No.580872

世界を渡る転生物語 影技21 【蘇る翼】

丘騎士さん

 またまたお待たせです!

 毎回の事ながら、今回もオリジナル展開と設定を織り交ぜたお話になっています。

 相変わらずの長文ではありますが、お付き合いいただき、読んで楽しんでいただければ幸いです!

2013-05-27 23:58:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2273   閲覧ユーザー数:2118

 ──ジンにとって不名誉な字名が広められて以降、その字名と腕前を聞きつけ、怪我人・病人達がやってくるようになったエレ邸では、字名を送られるのと同時にそれを予期した王の指示で近衛兵達によって裏庭に再びテントが立てられ、簡易の診療所が作られていた。

 

「──ウォオオオオイ、ジンちゃん! 【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】~!」

「──潰す」

「どこを?!」

「お、落ち着きなよジンちゃん! 流石に国王公認の字名なんだからさあ」

「潰す!!」

「誰を?!」

「ちょっと、カインさん、探してくる!」

─『ちょ、おまっ! 国か!』─

 

 次々にやってくる患者を呪符や薬草での治療を行う中、その中に当たり前のように混じるようになっているグォルボとリムルが【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】と呼んで声をかけると……その手に持っていた呪符を握りつぶし、グォルボを睨めつける怒り心頭のジンが吼える。

 

「大体、グォルボさんもリムルさんも、この間すっごい痛い目にあったばかりだよね?! なんで懲りてないの?! こんな短期間に怪我をして、その治療の全てを呪符に頼ったら自己治癒能力に支障をきたすって、俺言ったよね?!」

「ぐ、グォオオゥ、つ、つい……」

「ご、ごめんようジンちゃん……」

「はいはい、他の患者さんもいるんだから……そろそろジンも落ちついて、ね?」

「もう……ともかく気をつけてよ?!」

─『は、はい……』─

 

 ジンがクルダにやって来て以降、【呪符魔術士(スイレーム)】として、治療師としての腕前をしった【闘士(ヴァール)】達は……鍛錬で怪我をする⇒ジンの治療が受けられる⇒無茶をしたとジンに怒られる⇒我々の業界では御褒美です! といった図式を作り上げていた。

 

 そこに……より即効性があり、治療効果の高い【光癒】という呪符がジンの手によって開発され、重症状態からも復帰出来る事が判明したのだ。

 

 【光癒】を受けた第一人者であるグォルボとリムルは、従来の【治癒】ではありえないほどの【光癒】の効果に歓喜し、血までは補填出来ないという話を聞いていたにも関わらず……【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】のお触れが出た翌日、早速自己鍛錬を開始したのである。

 

 しかしそこで……【光癒】の脆弱性が露見する事となった。

 

 準備体操よろしく、体を軽くほぐす鍛錬までは大丈夫だったのだが……いよいよをもって本格的に動き出した瞬間、リムルとグォルボの【光癒】で癒された傷の一部が開き、吐血してジンの元に運び込まれるという事態が発生したのである。

 

 そこから導き出された答えは……致命的な損傷、致命的な欠損である傷を無理やり呪符でつなぎ合わせて癒すという【光癒】は確かに即効性に置いて絶大な効果を発揮するのだが、しかしながらそれは呪符の効果で無理やり傷口を繋げたという、身体的影響下に置いてとても不自然な治癒方法である。

 

 治癒をしたという結果だけが残り、その再生工程を無視した治療は体の再生に齟齬を生み出す結果となっていたのだ。

 

 それ故、その結果に新陳代謝と自己再生能力が馴染むまでにある程度の期間が必要であり、怪我のひどさと個人の裁量に応じてその期間が変わる事が判明したのである。

 

 ……要するに接着剤でモノ同士をくっつけた後、完全に癒着するまでの期間が必要という状況だったのだ。

 

 ジン自身、『治療をする』・『怪我を癒す』という部分を煮詰め、作り上げたのが【光癒】であり、その後のアフターケアまでは視野にいれていなかった為に起きたこの事件により、今回の件で治療をした【闘士(ヴァール)】達には一週間絶対安静の通達が厳命される事となったのだが──

 

「ジン? ちょっと来てくれるかしら」

「は~い! おっし、治療完了! 何度もいってるけど、無茶はしない事! あんまり呪符に頼って怪我治してると、自己治癒能力が劣化するからねえ?」

「応! 分かってる! グォオオ、やるぞおお!」

「ありがとね、ジンちゃん。……って、言ってる傍から要らん事をするなー!」

「グォオオオウ?!」

「……お願い、ほどほどにしてね」

 

 ──まあ、この二人のようにあまり話を聞いていない人達も多く、今現在、まるでローテーションよろしく、一週間おきにやってくる常連さんのほとんどが、あの日怪我をした【闘士(ヴァール)】達だったりする事は……ジンを非常に悩ませていたりする。

 

