No.746624

真・恋姫無双 季流√ 第45話 旅行と楽曲とお酒

雨傘さん

お久しぶりです。 忘れられているかな?
春蘭、秋蘭、張三姉妹の拠点です。
でも最後は季流√っぽいお話です。

自分のサイトができましたーhttp://amagasa.red/ ですので、宜しければ見てやって下さい。

2014-12-28 18:45:44 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:7644   閲覧ユーザー数:5454

3人の旅行

 

 

 

「はぁ……たまにはこういう贅沢もいいものだな、なぁ姉者」

 

「……うむ、良い湯加減だ、が……ぶくぶく」

 

ゆっくりとした言葉をはく春蘭と秋蘭は、満点の星空を見上げて、のんびりと温泉に浸かっていた

 

春蘭はブクブクと顔を半分お湯に埋めている。

 

ここはさる山奥にある温泉である。

 

ふぅと息を吐く秋蘭は、タオルで優しく頬を撫でる。

 

温かいお湯と、少し肌寒い外気が気持ちいい。

 

そんな夏侯姉妹とは別に、温泉につかる者がいた。

 

北郷一刀、その人である。

 

「なぁ一刀よ。 せっかくの温泉なのだからこっちに来てくれないか? 2人湯も悪くないが、寂しいぞ」

 

秋蘭が少し大きめの声を張って、一刀を呼び寄せる。

 

しかし呼ばれた一刀は気が気でなかった。

 

「秋蘭……もうちょっと隠してよ」

 

情けない声をあげて秋蘭に頼む一刀。

 

春蘭は恥ずかしさからか体を隠していたが、秋蘭は堂々と裸で入っていた。

 

「ん? フフッ……一体何を隠せばいいのかな?」

 

「わかっているくせに」

 

意地悪な返答をしてくる秋蘭に、一刀は顔を赤くして湯に頭を沈めた。

 

秋蘭がゆったりと入る中で、端の方で一人うずまっている。

 

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろう? ……ほら、体なら隠したから、こっちへ来てくれ。 私達は一刀と来たかったのだからな」

 

「そ、そうだぞ一刀。 こっちへ来い!」

 

その声を聞いて、仕方なく一刀は恐る恐る春蘭と秋蘭の方へと近づいていく。

 

3人が並ぶように座った。

 

勿論、秋蘭、一刀、春蘭の順である。

 

湯に手ぬぐいを入れるのは作法的にはいけないのだが、一刀としては今はそんな作法どこしではなかった。

 

しっかりと下半身を隠し、湯に浸かっている。

 

「ふぅ、それにしても秋蘭。 良かったのかなぁ?」

 

「ん? 何がだ?」

 

機嫌よくとぼける秋蘭の様子を見て、どうやら今日はよほどご機嫌なのだろうと一刀は感じた。

 

ぶくぶくと顔を埋める春蘭は、恥ずかしそうに顔を赤らめている。

 

しかし一刀の隣にちゃんと座っていた。

 

「城だよ城。 俺達がいなくなったら、結構ヤバいんじゃないか?」

 

「大丈夫だろう。 それくらい氷や凪達に頑張って貰えばいいのだ」

 

気分よく春蘭の反対側の一刀の隣をとった秋蘭は、さも当然といった感じであった。

 

「そうはいってもなぁ」

 

秋蘭が言い切ってもまだ心配事があるのか、一刀はどうしたものかと悩んでいた。

 

無論、氷や凪達のことを信じていないわけではなかったが……

 

「一刀は心配しいだな。 だがいらん気遣いだ。 それよりも一刀……ほら一献」

 

お酒の入った徳利を向けてくる秋蘭に、一刀はしぶしぶ杯を差し出した。

 

とぷとぷと杯に酒が注がれ、アルコール独特の香りが辺りに広がっていく。

 

やれやれと思いながら、一刀は杯へちびちびと唇をつけた。

 

かぁっとした熱を持ったお酒が、数滴でものど元を過ぎていくのがわかる。

 

お酒が弱い一刀としては、十分なお酒だった。

 

秋蘭も自分の杯に手酌をし、ぐいっと飲み干す。

 

ハァと、艶のある声で息づく秋蘭が色っぽい。

 

脇では春蘭もクピクピと酒を飲んでいた。

 

そんな美人達と一緒に入っているせいか、一刀はひやひやであった。

 

さっきから熱くなったりひやひやしたりと、中々忙しい男である。

 

どうしてこのような状況になったかというと、話が数日前へと遡る。

 

 

 

 

「春蘭、秋蘭。 貴方達に長期休暇をあげるわ。 ゆっくりと羽を伸ばしてくるように」

 

「……休暇、ですか?」

 

秋蘭が聞き返す。

 

春蘭は突然の華琳の申し出に、眉をしかめていた。

 

「ええ、貴方達は休日でもずっと公私ともに働いているでしょう?

貴方達2人に、万一にでも倒れられたら私達が困るわ。

幸い急ぎの案件もほとんどなくなったから、貴方達に長期休暇をあげようと思ったのよ」

 

華琳は書簡を眺めながら、普通に話している。

 

さらさらと書簡に書き込みながら、夏侯姉妹はただつっ立っていた。

 

「長期の休暇ですか……いえ、私達はいりません」

 

その言葉は春蘭の心の声を代弁していた。

 

だから同意するように春蘭も頷く。

 

頭があまり回らない春蘭とて、この時期にのんびり休暇を望むほど愚かではなかった。

 

きっぱりと言い切る秋蘭に、華琳は命令をしてでも春蘭達を休ませようと思うが、その前に秋蘭が言葉を発した。

 

「しかし、誠に無礼ながら、条件次第でお受けしたいと思います」

 

秋蘭の物言いに、春蘭も華琳と同じく片眉をあげる。

 

「……秋蘭?」

 

戸惑いが声に乗った春蘭。

 

しかし秋蘭はまだ無表情のままだった。

 

「条件? 何かしら、貴方がそのように頼むのだなんて珍しいわね」

 

華琳のいうことももっともである。

 

基本、2人とも華琳の命令には忠実だ。

 

彼女が”条件”などという、”頼み事”をつけるだなんて初めてだろう。

 

少し興味の湧いた華琳は書簡から顔を上げ、にっこりと秋蘭の言葉を待つ。

 

先ほども述べた通り、春蘭も秋蘭も働き過ぎだ。

 

武では筆頭で、やや短慮だが即断即決、信頼も軍一に厚い春蘭。

 

責任感が強く、生真面目で、周囲への気配りも出来る秋蘭は共に、魏においてまさに中心人物の2人といっても差支えない。

 

そんな秋蘭の言だから、華琳としても快く聞き入れたいと思った。

 

しかし……

 

「その長期休暇に、一刀も随伴としてつけて頂きたいのです」

 

その言葉に、華琳はにっこりとした笑顔のまま固まった。

 

長い沈黙が華琳の執務室を支配する。

 

「なん、ですって?」

 

しっかりと聞こえた華琳だったが、それは空耳だとしたかった。

 

しかし秋蘭は笑顔になって、もう一度ゆっくりと言った。

 

「一刀と一緒の休暇です。 でなければ休暇は失礼ながら固辞したいと思います」

 

華琳に負けじとも劣らない秋蘭の笑顔は、華琳の額から汗を流させるのに苦労はなかった。

 

どうして華琳がここまで動揺するのかというと、ちゃんと意味がある。

 

2人は重鎮だ。

 

だが、それに並ぶ重鎮の中に一刀もいるからだ。

 

魏という国は若い……いや、若すぎる。

 

建国からまだ一年も経っていないのだ、魏は。

 

その国に政務での仕事が立て込んでいるのは間違いない。

 

さきほどは忙しくないとは言ったが、それは一種の方便。

 

実際、魏にいる武官、文官ともに忙しい毎日である。

 

その中で重鎮の3人が一斉にいなくなるのである。

 

間違いなく……混乱が起きる。

 

その混乱を鎮めるには、より一層皆の奮迅努力が必要だろう。

 

そのことを秋蘭だって当然わかっている。

 

笑顔なのはそのためだ。

 

駄目ならばそれでよし、受け入れられるのならばそれでもよし。

 

要するに選択肢の両方とも勝ちの関係である。

 

「一刀も私達同様、休日も街の視察や巡視に神経を削っております。 私達と同様の休暇を得る権利はあるかと……」

 

秋蘭の提案に、華琳は脳の思考回路をフル回転させていた。

 

__2人がいなくて大変なのに、一刀までいなくて大丈夫か? 北郷隊は? 部隊調練はどうする?

  政務は誰が代役でこなす? いや、それでも……秋蘭がこう言うって事は……

 

かなり一生懸命に考えた華琳だが、秋蘭の思惑に気づいて、してやられたという表情になった。

 

__そう、そういうことね……

 

俯き、くっくっくと華琳は笑う。

 

冷や汗か、脂汗かわからない汗を流して華琳はこういった。

 

「……わかったわ、秋蘭。 貴方の勝ちよ」

 

挑戦的な華琳の瞳に、秋蘭はにこりと笑うのだった。

 

 

 

 

「今頃、城では氷や凪達がてんわやんわなんだろうなぁ」

 

きっと城では、皆が自分達が抜けた穴を埋めているんだろうなぁと一刀も思い、心の中で合掌した。

 

「ほんとに一刀は心配性だな。 氷達も凪達も大丈夫だ。 なんなら理由を話そうか?」

 

「……なんで? なんかあるの?」

 

一刀は、秋蘭へと視線を移す。

 

お湯に浸かりうっすらと肌が上気した秋蘭は、やはり色っぽかった。

 

いくらタオルで身体を隠しているからといっても、やや胸元が見えている。

 

秋蘭はもう一歩と一刀へ近づくと、肩に頭を乗せた。

 

その動作に、一刀はドキリとする。

 

「華琳様はとても聡明なお方だ。 本当に無理であるならば、命令で私達だけの休暇にしていただろう。

 私の我儘で無理を通す人ではない。……華琳様はな、考えたのさ」

 

「考え、た?」

 

一刀が聞き直すと、秋蘭はさらに一刀へと身を寄せた。

 

春蘭も言葉はださないが、一刀に甘えるように肩にすり寄っている。

 

静かな春蘭だったが、幸せそうだった。

 

秋蘭は言葉を続ける。

 

「魏という国が、果たして上手く機能するかということだ」

 

__上手く機能?

 

一刀は秋蘭の言葉を考えるが、どうにも掴みどころがないのかわからない。

 

眉をしかめる一刀に、秋蘭楽しそうに笑うと、再び杯に酒を注いだ。

 

「……私達がいなくなっても、ちゃんと魏が魏として運営できるかという事だ。

最近、私のことを便利な文官と感じている者がいるようだが、私は武官だ。

正直、明日が約束されている身とはいえない。 それは姉者も同じだ」

 

「そんなこ」

 

秋蘭は一刀の言葉を遮るように話を続けた。

 

「気をつかわなくていい。 今は戦時だ、とてつもなく大きい戦乱の時だ。

だからこそ華琳様は私達がいなくても、魏が運営できるのか、お試しになったのだ。

多少の無茶は許容の範囲だろう」

 

秋蘭は甘えるように一刀の肩に頭を乗せていたが、この言葉とともに頭を離した。

 

