No.713243

恋姫異聞録  IF 呉√ 序幕

絶影さん

お久しぶりです。絶影です。

異聞録では、皆様有難うございました。

と、言うわけで紅雪のアンケートの結果

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2014-09-02 22:55:26 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:7037   閲覧ユーザー数:5721

 

満天の星に無数の流れ星

 

幾万の星が悠久の時を流れ落ち、そのほとんどが誰の眼にも止まらず燃え尽きる

 

空を眺めながら、女は馬から降り

 

儚く、一瞬の閃光のように消え失せるその美しさに、女は己の夢に殉じた者達を思い浮かべた

 

目の前に広がる胸を抉るような無残な光景、ほんの僅かの時、注いだ暑い茶が冷める間も無いほどのわずかの時間で

 

暖かく、力強く、生を感じ取れた者達の身体は、唯の肉となり。己に向けられた声は、今は響くことはない

 

誰もが涙し、誰もが胸をきつく握りしめる

 

だが、女はその無残な光景を思い出し口元を釣り上げ、笑っていたのだ

 

凶と狂をその肉体で表したかのような雰囲気を纏う長身で褐色の肌を持つ女は、地面に転がる敵であろう兵の亡骸を踏み砕き

 

心の底から英霊の魂を誇る。再び天に顔を向け、美しく、己が望み戦い、生き抜いた者たちを

 

「・・・うん?」

 

兵達を思い、己の心に刻み着けるように英霊を偲んでいると、暗闇の中、微かに聞こえてくる声

 

血と臓物が辺りに飛び散る中で、確かに聞こえてくる子供の声

 

女は、泣き声のする方へと近づき辺りを見回すが姿はなく、耳を澄ませば屍体の重なる下から聞こえてくる

 

「オイ、下に居るのか?」

 

腰に手を当て、声の聞こえてくる辺りを見下ろしていると、何度かもぞもぞと重なった屍体が浮き上がるが

中で力尽きてしまったのか、再びしぼむように屍体が沈み、今度は泣き声すら聞こえなくなっていた

 

「返事しろ、それとも死んだか?」

 

女は、それが屍体の下に居る者の意思表示だと感じ、つまみ上げるようにして屍体を掴んでは放り投げる

 

一つ、二つ、三つまでいった所で面倒になったのか、最後はゴミ箱を蹴り飛ばすようにして屍体を払う

 

「なかなか、いい面構えじゃねえか」

 

木っ端のように重なる屍体を蹴り飛ばした跡には、地面に小さな窪みがあり、子供は血まみれ臓物まみれで女を睨んでいた

 

「助けてもらって礼の一つも言えんのか、ああ?」

 

年の頃は3つか4つといったところだろう、ぶかぶかの大人の服を着せられた男の子はヨロヨロと立ち上がり

 

「なんだ?なにかオレに文句でもあるのか?」

 

少々苛ついた様子を見せる女は、窪みから這い出る子供に対して眉根を眼を鋭く細めていた

 

「ありがとうございました」

 

「あ?」

 

救ってもらって文句を言うなら少々怖い目に、躾し直してやらんとなどと思っていたのだが

実際は、全くの考え違いであった

 

何度も這い出ようと試したのだろう、既に体力の限界で、しかも子供一人入れるくらいの窪みの中は血と臓物で埋め尽くされていたのだ

 

睨んでいるように見えたのは、必死でその臭いと苦痛に耐えていたから

そして救い出してくれたのが善人かどうかを見極めるためであったのだ

 

女の助けてもらってとの言葉で、男の子はようやく自分が救われた事を理解し、相手が少なくとも悪い人間では無いと判断したのだろう

 

這い出て礼を、頭を下げて笑みを見せた所で気を失いその場に倒れこんでしまっていた

 

「チッ、ちゃんと言えるじゃねえか礼をよ」

 

他人の血にまみれた子供の襟を掴み持ち上げた女は、脇に抱えると再び星が流れる天を見上げた

 

「なんだ?お前らがオレによこしたのか?」

 

先ほど偲んでいた時と同じように天に語りかけ、女の声に応えるように星が流れれば、ため息を吐き口元が笑みに変わっていた

 

「しょうがねえな、育ててやるけどよ、オレの育て方はハンパじゃねえぞ」

 

まるで、死した者達が大地に産み落としたかのように受け取った女は、馬に跨ると一度だけ振り返り大地に転がる兵達を眼に刻み

むせかえる血の臭いを脳裏に刻み、その場を後にした

 

