No.617634

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第七話

ムカミさん

第七話の投稿です。

嵐の前の静けさだとしても、台風の目の中だとしても、平穏なパート中は戦の喧騒を忘れてしまいそうです。

2013-09-09 10:28:21 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:10272   閲覧ユーザー数:7511

季衣が曹操軍に参入し、桂花が秘密裏に情報統括室長に就いてから幾ばくかの月日が流れていた。

 

これはそんなある日の陳留での出来事。

 

 

 

 

 

 

「ん~~……」

 

陳留の城、その一室にて朝から一人何やら悩んでいる様子の春蘭の姿があった。

 

「姉者、ちょっといい…どうしたのだ、姉者?」

 

春蘭に何やら用事があった様子の秋蘭がその部屋に入るなり、悩む春蘭という珍しいものを目にして思わず問いかけていた。

 

「ん?おお、秋蘭か。いやな?戦場での一刀のことなんだが…」

 

「ふむ?一刀がどうかしたのか?」

 

「ここ最近の賊討伐の時なんだが、一刀が副官に就いている時にはどうも妙な感覚がするのだ」

 

「妙な、とは?」

 

「何かこう、いつもと違う感覚がだな…」

 

実は菖蒲が参入して以降、春蘭はより良い訓練相手が出来たことで今まで以上の速度でその実力を伸ばしてきていた。

 

そして、実力が付けば付くほど、一刀と共に駆ける戦場で感じる違和感が増してきていた。

 

初めの内は春蘭もただの勘違いだと考えていた。ところが、日を追う事にその違和感は強くなっていく。その度に一刀について考えることが増えていた。

 

そして、先日遂に無視することが出来なくなり、悩んでいたのが先程の状態であった。

 

「…姉者、一つ聞きたいことがあるのだが。変なことを聞くかも知れんが答えて欲しい」

 

「何だ?言ってみろ」

 

「一刀が副官として就いている時の方が姉者自身も部隊全体も勢いが増すように感じるのではないか?」

 

「むむ?…おお!確かにそうだな!」

 

「やはり、か…」

 

秋蘭は以前から一刀の付いた春蘭の部隊の勢いが増すことに気づいていた。その理由を一刀に問いただしたことがある。その時一刀はこう言ったそうだ。

 

「”春蘭は兎に角突撃が好きだから、その邪魔になりそうな熟練度のある弓兵や槍兵を優先して潰しているだけ”、か」

 

「ん?どうしたのだ、秋蘭?」

 

「姉者、一刀がいる時に勢いが増すのは錯覚ではないぞ。一刀の的確な補佐のおかげだ。ちなみに父上の下で軍を率いていた時からずっとそのような補佐をやってくれているぞ」

 

「何?そうなのか?」

 

「ああ。それにそうすることで姉者に万が一が起こる可能性を極力排除することに繋がるから、とも言っていた」

 

「私が雑兵などにやられるわけがなかろう!」

 

「戦場は何があるかわからないのだぞ、姉者。だが、一刀がやっている姉者の補佐は多分に危険を孕んでいる。その負担を減らすためにも姉者にはもうちょっと猪を直す努力をしてもらいたいものだがな」

 

これは秋蘭が常日頃から考えていたことでもある。春蘭は勿論のこと、一刀も数年という時を共に過ごし、簡単に失いたくはない存在となっており、2人の身の危険を少しでも減らすために度々春蘭にそのことを伝えているのだった。

 

しかし。

 

「だが私にはちまちまとした作戦など性に合わん!」

 

いつもこの通りである。

 

「少しは考えておいてくれ、姉者。姉者自身の危険のみでなく一刀の危険の減少にも繋がることだからな」

 

結局秋蘭はいつもこのような曖昧なことを言うに留まってしまっているのが現状であった。

 

そして更にもう一つ。秋蘭が気になっていることがあった。

 

秋蘭は丁度いい機会だと考え、それを春蘭に問うてみた。

 

「姉者、一刀のことで一つ聞いてみたいことがあるのだが」

 

「ん?何だ、秋蘭?」

 

