No.70624

反骨のミニスカート

皆さん御無沙汰です。もう忘れ去られているかもしれません。

大きく間が開いていても、メッセージをくださる方がいて「これは何もしないわけにはいかんなあ」と新作を上げてみました。

オレ的に初の蜀ストーリーです。実は自分、正史では魏延がいっちゃん好きです。あの反骨ぶりはとても他人とは思えません。

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2009-04-26 23:25:31 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:11512   閲覧ユーザー数:9300

「ミニスカートだッ!」

「ホットパンツだッ!」

 

 

 ………中庭に出てみると翠と焔耶が言い争っていた。……なんか、よく わからない話題で。

 

「一体何なんだ?」

 

 口角 泡飛ばすといった風に激論を交し合う翠と焔耶を、とばっちりが怖くて遠巻きに見詰めるしかない俺、北郷一刀。…ああ わかってる、ご主人様なのに情けなさ過ぎるぞ俺。しかし仕方がない、この千軍を粉砕するであろう二人の間に割って入って一体何ができるというのか、無力は決して罪ではない。

 

「ご主人様ぁ~、そんな自分に言い訳してないで、この二人を止めてよぉ~!」

 

 と、ここまで俺を連れてきた たんぽぽが困り果てたという風に 俺に縋りつく。

 どうやら彼女は 翠と焔耶のケンカを止めたいらしいが、……しかし珍しいな、普通なら焔耶とケンカをするのは たんぽぽの方で、それを仲裁するのが翠の役目であろうに。

 

「私だって毎日ケンカするわけじゃないよぉ。……お姉様と焔耶も やめてよ、大声で騒がしい、下に穿くものがなんだって関係ないじゃない」

 

 

 

「「関係なくないッッッ!!!」」

 

 

 

「――ヒィッ!?」

 

 予想以上の二人の剣幕に たんぽぽは、ネコのようにビクリと萎縮する。

 ………たしかに、二人は何故あのようにヒートアップしているのだろう?

 

「………なあ たんぽぽ、二人は どういう内容で言い争ってるんだ?」

 

「少し聞いてれば すぐわかるようぅ」

 

 たんぽぽが投げやり気味に言うので、俺はとりあえず翠と焔耶の議論――というほど大層なものでもなかろうが、耳を傾けてみることにする。

 

 

 青龍の方角、焔耶の主張。

「我々は戦場に生きる者だ!そして戦場とは過酷な場所、僅かな判断の差が命運を分けることもある。装備品もまた然りだ、実戦での不測を避けるために、いくさ場に赴く者は己が使う武器、己がまとう鎧には細心の注意を払う!」

 然るに、

「貴様の穿いているミニスカートなど言語道断!戦場でそんなヒラヒラしたものを着ていては注意は散漫、敵に付け入る隙を与えるようなものではないか。戦場に死に行きたいのかッ?」

 

 

 白虎の方角、翠の主張。

「バカ!ミニスカはミニスカで慣れると動きやすいんだよ、体を束縛しないしな!焔耶、お前の穿いてるホットパンツこそ窮屈でゴワゴワして動きにくそうじゃねえか、そんなの着てたらモタモタしているうちに敵にやられちまうぜッ」

 

 

 焔耶の反論。

「笑止!ホットパンツは肌に密着しているから我が肉体の一部のように動きやすいのだ!」

 

 翠の抗弁。

「ウソつけ!お前の でっけえ尻を押さえつけてるんだ。ピチピチ窮屈で動きの邪魔になってるに決まってる!」

 

 焔耶の逆上。

「わ、私の尻が大きいだと!デタラメを抜かすな、戦場でヒラヒラ パンツを見せ付ける痴女が!」

 

 翠の狼狽。

「んなななななななッ!み、見えてないよ!ちゃんと上手く隠して戦ってるよ!」

 

 焔耶の罵倒。

「そう思っているのはお前だけだ!昨日の模擬戦、お前が穿いていたのは白だったろう!」

 