「王よ、お帰りなさいませ」

 

「おう、薊。祭に、粋怜。ちゃんと子守はしてたかよ?」

 

「はい、大殿の御息女におかれましては、言いつけ通りに」

 

「ハッ、かばうなかばうな。雪蓮のことだ、また冥琳と城を抜けだしたんだろ」

 

王と呼ばれた女は、己の拠点へ、居住する城へと変えれば、三人の年の頃は13ほどの少女達に出迎えられていた

 

一人は、長い白髪に褐色の肌を持ち、弓を腰に携えた活発そうな祭と呼ばれた少女

二人目は、女を大殿と呼び、同じく長く藍玉のような色の髪をもち、白い肌で粋怜と呼ばれた落ち着いた少女

三人目は、白木のような肌、漆黒のドレスのような長衣を纏い、祭と同じ白い髪を持つ薊と呼ばれた少女

 

「堅殿!その童子は何者ですかっ!?」

 

「拾った」

 

「ひ、拾われたのですか?」

 

まるで落ちてた石を拾い上げて持ち帰ってきたかのように無造作に片手で腰のベルトを持つ女は

祭と呼ばれた少女に渡し、階段を登り玉座に座った

 

彼女こそは孫家の孫文台。此処は、長沙。江東の虎、孫堅文台の治める地

 

城内の宮で玉座に座れば、かの女に付き従う者達が次々に現れ列をなし、王の帰りを迎えていた

 

「おう、帰ったぜ。仕事に戻りな野郎ども、時間はまだある」

 

【懂!】

 

将兵達は、一斉に了解致しましたと声を合わせ、蜘蛛の子を散らすよう、舞台から次の演目のため捌ける役者のように

瞬時に玉座の間は少女達を残して気配すら無くなってしまう

 

誰にでも統率と忠誠が読み取れるこの光景こそが英傑と呼ばれる所以

 

少女達は、孫堅より渡された子供を見ることが次の仕事であると理解しているのだろう

その場からさることはせずに、血まみれの身体を三人は、手巾を取り出して拭いていた

 

「こんなに血まみれで、怪我はしてないかしら」

 

「この童子の血ではなかろう、しかしなんだこの服?大きいばかりか、見たことがないぞ薊」

 

「・・・」

 

「おい、聞いているのか薊!」

 

怪我が無いか、気絶した原因は何かを調べる粋怜、とりあえずとばかりにぶかぶかの服を脱がす祭

それぞれに王より渡された子を案ずる二人であったが、一人だけ子の頬を拭ったまま祭からの呼びかけにも返事をせずに固まる薊

 

「なんだ?童子の顔に何か着いているのか?」

 

「顔?あ、この子、眼を覚ましたみたいよ」

 

薄く開かれた瞳は、顔を拭いていた薊の瞳を捉え、弱々しく笑みを作り、次にか細い声で「ありがとう、ございます」ともう一度

呟いていた。瞳に映り込む気丈な姿。そして、こんな酷い姿だというのに子の手は震えながら拭いていた手巾を握っていたのだ

 

「お、また気を失ったぞ」

 

「怪我もないようだし、少し休ませればだいじょうぶか・・・」

 

「王よっ!!」

 

頬を叩く祭、子を抱きかかえようとする粋怜、二人の言葉を遮り急に大きな声を出す薊

怒鳴り声のように宮に響いた声は、二人の少女の眼を丸くさせ、薊は急に子の頬から手を放し、玉座の前で跪いた

 

「どうした薊。テメエが声を張り上げるなんて珍しいじゃねえか」

 

「我が王よ。どうか、どうか私めにこの童子をお預けください!」

 

「あん?何言ってやがる、テメエはこの間まで祭と雪蓮と冥琳を取り合ってたじゃねぇか」

 

見れるわけがない。だいたい、一人は、孫堅の娘である孫策だ。さらに、祭や粋怜と共に冥琳まで見ている

そこに一人を追加するどころか、己一人にあずけてくれといっているのだ

 

ハンパな事をしようというならどうなるか解っているだろうなと、玉座に座る孫堅は、背もたれに預けた身体を少しだけ起こした

 

「お、おい!何を言っている!謝れ、今ならまだ!」

 

「待って薊!この間、大殿の前で雪蓮様の守役に相応しいのは自分だと大見得きったばかりじゃない!」

 

ピキッと何かが割れるような音と共に、孫堅の肉体から溢れだす闘気

眼光鋭く、細く美しく、靭やかな指がまるで虎の爪のような錯覚すら覚える圧倒的な攻撃性

 

