No.595603

三匹が逝く?(仮)~邂逅編・sideジム=エルグランド~

投稿105作品目になりました。
この作品は私、北の大地の西ローランドゴリラこと峠崎ジョージと、
今でも何故にここまで親しくなれたのかよく解らない”旦那”こと小笠原樹氏(http://www.tinami.com/creator/profile/31735 )、特撮という熱き魂で結ばれた私の”義兄弟”ことYTA氏(http://www.tinami.com/creator/profile/12343 )がリレー形式で進行させていきます、ザッピング形式の異世界ファンタジー小説です。
詳しい設定・コンセプト等は下記アドレスの樹さんが更新されました1話にてご確認くださいませ。

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2013-07-08 00:55:03 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:3668   閲覧ユーザー数:3164

それは、小峰勇太がパトリエール卿より”今回の一件”を託る約一週間前に遡る。

 

 

 

―――どうして、僕はこんな目に合っているんだろう。

 

「おらぁ、静かにしろっ!! 殺されてぇのかっ!?」

 

殴りつけるような怒声。ぴしゃりと弾ける鞭の音。コツコツと規則正しく床を叩く足音にさえ、今の僕は怖くて仕方がなくなってしまっている。

気が付いたら、僕はもう”ここ”にいた。角や牙が生えていたり、耳や爪が長くて鋭かったり、明らかに僕の知らない人達が普通に暮らしている”知らない”世界……ううん、正確に言うなら、”知っているけど知らなかった”世界。僕はずっと、こんな世界に憧れていた。漫画やゲームの中で何度も訪れては、剣や魔法で何度も救った世界。でも、今の僕は伝説の勇者、なんかじゃなくて、

 

「黙れっつってんだろぉが!! ピーチクパーチク泣き喚きやがって、ピクシーかテメェら!!」

 

冷たい鉄格子と石畳が、この空間を構成する全てだった。排泄物を処分する為の水路に繋がっている、本当に簡易的なトイレ以外は、一日に一回、毎朝僕らの頭数を確認しに見張りがやってくる、いくつも鍵がかけられた入口のみ。そして、ここには僕以外にも何人もの子供が捕まえられている。僕より年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんは、ここに来ても直ぐにどこかに連れて行かれる。”人身売買だ”って、随分前に連れていかれたお兄ちゃんが教えてくれた。僕たちは”奴隷”にされて、死ぬまで働かされるって。同じ言葉を、それこそ漫画やゲームでも見たことがある。その人たちは、凄く酷い扱いを受けていたのを思い出して、納得したくなかったけれど、納得させられた。

 

「ひぃふぅみぃよぉ……あ~、全員いやがるな。あ~くそ、かったりぃ」

 

ゴハンはまともに貰えないし、ここは夜になると凄く寒くなる。時計なんてものもないし、大人でも手が届かないくらい高い所に、やっぱり鉄の柵が明り取りの窓があるだけだから、今が昼か夜かってことぐらいしか解らない。時間の経過が解らないっていうのが、こんなに辛いことだとは、思わなかった。そして、朝以外にアイツらがやって来たら、必ず誰かが連れて行かれて、そして二度と戻って来ない。売られたのか、それとも。それを想像して、背筋に怖気が走る。

見張り番が出て行った。すすり泣く声と恐怖心だけが、そこにはあった。僕と同じくらいの歳の子ばっかりだから、大人一人なら束になってかかれば、どうにかなるかもしれないけれど、アイツらは最低でも30人はいるみたいだし、そもそも皆は”歯向かおう”って気持ちを完全に折られちゃっている。僕一人じゃ、どうすることも出来そうにない。

 

(お腹、空いたな……)

 

ここ何日も、まともなものを食べてない。これだけの人数がいるのに、与えられるのは少しの飲み水と、数切れの質の悪いパンだけ。最低限、死なない程度の量。どこまでも、僕達を人間扱いしてない。ゴハンを食べなきゃ、力が出ない。力が出なきゃ、気持ちも湧かない。それに、アイツらが話しているのを聞いた限りだと、ここは”とある噂”で有名な森で、この世界の警察みたいな人たちもおちおち入れる場所じゃないらしい。その噂、っていうのが、