 翠の告発。

「にゃーッ!覗いていやがったのか、この変態!女が女のパンツ見て楽しいかッ?」

 

 

 ………。

 

 ………あー。

 

 ……………うん。

 

 やっぱり大層なものでもなかった。ミニスカだのホットパンツだの何を昼日中から言い合っているのだろうコイツら。

 まあたしかに、焔耶は日頃からホットパンツ(股下 数センチしかない極ミニのズボン)を愛用しているし、翠はもっぱらミニスカ愛好者のようだ。

 ちなみに英語が通用しない この世界でミニスカとかホットパンツか言えなくね?という気もするが、そうなると文章的に色々不便なので、今回に限りミニスカとホットパンツだけは通用する特別ルール。あしからず。

 

「なあ たんぽぽ、どうしてこんなことで言い争いになってるんだ?」

 

「知らないよう、私だって、たまたま通りかかったら こういう事態になってたんだもん~……」

 

 と たんぽぽも憔悴しきった表情で呟いた。

 俺たちの面前では、いまだこの普段係わり合いのない二人が益体もない舌戦を繰り広げている。

 

「あぁ~ん!ご主人様ぁ、お姉様に焔耶取られたぁ!」

 

 よしよし、たんぽぽや、キミも寂しいんだね。

 だが、俺もそろそろ他人顔しているわけにも行くまい。蜀の幹部クラスたる この二人が周囲も構わず いがみあっていては、軍全体に悪い影響を及ぼしかねない。

 俺は二人の和解のために一計を案じることにした。

 

「なあ二人とも、俺の話を聞いてくれないか?」

 

 と歩み寄ろうとしたその刹那。

 

 

 

「「(ご主人様は)(お館は)黙ってろッッッ!!!!」」

 

 

 

 ふおおおおおおおッ!

 左右から波頭のように襲い掛かってくる怒号の声。ミニスカとホットパンツ、何がこの二人をここまで焚きつけるのだろう。

 が、今は、

 

「…………たんぽぽ」

 

「にゃ?なに ご主人様?」

 

「………全力を許可する、二人を止めろ」

 

「ホント?やったぁ!それでは馬岱こと たんぽぽ!限定解除、さらに卍解、んでもってホロウ化~ッ!」

 

 

 ………………。

 

 

 こうして、

 焔耶と翠が落ち着いて 俺の話に耳を傾けてくれるようになったのは、某雛見沢在住の特殊潜入部隊を一掃せんほどの たんぽぽのトラップスキルが発揮された後だった。

 

「……で?」

 

 翠は、全身を亀甲縛りにされて宙吊りな状態になっていた。

 そんな彼女らに、俺は勇んで言う。

 

「うん、だから翠と焔耶、どっちが正しいかを 手っ取り早く証明する方法があるんだよ!」

 

「いたたたたたたた!そんなこといいから!はやく私を木馬から降ろして!裂ける、股が裂ける!」

 

 と威勢よく泣き叫んでいるのは両腕を拘束されて三角木馬に乗せられた焔耶だった。その両足に重りが括り付けてあることに トラップマスターたんぽぽのこだわりを感じる。

 

「えーと、二人の言い合いは下半身に穿く服についてが原因だろ?翠がミニスカ派で、焔耶がホットパンツ派」

 

「ん、まあ そうだけど……」

 

「いーたーいー!三角の頂点が股間に食い込む、出る、血が出る!何かも出る!」

 

 ああもう、うるさいなあ。ひとまず無視して。

 

「それなら、実際 穿いてみればいいんだよ」

 

「穿いてみる?」

 

「つまり焔耶はミニスカを、翠がホットパンツを、だね」

 

「そそ、そんなことしてどうなるってんだよ ご主人様ッ?」

 

 翠が見るからに動揺しだした。…でも何故?

