No.749079

恋姫異聞録  IF 呉√ 六

絶影さん

皆様、新年あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたしますm(__)m

ようやく、恋姫の新作が発表されましたね
今から4月が楽しみです!

続きを表示

2015-01-05 15:07:43 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:6555   閲覧ユーザー数:5045

 

「しかし、それほどの規模でありながら、よく中央の宦官達は動かなかったものだな」

 

「そうだよね、州二つってとんでもない数じゃん」

 

冥琳と梨晏の疑問を最もだと頷きつつ、少し冷め始めた茶で口を湿らせる

 

「頷くということは、理由もつかめているのだな?」

 

「ああ、理由は、宦官でも末端の者達は己の利にばかり眼が囚われ互いの足を引っ張ることにしか向いていないこと

そして、奴らは金に目が眩み包元太平経を手放したことだ」

 

「ほうげんたいへいきょう??」

 

口にした本の名に梨晏は首をかしげて眉根を寄せるが、冥琳は眉根を寄せて昭を睨みつけていた

そして、冷静にあろうとする冥琳の口元がワナワナと振るえ、手の平が無意識に握りしめられていた

 

「聞いたことはある。実在したのか、儒教知識者に全て廃棄されていたと思っていたのだがな」

 

「それがそうじゃなかったのさ。娯楽の少ないこの世界で包元太平経の写本は飛ぶように売れる

なんたって、事細かに描かれた色本なんだからな。好事家たちだけじゃなく、そこらの農民だって買ってくさ」

 

色本!?と間の抜けた声を出すのは梨晏。冥琳がこれほど取り乱すからどれほどのものかと思っていたのだが

内容を聞けば大した事はない、男女の営みを記した本と云う事実に呆れ、次に少し咳払いをして昭の肩を叩く

 

「ね、ねえ?色本くらい大したことないでしょ、二人してそんな真面目な顔しちゃってさ。お姉さん、こんな時に

冗談とか言うの好きじゃないなー」

 

「冗談で済めば良かったんだけどな、包元太平経ってのは唯の色本じゃないのさ。メインは・・・っと一番に眼を着けるべきは

道教に基づいた肉体改造法が記されていることだ。こいつが厄介なのさ」

 

思っていた事が外れ、三人の視線が集まった事に顔が上気して小さなこえで「それならそう言ってよ」とうつむく梨晏

その仕草が面白かったのか、昭は柔らかく微笑み、雪蓮は久しぶりに微笑む昭を見て穏やかな顔を見せていた

 

「で、どうやっかいだって言うの?唯の色本ってわけじゃないんでしょ」

 

「そうだな、包元太平経ってのは、元々己の肉体を作り上げ子供を多く残す為の本であって、帝の為に作られたのが元だ

だが、記されているのはただ単に精力を強化するだけには留まらない。それこそ、基礎体力から精神鍛錬、果ては気の操り方まで

記されている。これがどういうことか理解るか?」

 

意味を理解したのか、梨晏は先ほどの冥琳と同様に表情が固くなる。そんなものを持てば、兵を強化し全員が気を操ることができる

怪我や病気までも己で治療し、戦場に舞い戻る不屈の戦士が仕立てあげられる

 

しかし、最も恐ろしいのは、これが裏を返せば他人にも使えると言うことだ

 

他人の肉体に、他人の精神に、他人の気脈に外部から刺激を与え操る事が出来ると言うことだ

なにせ、肉体について気脈について、精神について事細かに記され帝に献上された書物であるのだから

 

「・・・じゃ、じゃあ包元太平経ってのをもしかして?」

 

「その州二つぶんの信者を従える太平道の教祖が持っている。そいつを使って、己の肉体を改造し民を先導しているのさ」

 

「ヤバイよ!包元太平経ってのを皆に配ったりしたら!」

 

「いや、その心配はない」

 

「なんでよ!配ったほうが皆強くなるし、敵にだって勝ちやすくなるでしょ!」

 

「配っちまったら、別に太平道に従わなくてもいいだろう?自分でも、兵を集めて挙兵できる」

 

「あ・・・ん??でも、そしたらどうやって?あれ?」

 

考えがこんがらがってしまったのか、梨晏は頭を抱えて煙をだしていた

助け舟を出すように、雪蓮はクスクスと微笑んだ後に昭を真っ直ぐ見つめた

 

