No.716143

恋姫異聞録 IF 呉√ 弐

絶影さん

こんばんは、絶影です

前回の序幕では、沢山のコメントありがとうございました

とりあえず、事前に書いておいた所までをUP致します

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2014-09-11 22:01:36 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:6434   閲覧ユーザー数:5044

「テメエが拾われてから15年か、拾った時、3つやそこらだったからもう18かよ。早いもんだな」

 

「はい、おかげさまで己の身を守れるくらいにはなりました」

 

「ふん、テメエの素性を聞いた時は、驚いたもんだぜ。先の時代から、オレ達の居る世界とは違う、似た世界から来たなんてよ」

 

「信じていただけるとは、母様の懐の深さに私めは只々、感服し頭がさがる思いでございます」

 

「よせよ。オレは薊が育て、オレを母と呼ぶテメエを信じたまでだ。オレの言葉のとおり、ちゃんとオレの子になりやがったな」

 

玉座の間で美しく礼を取り、薊を彷彿とさせる緩やかで流麗な動きをもって跪く姿に将兵たちは誰もが熱いため息を吐く

 

「しかし、話からするにテメエは、この世界に来る前は24だったって言うじゃねえか。てことはだ、今は合わせりゃ39てとこか?」

 

「どうでしょうか、学園に居たのは確かに24でしたが、この世界に来た時は、歳相応に考えが幼くなっていましたから」

 

「そうは見えなかったぜオレにはよ。おかげで薊にやることになっちまった」

 

背筋を伸ばし、黒の長袍(チャンパオ)に身を包む昭は、そばに立つ薊の手を優しく握り

薊は、嬉しそうに頬を朱に染めて微笑んでいた

 

「オレを超えたかどうかは、まだ見せてもらっちゃいねえ。だが、良い男にはなったな」

 

「ありがとうございます」

 

「そのせいで雪蓮が拗ねちまってる。薊にとられたってよ」

 

玉座にもたれ、左手の平を持ち上げるように上げる炎蓮は、あいも変わらず豪快に笑っていた

 

「小さい頃から共に居ましたし、同年代の異性が居りませなんだから無理もないことかと。早々に眼を覚まされると私は、そう思います」

 

「だと良いがな。まあ、テメエは薊の理想どおりに育ったわけだ。満足か、薊よ?」

 

勿論でございますとばかりに平伏する薊に、炎蓮は呆れたようにため息を一つ

 

「一緒になるんなら、蓮華とシャオも呼び戻すか。どうも、テメエに懐き過ぎてたきらいがあるから離していたが、もうかまわんだろう」

 

「顔を覚えているでしょうか」

 

「さあな、シャオは覚えてないかもしれんが蓮華は、4,5歳くらいからか?兄様、兄様と鍛錬にも着いてくるわ、戦場にまで

着いて行こうとするわ、一番呆れたのは、厠にまで着いて来ようとしやがったからな」

 

「無理もありません。父様がお亡くなりになられたのはその頃でございましたから。寂しかったのでしょう」

 

小蓮こと孫尚香は、生まれたばかりで父を亡くし、父の顔を知らずに育ったため昭を父のように慕っていたが

蓮華こと孫権は、まるで無くなった父の代わりであるかのように、父を失った哀しみを埋めるように

異常なほど執着、依存し昭の側から離れる事が無かった為、先を心配されて母である炎蓮から昭と離され暮らしていた

 

その為、薊との話し合いの結果、昭は常に前線拠点にて薊の補佐をしつつ戦火に一番近い場所で青年時代を過ごしていた

 

「まあ、その前にやらなきゃならんことがある訳だが」

 

「はい、劉表殿が此方を常に狙っています。母様と交流のある袁家が、同じ親戚筋である袁家に狙らわれております」

 

「そうだな、袁逢にゃ義理がある。残された袁術を任された手前、袁成から保護してやる必要ってのがあるわけだ

劉表は、袁紹の親父、袁成からオレが居る土地を攻めろとせっつかれてる。理由は何だ?」

 

「袁成が狙うは、袁術の治める地。大陸で最も人口が多く、一州に匹敵する税収が見込める土地。故に、背後で牙を光らせ擁護する

母様が袁成にとっては目の上の瘤といったところでしょうか」

 

