?!っぶねっ!」

 

尤も、そんな霞と既に何度も仕合を行っている一刀の方も対策はきっちりと立てている。

 

毎度の如く開始時に突っ込んでくる霞にはいつものように受け流しを。そう考えていた一刀だったが、少し予想から外れていたことがあった。

 

「霞、また速度を上げたか?」

 

「へっ、そん通りやで。気ぃ付く前に終わらせたろ思たんやけどなぁ。ま、一刀が相手やし、しゃあないか」

 

少しも残念そうに聞こえない、むしろ嬉しそうにすら聞こえるのは霞が大の戦闘好きだからだろうか。

 

どんどん行くで、との言葉通り、霞はその後も怒涛の攻めを見せる。

 

が、一刀も慣れたもの、最初のぶつかり合いで霞の速度の認識を正しく書き換えて丁寧に対処していた。

 

「んおっ?」

 

「疾っ!」

 

「おおっと?!あっぶな~!あかんな~……なんで引っ掛かってまうんやろ?」

 

「というか、引っ掛かってくれないと、俺にはどうしようも無いんだがな」

 

霞の攻撃を捌く折々で体全体を使ったフェイントで攻める隙を作り出す。

 

有効打にこそ至っていないが、霞の胆を何度か冷やすことには成功していた。

 

攻撃の割合は霞が7で一刀が3程度だが、状況は拮抗している。そんな時だった。

 

ザッと強く地を蹴って、開始以来初めて一刀が大きく距離を取った。

 

「なんや?ウチの攻めに怖気付きでもしたか?」

 

「いや、そうじゃないよ。ただ……このままじゃ、決着までにちょっと時間が掛かりそうだと思ってね……」

 

スッと一刀はそれまでの構えを変える。

 

足を軽く前後に開き、刀を持つ手は顔の高さまで上げ、刃は身体の外側へと向けて……

 

そこに集う面々は初めて見るその一刀の”型”。

 

”蜻蛉の構え”に始まるそれは一刀の祖父が最も得意とする本家示現流を色濃く残した型であった。

 

突然の一刀の行動に霞を含めて誰もが暫しの間固まってしまう。

 

その隙に、一刀は”準備”を行う。静かに、出来る限り早く。

 

「驚いているみたいだね。そんなに意外かな?この構え」

 

「……一刀、何なんや、それ?初めて見んねんけど、新しい技かなんかか?」

 

「いや、少し違う。今から出すのは、こっちに来てからは使ってなかったけど、これも元々俺が持っていた技の一つだよ」

 

”準備”が整うまで、少し会話で間を繋ぐ。

 

そうこうしている内に”準備”は整った。

 

なるべく自然を心掛けて、一刀は仕合の再開へと話の方向を持っていく。

 

「次で、この技をもってこの仕合を決めて見せよう。霞、覚悟はいいか?」

 

「へっ、上等や!どんなんがこようと、ウチが正面から破ってそのまま一刀に土付けたるわ!」

 

霞の言葉を聞き届けてから、一刀はスゥッと大きく息を吸う。

 

そして、全身の状態を意識し、自らにゴーサインを出すと……

 

「きぃぃぃぃええええぇぇぇぇいぃぃぃっっ!!」

 

獣の如き雄叫びと共に、目にも止まらぬ速度で大上段からの一撃を放った。

 

「ちょっ、速っ!?つっ!!」

 

思いもよらなかった一刀の速度に驚愕の表情を見せるも、しっかりと反応して宣言通り正面から受け止めた。のだったが。

 

「ぅあっ?!」

 

霞は確かに全力でガードに回った。

 

あわよくば、そのまま反撃を、くらいは考えていたかも知れないが、まずは一刀の攻撃を防ぐことを最優先にしていた。

 

にも関わらず。

 

二人の得物同士が接触した次の瞬間には、霞の飛龍偃月刀は地に叩き落されていた。

 

「ふぅ……俺の勝ち、だな」

 

「……あ……ま、参った……」

 

霞の口から降参の宣言が紡がれた。

 

しかし、仕合決着を示す声も、どころか周囲で見ていた者からの歓声すら、何も聞こえない。

 

それもそのはず、皆が皆、今目の前で何が起こったのか、まだ把握できていなかったのである。

 

「菖蒲、一応決着の宣言だけはお願い」

 

「!あ、は、はい!しょ、勝者、一刀!」

 