「姉者は一刀の実力について疑問に思ったことはないか?」

 

「一刀の?…う~ん、あいつも確かに強くなっているなとは思うが、特別に思うところは無いな。何故そう思うのだ?」

 

「調練にしても戦場でも、一刀は何やら力を隠しているように感じる時があるんだ」

 

武官として前線に立つと同時に文官としての役割もこなす。そんな秋蘭だからこそ感じた疑問とも言えた。

 

何より、秋蘭は一刀による”天の知識”を知っている。であれば”天の武”もあるのではないか、と。かつての予言を思い出しながら幾度となく考えていたのである。

 

「何故隠す必要がある?武は全力を示してこそ、だろう?」

 

「まあ、確かにそうなんだが…姉者も一応心の片隅にでも置いておいてくれ」

 

結局今の段階では疑問の域を出ないものであることには変わりないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、菖蒲さん」

 

「あ、おはようございます、一刀さん」

 

春蘭が部屋で悩んでいる頃、陳留の城の廊下に挨拶を交わす1組の男女の姿があった。

 

「うん。大分慣れてきたかな?この分だと思ったよりも早く克服できるんじゃない?」

 

「だといいのですが…」

 

会話をしているのは一刀と菖蒲である。

 

しかし、その様子は菖蒲が曹軍に参入したての頃に比べると天と地ほどの差があった。

 

このような状況となっている理由を探るには随分と時間を遡る。

 

 

 

過日。一刀は菖蒲の恐怖症克服の任を受けた後、どのような方法を採るべきか悩んだ。

 

悩んだ結果。

 

「菖蒲さん。恐怖症克服の件なんですが、取り敢えず『暴露療法』と呼ばれる方法でしばらくいってみようと思います」

 

「あ、あの。それは一体どのような…?」

 

「暴露療法は簡単に言うと恐怖の対象に少しずつ心と体を慣れさせていこう、という方法です。それと、恐怖症を克服するにはまず対象をよく知ること、とも言われます。そこで、菖蒲さんは男性について疑問に思うことがあるなら遠慮なく私に言ってください。答えられる限りは答えさせていただきますので」

 

「な、なるほど。」

 

このような会話がなされたのが1月程前。

 

それ以来、どれほど忙しかろうが、最低でも会話程度は毎日行うことを心がけてきた。

 

この方法が以外に当たりだったのか、当初は1丈半近くも離れていなければ落ち着いた会話ができなかった菖蒲だが、今ではその距離が3尺を切るほどにまでなっていた。

 

なお、一刀の口調が菖蒲に対して砕けたものになっているのは半月ほど前のとある日に、男性に慣れる一環として春蘭達と同じように話して欲しい、と菖蒲が申し出たことに起因している。

 

 

 

「本日も調練の後に季衣ちゃんに稽古をつけてあげられるのですか?」

 

「そのつもり。季衣は純粋だから言った事を素直に聞き入れてくれてどんどん強くなってるよ。何度か一本取られたこともあるしね」

 

「そうですね。私もそろそろ一本取られそうです」

 

会話の内容は特に決めてはいない。しかし、現代のように趣味の話に興じようとしてもこのご時世、そこまで趣味に時間を割くことが出来ない。そのため趣味の話はものの数日で種切れしてしまった。結局、武官らしく毎日の調練の様子や季衣の稽古、春蘭や秋蘭との仕合いの話が大半を占めることになっていた。

 

「そういえば、最近新たな虚の攻撃の型を考案してみたんだ。空いてる時にでも立ち合ってもらえないかな?今度こそ菖蒲さんを引っかけてみせるよ」

 

「ふふ。そう簡単には引っ掛かってあげませんよ?」

 

ここ最近では菖蒲は一刀に対して笑顔すら見せるようにもなって来ていた。

 

実は菖蒲の克服がこれほどまでに早く進んでいることにはいくつか理由がある。その内、主たるものの一つを挙げると、かの仕合い及び戦以降、一刀に感じた違和感が気に掛かり、一刀について考えることが多かったことがある。これが偶然ではあるが『恐怖の対象についてよく知ること』を促進する結果となったからだろう。

