No.742521

ある冬の風景

久しく書いていなかったので簡単に。

2014-12-09 02:25:16 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:601   閲覧ユーザー数:596

 冬。まだこの辺りでは降らないが、あちらこちらで、雪が降り始めた、と話を聞く。当然降らなくとも、寒いものは寒いに決まっている。

 にも関わらず、彼女はこうして、寒空の下、ベンチに座っていた。空は曇っている。どんよりとしていて、いかにも雨が降る前、といった雰囲気だろう。

 何をしている、というわけでもない。軍服の上に外套を着込んだ格好でベンチに座り、ただぼんやりと、虚空を見ている。

 遠くから、歩いてくる人影があった。深緑色を基調としたセーラー服。マフラーを巻き、手袋をつけ、セーラー服の下は着膨れしている、なんとも野暮ったい服装をした少女。

「うー、さぶっ」

 何やらぶつぶつと独り言を呟きながら歩いている。少女は、眠たげな顔をしていた。北上だ。

「あ、いた」

 彼女――提督の姿を見つけた北上はそう呟き、提督の方へと駆け寄っていく。

「提督、探しましたよーっていっても、何となくここっぽいと思ってましたけどね」

 そういいながら、北上は特に断りを入れずに、提督の横へと腰掛ける。提督の側もまた、北上に何らかの反応を示すでもなく、一瞥したきり、またぼんやりと、虚空を見ている。

 この事態は想定済みだったらしい。北上はどこからともなく缶コーヒーを取り出し、プルタブを持ち上げる。柔らかなカフェオレの匂いが、少しだけ、辺りに散った。

 ずず、と音を立てながら、缶コーヒーを啜る。少し啜ると、傍らに缶を置き、横の提督と同じように、ぼんやりと虚空を――というより、彼女は、空を見つめだした。やはりどんよりとした曇り空で、雨を心配している風だった。

 そんな風にしながら、北上は少しずつ、缶コーヒーを飲んでいく。一方の提督は変わらずに、ただぼんやりと、虚空を見ている。そんな時間が流れていく。

 

 北上の飲む缶コーヒーの中身が、だいぶ減った頃。何度目かの、缶コーヒーを傍らに置く動作。缶コーヒーを置いた手は、そのまま後ろにつく格好。

 その手の上に、何かが載せられた。何が、と北上は確認しなかった。するまでもなかった。提督の手。手袋越しでも、それがわかった。

 そのまま、ゆるやかに時間は流れる。

 ぽつり、と、北上の顔に、何かが当たった。空を見ていた北上は、ふと地面に目を向ける。小さな染みが、少しずつ、発生し始めている。

 雨だ。考えるまでもなく。北上の手の上に載せられていた提督の手は、そっと離れていく。北上はその隙に、缶コーヒーを手に取り、すっかり冷めてしまった中身を飲み干す。

「提督、風邪引きますし帰りましょうよ」

 いつも通りの無遠慮な口調で、北上は提督に言う。提督は、静かに頷き、立ち上がる。そして、北上が現れた方向――つまり、鎮守府の方向へと、歩き出す。

 北上も、空になった缶を片手に持ち、立ち上がる。

「うー、やっぱさぶっ」

 呟く。そして、提督の後ろ姿を、ゆっくりと追いかけ始めた。


 
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