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真恋姫無双幻夢伝 第四章1話『二人の英雄』

お久し振りです。新章始めます。

2014-04-19 16:18:33 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2917   閲覧ユーザー数:2580

   真恋姫無双 幻夢伝 第四章 1話 『二人の英雄』

 

 

 山が白い衣から緑色の服に着替え、田畑では蛙が鳴く。緩やかに吹く風に湿り気を感じ始め、長袖の衣が少し暑く感じ始めた五月の中旬、汝南城に間者からの知らせがいくつも届いていた。曹操軍が劉備領へ侵攻している状況を伝えるものだった。

 

「今回も状況を確認するために集めた」

 

 窓から涼しい風が吹き込む会議場に集められた諸将に向かって、アキラがまず口を開く。戦況は刻々と変わる為、ここ最近は週に三回も通常の会議とは別に召集していた。

 武官筆頭である華雄がアキラに応じる。

 

「それで、今回はどこまで攻め込んだのだ」

 

 諸将の視線がアキラに注がれる。皆の聞きたいことはそれだけだった。

 アキラに敗れて意気消沈の劉備軍は、その直後に汝南を支援する名目で攻め込んできた曹操本隊に負け続けていた。一度は策が奏して先鋒の夏候惇の目を負傷させるなど善戦していたが、多勢に無勢、防戦一方に変わっていた。この状況を変えることは難しいだろう、というのが大方の予想だ。

 アキラは小さく頷いて、その予想を越える結果を伝えた。

 

「小沛が落ちた」

 

 おお、と会議場にどよめきの声が上がる。守りづらい徐州の中でも堅城として知られる小沛と下邳。その一方が落ちたことは、敗北を決定づけるものだった。

 

「ちょっと早いんと思うけど、隊長?」

「確かにな、真桜。ただ報告によれば『城外で敗北。そのまま城を捨てて逃走』とある。一か八か奇襲をかけて失敗したのだろう」

 

 ふう、とアキラは一息ついて椅子の背もたれに寄りかかる。これでアキラ達にとって東に位置していた脅威は無くなった。北の曹操や南の孫策と同盟を組んでいる彼らにとって、独立以来始めて落ち着ける状況を得たのだ。

 まだ会議の途中だというのに、汝南が平和になったことから諸将の表情も幾分和らいだようだ。いつもは深々とついている華雄の眉間のしわ(もっとも深くなったのは汝南に来てからだが)も少し薄くなったようで……。

 

「余計なことは考えていないだろうな」

「うっ」

 

 アキラは何も答えず目線を逸らす。頭は良くないくせに勘だけは良いのだから……と思いかけたが、また何か言われそうなので止めておいた。おちおち悪口も言えない。

 その華雄以上に生真面目な凪がアキラに質問を投げかけた。

 

「隊長。この状況では劉備たちは降伏以外に道は無いように思いますが」

「う~ん?まだそれは分からないと思うの、凪ちゃん。匿っている公孫賛を捨てて袁紹に頼るかもしれないよ」

 

 代わりに答えた沙和の言葉に、ふむと言って凪は腕を組んで考える。確かにそれが最善かもしれない。しかしこれまでの劉備軍の振る舞いを見ていると、その可能性は小さいように見える。

 

「とにかく、この状況で我々がすべきことは少ない。便乗して劉備寮に攻め込むのも不恰好だ」

「華雄の言うとおりだろう。劉備たちの出方を見るしか……」

 

 と、締めの言葉を発しようとしたアキラを遮るように、一人の文官が会議にスルスルと入ってきた。

 

「申し上げます。劉備軍の使者がお目通り願いたいと」

「噂をすれば、か」

 

 

 

 

 

 

 まだ堂の修復が終わっていないからと、一刀と朱里は城の端にある亭に通された。城内に案内されないところから、(やはり冷遇されている)と朱里は勘繰った。

 ところが案内役に従ってたどり着いた瞬間、その亭の光景に二人は「わっ」と感嘆を漏らした。五月の青空の下、亭の周りでは色とりどりの花々が所せましと咲き誇っていた。そしてその花畑の湖にぽっかり浮かぶように亭が建っている。

 細い一本道を通り抜け、亭に辿りつく。二人は亭の中央にある椅子に座ることなく、周囲の風景に見とれていた。黄色、赤色、青色など十種類以上の色が互いを邪魔することなく調和してまるで一枚の絵のように、その光景は一刀たちの目に飛び込んできた。