 

「っと。そろそろ朝の調練の時間かな。それじゃ、俺はこれで失礼するね」

 

「はい。私もそろそろ桂花さんへの報告に向かいます」

 

そうして2人はその場を離れていった。

 

 

 

 

菖蒲は桂花への業務報告を終えた後、廊下を歩いていた。角を曲がると、その先に見知った顔を見つけ、その女性に声を掛ける。

 

「零さん、おはようございます」

 

「あら、菖蒲じゃない。おはよう」

 

菖蒲が零と呼びかけた女性。それは司馬懿仲達その人だった。

 

「大分武官が板についてきたみたいね、菖蒲。華琳様や春蘭達も随分頼りにしているみたいだし。羨ましい限りだわ」

 

「そんなことありませんよ。春蘭様や一刀さんがいらっしゃらなければすぐに故郷に帰っていたかも知れません」

 

親しげに会話を始める2人。実はこの二人、元々はそこそこに平和な邑に住む同郷の士であった。しかし、司馬懿は来る乱世を予測しており、また己の野望のことも相まって、邑一の武を誇る菖蒲を誘って華琳の下に仕官しに来たのだった。

 

「運も含めて実力の内よ。そう言えば、聞く機会が無かったけど、あなた、部隊の指揮は大丈夫なの?相手は男ばかりでしょう?」

 

「はい。戦場では戦に集中することで多少であれば大丈夫ですし、何より一刀さんがこの体質の克服に尽力してくださっていますので」

 

菖蒲の体質を知っているが故に、それを心配する司馬懿だったが、菖蒲の返答を聞き、僅かに眉を顰める。

 

「さっきもその名前出てたわね。名前の感じからして男のようだけど」

 

「春蘭様、秋蘭様の副官の夏侯恩さんのことです。零さんはお会いしたこと、ありませんか?」

 

その名を聞いた瞬間、司馬懿の顔が一瞬だけ鋭くなった。

 

「夏侯恩、ね。確かに会ったことはあるわ。…菖蒲、あなたあいつのこと詳しく知ってる?」

 

「いいえ、そこまで詳しくは。春蘭様…いえ、秋蘭様なら詳しいと思うのですが、何か知りたいことでもあるのですか?」

 

「ええ、ちょっと気になることがあってね」

 

「……」

 

司馬懿の為人を見抜く目は菖蒲も相当に高く評価している。その司馬懿をして気になることがある、と言わしめた一刀。それはつまり司馬懿の目でも一刀の為人を見抜ききれなかったことを示していた。

 

(やはり一刀さんには何か秘密がある…あの時感じた違和感、あれは結局今でもその正体がわかっていません。あの違和感の正体がわかればその秘密に飛躍的に近づけると思うのですが…)

 

菖蒲も司馬懿もそれぞれの観点から一刀には秘密があることをほぼ確信していた。しかし、それにたどり着くための糸口がどうしても見つからない。そんな状況であった。

 

この後2人は2、3会話を交わし、それぞれの仕事へと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

夜。

 

陳留の城、その中庭にある東屋に菖蒲の姿があった。

 

「ふぅ…」

 

菖蒲は先程から何度もため息を零していた。朝方の零との会話がずっと気になっており、どうにも眠れないのである。

 

(あの零さんがわからないのですから私ではどうしようもないのかも知れませんが…気になってしまうものは仕方がないですよね…)

 

最早思考は堂々巡りを続けている状態であった。

 

考えるが故に眠れない。眠れないが故に考える。まさに悪循環。

 

このままでは埒が明かない、と思い始めたその時。

 

「……?今何か…」

 

菖蒲は微かな気配を感じた気がした。

 

このまま東屋で惚けていたところで何にもならない、と思い立ち、菖蒲は気配がしたと覚しき方向へと歩き出す。

 

しばらく歩いていくと、陳留の城壁、その近くに生えている大きな木の下に一人の人物がいるのが目に入った。

 

