その日、仕事に一区切りつけた俺は外に出てきていた。
たまには息抜きもしなきゃやってられない。
「うーん……」
思い切り背伸び。今日もいい天気だ、こんな日に机にかじりついて仕事なんていろいろ損をしてる気分になる。
「また負けてしまいましたね」
ふと聞き覚えのある声を聞いてそちらへ向かってみると、桂花と紫青が何か遊んでいるような?
見た感じチェスか将棋のようだけどルールは違うきがする。
邪魔をするのもあれなので気配を消して近寄ってと……。
やっぱり将棋やチェスに近い感じに見えるなぁ。
「そうくるのね、じゃあこれでどうかしら」
「なら紫青の手はこうです」
1手1手が早い。お互いに駒の動きを先読みしては打っているように見える。なんだこの早打ち。
正直こわいんですけど、二人共。ルールが分からないのでどちらが優勢かはわからない。
「また紫青の負けです。桂花さんは中々勝たせてくれませんね」
「この遊びは好きだから、でも紫青も相当上手だと思うわよ? 多分……、1手でも失敗したら私が負けるわね」
紫青は負けたというのに悔しそうな様子はなく、相変わらずの笑顔だ。
「さて、それじゃあ息抜きはこれぐらいにして仕事に戻ろうかしら」
お互いが使っていた駒をツボの中に片付け始める。いかん、勝負に見入ってて話しかけるタイミングを逃した。
片付けが終わるとそれぞれ別の方向へ。
少し考えたあと、紫青の方を追いかけて見る事にした。
実は現在、朱里は外交関係の用事で出張しているため、紫青と桂花に随分ムリをかけている。とくにまだ日の浅い紫青には大変だろう。
だから労いの一つでもしておこうか、と思っていたのだ。
紫青はしばらくあるいてきょろきょろと周囲を見回し……。それをみて思わず隠れてしまう自分、何やってんだ。
「はぁ……」
誰も居ないと思ったのだろうか? 一つため息をついたかと思えば、初めて見るすごく悔しそうな顔。
桂花に負けたのがそんなに悔しかったのか。
「紫青」
ゆっくり近づいて、肩をぽんと叩くと、飛び上がるほど驚いて慌ててこちらをみた。
「ご主人様、あんまり驚かさないでください」
こちらを見る顔はやはり笑顔。感情を隠すのが驚くほどうまい。
「ごめんごめん。そんなに驚くと思わなくてさ」
ぽんと、紫青の頭に手を乗せて軽く撫でる。
「何ですか?」
じーっとこちらを見上げてくる。顔はいつもどおりの笑顔なんだけど、こう。
もっと、とでも言いたいかのように、頭を軽く手に押し付けて来るから多分嫌がってはいないとおもう。
この行動は素だと嬉しいなぁ。
「特に用事ってわけじゃないんだけど、息抜きに出てきたら見かけたからさ。最近仕事をたくさん任せちゃってるし、何かしてあげたいとおもって」
「いえ、新参者の紫青にそんなお気遣いしていただかなくても。こうしてなでていただけるだけで十分です」
嬉しそうに見えるけど、実際嬉しいのかどうか分からないのが不安だな……。
桂花とかだとわかりやすいんだけど。
「俺は新参とか古参とかってあんまり気にしないけどなぁ。むしろ新参だからこそ紫青と仲良くなりたいとおもうし」
「仲良くですか。紫青は、ご主人様のこと好きですよ? まだ短い付き合いではありますけど」
「そういってくれると嬉しいけど、ほんとに?」
「はい」
淀みなく、すぐに頷く紫青。顔は、やっぱり笑顔。
この好きっていうのも社交辞令的なものなんだろうな。
「ご主人様、その、あんまり見つめられると恥ずかしいのですけど……」
「あ、ごめん」
表情をどうにか読み取ろうとして、顔をじーっと覗きこんでしまった。
そう言われるとこちらのほうが恥ずかしくなってしまう。
「あんまり紫青を特別扱いすると、桂花さんや朱里さんに怒られますよ」
「特別扱いっていうか、これで平常運転なんだけどな、桂花といえば、さっき桂花と遊んでたよね」
「見てらしたんですか? 恥ずかしい所を見られてしまいました。紫青は負けてばかりでしたし。あれ、ということは……、もしかして、みて……ました……?」
