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真恋姫無双幻夢伝 第九章1話『白き化け物』

最終章スタート!いよいよエンディングが見えてきました。

2015-04-19 17:10:01 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2234   閲覧ユーザー数:2061

   真恋姫無双 幻夢伝 第九章 1話 『白き化け物』

 

 

 雪が降りそうな寒空の日が続く。灰色の空を見上げると、心まで寒くなりそうだから不思議だ。月は、窓の外から目を移し、給仕室の炉を見る。パチパチと音を立てて燃える炎が、彼女の心を癒した。

 静かな1日が過ぎる。夷陵の戦い以降、天下に戦争の火種なし。民は最近になってようやく、この平和を受け入れてきたようだ。人心は穏やかとなり、月の心配事も少なくなった。

 彼女の給仕はいよいよ板についてきた。新しい茶葉を仕入れてはお茶を入れ、アキラに褒められることが、彼女の最近の楽しみになっている。今日もやかんに火をくべて、色々な茶葉を試している。

 その彼女の穏やかな時間を、廊下の騒がしい足音が壊した。

 

「月!アキラ見ていない?!」

「へぅ!」

 

 詠が、大きな音を出して扉を開けて入ってきた。月は驚きのあまり涙目になっている。

 

「びっくりしたよー詠ちゃん」

「ああ、ごめんごめん。それで、アキラ知らない?」

 

 声に険がある。長年の付き合いから、月は詠の“穏やかならざる”感情に気付いた。おそるおそる答える。

 

「あ、アキラさんなら、今朝早くに恋さんと出ていったよ。なんでも、南匈奴のところまで行くとか」

「やられた!まんまと逃げたわね、あいつ!」

 

と、詠が悔しがる。月は当然、その理由を尋ねた。

 

「どうしたの、詠ちゃん?またアキラさんが女の子連れ込んだの?」

「そんなありきたりなことじゃないのよ!ちょっと、聞いて!」

 

 詠は先ほど知ったアキラの秘密、“アキラが天の国から来た”ことについて話した。この世界の成り立ちやアキラの役割についても。

 月は驚いて、詠に聞いた。

 

「詠ちゃん、それどこで知ったの?!恋さんから?」

「……月。あんた、知ってたの?」

「えっ!えーと……」

「普通はね『そんなの嘘だ』とか『信じられない』とか言うものよ。月こそ!どこで知ったの!?」

 

 月は、華佗が華琳を襲った時(第七章2話)、アキラから聞かされていたのだった。そのことを申し訳なさそうに話すと、詠は、はあ~と長くため息をついた。

 

「ごめんね、詠ちゃん。口止めされていたから」

「ごめんじゃないわよ、まったく!ボクにくらい話しなさいよね」

「そ、それで、詠ちゃんは誰から聞いたの?」

「凪よ」

 

 凪は一刀が天に帰った時に、アキラから説明されたのだった。律儀な彼女も頑なに秘密を守った。

 ところが霞たちと飲んでいた時、アキラの女癖の悪さを愚痴る彼女たちに、凪はこう言ってしまった。

 

『まあまあ、天の国の常識は違うものでしょうから』

 

 この日以来、彼女は、詠や華雄たちから“質問”を受け続けた。そしてとうとう、口の堅い凪も、アキラと一緒にいる順番(参照:小ネタ18)を回してあげないという脅迫に、屈した。

 ただし、詠が怒っているのは、秘密を黙っていたからではない。

 

「ボクたちよりも華琳に先に話すなんて、ありえないわよ!……まあ、月もだったとは、思わなかったけど」

「ご、ごめんね」

 

 詠の鋭い視線から目を逸らして、窓を見た月は、雪が降ってきたことに気が付いた。

 

「アキラさん、寒くないかな」

「どうでもいいわよ!あんなやつ!」

 

 でもまあ、と彼女は続ける。

 

「風邪でもひかれたら困るし、お説教は部屋の中でやろうかしらね。あーやだ、世話がかかるわね」

 

 詠が腰に手を当ててプンスカと怒る。月がくすりと笑った。

 

「詠ちゃん、なんだか奥さんみたいだね」

「な、なに言っているのよ!ゆえ~!近ごろ強気になったじゃないのよ、このこの!」

「や、やめてよ、詠ちゃん」

 

 笑い声を出してじゃれつく2人。その隣で、やかんがピーと鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 乾燥した大地にちらほらと雪がふる。延々と続く草原も、白く化粧される。草原の向こうに山はなく、灰色の雪雲と曖昧にわかれた地平線が、アキラの周囲をとりまいている。

 アキラは誰に言うまでもなく、白い息を吐きながら言った。

 

「遠くまで来ちまったものだな」

 

 匈奴の歴史は古い。春秋戦国時代からその存在が知られ、冒頓が単于(匈奴の王位)に即位してからは強大国として名をはした。漢の高祖の劉邦も敗北し、一時は匈奴に従属したこともあった。しかし武帝の時代に衛星・霍去病によって討伐されると、次第に勢力を弱め、ついには内部抗争により南北に分裂した。北匈奴は滅んだものの、南匈奴は後漢や魏の属国として生き延びている。

 アキラたちがここ、朔方まで来たのは、移住を薦めるためだった。南匈奴は半牧半農の生活を送っており、漢民族の生活様式と似てきている。しかしながらこの地は雨が少なく、農耕に適していない。人口の減少に悩まされてきた後漢や魏は、お互いの利害の一致から、彼らの移住を推奨している。

 アキラも華琳から許可を貰い、汝南に移民を運ぶためにここまで来た。このまま馬を進めていけば、もうすぐで彼らの居住地に着くはずだ。

 ところが、彼の予想を裏切る事態が起きた。前方から馬に乗った人影が多数見える。

 

「アキラ…あれ……」

「散開」

 

 アキラは、恋たちに注意を払うように指示する。従属しているとはいえ、彼らの中にも反発勢力はいる。そいつらが襲ってきたのだろうか?