慌てる祭は、遅かったと歯をカチカチと音を立てて鳴らし震え、粋怜も同様にその場に腰をつけて瞳に涙を滲ませていた

 

「理由は、何だ?返事次第では、テメエを・・・」

 

「ほ、惚れましたっ!!」

 

「ああ?」

 

「この童子に惚れましたっ!!冥琳と雪蓮様の守役の任を、この童子の守役としての任に変えていただっ!?」

 

顔を真赤に紅潮させて惚れたと叫ぶ薊に対し、一瞬だけ呆ける孫堅であったが

直ぐにその眼差しは、再び鋭く細められて、先程よりも強大で、まるで喉元に剣を押し当てられているかのような恐怖が肉体を襲う

 

これには薊も言葉が途中で詰まり、ついにぺたんと腰を地に着ける祭と同じく、恐怖に涙がうっすらと滲み始めていた

 

「随分と自分勝手じゃねえか、先日オレに何て言ったのか覚えてねえわけじゃねえよな」

 

「・・・ッ」

 

恐怖に声が掠れ、口が渇く。向けられる視線が心を抉り、背けたくなる

足音が近づく度に胸の動悸が激しくなり、眼を閉じる小動作ですらできやしない

 

「雪蓮と冥琳を三人で見ろと言ったのはオレだ。この間、自分こそが相応しい、自分一人に任せろと言ったはずだ

それがどうだ?オレの言葉が聞けねえどころか、二人をほっぽって拾ってきた誰だか分からねえガキを見るって言うんだな?」

 

「は・・・は、ハイッ!私、薊は、王のお言葉を、王の命を変えて・・・頂きたくっ!」

 

祭と粋怜は、最早孫堅の眼など見ることは出来ない。だが、薊は、向けられた眼を逸らすこと無く受け止め

恐怖でとどまらぬ涙を地面に落としながら、なおも訴えた

 

「そうか、解った」

 

玉座から立ち上がる孫堅に、祭と粋怜は、殺されると。薊は、王の命に背いた。誰一人、王に背いた者など居ない

孫堅の圧倒的な攻撃性と痛快で豪快な振る舞いに惚れた者達が集い、集まったこの地に、孫堅の言葉を覆す者など居ないのだ

 

一歩一歩と階段を降りる孫堅。だが、薊は決して顔をそむけず、震える手を地面に叩きつけて震えを消し

 

「惚れたとゆうてるんじゃぁっ!惚れた男を世話して何がわりぃ!あしが育てる言うとるんじゃぁ!!」

 

地である訛りのある言葉で叫ぶ薊は、孫堅に首を掴まれ持ち上げられていた

 

「放せぇっ!なんぼ王の命でもあしは決めてしもうたのだ!あの眼を、あのちんまいながらも力強い礼を見た時からぁっ!」

 

「礼、程度ならそこいらのガキにもできるだろうが」

 

「血と臓物にまみれて、あがな眼が出来る子供がおるかぁっ!あしの手を汚すまいと、自分がよわっちょるのにあしの

手巾を取ろうとするなんぞ出来るものかぁっ!あしに預けぇっ!あしに預ければ、必ずあの童子を雪蓮や冥琳、いや・・・」

 

首を締め上げられ、咳き込みながらも声を張り上げ、迫る死をものともせず

 

「きさんよりも大きゅうしてみせちゃらぁっ!!」

 

祭や粋怜のような武官では無い文官であるというのに、薊は孫堅の放つ闘気に声を、言葉を叩きつける

 

掴まれた腕を握り、必死に暴れて手繰り寄せ、孫堅の襟を掴んだところで

 

「ぷっ、くはははははっ!あはははははははははははっ!!オレよりか!?あはははははははっ!!!」

 

「な、何が可笑しいかぁ!あしは大真面目じゃぁ!笑うなぁっ!!あの童子はあしが守るき!あしが育てるんじゃぁ!」

 

「わかった、わかった。くくっ、しかし、テメエが惚れたなんぞと口にするとはなあ」

 

「わ、笑うなぁっ!!」

 

大口を開けて笑い声を上げる孫堅は、手をぱっと放し地面に落ちた薊は尻をしこたま地面に打ち付けたのか、尻を抑えてうずくまっていた

 

「しっかし薊よ。テメエが初めてだぜ、オレに楯突いたのはよ。死ぬとわかって咆えるってのは誰にも出来るもんじゃねえ

テメエの覚悟はよくわかった」

 