 

(赤い目の怪物、か……)

 

この森には、化物が住んでいるらしい。巨大な角があるとか、逞しい腕が何本も生えてるとか、巨大な翼で空を飛ぶとか、身長が大人の何倍もあるとか、色んな噂があるみたいだけれど、その全部に共通しているのが、暗闇の中でもはっきりと見えるくらい、真っ赤に光る眼を持っているらしい。とてつもない怪力の持ち主で、鋼鉄の鎧だって粉々に砕いてしまえるとか。本当かどうかは解らないけれど、その噂のお蔭で、国の偉い人たちもここには近寄りたがらないみたいで、誰かが助けてくれる、みたいなのも期待できそうにない。

 

(もう、駄目なのかなぁ……)

 

また、涙が出てきた。あんなに行くのが嫌だった学校に、今は行きたくて仕方がない。いっつも給食でパンを残していたけれど、今なら絶対に残さない。牛乳だってちゃんと飲むし、人参だって全部食べられる。

 

(お父さん……お母さん……)

 

我儘ばっかり言ってごめんなさい。言うこと聞かなくてごめんなさい。もう好き嫌いしません。勉強やお手伝いもちゃんとします。朝も自分で起きるし、もっともっといい子になるから、

 

(会いたいよぉ……)

グルグルグルグル

「う、うぅ」

 

また、お腹が痛くなってきた。ずっと不衛生なものしか食べてないからか、それともお腹が冷えっぱなしなせいか、直ぐにトイレが近くなる。お腹を押さえて、部屋の隅っこにある簡易トイレに向かう。そして、

 

―――ピシッ

「……えっ?」

 

足元から、嫌な音がした。それは加速度的に大きくなり、それに連れて足元に、明らかに見て解る程の亀裂が入っていることに気が付く。そう言えば、この建物は古い遺跡のような場所を再利用している、みたいなのも言っていたような気がした次の瞬間、ふわりと嫌な浮遊感に身体全部が包まれて、

 

「―――う、うわああああああああああああああああああああああああ!!」

 

そのまま、僕の意識は濁流の中へと溶け込んでいった。

 

 

オイッ、何事だ!! なぁにが起きやがった!?

 

―――牢の床が崩れてガキが一人流されちまったらしい。水路を抜けて、今頃川かもな……

 

やべぇぞ、俺らのことが外にばれたら。

 

―――問題ねぇだろ。そ~ゆ~時の為の”アレ”だ。それに、川の下流は、な。

 

……あぁ、ヤツの縄張りか。そら生きて帰れんわな。

 

―――”壊し屋”ジム。ヤツの機嫌を損ねて、生きて帰った奴はいねぇ。

 

可愛そうに。奴隷の方が、幾分か増しだったかもな。

 

―――明日にゃ多分、子供一人分の人骨が見つかってるだろうさ。

 

 

 

……………………

 

 

 

―――早朝の渓流ほど爽快な空間は、そうはないと思っている。

 

柔らかく耳朶を擽る川のせせらぎと目覚めたばかりの鳥たちの声。川面に乱反射する陽光の、散りばめられた宝石のような煌めき。ゆっくりと摩耗され角のなくなった丸い小石を踏み締める度、じゃらりと鳴る音。靴を脱ぎ素足を流れに晒すと、冷えた川水が指の間、爪の隙間まで、何もかもを綺麗に濯ぎ、洗い流してくれる。その悉くが、心地よくて堪らない。

さて、今日の朝食は何だろうか。

そのまま、少し深まった部分、具体的に言うなら、股下までが沈むくらいの深さまで歩みを進める。昨夜、翌朝の朝食はなんとなく魚の気分だったので、罠を仕掛けておいた。まぁ、罠とは言っても、知り合いの漁師たちから貰った、切れたりして使わなくなった、使えなくなった網を貰い受け、それを程よい大きさ、川魚が引っ掛かる程度の網目に仕立て、少々撓んでU字状になるようにしたものを水中に設置した、というだけなので、時々はオケラなこともある。まぁ、そういう時はそういう時の為に、一晩流水に浸してキンキンに冷えた野菜を食卓に並べるだけだが。