「百点だ。劉表にとってもガキである袁術の土地を手に入れることは容易く、袁家からのうまみがある。

だが、オレが後ろで牙をチラつかせてるのがきにいらねえわけだ」

 

「背後から狙われれば、いかに劉表殿の軍勢であろうとも母様の猛攻にはひとたまりもありません」

 

「そういうわけだ。なら、オレが今何をするべきだと思うか献策しろ」

 

「はい、内政を整え備えることかと。現在、世は乱れ怪しげな宗教に没頭するものが増えております。国が豊かであり

学のある民が増えるのであれば、己が道を迷うことはなく、道理無き道へとは進まぬ事でしょう。

さすれば国に貢献する者が増え、国力の増加から税収の増加まで見込めます」

 

「解ってるじゃねえか。まずは第一に民だ、次に敵。劉表がケチな戦を挑んで来るだろうがよ、度重なる戦に対し備えをしときゃあ

何も焦る必要なんざねえわけだ、そうだろう野郎ども」

 

玉座のひざ掛けにもたれるように座る炎蓮は、問ながら左手を上げれば将兵たちは一斉に御意と応え、左足を地面に叩きつける

 

国力の安定と増強をすることにより、敵に対して戦いを挑むのは得策では無いと思わせる

戦をする前から敵の戦意を削ぎ、無用な戦を避ける。これこそが文官の最高の献策

 

「あっはっはっ、嬉しいじゃねか、信頼できる文官が居てよ、オレと共に戦場を駆けて命を捨てることすらかまわねえって奴らが

こんなにいる。幸せってのは、こういうことを言うのかもしれねえな」

 

豪快に笑い、将兵たちを見渡し、15年前に脳裏に刻み込んだ血の臭いと、心に刻んだ兵達の姿を思い出し

一人息子の雄々しく育った顔を見ていた

 

「何より、オレの息子がこうやって文官として策をくれるんだ。たまらねえな、オレは何も考えずに戦に没頭出来るってわけだ」

 

「母様、戦は最終手段でございます。戦をするのは最も下策」

 

「・・・くっ、クククッ、あはははははははっ!!なんだ、嬉しすぎて泣けてきやがった!おい、酒だ!酒持ってこい!!」

 

己の身体を気遣う息子の心が嬉しかったのか、炎蓮は侍女に酒を運ばせ成長した我が子の姿を肴に酒を煽っていた

 

「薊で良いんだな?テメエなら、もっと上玉をつかまえられるだろうに、身なりが18のテメエには少々年上すぎやしねえか?」

 

「薊様が望まれるならば、私は頷くのみ。それに、母様がおっしゃられるように私の歳が39であるならば、歳が上なのは私のほうです」

 

「ふん、そうかよ。テメエが納得してるんならそれでいい。が、少々待つことになるが良いか?国内に手を付ける前に

劉表の野郎に脅しをかけとこうとオレは思っている」

 

「此方を脅威と思わせてから内政に着手することに私は反対いたしません。余計なことに煩わされるよりも、集中をしたほうが良いと」

 

州境まで軍を進め、劉表を威嚇し、袁術の土地と炎蓮の治める土地の両方に睨みを効かせるという事らしい

昭は、そのこと対して何も文句は無かった。言葉の通り、集中して一気に国力を高めようと考えていたのだ

彼の知る歴史で孫堅が死ぬのはまだまだ先のこと。反董卓連合で名をあげ、玉璽を手にし

そのまま一気に孫堅を大陸の覇者へと導こうと考えていた

 

「それに、私が今まで待たせてしまっていましたから」

 

「くくっ・・・薊よ、テメエは幸せ者だな。さて、じゃあさっさと終わらせようか。野郎ども、戦の準備をしやがれ」

 

薊が頬を染めて、無言の返答を返すと、炎蓮の瞳は細く細く絞られ盃に注がれた酒を一気に飲み干す

唇は、獣のように釣り上がり、口元から覗く犬歯は見るものに牙のような錯覚を起こす

 