「教えて、貴方が集めた情報を。私に、私の為に掴んだ、私を勝利に導く貴方の言葉を」

 

「承知した、王よ」

 

昭が集めた情報とはこうだ、巷に静かに広がる巨大な勢力

教祖である張角を頭に、二人の妹を従え、包元太平経を使い人心を魅了する歌声をもって信者を集める巨大な宗教

それが太平道であるということ。初めは、大した事はない唯の旅芸人であったのだが、宦官が包元太平経の写本を売るにあたり

妹の一人、張梁が真っ先にこの写本の能力に気が付き、宦官を言葉巧みに取り引きを持ちかけ原本を手に入れていたということ

 

「写本を作るだけでも手間だというのに、重要文書をコソコソと売り歩くのも手間だ。そこで張梁はこう持ちかけた

写本を作るのも売り歩くのも此方に任せてくれ。その代わり、売った代金の大部分をそちらにわたそうと」

 

「ふうん、丸儲けなら欲が深い連中は、引っかかるわね。でも、疑いもしないなんてよっぽどなのね」

 

「そうだな、下級の宦官たちは、コネや金で成り上がった者が多い。知識も十分に持っている者が全てと言うわけではないのさ

しかし張梁はそれでも十分回収出来ると踏んでいた。本を使い自分たちの歌で、集まる者達から余裕で回収出来ると

踏んでいたんだろう。思惑通り、そいつは進み今に至るというわけだ」

 

雪蓮は、呆れたように焼き菓子を一口頬張り、広がった甘みを洗い流すように茶を一口流し込んだ

 

「中央が動かなかった理由とはそこか。手放したのは、宦官の末端であったのだろう。発覚までに時間がかかり

気がついた時には、既に太平道は広がっていた、自分たちの手に負えぬほどに」

 

「だから、今まで黙っていたっていうの?!っていうか、今も黙ったまんまじゃない!!」

 

「南華老仙が与えし太平要術の書などと言うのはやはり偽りか、宦官が絡んでいる事を隠すために使った方便だな」

 

独自に情報を集めていた冥琳に頷く昭

 

宦官の末端が、己の財を増やすためか、自分を更に高い位に付けるために蓄えようと思ったのかは分からない

だが、大した事はないと思っていたたった一冊の本が、これほどの事になってしまうとは思いもしなかったのだろうと

腕を組んだままの冥琳は、鋭い瞳のまま大仰にため息を吐き、梨晏は憤慨していた

 

「だが、そろそろそれも限界だ」

 

茶を口に含み、思いを呑み込むようにして胃へ流し込む昭

 

「宦官に渡す金は、次第に多くなっていったはずだ。歌声で魅了してもいいが、それでは他の連中に気づかれる

なんたって、今太平道の連中のように盲目的に張梁達に従うんだからな。政策の場で名など出されてはたまらない。

太平道に支援すべきだなんて云われた日には、真っ先に潰される」

 

「互いに口外出来ぬ関係を築けば良いと言うことだな。太平道は金を、宦官は危険を抱えつつ、周りに気付かれぬよう

張梁を、太平道を護る」

 

「冥琳の言うとおりだ、末端であり気付かれぬよう周りを誘導しながら私腹を肥やしていた。そんな宦官の口から出る言葉はこうさ

【書を譲り、お前たちを護ってまで居るのだ。写本は十分に売れているはず、もっと金をよこせ】ってな。でも、実際は本なんて作って

ない。その分の儲けは、全く無い」

 

昭の言うとおり、実際、正確な写本は作られず、自分たちの肉体を強化し歌声にて自分たちの支援者を増やしていった

お陰で写本は広まらず、むしろ危険性を感じた張梁が回収していた。だが、この包元太平経を自分たちの芸にだけ

利用するのは少々もったいない。娯楽の少ないこの世界では、色本の部分が商売として十分成り立つ

男女の営みは、この世界でも人々の興味を十分に惹きつけるからだ

 

「そこで考えたのさ、宦官に渡す金を工面するためこれも商売として成り立たせてしまえばいいとな」

 

張梁は考えた。このままの写本を売ることは危険が大きすぎる。そこで考えたのが、肉体鍛錬、精神鍛錬、気脈の操作を抜いた

色本としてだけの本、姉妹本となる太平清領書だ

 

