No.588161

IS00:Re-08 刃の先に立つ者たち

釋廉慎さん

スラスターは送ったエネルギーを斥力(力場)に変換して推進力を得るモノとし、瞬時加速は送ったエネルギーを一瞬で高出力の斥力に変換するものと解釈しました。原作一巻の甲龍の衝撃砲での加速は衝撃砲で撃ち出された空間反発し力の塊を足場に高出力の斥力を当てて加速という風に。でないと原作の説明では理解出来ないしエネルギーの定義が曖昧なので……。というか設定雑過ぎ。

2013-06-16 22:45:18 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:8563   閲覧ユーザー数:7717

 

IS学園。それは国際IS委員会直轄のIS操縦者及び整備士育成組織にして学業施設の名称。

日本政府の出資によって設立・運営されるそれは東京湾に建造された((人工島|ギガフロート))に存在し、委員会を除く如何なる国家・組織に影響されないほぼ完全中立の組織だ。

 

毎年世界中から志望者を募集しその倍率は数十、数百倍に及ぶと謂われまた代表候補生が専用機として最新鋭の実験機・試作機を携えて入学してくる。故にこの学園には日本人のみならず国際色豊かな人種が集まり、アメリカが人種のサラダボウルならば此処は人種とISのティーカップだろう。

 

この組織の運営に携わる人間の殆どは女性だ。ISを動かせるのが女性である以上、それを教えられるのは自然と限られてくる。とはいっても男性がいないわけでもない。整備士やその専門過程教師、一般科目教師、学食の調理人に用務員など裏方を中心に僅かにだが男性が働いている。

 

だが入学してくる生徒は全て15歳程度の少女だ。IS学園は日本で言う女子高に該当し、逆に整備士や技術者を志望する少年は各国が立ち上げた専門学校や専門の学部を持つ高校・大学に進学するのが今の世界のセオリーである。

というのも、IS操縦者というのは宣伝もあってか皆美女美少女である。もしIS学園が男女共学ならば思春期真っ只中である彼ら彼女らが((間違い|・・・・))を起こさないとは限らず、国問題に発展しかねないということで男子の入学は見送られたというのが実情であり暗黙の了解でもあった。

 

しかし世の中には何事にも例外が存在する。男でありながらIS学園に生徒として入学する者、一人は織斑一夏。"((世界最強|ブリュンヒルデ))"である織斑千冬の実弟だ。そしてもう一人は――

 

 

 

 

 

 

山田真耶はIS学園の教師だ。若草色のやや跳ねのあるショートカットに丸眼鏡に大きな目といった童顔。背は二十代女性の平均身長よりやや小さめだが母性の象徴である其処は本人にとってはコンプレックスでしかないが同じ年代の同性ですら羨むほど立派に発達している。因みに織斑千冬の後輩に当たる年齢『かゆ…うま……』歳の元日本代表候補生。

真耶が進むのは学園の敷地内に存在する教員用の寮の廊下だ。埃や足跡一つないそこは清掃の手がよく行き届いていることを示している。彼女は先日処遇が決まったばかりのもう一人の男性IS操縦者を迎えに行く所だった。

 

(織斑先生も強引です……)

 

本来ならば彼の迎えは千冬の仕事だったのだが、今朝方いきなり電話が来て反論どころか返事をする間もなく仕事を押し付けて切られた。春の陽気に布団の住人となりかけていた彼女の幸せが瞬く間に壊されたのはいうまでもない。真面目な千冬がサボりなどといった理由で仕事を押し付けるはずはないのだが、今回ばかりは如何せんなんの予想もつかない。

今日は確か二人の男性操縦者の稼働テストのはずで、自分はその相手役だ。それでもそれは午後からで午前中は多少はゆっくり出来た筈なのだが……。

 

仕方ない、と最後に溜息を零すと同時に目的の部屋の前に着いた。迎えに行く時間は予め伝えてあるので相手も起きて支度を済ましてあるだろう。そして真耶はドアの傍にあるインターホンに指を押し当てた。

 

 

 

 

 

 

 

刹那・F・セイエイの朝は早い。毎日0530時に起床。一度目を開けたら寝惚ける間もなくベッドから降り床に立つと腕立て伏せを始める。それを百を超える数を行うと今度は床に坐して仰向けの姿勢から上半身を起こしたり倒したりを繰り返し――即ち、筋トレを始める。

その数は常人なら聞くだけで顔を真っ青にし、しかも暇さえあれば筋トレをするから一日の合計は日によっては軍人の一日の訓練に匹敵もしくはそれ以上だ。それを顔色変えず黙々と行うから刹那の基礎身体能力の高さが伺える。

 

決めた種類と回数を終えると今度は汗を流す為にシャワーを浴びる。とはいっても男の入浴など時間は殆どかからずましてや肌の手入れといった必要最低限以外の身嗜みを気にしない刹那の入浴時間はカラスの行水並みだ。

シャワーから上がり身体の表面上の余分な水分を拭き取ると下着とタンクトップ、そして着替えを着込み携帯端末を立ち上げネットに繋げる。世界情勢のニュースや仲間からの連絡に一通り目を通し、返信や必要事項を入力した直後、インターホンが鳴ったのでドアへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お迎えに来ました」

 

「ああ」

 

「今から校舎内の学食で朝食を摂りつつ今日の予定を話しますのでついてきてください」

 

「了解」

 

そのまま部屋を出て道なりを進む。宿泊していた教員寮を出て敷地内のレンガで舗装された道をゆき、校舎に入る。此処の学食は生徒と職員の共用なのだが、世間では春休み故か生徒の姿は殆どなく空席が目立った。時間的に早いというのもあるだろうが。

学食の一角にある券売機に近づくと真耶がカードを取り出しながらスイッチを押す。そしてカードを券売機に当てると排出口から食券が出てきた。

 

「セイエイさんの分も私の方で支払っておくので食べたいものを選んで下さい」

 

「いや、自分の分ぐらい自分で支払える」

 

別に一食分誰かに奢ってもらう程懐は寂しくない。むしろこの世界に転移してからのなんやかんやで稼いだ大金が世界中の銀行に預けられておりその総額は日本のサラリーマンが一生に稼ぐ額より多い。因みに『なんやかんや』とは文字通り『なんやかんや』である。内容は読者の想像にお任せしよう。

 

「IS学園の職員は学園側から食費が一部支給されるので大丈夫ですよ。それにセイエイさんにも学園から奨学金として生活費などが支給されますので」

 

その言葉に疑問を覚える刹那だったが、次の瞬間にはその真意を理解した。この学園に入学してくる生徒は保護者や国から資金援助がある。だが刹那に保護者はなく自由国籍の申請により国からの給金もない。いくら成人であろうとIS学園に入学する以上その間の収入がなくなるのと自分が貴重な『男』のIS操縦者為、この様な処置が取られたのだと。

 

「……それは借金ということか?」

 

刹那の問い掛けに真耶は苦笑して答えた。

 