 

「見事だろう。もっとも我々が作ったものではないが」

 

 庭に見とれていた一刀たちが振り向くと、先ほど通った廊下に男が立っていた。その姿に一刀と朱里は

 

((大きい))

 

 と一様に感じた。屋根に頭が付くのではないかと思えるほどで、栄養不足で平均身長が低かったこの時代では異常であろう。

 

(おそらくこの人が李靖本人)

 

 そのアキラは口の端を歪めて、こう言葉を続けた。

 

「袁術はここでハチミツを作っていたそうだ。おっと、これは本人から聞いていたかな?」

 

 けん制するようなその言葉に、グッと朱里は体を強張らせた。しかし彼が平装で、さらに兵士を一人しか連れてきていないことを見た。少なくともここで捕まる気はなさそうだ。朱里は自分の鼓動が治まっていくのを感じた。

 その一方で一刀はというと、まだアキラの姿に圧倒されていた。端正な顔立ちに、長い脚。耳を覆うぐらい伸びた黒髪。全身からあふれ出るオーラに、彼は尋ねずにはいられなかった。

 

「も、モデルでもやっていたんですか?」

「は?」

「ご、ご主人様?」

 

 目をまん丸くする朱里。一刀も自分の行動に恥ずかしさを感じたようで、首筋がサッと赤くなった。その様子にアキラは笑い声をあげる。

 

「面白いことを言うのだな、天の御遣いとやらは」

 

 アキラは一刀の言葉を気にすることなく、亭の真ん中に位置するテーブルの席に座るように促した。二人はアキラの気遣いに感謝しつつ腰を下ろす。と、この時、(あれ?)と一刀は疑問を感じた。

 

(「面白い」では無くて、普通は「変だ」とか「不思議」と言われるんだけど)

 

 まるで、〝モデル〟の意味を知っているかのようだ。もしかしたら……。

 しかしアキラが席に着いたことで、一刀は考えることを止めた。今はもっとやるべきことがある。

 二人の対面に座ったアキラはというと、相手を見定めるように見つめてきた。そして口元を隠すようにテーブルの上で手を組んでいる。彼は背筋を伸ばして座る二人に尋ねた。

 

「それで、何の用件で来たのかな?」

「それは」

「俺たちと同盟を組んでください!!」

 

 一刀は身を乗り出して、朱里の小さな声をかき消すようにはっきりと大きな声で発言した。その際、勢い余ってダンと音を立ててテーブルに手をついてしまう。しかしアキラは驚かず、冷静に尋ねた。

 

「同盟?」

「そうです!以前、俺たちは戦ってしまった。でも本来は仲良くできるはずなんです!ちょっとした誤解がこんなことになってしまったんです。そんな小さいわだかまりを捨てて同盟しましょう!そもそも……」

「ご、ご主人さま!!」

「もが!」

 

 朱里が精いっぱい伸ばした小さい二つの手に口をふさがれた一刀は、自分が先走り過ぎたことに気が付いた。

 

「す、すみません」

 

一刀は一旦腰を下ろして落ち着きを取り戻した。朱里も一息ついて、改めて話を切り出そうとした。

 

「あの、李靖さん」

「条件がある」

 

 今度はアキラの方が彼女の発言を遮った。朱里の目に困惑の色が浮かぶ。

 

「えっと」

「諸葛孔明殿、婉曲な表現は抜きにしよう。そちらの天の御遣い殿に敬意を表して、こちらも単刀直入に言わせてもらう。条件がある」

 

 アキラは少し目を細めた。朱里は彼の身体が少し大きくなったような錯覚を覚え、無意識につばを飲み込んだ。

 

「袁術一味を引き渡せ」

 

 こう言われることは予想していた。しかしここまで直球で要求されたことは読み違いだった。「はわわ」と小さく呟く彼女はその原因となった隣の主人の顔をちらりと眺めた。その顔は先ほどまでとは異なり、彼女がこれまで見た中で最も凛々しい顔つきであった。

 

「お断りです」

 

 さも当然のように言い放った一刀の言葉を、アキラは鼻で笑った。

 

「それは甘すぎはしないか?こちらからの条件を飲まずに、一方的にそちらを助けると思っているのか」

「俺たちは過去や現在の話をしに来たわけじゃない。未来について語り合いたいだけだ」

 