 そう、安静にという言葉をかけた傍から逆立ちで鍛錬しながら返ろうとするグォルボの後頭部をリムルが蹴り飛ばすというハードな突っ込みをする場面を見ると、特にそう思うのだ。

 

 そして……そこに追い打ちをかけるかのように、問題が露呈する。

 

「──え~っと、使えないし、作れない?」

「ええ。どうやらそうらしいわ。おかしいわね、いけると思ったんだけど……」

 

 それは……【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】の字名が公表されたと同時に、即座に【光癒】と【診析】の呪符の構成術式をオキトに送り、【呪符魔術士(スイレーム)】協会の登録へと乗り出した二人へ返ってきたオキトの返信。

 

 【診析】は問題なかく発揮その力を発揮できたのではあるが……問題は【光癒】。

 

 オキトは用法・術式を理解し、問題なく使用し、協会の【呪符魔術士(スイレーム)】達にその腕を遺憾なく発揮し、手本を示してみせたのだが……問題はその後だった。

 

 協会の中堅ですら【光癒】の力を部分的にしか扱えなくなり、下位の者達ではそもそもの扱いが出来なかった、との報告が上がってきたのである。

 

 まして、作成に至っては呪符の容量ギリギリ一杯に詰め込まれた術式を再現作成出来ず、作成自体が立ち行かないという状況。

 

「……協会も質が落ちているのかしら……これは由々しき問題ね」

「う~ん、おかしいなあ。頑張ってハードル下げたつもりだったんだけど……」

─『う~ん……』─

 

 二人でシンクロ気味に首を傾げ、困惑の表情を浮かべる横で、そんな二人の様子をうかがっていた……最近助手としてよくこの治療所を手伝ってくれているコア=イクスが──

 

「──貴公等の考えた【光癒】を扱える『一般』を尋ねたいのだが……その、どのレベルの技量を『一般』というつもりだ?」

「そうね、【詠唱破棄】ぐらいは出来てほしいわね」

「あとは呪符の複数同時起動と【高速呪符帯】が扱える事かな。まあ、最善は【広域殲滅用特殊大型符(大アルカナ)】を制御できる事。あれを制御できるなら【光癒】は完璧に扱えるからね!」

 

 コア=イクス自身、【光癒】を扱いきれない事もあり、もしかしてと尋ねた内容に返ってきたのは……思わずコア=イクスが絶句するようなレベルであり、絞り出すような声でそれに答えるコア=イクスの声は、枯れたように掠れていて──

 

「……それは、一般的に【呪符魔術士(スイレーム)】の技を修めたと言われる、いわばマスターレベルの話だぞ?」

─『……えっ?!』─

 

 ──ジンが参考としていた一般。

 

 それは【呪符魔術士(スイレーム)】の最上位に位置するフォウリィーやオキトよりも数段(・・)劣るレベルであろうという認識がジンの中には定着しており、尚且つジンの成長とジンが教えてくれた呪符の同時作成等の技術が二人の技量をより飛躍的に上げていた為に起きたこの認識違い。

 

 そもそも、呪符においても個人差・適正がある事を知っていたジンが呪符を作り上げる際、オキト家における『一人前』を一般と捕えたのが間違いであり、通常は【呪符魔術士(スイレーム)】として呪符と心を通わせる……魔力をこめ、呪符を起動させる所に始まり、基礎工程として一通りの呪符の基礎を学び、修め、真名を授かり、呪符を作り上げた時点で一人前として認められ、その事をジンも知っていたはずなのだが……ジンが新しい技術、呪符の同時作成や新しい呪符の作成などを当たり前に行い、それに慣れてしまったフォウリィーやオキトも、ジンから齎された技術を持って腕を磨く事に余念がなく、自然と『一人前』のハードルがあがっていってしまったのである。

 

 通常の【呪符魔術士(スイレーム)】では、複数同時起動・【高速呪符帯】・【広域殲滅用特殊大型符(大アルカナ)】・【詠唱破棄】などの高度な技術を扱えるか否かは、個々人の師弟関係における鍛錬でのみ習得される技術であり、これが行えるという事は【呪符魔術士(スイレーム)】を収めたといえるレベルなのだ。

 

 即ち……ジンが『一般』=『一人前』と定めていたレベルとハードルが、あまりに高すぎたのである。 

 

「……う、うわ、ど、どうしよう……せっかく作ったのにこのままじゃ完全に無駄に……いや、無駄じゃないけど使い手を選ぶ呪符になっちゃった……」

「迂闊だったわ。いつのまにかジンに引っ張られるようにして、私の技量もあがっていたのね……」

「……なるほど、自覚なしだった訳か。末恐ろしいな……」

 

 それをコア=イクスに指摘され、愕然となる二人。

 

 腕はあがったものの、思わぬところから出た弊害に頭を悩ませる中──

 