「いえ、今回は"特例"として学費や奨学金は学園側で負担します。ですので返済は気にしなくてもいいですよ」

 

学園の負担、とはいうが学園の運営資金の大半は日本政府であり残りは学園に関連している企業や国際IS管理委員会の出資だ。つまりは日本国民の税金で刹那はこのIS学園に通うことになる。

 

「……学費も奨学金も卒業後に全額返済させてもらおう」

 

「本当ですか?!」

 

思わず真耶は声を荒げた。IS学園の学費はISという最新鋭技術の塊を扱う以上私立大学の学費をも上回る。それだと学生も集まらないので日本政府やIS学園が資金を供出し、奨学金制度を設けることでなんとか一般家庭でも通えるだけの学費に抑えているのが現実だ。IS学園に出資している企業もIS学園の卒業後の進路先が大抵各国の軍部や自分達IS関連企業の為資金の上乗せを行いイーブンとなっているのだが。

 

だとしても三年分の学費に奨学金となるとかなりの額だ。一般家庭なら今まで溜めた貯蓄もあるから毎年支払ってはいるが個人でしかもまだ二十代である刹那の貯えでは限界がある筈なのだ。学園もそれを見越してこの様な対応をしたのだが……。

 

「IS学園に入学する学生は皆学費を納めているのだろう?ならば俺にもこの学園に入学する以上支払いの義務は生じる。男であることも女であることも関係ない」

 

「ですが……」

 

「確かに通っている間は収入はなくなる。直ぐに学費を納めるのは不可能かもしれないが卒業後に働けば返済は可能だ。確かこの国の奨学金は卒業後に返済を開始することになっていたと思うが」

 

「学費を含めるとなるとかなりの額になりますよ?」

 

「元々入学を言い出したのは此方側だ。学費の事ぐらい想定済みだ」

 

そう言いながら刹那は真耶の方を真っ直ぐ見つめる。男性に対する免疫の少ない真耶は自分の顔が赤く熱を侍るのを感じつつもこれは譲りそうにないな、と溜息を一つ零した。

 

「……わかりました。今度学園の上層部に掛け合ってみます」

 

「すまない」

 

「いえ、セイエイさんの言っていることも正論ですから」

 

そっぽを向きながら顔を手で煽ぐ真耶を不思議に思いながらもこの話はこれで終いだと謂わんばかりに刹那が券売機に小銭を振り込み食券を買う。

出てきた食券を片手にカウンターに向かい、注文の品を受け取ってテーブルへ移動した。

 

 

 

 

 

 

 

山田真耶は思う。

 

(つ、辛い……!)

 

時間は朝。場所は食堂。目の前には自分が注文したサンドイッチとサラダ、スープのセット。そしてテーブルの反対側には黙々とトーストを齧る"異世界人"である男性のIS操縦者。時間は進んでいる。食事も進んでいる。だが、空気だけは硬直していた。

 

(せめて何か会話を……)

 

朝食を始めてからこの場にいる二人はまとも口に発していない。いや、真耶自身は食前の言葉を出したがそれ以外はほぼ一方的な呼びかけに過ぎなかった。

例えば、此処の食堂は利用者の大半が女性とあってその量は男性にしたら少なめだ。男性の方――刹那はトーストとサラダ、スープと自分と一品のみの違いで量はデフォルトでしか注文していないが、それで大丈夫かと尋ねたら『問題ない』の一言が返ってきたのみ。それを繋ぎにどう言葉を発せばいいのか真耶には分からなかった。

 

前述した通り元々真耶は男性に対する免疫が少ない。これは彼女自身の性格もあるし学生の頃からISというモノに関わってきたのも由来する。教師という仕事上視察にきたお偉いさんの初老の男性に学園内を案内したり整備士の中年男性と話したりとそれぐらいの付き合いはあるが、あくまでそこまでだ。

同世代の男性との、仕事上のやり取り以外での交流など殆どない。目の前の男性は年は自分の一つ上、顔は幼さがやや残りつつも整っている。先程見つめられた時など自分の脈拍が上がってしまったのを自覚した。口数は少ないが言うべきことは言うしその時は口数が増えるのは理解した。だが、その普段の口数の少なさが問題だった。

 

向こうは此方に対して何も言ってこない。対して此方も仕事上必要な連絡以外は何も言ってないし言葉を掛ける踏ん切りがつかない。それでも何か仕事以外についても会話をしなくては、と思う。まともに顔を合わすのは今日が初めてでもつまらない女とは思われたくなかった。

何か会話の切っ掛けとなる材料はないか、と目を走らせ頭を稼働させる。今自分が知っているのは尋問の際に知った彼が異世界人であり、此方で言う中東の出身であり、宇宙船を護衛する軍人であったこと。彼の世界は科学技術が――取り分け宇宙産業が此方の世界よりも発達しており、彼が護衛していた宇宙船も実際に人を乗せて外宇宙へと旅立つものだったということ。

 

「セイエイさんは宇宙船に乗っていたんですよね。宇宙の生活というのはどんなものなんですか?」

 

幸い今此処には自分達と職員以外はいない。刹那の素性は学園でも第一級機密扱いで教師を含むごく一部の人間にしか知らされていないが、それが漏れる心配はなさそうだった。そして案の定、相手は反応してきた。

 

「基本的に無重力だからな、三次元的な体性感覚が必要になる」

 

「宇宙船の中だと移動はどうするんです?」

 

「船内のアームリフトや身近にあるものを足場に移動する。その為にブーツには姿勢固定用のマグネットが仕込まれている」

 

これはいい掴みだと、真耶は思った。会話は成立しているし、自分の知らない知識も手に入る。宇宙開発用に造られたというISも今はその影を見る由もない。星の広がる無限の宇宙というのは中々にロマンティックであり憧れるものもある。

 

「へえ……。となると食事はどうなんですか?パウチのイメージがありますけど」

 

「それもあるが、船体の一部を回転させて疑似的に重力下の環境を再現する技術もあるからな。そういった場所だとフリーズドライのを解凍したプレートの食事が出る」

 

「メニューは?」

 

「ライスやオートミール、サラダにハンバーグなどだ。凝ったものは流石にないがな」

 

質問し、その答えが返ってくる度に未知なる情報への驚きとその新鮮さに感嘆する。こういうやり取りは楽しい。打てば響くように反応が返ってきて、常に新しいなにかを得られる。今の自分の中にあるものが幼い頃に子供向けの大百科事典を読んだ時の興奮と似ているのを真耶は感じていた。

 

「なにやら楽しそうだな、山田先生」

 

ふと、後ろから声を掛けられた。凛々しいその声色は真耶がよく知る者の声だ。

 

「織斑先生」

 

「今朝はいきなり仕事を押し付けてすまなかったな。……ところで、随分と会話が弾んでいるようだが」

 

真耶が場所を開ける様に横にずれ、空いたそこにプレートを持った千冬が座す。プレートの上には彼女の朝食であろう塩鮭定食が乗っていた。

 