ちゃぷ

 

そして一刀と目を合わせる。

 

その射抜かれるような瞳に、一刀は息を飲んだ。

 

「それに……」

 

秋蘭の静謐で、弓者が持つ独特な鋭い目つきは、一刀に嘘をつけさせない。

 

「お前も私達と一緒だろう?」

 

その言葉に息を飲む一刀は、とても言葉を返せなかった。

 

確かにその通りなのだ。

 

それに一刀は、また別に背負うものがある。

 

天の御使いという、あまりに重すぎる運命だ。

 

それを秋蘭もわかっている。

 

あの袁紹・袁術戦辺りから一刀の様子が変だということを、魏の中でも2人は聡く気づいているのだ。

 

一刀が、何かしようとしていることを。

 

その視線に耐えきれなくなったのか、一刀が秋蘭からの目線をそらした。

 

「……まぁ今は、そんなさもしれない未来のことなどどうでもいい。

一緒にこの温泉を楽しもうではないか、私達3人での旅行をな」

 

「楽しむ、ね」

 

そういわれた一刀は、杯をあげ、秋蘭に酌を頼む。

 

その反応に嬉しくなった秋蘭は、また徳利を傾け酌をする。

 

そして自分の杯にも酒を入れ、3人で乾杯することにした。

 

「何に対して乾杯するのだ?」

 

春蘭の問いに、一刀は笑いながら言った。

 

「魏の若い才能に、かな?」

 

くっくっくと、秋蘭もつられるように笑った。

 

「魏の未来へ」

 

「魏の未来へ」

 

「魏の未来へ」

 

三人の声はぴったりだった。

 

魏を想う、三人だからこその言葉だ。

 

 

「「「乾杯」」」

 

 

 

 

城はまさに喧騒という言葉に、ぴったりの状況だった。

 

華琳が決めたこととはいえ、春蘭達と一刀が突然抜けた穴はとてつもなく大きい。

 

そしてその中で目を見張る活躍をしているのは司馬懿こと氷と、徐晃こと菖蒲であった。

 

まだまだ力不足と考えられていた半人前の2人だが、秋蘭の代わりを氷、春蘭の代わりを菖蒲がこなすというように2人は活躍した。

 

知では氷が、武では菖蒲がその力を振るったのである。

 

2人の活躍は、本当に目覚ましいものだった。

 

「そ、そその書簡は曹操様に、こ、ここここの報告書は賈駆さんに、この書簡は私がしまう……あう」

 

まだ舌ったらずで、所々噛んでしまうのだが、氷は次々に指示をだしていく。

 

また訓練場では、菖蒲がその戦斧を振り回し、大の男たちを相手に大立ち回りをしていた。

 

「はぁあああ! 次っ!」

 

菖蒲の一振りで、また新兵が吹っ飛んでいく。

 

春蘭と同じくらい、力強い指導であった。

 

その彼女らの様子を見て、執務室で華琳は大変喜んでいた。

 

2人とも自身の弱さを克服してきている。

 

氷は極度の人見知りを、菖蒲は男性恐怖症を。

 

そして……一刀の力を補うのは凪達である。

 

普段はさぼりたいと言う真桜や沙和まで、一刀の抜けた穴を埋めるため一心不乱に頑張っていた。

 

凪が驚くほどである。

 

北郷隊は、もはや一刀がいなくとも十分機能するに足りていた。

 

__これからはもっと若い芽を育てていく、重要な課題ね……それにしても、いいわねぇ一刀と旅行……私も行きたいわ。

 

ふふふ、と笑う華琳は、氷から上がってきた書簡へと手を伸ばすのだった。

 

あの3人が心から楽しめるように、と。

 

 

 

 

「久しぶりだなぁ、ここへ来るのも」

 

「ああ、変わっていないな!」

 

「うむ、ここからみても、いい街だ」

 

数日馬を走らせた3人は、その光景に安堵して互いに笑いあった。

 

ここは陳留だ。

 

そう、華琳たちが初めて手掛けた街……3人には懐かしの地である。

 

報告書で問題無しとは知ってはいるが、それでも自分達の目でちゃんと見ておきたかったのだ。

 

郷愁すら感じる3人は、陳留の中へと入っていく。

 

そしてところどころで3人を見て、反応があがった。

 

「か、夏侯将軍?!」

 

「北郷様もいるぞ!」

 

その歓声にも似た言葉に、あっという間に人だかりが出来た。

 

3人は群がる民たちに、久しぶりと挨拶をしながら進んでいく。

 

ところどころでは一刀に贈り物を渡すものがいた位だ。

 

洛陽とは違い、ここ陳留では一刀は有名だった。

 

「みんな久しぶりだね」

 

「キャ~! 北郷様~!」

 

黄色い声援に手を振る一刀、少々照れくさい。

 

だがこれは、洛陽ではありえない光景だ。

 

その後、3人は馬を進め城へとついた。

 

突然現れた3人に、城も大慌てである。

 

抜き打ちの調査かと思った城の者達も、恥じるところはないとはいえ、大慌てには違いなかった。

 

しかし秋蘭は歓待はいいと謝辞して、通常業務へと戻らせた。

 

横領も犯罪もなく、皆誠実に勤しんでいるようだった。

 

3人は変な様子もない城に安堵し、部屋へと戻る。

 

昔は常時監視されていた部屋だったが、今では質素ではあるが快適な部屋へと改装されていた。

 

「……それにしても一刀はモテるな。 気づけばこの贈り物の量か」

 

「みんなには感謝しないとね、っていっても俺一人じゃ処理できないから、手伝ってくれ」

 

「わかったよ。 それにしても……ふぅ、いい街になったな一刀」

 

秋蘭は誇らしいのか、城から街を眺めている。

 

「そうだな。 それでどうする? 城も問題ないみたいだし、街へと行くかい?」

 

一刀がそう提案すると、秋蘭は自分たちの顔ぶれを見て、それはどうかと思った。

 

「とはいってもだ、街へ出ると私達はちょっと目立ちすぎるな」

 

確かにこの3人が通りを歩けば、それだけで人だかりが出来るであろうことは想像に容易かった。

 

「仕方ないから変装して行こうか?」

 

ニヤリと笑う一刀に、夏侯姉妹から驚きの声が上がった。

 

「「え?」」

 

 

 

 

それからしばらくして3人は街を歩いていた。

 

街の人たちは、この3人が一刀達だと気づいていない。

 

それはそうだ。

 

3人とも南蛮風の服装を着飾っているのだから。

 

一見、街の様子には似合わなそうな服装だが、遠方から来た旅行者くらいに見られているのだろう。

 

「それで? どこへ行こうというのだ?」

 

「うん、やっぱりあそこじゃない? 無事に生まれたのかも気になるしな」

 

「あそこ? ああ、あそこか」

 

3人は歩を進めてある店へと向かっていた。

 

秋蘭お勧めの例のアノ店だ。

 

そこへ入ると、元気な声でおやっさんが声をかけてきた。

 

「へい! らっしゃい!」

 

おやっさんの声はとても張っていて、気合とやる気に満ちていた。

 

「お3人さんですね? こちらへどうぞ!」

 

店主のおやっさんに案内され、3人は席へとついた。

 

「俺チャーシューメン」

 

「私も同じく」

 

「私は炒飯を頂こうか」

 

「へい、まいど!」

 

おやっさんは返事をすると、厨房へと向かっていく。

 

その向こうでは、奥さんが赤ん坊を抱いていた。

 

無事に生まれたようだ。

 

その様子に3人は笑うと、熱々の拉麺と炒飯を食べる。

 

相変わらずいい腕のようで、3人は美味い美味いと言いながら、あっという間に完食した。

 

「いやぁお客さん達、旅人かい?」

 

おやっさんに突如話しかけられた一刀達は、平静を保ったまま受け答えした。

 

「ええ、最近曹操様が治められている魏はとてもいいと聞いたもので」

 

「そりゃそうだろうよ! 曹操様達がこの街から洛陽へ行っちまったのは寂しいが、この街はいち早く曹操様達が手掛けてくれた街だからな! 治安も流通も最高よ!」

 

がっはっはと笑うおやっさんは、とても誇らしげだった。

 

「お前さん達みたいな旅人も増えていてな~、洛陽へはそう簡単に入れねぇみたいだから、ここ陳留へよく来るのよ」

 

「そうなんですか、やはりここに来てよかった。 とても美味しかったですよ」

 

「おう! また帰りにでもよっていってくれや……北郷総隊長殿?」

 

一刀は思わず面を上げた。

 

おやっさんとばっちり目が合う。

 

どうやらバレていたようだ。

 

負けましたとばかりに、一刀は代金を支払う。

 

「……事情は詮索しません、また来て下せえ。 腕を上げて待ってっからよ」

 

「……おやっさんも、子供と奥さん大事にな」

 

南蛮服を着込んだ一刀はハハッと笑い、お互いに聞こえるか聞こえないかの声量で会話を交わした。

 

こういう交流も悪くない。

 

そう感じていた。

 

一刀達はせっかくのかきいれどきを、自分たちが騒がしくして邪魔するわけにはいかないだろうと、店を出る。

 

そして大通りを歩いた。

 

街は騒がしいくらいに元気で、3人とも誇らしい気分に浸っている。

 

この街は、自分たちで育てたのだという自負がある。

 

先ほどのおやっさんの言葉を思い出しても、嬉しい気持ちで一杯だ。

 

そうして3人はただ歩く。

 

交わしていく人達の笑顔を見るたびに、やはり嬉しい。

 

すると道ばたで変わった盛り上がりを見せる場所があった。

 

そこだけ熱気が他のところと違うのだ。

 

何かなと思った一刀が、ひょいと人ごみから覗く。

 

すると蒸すほど熱い中で、人々が賭博をやっていたのだ。

 

看板を見ると、賭博場と書いてある。

 

「こんなところに賭博場が出来たんだねぇ……青空だけど」

 

一刀がいうように、そこでは綺麗な青空が広がっていた。

 

屋根などはなく、一時的に勝負卓だけ置いて手数料をとる店のようだった。

 

麻雀台や賽子台、絵札台など色々あるようだ。

 

一刀としては特に賭博には興味がない。

 

だから去ろうとした、その時……突然……

 

 

 

「……ちょいと寄っていきなよ、天の御使い」

 

 

 

 

その奇妙な声は、一刀達にだけ届いた。

 

博打で盛り上がっている客には聞こえていないが、隣にいる春蘭や秋蘭には聞こえていた。

 

まるで音が意思をもって、一刀達の耳へ届いたかのようだった。

 

こめかみから汗を流す一刀は、ごくりと息を飲む。

 

春蘭と秋蘭は、一気に視線を鋭くした。

 

どこから来た声なのかはわからないが、その言葉は警戒するに十分だ。

 

むしろ最高レベルにまで周囲の気配を探っている。

 

しかし春蘭、秋蘭は誰の声なのかがわからなかった。

 

2人をしてわからないのだから、一刀にもわかるわけがない。

 

それに追い打ちをかけるように、声は続いた。

 

”こっちだよ、天の御使いさん”

 

春蘭と秋蘭はまだ辺りを見渡している。

 

どうやら2人には、この声が聞こえなくなっているようだった。

 