値段を安く設定した太平清領書は、民にも手に入りやすく飛ぶように売れた。噂が噂を呼び、手に入れたいと言う者達が増えた

だが、本を読みたい者は、彼女達の歌声を聞きに行かねばならない。なぜなら彼女たちの歌を聞いた後でなければ買えないからだ

 

「そいつを元に、資金を集め大きな舞台で歌を聞かせ、人々を魅了しファンを・・・っと信者を作ってきたってとこだ

もうすぐそいつが爆発する。理由は、三姉妹の一人、張宝ってやつがこの大陸が欲しいと言ったらしいからな」

 

「へぇ、私と同じ野望を口にしたのね・・・」

 

鋭い刃のように瞳を細める雪蓮。何気ない言葉ではあったが、獣の殺気が部屋中に充満していた

兵が一人でもこの場にいれば、まるで虎と同じ檻に放り込まれたような気分になり、卒倒してしまうことだろう

 

だが梨晏は、呼応するかのように一つの波紋が新たな波紋を呼び寄せ巨大な波になるように殺気を漲らせていた

 

「そのようだ。身の程を知らんとみえる」

 

「ふむ、限界とはそういうことか。ならば、事態の収集に宦官が動くな。我らが動くのもこの時を置いてあるまい」

 

薄く、艶やかな唇が紡ぐ言葉は優しくありながら鋭い刃のように、その身から二人のような殺気は決して溢れることはないが

瞳の鋭さと刃のような口調が、冥琳の気迫を十分に伝わる

 

「冥琳、昭。私は、どうすればいい?」

 

「この戦にて、大きく戦果を上げることだ。この地に孫策ありとお前の名を轟かせる必要がある」

 

「ようやく暴れられるってわけだね、頑張っちゃうよ!」

 

卓に肘をつき、口元で指を絡める雪蓮は、獣の瞳のままで冥琳へと視線を移した

彼女自身も限界に来ていたのだ。民に耐えることを強いることも、このまま仇である袁家の庇護にある現状も

 

 

 

 

 

 

 

「まあ焦るな。俺達の目標は袁成だ、ヤツを誅殺してこそ我らは禊を済ませることが出来る」

 

「解っている。この機であるならば、奴らにも中央から勅命が下されるはずだろう。狙う機会もあるかもしれん」

 

冥琳には珍しく、少々血の上った発言に昭は膝に置いた手を静かに組んだ

 

【雪蓮が限界だと知って、ワザと口に出したな。お陰で雪蓮の眼が少しだけ柔らかくなったよ

狙う機会などあるかどうか分からない。むしろ、狙う事は難しいだろう。だがな、それでも狙わせてもらう】

 

次に繋げる言葉が口にしやすくなったと、昭は礼の代わりに冥琳に目配せをすれば、冥琳は眼を伏せて口元を少しだけ緩めた

 

「狙うならば、冥琳の言った大きな戦果は少々抑えてもらわねばならない」

 

「なんで?雪蓮が華々しく孫家の当主として出陣をして、戦果を上げるのがなんで駄目なの?」

 

不満気な梨晏の言葉も最もだ。正式に孫家の当主が代わり、その初陣とも言えるべき戦いが、中央の、それも帝からの勅命であるならば

大きな戦果を上げる事が大陸に自分たちが居ることを響かせ、名声を上げることが出来る

 

名声を上げれば、多くの支援者が集い、多くの助力を受けることが出来る。炎蓮が、孫武の名を使い人を集めたようにだ

 

「名声を上げるのは得な事ばかりではない。未だ、力がない我らにとって、分不相応な名声は身を滅ぼすだけだ

下手に戦果を上げ、名を上げれば袁家の元に居ようとも、狙うものは増えていく」

 

そう、袁術の元に居ようとも下手に名を売れば、周りの者達に格好の餌食となる。自分たちの名を上げるための餌食と

そしてそれは、何も外部に限ったことではない。目の前の袁術にですら狙われる事になりかねない

 

こんな危険な力を持つものを飼っていては、何時自分の寝首を掻かれるかわからない

今のうちに殺してしまえと

 

「昭が言うことは確かに最もだ。狙うべき仇を討ち辛くなるのは避けねばなるまい雪蓮」

 

少々わざとらしく、大仰にため息を吐き、小さく首を左右に振る冥琳が両手を天秤のようにして上げれば

 