「……ならば、一度に全てを治すのではなく、重要個所の点に置いてその術式を絞り込んだらどうだ? 俺でも一応は限定的に使えるのだから……効能を抑えれば使えるようになるのではないか?」

「…………それだあああ!」

「なるほどね、それならば……まあ、貴方のいう、一般よりちょっと研鑽をつめば使えるレベルまでは落とせるかもしれないわね」

「【診析】は使えるのだ。後はその出た結果に応じて、各分野に細分化された呪符を使えばいい。……まあ、俺にはその術式を作り出すのは不可能だがな」

「いや、ありがとうコア=イクスさん! アイディアさえあれば、元々の術式は俺が作り上げたものだし、用途を分ければ対処出来るから問題ないよっ!」

「そ、そうか。んん! まあ、役に立てて何よりだ」

 

 コア=イクスの出した案に食いつくジン。

 

 そう……万能治療符な【光癒】を、各分野に細分化して扱わせるという、意思力の分散。

 

 制御と呪符容量におけるダウンサイズ化を図るという提案である。

 

 確かに即効性・生産性に置いては【光癒】よりも下回るものの、生産・使用出来る技量をグレードダウンさせられるという事実は、一般的な【呪符魔術士(スイレーム)】においては重要な意味を持つのだ。

 

 【光癒】一枚で出来る事を、分散化した数枚の呪符で補わなければならないとはいえ、その効能は【治癒】符とは比較にならないほど高い。

 

 使えないと使えるのとではまるで話が違うからである。

 

 ジンにお礼と笑顔を向けられ、自らの顔が赤くなるのを自覚し、咳払いをしつつ顔を逸らして自分を落ち着けるコア=イクスをおいて、早速とばかりに二階の自分の部屋へと向かうジン。

 

 治療をほっぽりだして二階に上がってしまったジンの後姿に、仕方ないわねと苦笑を零しつつ、目を逸らしたコア=イクスと視線を合わせて、患者に応対するフォウリィーとコア=イクス。

 

 そして……再び【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】の中へと埋没し、【疑似再現機能(エミュレーター)】において徹底的な検証の元、【光癒】の術式が一度分解・再構成させ、その術式をより特化型に細分化させ、【光癒】を派生とした呪符の構成が作成されていく。

 

「──うん、これならっ!」

 

 大分細かくわかれてしまったものの、呪符の構成が出来た事に安堵し、早速とばかりに高らかに真名を歌い、呪符同時作成に呪符が舞い踊る。

 

 やがて、それらの枚数が束になるだけ溜まっていくと──

 

「──できた、できたよーーーー! フォウリィーさん、コア=イクスさん!」

 

 呪符を作成出来た事に満面の笑みを浮かべ、階段を駆けおりてきたジンが階下に到着。

 

 その笑顔のままで二人に呪符を渡そうとして──

 

「──嗚呼、俺は女神を見た、今、ここでな!」

「ふっ……ここが天国か」

「……我が桃源はここに成れり」

─『ごふっ』─

「わ、わああああ?!」

「……うむ、外に転がしておくぞ、フォウリィー殿」

「ええ、お願い。ジン? 駄目でしょう? そんないい笑顔を見せるのは……(慣れてる)私達だけにして頂戴?」

 

 その笑顔を見た治療を終えた患者達が鼻から愛を噴出させ、それを手なれた動きで【流水】の呪符を発動させて飛び散らないようにするフォウリィーと、それを視界に入れないように努めて努力していたために、目の前の患者達と同類にならなかったコア=イクスが外へと運び去るのをあわあわと見届けるジン。

 

 ──フォウリィーの手並みは実に手慣れており、ジンの齎すカオスの取り扱いの熟達者のようであった。

 

 やがてジンを落ち着かせたフォウリィーが、ジンが作り上げた【光癒】の派生符を受け取り、検分の後、外にカオスを置き去りにして返ってきたコア=イクスへと手渡す。

 

「使い方は【光癒】と一緒。【診析】の呪符は、その身に刻まれた治療個所を治すまでは効力が切れないから、使う呪符に応じて挟みこめば使えるよ」

「……なるほどな。これならば俺にも使えよう」

「よかったわ。ジンの呪符が無駄にならなくて。早速これもお父様に作成工程を送っておくわね?」

「うん、お願い!」

 

 【光癒】の分担派生として作られた【光癒】系の呪符は、コア=イクスの使用状況を見て即座にオキトに報告される事となる。

 

 ちなみに、分担派生した【光癒】シリーズは下記の通り。

 

 【光癒・骨子】……骨髄・骨折・皹など、骨の治療に特化した呪符。

 【光癒・脛脈】……五感・神経系に特化した呪符。

 【光癒・血脈】……血管系に特化した呪符。

 【光癒・筋維】……筋肉の縫合・接合に特化した呪符。

 【光癒・皮脂】……外見・皮膚の縫合に特化した呪符。

 【光癒・内腑】……内臓等の重要個所に特化した呪符。

 【光癒・病魔】……殺菌・病巣等、肉体衰弱を癒す事に特化した呪符。

 