静かに一刀が視線を移すと、そこには背中だけ見える子供がいた。

 

背格好は季衣と流琉くらい。

 

白く大きな道服をひらひらとさせながら、どうやら賽子台で遊んでいるようであった。

 

”話しをしよう、天の御使い”

 

極めて自然に振り返った一刀は、春蘭と秋蘭へ向き直る。

 

「春蘭、ちょっとうっていこう」

 

「ぇ? あ、あぁわかった」

 

「秋蘭もいいよな?」

 

「……うむ」

 

有無を言わさない一刀の迫力に、2人は同意せざるを得なかった。

 

南蛮の服を着ているので、少々顔は隠れているが、秋蘭も事態を察しているようだ。

 

この場に、未知の者がいるという事を。

 

細心の注意を払いながら、春蘭が受け付けに手数料を払いにいくと、秋蘭も手数料を払いに行ったようだ。

 

2人は手数料を差し引いて、支払った分の点棒を貰ってきた。

 

「一刀はやらんのか?」

 

警戒した声を隠さずに、しかし静かに春蘭が問う。

 

「ん~、2人がどうするのか見たいから…………ここで見ているよ」

 

そう言った一刀は、椅子を引きずって子供の背に相対するように座る。

 

「……そうか、わかった」

 

春蘭と秋蘭は辺りを警戒しているが、その子供には気づいていない。

 

怪しいと言えば、この場にいる全員が怪しいのである。

 

白い道服だけでは判断できない。

 

似たような恰好の人など、何人もいるからだ。

 

そして今、この声は一刀と子供だけのものになった。

 

白い道服の子供と背中合わせに座った一刀は、春蘭と秋蘭が打つ麻雀を眺めている。

 

一刀からは春蘭の手牌しか見えないが、それなりにいい手のようだ。

 

春蘭と秋蘭が麻雀を続ける中、一刀は背中の気配に注意を向けていた。

 

”初めまして、かな”

 

背中から、一刀にだけ声が届いている。

 

一刀は懐から黒いサングラスを取り出してかけた。

 

真桜に作って貰った特注品である。

 

一刀が表情を隠したのを見て、秋蘭はまだ一刀が、謎の声と通じているのだろうと察した。

 

しかし自分たちには何もできない。

 

そのことを歯がゆく思い、唇を噛む秋蘭は、手牌から無理矢理に手を進めた。

 

パシッという卓に叩かれた牌の音が響く。

 

しかし一刀は麻雀の行方を見ていられるほど、余裕はなかった。

 

”僕の正体は、気づいているのかな”

 

まるで頭に直接響いてくる声に、一刀は当たりをつけて頭の中で返事をした。

 

”貂蝉達に聞いた話が本当なら、お前は……”

 

”ご名答、僕が葛玄だ。 以後よろしくね”

 

”………………北郷一刀だ”

 

どうやら念話というものらしい。

 

頭で伝えたいことが、直接相手に伝わるのだ。

 

心の思考まで聞こえないのは、助かったというべきか。

 

「どうした坊主? 次はお前さんだぞ」

 

「あ~、ごめんごめん。 それじゃあ失礼して……」

 

一刀の後ろでは、どうやら葛玄が賽子を回しているようであった。

 

チンチロリンでもしているのだろうか。

 

3つの賽子が転がる音がしていた。

 

”……北郷一刀、か。 天の御使いとでも名乗ればいいのに”

 

”そんな大それたものじゃない、俺は”

 

”謙遜だねぇ。 そんなんで僕と戦うつもりなの?”

 

膝に両肘をつけ、俯き加減の一刀は汗を拭う気にもなれなかった。

 

一刀の視界には春蘭の手配が見えているのだが、ただひたすら、背中に注意を向けている。

 

”……なんのつもりだ?”

 

”ん~? そんなに警戒しなくていいよ、今日はただの……”

 

すると突如、背中に体重が乗ってきた。

 

葛玄が一刀の背中に寄りかかったのだ。

 

”宣戦布告ってやつだよ”

 

”………………”

 

背中越しには、葛玄の体温が感じられる。

 

このような状況でなければ、普通の人そのものだった。

 

だが、一刀にとっては子供でもなんでもない、最強の敵だ。

 

”左慈師匠達と何を企んでいるの?”

 

”なにも、っというより左慈ってのは誰だ”

 

その言葉に、背中の子供があっはっはと笑った。

 

背後でおお~という歓声が上がる。

 

どうやら葛玄の賽子の手が良かったらしい。

 

葛玄は辺りにどうもどうもと、手を振っている。

 

それを背中越しで感じられた。

 

”君と腹の探り合いはするつもりはないよ、腹芸は君の十八番だからね”

 

”俺もないな”

 

”なら話を変えよう。 君はどこまでこの世界のことをわかっている?”

 

”さぁな、どこまでと言われても困るね”

 

”ふ~んまぁいいか。 どうせこの外史は僕が来たからには潰れる運命だ”

 

”潰れる運命なんて……俺が奪ってやるよ”

 

”へぇ……否定の管理者で最強と謳われている僕相手に、なかなか大きくでるね”

 

”お前がどんだけ反則的な力を持とうが、知ったことか。 ……みんなは俺が守るんだ”

 

”へぇ……み・ん・な・ねぇ”

 

一刀自身、これは賭けだった。

 

ここで葛玄と戦いにでもなったら、勝負になるかわからない。

 

”……そういえば、手土産がまだだったな”

 

瞬間。

 

一刀は首を後ろへと向けた。

 

葛玄の雰囲気が変わったことに気づいたからだ。

 

振り返った先では、賽子台で葛玄が振った賽子が茶碗の中で回っている。

 

一刀が静止している中、しばらくして賽子が止まった。

 

4,5,6……シゴロである。

 

葛玄の出目に、辺りの大人達がまた歓声を上げた。

 

「つええな小僧! またシゴロで勝ちじゃねえか!」

 

「あっはっは! いや~、どうやら僕って、幸運の女神様に愛されているみたいで、いやいや、どうもどうも」

 

まるで何事もなかったかのように、辺りの歓声を受ける葛玄。

 

あっはっはと笑う葛玄とは違い、一刀は悔しそうに頭を元に戻した。

 

__勝負になるかわからない、だと?

 

何を言っているのだ、葛玄はそんな甘い油断をしてくれる相手ではない。

 

ここで戦えば、自分は負ける。

 

そう肌で感じてしまった。

 

”……僕がその気になれば、ここにいる君以外あっという間に皆殺しができる。 でもいい反応だったよ。 どうやら僕もそこそこ楽しめそうだ”

 

あっはっはと笑う葛玄の声と、脳内に響く声。

 

その両方ともに葛玄には余裕があった。

 

一刀には無い……だからギリッと歯ぎしりする。

 

それは背中合わせでありながら、お互いを対比していた。

 

明と暗だった。

 

”じゃあねぇ、手土産の代わりといっちゃなんだが、一ついいことを教えてあげる”

 

”………………”

 

”なに、もう警戒しなくていい。 言っただろ? 今日の僕は宣戦布告をしにきただけだって”

 

一刀はサングラスの中で、鋭い瞳をしていた。

 

”……何を教えるって?”

 

”今度は、君自身についてのことさ”

 

”俺の、ことだと?”

 

”君が脇差にしている日本刀、それに君が着ていない天の制服……変だと思わないかい?”

 

葛玄が言っているのは、一刀がこの世界に来た時に持っていた装備のことだろう。

 

日本刀と、聖フランチェスカの制服のことだ。

 

”普通、砥がないと日本刀は保てない、それに君の制服だって全然汚れないだろう? ……例え人を殺してもね”

 

それは確かにそうだった。

 

一刀はこの世界にきてから、一度も刀を研いでいない。

 

制服もこの世界に来た時、二度着たまま野盗と戦っているが、返り血などはついていなかった。

 

いつも、まるで新品のような状態であったのだ。

 

__だが、貂蝉達もそのことに触れてはいない……何故だ?

 

”その刀と制服、大切にしたほうがいい”

 

”どういうことだ?”

 

”その日本刀と制服は、君自身と繋がっている”

 

”繋がっている、だと?”

 

”簡単に説明しよう、その日本刀が折れたり、制服が汚れたりした時に、君は消える”

 

”っ!”

 

”逆に言えば、その刀や制服が無事ということは君は生きていられる。 君の魂と直接繋がっているんだよ。 だからその刀も、隠している制服も、いまのところ万全なわけだ……要するに時が止まった状態に似ているんだよね”

 

”……どうしてそんな事を知っている?”

 

”この情報は僕からの手土産、あくまでサービスだよ。 情報源まで明かすつもりはないな”

 

「じゃあこれで、最後にしようっかな」

 

卓で愉快そうに言い放つ葛玄が、賽子を持つ。

 

勝負する茶碗の上で、葛玄は3つの賽子をぎゅっと握った。

 

”気を付けた方がいい……この世界は君たちが考えているより、ちょいと複雑に出来ているんだ”

 

”なんだと?”

 

”おっとっと、言い過ぎた。 またね北郷一刀君。 ……左慈師匠達によろしく”

 

それが最後の念話になる。

 

そして、賽は投げられた。

 

背中にかかる葛玄の体重がフッとなくなり、よいしょっと、という言葉が背中越しから聞こえた。

 

恐らく、葛玄が勝負卓から去ったのだろう。

 

いまだチリンチリンと乾いた音が鳴りながら、賽子は茶碗の中で舞っていた。

 

遠のいていく葛玄の気配がわかる。

 

大人たちが未だ揺れる賽子に注目している中、去っていく葛玄へ言葉をかけた。

 

「お、おい。 いいのか坊主?」

 

「いいよ、僕が勝つのは勝負をする前からわかっている……だからこそ面倒くさいんだけどねぇ」

 

そう言って葛玄の気配は消えた。

 

そしておお~っという言葉が一刀の背中で聞こえた。

 

どっと疲れた一刀が、ふぅと息を吐きながら後ろへと振り向く。

 

チリンという最後の音をもって、賽子が茶碗の中で止まった。

 

出目は6、6、6。

 

ロクゾロのアラシ……西洋でいうところの”獣の数字”であった。

 

 

 

 

3人とも、静かだった。

 

あの後、賭博場を後にした一刀達だったが、3人が3人とも口を重くしている。

 

先ほどとは打って変わった一刀の疲弊ぶりに、春蘭も秋蘭も声をかけられずにいたのだ。

 

恐らく、一刀は未知の者と戦っていた。

 

そして自分たちには何も出来なかった、と後悔するしかなかったのだ。

 

言葉を発さない3人は、そのまま大通りを歩いていく。

 

すると一層ガヤガヤとしている人ごみがあった。

 

気にする余裕が一刀にはないのか、代わりに春蘭と秋蘭が野次馬の外から覗き見る。

 

それは結婚式であった。

 

華やかな衣装で身を纏った花嫁が、笑顔を辺りにふりまいている。

 

新郎は気恥ずかしさからか、顔を赤くしながらどこかぎこちない、でも笑みを浮かべていた。

 

群衆がおめでとうとコールするのを見て、夏侯姉妹は一刀の腕をとった。

 

「ん? 春蘭? 秋蘭?」

 

「なぁ一刀」

 

「春蘭?」

 