「いえ、大丈夫です。急用とのことでしたけど大丈夫ですか?」

 

「個人的なものだがどうしても(・・・・・)外せない用事があってな。だがそれはもう解決した」

 

手を合わせて食前の言葉を述べてから味噌汁を啜る。千冬の今の姿はゆったりとした私服姿の真耶に対し依然刹那が千冬と出会いこの様な状況に至る原因が起きた時にも来ていた黒のスーツだ。

 

「そうですか。あ、今セイエイさんに宇宙での生活について聞いていたんですよ」

 

「ほう……。それは興味深いな。是非とも聞かせてもらいたいものだが…今朝の調子はどうだ」

 

茶碗と箸を手に目と声で刹那に問いかけた。

 

「問題ない」

 

スープの入ったマグカップを口元に運びながら答える刹那にそうか、と短く返して自身もふっくらと炊きあげられた米を口に運ぶ。

 

「今日の予定は聞いているな?」

 

「ああ。本日1300時より俺を含む男性IS操縦者の実技試験を行う、と」

 

「緊張しているか?」

 

「そうでもない。やることを為すだけだ」

 

「ならいい。……楽しみにしているぞ」

 

その答えに満足したのか、僅かに口角を釣り上げ微笑んだ千冬にその真意を理解出来ず疑問符を真耶と、イノベイターの直感故か予感めいたものを感じ眉を顰める刹那の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

Q.貴方(ワタシ)は誰?

 

A.織斑一夏。年齢15歳、日本人。

 

Q.此処は何処?

 

A.IS学園のIS競技場、通称『アリーナ』。

 

Q.今の状況は?

 

A.目の前にはISを装着した眼鏡(巨乳。千冬姉以上かも)教師がいて、自分もISを装着して対峙している。

 

Q.どうしてこうなった?

 

A.試験会場を間違えた俺がISを動かせることを判ったから。

 

Q.何か一言。

 

A.今すぐこの状況から解放して下さい。マジで。

 

ひたすら自問自答を繰り返す。それが現実逃避であることは知っている。だが其れ程までに自分は追い詰められ、切羽詰まっていた。

 

こうなった原因の一部が俺にあるのは理解しているし、それについては反省している。高校の入学試験の日に道に迷った挙句会場を間違え、興味本位で無断で其処に鎮座していたISを触ってしまったのだから。

だけど男である俺がISを動かせるとは露にも思わなかったし、あんな迷いやすい構造をした市民ホールを設計した人間とその建造にGOサインを出してろくな案内板も立てなかったお役所、国の最高戦力であるISを警備員も就けずに放置していたIS学園に憤りを覚えなくもない。

 

だが過ぎてしまったことは仕方がない。あの時から俺は暫く家に軟禁状態になり、なし崩し的にIS学園に入学することが決まってしまった。学費が安くて卒業後の進路や就職の評価のいい高校に進学して唯一の肉親である姉を楽させてあげたかったのに逆に迷惑をかける羽目になってしまった。精神面が繊細な時期である今の俺にとってそれらが苦痛であったのは言うまでもない。

ああでも、頑張って勉強して卒業してIS関連企業にでも就職すればいいのかな。あそこは高給取りだっていうし、と打算的に考えてしまったのは秘密。

 

そして今の状況だがこれなんて無理ゲー、というのが正直な感想だ。ISの実技試験。模擬選を通して実際にISを動かしてみましょう!、……なんて無理な話だ。ISなんて今まで無縁な生活を送ってきて素人である俺に戦えなんて可笑しな話だ。

 

目の前の相手役の先生なんざ意気込み過ぎなのかガチガチになってるし。……あれで本当に教師なんだろうか。ついでに言うとだ、ISを装着するにはISスーツというウェットスーツみたいな素材の服を着なくてはいけないのだが、その形状はつま先から太腿までのハイソックスとスクール水着もしくはレオタードだ。身体の線が強調されるその作りと外観は、思春期真っ只中純情男子高校生(仮)にはあまりにも目に毒である。

因みに俺のは男性用スーツがないからといって、特注サイズのスパッツタイプ。

 

さっき管制室の先生から『あくまで形だけだから気負んなくてもいいよ』と言われたが、無理です。緊張しますし、どうやれと。ふと自分の右手にあるものを見やる。全体的に鈍く、それでいて先端から鋭い光を放つ刃物。IS用近接ブレード。

日本刀型のソレは俺が装着している『打鉄』という機体の標準装備らしいが、IS用の武器…というだけで自分の中に抵抗感と恐怖が生まれる。思い出すのは俺が誘拐されたあの時向けられたIS用の銃の鈍い輝きと心臓が止まってしまうかのような緊迫感。自分が持つものはその銃ではないが、モノを斬る物だ。その『モノ』がなんなのかは、剣道をやっていた自分には分かる。

 

刃物を人に向けるのは抵抗がある。だが相手はISを装着している。生身なら兎も角、ISならシールドバリアや絶対防御、操縦者保護機能とかいうものがあるから大丈夫…なのか?自分の中で色々と考えている内に、時は来た。

 

『それでは織斑一夏君、君の実技試験を開始します』

 

管制室からの通信が耳ではなく頭の中に直接届く。これはISの通信システム上の理由らしいが、詳しいことは知らん。

 

『いきなりISを動かせと言っても分からないだろうから無理しなくていいけど…山田先生、大丈夫ですか?』

 

『は、はい!!』

 

……本当に大丈夫だろうか。顔真っ赤でガチガチなんだけど。なんで緊張してんの?緊張するのはこっちだぞ?

 

『開始五秒前…3、2、1、始め!』

 

合図とともにブザーが鳴る。そして相手の先生が右手に銃を携えて――こっちに向かって突っ込んできた。

 

「ちょ、まっ?!」

 

咄嗟に身を捻る。そうすることで先程まで俺がいた場所に先生が突っ込み、その空間を通り過ぎ――

 

「ぷぎゃっ!」

 

壁に激突して動かなくなった。

 

『「えええええ……」』

 

思わず管制室の先生とハモってしまう。開始直後に突撃、そのまま壁にぶち当たり気絶…コントですか。拍子抜けとはこういうことを言うのだろうか。

 

『あ~…勝者、織斑一夏君?』

 

判定が疑問形なのは…仕方ないだろう。こんなのあんまりな結果だし、俺自身も喜べない。取り敢えず、俺はどうすればいいのでしょうか?