笑顔のままだけど、隠しきれてない動揺が口から溢れる。多分、その後の悔しそうな感情を露わにしたあの姿をみたか、ということなんだろうけど
もう一度軽く頭をなでて、何のこと? と、短くいって。
「い、いえ、いいんです。な、なんでもないですから」
多分、紫青にとってああいう感情を露わにした所を見られる、というのは禁忌なのだろう。
ここで見てたっていっても何も良いことないだろうし、見てないってことでいい。
「さて、そろそろ仕事に戻ろうか。ここであんまりのんびりしてるのも良くないしね。俺も仕事に戻るし」
「そうですね。では失礼します」
ゆっくりと、俺に向かって礼をしてから紫青は立ち去っていく。
いつか俺に素の姿を見せてくれるだろうか。背中が見えなくなるまで見送ってから、俺は仕事へと戻る事にした。
──────────────
俺たちが国力を蓄えている中、諸侯は領土を広げるために、つばぜり合いをはじめ、戦火が大陸各所に広がっていた。
まず魏が近隣諸国を併呑し、大国としてその頭角を顕した。
呉も周辺地域を平定し、地方軍閥として名乗りを上げている。
そんな中、戦火は俺達が居る幽州にまで迫ってきていた。
本営を置いている涿県の近くにある公孫賛の本拠地、遼西群が袁紹によって攻め滅ぼされてしまったのだ。
公孫賛も戦闘の最中に死亡したらしいという報が飛び込んでくる。
その袁紹軍が遼西群を落とした余勢を駆って県境まで侵攻してきた。
既に県境の支城が交戦に入っているとの連絡もはいって来ていた。
その伝令に労いの言葉をかけたあと、俺は玉座の間に集まっていた仲間たちに向き直る。
「さて、どうしよっか?」
「どうしようかではありません! 袁紹が攻めてくるのならばさっさと迎撃しなくては!」
「連合軍で受けた仕打ちの仕返しをするのだ!」
「まぁ、普通そうなるよな」
うんうんと、愛紗と鈴々の意見に頷く。
「今は朱里と霞が不在でただでさえ状況が良くないというのに、何をのんきなことを言っているのですか!」
現在、朱里は外交関係の用事で出張中、霞はその護衛としてついていっている。
「もう対策がしてあるからね」
俺の言葉に愛紗、鈴々、華雄の武官3人は面食らった顔。対して桂花と紫青はすました顔だ。
「おお、お兄ちゃんかっこいいのだ」
「流石ご主人様です、して、その対策とは?」
「ちょっと計略をしかけてるんだよ。桂花、紫青、状況の説明をお願いしていいかな?」
「袁紹の軍はおよそ3万5000。対して我が軍は2万ちょっとよ。いかに袁紹の頭が悪いとはいえやや劣勢といったところね」
「紫青の予想ではそろそろ支城を落として袁紹軍は士気が高まっており、こちらはそれによる士気の低下が心配されます。
今後の事を考えるのであれば、被害はなるべく少なくしたい所ですので、何か対策を講じたい、というところですね」
「計略の仕込みは既に終わってるから既に賽は投げられた状態よ。ある種のかけだけど、負ける気は欠片も無いわ。相手があの袁紹だし」
「それでその計略の中身というのは?」
「ん、その計略っていうのは……」
その説明に入ろうとした時に──
「太守さま! 西涼の領主馬騰殿のご息女、馬超殿が数騎の兵と共に我が城に!」
緊張感を含んだ兵士の声が玉座の間に響き渡った。
「なにっ!? 馬超がなぜこの城に!」
「多分、西涼で何かあったののよ、曹操があちらの方に手を伸ばしているという話しも入ってきてるからおそらく……」
「とにかく会ってみるよ、愛紗達は各部署に出陣の指令を出しておいて。計略については後で説明する」
「御意」
頷いた愛紗と軽く打ち合わせをしてから、玉座の間に馬超を通す。
「久しぶりだな。何かあったのか?」
疲れきっている様子にただ事では無いのを悟り、単刀直入に切り出した。
「あんたの力を借りたくて来た」
疲れ果てた表情、おそらく桂花の予想があたりか。