「…………私達も、幸せになっていいのだろうか?」

 

ポツリと零した春蘭に、一刀は即答した。

 

「当然だろ、2人にはもっと幸せになってもらわないとな」

 

__でないと、報われないにも程がある。

 

「しかし、我らの幸せには、欠かせないものがある」

 

今度は秋蘭が言葉を発した。

 

「それはお前だ、一刀」

 

秋蘭の言葉に、春蘭は一刀の腕を抱き込むように腕を回した。

 

ぎゅっとして、放す気はないと主張しているかのようであった。

 

「お前が、何か我らの敵以外の何かと、因縁があるのを私達は気づいている」

 

「………………」

 

「お前が私達の好意を避けているのも、恐らく……無関係ではあるまい」

 

続く秋蘭の言葉に、一刀は少し俯いた。

 

図星だった。

 

「お前が何をしようとしているのか、それは私達にはわからない」

 

ガヤガヤとした声に紛れる秋蘭の声。

 

他の者達は3人に気づいてもいない。

 

ぽっかりと3人だけの空間が出来ているようであった。

 

「……約束してくれ」

 

__約束……

 

「そうだ、約束しろ一刀」

 

腕をとる春蘭も秋蘭に続いた。

 

「全てが終わったら、私達とここで式を挙げろ」

 

「だから……絶対に無事にここへ帰ってこい」

 

「我らはずっと待ち続けるからな」

 

「そうだ、ずっと……ずっと待ち続けるからな」

 

「「だから……」」

 

2人は一刀の腕を放すと、頭を一刀へと近づけた。

 

「ゅっ」

 

「ん」

 

両頬から姉妹揃って口づけた。

 

「「待っているぞ!」」

 

2人の元気な声が、人ごみの中に溶け込んでいった。

 

 

 

 

そうして3人は城へと帰った。

 

ああは言った秋蘭だが、少しは心配だったようで、一日早い家路であった。

 

そこには仕事にやつれた魏の面々があった。

 

しかし3人の仕事はちゃんとこなしている。

 

魏という国も、大丈夫だと3人は感じた。

 

後任がこれだけいれば、十分だ。

 

一刀も葛玄のことを忘れて、明るく皆へ振る舞った。

 

 

「「「ただいま!」」」

 

 

 

 

「秋蘭の言う通りだったな。 例え俺たちがいなくても、安泰だ」

 

3人はまだ今日一日休日なので、最後はゆっくりと一刀の部屋でお茶を飲むことにした。

 

外ではバタバタと、まだ走り回っている人気が感じられた。

 

「だからいっただろう? 私達もこれで安心だよ。 華琳様もお喜びになられる」

 

「華琳様が! それは喜ばしいことだ」

 

ずずっとお茶を飲む春蘭は、秋蘭の言葉に気をよくしている。

 

城内が慌ただしくする中で、もしかしたら3人は一番の贅沢をしているのかもしれない。

 

一刀は手元の煎餅をバリバリと食べ、城外を見ている。

 

夏侯姉妹もゆっくりとお茶を飲んでいた。

 

「そういえば一刀よ、この書簡はなんだ?」

 

春蘭が一刀の机の上にあった一つの書簡を取り上げる。

 

どうして春蘭がそれだけ気になったかというと、それは黒く色ぬられていたからだ。

 

「……ん? あーそれは、だな。 協の倉庫についての報告書だ」

 

「協の倉庫?」

 

「ああ、色々不明な倉庫があっただろ? あれの報告書。 それだけは凪たちでも処理できないからね、そこに残ってるの」

 

「ふ~ん? どんなのだ?」

 

「……実際、行ってみた方がわかりやすいか、2人とも暇だろ?」

 

「まぁ今日までは休日だからな。 城の者達には申し訳ないが、時間はたっぷりとある」

 

ふふっと笑う秋蘭は、春蘭についていく気満々のようだ。

 

肩を一つ竦めた一刀は、椅子から立ち上がる。

 

「ほら、春蘭いこ?」

 

「あぁ」

 

そういって三人は部屋を出るのであった。

 

 

 

 

「ほら、ここの倉庫だよ」

 

「かなり古いな、それに陥没しているじゃないか」

 

かつて協たちを救うために韓居と戦ったとき、この倉庫は三分の一ほど沈んだままであった。

 

一刀は天窓から伝う縄から倉庫の中に入ると、春蘭、秋蘭も倉庫へと入った。

 

「ずいぶん珍妙奇天烈な物ばかりあるな、なぁ秋蘭。 これはなんだ?」

 

春蘭がそこらの物に触れながら、その異様さを感じている。

 

「……ふむ、私にも初めてみる物ばかりだな、一刀にはここらの物がわかるのか?」

 

「まぁな。 これらは天の国にあるものだよ」

 

サラッと”天の国”という単語を混ぜる辺り、一刀が2人をどれだけ信頼しているのかがわかる。

 

一刀は手元の黒い書簡を捲ると、一つ一つ指さして物を確認していく。

 

この書簡で報告しろとは言われているのだが、一刀としては天の国の物など、そうそう教えるわけにはいかない。

 

それに説明できないものもたくさんある。

 

う~んと悩んだ一刀だが、やっぱり無理だと思い、黒い書簡を閉じることにした。

 

後で、この倉庫の物一つ一つの名称だけ載せておけばいいだろう。

 

書簡は適当に処理しようと決めて、一刀が黒い書簡を閉じようとしたその時。

 

「か、一刀! これはなんだ!」

 

驚きの乗った春蘭の声が響いた。

 

何事かと思った一刀が振り向くと、春蘭が椅子に座って両手に棒を持って叫んでいた。

 

それを見て一刀が苦笑を漏らす。

 

__はは、それに興味を持つか。 ん? う~ん、そうだな。

 

一刀は何か思いついたのか、春蘭と秋蘭に近づく。

 

「ねぇ2人とも……に興味あるかな?」

 

「何?」

 

「何だと?」

 

 

 

愉快な仲間たちと楽しい音楽

 

 

 

一刀達が旅から帰ってきてから三か月が経った。

 

その間、実に順調な復興が洛陽で行われていた。

 

氷や菖蒲、そして凪達にもっと頼ることが出来ると判断した華琳は、仕事の割り振りを適切に行っている。

 

春蘭や秋蘭も大分頼るようになった。

 

そして一刀はというと……

 

「じゃあ沙和にはこれを、真桜にはこっちやって貰おうかな」

 

クックックと悪戯な笑みを浮かべる一刀は、悲鳴を上げる2人をみて楽しんでいる。

 

書類整理を2人に増やし、凪には警邏の負担を増やしていた。

 

勤勉な凪には監視の必要がないので、一刀はこっちの2人を見ているのだ。

 

「隊長~、春蘭様たちとの休暇が終わってから、やたら沙和達をこき使うの~」

 

「ほんまや、ええ加減にしてほしいで」

 

「お前らが頼りになるってわかったからなぁ、これも修行の内と考えて励むといいよ。 ほら、次もあるからな?」

 

ギャーと悲鳴を上げる2人を見て、一刀はまた楽しそうに笑うのだった。

 

こんな日常がずっと続けばいいのにと思う。

 

コンコン

 

静かに扉がノックされる。

 

__ああ、そういえばもうそんな時間だっけ?

 

一刀が部屋の鍵を開けると、予想通りの2人が入ってきた。

 

春蘭と秋蘭だ。

 

「やぁ一刀、そろそろ時間だ。 最終調整をしないとな」

 

「迎えに来てやったぞ!」

 

2人を見て、机にかじりついている沙和と真桜が、顔を上げた。

 

「あれ? 春蘭様に秋蘭様やん」

 

「最近、隊長と仲いいの~」

 

旅から帰ってきた3人が、事あるごとに会っているのを2人は知っていた。

 

「なん? またでえとでもいくん?」

 

「違うよ、ただの仕込みさ。 ほら、そこの書簡も片付けておいてくれ、夜には終わらせてな」

 

「もう~隊長いじわるなの~」

 

にっしっしと笑う一刀は、手を振って部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

今晩は宴であった。

 

華琳の生誕祭……誕生日である。

 

皆それぞれの物を出し合い、賑わいを見せていた。

 

「あはははは! 一刀、呑んどるか~?」

 

霞が酒臭い匂いをひき連れて、一刀へと絡む。

 

「ほどほどにな、俺はほとんど呑めないんだよ」

 

「なんでや? みんな楽しんでるで?」

 

「後でのお楽しみってやつかな」

 

「? 変な一刀やな」

 

ノリの悪い一刀に、しぶしぶ霞が離れていく。

 

一刀に酌が出来なかったのが悔しいのかもしれない。

 

そして宴は大いに盛り上がりを見せていた。

 

その中で何人か動くものがいた。

 

一刀と夏侯姉妹である。

 

3人はそっと場を離れると、特設ステージへと向かう。

 

そしてマイクを握った張三姉妹が、特設ステージに立った。

 

「は~い! みんな~これから数え役萬☆姉妹の歌をお披露目だよ~!」

 

その声に反応して、いいぞ~という声援がかかる。

 

「今日は一曲だけだけど、新曲を発表するからね~!」

 

その声に季衣と流琉がほわ~っと返した。

 

2人はステージの一番前で盛り上げている。

 

三姉妹は応援ありがと~と言って、手を振っていた。

 

そして三姉妹の後ろにかかっている幕が上がった。

 

そこには楽器を持った一刀と秋蘭が立っており、そして春蘭は座っていた。

 

一刀がベース、秋蘭がギター、春蘭がドラムである。

 

あの倉庫で春蘭が見つけた楽器達であった。

 

意外な顔ぶれに驚く魏の将軍達、それは華琳も、季衣と流琉も同様だった。

 

一刀が妙な楽器を弾くのは知っていたが、春蘭や秋蘭までもが、あの倉庫に眠る意味不明の楽器を扱えるなんて思ってもいなかったのだ。

 

いつの間にか風の頭から離れていた宝譿は、ギターとベースの電源になっている。

 

その驚く顔を喜んだ張三姉妹は、マイクを使って大きな声を張り上げた。

 

「数え役萬☆姉妹! うぃず北郷夏侯姉妹! 盛り上げて行っちゃうよ~!」

 

天和の声に反応した一刀たち三人は、持っている楽器を持ち直した。

 

春蘭がチッチッチと、合図のようにドラムのふちを叩く。

 

それに合わせて三人は楽器をかき鳴らした。

 

それは大陸に知られる音楽ではない。

 

一刀が夏侯姉妹に教えて、三か月鍛えた賜物である。

 

皆に頼れるようになった春蘭と秋蘭は、わずかではあるが、仕事の手が空く時間が出来たのだ。

 

時々練習のため姿を消していたのはそのためである。

 

♪~♪~♪~~~~♪~~~~♪♪~~~~~~~~~~

 

「それじゃあ新曲”デ○アー”いっくよ~!」

 

勢いに乗った春蘭がドラムを叩く。

 

意外なことに春蘭はドラムを教えたら、”叩く”という事がよほど気に入ったのか、教えてからわずかの間にできた。

 

秋蘭は趣味で笛を吹いているので、もともと音感はある。

 

初めてのギターという楽器でも、一刀が教えればあっという間にマスターしてしまった。

 

一刀のベースについては、何をいわんやである。

 

とはいっても三か月で、この一曲しか出来なかったが……

 

勿論、一刀達楽器組の前にもマイクは用意してあった。

 

六人全員での合唱なのだ。

 

~~~~~~♪~~~♪♪♪~~~~♪~~~~~

 

「~~~~~~~~~!」

 

張三姉妹がかわるがわるパートを変えながら、ステージ狭しと踊る。

 

六人の息はまさにぴったりで、季衣や流琉も大喜びである。

 

魏の面々も、張三姉妹と一刀達が織りなす音楽を聞き入っていた。

 

「聞いたことはないけれど、いい歌ね。 でも歌詞が悲しいわ」

 

華琳はそう評する。

 

確かに、この曲は悲しい歌詞だ。

 

しかし、最後に希望が残る曲でもあった。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~!」

 

~~~~~~~♪~~~~♪♪~~~~~~~~…………

 

曲が終わる。

 

そして一拍の沈黙の後、魏の面々は立ち上がって舞台へと拍手と歓声を送った。

 

それに一礼する張三姉妹、一刀と春蘭、秋蘭はその後ろでお互いの手をバシッと叩き合わせていた。

 

一刀と春蘭、秋蘭のバンド結成の瞬間であった。

 

 

お酒は飲んでも……?