 

「どうなるって、穿き比べてみるんだよ。実際二人とも穿いたことないんじゃないホットパンツとミニスカ、相手の勧めるものを実感しないまま、食わず嫌いしてるんじゃないの?」

 

「当たり前だー!この魏延、痩せても枯れても あのようにヒラヒラしたものに足を通せるかーッ!」

 

 焔耶が木馬の痛みに耐えながら叫んだ。……うむ、いい加減面白くなってきたな、今の焔耶の境遇。

 

「それなら今日一日穿いてみて、着心地をたしかめてみよーよ。それで相手の言ってることがホントかデタラメか、試してみたらいーじゃない」

 

「なるほど……、アリだな……」

 

「お、お館に諭されるのは癪だが、一理ある」

 

 その瞬間、翠と焔耶の二人は「フォオオオオオオーーーッ!」とサイヤ人ばりに気を放出し、翠は己を縛る荒縄をひきちぎり、焔耶は三角木馬から一躍、飛翔する。フツーに脱出できんのか お前ら。

 

「では決まりだな馬孟起!本日一日ホットパンツを身にまとい、そのありがたみを肌で感じ取るがいい!」

 

「そりゃあ こっちのセリフだぜ、今日が終わったとき『ミニスカ最高です』って泣いて詫びいれる お前の姿が目に浮かぶな!」

 

 バチバチバチ、火花を散らしあう二人。

 それを見詰めて俺たちは、

 

「…………なあ たんぽぽ、何がこの二人を ここまで燃え上がらせるのかな?」

 

「さあ?」

 

 たんぽぽ は既に他人事と達観しつつある。

 

「では交換だ!」

 

「おう!」

 

 そして二人は自分の穿いているミニスカとホットパンツを脱ぎだした。…え!

 

「ちょっと待ったーッッ!!」

 

 俺は大慌てで ちょっと待ったコール。

 何?なんでイキナリ脱ぎだしてんのコイツら、こんな屋外の、おてんとさまの見守る下で。気は確かかッ?

 

「なんだよ、服を交換しろって言ったの ご主人様だろう」

 

「左様、私たちは その案に従っているまでだ」

 

「従うからって!お互い今着ているものを交換しなくたっていいだろう!部屋に着替えでもあるだろうから、それを出せよ!」

 

 

「「部屋まで戻るのがメンドくさい」」

 

 

「この横着娘どもがーーーッ!!」

 

 俺は絶叫した。しかしそれすら耳に届かぬとでも言わんげに、翠と焔耶は何のためらいもなく腰の部分の留め金・ボタン等々を外す。そしてミニスカとホットパンツの下に隠れた、柔らかい肉の曲線が露わになるかならないかの時点で“はた”と気付き、俺のほうを目視して……。

 

「「見るなスケベ!」」

 

「りふじんッ!」

 

 俺はダブルパンチに殴り飛ばされながら叫んだ。

 

 

 

 ………こうして、

 

 

 

 魏延=焔耶の一日ミニスカート体験の火蓋が切って落とされた。

 

「なんだこれ、太腿の内側がスースーするぞ……?」

 

 当初 焔耶は違和感バリバリの気色悪そうな顔でブツブツ呟いていた。

 丈的には普段穿いているホットパンツと大差ない気もするのだが、やっぱり その差異は実際着用してみなければわかるまい。だので男の俺には一生理解できない領域だ。ウン、きっと そうだ。

 ちなみにホットパンツを穿いた翠の方は、たんぽぽに付いてもらって別行動をとっている。例えこんな変な試みをしていても、焔耶にも翠にも各々の仕事があるのだ。

「どうだい焔耶、はじめてのミニスカの着心地は……」

 

 はじめてのミニスカ、略して はじみみ。なんだか いい響きだ、俺は心なしかホクホクした。

 

「着心地も何も、大方予想通りだな。下の方がまったく無防備で頼りない。…まったく、なんで こんなものを好んで着るヤツがいるんだろうな?」

 

 と焔耶は文句らしいものを呟きながら歩いている。

 

「あ、焔耶、そんなに大股で歩くと……」

 

「ん?なんだ?」

 

「見えるぞ」

 

「きゃあッ?」

 

 焔耶は慌てて太腿を閉じ、両手でスカートの裾を押さえる。

 しかし皆さん、「きゃあ」ですよ「きゃあ」、焔耶のそんな悲鳴を聞くことになるなんて ついぞ予想しませんでした!