 

『そこのピット入口から外に出て係員の指示に従ってISを解除してくれるかしら。……山田先生は此方で回収しておくから』

 

「はい……」

 

今一つすっきりしないまま、俺の無茶振りIS実技試験は俺の勝利(多分)で終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、管制室では。

 

「これは…試験の記録として残しておくべきなんでしょうか……」

 

「私に聞かないで。織斑先生の指示を仰ぎましょう。……十中八九頭抱えるでしょうけど」

 

「そりゃあ、この結果ですからね…山田先生は確かに抜けている部分がありますけど」

 

「あーほら、この子って織斑先生の弟でしょ?憧れの先輩の弟だから多少意識してしまうだろうし、この子よく見るとイケメンで身体付きも良いしね……」

 

「手を出さないで下さいよ?榊原先生」

 

「いきなり何言ってるのよ!」

 

「いや、だって…今まで付き合った男性と長続きしなくて実家から催促もきてるって……」

 

「異性と付き合ったことも無い貴方に言われたくな……やめましょう、虚しくなるだけ……」

 

「はい……。世の中って、世知辛いですね……」

 

「そうね……」

 

「恋愛って、難しいですね……」

 

「ええ、本当に……」

 

こんなやり取りがあったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

どうも、再び織斑一夏です。現在私はアリーナの管制室、そこのベンチにいます、とリポーター風に言ってみたり。

あの後ピットでISを解除して汗ふいて着替えてそしてここに連れられてきた。普通なら関係者以外立ち入り禁止だそうだが、"ある人"の指示で此処に連れてこられたらしい。

 

「えっと、まあ…お疲れ様」

 

「あ、いや…それ程でもないです」

 

管制室に居た教師の一人に苦笑いをしながら労をねぎらわれるが、こっちも苦笑で返すしか出来ない。

 

「でも…いいんですか?普通試験の様子って誰にも見せないんじゃあ……」

 

「そうなんでけどね、ここに連れてくるようにって指示があったのよ」

 

何故に?、と理由を尋ねようとした時――その答えは出た。

 

「次、試験者名『刹那・F・セイエイ』。アリーナに入場して下さい」

 

教師がマイクに向かって告げる。管制室の巨大スクリーンを見ると、俺が入って行ったピットの入口が開放されるのが映っていた。因みに山田と名乗る先生は既に回収されている。

そしてそこから出てきた姿に、俺は言葉を失った。

 

「嘘…だろ……」

 

白と青の全身装甲。右手の大剣。背中から放出される翡翠色の粒子。全身を包むマントこそ無いが、その姿は間違いなく――

 

「……『天使』」

 

かつて己が救われ、そしてあるべき姿として、目標として追いかけたモノ。

何故それが今スクリーンに、もう一人の男性IS操縦者としてIS学園(ここ)にいるのか分からない。

 

呆然としている俺を余所に、事態は進んでいく。次に動くは天使が出てきたのとは反対側のピットのゲート。幾枚もの特殊金属板が重ねられて出来た一枚の扉が、更に重ねられて出来た門がゆっくりと開かれ対戦者の姿を外界に晒す。黒灰色の無骨な躯体。甲冑の大袖を両肩の盾とし、佩楯と草摺を下半身を保護するスカートとして纏う。数百年前この国で使われた当世具足を彷彿とさせるその正体は俺が装着していた『打鉄』だが、その騎手の姿は――

 

「千冬姉っ?!」

 

 

 

 

 

 

 

刹那は一人、アリーナの中央で対峙する。"世界最強"と。

その佇まい、彼女が纏う気配を形容するのならばまさしく一振りの刀。鋭く、堅く、曲がらず、輝きを放つ。

 

「……織斑千冬」

 

後ろに流されていた髪は後頭部で一本に纏められ、鋭い眼光がエクシアを、刹那を射抜く。

 

「……こうしてまた貴様と刃を交える時が来ようとは微塵にも思っていなかった」

 

通信ではなく、口頭で言葉を述べる。その声色は再戦を願った相手と再び戦えることへの喜びと意気込みに満ちていた。

 

「思えば貴様には大きな借りがあったな」

 

「借り?」

 

「前回のモンド・グロッソで弟を…一夏を助けてくれたことだ、礼を言おう。……"有難う"」

 

織斑千冬が頭を下げた。刹那自身は兎も角、諸事情を知らない者達にとっては驚愕の事実であった。別に織斑千冬という人間が不遜な人物として知られている訳ではなく、寧ろ自他に厳しい礼節を弁えた人間として認識されている。だがその千冬が、あって間もない人間に、自分がその理由も知らず頭を下げたことが驚きであった。真実を知るのは千冬本人と、当事者であった一夏、そして刹那のみだろう。

 

「ただその場に居合わせたに過ぎない」

 

「貴様にとってはそうであろうが、私と一夏にとってはそうではない。あれ以来一夏が貴様を意識してしまってな…姉としての、つまらん嫉妬もある」

 

自嘲気味な笑みを浮かべる千冬を余所に、刹那はあの時のことで何故一夏が自分を意識したのかを考え――理解した。自分が似たような経験を持っていたが故に。

 

「……俺は、尊敬される様な人間ではない」

 

対話の過程で自分の人生を、生きていく過程で為してきたこと全てを受け入れ生きてきた意味を見出したとはいえ、自分は咎人だ。世界を変える為に大勢の人間を殺し、多くを犠牲にした。それを言い訳するつもりなど毛頭なく、罰を受け入れる覚悟ならできているが――誰かに同じ道など歩ませたくない。

 

「謙遜するな。貴様が元の世界でどう生きてきたのかは知らんが…あの時の貴様の行動は人として正しい。それに貴様とはもう一度戦ってみたかった。それは武人としてでもあり、個人的な恨みもある」

 

それは、

 

「私の酔い潰れた姿、見ただろう」

 

「……別に言い触らす気などさらさらないが」

 

「貴様がどうであれ…我慢ならんということだ。自分勝手な理屈だというのは理解しているし、泥酔するまで飲んだ私に責任がある。それでも世間の目は厳しいのさ」

 

確かに多くに認識されればされる程『イメージ』というのは定着する。それは周囲からの評価でもあり、"枷"でもあった。

 

「周囲がどうであれ、お前はお前だ。織斑千冬という一人の人間に過ぎん。そこに他人の評価など必要ない」

 

千冬は一瞬呆けた顔をし――静かに笑みを深めた。

 

「ああ、最高の口説き文句だな」

 

その一言に刹那はマスクの下では表情を動かさずとも心外だと言わんばかりに、

 

「そういうつもりはない」

 

「そこに『異性』という概念が含まれていたらの話だ、本気にするな。さて、そろそろ始めようか」

 

千冬は左腰に携えた鞘から日本刀型近接ブレード『葵』を抜き、正眼に構える。そして刹那はGNソード改の刀身を起こし、GNシールドを前面に構えた。

 

『……お…ザ………ザザ……せ…………ザッ………』

 

「通信がジャミングされているが…お前の仕業か?」

 

「機体の特性上仕方ないことだ…後で対応した通信システムのデータを渡す」

 

「まあいい。邪魔が入らないのは好都合だ。――いざ、尋常に」

 

「ガンダムエクシア、刹那・F・セイエイ、目標を――」

 

「――勝負!」

 

「――撃破する!」

 

 

 

 

 

 

 

剣が走り、白が舞う。

 

閃光が奔り、黒が飛ぶ。

 