「・・・わかったわ。派手に戦果をあげたら、袁成にだって警戒されるしドサクサに紛れて近づくことだって難しくなっちゃうものね」

 

「そういうことだ、ほどほどに戦果を上げてくれ。その方が俺も動きやすい」

 

自分を落ち着かせる為かと理解し、雪蓮は呆れたように頬杖をついていた

先ほどまで充満していた殺気も、いつの間にか肩透かしをくらい卓に突っ伏す梨晏と同じく穏やかな空気へと変わっていた

 

「さて、そうと決まれば兵や武器、糧食の用意をせねばならないが、任せても良いか」

 

「悪いが、今回は冥琳がやってくれないか?いや、穏にやらせるのも良いかもしれんな」

 

「・・・なにか企んでいるな?」

 

「まあそういうことだ。そろそろ与えた分は返してもらわないとな」

 

努めて冷静に、だがその言葉には百の刃が乗っている。眼には秘められた殺意が宿る。昭の眼と言葉に梨晏は、背筋をゾクゾクと震えさせた

 

「いい目ね。わかったわ、冥琳、お願いできる?梨晏は、私と一緒に勅命が来るまで練兵をしましょう

連携をより完璧なものにしなくちゃ、ほどほどの戦果なんて難しい事できなくなっちゃうわ」

 

「え、あ、うん。雪蓮がそういうなら私は構わないよ」

 

話は終わりとばかりに立ち上がり、梨晏の手を引く雪蓮は、驚き固まる梨晏を引きずるように部屋から出て行く

 

「フフッ、昭があんな眼をするって知らなかった?」

 

「うん、小さい頃から知ってるけど、なんていうかこう笑ってる顔しか知らないから」

 

「そっか、そうよね。でも、母様の前に立つ時は、何時もあの眼をしてたわよ。母様ゆずりの獣の眼。私と同じ」

 

思い出すのは、母、炎蓮に鍛錬の手解きを受ける昭の姿

 

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【悪態なんぞ、餓鬼でも出来るぜ!テメェの本気はこんなもんか!あぁっ?!】

 

【殺す!殺すっ!!】

 

【言うだけかクソガキ!剣が振れねえならせめて言葉に剣を乗せやがれ!】

 

うわ言のように繰り返し呟く事を薊から強いられ、剣を持ち勝てぬ炎蓮へと立ち向かう

 

言葉に力はなく、剣にも力はない、当然の如く振り下ろした剣は避けるまでもなく、炎蓮の突き出した拳が腹を抉る

 

地面に叩き伏せられ、顔を踏みつけられ、滾る殺気を叩きつけられ、絶望的な死が迫っていた

 

【・・・殺す】

 

その時、ギリギリと噛み締められる口が開き、静かな声と共に言葉に刃が乗せられた

 

向けられた瞳には、純粋な殺意が宿る

 

踏みつけた足を握りしめる手から伝わる気迫。幼い肉体からは、考えられない力が絞り出される

 

【やればできるじゃねえか・・・いい目だ】

 

ニヤリと笑う炎蓮は、子供ながら鋭い瞳を向ける昭に満足し、一度ふみつけた足を上げると

止めの一撃を腹に落とし、吐くような声をあげて気絶した昭を拾い側に立つ薊へと渡した

 

【言葉は、真なる己を呼び覚ます扉。繰り返し、口にだすことで心に方向をもたせ力を持たせる

言葉に刃は宿り、瞳には口にした力が宿る。口にだす事無く出来るようになれば、ようやく半人前といったところでしょうか】

 

【良いのか?半人前になる前に死ぬぜ】

 

【ご自分でこのようにされて、何をおっしゃいますか王よ】

 

繰り返し、何度も何度も同じ事を繰り返す。剣を持ち、絶対的に敵わぬ相手に立ち向かう

少しでも諦めを見せれば、容赦なく拳と剣が襲い掛かる

 

一分の隙も見せず、心を口にした言葉で埋めていく

 

ひるめば、怯えれば、一瞬にして心を喰らいつくす炎蓮の殺意

 

気がつけば、幼子は己の身から殺意だけではなく、意思すら言葉と瞳に宿させた

 

瞳に殺意を宿し、吐く言葉に百の刃をのせる

 

瞳は炎蓮、言葉は薊

 

受ける炎蓮は笑う。己に刃を向ける炎のような雷に

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。あの眼をする時は信じられるわ」

 