 ──となる。

 

 ……よくよく考えると怪我の規模によって同時起動しなければならないとはいえ、これだけの怪我や病気に一枚で対処できる【光癒】の万能さ加減が如何に規格外な呪符かが分かるものであり、この分散化された【光癒】シリーズのうち、複数を【光癒】で治療出来るだけでも、かなりの腕であるといえるだろう。

 

 また、【光癒・病魔】に関しては、病状によって上記六種類と組み合わせて使う事でより効能を発揮できるようになっている。

 

「──私とジンは【光癒】、コア=イクスさんはこっちの新符での治療でいいわね?」

「俺に異存はない」

「はい!」

 

 ──こうして、早速治療に投入された呪符は、その効果を遺憾なく発揮。

 

 ジンやフォウリィーには劣るものの、確実にその治療速度・治療範囲・治療効率があがったコア=イクスが、三人と同様に呪符を扱える事になり──

 

「──失礼します! 呪符の材料を御持ちしましたー!」

「ああ、御苦労様。こちらが出来上がった呪符よ。呪符の説明はこれに書いてあるから、きちんと取り扱い出来るように精進して頂戴。こっちが薬剤関係ね。用法を守って正しく使ってね」

「はいっ! 任せてください!」

 

 ──それは即座に【仕事斡旋所(ギルド)】及び、宮廷にいる【呪符魔術士(スイレーム)】に知られる事となる。

 

 細分化によって【光癒】のハードルが大幅に下がったという報告は、【光癒】を使えず悔しい想いをしていた【呪符魔術士(スイレーム)】達には朗報であり、しかしながら自分達は作れないとの事でジン達の元に呪符の注文が殺到。

 

 それならばと、呪符の材料たる墨と白符を交換条件として出したのだが……翌日には荷車一杯に白符と墨が送られてくる始末。

 

 その量に呆然としてしまったジン達ではあったが……これにより窮地に立たされた人々が救われるならと、一念発起して墨を大量作成する決意を固め、フォウリィーとコア=イクスに治療を任せ、孤高奮闘、ジンは呪符同時作成技術を持ってそれらを【光癒】と【診析】に変えていく。

 

 それと同時に、【光癒】のアフターケアにおける失敗を生かすために、治療後の事を考えてガウとエレに頼んで薬草の採取・確保、治療における体力回復と自己治癒能力のすり合わせを促進させ、血を増血させる効果のある調合丸薬の作成を依頼。

 

 ジンの頼みならばと張りきるガウが衛生を考えて結界内での丸薬の作成を行い、エレが薬草の調達・採取に出向く事となる。

 

 フォウリィーとジンが来て以降、【修練闘士(セヴァール)】としての家ではなく、治療所としての様相を見せる自宅に苦笑しつつも……これも悪くねえかと籠を背負って森へと入っていくエレの顔は、未だかつてないほど穏やかであり、優しい雰囲気を纏っていた。

 

 そして、二階で修羅場ともいえる呪符作成をおこなっているジンはといえば……【疑似再現機能(エミュレーター)】の効果も相まって、同時作成数と作成錬度が飛躍的に向上しており、まさに呪符作成工房ともいえる勢いで呪符を作成していた。

 

 出来あがった呪符を、効能ごとに付箋を挟みつつも百枚綴りでまとめ上げ、【診析】・【光癒】・【光癒】系とセットにして布に包み、ガウの作った丸薬をセットにして紐で縛りつける。

 

 少しでも危機に陥った患者が減る事を願い、自分の所にやってくる怪我人達の減少を願い、呪符のストックを作り続けたジンではあったが──

 

「──それでも患者が減らないとはこれいかに」

「……違うのよ。なんかね? 完全に客層が分かれたらしいのよ」

「え、分かれた? どういう事?」

「それはね──」

      

 作り終えた呪符を【仕事斡旋所(ギルド)】職員、並びに近衛兵へと渡し終え、定期的な供給を約束させされたジンに……安息はなく、今日も今日とて呪符を作るか、ガウと一緒に薬剤を作るか、訪れる患者を治療する日々。

 

 どうしてこうなった、とばかりに天を仰いでそう呟くジンに、苦笑混じりで説明し始めるフォウリィー。

 

 フォウリィーの話の流れでは、きちんと【光癒】は城と【仕事斡旋所(ギルド)】に行き届いており、遺憾なく効能を発揮しているのだとか。

 

 ただし……それには流れが出来ていて、依頼を受けて怪我をした人は【仕事斡旋所(ギルド)】へ。

 

 城の警護・町の警備・犯罪者の確保における犯罪者の怪我や警護の人達の怪我は城へ。

 

 一般の人の怪我や病気は、小さい診療所へ。

 

 そして……訓練や喧嘩で怪我の絶えない傭兵達がここにやってくるという住み分けが成されているというのだ。

 

