No.688745

落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫✝無双二次創作 36

ありむらさん

独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。
魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。

2014-05-23 22:45:24 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:5694   閲覧ユーザー数:4086

 前回までのあらすじ

 

 反董卓連合結成の檄文が大陸を駆け巡る中、曹孟徳は精鋭中の精鋭たる黒騎衆を率いて山道を抜け、洛陽側門へと迫る。

 曹操の意図を見抜いた董卓は呂布を伴って、洛陽門外で曹操と対峙。あわや激突と思われたその時、何進による処刑のために死亡したと思われていた軍師虚が姿を現し、呂布との決戦に臨む。

 悪鬼と闘神の逢瀬は両者共倒れに終わり、その後、曹操と董卓は同盟の締結に至った。

 

 

 曹孟徳の洛陽入り、及び虚と呂布の一騎打ちより十日ほどが過ぎた。

 虚は現在、洛陽の街のはずれに療養用の邸宅を与えられ、静養の時に身を浸していた。天は高く青く晴れ渡り、昼過ぎの庭は清々しい涼気に包まれている。

 今、中庭の東屋で、虚は予想外の客をもてなしていた。

「やはり呂布が相手では、おまえも無事では済まなかったか」

 と、夏候淵は困ったように笑って、彼女が用意したふたつの盃に、白く濁った酒を満たした。

「華佗という医者から、酒はもう大丈夫だと聞いているのだが」

「ああ、問題ない」

「よかった」

 どちらからともなく盃を掲げたふたりは、同時に甘く香る米の酒に唇を付けた。

「折れた左腕は、きちんと治るのか」

 ひと息ついた夏候淵が、何気ない様子で問うて来る。

「華佗はそう言っていた。腕以外は大したことはないしな」

「――ならばその杖は何だ」

 虚が腰掛けた椅子の傍らには、夏候淵の指摘通り、赤い杖が立て掛けられている。

「戦闘の反動で、身体がまだ少しきしむ。すぐに良くなるさ」

「本当によくなるのか」

 思いの外厳しい声で、夏候淵は追及するように言葉を続けた。

「今日まで、華佗は面会謝絶を強いていたのだぞ。ただ事ではない」

「信頼がないのさ。客を入れると、俺が無事を装うために無理をするに違いないというのが彼の主張だ」

 夏候淵が言う通り、虚が目覚めたその日、すなわち桂花とのやり取りがあり、風が洛陽に到着した日からすぐ、華佗は虚との面会を一切禁じた。ただ、華佗自身が禁止の判断を下したというのは少々事実と異なる。

 華佗にそうするように頼んだのは――風であった。

 こっそりと華佗が打ち明けたところによると、虚が無理をするといけないからしばらく客に会わせないようにと、風が彼に告げたらしい。事実、彼女自身、一度も虚には会いに来ていない。客らしい客は、今眼前にいる夏候淵が初めてであった。

 ――風らしいというか、何というか。

 ほくそ笑みながら、虚は無事な右手で酒を呷った。

「なあ、虚」

「なんだ、夏候淵。まだ何かあるのか」

「私の勘違いであればいいのだ。もしそうであったなら、適当に笑い飛ばしてくれ。ただ、おまえが私たちの陣営に参加してから相応に長い時が経った。その間、私は私なりにおまえを見て来たつもりだ」

 深刻な調子でひと息ついてから、夏候淵は舐めるように酒盃に口をつけた。

「私は当初、おまえのことを超人のように思っていた」

「……」

「武勇に優れ、政に強く、商いに長け、軍略に詳しい。神か魔人のように感じていた。だが、戦いを重ねるおまえを見て、それはとんでもない勘違いだったのではないかと思い至ったのだ」

「正しいよ、その見解は」

 はっと視線を上げた後、夏候淵は苦しげに眉根を寄せた。

「風に尋ねたことがある。なぜ虚はあれほど多彩な能力を手に入れることが出来たのかと。だが、風は淡く笑んで首を横に振った。そして、おまえの持つ才はただひとつだと言ったのだ。武も政も商才も軍略も、その全てはただひとつの本質から伸びて開いた花なのだと」

 一度、固い唾液を嚥下してから、夏候淵はその問いを口にした。

 

「虚、おまえ――理(ことわり)に至ったのではあるまいな」

 

 諦めたように笑いながら、けれども虚は首を横に振った。

「正直に言ってくれ、虚。私は知っているのだ。あらゆる物事の真髄を瞬く間に掌握する極限の異才――理。おまえがその境地に至っているのであれば、全て説明がつく。だが、もしおまえがそうであったなら、私は華琳様にそのことを申し伝えなければならない」

「華琳に――?」

「華琳様の私室の書棚の隅に、古い木簡があった。そこに――理についての記述があったのだ。華琳様もまた、その可能性に辿り着いておられる」

 なあ、虚、と短髪の麗人は心から案じた顔でこちらに問う。

「おまえ、よもや黎明の仙人になろうと思っているのではあるまいな? おまえがそんなものになってしまおうとしているのなら、私は友としておまえを止めなければならない」

「大丈夫だよ、夏候淵」

「ひとりで抱え込むのは止せ。その身体が良い証拠だ。あれほどの武を振るうためには、我が姉、夏候惇のように相応に頑丈な身体に生まれつかなければならない。だが、おまえの身体は凡人のそれだ。どれだけ鍛え上げても、生まれつきの強さが違う。折れた腕はともかく、戦闘から十日も経って杖が必要なのは流石におかしい。技に、身体が着いて行っていないのだ」