話しを聞いてみれば、やはり曹操にハメられて馬騰が死に、曹操が西涼に侵攻してきたとのこと。
曹操に復讐するために力を貸してほしい、馬超はそういった。
その復讐に協力するという話しは取り敢えず袁紹との戦いが終わった後に詳しく話しを聞いて決める。
それに馬超もそれで了解し、袁紹との戦いに協力してくれると申し出てくれた。
心強い援軍もいたものだ。馬超は鈴々と一緒に行ってもらう事になり、馬超は真名を許してくれた。
馬超の真名は翠というらしい。みんなと握手を交わしたのを見届けれた後に俺は出陣の号令をかけた。
────────────────────────────
軍を率いてきた俺たちは、予定戦場である支城に兵を入れ、万全の体制で袁紹達を待ち構えていた。
「ここまで袁紹の行軍が遅いとはおもってなかった」
とっくにこの城は落とされていると思っていたのだが……。
「袁紹のバカ加減を甘く見てたわ……。ここまでバカだなんて。ふふ、でもようやく袁紹に復讐できるわ、ふふふふ……」
「なぁ、桂花って袁紹に恨みでもあるのか?」
「あるわよ、やまほど。献策した書簡をくだらない理由で捨てられたりしたこともあるし、気まぐれで指示が変わるからあちこち無駄に走り回る事になったこともあるし
さぁ、無様な姿を晒してもらおうじゃないの……」
どうやら、袁紹のところで相当不遇な扱いを受けてきたらしい。顔に黒い笑みを浮かべている。
「れ、冷静にな」
どうどう、と、桂花をなだめていると……
「前方に砂塵! 袁紹軍襲来です!」
緊張感に満ちた声が聞こえてきた。
──────────────
「敵城に旗! 大将旗の一文字の横に、関、張、華、それに錦の一文字が入った旗があります」
「錦? 錦ってーと」
袁紹軍の陣営で兵士が報告すると、文醜が考えるような仕草をする。
「錦っていうと……、涼州の領袖、馬騰の娘の錦馬超っ!?」
「あ、それだそれだ! おーっ! いいじゃんいいじゃん! 強敵が揃い踏みじゃんか! くぅぅ、腕が鳴るぅぅ~~っ!!」
「………はぁぁ~。張遼さんが来てない分マシとはいえ……。」
テンションが上がっている文醜を横目にみながら、顔良が大きくため息をついた。
正直これだけの数の猛将を相手に勝てる気がしない。しかもまだ、呂布や張遼が援軍でやってくるかもしれないのだから心中穏やかではない。
「なんだよ斗詩ぃ。その湿っぽいため息は」
「ため息も吐きたくなるよぉ。だって錦馬超だよ? 汜水関でも虎牢関でも大活躍した、関羽ちゃんや張飛ちゃんと並ぶほどの猛将だよ?」
まぁここでうだうだいっていても、袁紹の機嫌がわるくだけで何も良いことがないのはわかっていたがせめてもの抵抗だった。
「ま、やるしか無いって。……んじゃそろそろ始めっぞー! 各員偉容を保ち、粛々と前進!」
文醜がが号令をかけて城に向かって前進することしばし……、伝令が駆けてきた。
「左翼より砂塵! 騎兵の一団が現れました!」
「い、一応聞くけど、旗は……?」
顔良は張遼を予想していた。しかし兵から帰ってきた答えは完璧に予想外のもの。
「そ、それがですね……その旗が公孫なんです!」
「えええええ!? 公孫賛は死んだハズじゃ!?」
顔良と文醜は目を剥いて驚いた。しかし驚いている暇はない、城門が開き、北郷軍が打って出てきたのだ──。
謎の敵の襲来に動揺が走り、この上さらに、大きな混乱に袁紹軍は飲み込まれて行くことになる。
あとがき
どうも、黒天です。
少し紫青さんの性格が見えてきたかな?
紫青さんは史実の司馬懿と同じく、感情を隠す力に長けています。
腹の中では一体何を考えていることやら……。
さて、やっと袁紹戦スタートです。
計略については予想出来てる方も居るでしょうけど、答え合わせはまた次回、ということで……。
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今回は紫青さんのお話を少しと、
対袁紹戦の序盤という形になります。