水中の網を手探りで探し出し、端を引っ張り上げる。すると、

 

「―――ん?」

 

妙に重い手応えを感じた。明らかに普通の魚類の重さではない。大量、というわけではないだろう。ここにはそれほど生息数が高いわけではない。しかし、ここら一体のヌシは随分と前に釣り上げたはずだ。2m近くある自分の身の丈とほぼ同じ、あるいはそれ以上の大きさをしていたのは、今でも記憶に新しい(この世界には独自の単位が存在するが、読者に解り易く説明する為、現代日本で通じる単位を用いている)。それだけの肉体を動かすために自然とそうなったのだろう、締りに締まったその肉は焼いても煮ても揚げても、実に美味かった。果たして、暫く来ない間に新たにヌシがやって来たのだろうか。だとしたなら、またあの味を楽しめるかもしれない。そこそこの期待を胸に、網を手繰る。すると、

 

「は?」

 

それは、ある意味でヌシ以上の大物だった。大きさ、という意味でなら、ヌシの方が勝っている。が、それに付随する衝撃は、こちらの方が圧倒的に上であった。何せ、網に引っ掛かっていたのはそもそも魚ではなく、

 

「ガキ……?」

 

怪訝な表情を浮かべて、その大男は仕掛けていた網ごと、その少年を持ち上げた。先述の通り、2mを越えた長身は見るからに筋骨隆々。その四肢は丸太のように逞しく、幼い少年とはいえ、人一人を持ち上げているにも関わらず、彼はまるでそこらの小石でも摘まんでいるかのように平然としている。その肌は日に焼けてなのか、それとも生来のものなのか、頭頂から爪先まで浅黒い褐色。対してその短く刈り上げられた髪は全く混じりけのない白髪である。無論、老いによるものではない。外見から推測するに、現在の彼の年齢は20代前後。袖のないシャツに、ちょっとやそっとでは破れもしないだろう丈夫な生地で設えられた、膝丈のカーゴパンツ。ベルト部分には、割と大振りでありながら、その巨体では相対的に小さく見えてしまうサバイバルナイフと、恐らく10~15mほどはあるであろうロープ、そして細かな道具類が詰め込まれているらしきポーチがあった。先ほど、川に入るために脱いだ靴も、そのまま登山にも迎えそうなほど立派なものだった。

 

「網に、ってことは上流から? 人里はなかったはずだが……」

 

そもそも、見たことのない衣装を着ている。このような浮世離れした空間で生活している故に世俗の流行には疎い彼だが、それでもこの少年の衣服が明らかに自分達のものと異なっていると解った。少なくとも、この国のものではない。触れた感覚からして、随分と上等な生地を使っているようだが。

 

「…………」

 

沈黙し、暫し上流を見つめる青年。その視界に映る木々に、山々に、何を思うのか、思ったのか。やがて彼は、少年の身体を網から外し抱きかかえると、川面に揺蕩う別の網、その中で充分に冷やされた野菜を拾い上げると、生い茂る木々の狭間へと紛れ込んでいくのだった。

 

 

 

……………………

 

 

 

(……ん、んぅ)

 

沈んでいた意識が、ゆっくりと昇ってくるのを感じた。身体が気怠い。手足も、いつもよりずっと重く感じる。指先を動かすのも、ちょっと億劫だ。だから、ゆっくりと瞼を開いて、

 

(―――え?)