 

 

「それでは改めて! 華琳様の誕生日にかんぱーい!!!」

 

「「「「「かんぱーーい!!!」」」」

 

魏の将軍たちが盃をぶつけ合う。

 

チンチンと、ところかしこで鳴るその中心では、華琳が皆から酌を受けている。

 

笑みを浮かべる華琳は、かつて自分の力だけを信じていた自信に溢れた笑顔ではない。

 

だが……とても綺麗で、優しい笑顔だった。

 

一刀は端でお茶を飲んでいる。

 

もう今更なのだが、一刀は酒が弱い。

 

「1番! 泣く子も黙る張来来! 逝かせて頂きます!」

 

張三姉妹の歌で最高潮に盛り上がった宴会は、もう皆が遠慮なく呑んでいた。

 

やんややんやという掛け声がかかる中、大人が一抱えもするような大きな盃に注いだ酒を、ごっぷごっぷと、もはや人の喉が出せないような重い音を立てて飲み干していく。

 

「っっっぷはぁ!!! ごっそさんした!!」

 

なんとまぁ大したザルで呑ん兵衛だな、と一刀は思いながら楽しそうな皆を眺めている。

 

しかし一人お茶を飲んでいた一刀の隣に、大陸のアイドルとなるであろう張三姉妹が近づいてきた。

 

あの華琳でさえ、いや季衣と流琉でさえ一刀の隣にはいない。

 

普段はお城にいられないこの3人に、皆からのまさに”贈り者”であった。

 

「2番! 魏武の大剣、夏侯惇様……の妹! 秋蘭様お願いします!」

 

真桜の突然の掛け声に、指名された秋蘭が慌てた。

 

「わ、私か!?」

 

「なんや秋蘭、やっぱお姉ちゃんの影におらんとあかんのかい?」

 

「……安い挑発だな。 だが、そのように挑まれれば受けざるを得ん、覚悟しろよ霞」

 

スクッと立ち上がった秋蘭は、霞と目線をぶつけ火花を散らしていた。

 

「おーおー、弓っこが、うちとサシで勝負ときたかい」

 

「ふ、私もそろそろ前線を譲るのを辞めようかと思っていてな、いい機会だ。

ここらで霞から、今度の一番乗りの権利を奪うとしようか」

 

「はっ! いうやないか!」

 

にししと笑う霞は、秋蘭がどうするのかと思って見ていると、酒樽から先程の大盃へと注いでいく。

 

ドクドクと酒を掃き出し続ける酒樽。

 

溢れ出していく酒は、盃を揺らしながら徐々に上へ上へと水面を昇っていく。

 

ここらで終いやろう、と霞が笑っても、秋蘭の手はどこまでもどこまでも。

 

先程の霞は、盃の8割ほどまでにお酒が注いであった。

 

しかし秋蘭は8割を超え、さらに9割り、10割りへと迫っていく。

 

言わずとしれず、盃というものは上へいけばいくほど外へと広がっていくものである。

 

当然、量も増える。

 

盃の底と口をつける所とでは、水の高さが同じでも入る量がまるで違う。

 

しかもこれだけの大盃……わずかに水かさを増すだけで、どれだけの量が入るのだろうか。

 

「ちょっ、おい秋蘭さん?」

 

霞がやや戸惑いながら声をかけると、秋蘭はニヤリと笑った。

 

「なに、今日は無礼講と聞いているからな。 霞よ。 本当に……加減はせんぞ?」

 

もはや表面張力ギリギリにまで張った大盃に、一斉に息を飲む皆。

 

秋蘭はゆっくりと呼吸を整える。

 

当然、人は呼吸をしなくては生きていけない。

 

余程の速度で飲み干さなければ、この盃にある量を飲み終える前に、息が苦しくなってしまう。

 

飲むというよりも、もはやこちらから吸わねばならぬ、それほどの量であった。

 

「お前らが何を勘違いしているのかはしらんが……」

 

突如として春蘭が口を開いた。

 

何気なくクイッと杯を空ける春蘭。

 

「秋蘭は……私などよりも、よっぽど酒が強いぞ?」

 

その言葉がきっかけだった。

 

秋蘭は零さないようにと、自らの唇を大盃へと寄せ、はじめだけ行儀が悪くズズッと酒を吸った。

 

そしてすぐに秋蘭の唇と空気の接地面が無くなる。

 

見る間に表面を弓形に張っていたはずの酒が消えさり、秋蘭は両手で大盃を上げた。

 

先程の霞をごっぷごっぷという様ならば、秋蘭のはゴッゴッゴッゴッという掘削機のようなさまである。

 

秋蘭の細い体の一体どこに、それだけの酒が入るのか?

 

始めは片膝を地につけていた秋蘭の態勢が徐々に上がっていき、それに比例するように大盃の角度も上がっていく。

 

そして秋蘭が完全に立ち上がると、バッと右手で盃を横へと送る。

 

左腕で口元を拭い隠した秋蘭は、口元でニヤッと笑った。

 

皆が息を飲む中で、秋蘭の右手が翻っていく。

 

逆さになった大盃に、もはや一雫の酒さえ残っていなかった。

 

一拍の静けさの後、秋蘭の凛とした声が響いた。

 

「……私の勝ちだ、霞よ」

 

勝利宣言。

 

「ん負けたぁああああああ!!!」

 

膝を屈した霞、最近よく屈している気がするのは気のせいか?

 

わぁっと盛り上がる宴会場は、最高頂に盛り上がっていた。

 

「うお、スゲエな秋蘭。 どんだけ飲んでんだ、ありゃ」

 

秋蘭が笑って振るう手にある大盃は、直径でいえば1メートル以上はありそうだ。

 

一体、どういう体の構造をしているのか。

 

飲み終わった秋蘭をよく見ても、お腹はまるで出ていない。

 

あの吸収率は、もはや特殊スポンジに水でもかけたかのような勢いだった。

 

「あはははは! 楽しいねえ一刀」

 

「ああ、そうだな天和」

 

隣で笑う天和が、そっと一刀の肩に頭を乗せる。

 

ふんわりとした優しい香りを、髪から放っていた。

 

「あ、天和姉さん? 抜け駆けは許さないんだからね! ねぇ一刀、さっきのちー達の舞台、ちーが1番だったでしょ?」

 

そして地和が反対側から、一刀の肩へと小さな顎を乗せた。

 

チラリと隣を見れば、地和の瞳がすぐ傍にある。

 

一刀は照れるように前へと向き直すと、そこには人和がいた。

 

「一刀さん、ささ。 そんなお茶ではなくて、杯をだしてください」

 

人和は甲斐甲斐しく笑いながら、お酒をさし出してくる。

 

しかし一刀はソフトドリンク……ここでは烏龍茶を飲ませて頂いていた。

 

「いや人和、俺はお酒はいいよ。 ありがとな? むしろお茶を煎れてくれるとありがたいんだけ……」

 

そこで一刀の言葉は止まった。

 

人和がお酒を脇に置き、両手で瞳を覆ったからである。

 

「っぐす、やっぱり……ッ私なんかが注いだお酒なんて……エグ、飲めませんよね?」

 

「あれ?! いや、そんな事はないんだけどさ、ほら! 俺ちょっとお酒がね?」

 

肩を小刻みに震わせる人和に一刀が慌てるが、彼女は全然頭を上げてくれない。

 

壊れ物を触るように、どうにか顔を覗こうとしても人和は顔を背けるばかりで、見ることが叶わなかった。

 

「一刀! なに私たちの大事な妹を泣かしてんのよ!」

 

これ幸いに騒ぐ地和、天和もジト目で一刀を見遣っている。

 

「一刀、ひっどーい。 男らしくなーい」

 

両耳からステレオ音声の如く責められる一刀は、汗をだらだらと流し固まっていた。

 

「ご、ごめん人和! で……でも飲むのは、ちょっと危なくて、だな」

 

「ふえ~ん」

 

「わわわ……わかったよ、ちょっとだけだからな」

 

やたら語尾が小さい一刀の声であったが、確かに言った。

 

飲むと了承したのだから、必ず飲ませてやる。

 

人和はグイっと自分の口にお酒を含むと、一刀へと飛びかかった。

 

「あ? 人和! さっきのは泣き真似……んぐぅ?!」

 

一刀の苦しそうな声が上がる。

 

「んぐっむ、んぐうう!?」

 

ジタバタと暴れる一刀だが、姉妹3人に抑えられてはたまらない。

 

「ほら作戦通りに言ったんだから、早く人和どきなさい!」

 

「っげほ、こほ、喉が……ケホッ……アツッ」

 

人和をどかした地和は、自分の番だと主張し一刀へと飛びかかる。

 

「んんんんむ!!!」

 

一刀の喉元を降りていくのは、焼けるような度数を持った、非常にアルコールが強いお酒である。

 

「次はお姉ちゃんね、か・ず・と……私の初めてなんだから」

 

もはやぐったりとしている一刀へ馬乗りになった天和は、しっかりと口にお酒を含みまくって妹達へと続いた。

 

もはや両腕も動かない一刀。

 

「さ~~~あ! 盛り上がってまいりました! それでは次の挑戦者へといきましょう! そう、天然の誑しとはこの男だ! 魏が誇る我らが総隊長! 北郷かぁず……って何やっとんねん!?」

 

真桜の大声に、全員の視線が一刀へと向いた。

 

そこでは地に仰向けに倒れた一刀を、天和が押し倒している。

 

全員の瞳の色がサッと変わった。

 

「こら! 調子に乗り過ぎだ! 張三姉妹!」

 

殺気立った強者達に、3人は一刀からバッと離れて、テヘッと笑っていた。

 

「だって~、一刀が人和ちゃんを泣かすんだもん」

 

「この大陸一の”あいどる”のちー達の口移しなのよ? 感謝しかありえないわね」

 

「何?! 口移しだと!」

 

「姉さん達、それを言っちゃうと一刀さんが……」

 

ここにいるほぼ全員、一刀へ口付けをした覚えがあるが、口移しという言葉でその一線を超えた。

 