一刀に声を掛けられ、菖蒲が再起動を果たして宣言する。

 

その声を機に皆にも動きが戻り、再起した者から駆け寄ってきた。

 

「に、兄様!い、今のは一体!?」

 

「兄ちゃんすっご~い!ずっと見てたのに、ビュンッて行っちゃった!」

 

「一刀様っ!い、今のは一体どんな技ですか?!」

 

ちびっ子三人組を先頭に他の者も続々と声を掛けてくる。

 

「一刀さん、あれだけの速度をお持ちだったのですね」

 

「アニキはすげぇなぁ!あれなら恋の奴にも勝てるんじゃねぇの?」

 

斗詩と猪々子は純粋に驚きを示している。

 

「先ほどの一刀さん、春蘭様や恋さん、霞さんにも負けず劣らずの速度と力がありました。

 

 まさかこれ程のものを今まで出し惜しんでいた、というわけでは無いでしょうし……

 

 どういうことなのか、何が起こったのか、私にはさっぱりです」

 

「お、それにはウチも同感や。まさか一刀に純粋に力だけで破られるなんて夢にも思わんかったわ。

 

 でも、さっきのあれ、持ち技や言うてへんかった?なんや、ちょい凹んでまうで、ウチ」

 

菖蒲や霞はやはり技自体の内容や仕組みに興味の大半があるのだろう。

 

皆が口々に喋る中、凪だけが依然として驚いたままであった。

 

それに霞が気付き、軽い調子で声を掛ける。

 

「どないしたん、凪?さっきからずっと固まっとらへんか?」

 

「……あ、霞様。いえ、一刀殿の技についてちょっと思うところが――」

 

「なんや、凪!一刀がやっとること分かるんか?!」

 

霞の驚声に皆が一斉に振り返る。

 

一瞬にして集まった視線に凪は僅かにたじろぐも、霞の問いに答えてこう説明した。

 

「はい、恐らく、ですが。

 

 一刀殿は直前の間と霞様との会話の最中に氣を練って、一時的に身体能力を強化したものかと」

 

「氣?!一刀、そないなもん使えるようになったんかいな?!」

 

流れの中で霞が一刀に問う形となっているが、それは他の皆も同じように思ったようであった。

 

やっぱり驚くよな、との感想を抱きつつ、一刀はコクンと首肯する。

 

「ああ。と言っても、まだまだ実戦投入は難しいことは今のでよく分かったけどな」

 

「そこなんです、一刀殿、私が疑問に思った点は。

 

 練る時間もそうですが、一刀殿はまだそこまで長く効果を持続させられないのではなかったのですか?

 

 ですが今は……」

 

「ああ、凪の言う通りだ。時間を掛けてようやく氣を練れても、まだ俺の腕じゃあ10秒が限界といったところだな。

 

 なんだけど、あの技に用いるならそれで十分だ」

 

一刀の説明を受けても、まだ若干納得がいっていないような表情のままの凪。

 

しかし次の問いは横合いにいた菖蒲から飛んできた。

 

「……あの、一刀さん。お聞きしても?」

 

「ん?どうかしたのか、菖蒲?」

 

「あの技は、その……見た通りの技なのでしょうか?

 

 それとも、一刀さんの体の使い方にどこかからくりでもあるのですか?」

 

「ああ、それか。あれは本当に見たままの技だよ。

 

 一撃に己の全霊を掛け、一刀の下に敵を斬り伏せる。剣速を追求し、それを極めんとして作り出されたものだ。

 

 連続技への派生もあるが、今のは特に一撃特化、もし綺麗に避けられるか外しでもしていたら、逆に一瞬で俺が負けていただろうな」

 

「そうだったのですね。ですが、なぜ今になってあのような技を?