 しかし、近づいてきた彼らに、攻撃の意志は無かった。むしろ、青ざめるほど恐怖におののいている。

 彼らはアキラたちの姿を認めると、そばに寄ってきて馬を下りてアキラたちに喚いた。手を組んで頭を下げている様子を見ると、なにかを懇願しているのか?

 

「&&=$&#$%&##&%!!」

「恋、何を言っている?」

 

 彼らと交流したことがある恋が、彼らの言葉を翻訳した。恋は彼らに頷くと、アキラの方を向いた。

 

「ばけものが…くる…」

 

 

 

 

 

 

 化け物が彼らの家族を襲っている。助けて欲しい。

 アキラたちはその願いを聞き入れて、急いで馬を走らす。荷物を積んだ荷台は置いてきた。

 

「あれか!」

 

 アキラは手を上げて、恋たちを止めた。そして“化け物”の様子を、目を凝らして観察する。

 彼らは目を疑った。

 

「なんだ、あれは…?」

「………」

 

 見渡す限り、人型の物体で埋め尽くされている。けっして、人ではない。白く半透明になっている。彼らが長い剣を持っていなかったら、それが実際に存在するかどうかも、分からなかっただろう。

 

(幽霊だ)

 

と、思った。その“幽霊”がうようよと彷徨っている

 突然、奴らの視線が一斉にこちらを向いた。奴らは音もなく動きだし、こちらに走り出してきた。

 数が違い過ぎる。アキラは撤退を命じた。

 

「自分の身だけを案じて逃げろ!荷台も捨てていけ!恋!俺とお前は残って、奴らの正体を突き止める。いいな!」

 

 恋は頷く。そして、2人だけが残り、その白い大軍を待った。

 

「来るぞ!」

「………」

 

 アキラと恋は武器を構え、その大軍へと踊りこんだ。

 恋の槍がふり続ける雪を吹き飛ばしながら、その“化け物”の1人を斬り捨てた。だが、いつもとは勝手が違った。

 

「死なない……?!」

 

 斬ったはずの身体からは、血も出ない。その切り口が見る見るうちに塞がり、また立ち上がって襲いにくる。

 

「くっ…!」

 

 いっこうに数が減らず、恋は取り囲まれる。斬られることを恐れないやつらの攻撃を、恋は必死に防ぐしかなかった。

 ところが、アキラの状況は異なっていた。彼が南海覇王を振るうと、奴らは斬った感触もなく消えていく。恋の様子を見ていた彼には、自分の状況が理解できなかった。

 しかしながら、彼はこれ以上に驚くことがあった。消えていくやつらの顔が何かに似ている。服装もそうだ。戦いながら記憶をたどっていく。

 やがてアキラは「あっ!」と声を漏らした。

 

「北郷…一刀……!!」

 

 夷陵で消えたはずの北郷一刀が、しかも無数に、そこに存在していた。生気がなく瞳の中まで白い。幽霊だと思った彼の言葉は、ある意味で正しかった。

 

「だが、こんなことが…」

「ありえない、かしら?」

 

 野太い声が聞こえてきた。アキラがバッと振り返る。

 

「“ありえない”なんてことは存在しないのよ。この私の世界にはね。うふふ♡」

「貂蝉!」

 

 貂蝉は投げキッスで挨拶する。アキラは敵意ある視線を返した。周りの一刀たちは、彼らの会話を邪魔しないように、攻撃を止めた。

 

「一刀は消えた。俺たちの勝ちだ」

「勝ち?あら、勝負していたかしら?カゴの中のハムスターみたいな、あなたが」

「賭けは破綻したんだろ?俺たちにもう関わる必要はないはずだ」

「ハムスターは飼い主の“もの”なのよ。あなたたちをどうするかは、私の自由」

 

 貂蝉は異常なほど口角を上げて、白い歯を見せた。

 

「この世界に深刻な“バグ”を発生させたわ。そう、この“ご主人様”がそのバグよ。死にもしない、感情もない、無敵の兵士」

 

と言った貂蝉は、唇を舐めた。そしてアキラに告げる。

 

「この兵士がこの世界にある、ありとあらゆるものを襲う。これが、あなたのいう勝負に勝った、あなたへのご・ほ・う・び・よ♡」

「くそっ!」

 

 アキラの苦り切った表情を見て、貂蝉は「あははは!」と声を出して笑った。

 

「あきらめないでよ~♡せいぜいあがきなさ~い」

 

 アキラは剣を構える。

 

「……ここで、お前を倒したらどうかな」

「あら、こわーい。……でも、そんなことをしていていいの?」

「どういうことだ?」

「あなたの連れが死んじゃうわよ?」

「なっ!!」

 

 アキラは手綱を掴み、馬首を切り返して走り出した。後ろから「あははは!」と貂蝉の笑い声が聞こえてきたが、気にしている余裕はない。

 

「恋!」

 

 彼が駆けつけたちょうどその時、恋はやつらの1人からわき腹を刺され、馬から落ちそうになっていた。彼は群がる一刀たちを蹴散らして、間一髪のところで彼女を拾い上げる。

 恋は目を瞑っている。顔色が悪く、息が細い。

 

「死ぬな!死ぬなよ、恋!」

 

 アキラは、手綱で思いっきり馬を叩く。そして一刀たちで埋め尽くされた草原を抜け、南へと逃げて行く。

 背中の方からは、まだ貂蝉の笑い声が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 


 
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