「え? それじゃあ、俺達の所にやってくる患者は減らないってこと?」

「そうなるわね。元々【闘士(ヴァール)】達が来てた訳だし」

「……納得いかない、なんか納得いかない!」

「まあ、そうなるわよねえ……」

 

 当然、傭兵……【闘士(ヴァール)】達の中にも【呪符魔術士(スイレーム)】がいる事はいるのだが……ほとんどがクルダの特性上、戦闘特化であり……戦闘・隠密寄りのコア=イクスですら、治療に重宝がられるほどである。

 

 そして往々にしてそういった細やかな治療を好むもの達は、【仕事斡旋所(ギルド)】や城に採用されるといった流れであり……傭兵達の中にあって、治療を担当するものは数が少ないのだ。

 

 まして、戦時中ならいざ知らず、訓練や自業自得のタイマンで負った傷を治すなど、好んでやるはずもなく──

 

「──ジン殿。グォルボとリムル(御得意様)が来ているぞ」

「ウォォォォイ! ジンちゃ──」

「──うるぁああああああ!」

「──ぐぉおおおおおおう?!」

「ぐ、グォルボォォォオオ?!」

 

 ──散々治療をし、言い聞かせているにも関わらず、体を打撲痕・裂傷塗れにして笑みを浮かべてやってきたグォルボに対し、【闘士(ヴァール)】も見惚れるほどの勢いでドロップキックをかましてしまうジンの心情は……理解出来なくもない話であろう。

 

「──言ったよね? 俺、言ったよね? 無茶ばかりしてると大変な事になるって、俺言ったよね?」

「ぐ、ぐぉぉぉおう?! つ、つい熱がはいって……」

「……そっか、そっかそっかそっか! あはは……わかった、いいよ。優しくいっても、厳しく怒っても。言葉じゃ届かないっていうなら…………その身体に骨格強制する(刻み込む)だけだから」 

「え?! ちょ?! ジンちゃ……ぐぉおおおおおう?!」

「あっはっは~、なあに? グォルボさん。聞こえないなああ~!」

「ぎ、ぎえあああああああ?!」

「体が大きいと! 大変だからっ! ついつい力が入っちゃうなあっ!」

「ぐほぉぉぉおおおう?!」

「──どこにいこうとしているの? 治療は今、始ったばかりなんだよ?」

「ひ、ひいいいいいい?!」

「あはっ……あっはっはっはっHAHAHAHAHAHAHA!」

「お、お助けええええええ?!」

 

 2mを超える大男が、半分ぐらいの子供に蹴り飛ばされて吹き飛ぶというシュールな光景の中、黒い怨嗟(オーラ)を見に纏ったジンが地面に転がり、仰向けに倒れたグォルボの上に跳躍して着地。

 

 実にィィ笑顔を浮かべてグォルボにそう問いかける。

 

 その周囲には、ジンの魅力でいつも群がるような人だかりが出来るはずなのだが……今はぽっかりとドーナッツのように周囲に人が居らず、空間が開けており……怯え冷汗をかく人々が周囲で見守る中。

 

 そんなジンに制止を求めるように伸ばされたグォルボの手がひねられ、あらぬ方向に歪み、折れた音ような鈍い音と共に力なく地面に落ちる。

 

 痛みに顔を歪め、叫び声をあげるグォルボに、普段の真逆……輝き、満たされるような笑顔ではなく、漆黒の奈落を見るような暗い笑みを浮かべたままのジンが、次々にグォルボの体を持ち上げ、ひねりを加えて行動不能にしていく。

 

 うつ伏せにされた所で、動く手をつかって必死にその場を逃れようとしたグォルボではあったが……その背にはすでにジンが乗っており──

 

「──さあ……骨格強制(懺悔)の時間だ──」

「────────ッ?!?!?」

 

 顔を真っ青にしたグォルボに告げられる……骨格強制(死刑宣告)

 

 目を妖しく輝かせたジンが飛び上がる中、声にならない声をあげ、グォルボの体が……人体にはありえない方向や形になりながら宙を舞う。

 

 ボキッとかゴキッとか、凡そ人体が通常出さないような音を立て、錐揉み舞いするグォルボ。   

 

 そして、それを行っているジンの手は既に【闘士(ヴァール)】では視認出来ないほどの速度で閃き、軟体動物のように

なったグォルボの体を、再構成させていく。

 

「──骨格強制(治療)完了」

「────」

「ぐ、グォルボォオオオ?!」

 

 再び地面に寝かしつけられたグォルボの口からナニカが漏れ出し、真っ白になっている中……やりとげた輝く笑顔でそう宣言するジン。

 

 慌ててリムルが駆けよるのを横目に、なぜか怯えた目で見る傭兵達に治療を始めると告げて家の中へと入っていくジン。

 