 

 一刀さんの得意な型とは随分とかけ離れたものだと思うのですが」

 

菖蒲の疑問も当然のことだろう。

 

一刀は基本的に受け流しと交叉法を主体とした、どちらかと言えば受け身でテクニカルな戦法でこれまで戦ってきた。

 

もちろん攻める時は攻めるが、それにしても力押しで通すような真似はまずしない。

 

ところが今さっき一刀が見せたのは全くの正反対と言っていい代物だった。

 

積極的に攻め、力でごり押して無理矢理勝利への道を切り拓く技。

 

それは皆が持つ一刀のイメージには全く存在していないものだったからだ。しかし。

 

「菖蒲には言ったことが無かったかな?俺には特別得意な型は無いよ。

 

 膂力の問題があるから必然的に交叉法ばかりみたいになっているけれどね。

 

 それに、俺の流派のことにまで言及すれば、今の技が流派の基本であり、代表格であり、最も得意とする技なんだ。

 

 当然、俺もそこから始めている。ま、確かに好みとしては交叉法の方が好きだけどね」

 

示現流の流れを汲む北郷流。

 

それを修めた一刀も当然の如くかの有名な一撃決殺の技を使うことが出来る。

 

従ってこの返答は一刀にとっては当たり前のものだった。

 

が、皆にとってはそれは初耳のもの。

 

それを聞いた感想は菖蒲から代表する形で出てきた。

 

「はぁ……そうだったのですね。

 

 随分と知ったつもりになっていましたが、まだまだ一刀さんについては知らないことの方が多そうです」

 

「今まで言う機会も見せられる環境も無かったしな。

 

 でも、これでまた戦闘の幅を増やせそうだ」

 

「まだこれ以上ややこしくなんのかいな、一刀~。

 

 十分強いんやないん?」

 

「いや、まだまだ全然だよ。現に、恋にはまだ一度も勝っていない。それに……」

 

「それに?なんや?」

 

「……いや、なんでもない。

 

 取り敢えず、もう時間だ。今日の鍛錬はここまで。皆、すぐに片付けて次の仕事へ移ろう」

 

一斉に返事をし、すぐに片付けに入る。

 

そこに一刀も混ざりながら、さきほど詰まった言葉の先を心中でそっと呟いていた。

 

(言えないよな、今は。間近で感じた孫堅は、恋よりも更に強いだろうなんて……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍛錬の後片付けも終わると、皆はそれぞれの次の持ち場へと散っていった。

 

一刀もまた次の仕事、とある会議のために城への道を歩んでいる。

 

その途上、足を止めることなく考えていたのは、先ほども少し考えたことであった。

 

(孫堅…………今後争うことになるだろうことを考えると、今のままでは大分まずい……

 

 以前は恋ならば、或いは俺が恋と組んで戦えば、と考えていた。だが……それは修正しなくては、な。

 

 俺も恋も、今のままでは勝てない……抑える程度のことも、そう長い時間保てるかすら分からない。

 

 必然、季衣達はもちろん、春蘭、秋蘭や菖蒲、霞ですら任せることは到底出来ない。

 

 このままでは来るべき時に……)

 

「八方塞がりになってしまいかねない、か……」

 

結論だけを口にして改めて確認する。

 

敢えて声に出すことでそれを事実とまずは認め、どうにか打開策を考えていく必要があるからだ。

 

続けて思考の海に沈みこもうとしたその時、背後からこれまた懐かしい声が掛けられた。

 

「あ~、一刀だ~っ!久しぶり~~っ!」

 

手を大きく振りながら声と共に駆け寄って来たのは、今や巡業に出ずっぱりの『数え役萬三姉妹』長女、天和。

 

その後に次女の地和と三女の人和、そして名実ともに優秀なマネージャーとなった沙和の計4人がいた。

 

4人ともが近くに来るのを待って、一刀からも挨拶を返す。

 

「天和に地和、人和、それに沙和か。久しぶりだな。

 

 講演は上手くいってるのか?」

 

「お久しぶりなの~!講演巡業は順調なの~。

 

 沙和が頑張って作った衣装で観客皆メロメロだったの~!」

 

「お姉ちゃん、頑張ってるからね~。私達も皆もい~っぱい楽しんでるよ~」

 

「そうか。順調なのは何よりだ。

 

 それでなんだが、沙和。各国境線付近の動きも治まったことだし、今度はそっちの方に慰安講演の巡業に行ってもらうことになる。

 

 日程調整と天和たちの体調管理等、大変だろうが頑張ってくれ」

 

「は~い、了解しましたなの~!」

 

片手を上げて元気よく答える沙和。

 

女性というよりも少女らしいそんな振る舞いの微笑ましさに思わず笑みを零しそうになっていると、今度は地和から声が上がる。

 

「っていうか、一刀!あんたまた無茶したそうじゃない?