 

まずびっくりしたのは、そこが全然知らない場所だったこと。壁も、天井も、鉄格子や石畳じゃなくて、綺麗な木目が隙間なく並んでいた。キャンプ場とかで見るバンガロー、丁度あんな感じがした。

次に、自分がベッドで眠っていること。布団に入る、なんていつぶりだろう。実際の日数に直せば、そんなに経ってはいないのだろうけれど、今の僕は何年振りにも感じられて、全身をくるんでいる毛布の感触と暖かさが、何よりも心地よかった。

そして、最後に、

 

(おでこ、冷たい……)

 

絞ったタオルが乗せられてる。こんなの、それこそいつ以来だろう? 前に風邪を引いて寝込んだ時は、お父さんもお母さんも忙しくて、ずっと一人で寝てるだけだった。あの時は氷枕と熱冷ましのシートをおでこに貼ってただけだから一人でもなんとかなったけれど、こういうのって誰かが定期的にタオルと取り換えてくれないといけない。と、いう事は。

むくりと、頑張って上半身を持ち上げる。ぽとりと落ちたタオルを片手でおでこに当てながら、室内を見回した。物凄く、生活臭がする。最低限の家具は一通り揃ってる。全部木製なのは揃えているのか、それとも手作りなのか。何にせよ、統一されたその様式には家主の拘りを感じる。そう、ここは誰かの家だ。明らかに現在進行形で、誰かが暮らしている形跡がある。外の物干しに干されている湿ったままの洗濯物とか、今も炎の弾けている釜戸で蓋の隙間から蒸気を昇らせている釜とか。先ほどから規則的にギィギィと何かが軋むような音がしているけれど、これは何の音だろう? それに、

 

「…………」

 

段々と思い出してきた。あの牢屋の床が抜けて、僕はそのまま水路に流されて溺れて気を失ってしまったんだ。多分、あの水路は川に繋がっていて、流されてしまった僕を、誰かが助けてくれたんだろう。枕元の、温くなったこのタオルを浸して増やすための水桶からして、まず間違いないと思う。

 

(誰、なんだろう……?)

 

そう思った直後、だった。ガチャリと、入り口の戸が開く音がしたのは。自ずと、視線はその源を追った。そして、

 

「目が、覚めたようだな」

「―――っ」

 

息を呑んだ。予想以上に、予想外だった。

入って来たのは、物凄く厳つい顔の真ん中に大きなサンマ傷のある大男だった。黒人というんだったか、真っ黒な肌をしており、それとは真逆に真っ白で綺麗な短髪をしていた。物凄い筋肉で、二の腕の太さだけで僕の胴回りくらいはあるかもしれない。それも確かに驚くべきことではあるけれど、それは二の次でしかない。僕が、何よりも驚いたのは、

 

(赤い、瞳……)

 

紅玉のような真っ赤な目。昼間だというのに、ぼんやりと輝いているように見えるほど、それは鮮やかな真紅だった。まるでそこに血管が通っていて、血流が透けて見えているのでは、と思いたくなるほどの。

そして”赤い瞳”というものに、今の僕は恐怖しか覚えなかった。思い出すからだ、アイツらが言っていた噂。赤い目の怪物。まさか、と思った。ひょっとすると、ここがヤツの寝床か、それともここの家主をこいつが。

助けを呼ぼうと試みるけれど、何故か声が出ない。恐怖で身体が固まってしまっているのか。そう思い、僕が起きていることに気が付いてこっちに近寄ってくるそいつから逃げようと、咄嗟に身構えて、こっちに伸ばしてくる手を避けようとして、

 

「寝てろ」

(―――え?)

 

その手は、僕にかけられてた布団を掴むと、もう片方の手で僕と再び寝かせて、温くなってるタオルをつかむと、枕元の水桶に浸して搾って、僕の額に乗せた。

 

(ひょっとして……)

 

僕が身動きととる積もりがなくなったと解ると、その男は台所の方へ向かって行って、火にかけっぱなしだった釜の様子を見ているようだった。勝手も知っているようだし、同じような服を何枚も持つタイプなのか、着ている服は外の物干しに干してある洗濯物にデザインが似ている。と言うことは、ここはあの男の住処で、そして、僕を助けてくれたのも、きっと。

 

「食えるか?」

 

やがて、彼が運んできたのはお米みたいな穀物を柔らかく煮込んだ、お粥みたいな料理だった。この人が普段から食べる料理じゃないんだろう。僕の体調を慮って、態々作ってくれたんだ。

