No.626161

三匹が逝く?(仮)~邂逅編~

この作品は、TINAMIで作家をしておられる
YTA(http://www.tinami.com/creator/profile/15149
峠崎丈二(http://www.tinami.com/creator/profile/12343
赤糸(http://www.tinami.com/profile/93163
上記の方々の協力の下で行われるリレー型小説です。

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2013-10-08 07:12:47 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:1100   閲覧ユーザー数:978

 ブルダリアス王国冒険者相互扶助組合、その正式名称をアルカンシェルという。

 

 それは元来、冒険者や傭兵、そして市民階級に属する者達と貴族や軍人といった特権階級との橋渡しを目的として創設され、完全実力主義を標榜した汎社会保障組織である。

 その創設は凡そ100年程前に遡り、時の国王にして平定王とも賢王とも称されるアレクサンドル7世が、周辺諸国の平定に伴う軍縮により溢れた兵士達の受け皿として、また、領土拡大に伴う犯罪や魔獣被害の増加に伴い、民間から広く実力のある冒険者を募って組織したのがその発祥である。

 

 創設時には当時の戦争で名を成した英雄や魔術師達が名を連ね、その中でも著名な7名が“色”を以て広く内外にその名を馳せた事から、その偉業に肖り“虹”を模して組織の名称とし讃えたのが“アルカンシェル”という組織の始まり、という訳だ。

 この逸話は末端のギルド支部においても、創設理念と共に必ずギルドの扉に刻まれることで現在も広く知られている。

 

 残念ながら、創設時の理念が現在も過たず続いているかという問いには否と言わざるを得ないのではあるが、民衆レベルに於いては過不足なくと言える状態で、現在も組織は維持運営されている。

 

 その大雑把な組織図はこのようになる。

 

 ランク紫・青は、所謂駆け出しやパートタイマー、アルバイトといった、実力や実績に乏しいものや、ギルド活動があくまで“副業”である者達がその大多数をしめる。当然ながら未成年の多くもここに含まれている。

 ランクが緑からは所謂“国家資格”であり、実質的な権限やそれに付随する非常招集等の義務が発生するのはここからとなる。

 黒に属するのは常勤職員。

 白は上級職員や名誉職となっている。

 尚、原則として緑以上への昇格は、ランクに応じて定められた受験料を支払い、定期的に開催される資格試験にて一定以上の成績を収めることが条件となっている。

 

 つまり、何が言いたいのかというと、職人や軍人といった専門職や貴族でもない限り、大抵の国民はアルカンシェルに名義だけでも属しているのが、ラ・ブリュショルリ王朝を頂点とするブルダリアス王国の標準なのだ、という事だ。

 

 

 そして、今日もまた、民衆にとってはいつもと変わらない、ありふれた毎日がはじまる。

 冒険者の店『銀の月』の朝は早い。

 

 王都ブルデューは不夜城とも称され大陸最大とも言える人口と発展とを誇る王国最大都市ではあるが、平均的な民衆の生活は至って質素であり、ある意味原始的でもある。

 

 王都そのものは外壁を含めて5重の城壁に囲まれ、その堅牢さもまた近隣諸国に広く知られてはいるが、実際問題として“不夜城”の名に相応しいといえる地域は内側から数えて3枚目の城壁までだ。

 大雑把に王城・貴族地区・商工業地区、と言ってしまって問題はないだろう。

 細かい事を言えばそれぞれの中でも様々な区分があるのだが、この場では割愛する。

 

 そして、大半の民衆が住むのが二の郭と呼ばれる一般居住区。

 一の郭は軍所有地であり、一般の居住は認められてはいない。

 構造的には現在は存在しないベルリンの壁を想像してもらえれば解り易いだろう。

 俗にいう貧民街は最外壁の外側に存在しているため、王都の治安そのものは、他国と比べても非常に高い水準を維持していると言える。

 もっとも、王都そのものにも貧富の差は当然存在するので、全ての民衆が安全かつ安定した生活を送れている訳ではないのだが。

 

 そして、『銀の月』は王都の東大門のすぐ近くに店を構えている。

 理由はいくつかあるのだが、その最たるものは王都の東側に草原と森があり、俗に言う冒険者達が王都を拠点として活動する場合、一番利用するのが東大門だから、という事実があるだろう。

 

 『銀の月』そのものは、どちらかと言えば駆け出し冒険者や“緑”になるのを目指す若者が多く集う店であり、味がよく十分以上といえる量が得られる食事と、実用的で清潔な宿が売り物となっている。

 店主兼料理人でもあるグスタフの為人と、彼が持つ経歴、そして適度に荒っぽくありながらも落ち着いた雰囲気を好み、ある程度の成功を収めてからもこの店を利用する上級冒険者も少なくない。

 

 そのような店であるから、必然として店が開くのは非常に早い。

 冒険者達に合わせ、夜明けと同時に食堂を開くためだ。

 それは、この店が冒険者ギルドの端末として、ある程度の“仕事”を扱える事も理由のひとつだろう。

 

 実のところ、ギルド傘下として営業許可が得られる個人経営店は、非常に少ない。

 一定以上の信用と実績が伴わなければ、店の失態がそのままギルドの威信に関わることも少なくないからである。

 そういう意味でも『銀の月』は非常に珍しい例だと言える。

 

 蛇足ながら、地方に存在するギルドでは、ギルドが酒場と宿屋、下手をすると武器防具や雑貨までをも一手に取り扱うことも珍しくない事を付け加えておく。

 

 そのような店であるから、従業員であるメイズの朝も必然として早い。

 グスタフが自分が見込んだ人間しか従業員として雇わない事もあり、しかも彼なりの基準が傍から見るには非常に不可解という事も手伝って、従業員が増えることは滅多にないのだ。

 

 メイズが見たところ『銀の月』は本来グスタフ一人でまわる店ではある。

 元来が酒さえ飲まなければ寡黙で勤勉な部分を持つドワーフという事もあるのだろうが、虚飾を排している店なだけに、慣れればそう苦労する事もない。

 