「雪蓮が言うなら、私も信じるよ。さあ、いこう!」

 

引かれた手を引き返すように、前に立ち練兵場へと向かう二人

 

ようやくたまった鬱憤を存分に吐き出すことが出来ると意気揚々に走りだす

 

部屋の中で、走りだす足音を聞いた冥琳は微笑んで、次に戦での勝利を既に確信したかのような余裕を見せていた

 

「随分と余裕のようだが、油断していると足元を掬われるぞ」

 

苦言を呈する昭だが、冥琳はそんな昭にたいして何を言うのかと呆れれ、手を着けなかった茶をようやく口にする

 

冷えきってはいたが、彼女の今の気分に丁度良かったのだろう。美味そうに、小さく喉を鳴らして味わっていた

 

「戦となれば、烏合の衆である黄巾党になど負けるはずもない。重要なのは、勝ち方だ。そして、勝つ前の準備。

勝ち方は決まっている。ならば後は準備だが、任せて良いのだろう?」

 

お前の考えなどお見通しだとばかりに、雪蓮のように頬杖を突き、昭を見つめる冥琳

 

黄巾党の者達が、指揮系統のとれていない唯の集まりであると見抜いてのことだろう

無論、中には戦の経験者が居るだろうし、いずれ統率を撮り始めるはずだが

いずれなどと言っているうちに食い尽くされるのは明白である

 

諸侯もこの事態に気づき初めている。動かぬのは、名を上げるために大義名分を、帝の勅命を待っているだけ

 

今の図は、言ってみれば餌を啄もうと集まった鳥達が、より多く喰らおうと牽制しあっている状態なのだから

 

昭は、やれやれと頭を掻いていた

 

「冥琳に任せるといったはずだがな」

 

「準備とは、何も糧食や武器の調達だけではない。そうだろう?」

 

「ああ、おそらく冥琳の察する通りだ。袁術を利用する。俺達の兵は少数で構わない、大部分の兵を袁術に出させる」

 

やはりなと、冥琳は小さく頷く。昭が、此処まで媚びへつらってきたのはこういう事をするためだ

馬鹿にされ、唾を吐きかけられても耐え、袁術に取り行ってきたのはこのためだ

 

「それで、頼みがある。必ず、兵を袁術に出させるが」

 

「兵の眼を雪蓮に、私達に釘付けにしろと言うのだろう」

 

「流石だな。そのとおり、策を使った巧い戦を見せてくれ。兵達の心を惹きつけ、内部から崩す時に雪蓮の兵として戦ってもらえるように」

 

「袁術の政で兵達が不満を持たぬはずなど無い。容易いことだ、我らに希望を持たせる戦ぶりをすれば良いのだからな」

 

了解した、後の事は任せろと頷く冥琳

外を眺める冥琳に、昭は雪蓮が冥琳とこの話をさせるために梨晏の手を引いてこの部屋を出たのだと理解した

 

「通じあってるな、相変わらず」

 

「まだ、袁術の犬を続けるつもりだろう?梨晏が居ては、お前にそんな真似は続けさせられない

早々に袁術を討てと血気にはやったことを言うだろう」

 

祭殿や粋怜様が此処に居なくて良かった。居れば、梨晏と同じように言い出しただろう

ずっとお前を心配していたのだからと続ける冥琳に、昭は小さく頭を垂れた

 

「有難い事だよ。まだ、信じてくれてるんだろう?袁家の者に頭を下げる俺に」

 

「無論だ。それで、袁術からどうやって兵を出させるんだ?」

 

「ああ、それはだな・・・・・・・」

 

秘密裏に交わされた話し合いの数日後、予定されていたように帝の勅命が袁術の元へと届いていた

 

袁術に使える文官達は、それぞれに色めきだっていた

 

理由は簡単、帝の勅という大義名分を得たこと、ここで活躍をすれば自分立ちを大いに躍進させることが出来るということ

何も、戦に出る事だけが戦いではない。利用し、多くの諸侯と繋がりを持ち、互いの利をすり合わせ名を上げれば良いのだから

 

しかも、勅が出されたのならば袁成の元にも同様に出されているはず。繋がりを持つ文官たちは、表立って袁成と共闘することも可能なのだから

 

「ふむ【こうきんとう】と申す賊は、帝が声を上げるほどなのか」

 

「そのようです。どうやら、書簡によりますと州を二つ呑むほどに巨大であるとのこと」

 