何故か一刀へと怒りの矛先は向くのだが、グッタリとしている一刀の反応がまるでない。

 

それに気づかずに、春蘭が向かった。

 

「おい一刀! 今のは本当か!? わ、私でさえお前とは、その、そこまでしておらんという……に?」

 

徐々に春蘭の語気が弱くなっていく。

 

ふらりと立ち上がった一刀は深く俯いており、表情が窺い知れない。

 

そしていち早く反応したのは流琉であった。

 

「まさか天和さんたち……兄様にお酒を飲ませたんですか!」

 

「え? ……うん」

 

流琉の剣幕に、やや驚いた天和達。

 

「どれを?!」

 

「この白酒」

 

「割らずにそのままをですか!?」

 

「え、うん。 え? 何かまずかった?」

 

昔の白酒とは、透明度が高く香りが芳醇な酒であり……軽くアルコール度数50度は超える、中国でも指折りの強い酒である。

 

「全員離れてください!」

 

流琉の怒声にも似た一声に、何事かと視線が集まった。

 

「季衣!」

 

「う、うん! あん時の兄ちゃんだよね!」

 

2人は臨戦態勢をとると、皆の前へでた。

 

流琉の迫力に圧されたのか、天和達は離れていく。

 

一刀の前に春蘭、そして後ろに季衣と流琉、他の皆はより距離をとった。

 

「どうしたというの?」

 

華琳が流琉の後へ隠れて問うと、流琉は華琳へ顔を向けることもなく答えた。

 

「兄様が普段お酒を好まないのを、華琳様は知ってますよね?」

 

「え、ええ。 でもたまに私たちに付き合って、飲んでいるじゃない」

 

「いつもはお茶とかを挟んだり、時間を置いたり、何かとお酒を割って飲んでいるんですよ。 白酒なんて強いお酒をそのままだなんて、とても兄様が耐えられません」

 

「耐えられない? 流琉、貴方は何を知っているの?」

 

「駄目です春蘭様! 兄ちゃんから離れて!」

 

一刀に一番近い春蘭へ、季衣が声を上げる。

 

「何をいっておるのだ季衣? 一刀だぞ?」

 

「今の兄ちゃんは兄ちゃんのようであって兄ちゃんは兄ちゃんでないんです!」

 

「は? 何を……」

 

一息に言い放つ季衣に春蘭は苦笑した、が……前を見ると一刀の姿が消えていた。

 

「っ!」

 

しかし春蘭とて、かつて一刀と手合わせをし、互角まで戦い抜いた女性である。

 

その時に彼女は悟っていた、消えた一刀を追っては駄目なのだと。

 

何かがありそう、ではなくて、何もない方へ手を伸ばさなければならないのだと。

 

見逃さないのではなく、見捨てるのだ。

 

それはその者の勇気が試される行為。

 

己の身を振り返らず、命を戸惑いもなく賭けられるか。

 

情報を解するのではなく、生くるための情報を投げ捨てる。

 

通常、卓越した武人の神経を持ってしても、このわずかな間では間に合わないだろう。

 

しかし春蘭は、一角を超えた闘神へとたどり着いた武人だ。

 

春蘭は停止した世界で、何もない方へとあえて腕を伸ばした。

 

そしてそこにこそ一刀はいた。

 

一度掴めばこちらのもの。

 

一刀には力がないから。

 

春蘭の腕は一刀の肩をしっかりと捕らえていた。

 

それを遠目で眺めている霞は、ジト目で秋蘭に話しかけた。

 

「なぁ秋蘭、なんで酒の席であいつらは己の極技をご披露してんの?」

 

「演し物の何かでウケ狙いなんだろ」

 

冷めた反応の2人であったが、次の瞬間に目を剥いた。

 

一刀は掴まれればお終いだ、それは当たり前過ぎた事実。

 

すでにここに揃う強者達は、脳内で一刀の敗北を見ていた。

 

春蘭も似たようなものだろう、一刀の肩を手に握れば後は造作もないのだから。

 

しかし……

 

__手応えがこれだけだと!?

 

春蘭が握ったのは、彼の衣服であった。

 

しっかりと握り締めるが、そこに彼の肉体はない。

 

それでは彼はどこへ……

 

「ぅわ!」

 

春蘭が思わず後へと反り返った。

 

体重を後ろ足で支え、ギリギリで踏みとどまる。

 

下から嘗めるようにせり上がってきた一刀は、上半身裸だ。

 

これでもかと背を反らせる春蘭。

 

「これはマトリックスかなぁ?」

 

宝譿の例えは、まさにという感じではあったが、ここの誰も理解が出来無い。

 

とにかく奇妙な均衡の上に成り立つこの時間であったが、それが脆くも崩れた。

 

無防備な春蘭を、一刀が思いっきり抱きしめたのだ。

 

「な、ななななななんなぁ!!?」

 

茹で上げたタコを越え、もはや火事と言っても大差ないほどの春蘭の顔と、真顔の一刀の顔が近い。

 

「とても綺麗だ、春蘭……愛してる」

 

普段は絶対に吐きそうにない言葉を、一刀が言い放った。

 

あまりの予想外に、あんぐりと口を開けた春蘭だが、それが更なる悲劇を呼ぶ。

 

一刀はそのまま戸惑いもなく、自ら口づけた。

 

「ふうっ?! ふぅっむ、ふん……? ふむぅ! ふううむうううむううむうううう!!!」

 

何を言っているかわからないが、とにかく春蘭がヤヴァイいようだ。

 

鯖折りのように、両腕の上から抱え込むように抱きしめられた春蘭。

 

季衣や流琉達からは、春蘭の腕だけが見えていた。

 

後は駄目だ、引き締まった上半身をしている一刀の裸が、どんどんと覆いかぶさっていってしまうから。

 

「ふ、ふっ! はん……んむ……ふむうう! ふん……ふむううううぅ」

 

春蘭の腕がこちらへ助けを求めるように、ピクピクと開いたり閉じたりしている。

 

「な、なんや? 何が起きとんの?」

 

「あ、姉者……」

 

とにかく尋常ではない事態に、霞も酒を手放した。

 

秋蘭も、いつでも動けるように態勢を整える。

 

そのさらに後では、恋や華雄も軍師や弱い者達を守るようにと、背中へ集めた。

 

「兄ちゃん、普段から色々と溜まっているみたいなんです」

 

季衣の言葉に、華琳が眉を顰めた。

 

「溜まっている? まぁ確かに仕事は大変だと思うけれど……」

 

「いえ、普段から皆さんからの誘惑が強くて、兄様も”すとれす”とかいう我慢が大変なんだとか。 華佗さんが言っていました、胃がエライ事になっていると」

 

どことなく身に覚えがあるのか、ここにいる全員が顔を背けた。

 

むしろ、よく今まで誰も襲わなかったと感心した者さえいるのだから。

 

「以前……兄様と私達でお酒を飲んだ事があったんです」

 

「そん時、酔ったボクが兄ちゃんに絡んじゃって……」

 

「そのときに季衣が飲ませすぎて、兄様酔っぱらっちゃって。 今のように季衣が抱きしめられました」

 

「はじめはボクも嬉しかったんだけど……」

 

「兄様、まるで人が変わったかのように、かわいいかわいいと季衣を褒めた後……」

 

「あんときの兄ちゃんは兄ちゃんであって、兄ちゃんじゃないんです。 ボク……吸い殺されるかと思いました」

 

「吸い殺される?」

 

「残念ですが、春蘭様はもう手遅れです。 ほら……もうお手が……」

 

見れば春蘭の腕が、ピクピクと痙攣する間隔が長くなってきている。

 

「ぅ、うむう~…………ぅん……………………ぁ…………ぅむっ! ん」

 

見ている方がゴクリと生唾を飲みこむような、か細くてとても色っぽい声が響き、ビクンと跳ね上がった腕が、春蘭の最後の反応であった。

 

ぐったりと力の抜けた春蘭は、四肢という四肢から力が抜け、手足を投げ出している。

 

抵抗がなくなっても一刀の口付けは続いているのか、もはやこちらから見る様は、春蘭を喰っているようであった。

 

猪々子は思った、こんな光景をどこかで見たことがあるなと。

 

__ああ、虎が鹿を食べてる時に似てらぁ。

 

つまりはそういうこと。

 

「ご、強姦魔! ここにきてようやく変態が本性を現しやがったわね!」

 

悲鳴じみた声を上げる桂花が、斗詩の影で隠れながら糾弾している。

 

桂花の言葉を、静かに流琉が否定した。

 

「いいえ、兄様は強姦魔ではありません。 兄様は口付け魔なのです」

 

「く、口付け魔?」

 

「キス魔って奴かい……たまーにいるよな、そういう奴」

 

流琉の表現を、宝譿が言い換えた。

 

世の中には様々な酒癖がある。

 

人の生きざまを十人で十色だというならば、それ位の種類があるのであろう。

 

笑い上戸もいれば、泣き上戸もいる。

 

絡み酒があれば、静かに寝オチする人もいる。

 

明るく振る舞う者がいれば、暗く落ち込む人もいる。

 

理性の箍を外しやすくする酒は、普段大人しい人間ほどギャップが激しい。

 

まぁようはつまり……こう言う事だ。

 

 

お酒は飲んでも、呑まれるな。

 

 

「兄様……酔っぱらうと次の日には記憶が全然ないんです。 ですが記憶を失うのが余程怖かったのか、お酒だけは本当に気をつけるようになりました」

 

「そ、そうね。 それは正しい判断だわ」

 

こめかみから汗を垂らした華琳も同意する。

 

まさかあの一刀が、このような酒癖だったとは……

 

しかしここにいる者達の何人かは、ちょっとだけこう思っていた。

 

今度、2人っきりの時には試してもいいかなーっと。

 

「…………っはぁ」

 

一刀の生生しい声が聞こえる。

 

グッタリと力の抜けた春蘭をそっと降ろした一刀は、俯き加減で笑みを見せていた。

 

彼の瞳が見えない。

 

だからこそ怖い。

 

その足元では、もはや春蘭がまな板の上の鯉の如し。

 

しかし一刀はもう春蘭は食べ終わって満足したのか、クルリと後へ振り向いた。

 

魏という大国を代表する御歴々方が、一刀の足取りの一歩一歩に恐怖する。

 

いち早く動きだしたのは華琳であった。

 

「腕に覚えのある者達は前へ! 凪達3人はあっちに避難している張三姉妹を保護した後に、すぐさま部屋から退避!」

 

「「「ハッ!!!」」」

 

命ぜられた者たちがすぐさま動き出す。

 

先程まで酒を飲んでいたにも関わらず、凪達の足取りに不安はない。

 

そうそう酔いつぶれる者はいないのだ。

 

しかし一刀はわずか大きめの3口分(文字通り)のお酒で千鳥足もいい所である。

 

あっちへフラリ、こっちへフラリと、まるで足元が定まっていなかった。

 

右へ左へと大きく揺れながら、徐々にこちらへと近寄ってくる。

 

不幸なことに、脱出の扉は一刀の背後にしかない。

 

一刀の脇を速さでかけ抜けようとした3人だが、たまたま近かった凪が標的となった。

 

「え? し、ししょ……?!」

 

__消え……

 

「ぇ、ふ、ふむぅうううううう!!!」

 

凪の悲鳴が声にならない。

 

「ふ、ふむ! ふむむむ!! 駄めっんむぅぅぅうう!」

 

なんか駄目って、かろうじて聞こえたなぁと皆は思った。

 

その様子を横を駆け抜ける時に見た真桜と沙和は、後にこう述懐している。

 

”隊長のアレには相手を気遣う、隊長が当然に持ってる優しさっちゅうもんが、まるですっぽり抜けておった”

 

”桂花ちゃんが隊長のことを~、獣って呼んでいた意味が、あの時沙和には初めてわかったの~”

 

 

””強引なのが好きな人には、オススメだと思う””

 

 

「ふっ! ふむ! ん、む…………ぅむ……ぁ……む……」

 

そうして凪が堕ちた。

 

グデッと力が脱力した両腕。

 

吸血鬼が、彼女の血液を吸い尽くしたかのような光景であった。

 

地へと凪をゆっくりと降ろすと、また標的がこちらへと向く。

 

これは……いちいち犠牲者を出さなければならないのか?