 宿にしても個室は少なく、基本的には男女別で分けられている雑魚寝の大部屋がメインだ。

 もっとも、これはグスタフが故意にしている事で、そういった点からもグスタフがこの店を上級者向けに営業していない事が伺える。

 酒場や部屋で顔を合わせ、お互いの力量や為人を知りながら、自分に合った稼ぎ方を見つければいい、そう考えているという事なのだろう。

 

「尻から殻が取れないようなひよっこ共は、夜明けと共に飛び出して、一日めいっぱい稼いでくりゃあそれでいいのさ」

 

 そう嘯くグスタフに、曖昧に笑う事でしか返事を返せないメイズである。

 

 これが普通の店なら、大部屋での窃盗騒ぎなど日常茶飯事なのだろうが、現役時代はランク赤に属し“鉄腕”と呼ばれていたような男の機嫌を損ねたいようなバカは滅多にいない。

 そのような真似をする前に素直にグスタフに相談した方が余程稼ぎもよいし安全なのだから。

 

 ちなみに、騒ぎすぎたり調子に乗りすぎたり手癖が悪かったりというような連中は、全員が例外なく、店主からありがた~い“物理的なおはなし”をいただくことに、この酒場ではなっている。

 

 話を戻すが、そのような店なのでメイズの朝は基本的にはとても早い。

 とはいえ、これが一風変わっていて、メイズは(グスタフしか知らない事だが)その日の気分で出勤するかどうかを決めている。

 彼女の“本来”の在り方の問題もあるのだが、一見してこのようないい加減な勤め方をろくに事情も聞かずに認めているという点だけでも、グスタフが並ではないと言えるだろう。

 

 夜明け前には店に入り、前日に予約されていた弁当の準備と仕込みを手伝い、夜明けと同時にやってくる連中に配膳をし、宿泊組が出て行ったところで部屋の清掃等を行う。

 それが終わった頃には、大抵“通い組”となっている常連が朝食や弁当を買い付けにやってくる。

 それらが落ち着いたら、あとは自由時間、というのが毎日のパターンだ。

 自由時間は場合にもよるが、グスタフの手元に残ってる依頼で日帰りで終わらせられる類の依頼をこなす事がメイズの定番となっている。

 飛び込みの王都内配達等も結構あるため、完全に暇ということは滅多にないのだが、暇なときはウェイトレス等もしていたりする。

 

 このように、彼女にとっては非常に居心地のよい職場だったのだが、そんな職場が(彼女にとっては不本意な事に)変わりつつある。

 

 まず最初の変化は、常連が増えた事だ。

 

 この増えた、増えてしまった常連の名はユウタ・コミネ。

 “赤の逸材”“龍殺し”“神速”“疾風迅雷”等、数々の異名を持つ、異国の装束に身を包む王国屈指、否、最高と言い換えても問題ないだろう異界の剣士。

 もっとも、メイズにしてみれば“王都の種馬”とか“歩く艷本”とか“寝室の撃墜王”とか“公序良俗の敵”とか、そのように呼ぶべきだと信じて疑っていないのだが。

 そんな男であるが、不実であるとかそういう類の男ではないらしい。

 まず、手を出していいか悪いかの線引きはしっかりとしており、手当たり次第に“素人”を泣かせるような真似はしていないようだ。

 また、彼なりの基準で“子供”と認識した相手は全く眼中にはないらしく、意外に世間様からの信用は高い。

 ただし、非常に男振りもよく、経済的にも優秀な男ではあるのに加え、呼吸するのと同じように女性を口説いて回るという、いささか、否、かなり困った人間であるのも事実だ。

 

 この男が『銀の月』に来るようになってから常連となったのが、シャルロット・ドゥ・ラ・パトリエールという、かの“銀髪翁”の孫娘である。

 貴族らしからぬさっぱりとした気性と、瑠璃色に輝く髪、無駄なく鍛え上げられた肉体、女の目から見ても色々な意味で“武器”と判るすらっとしていながらも肉感的な長い脚。

 かなり残念に思うのは、誰がどう見てもユウタ・コミネに惚れてしまっているという点だろう。

 どうもユウタ・コミネの区分では“気軽に手を出してはいけない”に分類されているようで、故意か天然かは判然としないが、その好意を完全にスルーされている。

 メイズとしてはその健気さに涙すら誘われる光景だ。

 勝手にライバル認定されてしまったらしく、「私の事はシャンテでいいわ。これから“よろしく”ね」と、目が笑ってない笑顔で握手され、思わず泣きたくなった自分は悪くないと思う。

 

 同じく、ユウタ・コミネの付属品(?)となっているのが、狼亜人の娘。

 名前はウリヤーナというらしい。

 らしい、というのは、亜人、特に獣人系の亜人は“通称”以外は限られた人間にしか教えないという文化があるためだ。

 ウリヤーナはユウタ・コミネが公爵の屋敷から拾ってきた少女で、幸運にも呪法に縛られる前に救出できたらしい。

 獣人系の亜人は生来魔術に長けたり、逆に魔術は苦手でも魔法に対する抵抗が高い種族が多いと聞くので、そのおかげなのだろう。

 狼亜人は天性の狩人で、成長すれば訓練されずとも人間の騎士5人に匹敵する戦闘力を有する、とグスタフが言っていた事から、今の時点でもそこらの戦士等問題にならないくらいには強いはずである。

 分けても金や銀といった特徴的な体毛色を持つ獣系亜人は、更にその上をいくと言っている。

 この少女もユウタ・コミネに対する好意を隠そうともしていないというか、チャンスを見つけては抱きついたりしようとしているのだが、こちらは子供認定されているようだ。

 彼女の目から見てライバルが非常に多いことに気付き、色々と頑張っている姿が微笑ましい。

 でも、できればその中に私を入れないで欲しいと思う。

 