「じゃが、しょせんは賊であろう?妾が出るまでも無いとは思わぬか?」

 

玉座にて、面倒くさそうに書簡に眼を通す袁術は、隣で跪く昭にごちる

昭は、そんな袁術に柔らかく微笑み、静かに頷くが、周りの文官たちの顔は怒りに満ちていく

 

ふざけるな、こんな好機を逃してどうする!兵を出すだけで名をあげられるどころか、手に入れられる土地もあるかも知れない

功績ははかりしれず、出るまでも無いなどと口が裂けても言えぬと

 

今にも声を荒らげそうになる文官達を横目に、ニヤリと微笑んだ

 

「袁術様、確かに貴女様が出られるほどでは無いと思われます。しかし、これは好機ですぞ。大きな戦果を上げれば諸侯に貴女様の

名が響き渡ります!」

 

「ええ、そうですとも!なにより、天子様からの勅であります。従わねば、逆賊と罵られる事にもなりましょう!」

 

文官たちは、己の心を無理やり抑え、一つ咳払いをしてから至極まっとうな事を言っていた

ここで機嫌をそこね、絶対に出ないなどと言わせてしまえばどうにもならない

 

怒りと焦りを隠しつつ、媚びるように、おだてながら

 

しかし、袁術は乗り気ではないのだろう、肘掛けに頬杖を突いて興味無さそうに宙を見ていた

 

「もし、戦がお嫌であれば、戦はアレに孫策殿達に任せれば良いのです」

 

「孫策にか、のう」

 

「ええ、後方で、指揮をゆるりと指揮をされてはいかがでしょうか?」

 

「うむ・・・」

 

気のない返事に歯を噛みしめる文官たち。心のなかでは、出来ることなら、今此処で貴様の首を切り飛ばしてやりたいくらいだと

思っているであろう。青筋が浮き出ている文官が数人、昭の位置から見て取れていた

 

【そろそろ限界か】

 

昭は立ち上がり、ゆっくり袁術の側に近づくと、小さな声で耳打ちを始めた

 

「兵を出せば、張勲様が側に居れますよ」

 

「ま、まことかっ!!」

 

急に声を上げる袁術。ざわつく宦官たち。そう、ついこの間まで利の虜であった袁術が、勅に対して乗り気では無かった理由

それは、張勲が側に居なかったからに他ならない。淋しく、つまらない、他のことに興味が持てなくなっていた

今まで、利に興味があったのは、張勲が遊んでくれるから、張勲の気を引くため、それ以外の何者でもない

 

等身大のままの子供。それが袁術

 

だからこそ、昭は一度、張勲を離した。張勲を使って、袁術を動かす為に

 

「皆様の仰るとおり、孫策を使えば宜しいのですよ。袁術様は、後方で張勲様と戦果を眺めて居られれば良いのです

ああ、ですがただ孫策を出すだけでは孫策達だけのの功績となってしまいます。ですから、心のひろい袁術様は

孫策に兵を貸した。借りた兵で孫策は戦果を上げた。となれば、諸侯はどう思うと考えられますか?」

 

「・・・兵を借りたから勝てた。妾の兵が強かった。そういう事か?」

 

「ええ、流石は袁術様でございます。貴女様は、何一つ憂うことはないのですよ。ただ、後方で眺めれば良いだけ」

 

最後に張勲様とねと付け加えれば、袁術の眼は光り輝く。まるで、我慢していた餌をようやく貰える犬のように

尻尾がついていれば、きっと千切れんばかりに振り回していたことだろう

 

「うむ!出すぞ!帝からの勅とあれば、従わぬわけにわゆかぬからの!七乃を呼ぶのじゃ!戦となれば、将が居らねば話にならぬ!」

 

「仰せの通りに、では兵はいかほど孫策に与えましょうか?」

 

「う~む、ようわからぬ」

 

「では、私めがお決めいたしましょう」

 

「そうじゃの、お主が決めて良いぞ昭。良いことを教えてくれた褒美じゃ!」

 

急激に変わる表情、兵を出すと言い出す袁術、展開の速さと感情の切り替わりに追いつけない文官達

 

更に、兵を与える量を気がつけば昭が決める事となり、怒鳴るように声を上げていた

 

「お待ちくだされっ!何故、孫家のものであったそやつが孫家に与える兵数を決めるなどと!」

 