 

「誰か! いい策はないの?! っていうか急ぎなさい!」

 

華琳が慌てる。

 

「恋がいく」

 

「そうねぇ、私達がでたほうが良さそうなか・ん・じ」

 

「へへ、兄貴には悪いが……斗詩の唇はそう簡単には譲れないなぁ!」

 

「ふぅ、なんという間抜けた展開だ。 ……下らん」

 

「そういいながら手ぇ抜くなや華雄?」

 

「我らが止めねばな。 ああ手加減なしで抱きしめられては、我々はいいとしても、後の者たちでは怪我をしかねんぞ」

 

恋、張郃こと悠、猪々子、華雄、霞、秋蘭が前へでた。

 

徐晃こと菖蒲は、氷や文官の皆を守るため、万が一のために待機した。

 

「秋蘭様!」

 

「大丈夫だ流琉。 お前と季衣は華琳様をお守りしろ。 我らは曹魏の武の結晶……こんなところで負けはせんさ」

 

格好いいのだが、それが秋蘭の最後の言葉だった。

 

気づけば死屍累々の山が築かれる。

 

どんどんと威力を上げる一刀の口付けの威力は、もはや暴力的で半端なく、一度捕まれば速攻で力を奪われる。

 

まずは突撃した悠が堕とされ、次に霞と華雄が、そして止めに入った恋も堕ち、その隙をついた秋蘭も堕ちた。

 

一刀のあま~い言葉の誘惑に勝てなくて、全員もれなく大きな隙を作ったのである。

 

今は最後に残った猪々子を、絶賛お食事中である。

 

「ぁ、あにきんむ……んむぅむ、そんな、強すぎっん! んんむ! ぅむうううう!」

 

「文ちゃん!」

 

ビクンビクンと跳ねる猪々子の腕は徐々に力を失い、最後はガクッと手を落とした。

 

「むー、なんだか落ち着いて見ていたら、なんだかズルいような気がしてきたですよー」

 

一刀に吸われた者は皆一様に恍惚の表情を浮かべており、風が納得がいかないと首をひねる。

 

しかしこうなっては仕方がない。

 

ふうっと風はため息をつくと、流琉に話しかけた。

 

「お兄さんは後どれくらいで倒れますかねー?」

 

「多分、もうちょっとかと」

 

「それではこちらから働きかけて、さっさと潰してしまいましょう。 それでは稟ちゃん、出番ですよー」

 

「な、何故私なのですか!」

 

「そんなの決まっているじゃないですかー。 もうちょっとお耳を近づけてください」

 

「何よ?」

 

稟を呼び寄せた風が、耳元で囁く。

 

”稟ちゃんが、その色気でお兄さんにお酒を勧めにいくですよー”

 

”ですから! どうしてこの私なのですか?”

 

”……私は貴方を信じている。

真名を預けたその時から、ずっと……貴方は私の期待を悉く超えてくれるので”わああああああ!!!”」

 

「どうしたの稟ちゃん! 何か思いついた?」

 

「い、いえ、なんでもありませんよ季衣!」

 

身振りで手を振った稟は、今度は風へ口元を寄せた。

 

”ちょっと風! どうして貴方がそのことを?”

 

”おおー? 耳元でこう囁かれると、また独特な響きがあるのですねーゾクゾク”

 

”誤魔化さない!”

 

”そんなの決まっているじゃないですかー、稟ちゃんのお部屋と風の部屋はお隣さんなんですから”

 

”ック、迂闊でした……でも私はイヤですよ”

 

”どうしてですか? 上手くいけばお兄さんと深~い口付けができるかもですよ?”

 

”……やはり、優しい一刀殿がいいです”

 

”あの夜の時のように?”

 

”っうぐ……それで弱みを握ったつもりですか? そのような下等な手がこの郭嘉奉孝に通じ”きっと私は貴方に夢中なので”わかりました、私が逝きます」

 

「頑張ってくださいー、稟ちゃんの美貌なら恐らく3割7分くらいの確率で上手くいくですよー」

 

「微妙な低さじゃないですか! そんな嫌味を言うくらいならば貴方がいけばいいで”願わくば、貴方も同じ気持であるよう祈っており”わ・か・り・ま・し・た!

私が逝けばいいんでしょう! 覚えてなさいよ風!」

 

くうっと悔しげな言葉を漏らした稟は、そこらに転がっていたお酒を持って前に出た。

 

「稟……貴方、どうする気なの?」

 

「私が囮になって引き寄せます。 その間に華琳様達はお逃げになってください」

 

「……わかったわ。 じゃあ頼んだわよ」

 

華琳は前に季衣と流琉を配置しながら、すぐに動けるように態勢を整えた。

 

ビクンビクンと痙攣する猪々子を横たわらせ、誰かが近づいてきたのに気づく一刀。

 

「……りぃん?」

 

目が座っている。

 

「そうですよ一刀殿。 貴方がこうなった以上仕方がありません。 ささ、このお酒をお飲みくださ”大好きだ、稟”……その手は食いませんよ」

 

流石というべきだろう。

 

一刀の甘言に惑わされるでもなく、お酒を勧めようと近付いている。

 

一定の距離で牽制をしながら、ささっと言って杯を差し出すのは、もう見事としかいいようがない。

 

「……そうかぁ、稟は俺の事嫌いなんかぁ」

 

「は? いえ、そのような事は」

 

「嘘だぁ、俺の事が嫌いだからそんなに警戒してるんだぁ」

 

何が悲しゅうて、皆の前でこのような恥ずかしいやり取りをせねばならんのか。

 

だが時間を稼ぐためにも、なるべく彼の興味をひかなければならない。

 

心中で文句を垂れながらも、稟は恥じ入るところはないと思い、はっきりと伝えた。

 

「好きですよ」

 

「ならぁこっちにおいで?」

 

「いいえ、今の貴方は酔っているのです。 今の貴方の状態では私はいけません」

 

「そうか……じゃあ俺からいぐ」

 

「そういわずに、このお酒を飲んでください、ね?」

 

何が、ね? だと自身で突っ込む稟だった、向こうでは風が口元を押さえて笑っている。

 

フラリフラリと歩く一刀は、普通に歩くときの3倍くらいの時間をかけて近寄ってきていた。

 

__危なっかしいですね、お酒に弱すぎですよ一刀殿。

 

ふうっとため息をついた稟は、なるべく部屋の端へ誘導するよう一刀を引き寄せていく。

 

そして稟とは反対方向へ残りの者たちが歩きだし、犠牲者はいくらかでたが、これで脱出ができるであろうと皆が安心した、その時だった。

 

一刀がクルリと振り返り、脱出者へと向いたのだ。

 

「おっとっとぉっとっとぉ?」

 

少し回り過ぎた一刀だったが、倒れてはいない。

 

「走りなさい!」

 

華琳の一声に、皆が駆け出した。

 

しかしその一声で、華琳が目についてしまったようだ。

 

「かぁりん?」

 

わずかに間延びされた声で呼ばれた華琳は、一刀をキッと睨んだ。

 

「いい加減になさい一刀。 それ以上暴走するというのなら、本気で怒るわよ」

 

「えぇー」

 

そういいながら、華琳への歩みは止めない。

 

「一刀、私は本気で怒るわよ?」

 

「なにぃをするの?」

 

「……ここで季衣と流琉に、私が口付ける」

 

「ええええええ!」

 

「ふえええええ!」

 

華琳の腕が季衣と流琉の肩を掴み、グイっと引き寄せた。

 

その光景を見て、一刀の歩みがピタリ……とは止まらない。

 

酔いが激しいのか、フラリフラリとしている……しかし前には進まなくなった。

 

「……華ぁ琳」

 

急に威の入った言葉を発した一刀は、俯いていた顔を上げた。

 

顔は真っ赤で焦点も碌に合っていないのだが、瞳には力が入ってきている。

 

一刀は頭を振って、合わない焦点を無理矢理にでも合わせた。

 

そして華琳を鋭い目つきで見ると、はっきりとした声に変わった。

 

「華琳」

 

「なに? 一刀」

 

戦闘時のように緊張した華琳が、一分の隙もなく一刀を睨んだ。

 

今の一刀は一刀ではない……はず。

 

だがこの言葉は、一刀の紛れもない本心であったと誰もが感じるほどに、心が入りきった大声であった。

 

それはまるで天に宣言する堂々たるもの。

 

 

「季衣と流琉は俺んだ!!! 絶対に!!! どこの誰にも譲らん!!!」

 

 

「ええええええええええ?!」

 

「ふえええええええええ?!」

 

一刀の真赤な誓いとも呼べる大声な発言に、季衣と流琉まで顔が沸騰した。

 

はっきりと言い切った一刀だが、その大声が最後の力だったのだろう。

 

合っていた焦点がグラリとブレ、ぐるぐると回るようにあちらこちらへと揺らぐ。

 

そして段々と身体の方にまでその揺れは続いてゆき、バタンという派手な音とともに仰向けに倒れた。

 

目を瞑ってすぅーすぅーと眠る一刀。

 

今宵の事は、”北郷一刀ご乱心事件”として、皆の心に残ることになった。

 

 

 

 

「兄ちゃん……」

 

「兄様、大丈夫ですか?」

 

倒れた一刀は季衣と流琉に介抱されていた。

 

両側から肩をもたれ、廊下をずるずると引きずられている。

 

流石にもう、襲ってくることはないだろう。

 

一刀に愛の言葉をかけられるのは嬉しいが、あんな無理矢理なのはなんか嫌。

 

やはり優しい一刀こそ、本質なのだ。

 

「ん? んぐっ!」

 

「兄様!」

 

気がついた一刀に、流琉が喜びの声をあげる。

 

引きずられていると判った一刀は、視界がグルグルと回っていることに気がついた。

 

何故だ?