 この他にも常連と化している子供達がいる。

 同じく二の郭に存在する孤児院の出身のアルフレッド=ヴォクシーとアイリス=ヴィクセンだ。

 ふたりは共に12歳。

 孤児院に在籍してる身としては年長の部類だが、世間的にはまだ子供と言える年齢だ。

 アルフレッド=ヴォクシーは青緑の髪と瞳、アイリス=ヴィクセンは赤金の髪に青い瞳を持っている。

 特徴的と言えるのは、二人共“獣人”という部分だろうか。

 もっとも、獣人そのものは、この王都ではさして珍しくはない。

 かの公爵をはじめとした貴族連中はともかくとして、ギルドの成立と前後して、王国では“一応”獣人をはじめとした亜人にも市民権はあるのだから。

 耳や尾の形から、アルフレッドは犬、アイリスは狐だろうと思っていたが、アルフレッドは狼らしい。

 

 孤児かどうかを別とすれば、この年代の子供達が“おつかい”の仕事や日帰りで危険度の低い仕事を各種商工ギルドに置かれているギルド支局や『銀の月』のような場所に探しにくるのは珍しい事ではない。

 流石に『銀の月』にはそういう子供向けの仕事の数は少ないが、それはまた別の問題だろう。

 

 メイズにとって、このふたりは全く別の理由から覚える必要があった。

 それは、王都において知名度だけなら郡を抜いていると言い切れるだけの“悪評”である“壊し屋”という風評を持つ男、ギルドランク黄の“命獣”ジム=エルグランドの知己だという事だ。

 より正確には弟分や妹分と言うのが正しいとは思うのだが、彼女にとってはそれはどうでもよい事だろう。

 メイズにとっては自分を“感知できる”存在というのはそれだけで驚異と言える。

 それに加えて、ジム=エルグランドにある種の共感を覚えてしまう、という事実がまた腹立たしい。

 

 ともかくも、そのような事情から、このふたりを気にかけざるを得ないメイズなのである。

 

 基本的にこの年代の子供というのは、女の子の方が早熟であり、年齢が同じなら男の子の方が弟に見える時期である。

 アルフレッドとアイリスの場合もこの多数例に漏れず、何かと無茶をしがちな少年に対して少女がそれを窘めながら身の丈にあった仕事を請けていく、という感じとなっている。

 

 メイズの見立てではあるが、ジム=エルグランドという青年、はっきり言ってしまえば“子供”である。

 しかしながら、その青いとも言える子供な部分は、少なくとも悪い方向に向いてはいない。

 多分に嘘がつけない、非常に自己主張が下手な人間性なのだろうと思う。

 内心でははっきりとコミュ障と切って捨ててしまっているのだが、それをわざわざ相手に告げて抉るような趣味も持ち合わせてもいない。

 なので、彼女としては無理のない範囲で少年少女にさりげなく恩を売り、青年の心証を良くしておこう、程度に考えている。

 

 少年少女が『銀の月』を拠点として活動しだしたのは、間違いなくグスタフとジム=エルグランドに知己があったからであり、その余録としてグスタフの作る料理が美味だったからだろう。

 ふたりは賢く戒めて、少ない稼ぎを飲食に費やすような真似をしてはいないが、こういった場合グスタフはちょっとした軽食を依頼達成の追加報酬として供する事はよくあるのだ。

 そんな些細な幸せでも、それを目当てに頑張るなら、それはそれでとてもいいことではないか。

 メイズはそんな、大人が小学生を見守るような、そんな感じで接している。

 

 

 このようにして、かの異世界人違法連続召喚事件、公式には事件があったことすら抹消され、一部にのみ《ロワイエ公事変》と呼ばれ、後に多数の古典派貴族が褫爵や降爵、減封や改易といった処罰を降される事になる直接の原因となった事件からひと月程が経った頃。

 

 メイズがそんな生活や変化にも(不本意ながら)慣れてきた頃、それは起こった。

 

 まあ、その事を彼女を含めた全員が考えないように、思い出さないようにしていたのだが、それを責めるのもまた、酷というものだろう。

 

 有為転変は世の習い。

 

 けだし名言である。

 ティカは困っていた。

 

 自分がこの世界に喚ばれてからひと月程が経過している。

 それ自体は全く問題はない。

 

 生活にも全く困ってはいない。

 野生動物の邪魔にならない水場にほど近い潅木の群生地を拠点とし、日の出と共に起きては狩りをして肉を得て、その皮を丁寧に鞣し、骨やらといった素材も余すところなく活用している。

 自分が持つ知識とは植生が異なるため、薬草を採集したりという事には苦戦しているが、自分で食う分には勘とかでなんとなく理解できるので不都合もない。

 血も内蔵も余さずいただいているので、特に栄養素が不足するという事もない。

 保存食を作らずとも十分な獲物が得られる程度には豊かで恵まれた土地だというのも大きい。

 兎に鰐のような牙が生えていたり、鼠なのに足が6本で大きさが犬程もあったり、アルマジロと猪を足したようなのがいたりと、色々と悩む事も多いのだが、とりあえず食うのに問題はないのであまり気にしてはいなかったりする。

 

 むしろ、この世界の人間から見ればだが、エルフィティカは恐ろしい速度でこの世界に順応し、一流の冒険者や未開地に棲む獣人達が呆れるくらい充実した生活を送っている。

 

 どこぞの誰かがティカを草原に“放牧”すると表現していたが、それは放牧される側にあたる動物たちに対して失礼な物言いだろう。

 少なくとも彼らは、放牧された場所で即日、その地域の主に認定されるような勢いで他の動物たちから避けられたりはしないはずである。

 

 そんな野生児という表現が生温い状態にあるはずのティカが、どうして困っているのか。

 

 それは、彼の目の前に山と積まれている毛皮やら鞣し革やら骨やら牙やら角やらが理由だったりする。

 

「う~ん………どうしたもんかな、これ…」

 

 ティカは知らなくて当然なのだが、この山と積まれた素材の数々、もちろん金銭的価値など全くないものも多数あるのだが、非常に高価なものも結構な割合で混じっていたりする。

 

 元々が大食漢でもあるティカは、その食欲を満たす為に結構な勢いで動物を狩っていたのだが、その過程で発生した各種素材で生活用品やら移動用の天幕やらまでしっかりとこさえていた。

 そこまではよかったのだが、持って生まれた習性や習慣というものは非常に度し難いもので、本来なら必要がなくなるはずのそれら素材を、ティカは一生懸命作ったり加工したりしては溜め込んでいた、という訳だ。