差し出すお皿を取ろうとするけど、思っていた以上に弱っている僕の身体はそれすらも支えきれないくらい衰弱していたみたいで、それに気づいたこの人はレンゲみたいな大きいスプーンでお粥を掬うと、数回の息で冷まして口元に運んできてくれた。

それが、その程度のことが、堪らなく嬉しくて、

 

「っ……っ……」

「おい、どうした? 何故泣いている?」

 

怪訝そうに僕の顔を覗き込んでいるその人にとって、これは何の変哲もない、当たり前の行動なんだと思う。僕は、恵まれてたんだ。凄く、凄く、恵まれてたんだ。毎日美味しいゴハンが食べれて、暖かい布団で眠れて、帰れる家があって、お父さんとお母さんがいて、そんな当たり前のことが、こんなに有り難いことで、奇跡的なことで、そんなことにも気づかずに、僕は今まで何をしていたんだろう。

 

「食いたくないのか? 無理にでも食わねぇと、身体は治らねぇぞ」

 

その無骨な手が、頭を優しく撫でてくれた。顔は相変わらず怖いまんまだけど、この人の目は、(多分)化物と恐れられてるその真っ赤な目は、とても優しい目をしていた。僕は一人っ子だけど、兄さんがいたらこんな感じなのかもしれない。

滲んだ視界のせいもあるけど、この人を直視できない。信じられなくて、胸が一杯になって、もうあんな苦しい思いはしなくて済むんだって思って、喉が引きつって、鼻を何度も啜って、布団を握れる限りの力で握りしめる。ずっと食べようとしないのが体調が悪化したから、と思ったのか、男の人は頭を撫でていた手を僕の背中へ移し、ずっと、ゆっくりと摩ってくれた。それが余計に目頭に来て、涙腺が緩んでしまう一方で、僕は空腹を感じているにも関わらず、いつまで経ってもその温かな食事を口に出来ないままでいたんだ。

 

 

 

……………………

 

 

 

「おい、どうした? 何故泣いている?」

 

一体、彼に何があったろうだろう、と思案する。

過度の衰弱で空腹を通り越してしまっているのか、それとも並大抵ではない恐怖を与えるような体験でもしたのだろうか、一向にこの少年は食事を口にしようとせずに泣いてばかりいる。が、今の彼はどうにも怯えてそうしているようには見えないし、食べたくないという風でもない。なんだろうか、何故か彼が感極まっているようにも見えるのだが、気のせいだろうか。

まぁいい。兎に角、相当劣悪な環境に長期間置かれていたのだろう、衰弱の度合いが只事ではない。何かしらの犯罪の被害者である可能性が濃厚だろう。まずは充分な栄養と睡眠をとらせ、体力を回復させなくては。事情を窺うのはそれからだ。

 

「食いたくないのか? 無理にでも食わねぇと、身体は治らねぇぞ?」

 

内臓が弱っていても問題ないよう、かなり柔らかくなるまで煮込んである。最悪、噛めなくても流し込めるように。何なら口移ししてでも食わせてやるべきだろうか。この少年には、こんな厳つい大男で申し訳ないが、まぁ死ぬよりは増しだろう。

と、

 

クイ クイ

「……ん?」

コクリ

「……そうか。ゆっくり噛んで食え」

 

弱々しくも、少年は自分の裾を握り、こっちを見てゆっくりと頷いた。”大丈夫””食べられる”そう、はっきりと聞こえた気がした。冷ましていたスプーンにゆっくりと口を近づける。熱くはなかったのか、そのまま口に含んだ。それだけの気力が残っているなら、ゆっくりと養生すれば大丈夫だろう。そう思って安心していた、次の瞬間、

 

 

 

―――ブッ、ガハッ!!