(一体どなたでしょう?こんな時間にこんな場所で何を…)

 

少々興味がわいてきた菖蒲は近くの木の陰に身を潜め、目を凝らした。

 

菖蒲の視線の先では、果たして2体の木人形に向かい腰に佩いた刀の柄に手を当て、目を瞑って集中している一刀の姿があった。

 

「…………っ!!」

 

しばらく動かなかった一刀が目を見開いたその刹那。菖蒲の目には2筋の閃光が走ったように見えた。

 

一拍の後、ドサッ、と一体の木人形の上体が地に落ちた。もう一体の木人形は腰の部分が半分ほど切れてズレてしまっていた。

 

(は、疾い、疾すぎますっ!!)

 

木人形を見てようやく先程の閃光が剣閃だと理解できた菖蒲はその余りもの疾さに驚愕していた。

 

「ふぅ。まだ2体は無理、か。…ん?」

 

「っ!?」

 

一刀が俄かに菖蒲が隠れている木の方へと視線を送る。そのことに菖蒲は慌てて頭を引っ込めて隠れた。

 

暫し視線を向けていた一刀だったが、突然その視線を切ると徐ろに地面から何かを拾い上げる。恐る恐るその様子を覗き見ると、一刀は手に木の葉、枝、そして小石を持っていた。

 

そして、一刀はまず木の葉を放り投げ、胸の辺りを通過しようとしたところで居合切りを放つ。木の葉は主脈に沿って綺麗に真っ二つに切れていた。

 

続いて枝を放り投げ、木の葉の時と同様に居合で切る。こちらも綺麗に真ん中で切られていた。

 

(本当に疾い…そして綺麗な斬撃…)

 

菖蒲は一刀の居合にすっかり見入ってしまっていた。

 

そして一刀は最後に手に残った小石を今までよりも高く放り投げる。

 

この小石も真っ二つにしてしまうのか、と菖蒲は思わず小石を目で追ってしまった。一刀から視線を切ったのはほんの一瞬。しかしふと気づくと今までそこに居たはずの一刀の姿が無い。菖蒲がそのことに気づいた直後、”それ”は起こった。

 

「何者だ?何の目的でここにいる?」

 

「~~~っっ!?!?」

 

突然の背後からの声。底冷えするような冷たい声と熊をも殺せそうな殺気に当てられ、菖蒲は声を上げることすら出来ずに固まってしまった。

 

「…あれ?菖蒲さん?わっ!ごめんなさい!」

 

一刀がすぐに気づいて刀を引いたためにその緊張状態は長く続かなかったとはいえ、菖蒲の全身から力が抜けてしまうには十分なものだった。

 

「はぅぅ…」

 

菖蒲は力無くその場にへたり込んでしまう。先程の事態の影響が今ようやく出てきて、心臓が痛い程に脈打っていた。

 

「本当にごめん、菖蒲さん。てっきり他国の間諜が潜んでいるのかと」

 

言いつつ一刀は菖蒲に手を差し伸べる。菖蒲はその手に掴まって何とか立ち上がり、多少気持ちを落ち着けて話し出した。

 

「あ、い、いえ。こっそり覗いていた私にも非がありますから…ところで一刀さん、先程のものは一体…?」

 

「ああ~、うん…えっと…内緒にしておいて欲しいんだけど、いいかな?」

 

「は、はい。勿論構いません」

 

一言断ってから一刀は菖蒲の問いに答え始めた。

 

「依然秋蘭から俺の『居合』については聞いたんだよね?居合は多数を相手取って戦うには不向きな技術。でも俺の素の武はそんなに高くはない。だから、これを修練していたんだ」

 

そう言いながら一刀は2体の木人形を手の甲で軽くたたき、苦笑いを浮かべる。しかし、菖蒲はその答えに到底納得できなかった。

 

「…何か誤魔化していますよね、一刀さん?先程の動き、私は全く反応できませんでした。私の所見では先程の一刀さんは春蘭様すら凌駕されているのではないですか?」

 

「……」

 