 

「う~ん………おいらに嫁とかいればよかったんだけどなあ…」

 

 ティカがこさえた天幕は、実に20人程が暮らせる大きさの、とてもとても非常識な大きさのものである。

 そんな天幕から溢れそうになるほどに素材を溜め込むこの男の頭の具合もどうかしてるとは思うのだが、非常に残念な事に本人は至って真面目である。

 その前に、どんだけ食ったんだよ、というツッコミが入りそうなくらいには質量共に笑えないものとなっているのだが。

 

 尚悪いことに、小峰勇太を保証人に自分で指名したにも拘らず、彼が全く顔を出さない事にひとつの疑問も不都合も感じてはいなかった。

 これは多分に厄介事を面倒くさがった小峰勇太にも罪はあるのだが、彼が予想していた通り、ティカを完全に放置しても、誰にも迷惑がかからなかったのである。

 これまた性質が悪いことに、狩猟民族としての感覚に従って拠点を決めたティカの居場所は、王都を拠点として草原や森林、そして川で狩猟や採集を行う冒険者達の行動範囲からは狙ったようにずれていた。

 むしろ、ティカの存在を嫌って動物たちが動いたため、生息区域が王都寄りになり、色々と楽になったという事実が存在する。

 

 知らず王都の経済状況にまで影響を与えているティカであるが、勿論そんな事を本人が知っている訳が無い。

 

「うん、仕方がないから町に行こう」

 

 ぽん、と手を叩くような感じでのへへんと、まるで旅行にでもいくような感じで宣うティカであるが、地味にティカにとっては最終手段に等しかったりする決断だったりする。

 ティカにしてみれば、わざわざ土地を石や鉄で囲い、畑も家畜も育てずにいるような人間の集団は理解不能な存在だ。

 そもそも、あのような状況でどうやって食っていくつもりなのかと、冗談ではなく本気で思っている。

 

 一度だけギルドに顔を出すために町に入ったが、何から何までがエルフィティカには気に入らない場所だったと言ってもいいだろう。

 

 別に自分が異質なものや汚いもののような扱いを受けたからではない。

 自分も相手にそのような感情を抱いているのだから、それを責めてもはじまらない訳だ。

 あれだけ大量としか表現できない人間が集まって暮らしているのも、それはそれで当然だろうと思っている。

 ティカも含め、人間は“群れる”生き物である。

 方向性が異なるだけで、ティカもやはり人間であるから、そういう社会性についてケチをつける気もない。

 

 ただ、あの“臭さ”は耐え難い。

 

 エルフィティカは、これを“貨幣経済で成り立つ社会性”に対する嫌悪や憎悪から来るものだと自己分析している。

 

 ティカがここまで素材を溜め込んだのは、俗に言う“もったいない精神”の発露だ。

 生命を奪い糧とする以上、そこで無駄にしてよいものなど、爪の一枚毛の一本だって、本来あってよいはずがない。

 故に“食えない動物”は、可能な限り殺さずに追い散らすだけで済ませている。

 もっとも、既にフィールドボスと化しているエルフィティカに近づこうなどという動物はいないのだが。

 

 しかし、このまま毛皮や素材や加工品を溜め込んでも仕方がない。

 とりあえず、存在を思い出したユータに聞けば、最悪でもひと握りの塩や香辛料くらいは得られるだろう。

 臭いのは我慢すればいいだけだし、そこに長居する訳でも住む訳でもないのだし。

 

 そうと決まった以上、面倒な事はさっさと終わらせるに限る。

 

 そう決めて上手に天幕ごと素材を纏めたティカは、それを担ぎ上げると王都に向けて歩き出した。

 酒と煙草と珈琲をのんびりと昼下がりに愉しむ事を日課としている勇太は、今日も今日とて『銀の月』での自堕落な午後を満喫していた。

 

「う~ん……、やはりいいねえ…」

 

「………言いたくはないが、それでは単なるスケベオヤジでしかないぞ」

 

「こちらに可愛いお尻を向けて掃除している姿を楽しむのは、男子の嗜みにして本懐でしょうが」

 

「……………ほらよ、ゲーリック・コーヒーあがったぜ」

 

 呆れたようなグスタフの言葉を気にすることなく、愛用の紙巻の香りを楽しみながら、鼻の下を伸ばしまくっている勇太。

 当然、その視線に気付いているメイズの視線は冷えに冷え切ってバナナで釘が打てそうな温度なのだが、そんなモノに負けるような男では絶対にない。

 勇太がグスタフに要求しているような嗜好品の数々―――主にコーヒー豆と酒である―――は、この店本来の格を考えれば用意するだけ無駄と言える非常に高価で扱いも難しいものが多いのだが、それを文句ひとついわずさらっと用意し、好みを見極めて注文に応じているのは流石と言えるだろう。

 勇太はコーヒーに蒸留酒をカクテルするときは、クリームを抜き砂糖を溶かしこまずに別で添え、ショットグラスで味わう事にしている。

 カクテルとしては邪道なのだが、この方が口内で香りが立つので好みなのだ。

 そういった好みを一発で見抜き、にやりと笑って供するグスタフを勇太は心から尊敬している。

 

 そう、最初の切っ掛けは違ったかもしれないが、今でも勇太がこの店に入り浸る十分な理由が、グスタフの腕にはあるのだった。

 

「メイズちゃんがもってきてくれるんじゃないのがなあ…」

 

「だったらテーブルに運ぶだけで味が変わるようなものを頼むな」

 

 勇太の前に銅製のショットグラスを置き、濃く淹れた珈琲とスコッチをステアしながら、呆れたように文句を言うグスタフ。

 このような掛け合いも既に常態化している。

 

 そんな掛け合いを楽しみながら、ゆっくりと角砂糖を口に放り込み、一気にショットグラスを傾けた勇太だったが、次の瞬間それを思い切り吹き出す事となる。

 その理由は……。

 

 ドォォォォォン!!