 

 焔耶は一連の出来事によって羞恥心を刺激されたのか、足を内股にピッタリ合わせ、先ほどとは打って変わった極小の歩幅で江戸時代の茶汲み人形みたいに進んでいく。

 ひゅるり、

 風が吹いた。

 

「ひゃっ」

 

 元来敏感肌である彼女は、普段空気が当たらない場所が剥き出しになって外気が触れるようになっただけでも劇的なようである。

 突風が吹く、人とすれちがう、猿飛くんが神風の術を使う、ドルドーニが暴風男爵を使う、メイドガイが何か使うだけで、焔耶から「ひゃあっ」とか「やんっ」とか悩ましい声が聞こえてくる。

 

「…………ふむ」

 

 俺は顎に手を当てて唸った。

 

「…………………」

 

 たしか右のポケットに、………ん、あった。

 ポス。

 

「ああ しまった、財布を落としてしまったぞー」

 

 迫真の演技力、俺は身をかがめ、頭を低くして財布を拾う。

 そしてチラ、と視線を上げる、焔耶は脱兎のごとき勢いで俺から十歩 後方へ飛びのいていた。

 

「………ちっ」

 

「露骨に舌打ちしたな今」

 

 俺は拾い上げた財布を、焔耶の足元へ放り投げた。

 

「やや、しまった、手を滑らせて また財布を落としてしまったー」

 

 拾わなければ、そこから一歩も動くなよ焔耶!

 

「ほりゃー!」

 

「うぎゃーッ?」

 

 焔耶は落ちた俺の財布を思い切り 蹴り上げた。蜀 指折りの武将の脚力、財布はサッカーボールのように高く遠くへ飛び、連なる屋根の向こうへと消えていった。

 

「何すんだよ!何すんだよ焔耶!今月の小遣いが丸々入っていたのに!来月まで どうやって生活していけばいいんだーッ!」

 

「うるさい、お前こそ やり方が姑息なんだよ!もっと堂々とできないのか!」

 

「じゃあパンツ見せてくれ!」

 

「見せるかッ!」

 

 俺たちは互いの生の気持ちをぶつけ合った。その生の気持ち自体ロクデモないものだったけど。

 

「うう……、やっぱりダメだミニスカートなんて、なんで皆こんなもの平気で穿けるんだ……」

 

 焔耶はすっかり意気消沈してしまった。ミニスカ穿いただけで ここまでローテンションになれる人間も珍しいが。

 

「……そもそもさ、焔耶」

 

 俺はここで、当初からもっていた疑問を口から出した。

「なんで翠と、パンツかミニスカかで言い争うようになったんだ?そんな話題になる きっかけが、どうも想像できないんだが」

 

「そ、それは……」

 

 諍いにも始まりはあるだろう。

 焔耶は何かを言い出そうとしたが、しかし、すんでで思い直したように唇を結んだ。

 

「いや、ダメだ、言えない」

 

「なんでッ!?」

 

 そんな言えないような何かなのッ?