純粋なる殺意は、将兵たちの心を駆け巡り、広がり、玉座の間は、まるで戦場のような熱気を帯び始め

再び蜘蛛の子を散らすが如く、玉座の間から昭を残して薊までもが姿を消していた

 

「ご武運を」

 

「何がご武運を、だ。オレが死ぬとは思って無えだろう?テメエはテメエの準備を始めろ、軍を進めるだけだ、直ぐに戻ってくるからよ」

 

「はい、いってらっしゃいませ」

 

差し出された、孫武の代より伝えられると言われる海覇王と名付けられた剣を受け取り、息子の頭をグリグリと撫でる炎蓮は

己の突き刺さるような闘気に身じろぎもせぬ息子に、本当に大きくなったと、また豪快に笑っていた

 

娘である雪蓮、蓮華、小蓮ですらこの闘気に感化されるか、顔を青ざめるというのに、胆力だけは一族一だと息子の成長を喜んでいた

 

「おう、良い子にしてまってな」

 

手を振り、玉座の間を出る炎蓮

 

陽の光を身体に受け、太陽の中に踏み出していくような彼女の姿に、死ぬはずは無いと知っている昭は

何故かこの時、言い知れぬ不安が心のなかをよぎっていた

 

母を見送り数日後、早速内政の下準備をと他の文官を集め、治水、農耕、税収、外交等をスムーズに行えるよう

会議を行っていた時にそれは起こった

 

「昭様、ご報告があります」

 

一人の兵が、会議中の部屋に他の文官の制止も効かず入り込んできた

 

「どうしました、そのように汗だくで。様子から、馬を飛ばして此方まで来たようですが」

 

「孫堅様より伝達でございます。これより、劉表の地を攻め上る。お前は、決して此処から動くな。孫策様と周瑜殿、太史慈殿も同じく

もし、三人が動こうとするならば、お前が止めてくれと」

 

息を整え一気に炎蓮の言葉を伝えれば、周りの文官たちは一斉に騒ぎ出す

いったい何が起こったのか、玉座の間での話しでは、軍は州境まで進めるのみ、戦など起こすことは聞いていないと

 

「何が、起こったのですか?」

 

「はい、我らは孫堅様の導くがままに、州境まで軍を進めておりました。予想通り、敵国である劉表の監視兵達は、我らの軍勢を

先頭に立たれる孫堅様のお姿を見るなり悲鳴を上げ、ちらほらと見えていた兵は、一斉にひきはじめました。ですが・・・」

 

退いたと思われた兵達は、実はそのまま北へ、袁術の治める土地へと進軍していたのだ

 

敵の不審な動きに一番初めに気がついたのは、炎蓮の側に居た薊であった

薊は、輜重隊を率いて後方支援に努めていたのだが、敵の疾すぎる撤退、監視もおかず、斥候も見つからず

全く動きの無い敵を不審に思い、炎蓮へ進言していた

 

「どうした薊。テメエが前に来るなんざ、どういうことだ?」

 

「王よ、敵の動きに不審な点が多すぎます。此処は州境であるというのに斥候も居らず、監視も残さず」

 

「ああ、そいつはオレも気になっていた。が、何も動きが無えいじょう、このまま退いちまっても構わねえようにも感じる」

 

「勝手ながら、草を放ちました。何か嫌な予感が致します」

 

放たれた数名の乱破は、わずか半日で薊の予感どおりの結果を持ち帰ってきた

 

その結果とは、全勢力をもって袁術の土地へと進軍を開始していたということ

劉表は、まるでこの時を待っていたかのように兵を北へと集めていたのであった

 

「チィ、どういうことだ。背後から襲ってくれって言ってるようなもんだろうが、気でも触れたか劉表」

 

「進言致します。王は、これより前へ兵を進めることをお止めください」

 

「ああ?どういうことだ、オレに恩を仇でかえせってそう言うのか薊」

 

歯の根をギシリと音を立てて噛みしめる炎蓮に兵達は竦み上がるが、薊は強い瞳をもってそれを受け止め

真っ直ぐな言葉をもって王である炎蓮へと返した

 