「ユウーーーーーーーっ! あんた一体、今度は何やらかしたっていうのよーーーーーーーーっ!!」

 

 そんな破壊音と怒鳴り声と共に、南○獄屠拳な勢いで頑丈な店の扉を蹴り飛ばし、店内に乱入してきたシャンテがいたからである。

 

「敵か!? ここでも敵襲的な何かですかコノヤロー!?」

 

「修理代はお前にツケとくぞ、ユウタ」

 

 吹き出すと同時に椅子から転げ落ち、あたふたと周囲を見回す勇太に、グスタフの無情な言葉が降ってくる。

 

 それに反論しようと顔をあげた勇太の前には、ゴゴゴゴゴゴゴゴという感じの効果音で炎と共に背景を背負い、般若もかくやという表情で腕を組み、仁王立ちしているシャンテがいた。

 

「あ、あの…、お嬢様? 一体この無体な所業は、どんな理由があっての事でございましょう?」

 

 色々と言葉がおかしくなっている勇太だが、その表情に余裕はない。

 あの悩ましくもステキなおみあしの破壊力、それを嫌というほど勇太は知っていたからだ。

 

 本能が叫ぶ。

“今は下手に出ておけ! でないと絶対に俺の未来は、よくてもあの哀れな扉たちと一緒になる!”

 これはもう理屈ではない。

 メイズが更に視線の温度を落として「今度はどこの女に手を出したの?」と呆れたような感じで見つめているのも既に気にならない。

 

 どうやら全力で走ってきたらしく、肩で息をしながら血走った目で睨みつけてくるシャンテに、おそるおそる尋ねる勇太だが、荒い吐息と同時に吐き出された言葉に、目の前が真っ白になる。

 

「東大門の外で、山のように魔物の素材を担いできた裸の男が、衛兵と一触即発なのよ! しかも身分証もなにもないのに、アンタを名指しで呼びつけて! さあ、これがどういう事なのか、そして何をやらかしたのか、今すぐさっさと説明なさーいっ!!」

 

 実はシャンテの視線は怒りではなく心配の色が濃いのだが、どうやら彼女はツンデレに属するらしく、それが勇太に伝わる事はなかった。

 

 もっとも、それを察していたとしても、勇太の態度は変わらなかっただろう。

 

 なぜなら勇太は、その言葉に一気に20歳も老け込んだように真っ白になり、血涙でも流しそうな勢いで絶望していたからである。

 

「なあ神様。あんたやっぱり俺の事、殺したいくらい哀してんだろ……?」

 

 燃え尽きて真っ白な灰になりそうな勇太の様子に首を傾げるシャンテとグスタフだったが、酒場の隅で同じように遠い目をしているメイズがいた事には、幸か不幸か気づくことはなかった。

 ジムは愛用の手甲足甲の修理を終え、その代価としての依頼をこなし、王都へと戻ってきていた。

 

 今回の修理は多分に実験的な要素を組み込まれていたのも、修理費が安価になった理由である。

 

(腕は信用してるんだが、遊びが交じると本気で油断ならねえからな…)

 

 自分の身を守る愛用品の表を撫でながら、ジムは苦笑する。

 日緋色金をベースとしたこの手甲足甲は、多分に厭人気質が非常に強いジムが安心かつ信頼して武具の扱いを任せられる、ほぼ唯一と言っていい職人の手によるものだ。

 ただし、この職人には困った奇癖があり、気に入った人間の武器や防具を勝手に改造してしまう事があるのである。

 基本的に採算度外視で行われる改造であり、性能が落ちるという事はまずないのだが、困った事には違いない。

 

(しかし、日緋色金に水銀を混ぜるとか、普通は考えないと思うんだがな…)

 

 そう思考で愚痴りながらも、にやける口元を抑えきれないジムである。

 その理由は、この手甲足甲に加えられた一種のギミックによる。

 

(まさか、水に浮くようになるどころか、変形までするとは…)

 

 日緋色金をベースとした合金とすれば、変形など異様を通り越してありえないものなのだが、件の職人はその硬度を維持したまま、決められた形状に変形するというギミックを完成させたらしい。

 ただし、欠点はいくつか存在する。

 この“変形”であるが、実はジムの意のままにはならない。

 どうやらジムの“戦意”に応じて変形をするらしい。

 あくまで仮称であるが、変形のパターンをジムはこう呼んでいる。

 通常状態のアーマード、対人用とも言えるブラスナックル、魔物等を相手にする場合のベアクロー。

 

 説明された時は「余計なことを!」と叫びそうになったものだが、習熟を兼ねて依頼に趣いたときには、なるほど便利だと感じたものである。

 

 なにより、自分の特性に添うのが有難い。

 自分の“状態”にあわせて形状を修正してくれるのは、望んでも得られなかった僥倖である。

 

 ただし、量産はとてもじゃないが不可能なシロモノだ。

 必要な材料を聞いた時には、目の前が真っ暗になったのを覚えている。

 冗談ではなく泡を吹いて倒れそうになった。

 

 結論として、金で買うのは不可能に近い、そういうモノに愛用品はなってしまったのだ。

 

(道楽と本人はいってたが、これはダメだろ…)

 

 もう一度言うが、そう愚痴りながらもニヤけているジムがそこに居る。

 

(俺は、この恩を返せる男になれるのか…。いや、ならなきゃあな…)

 

 恩を恩と感じられないような下衆に成り下がった覚えはジムにはない。

 そして、幾人かの、こんな自分を見捨てずに面倒を見てくれる人々が、経済的な意味においての“恩返し”を全く望んでいない事もだ。

 

「そうだな。俺も少しは変わらないといけないのかもな…」

 

 そう呟いたジムの瞳に浮かぶ彩は、柔らかい。

 もっとも、そんな自分に、ジムは未だ気づいてはいないのだが。

 

 そんな心境にあったジムであったが、王都に近づくにつれ、その“本能”が警鐘を鳴らしはじめる。

 否、歓喜に震えはじめた、というべきだろうか。

 

 ジムはその理由に即座に思い当たり、知らずその歩みを止める。

 