鋼が打ち、鉄が鳴る。

 

空気が動き、音が応える。

 

それは一進一退。それは衝突。動きが回避となり、攻撃と化し、飛翔となり、停まることなく円舞と化す。

 

「……は、はは……!」

 

黒が呻く。闘う者としての喜びの声を。

 

「おお……!」

 

白が唸る。己を奮い立たせる為に。

 

 

 

 

 

 

 

白――エクシア――の上段からの一撃が白と翡翠の軌跡となって疾り、黒――打鉄――が刀を横に構えてそれを防ぐ。

そこから始まるは力と力の拮抗――ではなくエクシアが刃と刃の接地面を支点に梃の原理で浮き上がり、打鉄の頭上を越え身を捻りながら腰から抜いた桃色の光刃を横に振るう。

打鉄は身を屈めて前へと進むことでそれを避け、前へと踏み出した足を軸に反転し何度目かと互いに向き合う。光刃によって焼けた空気の臭いが千冬の鼻をついた。

 

歓喜、それは強者と戦えたこと。

 

驚嘆、それは相手の先の読めない実力。

 

興奮、それは己の胸の中で盛るもの。

 

切望、それはこの時間が延々と続くことへの。

 

千冬は喜びを噛み締め、そして悔やんだ。相手が自らと渡り合える実力を持ち、そして今それを交えていることを。現役を引退し、少なからずとも全盛期には及ばずそして今尚自分の実力が全力で振るえぬことを。

 

始まりは数年前の弟の誘拐事件。誤解ではあったが目の前と男を一合だけだが刃を交わしたのが全てだった。強い、と思った。自惚れではないが、自分の戦闘スタイル上相手の攻撃を掻い潜り一撃を加えることへの自信はあった。だが起きたのは自分へのカウンターであり、それを貰ってしまった。当時頭に血が昇っていたのは事実だがそれは言い訳に過ぎない。

一撃を与えたこともある。だがそれは不意打ちであり――相手は弟を庇っていた。そんなものは"中たり"として判定しない。何よりも自分が認めない。

 

だから望んだ。再戦を。決着を。対等な条件での闘いを。

 

だが悔いもあった。あの誘拐事件の後、自分は現場を引退し後任の育成に努めた結果、周りに気付く者は少ないだろうが多少なりと実力が下がった。無論努力を怠った訳ではないが、現場を離れ誰かと刃を交える機会が減ったというのも大きい。それともう一つ、今千冬が纏っている打鉄が自分についてこれず思う様に動けないことだった。

別に打鉄やそれを整備した人間を責める訳ではない。そもそも訓練機であるこの機体は通常仕様の機体よりも制限が大きく掛っているし、打鉄自体は各現場からの評価の高い良い機体だ。その性能を殺すことなく整備した整備員の腕も良い。

だが千冬の能力が高過ぎた。現役時代に使っていた愛機『暮桜』は束の手製の機体で申し分ない性能を発揮しよく馴染んだ。千冬専用に造られた"天災"製の機体と訓練用量産型機を比べるのは余りにも酷だ。

 

それでも感情は"((陽|プラス))"に動いている。今という瞬間をめいいっぱい感じたかった。

高揚する感情とは別に、理性は冷静に状況と相手の能力を分析している。

 

此方のシールドエネルギーは段々と削られている。相手の攻撃は躱し、受け止め、いなし、受け流してはいるが全てではない。何撃かは紙一重で貰ってしまっていた。受け流しと紙一重の回避、それこそが日本の武道の神髄ではあるがそれすらをも相手は越えてくる。それは相手の技量の高さが一つだ。

それは動きもだが、読みも恐ろしく正確で早い。本能的な勘だけでなく、実践に裏打ちされた経験と感覚による精度の高い読み。此方の動きを反射レベルで読み取るそれは相手が多くの経験を持つことへの証拠であり、その対応策を講じ実行出来るのは身体能力の高さの顕れだ。

 

もう一つは相手の機体とその武装だ。まるで重さを感じさせない程軽やかに動き、速く、堅い。ISも慣性制御と反重力力翼、流動干渉により鳥や戦闘機が長年に渡り縛られてきた物理法則を無視した動きが可能だが質量に縛られるのは変わらない。重ければ重い程その動きは制限され、飛ばすのにも浮かすのにもそれ相応の負荷が掛る。

だがエクシアは重力から解き放たれたかのように三次元を自在に飛び回り、足元が安定しない空中での一撃がまるで地上にいるかのように、いやそれ以上に重い。

 

右手の大剣は原理こそ不明だが、想像以上に重くそして外見から判断できないほど高熱を孕んでいる。それはエクシアの両腰に備えられた二本の片手剣にも言えることだが、その熱量はハイパーセンサーの解析によるとビームの剣に匹敵する程だ。それらは容易くISの装甲に傷をつける。まともに貰えばごっそりとシールドエネルギーを持っていかれるだろう。

対して向こうの装甲はえらく堅い。何撃か刃がエクシアに触れてはいるがまともな損傷が一つも無い。炭素繊維を用いた装甲なのは提出されたデータから予測できるが、にしても堅過ぎだろう。

 

これらの現象がエクシアから放出される粒子、ましてや搭載された動力機関による賜物とは流石に千冬と言えど気付く筈が無かったが、今はそんなことはどうでもよかった。それよりもこの勝負の方が優先だ。

 

激しい打ち合いに刃毀れした近接ブレードを構え直し、身を低く、下から切り上げる軌道で振るう。エクシアは上半身を反らすことでそれを避けるが、切っ先が頂点に達した瞬間に刃が返され振り下ろしとなって再び襲い掛かる。そして受け止めたが故に動きが膠着した相手を蹴り飛ばした。

 

追撃を仕掛けようとベクトルを前に向けた所でエクシアが刃を短くしたビーム剣を投擲。だが千冬は止まらず、正面から左肩の物理シールドを前面に出して受け止める。

 

「装甲の一枚くらい…くれてやる!」

 

返すのは躊躇いを捨てた声と、今のところ唯一使っていた武装であった近接ブレードの投擲だ。刃が欠け、ひび割れもしている近接ブレードだが剣先の刃はまだ生きている。重心を軸に突き出した左半身を勢いよく引き込み、その反動で右肩が前に出て遅れる様に来た右腕から――近接ブレードが先端から宙を走った。

 

千冬はエクシアの動きが膠着したのを見た。それは一秒にも満たない、ほんの僅かな瞬間であったがIS同士の戦いという高速戦闘で千冬程の実力者であればそれは十分な間だ。千冬の攻めは停まらない。スカート部のスラスターにエネルギーを送り込むとそこに力が溜まるのを感じる。そして右手に((新たな|・・・))近接ブレードを展開させ――力を爆発させた。

 

 

 

 

 

 

 