「前へ進めば、必ずや王は討ち取られることとなりましょう。これは、劉表の必殺の策。恐らくは、我らを己の土地深くへと誘いこみ

多くの罠をもって、我らを討ち取ろうと考えているはず。私には、獣が餌を待ち大口を開けているように見えます」

 

「ふん、面白え。オレが攻め上がりあのクソの首を取るのが先か、オレ達が討たれるのが先か、勝負してやろうじゃねえか」

 

「お待ちください。あれほど恐れ、手を出すにしてもひっかく程度であった劉表が、これほどまでの動きを見せる。

必ずや、何かがあります!」

 

「無理よ。大殿がこう言い出したら、もう止まらないわ」

 

「粋怜の言うとおりだ薊。昭が待っておって、早く帰りたいと言うのはわかるが、こうして敵がわざわざ攻めてくれと言っているのだ

儂らが攻めぬ理由にはなるまい。後顧の憂いを断っておくのも良いではないか」

 

「阿呆が、きさんらには読めんのか。あまりにも可怪しいんじゃぁ、ここまで監視をおかず兵も残さず、あしには劉表の自信が

見えるぜよ。はようこい、きさんらの息の根ば止ちゃらぁとなぁ」

 

一人異を唱える薊ではあったが、将兵らには、薊の懸念など大した事はないと思うだけであった

 

これが普通の王であれば、薊の考えは、将兵だけでなく王に危機感を植え付けるものであったが

 

此処に居たのが孫堅であったことが、好戦的で全てを豪快に、分厚い壁を叩き壊し突破する痛快さを魅せてきた王に

付き従っていたことが、将兵たちの感覚を麻痺させていた

 

薊の言葉を振り切り、炎蓮は将兵を引き連れ弾丸のように劉表の土地を北へと突き進んでいった

糧食は十分、備えも十分、何より伏兵、奇襲、罠を全て炎蓮が叩き潰す

 

続く黄蓋こと祭と程普こと粋怜が、見事に将兵を動かし、劉表の兵達を蹴散らしていく

 

その様子は、戦いというよりも一方的な蹂躙に近いものであった

 

が、それは劉表の治める地の中程までの話であった

 

丁度、中央まで進んだ所で、炎蓮の前に現れた劉表。此処に来ることを待っていたと言わんばかりに

 

「来たな孫堅。忌々しい奴よ」

 

「どうした、オレが怖くてチビって隠れてたんじゃねえのか?」

 

「減らず口を、まあよい。今日が、貴様の命日だ」

 

「大した自信じゃねぇか、孫武の末裔、孫文台!我が南海覇王に断てぬ者はなし!いざ、尋常に戦わん!

食い散らかしてやるぜオラァッ!!!」

 

騎馬に跨る炎蓮の叫び、掲げる南海覇王の煌きに導かれ、呼応するように怒号を上げる兵達

突き進み、飲み込まんばかりの大津波となる兵達を劉表は、たった一言で止めていた

 

「・・・・・・あ?何だと?」

 

「もう一度、言ってやろう。貴様の娘は、孫権と孫尚香は、我が手中にある」

 

「・・・テメェ」

 

燃え上がるような闘気を纏う炎蓮に、双方の兵達は竦み上がり震えでガチガチと武器をぶつけあう

 

「居城から離れた所に住まわせていたのが貴様の落ち度よ。これより上に、北に軍を進めれば

貴様の娘を監視する私の兵が影より貴様の娘を殺す」

 

憤る炎蓮をみてニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる劉表は、挑発するように舌を出して、次に炎蓮に向かい矢を放った

 

「噴ッ!」

 

「おお、その顔、その顔。その悔しさに歪む顔をどれほど見たかったことか」

 

対峙し、炎蓮の顔を楽しむ劉表。その影で、異常な状況を感じ続け付いてきていた薊が動く

 

「祭、粋怜。気取られんよう、ゆっくり騎馬から降りろ。おんしらは、すぐに引き返してお二人をお救いするんじゃぁ」

 

「バカを言うな、間に合わん」

 

「私達が離れては、大殿のお命が」

 

「よく聞きけ、劉表の次の手は、王に一人で来いというはずじゃぁ。どがぁにしろきさんらは着いて行けん。

あし一人と少数の手勢なら隠れながら王をお守りできるき、さっさといきゃぁがれ」

 