 忘れたくとも忘れられない、この独特の気配。

 大天使の角笛を思わせる、圧倒的なまでの存在感。

 以前感じていた異様に過ぎる不安定さがなくなり、重厚にして壮麗な、自分がどれだけ渇望しても決して得られないだろう『領域』へと足を踏み入れた、あのヒトのカタチをした何か。

 

 知らず、先程までとは違う笑みが、その口元に浮かぶ。

 

「へへっ…。こいつは嬉しいねえ…。武者震いってのは、こういうのを言うのかもな」

 

 ジムのこの表情を名付け親であるブリジットが見たとしたのなら、彼女は最初は驚き、そして息子の心境を察したことで、暖かく見守るための笑みを満面に浮かべた事だろう。

 

 なぜなら、ジムのその表情は戦意とは似て非なるものだったのだがら。

 

 もし彼女がその表情について誰かに問われたとすれば、笑顔と共にこう答えただろう。

 

「あの子もようやく“友達”を見つけたのね。そしてそれは、とても良い事だわ」

 

 未だジム自身も知らぬが故に気づかないその感情に逆らう事無く、彼は歩みを再開する。

 

 その足は、それまでの彼の歩みと比べても、非常に早いといえるものだった。

(参ったな…。別においら、喧嘩しに来たんじゃないんだけどな…)

 

 防衛用の大型弩砲に囲まれ、臨戦態勢で大門の奥から無数の敵意を向けられながら、エルフィティカは途方にくれていた。

 

 はっきり言おう。

 この状況に於いて、衛兵達に落ち度はなにひとつない。

 

 どこの衛兵が、大規模な隊商が用いるような荷馬車に積むような量の何かを担いでやってくる、全裸の男をそのままにできると言うのか。

 むしろ、問答無用で攻撃しなかった衛兵を褒めるべきだ、と、誰もが口を揃えて言うに違いない。

 その肌の色といい奇妙な髪型といい、服を着ていない事も含めてだ。

 普通はこんな存在は魔族認定して即時攻撃したところで、誰もその事を責めはしないだろう。

 

 なるべく衛兵を刺激しないように声が届くだろうぎりぎりの距離から「ユータとかいうキモノを来た男を呼んでくれ」と告げたのだが、これがまた悪手だった。

 

 まあ、それはそうだ。

 ティカは全く理解していなかったが、小峰勇太はこの王都にあっては“英雄”である。

 ただの一閃にて国を脅かしていた竜を屠り、その偉業を以て最初から“赤”となり、つい先日は異常繁殖したマンイーターの、実に半数を単独にて駆逐した、現代の英雄。

 アルカンシェル創設に関わったといわれる“紫電一閃”の再来とも呼ばれる、ギルドの頂点に輝かしく君臨する男なのだ。

 ついでに付け加えるなら、500m先から“衛兵全員の耳元”に声を届かせるような化物など、危険視して当然である。

 

 極端な話、そんな事を“やらかした”ティカの口から勇太の名前が出ていなければ、今頃は追い払うための攻撃が開始されていたことだろう。

 小峰勇太はそれだけの有名人であり、民衆や下級軍人にとってのヒーローであるから、その名前を利用して吹くような連中も数多い。

 そんな連中の大半は鼻で嘲笑され恥をかく事になるのが常なのだが、なにしろ名前を出した相手が異様に過ぎる。

 

 そういった事情から、たまたまその場にパトリエール卿の孫娘が居た事もあり、至急事実確認に走っているのが現在の状況という訳だ。

 

「めんどくさいなあ…。やっぱり帰ろかな…」

 

 ちなみにエルフィティカだが、パトリエール卿からくどいくらいに「頼むから目立たんようにしていてくれ!」と言われた事は、綺麗さっぱり忘れていたりする。

 

 そして、そんな状況を全く気にする事なく地面にどっかりと胡座をかいてぼけーっとしているティカであったが、背後から漂ってくる“臭い”に、ゆっくりと首を傾げる。

 

 徐々に近づいてくる“臭い”に合わせて門の方が再び騒がしくなってくるのだが、ティカにとっては門の方は気にかける必要もない。

 なぜなら、その“臭い”はティカがこの世界に呼ばれてから最初に知ったものであり、忘れようにも忘れられないものであったからだ。

 その“臭い”は、戦意はあれど敵意はないという気配を隠そうともせず、ずかずかとお互いの間合いに踏み込んでくる。

 

「よう、久しぶりだな。………とりあえずお前、何か着ろや…」

 

 全裸でぼりぼりと頭を掻きながら欠伸でもしそうな顔を向けるティカに向かい、ジムがかけたのはそんな言葉だった。

 ジムの顔も態度も、隠しようもない呆れに満ち満ちている。

 

「ん、気持ち悪いの、お前も元気そうだな」

 

 現在のティカには、ジムを敵視する理由は今のところ存在しない。

 何故なら、ジムとの邂逅は不幸に不幸が重なった上での偶然であり、ジムの存在や立場を自分が勘違いしていた事をしっかりと説明されていたからだ。

 故にジムを“気持ち悪い”と呼ぶのは、別に皮肉や嫌味ではなかったりするのだが、流石に気持ち悪い呼ばわりが堪えるのか、微妙に顔を歪めてジムは答える。

 

「一応俺にも、ジム=エルグランドって名前があるんだが」

 

「そうか。そりゃ悪かった。んで、ジム。お前、こんな所でなにしてんだ?」

 

 暢気に返事を返すティカに、出したくもない溜息で応えるジムである。

 

「いや、それはともかく、いいからまずは何か着ろよ……。え~っと、お前、名前はなんていうんだった?」

 

「……おお! そういえば名乗ってなかったな。おいらはティカ。虹の部族のエルフィティカだ。よろしくな」

 

 再三の「服を着ろ」発言をガン無視したまま片手をあげて挨拶するティカに、ジムは己のこめかみが引き攣るのを自覚する。

 

「もう一度だけいうぞ? い・い・か・ら・さ・っ・さ・と・ふ・く・を・き・ろ・!」

 

 青筋を浮かべながら睨みつけるジム。

 ぶっちゃけ熊のがましと言える形相だ。

 子供が見たら多分心に深い傷を負うに違いない。

 しかし、ティカはその凶悪な形相を気にした風もなく、ゆっくりと伸びをする。

 