「もし俺が理に至っているのであれば、もっと上手く事を運べているさ。少なくとも、自殺芝居なんて回りくどいことをする必要はなかった」

「ならば、理には至っていないと」

「指先を少し――引っ掛けているだけだ」

 夏候淵は瞑目して嘆息し、肩を落とした。

「虚、もう前線に立つのは止せ。これ以上続ければ、本当に人でなくなってしまうぞ」

「すでに人でなしのろくでなしだ。それに、虚という偶像はまだまだ使える。真正の権威が成立したときには忌まれ戒められるべき黄金の仔牛だ。冒涜の鋳造品は、使えるうちに使っておかなければ」

「どういう意味だ」

「俺はいずれ不必要な邪悪として廃棄される。だから、俺という存在に効力が宿っているうちに使い潰しておくんだ」

 その言葉が届くや否や、夏候淵の顔に静かな怒りが現れた。

「華琳様が、おまえを切り捨てるとでもいうのか」

「いや。だが、民は確実に虚という悪辣の化身を疎むようになる。今、彼らが俺に喝采を送るのは不満の代弁者だからだ。暴虐の代行者だからだ。有り体に言えば、俺を褒め称え、俺と同調することで、敵を打ち倒す爽快感を疑似体験し、スカッと気持ちを晴らしているにすぎないんだよ。別段、それを非難するつもりはないし、俺を通して華琳に指示が集まるのなら万々歳だ。ただ――俺が真正面から賞賛を受け、華琳の評価に繋がっていられるのは戦時中だけだろう。輝かしい真正の権威が確立されたとき、民は黄金の仔牛が実はがらんどうの張りぼてなのだと気付くだろう。偶像の空虚さを知るだろう。――なあ、夏候淵。俺の存在が華琳のために最大限意義を発揮するのは、今なんだ。命を燃やすべきは、まさに今このときなんだよ」

「おまえは、邪悪でいなければならなかったのか」

「天から落ちたときには、もう邪悪だったさ」

 虚が肩を竦めると、夏候淵は呆れたように笑って、空になった酒盃を親指で後方へ跳ね飛ばした。

「それは違うぞ、虚。清らかな幼い心は、決して汚濁に懐くものではない」

 宙に舞った酒盃は、庭の隅の茂みに落ちて――同時に「うぎゃ!」という悲鳴をこちらに届けた。

 茂みの中から、拙い隠形を見破られたふたりの少女がすごすごと情けない顔で姿を現した。

「……兄ちゃん」

「兄様……」

 季衣と流琉は、見覚えのない衣服で可愛らしくめかし込んでいる。その姿を見て嬉しそうに笑った夏候淵は席から腰を上げると、「そろそろ行くよ」と別れを告げた。

「また呑もう。夏候淵」

「秋蘭でいい。姉者のことも真名で呼んでいるのだろう」

「ああ」

「ならば私のことも、真名で呼んでくれねば不公平だ」

「妬いていたのか」

「妬いていたよ。私だって、おまえの一番の友でありたいもの」

「ならば俺も俺の旧い名を許そう、我が友、秋蘭。きみに心からの信頼と友情を誓おう」

 虚もまた椅子から腰を上げて、右手を差し出した。

「北郷、我が友。私にはいつでもおまえの苦しみを共に背負う用意と覚悟がある。だから、無茶をして死ぬような真似はするな。時代が、民が、おまえの鋭さを必要としなくなったとしても、私はおまえの傍らにいたいと思っているよ。だって私は、おまえの優しい心をこれでもかというほど知っているのだから」

「分かった。太平の世で酒を酌み交わすまでは、生きていることにする」

「うん。約束だぞ」

 艶然と微笑んで強く頷くと、その場を離れた秋蘭は姉のように穏やかに、季衣と流琉の頭を撫でて去って行った。

「兄ちゃん!」

「兄様!」

 弾けるような笑顔で飛び込んでくる二人の妹を抱き留めながら、面会謝絶処分から解放された虚は、この少女たちをどうして楽しませてやろうかと思いを巡らせ始めた。

 

つづく

 

 

 ありむらです。

 

 

 まずは、ここまで読んでくださっている読者の皆様、コメントを下さったかた、支援をくださった方、お気に入りにしてくださっている方、メッセージをくださった方、えっとそれから……兎に角応援して下さっている皆様、本当にありがとうございます!!

 

 皆様のお声が、ありむらの活力となっております。

 

 さて、投稿が遅くなり申し訳ありません。先日、ありがたいことに登録読者の方の数が800を超えまして、そんなにたくさんの方が呼んで下さっていると思うと恐縮するばかりです。

 

 今回は夏候淵との酒席を短く濃い目に描きました。

 これからはこのようなショートエピソードが続くと思います。

 いくつかのショートエピソードをまとめてドカッと上げてしまおうと思ったのですが、それだとやや日常感に欠けるかなあと思い、このような形をとることと相成りました。

 

 次回は、季衣と流琉との一幕。

 

 面会謝絶を終えた主人公のモラトリアムなのですが、なにぶん、ありむらはポップな場面を書くのが苦手なので、季衣と流琉がメインの割に真面目な流れになってしまうかも。

 

 ただ、それはそれで面白いかなあとも思っているので、幼い二人を丁寧に描けたらと思っています。

 

 それでは今回はこの辺で。

 

 毎度のことながら、お読みいただいている皆様、ありがとうございます。

 

 ありむらでした。


 
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