織斑千冬の基本戦法はブレオンによる高速接近&離脱だ。零落白夜というハイリスク&ハイリターンの能力故に編み出された戦法だが、今回もそれと同じだった。今回の模擬選の機体は現役時代の暮桜ではなく日本製第二世代量産型『打鉄』で武装も『雪片』でなく通常の近接ブレードだが、基本的に装備する武装は一種類につき一つか多くて二つぐらいだ。手榴弾などはそれ以上いくかもしれないが、近接装備など同種の武装を複数装備することへのメリットが存在しない。投擲武装であるGNダガーは別として。

 

読みを誤った、と刹那は内心で臍(ほぞ)を噛んだ。織斑千冬の実力はある程度把握している。手加減が利く相手ではないことぐらいは。だからこそ此方の手の内を多く曝さない為にも長期戦は控えたい。故に刹那がとった戦法は二つ。

 

一つはIS同士の戦闘の基本である相手のシールドエネルギーを削りきること。相手に攻撃を与えるもしくは掠めさえすれば防御機構としてシールドバリアが発動する。更にシールドバリアを貫通し操縦者に直接ダメージを与える様な強力な攻撃や急所となる部位に攻撃を与えると絶対防御という高出力エネルギー性防御機構が働き多くのエネルギーが削れるのだ。

だが相手は織斑千冬だ。そんな急所には易々と攻撃を当てさせはくれないし、安全性を考えると急所への攻撃は避けるべきだろう。高威力武装にしてもそうだ。万が一、シールドバリアや絶対防御が働かなかったら操縦者に直接ダメージがいく。

 

もう一つは相手の武装を破壊することだ。攻撃手段を奪いさえすればそこで戦闘は終了する。IS用の近接装備はISの装甲よりも強固ではあるが――如何せん兵器として完成されたエクシアの武装の前には役に立たない。別にISの性能が低い訳ではない。もし刹那の世界であれば、ティエレンやフラッグといった旧式モビルスーツなら圧倒出来るだろうしセンサー系装備を始めとするシステム系のみなら太陽炉搭載型モビルスーツをも超える。だがこの世界でISへと化したエクシアを相手にするには、暮桜…もしくは"白騎士"レベルの機体でないとやり合えない。

現在はリミッターを設けているがそれでももう数撃加えれば破壊出来るところまで来ていた。だが織斑千冬がとったのは――唯一であっただろう武装の投擲。自ら不利になる様な行動にほんの一瞬ではあるが思考が停止してしまった。反射的に切り払いで投擲を防ぐがその間に――織斑千冬は二本目の近接ブレードを展開し、攻撃動作に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

スラスター内に溜め込んだエネルギーが爆発の様に噴出口から吹き出し千冬を音の世界を突き破る猛烈な勢いで前へと押し出す力となる。『瞬時加速』と呼ばれるそれは、千冬が十八番とするISのみに許された特殊技能だ。浮遊と姿勢保持に使われるPICとは異なり純粋な推進力を生み出すスラスターにエネルギーをチャージし、一瞬を以て解放することで一時的ではあるが音速以上の加速を行う。

両者の間は然程空いておらず刹那の時を以て埋まる。千冬はその勢いを利用し――近接ブレードをエクシアの頭部に突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

獲った、と千冬は確信した。突き出された近接ブレードは確かに当たる感触を伝え、エクシアは頭部から仰け反るように吹き飛んだ。瞬間的な強加速によりハイパーセンサーが小数点に零を幾つも足した単位で処理落ちしているが、一撃必殺とはいかなくても手痛い一撃を加えただろう。出来ることならもう少しこの戦いを楽しみたかったが勝利したいのも事実だ。まだこれから時間は三年間とある。焦る必要はない、とそこまで考えた時漸くハイパーセンサーが最適化する。そしてハイパーセンサーに映されたのは倒れたエクシアの姿――ではなく、敵機の接近を告げる警報であった。

 

 

 

 

 

 

 

頭部に強烈な衝撃を受けたエクシアはそのまま後ろに倒れはせずにバク転するかのように宙を回り、腰に差されたGNブレイド改が基部から回転、その刃を打鉄の右腕に向かって振るった。

腕を上げ後退することで躱そうとする千冬だが、一度大きな勢いを以て進んだ慣性は直ぐに変わるものでなく、エクシアの左腰のGNブレイド改((L|ロング))の刃が右腕ユニットを半ば程まで斬りつけた。

 

(右腕損傷。PICユニット及びマニュピレーターメインフレームは無事。しかしアクチュエーターを損傷。パワーアシスト機能低下…やられたな)

 

ISの自己診断機能による表示に目を通しながら千冬は素早く前方を見据えて構える。視界に入ったのは近接ブレードに貫かれたエクシアのバイザーと思しきパーツと――青白い双眸と白いマスク、赤の顎で此方を睨むエクシアの姿だった。

 

「それがエクシアの本当の貌か……。中々いい面構えじゃないか」

 

何度目か分からない歓喜に千冬は震えた。相手の更なる実力の一端が知れた驚愕も、相手の攻撃から放たれる重圧も、何もかもが己の中に燃える感情を更に激しくさせる。

肉を切らせて骨を断つ。自分が取った戦法はまさにそれだが――まさか自分がそれで返されるとは思わなかった。間違いなくこいつは強者だ。偶然なんてものじゃない。こいつは戦闘に関しては自分と互角、もしかしたらそれ以上にやり合える程の実力者だ。躊躇いなど、遠慮など、自制などいらない。全てをぶつけるだけだ。

 

エクシアが右腕の大剣を収納し両腰の剣を抜く。対して千冬も血振りをするかのように近接ブレードを振るい突き刺さったバイザーを抜いて正眼に構える。そして両者は誰ともなく合図も無しに接近し、刃を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

一夏は開いた口が閉まらなかった。それは目の前で繰り広げられている戦いを見る者全てに通じるものだろう。

驚愕の連続だった。今目の前の画面の中で戦っているのがかつて自分が助けられ、そしてそのあり方を目指した『天使』であること。その対戦相手が現役を引退し、職業不明であった実姉の織斑千冬であったこと。――そして、その二人が織り成す高度な戦いに。

 

姉の実力は一夏自身身を以て知っている。幼い頃、幼馴染の実家の剣術道場で姉弟共々そこで研鑽を積み、剣を交えていたから。そして、本人は隠したがっていたが姉のISの試合の映像を見ているから。

 

天使の実力も僅かにだが知っている。誘拐され身動きのできない自分を助ける為に、ISを纏う相手から一撃も貰わずに瞬殺した。そして、誤解ではあったが姉の本気の一撃を防ぎカウンターを食らわせた。

 

再び会えると思わなかった自分と姉と――『あの人』。それは望んだものなのかそうでないのか自分でも分からない――否、自分の気付かぬ内に、もしくは自分でわざと気付かずに心の何処かで望んでいたいたのかもしれない。

 

「……あ……」

 