「ああ…、そういやあ、裸はまずいんだったな。悪いわるい」

 

 戦いでもないってのにお前ら不便だな、とか呟きながら、エルフィティカはどこからともなく取り出した腰巻を身に纏う。

 

「上着はねえのかよ…」

 

「? 別に寒くないぞ?」

 

 こてん、と首を傾げて答えるティカに、これ以上の着衣は不可能と判断し、ジムは再び溜息をつく。

 

(どうにもコイツを放置しておけない。いや、コイツがそういうものを必要としているかどうかというなら全く必要としてないのは理解できてはいるんだが…)

 

 そしてティカは当然としてジムも気付いていなかったのだが、彼らの様子は遠目に見た場合、一触即発とも言える緊張感に満ちた、決闘前のそれだったりする。

 

 謎の魔族vs壊し屋。

 

 闘技場でなら銭を取ってメインイベントを張れてしまいそうなカードに、衛兵達の緊張は不必要に増していく。

 当たり前なのだが、入場審査を待っていた一般人の方々は、既に門前から退避完了済みである。

 

 そんな異様な空間を形成している門前に、程なくしてひとりの男がやってくる。

 

 この際、その男の目がなんとなく潤んでいる感じだとか、なんか背中が煤けてる感じがするとか、そういうのは見ない振りをしてあげるべきだろう。

 

「はいはい、そこまで! タイム! たんま! Just a moment please !!」

 

 前にも同じような状況で同じ事を言ったような気がする勇太だったが、心境としても似たような感じだった覚えがある為、なんとなく悲しい気持ちになっていたりもする。

 

 そして、そんな勇太に対するふたりの反応は、見事に一寸の狂いもなく、完璧なユニゾンをもって行われた。

 

「「あ、おっさん」」

 

「誰がおっさんじゃあっ! あんまナメてると、てめえらまとめて膾にすんぞゴルァァア!!」

 

 反射的に鯉口を切り、電磁波の余波で髪の毛を逆立てて怒鳴る勇太は、この場では間違いなく被害者であろう。

 

 激怒する“竜殺し”を前に一歩も引かずに対峙する“壊し屋”と“魔族”という、向こう10年くらいの災厄が一気に押し寄せてきて煮詰められたかのような状況に、衛兵達は既に死を覚悟していた。

 

 遠くて聞こえないが何やら口汚く罵り合っているのが手に取るように理解できる、この悪い魔女が手塩にかけて煮詰めまくった釜の底のような状況が改善されるのは、勇太を心配してかけつけたシャンテが衛兵に状況を説明され、勇太の後頭部に全力でハイキックを叩き込んだ、その後の事となる。

 

 余談ではあるが、この時の光景を見た衛兵達を皮切りに、シャンテが非公式に“爆殺蹴姫”と呼ばれるのはそう遠くない未来の事である。

 現状曰くまさにカオス。

 

 『銀の月』にやってきたエルフィティカが抱いた感想は、ただしくこの言葉に集約されていた。

 

 まず、哀れにも頭部が西瓜であったなら間違いなく爆散していたであろう、強烈なハイキックを食らって気絶しているユータは、明らかに憐れむような雰囲気を漂わせたジムに担がれた状態で店へと帰ってきた。

 ユータは現在、既に指定席となっているカウンターの一角で、哀れな骸となって据え置かれている。

 

 ジムはジムで、依頼の完了をグスタフに告げに来た訳だが、この惨状を前にして途方に暮れている。

 厭人気質ではあっても十分に空気が読めるジムは、今ここで自分がリアクションを起こせば、店内が更なる混沌へと叩き込まれるだろうことが理解できている。

 結果、なんとなくではあるが店に入ることも躊躇われる状況の為、入口に立っている訳だが、結果としてそれが無関係な人々の介入を防ぐ事になっているのは、恐らく唯一の朗報であろう。

 

 メイズは、早々に理由をつけて店を脱走していなかった自分を盛大に呪いつつ、津波のように襲ってくる頭痛に必死で耐えている。

 神の見えざる手による、この強引すぎる“なにか”に、彼女は必死で耐えていた。

 ここは仮にも“表のメイズ”の居場所である、間違っても“もうひとつの顔”を出すわけにはいかないのだ。

 故に彼女は今、何もかもをブチ壊したくなる衝動と全力で戦っている。

 

 勢いでユータをノックアウトしてしまったシャンテは、あやしい影を背負ったまま一緒に戻ってきて、現在は酒場の隅で体育座りをしている。

「もうお嫁にいけないかも…」

 そんな言葉と共にシクシクと泣いている姿からは、先刻の爆殺シューターの面影は微塵も感じられない。

 嫁にいく気があったのか、というツッコミがきそうではあるが、彼女もまだまだ夢見る乙女、という事なのだろう。

 

 店主であるグスタフは、ティカが持ち込んだ大量の素材を前に絶句している。

 一匹で荷馬車一台分にもなるような大型魔獣の素材であったならともかく、その大半が初心者向けともいえる王都付近の草原や森林で得られる獣の素材である。

 需要はそれなりにある為、大量に持ち込まれたとしても問題はないのだろうが、やはり何事にも限度というものがある。

 絶句したグスタフが、そのまま魂が抜け落ちたかのような溜息をついたのは、むしろ当然と言えるだろう。

 

 この余りにもカオスに過ぎる状況に拍車をかけるように、本日の“おつかい”を終えたアルフレッドとアイリスが帰ってくる。

 予想していなかった優しい兄貴分の登場に笑顔で駆け寄ってきたふたりだが、異様に過ぎる店内の状況に絶句し、ジムの腰に縋り付いて沈黙を保っていた。

 孤児という出自から空気を読むことに慣れているためか、その顔は不安に揺れている。

 ジムとしては、かける言葉も見つからないため、せめてふたりの頭に手を置いてやることくらいしかできないでいたのだが。

 