 俺が さらに焔耶を追求しようとした、その矢先だった。

 

 

 ザワザワ、ザワザワ。

 

 

 周囲が俄かに騒がしい。その雑然さに俺も焔耶も意識を向けた。

 言うのが遅れたが、今、俺たちは警邏の任務の最中だ。したがって現在地は街中、周囲には沢山の人、その人々が 何ぞやかによって動揺し、その動揺が人から人へと伝わっていく。

 その伝播が俺と焔耶の元にも届いたのだ。

 

「一体、なんだ?」

 

「とにかく、あっちが騒ぎの元らしい、行ってみるぞ!」

 

「ええっ!ちょっと待て お館!私今走れない、走ったら、こけ、……こけたら見える!丸見えになる!」

 

 内股でヨタヨタする焔耶を引っ張って、どうにかこうにか騒ぎの震源らしき場所まで辿り着いてみると、そこは街中の火の見櫓だった。やはり沢山の野次馬が集まっている。

 火事があった場合、その上に登って火元の位置を見たり、火勢を把握するために建てられた櫓で、簡素なつくりだが とにかく高い。

 そのムダに高い建築物の上に………。

 

 

 

「犬が登って降りられなくなってるんだよ!」

 

「はぁーーーッ?」

 

 

 

 周囲の野次馬をテキトーに一人捕まえて話を聞くと、そういうことらしい。

 見上げてみると、たしかに櫓のてっぺんに、チャウチャウらしき毛玉のような小型犬が足元頼りなくブルブル震えている。

 

「あそこまで登ってこれたはいいが、怖くて動けなくなったんだねえ」

 

「イヤちょっと待った」

 

 俺は ちょっと待ったコール。

 

「犬は高いところ登らんだろ、そういう動物じゃないだろ」

 

 ネコやサルなら ありえんこともないが。

 

「冒険心溢れる犬なんだよ」

 

「そういうもんかーッ!」

 

 とにかく、これは助けださんとなるまい、動物愛護の観点からしても。

 となると誰かがハシゴを使って櫓の上まで昇らなくてはならん。

 

「よし、行くんだ焔耶!」

 

「いやだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

 焔耶はお尻の上からミニスカートを抑えて絶叫した。

 

「見えるだろ!ハシゴなんかに掴まったら下から丸見えになるだろ!しかも野次馬がバカみたいに集まってるんだぞ!こんな大勢の人の前で そんなことができるかッ!」

 

「しかし焔耶、俺たちの仕事は警邏だ、警邏とは街で起きた事件を解決すること、その俺たちが この事態に動かずしてどうするんだ?」

 

「じゃあ お館が登ればいいじゃないか!」

 

「すまん、俺は、南葛との試合で負ったケガのために膝に爆弾を抱えているんだ」

 

「そんな話 初めて聞いた!」

 

 周囲の野次馬からは「大丈夫かなあ…、あの犬」「可哀想に」「あんなに震えて」と声が漏れ聞こえる。「でも大丈夫さ、今に警邏の人が助けてくれる」「あの劉備様の家臣だもんね」「ああ、犬一匹だって見殺しにはしないさ」という声も聞こえてくる。

 

「……GI・E・N、GI・E・N」

 

「お館ッ?何だよイキナリ人の名前をッ?」

 

「俺は信じている。焔耶ならきっと、あの犬を助けてくれる」

 

「いやダメだよ!私ただでさえ犬が苦手なのに、その上この格好じゃ……」

 

「GI・E・N、GI・E・N……!」

 

「だから その掛け声止めろ!」

 

 しかし、俺のGIENコールは周囲にも波及し、居合わせる野次馬が口々に魏延の名を唱和する。

 

 GI・E・N、GI・E・N、GI・E・N、GI・E・N、GI・E・N、GI・E・N、

 GI・E・N、GI・E・N、GI・E・N、GI・E・N、GI・E・N、GI・E・N、

 

 GI・E・N!

 

 

 

 GI・E・N!

 

 

 

「うきゃーーーーーーッ!」

 

 焔耶は頭を抱えて絶叫した。

 しかし混乱している暇はないぞ焔耶、時代は今まさに君を必要としているんだ。さあ行こう、俺たちは登りはじめたばかりだからな、この どこまでも続く櫓ハシゴを!

 ミニスカで!