「へっ!?」

 

「認めてやるぜ。テメエは今日からこのガキの面倒を見ろ、その代わり将として誰にも負けねぇように育てやがれ。

オレを超えるんだろう?」

 

腰に手をあて、口の端しを大きく釣り上げて豪快な笑みを見せる孫堅に、薊は額を打ち付けるようにして礼をとっていた

 

「は、はいっ!!有難き幸せ。薊は、いえ張昭は、己の真名に誓い童子を立派な将へと、孫家を覇者へと導く勇将にしてご覧に入れます」

 

「はっはっは!コイツは楽しみだ、祭と粋怜、テメエら二人は、薊が必要だと言ったら応えてやれ。オレを超えるか、面白いじゃねえか!」

 

祭と粋怜は、消えた闘気に呆然と口を開け、薊が助かった事と圧倒的な殺意の呪縛から解き放たれた事が重なり

そのまま地面に倒れ込んでいた

 

「お、大殿に逆らうなんて、信じられない」

 

「薊の阿呆め、儂らまで殺されるところだったぞ」

 

大笑いを続ける孫堅に薊は抑えていた尻から手を放し、地面に頭を垂れて深く礼をとっていた

 

数日後、体力の回復した男の子は、玉座の前へと連れら孫堅の前で跪く

 

「童子よ、名をなんと申す」

 

「はい、天代昭と言います」

 

「・・・やはり、これは運命であったな。王よ、天の名を持ち、私めと同じ名を持つもの。これは天命でございます。

天より御使が孫家に遣わされたのです」

 

名を聞き、己が惹かれたのはやはり間違いではないと、薊の瞳が色めき立つ

 

「オレは、性を孫、名を堅、字は文台、真名を炎蓮だ。小僧、テメエの真名は何だ?」

 

「真名?真名とは何ですか?」

 

姿から見て取れる歳とはかけ離れた、しっかりとした言葉を返す子供に孫堅は、なるほどと頷き

次に、真名を知らぬことから薊の言葉が大げさな言葉なのではなく真実を帯びていると感じていた

 

「知らねえのか、薊が騒ぐとおり本当にアイツラが産み落とした御遣なのかもしれねえな。良いぜ、テメエにオレの真名を一つくれてやる

それから天の名を、厳(いか)つ霊(ち)もつけてやる。明日から真名を炎雷(イェンレイ)と名乗れ。孫家を守護する炎雷となれ」

 

「いぇんれい、ですか?」

 

「おう、本当は易によって決めるんだがな。オレの名をくれてやるんだ、孫家の為に尽くせよ。そのかわり、オレがテメエの母親代わりだ

テメエが独り立ちするまで、オレが必ず護ってやる」

 

「は、はい。救ってもらい、手厚く保護をされたのですから、恩を返せるまで孫家に尽くします」

 

「ガキのくせにわかってるじゃねえか。とても身なり相応には見えねえな」

 

兵達の胎内で産み落とされた赤子と受け取った孫堅は、己の真名の一文字を与えた

孫堅こと炎蓮を前に怯える様子など微塵も見せず静かに座礼をする子に、将兵たちは只々驚いていた

 

「本当は、オレが育てようと思ってたんだが、テメエは、今日からコイツの教えを受けろ」

 

玉座に座る炎蓮は、斜め前に座す薊に視線を移せば、応えるようにゆるりと柔らかく立ち上がり昭を見下ろし頭を軽く下げる

 

「では、改めて名乗らせてもらおう。我が名は、性を張、名を昭、字を子布、真名を薊。今日より、王の命により我主の守役となった」

 

「はい、よろしくお願いします。張昭様」

 

「ふふっ、薊で良い。我主は、私と同じ名を持つ。これは運命だ。私が必ずや立派な益荒男として育ててやろうぞ」

 

翌日から、薊による教育が始まった。それは、誰の眼にもわかるほどに、厳しく辛いものであった

 

「良いか、衣食足りて礼節を知るという言葉がある。衣食は、王が既に満たしている。此処で、我主が礼ひとつ取れぬ者に育てば

我主を育て、保護して居る王が、従者の衣食すら満たさぬ不心得者、徳なき王と取られる。

我主の一挙手一投足が、王の風評を決めると心得よ」

 

「はいっ!」

 

「手の角度が甘い、腰を正せ、顎を上げ、あしの眼を見て返事をせい。このまま一刻は、維持できるようになってもらう」

 