菖蒲の問い掛けの形式を取った追及。それに一刀は答えられなかった。

 

「…一刀さんは初めて私と仕合った時のことを覚えていますか?」

 

「…ああ」

 

「あの時、一刀さんはわざと負けたんですよね?ずっとあの時の一刀さんの行動に違和感を覚えていたのですが、先程、何となくですがわかった気がします。一刀さんは本当の実力を隠してらっしゃるのではないですか?」

 

実は一刀は菖蒲との最初の仕合いの最後の一撃において、剣を交わらせる角度を僅かに変え、自身の力が十分に伝わらないようにしていた。菖蒲の指摘通りわざと負けるために行なったことであった。

 

既に菖蒲の中では一刀の手加減は確定事項となってしまっている。ここで下手に否定したり誤魔化そうとするとこの内容が周りの者達に知られかねない。それだけは避けたい、となれば、最早一刀の取れる行動は一つしかなかった。

 

「認めるよ。確かにわざと負けた。菖蒲さんの将軍昇格に影を差したくなかったからね」

 

「何故…何故実力を隠されているのですか?!それ程の武があればすぐにでも将になれるでしょう?!」

 

「…それには俺なりの理由があるんだ。いずれ菖蒲さんも含めて皆に話す時が来るよ。それまで秘密にしておいて貰えないかな?」

 

「それほどまでの理由、ということでしょうか?」

 

この菖蒲の問いに一刀はコクリと頷く。そして、全て語り尽くしたと言わんばかりに菖蒲の瞳を真っ直ぐに見つめてその回答を待つ。

 

「…わかりました。一刀さんには色々と助けていただいてます。そんな一刀さんを徒らに困らせるのは私としても本意ではないです。ですが!いつか必ず教えてください。これだけは約束してくださいね」

 

「うん、それは大丈夫。ありがとう、菖蒲さん」

 

菖蒲が諾の返事をしてくれたことに満面の笑みで返す一刀。すると。

 

「い、いえ!お礼を言われることでは!そ、それと、これはお願いなんですが、一度私と本気で仕合って頂けませんか?」

 

既に落ち着いていたはずの菖蒲が俄かに慌て出した。それを誤魔化すかのように仕合いの申し込みを早口で捲し立てる。

 

「??それくらいなら構わないよ。でも、周りに人がいないことが保証されていないと出来ないから…後日、準備を整えて迎えに行くよ」

 

菖蒲が慌てたことを少々訝しみつつも一刀は菖蒲の申し出を受けた。

 

「ありがとうございます。あ、もうこんな時間…私はそろそろ戻りますが、一刀さんはどうされますか?」

 

月の位置を確認すると、既に日を跨いでしまっている。それに気づいた菖蒲はこの日は部屋に戻ることを決めた。

 

「俺はもうちょっとだけやっていくよ。おやすみ、菖蒲さん」

 

「はい、おやすみなさい、一刀さん」

 

短い会話を最後に交わし、菖蒲は部屋に戻っていった。その足取りは暫くの悩みが解けたことで幾分軽やかなものであった。

 

 

 

 

数日後、誰も利用していないはずの第3調練場からボロボロになりつつもどこか晴れやかな顔をした菖蒲の姿を見たものがいたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

時は移り、ここはとある日の情報統括室。

 

現在、この部屋では桂花と一刀が話をしていた。

 

「それじゃあ、零は裏切る可能性がある、ってことなの?」

 

「はい。少々気になることがありましたので暫くの間調べておりました。結果は報告書の通りです」

 

「”文官、軍師としての能力は高いものがあるようだが、それに比例するがごとく野心も大きい気がある”か…野心の向く先によっては確かに危険ね」

 

「最悪の場合、国取りにすら発展しかねないかと」

 

「…ないとは言い切れない、むしろあると思った方が良さそうね。わかったわ。これから零には黒衣隊を一人監視につけておきましょう」

 

桂花は報告を聞き、司馬懿の警戒を決定する。

 

この警戒は結果的に無意味なものとなるのだったが、この時点では最良の判断であったと言えるだろう。勿論、この時の2人にはそんなことは決してわからないのであるが。

 