 

「イヤだー!絶対イヤだーーーーッ!」

 

 どこまでも往生際の悪い焔耶。そこへ、

 

 

 

「一体何事だ!?」

 

 

 

 人並みを掻き分けて接近してくる新たな人物、何者かと俺たちが視線を投げれば、それは忠実なる我が同胞・関羽雲長こと愛紗だった。

 愛紗は美しい黒髪を艶めかせながら俺たちの有様を眺める。

 

「ご主人様に、……焔耶か、こんなところで一体何をしているのです?」

 

「愛紗、―――焔耶がミニスカなんだ!」

 

「お館ぁー!一体何を説明してるんだ!」

 

「正確な情報伝達は、まず話の核心を最初に打ち出すべきなんだ」

 

「間違いなく核心そこじゃないよ!」

 

 焔耶が必死になって説明しなおすことで、愛紗も何とか今の状況を理解することができたようだ。

 

「……なるほど、つまり、櫓の上の犬を助けるためにはハシゴを登らねばならない。しかし今の焔耶の服装では恥ずかしくてできないと」

 

「そういうことなんだ愛紗、何かいい方法はないだろうか?」

 

「たやすいことだ、……皆の衆、これを見ろ!」

 

 介入してきた愛紗が衆目を集める。え?何?何をやろうとしてるの?

 

「見るがいい、これは我が愛刀・青龍偃月刀、幾多もの難敵を屠ってきた無双の名刀だ」

 

 そ、それが どうかしたの?

 

「皆の者、これから名刀の切っ先を凝視するのだ。一時も視線をそらしてはいかん。もし、そらしたら………」

 

 そらしたら?

 

「二度と目を離せぬように、この刃で目を突き刺す」

 

 

 こわぁああああああーーーーーーーーーッ!!!

 

 

「さあ焔耶、これで衆目はこの青龍偃月刀に釘付けだ!今のうちにハシゴを上って哀れな犬を助けるのだ!」

 

「あ、ありがとうと言いたいところだが、愛紗、アナタが代わりにハシゴを上ってくれるとかはないのか?」

 

「ない、だって私もミニスカだもの。登ったら見えてしまうではないか」

 

「この人はぁーーッ!」

 

 結局 自分で登るしかなくなった焔耶であった。しかしまあ、衆人環視にさらされることがなくなったのは幾ばくかの救いではあるが。

 

「でも私 犬苦手なんだよなあ、参ったなあ」

 

 と、泣く泣くハシゴを登っていく焔耶。

 一方地上では、野次馬の視線を愛紗がひとりで押さえつけている。

 

「……ご主人様、アナタも青龍刀を見ていないとダメですよ。上を向いちゃイヤなんですからね」

 

「……わかってます、俺も目ん玉突き刺されたくないからね。……でも愛紗、焔耶は無事上まで行けそうかい?途中経過だけでも聞かせてくれまいか?」

 

「いいでしょう、お待ちください」

 

 愛紗は一人許された権利でもって上を見る。

 

「………うむ」

 

「どうだった、愛紗」

 

「白ですね」

 

 愛紗ー!テメー!と焔耶。

 

「ああいえ……、ちょっと待ってください。……青、……薄桃色か?すみません、遠すぎて正確によく把握できません」

 

 既に結構高いところまで登ってしまった焔耶の作戦勝ちか。

 

「それなら愛紗もハシゴを登って、至近で確認すればいいんじゃない?」

 

「なるほど、その手がありましたね!」

 

 といって愛紗は、

 

 スタスタ(歩き)、カッ、カッ、カッ(上昇)、……フムフム(確信)、カカカッ(下降)、スタッ(着地)。

 

「ご主人様ッ!まごうことなき純白でした!」

 

「うん、そして愛紗はピンク色だったね」

 

「きゃーーーーーッ!」

 

 バコォッ!と殴られる俺。今日の愛紗はなんだかアホの子だった。

 