兵を寄せて二人を隠すように指示を出す薊は、後ろ手で追い払うように手を振り

 

「此処に来るまでに考えられることはしておいた。あしの草が、先に王の御息女の元に向かっとる。最後の詰めは、おんしらに任せた

劉表とて阿呆ではない、二手三手と保険はかけとくじゃろうがよぉ。追いつき次第、おんしらがつぶせぇ」

 

二人を後方へと少しずつ退がらせ、後方の輜重隊と合流するやいなや、予備の空馬に乗せ孫権と孫尚香の元へと走らせた

 

「さて、それでは貴様一人で此方に来てもらおうか」

 

「その程度の手勢でオレを殺れると思ってるのか?甘く見られたもんだぜ」

 

「ああ、思っている。何しろ、私に手はだせない。袁術を捨てられず、目の前の罠に飛び込んでくる愚か者なのだからな」

 

「その愚か者にビビって、一体何時からこんな大掛かりな罠を仕掛けてやがった。アァ?」

 

「6年前からだ。慎重なのさ、貴様と違ってな」

 

劉表は、孫堅が海賊や無法者達を叩き潰し、己の地を何度も脅かす孫堅を疎ましく思いつつ

その強さと豪快さに憧れ、嫉妬していた。そして、何時かはこの女が台頭し、この大陸すら呑み込むと予見していた

 

だからこそ、劉表は爪を噛み、愛憎と嫉妬の入り混じった黒い感情を研ぎ澄ませ、唯一の弱点であろう娘たちを静かに狙ったのだ

 

少しずつ、少しずつ、炎蓮に気が付かれぬよう、染みこむように、溶けこむように、娘の側に町人に化けさせ

侍女として仕えさせ、己の兵を近づけて

 

「そ、それでどうしたというのだ!まさか、お二人が討たれたと言うわけではあるまいな!!」

 

「結果としては、間に合った。張昭様の放った草が、孫権様と孫尚香様をお護りし、気づいた敵兵の次の攻撃を黄蓋様と程普様が防がれた」

 

「おお!流石は孫家の猛将、お二人にかかれば劉表の手勢など塵も同然よ!」

 

兵の報告に沸き立つ文官たち。その中で、昭だけが騒ぐこと無く、兵の次の言葉を待っていた

その事だけであるならば、兵がこれほど汗だくになるまで馬を飛ばし、報告をしにくる事など無いのだから

 

「続きを、話には続きがあるのでしょう?」

 

ざわつく文官たちは、皆口をつぐみ、言い知れぬ不安に唾を飲み込み喉を鳴らしていた

 

「はい。私は、孫堅様と黄蓋様のお言葉を運びに来ました。ですが、先ほど合流した伝令のお言葉によれば王は、孫堅様は・・・」

 

文官たちの顔が青ざめ、兵の顔が苦痛に歪む。空気が、一瞬で重苦しく息苦しいモノへと変わった

 

「劉表の首と引き換えに、討ち死にされました」

 

兵の言葉を皮切りに、膝を地につけ涙を流し、嗚咽と共に慟哭を上げた

そんなことは信じはしない、信じられるわけがない、王は唯一の王にして最も秀でた雄である

 

信じることの出来ぬ者達は、貴様は偽物だ、もしや劉表の手の者かと剣を持ち出し、兵を囲う

 

デタラメを伝え、我らを欺き、劉表が攻め込みやすくするためであろうなどと、無茶なことを言い出し初めた

 

「お止めください」

 

「止めるな若造!この馬鹿者が出鱈目を言いおって!貴様は劉表の手先であろう!」

 

「手先などではございません。本当の事を言っている」

 

「何故だ!何故そんなことが分かるっ!」

 

「わかります。思春、居るのだろう。薊様の放たれた草とは、お前のことだ。全てを見たのだろう」

 

間に入り、文官たちを止める昭が名を呼べば、何処からともなく鈴の涼やかな音が部屋を包み

 

「ひぅっ!?」

 

「此処に」

 