 

頭がちょー痛い。

 

「季衣と流琉か……俺ってどうしたの?」

 

「兄ちゃん、お酒たくさん飲んじゃったんだよ」

 

季衣の言葉に、一刀は素直に驚いた。

 

「なに! 俺は酒はほどほどにしか……イテテテテテテテテッ!」

 

自分の声が頭に反響する。

 

それは反響に反響を重ねて、銅鑼のように頭に響きまくっていた。

 

どぐわおああああおんぐわおおおわおんぎゃあああああん

 

この独特な頭痛には覚えがある。

 

過去に一度、味わったものだった。

 

__俺が……二日酔いだと?!

 

一刀は一生懸命、何があったのかを思い出す。

 

しかし一刀の記憶は、春蘭達とバンドをやり終えた辺りから霧がかかっているように薄くなっている。

 

悔しいが、認めざるを得ないようだ。

 

自分は酒を飲んで酔っぱらったのだ、と。

 

「……誰か被害にあった?」

 

がっくりと頭を落とした一刀は、どっちに話しかけているのかわからない問いをした。

 

気落ちしている一刀に、流琉が可哀想だと思う。

 

「初めは春蘭様でした」

 

「初めは……か」

 

「はい、次は凪さん、悠さん、恋さん、華雄さん、霞さ”もういい、もういいよ流琉”……兄様」

 

「明日どんな顔してみんなに会えばいいってんだよ」

 

「兄様、お酒は不可抗力で飲んだのですから、気になさらずとも……」

 

「不可抗力?」

 

「ええ、張三姉妹が兄様に口移しで無理矢理飲ませたのです」

 

「そうか、そうなのか。 ……だが不覚な事には変わりないな、ちっくしょう」

 

普通に一刀は、べそをかきそうだった。

 

「兄ちゃん、部屋についたよ?」

 

一刀の自室についた3人。

 

懐を漁った一刀は鍵を取り出して部屋へと入った。

 

寝床に寝させてもらい、ふぅっとため息をつく。

 

ガンガンと鳴るような頭痛が恨めしかった。

 

一刀を寝させた2人は水を持ってきてくれる。

 

情けない気持ちで一杯の一刀は、やはり情けない声が出た。

 

「…………幻滅した?」

 

恐る恐る聞くと、2人はきょとんとしていた。

 

「幻滅はしないよ~、だって普段の兄ちゃんなら絶対あんなお酒を呑まないでしょ?」

 

「兄様のせいではないですよ。 大丈夫です、皆さんもわかってくれていますよ………………ちゃんとあの後、私が説明しましたし」

 

流琉がちゃんとフォローしてくれたのかと思い、一刀はまたため息をついた。

 

酒で不覚をとるなど、恥じ以外の何物でもない。

 

人生の汚点だ、と一刀ははっきりと心に刻み込んだ。

 

「油断したよ」

 

「ふふ、これからは気をつけてくださいね?」

 

流琉が優しく笑いながら、水を差しだしてくる。

 

「ありがとう……んぐんぐ」

 

はぁと息をついた一刀は、ようやく視界が回るのが治まってきたなと感じた。

 

上半身を上げると、季衣と流琉が自分を覗き込んでいる。

 

「どうしたの? 2人とも」

 

「……兄ちゃんは覚えてないだろうけどね」

 

「兄様。 私達のことを絶対誰にも譲らないって、大声で言ったんですよ?」

 

「……え? マジで?」

 

「うん!」

 

「大マジです」

 

ニコニコと笑う2人は、一刀に抱き付いてきた。

 

2人に抱き付かれた一刀は、ポリポリと頬を指で掻いた。

 

__そうかぁ、それ言っちゃったかぁ。

 

そう思った一刀は、抱き付いてくる2人を更に抱きかかえた。

 

2人を正面にもってくるように抱きつき合う。

 

「……酔った上での戯言じゃねえからなぁ」

 

ぼそっと、一言呟いた。

 

「え?」

 

「兄様、今なんて?」

 

2人が一刀の胸から顔を上げてくる。

 

その2人の顔がとても……心から愛おしかった。

 

一刀は黙って静かに季衣と流琉に口づける。

 

先ほどとは全く違う、優しい優しい口づけだった。

 

季衣と流琉も、なんとなく雰囲気を察していたのか、特に驚くこともなかった。

 

顔をほのかに赤くする2人を見て、一刀はハハっと一つ笑った。

 

「今日は一緒に寝てくれるか?」

 

「……うん!」

 

「はい、兄様」

 

そうして3人は同じ床についた。

 

一刀の腕を枕にし、仲良く眠りにつく2人。

 

やはり一刀にとってこの2人は特別だった。

 

魏のみんなも勿論とても大切だが、特別なものは特別なのだ。

 

自分の腕で仲良く眠る2人は、スゥスゥと寝息を漏らしている。

 

だから一刀は、窓から覗く神々しいほどの月へ、挑戦的な瞳をもって言い放った。

 

「……絶対、俺が奪ってやるからな」

 

そう言って一刀も、静かに眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

どうも雨傘です。

 

この度、自分のサイトを持ったので、改名致しました……とはいっても日本語にしただけですけど。

 

よろしければhttp://amagasa.red/まで足を運んで下さると嬉しいです。

 

さて……

 

お久しぶりです? ただいま? 初めまして? 一体どれが正解なんでしょうかねぇ?

 

休んでいる間も応援してくださった方々、誠にありがとうございます!!!

 

今回はリハビリついでに書いた作品と相成りました。

 

多分、文章力が落ちている……気がする。

 

気のせいかな? どうだろう。

 

久々に文章を書いたからか、どうなのかがさっぱりわからん。

 

皆さんからの評価次第ですかね、きっと。

 

そんなわけでコメント、ご支援、応援メール、ご指摘、全部お待ちしております。

個人的なメールももちろんお待ちしています、こんな小生でよければお友達になってください。

 

厳しくても一向に構いません、批判もOKです。

 

貴方様のその反応が、私の力であります。

 

では久々のあとがきをどうぞ。

 

 

 

「ようやくサイトが持てたよ!」

 

サイトを作る作ると言っておいて、今まで出来ていなかった。

が! 先日ようやくワードプレス様なる便利なものでサイトを作れた次第である。

 

上記にURL載せてあるんで、覗いてもいいよ、という気の良い方は是非いらしてくださいな、お気に入りに登録して貰えたら嬉しいやんね。

季流√の更新は、TINAMI様に上げるよりHPが先になります、それは言っておこう。

後、ゼロの使い魔のSSも、あっちにあげると思う……よ? よければ読んでね。 とんでもクロスオーバーな話だけどな。

かなり好き嫌いがわかれる話だ、ゼロ魔SSは、うん。

 

っていうか、SEO対策とかマジ意味不明。

本読んでもいまいちわからないし。

 

”真剣”に”深刻”に”最高”にと、お馬鹿3Sが揃っているからなぁ小生……悲しいけど。

どうしたらアクセス数があがるのかいな? と本気で迷走中。 悲しみのT、K、O。

 

 

 

「音楽ネタ」

 

以前、音楽ネタをやったらどうか? というコメントを頂いたので書いてみた。

文字数の関係で春蘭や秋蘭の練習シーンは省いてしまった、誠に申し訳ない。 棄権試合。

 

”デ○アー”は名曲だと自分は本気で思っている。

”ディ○ー””合唱”で検索してもらうと、英語の題名の曲が”7人の、で○あー、合唱”という感じでようつべで出てくるので、是非に検索して聞いてもらいたい。

っていうかあの雰囲気を味わうためには、ぜひ調べてみてくれぃ、損はさせないよ。

 

初○ミクの素晴らしい曲を、また素晴らしく上手い歌い手さん達が歌ってくれているのだ。

歌詞も曲もベストマッチだと拙者は思う。

 

こんな感じで一刀達の合唱は行われました、とさ。 聞けば雰囲気がわかるヨ。 もう一度いう、是非聞いてみてくれぃ。

”○ィアー””合唱”だぞ?

歌詞は著作権に関わるのかなと思い書けなかった、おいちゃん勇気が足りなかった。 でも許されるなら書きたかった。 完全敗北。

 

 

 

「春蘭と秋蘭」

 

意外に拠点を考えるのが難しかったこの2人。

ネタを考えるだけで、ええっと……10パターンは考えましたね。

 

ネタを考えるのはいいけど、なかなか2人が上手く動かなかったなぁと思います。

場面転換がちょっと多い。

きっと小生の力不足なんでしょうね!

 

でも今見直して、なんとか悪くもない感じになったかなと感じています。 ちっと判定待ち。

 

 

 

「葛玄」

 

左慈の弟子で、于吉が兄みたいなもの。

この外史、最強の管理者。

でもそんなに悪い奴に見えない。

 

というか否定するという行為自体、”悪”ではないですしねぇ。

 

肯定も否定も、どちらが自分に都合がいいかってだけですし……

(この物語を肯定してくれる人が多いといいなぁ)

大きめの白い道服をダボダボに着こなす”彼女”

 

…………葛玄は女の子だよ?

 

びっくりした?

文章中には小僧とか書かれているけどな!

 

宣戦布告のために、わざわざ陳留まで来たのだろうか。

そう考えると案外いい子だよね。 勝利……にしておく。

 

あーあと、”獣の数字”については、自分でググって下さいな、流石に長い。

 

 

 

「張三姉妹…………ハァ」

 

実はこの三人の拠点、どうしようかなと本気で迷ったんよ。

だってかつてしたアンケートで一票も入ってないんだよ? この三人。

 

三人いるのにだよ? これ重要。 超重要。

 

そりゃあねぇ、書く気も起きにくいってもんですよ、望まれていないのかなぁ……と思うのも仕方ない、よな?

ビジュアル的には映える三人なのにねぇ。

 

人和なんて私好みなのにな。 敗北。

 

 

 

「お酒は飲んでもいいけどね、呑まれちゃメッ!だよ」

 

今まで酒という酒ネタを避けまくっていた一刀君のネタは、全てここに繋がっているのだ。

 

これは昔から考えていたものなのですんなり書けた。

でも描写的にはどうなんだろうと、ちょっと不安にも思っている。

 

美人たちにキスしまくりとか、死ねばいいのに……(こんな一刀君も珍しいですよね)

 

あっ本音と建て前が逆になってしまった…… 判定待ち。

 

 

 

「お久しぶりです、そして……」

 

本当に久々に文章を書いた。

お待たせした皆さんには本当に申し訳ない。

 

どうでしたか? 本当に。

 

今回は皆さんの反応が吾輩、本気で怖いんだよね。

 

そして……そしてですよ?

 

拠点終わった~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!

 

今、声を大にして叫びたい。

それくらい長かった! 長かったよ! うん! 紀霊こと閃華は書いていないけどな!

 

甘い話しなんてそんな沢山書けないよ、正直な話!

ここの一刀君の事情で、お色気シーンもまだ書けないんだしな! お色気シーンが可能ならもっと短絡で楽だったよ! マジで!

 

つーかTINAMI様って18禁ネタ書いてもいいのか? ダメだったよね、確か。 だが勝利の雄叫びだ!

 

「全員分の拠点書いたったど~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!」

 

はぁ……はぁ……はぁ……

 

さて、次からは呉の話が4話に渡り続きます。

季流√の本分からはズレますが、蜀で4話書いたので、呉も4話書きます。 これは決定事項です。

 

更新はいつになるかなぁ……予告はできないが、HPの方に進捗状況は書くと思います、もともとはブログソフトですしね、ワードプレス様は。 そんな感じです。

 

こうご期待ってなことで。

 

 

 

ではまた。

 


 
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