 いつの間にかやってきていたウリヤーナは、ぴくりとも動かない勇太をつんつんと指でつつきながら、なんとなくご満悦な様子。

 どうも、場の空気の異様さよりも、彼女的仇敵であるシャンテやメイズがおかしくなっているという現状が勝っているらしい。

 普段はウリヤーナのスキンシップを嫌がる勇太が、気絶している為に全く抵抗しないのも、地味にポイントが高いらしい。

 つついたり撫でたりハグしたり、と、割とやりたい放題である。

 

 同様にいつものように鼻歌を歌いながら機嫌よく戻ってきたソフィは、この惨状に絶句し、周囲を気遣いながらこそりとメイズに声をかける。

「ねえ、今日はいったいどうしたの?」

 ソフィの問いに、力なく笑いながら、メイズはぽつりと呟く。

「神様なんて死んじゃえ…」

「………え?」

 精気のないどんよりとした瞳でそう呟くメイズに、思わず引いてしまった彼女を誰も責められまい。

 結果としてソフィもまた場の空気に飲まれ、こそっとカウンターの隅に座っている。

 

 そして、そんな混沌の玉座と化した『銀の月』の中心にいるティカはといえば、それらの空気を全く読まず、嬉しそうに床に座り込み、蓮のような葉で包まれた何かを取り出す。

 

「おいら、腹減っちまったな…」

 

(((((((この状況で腹減ったとか、ありえなくない!?)))))))

 

 奇しくも店にいる人間―――例外は当然いるが―――の思考がひとつになる。

 

 ティカは、そんな自分を射抜くように凝視する人々を全く意に介さずに、機嫌よく葉っぱを広げた。

 

 そして、そこにあったのは…

 

(((((((生肉じゃねえかよっ!)))))))

 

 再び、心の中で全員がツッコミを入れた。

 

 そりゃそうだ。

 こんな、様々な宗教の葬式を同時に行っているかのような異様な空気の中で、食事をはじめるだけならともかく、いや、それにしたって酷い言動ではあるのだが、よりにもよって取り出したのが10kgはあろうかという生肉のカタマリである。

 しかし彼は、そんな周囲の視線も心の叫びも気にせずに、どこからともなくぴっかぴかに磨き上げられた石のナイフを取り出すと、それで生肉を削いで口に運びはじめた。

 

「「「「「「「そのまま食うのかよ!」」」」」」」

 

 とうとう耐え切れず、全力で突っ込まざるを得ない人々。

 その気持ちはよく解る。

 

 対するティカはといえば、肉を咥えたままきょとんとしている。

 

「ん~………。もしかして欲しいのか? だったら遠慮すんな? うまいぞ?」

 

「「「「「「「いらんわっ!」」」」」」」

 

 あまりにも見当外れな言葉に、魂を搾り出すような声で再びツッコミを入れざるを得ない人々。

 報われないツッコミだと理解していて尚、言葉にせざるを得ない彼ら彼女らの苦悩は察するに余りある。

 

 そんな人々の心からの叫びを完璧にスルーし、ティカはこてんと首を傾げる。

 

「おかしな奴らだな……。しっかり食って寝ないと、そのうちアホになっても知らないぞ?」

 

「「「「「「「「「「お前が言うなあっ!!」」」」」」」」」」

 

 流石に(色々な意味で)耐えられなかったのか、『銀の月』に居る人々全員の叫びがひとつとなった。

 得てして、神話や英雄譚の真実などは、凡そこのようなものである。

 

 真実より虚構が美しい事など、それこそ安酒場の酔客を例にとるまでもなく、どこにでも転がっているありふれた話だ。

 

 しかして、後世にその名を轟かせ、数々の偉業と共に語られる四人の英雄たち…。

 

 その出会いは、このように語られている。

 

 

“不夜城に輝く銀盤の下に彼らは集う”

“慈悲深く勇敢なる神々の導きに従い”

“救世の願いと真摯なる祈りに応えんが為に”

“其は必然にして運命の出会い”

“勇者が勇者として”

“英雄が英雄として”

“共に世界を翔ける為に”

“約束の場所へと至る物語”

“かの英雄達は魂を糧に名乗りをあげる”

 

“ひとりは気高く雄々しい剣の申し子”

 

“ひとりは生命の優しさを識る獣の支配者”

 

“ひとりは夢と現を渡る真理の担い手”

 

“ひとりは罪をその身に刻みし巡礼者”

 

“かくて英雄たちの旅路の幕は開く”

“彼らの往く道標に神々の祝福のあらん事を”

 

 

 もし本人達が聞いていれば、恥ずかしさの余り海老反りで悶えかねない内容ではある。

 が、どうせ止めようもないのだから、後で知って存分に苦しむのが作法というものだろう。

 

 そんな、当事者としては「異議あり!」と叫ぶしかない英雄譚の主役達。

 

 

 数々の異名と共に万象悉くを一刀にて絶ち斬ると語られる“無双絶刀”ユウタ・コミネ

 

 その咆哮は天を裂きその四肢は地を穿つと謳われる“優しき命獣”ジム=エルグランド

 

 万物の言葉を言祝ぎ夢の世界を渡り歩くと伝えられる“万華鏡”ミラーメイズ

 

 新たな神話と共に祈りと豊穣を蒔き歩いたと言われる“千寿の伝道師”エルフィティカ

 

 

 

 

 後の世に永く語り継がれる彼らの“神話”の、これがはじまりである。

                 ただ、今現在この時代に於いては、その事を誰も知らない

 

さて、後書きと相成ります。

 

このリレー小説ですが、元々が私の思いつきと我儘からはじまったものです。

 

なんとなく、これで終了しちゃいそうな感じで「邂逅編」は纏めさせていただきましたが、当然ここで終わるなんて事はございません。

 

巻き込まれたYTA氏、峠崎丈二氏、赤糸氏には申し訳ありませんが、これからも当分は、この血を吐くマラソンにお付き合いいただければ、と思っております。

 

次の章の投稿に関しましては、10月中はお休みをいただきまして、来月からを予定させていただいております。

 

まあ、その前に地獄の加筆修正作業とか、色々と待ってるんですけどなー…

 

 

ともかくも、まずはここまでお付き合いいただけた事に心からの感謝を、参加作家全員に成り代わりまして、篤く御礼申し上げます。


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