気がつけば昭に詰め寄っていた文官の首に冷たい刃が押し当てられていた

音もなく、人が集まるこの場所で誰の眼にも止まること無く背後に忍び寄り、首に刃が当てられていた時には

鋭い殺気が辺りを支配していた

 

「な、なぜ、甘寧が此処に!?」

 

「彼は、【伝令のお言葉】と言った。同じ位の者にお言葉などとは使いませぬ。説明をしろ思春」

 

「此方は間に合いませんでした。祭様と粋怜様と入れ替わりで、私が薊様の元へと向かった時には既に」

 

蓮華と小蓮の元に兵を固めた甘寧こと思春は、薊の命ずるままに即座に反転

予定通り、祭と粋怜が到着する前に入れ替わり、最速で薊の元へと戻ったのだが

 

彼女の眼に映ったのは、袁家の兵と劉表の兵の混合で出来上がった屍の山であった

 

 

 

 

獣の如き炎蓮の動きを捉えられる兵などおらず、槍衾を草のようになぎ払い、降り注ぐ矢を舞い散る木の葉のように振り払う

 

鬼神としか言い表しようの無い戦ぶりを見せつけ、雄叫びを上げる炎蓮に兵達は竦み上がる

 

「馬鹿が、昭が待ってるだろう!退きやがれぇっ!!!」

 

「退くんは、王を助けてからじゃぁ!あしは、文官、最後の盾となるは文官たる張昭の役目ぞ!!」

 

囲む敵兵の中で、活路を見出し道を創りあげようとする薊

 

だがしかし、此処ぞとばかりに袁成は劉表に力を貸し、十万に近い兵が一斉に炎蓮を取り囲んで殺そうとし兵を次々に投入し

止めとばかりに、状況を楽しんでいた劉表は、一つだけ言葉を発する

 

それは、孫堅を、炎蓮を、母親の動きを止めるたった一言の言葉

 

「娘を殺すぞ」

 

眼が見開き、硬直する炎蓮。まるでそれを合図にするかのように、一斉に放たれる弓矢

 

「ちぃっ!」

 

取ったと誰もが思ったその時だ、炎蓮の前に黒と白の影が過り、次に真紅の雨が炎蓮の身体にポタポタと降り注ぐ

 

浮き上がった身体は、食いしばり丸めるようにして矢の威力を殺す

 

決して後ろには行かせはしないと

 

「・・・オイ、何してんだ。昭が、オレの息子が待ってると言っただろうが」

 

「何が、とは何を仰るか王よ。私は、文官張昭。役目を果たしただけにございます」

 

見開いた炎蓮の瞳に映る、白木のような肌が紅に染まりゆく姿

 

それでなお、王の身を守れたことに光栄とばかりに微笑む唇

 

「馬鹿野郎、テメェの役目は違うだろう。昭の守役で、オレよりでかくするんじゃねえのかよ」

 

「ふふっ、もう十分大きゅうなり申した。可愛い童子は、私の愛すべき天は、孫家を守護する炎雷と」

 

「まだ、なっちゃいねえ。なっちゃいねえぞ薊よ。テメェ、オレの息子を娶るんじゃなかったのかよっ!!!」

 

「ゴボッ・・・すまぬ、おんしとの約束を破ってしもうた。もう一度、もう一度でええ、顔を、顔を、頬を撫でて・・・

ゆるしてくれぇ、ゆるして、くれ・・・昭」

 

盾となった薊は、体中に矢を受け炎蓮に支えられながら腕の中で、手に平を天に伸ばし、頬に一筋の涙を流して命を落とした

 

ゆらりと立ち上がる炎蓮は、遥か遠くでその様子を見ていた女を、劉表を、人とは思えぬ形相で睨みつけ

兵達の顔に嘆きが、絶望が襲う間もなく、憤怒の雄叫びを、咆哮を、荒々しく上げ大地を響かせていた

 

「蓮華、小蓮、すまねえ。後は、頼んだぜ雪蓮」

 

生き残った僅かな兵が思春に語ったのは、瞬きをする間に遠く、手も届かぬ、弓すら届かぬ位置の劉表の首を刈り取っていた事だった

風よりも、雷よりも早く、一直線に兵を蹴散らし、敵の将の首を取る尋常ならざる力

 