「うるさいの、妾が決めた事に逆らうのかえ?」

 

「さ、逆らうなどとは決して!」

 

「お主は要らぬ。連れて行け」

 

「お待ちくださいっ!袁術様っ!袁術様ぁっ!!」

 

衛兵に両腕を掴まれ、外へと連れだされる文官の一人

 

細められる袁術の瞳。子供であるからこその残酷さ。元来持っていた、袁家としての気質が表に現れる

張勲と居た時に出されていた袁術のもう一つの顔。子供子供と言っていた文官達が決して逆らえぬ、謀反を起こせぬ理由の一つ

気に入らない者は、即座に捨てられる。まるで玩具のように

 

「では、私めは張勲様を呼んで参ります」

 

「おお!早々に頼むぞ!早馬を用意せい!昭に与えよ!!」

 

はしゃぐ袁術に頭を下げ、玉座の間を出る昭。文官たちは、その姿と様子に思い通りに成ったはずであったというのに

ゾクリと冷えるモノが背を伝っていた

 

「お、おい。もしや、ヤツにこの場所を。袁成様の元へ、早々に移ったほうが良いのでは・・・」

 

「馬鹿を言うな。考え過ぎだ、奴はたまたま袁術の機嫌を取るために張勲の名を出したにすぎん。孫策を出す策も、我らが考えたことだ」

 

「そう、だな。元々奴は、孫家を滅ぼすために降ったのだ。袁術の機嫌を取るのは当たり前で、此処での出世を望んでいるのだろうからな」

 

「まあ、危険ならば早々に消してしまうほうが良い。今は袁術を上手く使う為に動いてもらおうではないか。兵など、いくらでも集められる」

 

口々に、己の不安を消すための言葉が吐出される。今まで昭が犬のような事をしていたのは無駄ではない

彼らは認めることができないのだ、自分より劣ったものが、自分たちより上手く立ち回れるなどと

だからこそ気がつかない。自分たちの背に、白い牙が迫っていることを

 

 

「あ、昭だ!おーい、何しているの?」

 

「兵を連れてきた。彼らも練兵に加えろ」

 

「兵って・・・何この大軍」

 

城壁の外、独自の練兵を繰り返す梨晏と雪蓮の元に連れられてきたのは袁術の持つ兵、約三万が昭の後に並んでいた

 

「この数、袁術の兵のほとんどじゃない」

 

「そうだ、十分に鍛ろ。袁術様からのお達しだ」

 

「な、なんで私達が袁術の兵なんか鍛えなきゃいけないの!?」

 

「これが、冥琳のいってた増援ね」

 

慌て、抗議する梨晏の肩を軽く叩き、大地を埋める兵の絨毯に眼を配らせる雪蓮は、なるほどと頷いた

 

そして、昭に近づくと抱拳礼を取り、昭は兵に向かい梨晏の兵達の後ろへと並ばせた

 

「ここからどれだけ私達の中に組み込めるの?」

 

「一度の戦闘に千。それを何度も入れ替え、三十回は戦闘をしてもらう」

 

「無茶言うわね」

 

「ああ、無理だと解っていってる。まあ、十回で十分だ」

 

「そんなに敵が持ってくれるかしら。まあ、冥琳がそこら辺は調整してくれるわよね」

 

小声で、周りに気取られぬように言葉を交わす二人。兵を後ろに回したのはこのためだ

言葉ですら徹底をし続け、情報を漏らさぬ昭に、梨晏は不満げに頬を膨らませていた

 

「私に内緒の話?」

 

「そうむくれるなよ。話してたら、絶対に嫌だって言っただろう」

 

「そうだけど、でも少しは話してくれてもいいじゃん。皆、不安なんだよ。昭が戻ってこないかもってさ」

 

「悪いな」

 

視線が自分に集まりそうだと判断したのか、昭は断りを入れて急に機嫌を悪くしたように顔を顰め

言い合いをした様子を装ってそっぽを向くと、城の中へと行ってしまった

 

「・・・あのさぁ」

 

「ダメよ。私だって我慢してるんだから」

 

「解ってるけど、何時までやるつもりなのかな」

 

「多分、私が自由になるまでかな」

 

うなだれる梨晏に対して、昭にあわせる為なのか、去った後の城門を睨み付ける雪蓮であった

 

 

 


 
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