肘や腰に篠が当てられ、苦痛に歪む昭だが、薊は決してその手を緩めたりはしない

少しでも腕や首が落ちれば、容赦なく篠が昭の身体を叩く

 

「文官と言えど、戰場に立つことはある。どういう時か、分かるか?」

 

「はい、遠征などで城を開けた時、残された者が城を護らねばならぬ時です」

 

「その通りだ、あしもそれなりにではあるが戦術についての知識はある。だが、我主には、あし以上の戦術を学んでもらう」

 

まずは、兵卒を己の家族のように接し、戦術も兵法三十六計を使いこなす黄蓋こと祭を昭へあて

師事の元、実際に兵を動かし、同じく薊達に師事を受けていた周瑜と実践形式で学ばせる

 

「祭から戦術と兵卒の心を捕らえる術は学んだな。では、次に粋怜から、将と心を通わす術を学ぶが良い」

 

「はい」

 

「将と心を交わし、情報を集め、先見の明を養う事は、文官にも重要。粋怜をよく見て盗むのだ」

 

そう言って、昭の元に呼んだのは先を見通す力もあり、人との応対も巧みにこなす程普こと粋怜

盗賊上がりや豪族など、炎蓮の元に集まるあらゆる将兵達との対応を必死に後を追って己のモノにしようと走る

 

「最後に、いかに戦術が優れようとも、最後にモノを言うのは肉体と精神。

揺るがぬ精神と敵に挫くことの出来ぬ肉体を持つ事は必要不可欠」

 

「文官にも、必要なのですか?」

 

「無論、将が倒れれば最後に王の盾となるのは、側に仕える文官の仕事。そして、我主自身を守る為でもあるんじゃぁ」

 

優しく、昭の頬を撫でる薊。文官に本当に必要かと言われれば、それは否と言える。が、昭が天の御使であるということが知れ

誰に狙われるか分からぬようになれば、己の身を守る術がある方が良い。言葉の裏に隠れた薊の心を理解した昭は拳を握リ締める

 

「薊よ、本当に構わねえんだな?雪蓮ですらまだなんだぜ?」

 

「私は、王が母になられると仰ったことを忘れてはおりませぬ」

 

「チッ、言うじゃねえか。だがよ、やるんならハンパは無しだ。オレの武を全て叩き込んでやる」

 

まだ年端もいかない年齢であろう昭に、薊は鉄鞭を投げる。剣では子どもに振るう事すら出来はしないだろうと薊が用意したもの

 

「鉄鞭か、解ってるじゃねえか。来い、オレに一撃でも入れられたら、明日から将として扱ってやるぜ」

 

「いきますっ!うわあああああああっ!!!」

 

薊を始めとする将たちに鍛えられ、戦や賊の討伐があれば必ず雪蓮と共に炎蓮の駆る騎馬括りつけられ戦場を走り

年端もゆかぬ子供に過酷な日々は過ぎ去っていく。だが、男の子は決してこの場から逃げ出そうとはしなかった

此処へ降り立つ彼が持っていたものは一つだけ。感謝のみ

 

だがそれは、年月を重ね一つ一つと増えていく。母となった炎蓮が武を教え、祭が術を教え、粋怜が人を教え、薊が礼と心を教え

 

何時しか男の子は、孫家というモノが炎蓮の治める地が、付き従う将たちが大きくかけがえのないモノとなっていた

 

「昭、辛えだろう?逃げてえとは思わねえのか?」

 

「辛いです。でも、私は、此処を出れば生きていく事が出来ません。元の世界に戻る手がかりを掴むことも」

 

「元の世界、天の世界ってやつか。帰りてえのか?」

 

「・・・今は、そうでもありません。母様と薊様の側を、離れたくありませんから」

 

「そうかよ、薊が聞いたら喜ぶぜ。後で聞かせてやりな」

 

問いかける炎蓮に、昭はボロボロになりながら鉄鞭を握り、頬の泥を拭って再び立ち向かう

全ては、孫家の為。己を拾てくれた炎蓮の為。そして何より、厳しいながら決して側を離れない

優しく強い愛情を向ける薊の為。昭は恩を返すため、薊の期待に応えるため、己を鍛え続ける

 

そんな昭を待ち構えていたかのように炎蓮の治める地から北、劉表との睨み合いが続く中、月日は過ぎ、世は帝の力が行き渡らず

救いを求め宗教家に縋り賊に落ちるものが増える乱世へと移り変わっていく

 

昭が拾われてより、15年の月日が過ぎていた


 
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