直接会いたい、と思った。顔を見て話したい、と思った。出来ることなら教えを請いたい、と思った。同じようになりたい、と思った。

何故なら相手は自分が目指した人で、自分に欠けていたモノを持っている人だから。

だけど。だけれども。まずはこの戦いを、自分の憧れ同士が紡ぐ戦いを目に焼き付けようとした。

 

 

 

 

 

 

 

日本刀と長剣がぶつかり鎬を削る。空いた短剣が二本の剣を追うように迫り、右肩の楯が刀身を真横から殴るように弾く。押し込む為に互いに踏込みを強め、拮抗が緊張となり、圧迫された力の爆発となって二人は離れる。しかしそれで生まれた間は数秒と経たずに消えてしまうが、何度でも繰り返される。

 

剣を振るう。それは拒絶ではない。互いに迫る。それは求めではない。一歩でも前へ出て、相手の立つ場所に刃を届かせる。受け止める。弾く。受け流す。躱す。懐へ潜る。引く。それらの動作が次の瞬間には攻撃へと転化する。

何も斬ることが全てではない。突きがあり、蹴りがあり、当て身があり、射があり、持ちうる手段全てを用いて攻めたてる。

 

相手の動きに合わせ刃をぶつける。千冬はそこで押し切るのではなく、上からかかる力を受け止めるように膝を曲げながら近接ブレードを倒し、上下からの圧に押し出されるように前に出る。刀身を寝かし火花を散らせながら滑らせ、エクシアの左脇から後ろへ抜けるように進む勢いでその刃でエクシアの胴を薙ぐ。

刃は届かない。刹那はもう一方の剣を逆手に握り千冬の近接ブレードと自身の胴の間に割り込ませることでそれを防ぎ、刀身が受ける力を利用して回転、空いた方の剣を振るい――千冬の束ねられた長い黒髪の何本かが散った。

 

「やってくれる……!」

 

身を低くした姿勢から左腰の鞘をハードポイントから取り外し逆手持ちでエクシアの脚部に向けて振るう。そしてエクシアがバランスを崩したところに近接ブレードを上段から叩き付けた。咄嗟に左の短剣で防いだものの衝撃までは殺せず地面に激突する。巻き起こった土煙を払うように立ち上がったエクシアの双眸に写ったのは――上空から襲い掛かる鷹のように迫り唐竹割りを放とうとする千冬の姿だった。

バックステップで急いで身を引かせるが僅かに遅れたのか胸部に衝撃が走り吹き飛ばされるのを、右手の長剣と足裏の接地クローを地面に食い込ませて抑える。だが相手は停まらない。着地の衝撃で生じた土煙の向こうから近接ブレードを構えた打鉄が勢いを殺すことなく向かってきた。

 

 

 

 

 

 

 

……長くは保たんな、と千冬は内心で歯噛みした。先のカウンターの一撃、まさか武装がハードポイントから動きそのまま攻撃してくるとはまさかとも思わなかったが、その一撃が手痛いものであったのは違いない。それによって右腕ユニットのアクチュエーターがやられてしまった。アクチュエーターはエネルギーを物理運動に変換する装置であり、ISにおいては生身では無理のあるISの武装を扱うのに必須なものだ。

その損傷によりパワーアシスト機能が低下し、利き腕の武器の保持が困難となってしまったのは戦闘継続に大きく支障をきたした。これを狙ってやったのかは知らないが、重さは変わらないが得物の握りが甘くなるのは剣にしろ銃にしろ痛手だ。全身の膂力を以て押し込むが、切り結んでいくうちに右手の保持が上手く利かない所為か徐々に押し返されそうになる。両肩の物理シールドも、打鉄の仕様である高速修復を以てしても限界が見え始めていた。

 

「しかし、この位置は――」

 

上段からの一撃を相手にギリギリ届かないタイミングで放つ。空を切った刃ごと身体が下へと向かうが、完全に振り切る前にPICで下向きの慣性を殺し逆に上向きの慣性を発させて瞬時に刃を返し燕の如く上昇させ――下段からの一撃を放った。

 

 

 

 

 

 

 

侮れん、と刹那は気を引き締め直した。世界最強の名は伊達ではなかったと。別に甘く見ていた訳ではない。だがそれでも、驚嘆せざるを得なかった。自惚れではないが、イノベイターは普通の人間に比べ身体能力や反射神経が優れている。それは刹那の様な長年戦場に身を置いてきた者には特にだ。お互い"枷"の課せられ自らの"枷"となっている機体という意味では条件として等しいが、訓練機と実戦機という意味ではエクシアに分がある。しかしそれを超えてくるというのは――織斑千冬自身の実力でしかない。

明らかとなっていない彼女の過去にその理由があるのかは知らないが、それ抜きにして彼女の努力の賜物としても常人のそれではない。生身での純粋な戦闘能力を知らないが、機体を用いた戦闘では少なくとも戦闘型イノベイドに匹敵するだろう。

 

シールドエネルギーはまだ余裕がある。半永久機関である太陽炉を搭載しているが故にエネルギーとGN粒子は無限ではあるが、太陽炉の存在そのものがこの世界ではS級重要機密である。その為にISでいうシールドエネルギーと多目的エネルギーに相当する項目を消費エネルギー内に設定し、定めた数値以上の消費を出来ないようにしてシールドエネルギーと多目的エネルギーを再現している。

エクシアのシールドエネルギーはGN粒子で構成されており、シールドバリアは低出力の部分的なGNフィールドのようなものであるが、その発生はオートだ。機体付近への攻撃に対して自動的に発動してしまうそれは玄人の、刹那の様な近接戦闘を主体とする者には不利でしかない。故に刹那はシールドバリアの発生を急所や関節部、構造的に脆い部分に集中させそれ以外はガンダムの強固な装甲で受け止める仕様に変更した。保険としてマニュアル制御で通常発生しない部分にも発生出来る様にしてあるが、織斑千冬の攻撃は中てるためのものならば全てが急所を狙った一撃必殺級だ。防ぎ、躱しているもののもし機体が暮桜ならもっと早く決着が付いていたかもしれない。

 

「だが、そこは――」

 

相手の上段からの一撃を避けトップポジションを得る。相手はそのまま下段へと至り、間が生まれるがそれは隙ではないと勘が告げる。そして両手のGNブレイド改を投げ捨てGNソード改を喚び出し、振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

「私の/俺の距離だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

上と下の、二つの力が相対する。スラスターを、PICを、機体のパワーアシストを、肉体の膂力と技量を以て剣を振るうが、この地球という場所では重力が存在する以上上からのベクトルが有利となり――不利ともなる。下から昇る力は上から落ちる力を受け止めず、何も抗わす上へと過ぎ、更に上からの力へと転じた。

 

急激な方向転換が内臓を揺さぶり、血が慣性に従って一方に偏る様な感覚を得る。それすらも心地よい、と千冬は思った。最初の上段の一撃は中てるものでなく躱させる為の一撃であり、本来ならばそれに次ぐ下段からの切り上げが本命なのだがそれが通じる相手でもない。だからこそ二撃目すらもブラフとし、三撃目が相手のがら空きの背中へと奔り――届く前に相手のスラスターが噴いた。千冬は相手が行った行為を知っている。――瞬時加速だ。