 こいつは全く分かっていない。そう言っているように、アキラは首を振った。

 

「天の御遣い殿。訳の分からないことを言わないでもらいたい。未来とは過去や現在を土台にして成り立っているものだ。過去のしがらみを清算すること無しに、未来を語ることなどできない」

「後ろを振り返ってばかりでは何も出来ない!」

「その通り。しかしその前に進むために履いている靴には汚れが付いたままだ。歩き出す前にその汚い靴を洗うべきじゃないのか?もう一度言う。犯罪人を引き渡せ。過去の汚れを排除しろ!」

「美羽たちは汚れなんかじゃない!!」

「止めてください!!」

 

 感情が高ぶったところで、朱里が両手で一刀の袖を掴んだ。一刀は我に返ると、いつの間にか立ち上がっていたことに気が付く。ガッタッと音を立てて再び座った。

 しかしその怒りは飛び火したようだ。今度は朱里がアキラに突っかかる。

 

「でも、ご主人様の言うとおりです。美羽ちゃんたちは汚れなんかじゃありません。そもそも一方的に責められるのもおかしいと思います!あの反乱があそこまで酷くなったのは反乱側の首領である李民、つまりあなたの責任でもあるのでは!」

 

 アキラは目を伏す。しかし机の上で組まれた手に力が入っている姿から、それは悲しんでいるというよりも感情の発露を抑えていることが読み取れた。

 

「我々は当初、袁家の代官の悪事、圧政を告発するつもりで立ち上がっただけだった。その代官が代われば矛を収めるつもりだった」

「だったら」

「しかし我々は何も知らなさ過ぎた。その男が袁家の親族であり、十常侍からしたら最も賄賂を贈ってくれる“お得意様”であることを。結果として袁家も十常侍もその男を守るために動き、我々は『圧政の告発者』から『王朝転覆を目論む大反逆者』に仕立てられた。そうした方が直轄軍を動かす大義名分にしやすいからな」

 

 二人は口を半開きにして硬直した。朱里は今まで学んだ歴史と違うことに、一刀は美羽たちへの信頼を一変に崩されたことに、驚愕した。

 

「えっ」

「ウソだろ。そんなことって!」

「事実だ。偽りでもなんでもない。朝廷が作った正史だけが歴史じゃないのだ」

 

 アキラは眉間に皺を寄せた。組んだ手の指先には白くなるほど力を込めている。彼の脳裏では当時の記憶が吐きそうなほどの不快感と共に押し寄せてきている。

 

「確かに俺の責任でもある。だが、まずは奴らに罪を償ってもらうつもりだ」

「そ、それでも!」

「天の御遣い。お前は未来を見ろと言う。それは大いに結構。しかしだ!俺の目の前で死んでいった者たちはどうなる?俺を庇って殺された奴らは?俺の腕の中で苦痛に震えながら息絶えた部下たちは?!」

 

 朱里は目を伏す。一刀も黙り込んだ。アキラは自分の掌を見つめながら言い重ねた。

 

「俺の手にはその時に抱いた彼らの血が染みついている。この手で奴らの首を絞め殺す日まで、この記憶は色あせることは無い。過去を清算することが俺たちの未来だ!」

 

 もう交渉の余地などない。それでも一刀は真っ直ぐに彼を見つめて言うのだ。

 

「復讐は何も生まないぞ」

「そんなことは知っている。ただの自己満足だ。だがな、奴らがのうのうと生き抜いている未来が碌なものではないことも知っている。マイナスをゼロにすること、それが俺たちの使命だ」

 

 アキラは立ち上がって、退出を促した。苦い表情の二人が出口へと歩き出す。

 

「ああ、そうだ」

「ん?」

 

 一刀の歩みをアキラが止めた。振り向いた彼に尋ねる。

 

「そういえば聞いてなかった。名前は?」

「北郷一刀。その名で呼んでくれて構わない」

「そうか。北郷一刀、さらばだ」

 

 会釈も挨拶もしない。話を終えた一刀は淡々と出口へと向かった。その途中で朱里が振り返ると、アキラは庭の方を向いていた。背中を向ける両者。朱里は自身の背中に流れる汗が、決してこの初夏の陽気によるものでないことに気付いていた。

 


 
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