 

 

 

「っ、どうした!?」

 

明らかに異常な反応を目の当たりにした。口に含み、飲み込もうとしたそれを、少年はまるで肉体が反射的にそうしたかのように吐き出したのである。体調で食べられなかった、という訳ではなさそうだ。そうなら何かしらの方法で”食べられない”という意思をまず示すだろうし、そもそも口に入れてから吐き出すまでが早すぎる。あれでは喉を通ってすらも―――

 

「―――まさか」

 

すまない、と心中で謝りながら、少年の口の中を覗き見る。そして、

 

(―――畜生が)

 

推測が的中したと知り、心底苛立ちの舌打ちをかます。

喉の奥に、ぼんやりと濁った紫紺の光を放つ小さな魔方陣があった。それはまるで食道に栓をするかのように見えない障壁を放っているかのようにそこにあって、彼がその正体を知るにはそれだけで充分だった。

これは”呪術”だ。他者の言動を制限するために、他者を使役、服従、あるいは屈服させるために、使用される魔法。恐らく、この少年が先ほどから一言も喋らないのもまた、このせいだろう。その性質からして彼が最も嫌悪する対象の一つなのだが、殊更に彼の苛立たせているのは、

 

(こんな年端もいかないガキに、断食の制約、だと……)

 

こうなると、パターンはそう多くはない。古臭い慣習に囚われた集落の”生贄”か、ねじくれひん曲がった親の”愛情(オシオキ)”か、人身売買の商品が逃げないための”首輪”か。ここら一帯に人里はない事から、まず儀式云々は除外。同じ理由と、ここが子供一人で逃げて来れるような立地ではないことから、家庭内暴力の線も恐らく皆無。と、なれば、

 

(胸糞悪い真似を……近場にんな下種野郎がいるってだけでも十二分に腹立たしいってのによ)

 

ぎり、と嫌な音を立てて奥歯を噛む。苦虫を噛み潰したような苦悶の表情は、少年の苦しみをほんの僅かでも引き受けられたなら、という彼の本心をありありと現していた。何故に、自分は”破壊するための力”しか持ち合わせていないのだろう。ほんの少しでも癒しの術が使えたならと、今までの人生で何十、何百、何千、下手をすれば何万と考えてきたが、更に記録更新というわけだ。

 

クイ クイ

「……いや、お前のせいじゃあない。気にするな」

 

自分のせいで機嫌を損ねた、と勘違いさせてしまったようで、少年は怯えきった表情で再び袖を掴んでいた。激怒の感情を一旦仕舞い込み、少年が噴出してしまった料理の後処理にかかる。しかし、食事を制限されてしまっていては、栄養の摂取はどうしたものか。さっさと解呪の方法を探すのは無論だが、明確な基準が解らない以上、下手に試すわけにもいかない。吐く、という行為は思っている以上に体力を消耗する。ただでさえ衰弱し切っている、それも成長途中の幼い身体には、重度の負担に他ならない。

 

「水なら飲めるか?」

コクリ

 

せめて水分だけでも摂らせなければ、ともう一度だけ薦めてみる。どうやら水分のみならば対象外のようで、一杯の水だけを飲み干すと、少年は再び眠りに落ちて行った。そのことに一旦は、安堵の溜息を一つ零すのだった。

 

 

 

…………

 

……………………

 

………………………………

 

 

 

それから、約3日が過ぎた。

 

使える伝手は全て頼り、解呪法を調べ、探しては試して回ったが、芳しい結果は得られぬままに、時間だけが過ぎて行った。そして、何より更に腹立たしいことに、呪術の内容は”断食”と”沈黙”だけではなかったということが、解ってしまった。

それは”蠱毒”とでも言えばいいのだろうか。幼虫が葉を食むような、種子が根幹を枝分かれさせていくような、それは緩やかな速度で、しかし確かに少年の身体を浸食し、生気を奪っていたのである。本当に種子であったなら、水分だけでも発芽は可能だが、それが骨格を持つ生物である以上、必須である栄養源を断たれれば、痩せ衰える他にない。日に日に痩せこけていく少年の姿を見るのは、一種の拷問に等しかった。そして、何が最も苛立たせるかというと、少年がその現状を受け入れつつある、ということにあった。

 

も、いい、ですから。あ、りがとう、ございます。おにい、さん。

 