「……なるほど、これは怒らせないほうが懸命だな……大丈夫なのか? グォルボの奴」

「大丈夫よ。起きたらすっきり、骨格の歪みから治されて健康体そのものになってるはずだわ。……心の傷(トラウマ)を除いてはね……」

「……恐ろしいな」

 

 それを窓から眺め、青い顔で冷汗交じりに眺めていたコア=イクスがそう呟くと、同じく青い顔でそれに補足説明をするフォウリィー。

 

 『おまたせ~!』といって輝く笑顔で入ってきたジンに見惚れる事も出来ずに、その日はお通夜のような静かな中で治療をする事になる一同であった。

 

 ──まあ、それでも治療に訪れる人の数が減らないというのは……根性というかなんというか、いや、ジンの魅力(仁徳)というべきだろうか。

 

 そして……カインの起こした事件から時が立ち、その噂も収まってようやく通常営業になったクルダでは、ジンの呪符も滞りなく行き渡り、治療に関しての不安が解消され、活発に【仕事斡旋所(ギルド)】や傭兵達が活動するようになっていた。

 

 そんな中、ジン達が今日一日の業務を終えて、コア=イクスにお疲れ様と夕食を手渡し、見送った処で城務めを終えて帰ってきたエレが『今日もつっかれた~!』などといいつつ、リビングで酒瓶をラッパ飲みしながら終えた夕食後。

 

「──ねえ、エレさん。そろそろ……お兄さん(ディアス)の治療に挑戦してみようかと思うんだ」

「────ッ!!!」

「……そう、いよいよね」

「え、エレ姉の兄さん?」

 

 片付けを終えたジンが、未だ部屋に戻っておらず、リビングのテーブルについてたエレに対し、そう告げる。

 

 その言葉を聞いて酒を飲んで弛緩していたエレの顔が一気に引き締まり、ジンを真っ直ぐに見詰めて姿勢を正す。

 

 フォウリィーが感慨深げにジンに頷き、ジンの言葉にガウが不思議そうにエレに顔を向ける中……エレがガウに苦笑を零しながら自分の身の上、ディアスの話を話して聞かせる。

 

 自分に義兄がいたと知り、その話に驚き、頷き、悲しみ、怒り、多種多様な表情を見せながらも、ジンが助けるという言葉に強く頷き、何か出来る事はないかとジンに向き直るガウ。

 

 その心根の真っ直ぐさ、優しさに顔を見合わせ、優しい笑顔を浮かべるジン達。

 

「──っし、それならガウ! お前は近所のおっちゃん達に、しばらくここを休みにするっていっといてくれ。あたしは王にブロラハンまでの外出許可を取ってくる」

「え、今から?!」

「ああ、ジンがいけるっていったんだ。なら……早いほうがいいに決まってんだろ!」

「わかった!」

─『ちょ?!』─

 

 酒を一気に煽って空にしたエレが、両頬を手で叩き、気合一閃ガウと共に外へと飛び出していく。

 

 ガウに指示を出し、自分は【修練闘士(セヴァール)】の脚力を持って城へと向かうエレ。

 

 その顔には嬉しさと、そして自分が謹慎中であるという事から、兄の……ディアス=ラグの元へ向かえないのではないかという不安が浮かび上がっていた。

 

「……行っちゃった……」

「……行っちゃったわね……」

 

 まさかここまで早く行動するとは思っていなかったジンとフォウリィーが、シンクロするかのように制止の声と共に突きだした手が空しく空を切って止まる中、顔を見合わせたジンとフォウリィーが深くため息をついて苦笑する。

 

「……ガウも張りきってるみたいだし、俺達も準備しちゃいましょっか」

「そうね。……あの調子だと朝一に出発かしら」

「……ガウの分もある程度用意しとかないと、かな」

「なら、私はエレの分ね。ブロラハンまでならそんなに距離はないし……私達の脚なら一日あればつくでしょ」

「うん。……明日の朝食と、お昼の分のお弁当があれば十分かな?」

「そうね。エレはきっと急ぎたいでしょうから……つまめるタイプの物がいいと思うわ」

「りょ~かい」

 

 エレが飲み終えた酒瓶を片付け、ガウのものであろう、少年の声と家々から聞こえる男性・女性・老人の声が遠くから響く中。

 

 ジンとフォウリィーが頷き合って二階へと上がり、ブロラハンへと向けた旅支度を始める。

 

 リュックサックに着替えなどを詰め込みつつ、今回の旅に必要なものをフォウリィーに相談しながら上げていくジン。

 

 自分の荷物がそろったところでガウの分を準備し、フォウリィーもまたエレの分を用意する為に一階の部屋へと赴き、部屋の汚さに辟易しつつも支度を整えていく。

 

 そして、ある程度荷物を纏めた所で──

 