 

 聞いたわよ!毒を受けて倒れた、とかなんとか!」

 

「そっちか……って、それくらいからこっちとそっちの予定が見事にズレてて会えてなかったんだったな。

 

 毒に関しては全く問題ないよ。まあ無茶っちゃあ無茶だが、そうしなきゃならなかったんだしなぁ。

 

 でも心配してくれたんだな。ありがとう、地和。それと、すまん、余計な心配かけてしまって」

 

「ぅ……わ、分かればいいのよ、分かれば!

 

 前にも言ったけれど、あんたは私たちの命の恩人なんだからね!私たちが恩を返すまでに勝手に死んだら許さないわよ?!」

 

「あ、お姉ちゃんも心配したんだよ~!人和ちゃんも心配してたんだし~、一刀、反省すること~」

 

「ああ、そうだな。他の人にも言われたよ。そこは反省してる」

 

改めてあの時の一連のことを思い出す。

 

あの時は咄嗟にああするしか無かったとはいえ、随分と心配を掛けてしまった。

 

特に春蘭と秋蘭の二人には、今思えば相当の心労を与えてしまっていたのだろう。

 

思い返して、またも深く反省した気持ちを思い出していると、少し重めの空気が流れ始める。

 

が、それを破って最後に人和が真剣な面持ちで話しかけてきた。

 

「話が大きく変わるのですが、一刀さん、巡業先で少し気になることが……」

 

「気になること?」

 

「はい。巡業先の街で買い物をしていた時のことなんですけど、露天商の人たちの話を偶然耳にしまして。

 

 どうにも、洛陽での税がどんどん高くなっている、らしいです。

 

 最近まではそれでもどうにか街の人たちも耐えられていたのですが、ついに耐えられない人が出始めた、とかで。

 

 今では街全体の雰囲気も悪くなり、治安が悪化してしまっているそうです。

 

 全て伝聞系なのが申し訳ないですが、これは報告した方が良いのでしょうか?」

 

「…………」

 

「あの……一刀さん?」

 

「ん?あ、ああ、すまない。そうだな……報告するべきか微妙なところではあるが……

 

 華琳よりもまず、詠に話を持って行ってみようか」

 

「詠さんに、ですか?」

 

第一に華琳にこの情報を持ってはいかない。

 

一刀のその判断は人和の予想の範疇であった。

 

が、そこから示された名は、筆頭軍師たる桂花ではなく、詠。

 

そのことには予想を外されて、人和は思わず聞き返してしまう。

 

その提案は一刀の気まぐれというわけでは無く、確かな考えの下導かれたもの。

 

それは続く一刀の説明によってすぐに理解出来た。

 

「詠は元々洛陽の政を司っていたからな。向こうの事情に詳しい。

 

 それにな、以前詠に軽く相談されたことがあるんだ。それを鑑みれば今回の件、もしかしたらもしかするかも知れない」

 

「なるほど、そうだったんですね。分かりました、では詠さんの下へと向かいます」

 

「待った。俺も今から詠たちと会議があるんだ。丁度いいから一緒に行こう」

 

道すがらに詳細を確認しておきたいしな、と一刀は追加する。

 

人和にはそれを断る理由は無い。

 

なので、返答は当然諾であった。

 

「それじゃあ、姉さんたち、行ってくるわ」

 

「いってらっしゃ~い、人和ちゃん」

 

「ちぃ達はいつものお店で待ってるから」

 

姉妹が簡単に挨拶を済ませて天和と地和が集団から別れて歩いていく。

 

「沙和は華琳様に報告に行ってくるの~。一刀さん、またね~なの~」

 

沙和もまた華琳の下へと向かっていった。

 

「それじゃあ、俺たちも行こうか」

 

「はい」

 

一刀も人和と連れだって再び城を目指す。

 

その途上、人和から聞いた情報によって詠が下す判断に半ば予想が付いていくに連れ、溜め息を抑えきれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洛陽についての噂の報告?ボクの情報と合わせろってこと?」

 

「察しが良くて助かる。人和、またで悪いが、頼む」

 

「はい」

 

詠の下へとたどり着いた二人は、すぐにまた人和の口から先ほどの報告を紡いでいく。

 

報告が進むほどに詠の表情は徐々に険しくなり、やがて一刀が懸念した通りの結論に至ることとなる。

 

 

 

激しく胎動する外史は、一刀たちに休む暇すらも与えてくれないようであった。

 


 
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