 そうこうしているうちに焔耶は頂上へ到達、震えていた犬を恐る恐る抱き上げて……。

 

「セキトで練習した甲斐があった……」

 

 ホッと一息。

 

「とったどーーーー!!!」

 

 櫓の下から やんやの喝采が上がった。

 

「それでは皆の者、これから焔耶は犬を連れて地上へ帰還する。ひいては行きと同じように移動中は我が青龍偃月刀を凝視し、けっして降下途中の焔耶を盗み見ることのないように。いいか!純白とか見てはダメだぞ!どんなことがあっても純白は!そう純白だけれども!」

 

 

「じゅんぱく じゅんぱく言うなーーーッ!」

 

 

 感極まった焔耶が、例の巨大棍棒を愛紗目掛けて投げつける。そんなものどこに持っていたんだと驚愕ものだが、棍棒は狙いを外さず愛紗の後頭部へ命中し、

 

「ぐえッ!」

 

 愛紗はやな声を上げて棍棒に潰されてしまった。

 

「はっ、しまった」

 

 愛紗がいなくなった今、野次馬たちの視線を抑える者は 今やいなくなったわけで、この黒山の人だかりの中、焔耶は皆の注目を一身に受けてハシゴを降りねばいけないわけで。

 つまり、純白が丸見えとなるわけで。

 

 

 

「いやだーーーーッッ!」

 

 

 

 GI・E・N、GI・E・N、GI・E・N!

 再び巻き起こる魏延コール。今彼女は、銀河の歌姫ばりに皆の心を一つにした。

 

 

 

 ……………。

 

 

 

 結局その後、焔耶は頑として櫓から降りることはなかった。

 俺がどれだけ焔耶の名を呼ぼうと、野次馬が魏延コールをかけようと。焔耶はうずくまったまま時間をやり過ごし、日が傾き、西の地平に沈み、夜になって視覚が効かなくなって やっと降りてきたという、焔耶の粘り勝ちに終わった。

 ちなみに、その間 愛紗はついに意識が回復することはなかった。

 

「ああ…、ミニスカのお陰でひどい目に合った……」

 

 焔耶は憔悴しきった顔で言った。

 救出したチャウチャウは既に解き放ち、道を歩いているのは彼女と俺の二人のみ。

 

「でもまあ、俺は得したかな。可愛い焔耶が見れたし」

 

「無責任なことを言うな お館!私はもう散々だ………!」

 

 と焔耶は顔を赤らめた。うむ、やっぱり可愛い。

 

「ま、とりあえず今日は無事終わったんだし、帰って翠の方の報告も聞こうよ、案外あっちもホットパンツを気に入ってるかもしれないよ」

 

「私がミニスカートを気に入ったような言い方をするなッ!」

 

「ええぇ、ダメなの?」

 

 俺は至極残念そうに焔耶を見詰める。

 焔耶はその視線に、うう、と困ったように唸りを上げて、

 

「ま、まあ、お館が どうしてもって言うんなら……」

 

「うん?」

 

「また着てやってもいいがな、ミニスカ」

 

「わーい、わーい、やったやった!」

 

「はしゃぎすぎだ!」

 

 ところで結局最後まで聞けなかったが、焔耶と翠が、ホットパンツかミニスカかで言い争いになっていた きっかけは、もう明かされないのだろうか?

 

「……そんな、言えるわけないじゃないか」

 

 焔耶がゴニョゴニョと言った。

 

「……お館の好きな服が、どっちかってことから始まったなんて」

 

 なんて呟きは、俺の耳には届かなかった。

 一陣の風が、俺の耳を撫でて音を閉ざしたからだった。代わりにその風は、焔耶の後方から太腿より尻を撫で上げるように吹き。その風にミニスカの短い裾もめくれ上がって………

 

「おお!」

 

「きゃーーーーーーッ!」

 

 

 終劇

「錦馬のホットパンツ」に続……かない、きっと。


 
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