「……あっ、急に決まったからコア=イクスさんと呪符を納品しなきゃいけない【仕事斡旋所(ギルド)】とかはどうしよう……」

「……【仕事斡旋所(ギルド)】は私が、コア=イクスのほうはジンが行くしかないわね……無断で居なくなると積み重ねてきた信用が失われるわ」

「うん、そだね……コア=イクスさんは傭兵宿舎だっけ?」

「ええ、頼んだわよ」

「はい!」

 

 はっとした感じで突如顔を上げ、フォウリィーにそう尋ねるジンに、フォウリィーは一瞬思考した後、そう答え……フォウリィーとジンは遅くなりすぎない内にと即座に行動を起こす。

 

 【闘士(ヴァール)】顔負けの健脚で疾走するフォウリィーとジンが、互いに目指す先へと駆け抜けていき── 

 

「なるほどな。だが、それならば問題はない。【光癒】だけならば無理だったろうが、あの呪符を用意してくれるならば、俺が留守をあずかろう」

「! いいの? それは助かるよコア=イクスさん」

 

 きちんと修繕された第二修練場・傭兵宿舎へと足を運んだジンが、リムルとグォルボに見つかって騒がれる中……騒ぎを聞きつけたコア=イクスに対してジンが治療の為にこの町から不在となり、診療所を閉めなければならない趣旨を伝えると……いない間の治療と家の管理を、コア=イクスがやるという。

 

 診察・治療・治療後の経過と、未だどのぐらいかかるか分からない中、長く開ける可能性もある診療所の留守を預かり、あまつさえ診療所を続けてくれるというコア=イクスに礼をいいつつ、診療所一階に呪符を準備しておく事を告げ、しばらく会えない事を非常に残念がるグォルボとリムルに見送られて家へと帰るジン。

 

「ただいま~!」

「おかえりジン! 近所のおじさん、おばさん達にはきちんと伝えてきたよ」

「おかえりガウ、お疲れ様。荷物準備しておいたけど……中身確認しておいてくれるか?」

「ありがとうジン! えっと──」

 

 家に帰宅すると既にガウが帰って来ており、近所に伝え終わったとの報告に労いの言葉をかけるジン。

 

 そして自分が用意しておいた旅支度に不足がないかをガウに確認させている中、フォウリィーが帰って来て【仕事斡旋所(ギルド)】のほうにも問題なく伝えた事を報告しつつ、エレの荷物準備に追われる中──

 

「──やったぜジン! あたしもおに……っと、兄貴の所に一緒に行ける事になったぞ!」

「本当?! ……謹慎期間だけど、よく許可が出たね?」

「へへ、まあな! 理由をきちんといったら、王が命令としてジンについてけっていってくれたんだよ」

「……まあ、実質ジンは今、重要人物だものね……」

「え? 俺は唯の【呪符魔術士(スイレーム)】だよ?」

─『それはない(わ)』─

「なんで?!」

 

 エレが意気揚々と家に入って来て、そう宣言して手元にあった巻物……国王直々に手渡されたのであろう、命令書を開いて見せ、ジンの言葉を否定しつつ……その内容を確認すると……第59代【修練闘士(セヴァール)】・【影技(シャドウ・スキル)】・エレ=ラグに対し、ブロラハンまで【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】・ジン=ソウエンを護衛し、無事にクルダまで帰還させるという内容であった。

 

「また【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】って?! 最近近所のおばちゃんたちにも言われるんだよ?!」

「なんというか、【修練闘士(セヴァール)】の護衛を受けるっていうとすごい待遇だよね」

「まあ、実際はエレだからあまりありがたみは感じないわよね」

「それ、どういう意味だよフォウリィー?!」

「……え、言っていいのかしら?」

「…………やっぱやめてください……」

 

 その内容と扱いに憤慨するジンと、ジンの思わぬ高待遇に驚くガウ。

 

 ガウに同意しつつも『エレだからね~』と意味深げに言うフォウリィーに噛みつくエレではあったが……フォウリィーの棘のある視線と声に轟沈する。

 

 『はいはい!』と手を叩くフォウリィーに纏められ、やはり翌日早朝に家を出るといったエレに苦笑しつつ、各自準備の最終確認を行っていく。

 

 家を開ける間の呪符や丸薬等を多めに準備する為、ばたばたとした喧騒に包まれるエレ邸は……いつもより遅くまでその明かりをつけ、やがて眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

「──よろしいので?」

「なんじゃ、駄目じゃったのか?」

 

 そんなエレ邸でのやり取りの同時刻……クルダ王城……王の間。

 

 先ほどまでエレの謁見をしていたクルダ王に対し、その傍にいたヴァイがエレの去った扉を見つめてそう問いかける。

 

 書類を書く手を止めてヴァイに視線を送り、そう返す王に顔を顰め、頭を書くヴァイ。

 

「いやいや、質問に質問で返すなよジジィ」

「誰が爺じゃ! まったく……敬語を使うなと言えば途端にそれじゃ。お主は中間がないのか? 中間が!」

「あるにはあるが……正直微妙だぞ? 使ってみせようか?」

「……いや、やっぱいいわい。まったく……」

 