肉体の限界を超えた代償として、炎蓮の身体からは、血が溢れ、左腕は己の速度に耐えられずあらぬ方向へとへし折れていた

 

そこからは、思春の見た光景と繋がる

 

たった一人で劉表軍を壊滅させ六万もの兵を殺し、屍の山を積み上げ、袁成を一時的に退かせたその光景に

 

 

 

 

「ば、馬鹿な。王が、張昭殿が・・・孫家は、どうしたら」

 

へたり込む文官から剣を放した思春は、腰に挿した剣を昭へと差し出した

 

「王の最後のお言葉です。生き延びろ」

 

握りしめる昭は、一瞬だけ思い切り噛み締め、直ぐに表情を戻す

 

「思春、お前は直ぐに蓮華と小蓮の元へ行け。我らと合流はするな、息を殺し再起を待て」

 

「御意」

 

「明命、居るか!」

 

「此処に!」

 

「お前は、直ぐに袁術の元へ迎え。伝えろ、袁成がそちらを狙っている、寿春へと移動されたし」

 

「了解致しました!」

 

思春と同じく、音もなく現れた長刀を背負う黒髪の少女は、溢れる涙をそのままに直ぐ様その場から消え

昭は、次に周瑜を、冥琳をこの場に呼ぶように言い放つ

 

「袁成が狙うのは、袁術だけではない。我ら、孫家を根絶やしにしようとするはずだ。王の死によって我らの兵の士気は無いも同然

戦うことは得策では無い。また、民から重税を強いる袁術の兵等は士気も低く役には立たない。劉表軍と袁成軍を合わせれば

六万を殺した所で半分いくかどうか、敵はまだ力を残している。それどころか、母様を討ったことで敵の士気は高い」

 

「そんなはずはない!王が殺され、奮起せぬ兵がおろうか!!」

 

「本当にそうか?孫堅様の力に寄り添い戦い続けた結果、勝つことが当たり前と思っている兵が、負けに慣れているとでも?」

 

「ぐっ!!周瑜殿っ!!!」

 

涼やかな顔をした、淡麗な顔立ちの長身の女が文官の言葉を遮る

長い黒髪を揺らし、昭の元に立つ女は、昭から南海覇王を手渡され、全てを悟ったかのように一度だけ瞳を閉じて、真っ直ぐ昭を見つめた

 

「兵のみで奮起することは難しい。その場に、せめて将が一人でも残されていたならば、母様の死を目の当たりにしたのであれば」

 

「奮起し、爆発的に膨れあがった士気は、死をも恐れぬ死兵を作り上げる。が、そうはならなかった。そうだな?」

 

「ああ、母様一人を呼び込んだおかげで兵は残っているが、戦えるかどうかは」

 

「我ら次第か」

 

本来ならば、文官の言うとおり王を討たれた兵達は、怒り、嘆き、敵を討ち滅ぼす獣と化すはず

だが、それは目の前で王が討たれた光景があるからこそ。そして、先導する将がいてこそ起こること

 

残された兵達は見ただろう。自分たちが頂く王が殺され、大地を埋め尽くす屍体の先には、更に大地を埋める敵兵がいた光景を

 

高らかに挙げられる勝鬨の声、高揚する敵兵の熱気、陽炎のように揺らぐ大地で武器を掲げる男達の姿を

 

いかに精強な兵であろうとも、そのような状況で心を折られぬ者がいようか

人とは弱い、一人でも恐怖に食われれば、それは驚くほど早い速度で全体へと広がり心を喰らう

 

王の死の知らせを聞き、顔を青ざめる侍女を見つけた冥琳は、状況を把握し判断したのだろう

昭の言葉を聞きながら、雪蓮を呼んでこいと命じた

 

「遠成が狙うのは、まずは我ら。袁術は腐っても袁家、兵はそれなりに居る。とすれば、王を失い士気をさげている我らをまず初めにか

しかし何処へ逃げると言うのだ?我らが積み重ねてきた財や土地はどうする?」

 

「財は将に持たせ諸国に散らせる。再起を待て、敵にくれてやるのは、土地のみ。大部分の民は、寿春に連れて行く」

 