もう、四肢もまともに動かせず、表情を作るのも大変だというのに、弱々しい”笑顔”で、諦観と感謝の意を、唇の動きだけで必死に伝えてくるのだ。それが堪らなく悔しく、そして腹立たしい。そろそろ、薪集めの際に怒りからくる破壊衝動を木々にぶつけるだけでは、限界になりつつある。いつものように、また街に妙な噂が流れるのだろう、と頭の片隅で考える余裕すら、ない。

弱っていく姿というのは精神的にクる。それが幼子であるとしたなら、その効果は殊更に増す。医療や介護に携わる人々を、こういう時は心底尊敬する。日々、このような事態に直面しなければならないそれを生業と出来るのだから。

 

そして、更に2日が過ぎた夜。それは、とうとう訪れた。

 

 

「……………………」

 

深く、深く、掘り進める。道具など必要ない。指先で大地を抉り、人一人分の穴を拵える。そして、そこに少年の身体を横たえる。もう2度と、瞼を開くことのない少年を。

 

「……………………」

 

安らかな寝顔だった。息を引き取った、という事実に、数瞬気付かなかった。というよりも、自分が気付きたくなかったのだろう。数日とはいえ寝食を……いや、寝床を共にした者が亡くなったのだ。直ぐには認められないし、認めたくもない。

 

「……………………」

 

宵闇に塗り潰された天の帳は、真円の双月と千万の星々で埋め尽くされていた。彼が天国へと向かう道を妨げる者はいないだろう。いたとしても、自分が許さない。死して尚、苦しめられるなど、在り得ていい筈がない。

 

「……………………」

 

小さいが、墓標代わりの石を据える。数束の花を添え、結局食べることは叶わなかったが、彼が最期まで食べたがっていた、あの朝と同じ粥を備える。そして、

 

パンッ パンッ

 

手拍子を2回。そしてそのまま、黙祷を捧げる。この世界の宗教に、このように死者を弔うものはないのだが、自分は小さい頃から、何故か自然とこのような弔問を繰り返していた。自分の種族特有のものではないのだろうか、と推察する。

そう、自分は、”自分”を知らない。家族も、故郷も、自分の種族すら、知らない。

 

「結局、君の事は何も解らなかったな……」

 

最期まで、一言も言葉を交わすことは叶わなかった。何か一つでも解ったなら、最後に一目、家族に会わせてやることも、出来たかもしれないのに。

 

「君には、きっとあったんだろうな。帰る家が、故郷が……」

 

それだけに、許せない。許さない。このような、他人の人生を弄び、ぶち壊した下の下以下の糞野郎が、それもこの近くに潜んでいるという事実。

子供は、万国共通の宝だ。無限の未来と可能性を秘めた命を、どうして奪えようか。両親も故郷も知らず、物心ついた時にはもう孤児院にいた自分にとって、子供というのは一種の、守るべき家族のように思えてならなかった。そして、それを軽んずる奴が、蔑にする奴が、癇に障って仕方がなかった。

そして、だからこそ、

 

 

「―――許サネェ」

 

 

満月が落とす彼の影のみが”蠢く”。従来の人間のそれから急激に膨れ上がり、彼自身に全くの変化がないにも関わらず、その影が象るのは”堅牢な双角””鋭利な爪牙””巨大な双翼””強靭な尖尾”を携えた、明らかに人外の存在であった。

そして、

 

 

 

 

 

ギルド登録ランク”黄”、世俗においては”壊し屋(クラッシャー)”の異名で恐れられる青年、ジム=エルグランドは、名も知らぬ一人の少年の為に、修羅と化したのであった。

 

 

 

(続)

 

 

後書きです、ハイ

 

如何で御座いましたでしょうか? 痛肝俺TUEEEリレー企画、第3話は私が担当させて頂きました。前回までの旦那(ITSUKI氏)と兄弟(YTA氏)の更新と合わせ、お楽しみ頂けましたでしょうか。

私がただ中二衝動の赴くままに執筆すると大体こんな感じです。かなり短く纏めましたが、本来の文字数はこれの凡そ2倍でございました。圧縮圧縮♪

 

はてさて、ここで長々と語っても仕方がないので、次にバトンを渡させて頂きます。

ITSUKIの旦那、宜しくお願いします。


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