 

 

 

 

 

 

 

刹那が行ったのは左半身のスラスターのみの瞬時加速だった。エクシアはクアンタの偽装形態であり性能もまたエクシアのものに準じた仕様になっている上に更にリミッターを設けている。それは((クアンタ|エクシア))の特異性を隠す為の処置であったが、刹那自身への"枷"にもなった。愛機であったエクシアを刹那が使いこなせない筈が無いが、逆にイノベイターへと革新した刹那にエクシアがついてこれなくなったのだ。それはツインドライブ搭載機であるダブルオーも同じであり、クアンタが唯一刹那の能力を完全に引き出せる機体であった。

だからこそ、今のエクシアでリミッターの解除やトランザムの発動なしで戦術の幅を広げ戦闘能力を増加させる必要がありその答えの一つが、瞬時加速だ。

 

GNコンデンサー内のGN粒子の一部をスラスターに一極集中させ、一瞬を以て解放する。機構としては機体のリミッターとGNコンデンサー内の貯蓄GN粒子を全開放するトランザムに類似しているが、部分的なものでありトランザムの様な赤色発光現象は起きない。しかしそれらはISで言う瞬時加速の再現を可能としたのだ。

爆発的な推進力を生み出した左半身とは反対に右半身の末端の質量をGN粒子の質量変化で増幅させる。四肢を広げ右半身を後ろに流すことでAMBACを用いて最小・最速・最大効率で反転し、殴る様に相手の剣を弾き、身体を吹き飛ばした。

 

(瞬時加速による反転だと?!)

 

千冬は舌を巻いた。瞬時加速は前述の通りスラスターに溜めたエネルギーを一気に解放することで瞬間的に膨大な加速力を得るIS特有の技術だ。瞬間的に膨大な加速力を得る、というのは身体への負担も大きく加速中に無理に方向転換しようというものならば骨折、最悪は内蔵へのダメージの危険性もあるのだが――相手は軸を一切ぶらさず四肢をバランサーに用いて余剰な勢いを加速とは逆の方向へ逃がすことで身体へのダメージを減らし、その加速を殺さないまま一瞬の間に反転を行ったのだ。

その一撃は相手に迫っていた自分の剣のみならず自分自身を吹き飛ばす。そして此方の姿勢が完全に立ち直る前に右腕の銃と左腕から放たれる光弾が群を為して降り注いだ。盾を前面に押し出して防ぐものの、小型の盾では防ぎきれない何発かがシールドエネルギーを削っていく。無論、黙って食らい続ける程千冬は甘くない。何発かもらうのを承知で盾を構え立ち直すなやいなや、時に鞘で受けながら三次元機動で距離を詰める。間合いは狭まり、遠ざかり、また狭まる。

 

相手を己の間合いにおさめた所で刀と鞘を投擲。回避運動で射撃が途切れた間を狙って三本目を召喚しエネルギーを充填、刀身を鞘に納めたまま右身体を前に出す。相手もそれを読み取ったのか刀身を起こし、前傾姿勢となる。

 

 

 

 

 

 

 

 ――決着をつけよう

 

 

 

 

 

 

声に出したのでなく、仕草で表したのでもないのに互いに通じ合った感覚を得る。それは間違いでなく、同じ戦場に立つ者同士が共有出来る場の流れともいうべきだろうか。そこに言葉は不要である。

放たれるは空気を裂き、音の壁を突き破る音と衝撃。音速を超えた接敵は目で見た以上に速く、刹那の時を以て相対する。

 

打鉄が放つは居合。円の運動による神速での抜刀。エクシアが放つは逆袈裟懸け。相手の右肩から左脇腹を断つ斬撃。二つの刃が眼前の相手を目掛けて疾る。先に届いたのは――打撃だった。

 

先に動いたのは打鉄。相手の胴から胸を断つ為に鞘から抜かれつつある刀は、エクシアの右腕によってその柄を押さえられた。同時にその時の衝撃をもろに受けた右マニュピレーターが限界を迎え機能停止し、柄を押さえた右腕の大剣が基部から折れ腕と刀身で打鉄を挟み込む様に動いた。

盾を間に割り込ませることでそれを妨げるが、同時に動きも完全に固定される。――そして最後の一撃が振るわれた。

 

 

 

 

 

 

「……私の、敗けか」

 

宙に留まる二つの機影を包んでいた静寂を静かに紡がれた一つの声が断った。その声に後悔や未練は感じられず、充実感で染められていた。

千冬の腹に突き立てられたGNビームサーベルの発振機。これが最後の一撃だった。GNソード改で打鉄を拘束した後に間髪抜かず脚部からGNビームサーベルを抜き、発生したシールドバリアに直接突き立てビームを発振させた。放出された圧縮粒子はシールドバリアを食らい、絶対防御を発動させ残りのシールドエネルギーを残らず消滅させた。

 

「気持ちいいものだな、敗けるというものも。……久しく感じてなかった感情だ」

 

既に武装は全て解除されている。二機はゆっくりと地面に降り立とうとしていた。

 

「敗けるということは必ずしも悪い事のみではない。ヒトはそれを糧に次へと進める」

 

「その通りだな。御高説痛み入るよ」

 

着地した二機はそれぞれ機体を解除する。パイロットスーツ姿の刹那はヘルメットを脱ぎ、ISスーツ姿の千冬に向き合った。

 

「いい勝負だった。出来れば再戦があることを祈るばかりだ。……その時はお互い"本気"でな」

 

「……模擬戦なら付き合うが、教師がそれでいいのか?」

 

その言葉に千冬は苦笑いした。生徒と本気で勝負する教師など確かに可笑しい。

 

「本当に耳の痛い話だ。だが、個人の話で言えば悪くないと思うが?」

 

「機会があればな」

 

千冬が悪戯を思いついた様な笑みを浮かべると、釣られて刹那も薄く柔らかな笑みを浮かべた。その笑みは普段の仏頂面な表情とはギャップを感じる。

 

「……お前もそんな風に笑えるのだな」

 

「嬉しい事や楽しい事があれば、誰だって笑うさ」

 

「違いない」

 

今度はどちらからともなく、互いに笑みを浮かべる。笑みを、嬉しさや楽しさを他者と共有された空間が、そこにはあった。

 

『……ザッ…織斑先生、セイエイさん、大丈夫ですか?!怪我はありませんかー?!』

 

突然スピーカーから管制室の声が響き渡る。先程まで通信システムがGN粒子によってジャミングされていたが故に通信が一切繋がらなかったのだ。心配するのも当然と言えよう。

 

「……あまり長居はしてられんか。仕方ない、戻るとしよう」

 

「ああ」

 

機体や放棄された武装を回収し、それぞれのピットに歩を進める。二人が飛び、舞ったそれは今でもなお蒼く、二人を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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