「ほう、捨てるのか。であるならば、勿論、後で同じだけの土地を手に入れる算段があるのだろう?」

 

「そいつはこれからだ。戦を任せていいか冥琳」

 

「構わん、その為の私だ。状況から察するに、王は討たれ薊様も討たれた、兵はまるまる残っている、士気は低い、敵は遠成

士気も高く強大。となれば、袁術と組もうというのだな」

 

「理解が早くて助かるよ。寿春で合流する、合流し袁術に助けを乞う。保護していた立場が逆になるが

袁術の軍と孫家の軍が合流すれば袁成軍を弾く事はできる。此方は幸運にも、ほとんどの兵が残っている。

袁術軍と合わせれば、数では勝る」

 

袁術と手を組むのかとざわつく文官たち。ふざけるな、何故我らが袁術と!しかも、保護してやっていたはずが

兵力から逆の立場になるとの話に納得の行かぬ者達が声を荒げるが

 

「では、他に良い手があるのか聞いておこう。これだけ文官が居るのだ、力をそれほど失わずに財を保ち

孫家に仕える兵も民も減らすことの無い策を。早急に頼む、袁成は待ってはくれない。

孫堅様の猛攻により、一時的に編成を行い進軍が止まっているだけだ。時間は無いぞ」

 

「・・・・・・な、何故寿春なのですか」

 

「昭が寿春に行くと言ったのは、近くには陶謙殿がいらっしゃるからだ。陶謙殿は、孫堅様と少なからず縁がある。

最悪は、お力をお借りする事が出来ると踏んでのことだ。北から強欲にも土地を狙う袁成を防ぐためならばとな」

 

努めて冷静な冥琳の問に対し、文官たちはそれぞれが口を閉ざし、顔を伏せてしまう

そう、逃げる場所など無く、逃げるとすれば江東一帯の宗教勢力を潰してきた炎蓮を恨む者が此処ぞとばかりに狙うはず

炎蓮が認められてきたのも、この時代、江東一帯に蔓延していた反乱勢力である多くの宗教家を潰し、治安を守ってきたからである

弱っている、袁家から狙われていると知れば、残った恨み持つ者達が狙わぬはずもなく、いずれ散り散りにされ再起すらできなくなる

今、最も良い行動が誰かの庇護の元で力を蓄え、再起すること

 

「無いようだな。それでは決まりだ。私は、雪蓮と共に袁成の軍をいなしつつ北東へ駆け上がる。袁術が動かぬ場合はどうする?」

 

「動かすさ。オレが、今から真っ直ぐ北上する。一人なら、軍より早い。穏に命じてくれ、民を遠回りさせつつ寿春へと向かわせるように」

 

「了解した。下がった士気は、まあまかせろ。心配はするな」

 

「先に言うなよ。梨晏は雪蓮と一緒か?」

 

「ああ、ヤツも連れて行く。この時の為、我らは孫堅様に育てられ、誓をたてたのだからな」

 

頷く冥琳を見て、昭は大きく柏手を一つ。ビリビリと部屋に響くその音は、文官たちの抜けた腰を、俯いた顔を上げさせ

一斉に次の行動へと、財を動かし、民をまとめ、大移動を開始する準備へと走らせた

 

「・・・すまない、任せたぞ。お前には、苦しんでもらうことになる」

 

「解っている。それが、薊様がオレに望み、母様が着けた名ならば、何を躊躇うことがあろうか」

 

「袁術の下に着くのは、陶謙殿と違い奴なら殺す事が容易いからだろう」

 

「・・・」

 

「本当にすまない。お前が一番、辛く泣き出したいと解っているのに」

 

「皆に耐えることを強いることになる。謝るのはオレの方だ」

 

「袁術は、まだ子供だ。知っての通り、甘やかされて育ったため道理が通じない。肝に銘じおいてくれ」

 

剣を抱きしめる冥琳の後ろ姿を見送った昭は、一筋の涙を溢れさせ

次の瞬間には、何事も無かったかのように厩へと足を進めていた

 

北東の寿春へと進み、敵が冥琳の進める兵に注意を引かれているうちに袁術の元へと向かうために


 
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