「今日の報告はこれで終わり?」

 

「はい、そうなります。黒衣隊でもって内偵すべき有力諸侯の現時点での情報は一通り集まりましたし、監視組以外の人員を例の件に回してもよろしいですか?」

 

「そうね…暫くは表向きの間諜連中で事足りるし、構わないわ。ただし、指令出したら即座に応じなさいよ?」

 

「御意に。では失礼しました」

 

報告を終え一刀は統括室を退室する。残った桂花は今の会話を反芻し、ふと呟いた。

 

「華琳様の仰ったことはそういうことだったのかしら?」

 

桂花は零を紹介された後に華琳に掛けられたとある一言がずっと気になっていた。

 

曰く、零はどのような形であれ覇道に大きく関わってくる、桂花も注意しておきなさい、と。

 

桂花は今までは、零と筆頭軍師の座をいずれ争うことになる、という意味で捉えていた。

 

ところが、もし華琳が零の才能に隠れた野望に気づいていたのだとしたら、一刀の言った意味でも捉えられることとなる。

 

今はむしろその考え方の方が合っている気がしていたのであった。

 

「ま、何にせよ、私は私のやるべきことをやるだけよ」

 

敢えて声に出すことで気を持ち直し、桂花は情報の整理作業に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

また別のある日。

 

調練場では一刀が季衣に稽古をつけていた。

 

「やぁっ!」

 

「よっと」

 

「てりゃぁっ!」

 

「んっ!」

 

「とりゃあっ!!」

 

「おおっ?!今のは中々良かったぞ、季衣」

 

「ホント、兄ちゃん?」

 

「ああ、単調なだけの攻撃がかなりなくなってきてるし、よく鍛錬してるな」

 

「うん!兄ちゃんを信じて頑張ってるからね!」

 

一刀の言う通り、季衣の放つ鉄球は今までとは異なり、ただ投げるだけではなくなっている。

 

時に遠心力を利用した攻撃を、時に鎖を操作することで途中で軌道を不規則に変える攻撃を。

 

一刀に始めて稽古を付けてもらった時から色々と考え、結果季衣自身の力で手に入れた力である。

 

それを己の師とも言える一刀に褒めてもらえたことで季衣はその顔に満面の笑みを浮かべる。

 

「よし、今日はここまでにしておこうか。お疲れさん、季衣」

 

「わかった。今日もありがとう、兄ちゃん!」

 

一刀の言葉でいつもの挨拶を交わしてその日の調練を終える2人。

 

2人は調練に使用した道具を簡単に片付けると並んで調練場を出て行く。

 

調練場から出て少ししたところで一刀が季衣に話しかけた。

 

「常に考えながら攻撃する、ってことは十分に出来るようになってきたね。そろそろ次の訓練も始めようか」

 

「次の訓練て何~?」

 

無邪気に聞き返す季衣。その無垢な笑顔を見ていると思わず頬が緩みそうになるが、一刀は何とかそれを堪えて答える。

 

「そうだね。次はちょっと難しいけど、敵の隙を見つけ出す、あるいは作り出す、って訓練かな?きっと季衣なら出来るようになるはずだから、ね」

 

一刀が何気なく言っているこの訓練内容。しかし、これは一般的な兵士程度であれば場合によってはいつまでも習得できない可能姓すらあるような技術である。

 

しかし、一刀は季衣にこの訓練を提示した。それは季衣への期待がそれだけ高いことの表れである。

 

「わかった!兄ちゃんが言うんなら出来るはずだもんね!ボク、頑張るよ!」

 

季衣はそれを知ってか知らずか、即座に了承してやる気を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

陣営の人数は着実に増え、曹操軍の力は増していく。一刀の周辺の環境も変わり、状況は様々な面で動き始めていた。

 

そんな中、減少傾向にあった兗州の賊の数がいつからか再び増加の傾向を見せ始めた。

 

その賊達はどういうわけか皆一様に黄色の布をその身に巻きつけているのだった。

 


 
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