 ヴァイとのやり取りにため息をつきながらも、眉間をもみながら王座に体を預けるクルダ王。

 

 柱に背を預け、王と相対する位置に陣取るヴァイに視線を向けると──

 

「──構わんよ。【影技(シャドウ・スキル)】の居ない間の護衛はお主がおるじゃろう? それに……あのジン=ソウエンが国を離れるともなれば、それ相応の護衛をつけてしかるべし、じゃからのう」

「……目立ちたくないっていってた割には、かなり派手にやっちゃってるからなあ……いや、どの道あの美貌なら遅かれ早かれ騒がれてたか」

「まあのう。それに……聖王女様からの直々のお達しもあったことじゃしな。まして、あの【黒い翼(ブラックウィング)】を治療しにいくのだという。もしそれが出来るならば……ワシ等にとっては本当に喜ばしい事じゃ。あの翼が、再び舞うのであれば、な」

「……治ると思うか? いくらジンがあの高度な呪符を用い、【魔導士(ラザレーム)】を使えるものだとしても……先任たるカイやポレロでも匙を投げた、あのディアスを」

 

 頬杖をつきながらもヴァイと対話する中、本人の知らない所ですっごい重要人物指定をされているジンに対する会話が……やがて【黒い翼(ブラックウィング)】・ディアス=ラグの話へと変化していく。

 

 ヴァイの問いかけにしばし黙考し、肘当てをトントンと叩いていたクルダ王ではあったが──

 

「ワシは……可能性はある、と踏んでおる。まあ、カイやポレロの話を聞く限りでは……成功率はそれこそ針の穴を通すようなものじゃろうとは思うがな」

「……カイもポレロも、あのディアスの状況には手を出せなかったからな……治したくても……いや、寧ろ治そうとすれば死ぬ(・・・・・・・・・)等、悪夢でしかないだろう。あいつらの悔しそうな顔は……今でも憶えてるよ」

「……まあのう。よくもまあ、あそこまで壊れる事が出来たもんじゃ。……それも全ては、愛する妹であったエレ=ラグを救わんとする一心か。【神力魔導(奇跡)】でも届かぬ悪夢……さて、奇跡の申し子はどう出るのかのう?」

「さて、な。だが……もしかなうのならばもう一度、あいつの手で舞う【黒い翼(ブラックウィング)】をこの目で見てみたいもんだが、な」

 

 王座から床の赤い絨毯へと落ちる影を見つめながらそう口にするクルダ王と、過去を思い浮かべ、苦い顔でその考えに言葉を返すヴァイ。

 

 思案に暮れる二人が静かに言葉を交わしながらも……それはいつしか、ジンが齎すかもしれない奇跡を望む声に変わっていくのだった。 

 

 

 

 

 

 ──明けて翌日。

 

 誰よりも早く起きたエレに叩き起こされ、薄暗く朝霧深い中を出発するジン達。

 

 朝の清涼な空気が眠気を吹き飛ばし、一路ブロラハンへと向かう一行。

 

 はやる気持ちを抑えきれず、どんどんと早足になっていくエレに苦笑しつつも、それに言葉をかけることなく後をついていく一同。

 

 森の街道をひた走り、途中休憩と昼食の際に匂いに寄ってきた、ゴリラのように肥大した剛腕を持つ魔獣、【大腕熊(アーム・ベア)】をエレが問答無用で仕留め、ガウと一緒に加工処理を施したりと紆余曲折ありつつも、概ね平穏にその道程は進んでいく。

 

 やがて、森が徐々に開けていき、その視線の先に見えてくるのは……夕暮れに染まる廃墟と化した街並み。

 

 隣国である【ソーウルファン】との国境に近く、長年侵攻してくる【ソーウルファン】との小競り合いや戦によって破壊され、破棄されてしまった町……ブロラハン。

 

 略奪されつくし、盗賊にすら取る物がないとまで言われるこの町に……一人住み続ける男がいる。

 

 その男の名は……ディアス=ラグ。

 

 かつて、自らの作り上げた黒き鋼の刃たる【黒い翼(ブラックウィング)】を持って戦場を駆け抜け、その名を各国に知らしめた凄腕の【闘士(ヴァール)】にして、エレの実兄。

 

 そして……【黒い翼(ブラックウィング)】を作り上げた腕から、【闘士(ヴァール)】を引退した今では稀代の名工・【武器職人(ブラック・スミス)】として名をはせる男である。

 

 一人辺境に身を置く姿勢には謎が多く、その理由は要として知れないとされるが──

 

「──あれが兄貴の住む屋敷だ。今では盗賊も近付かないってんでこの町の領主の家を建て直し、改装した家なんだが……でっけえだろ?」

「うわあ……本当だねえ」

「ええ、そうね。……物資の調達という点では利便性に欠けるけど……」

「……でも静かだ。聞いた限りでは深刻な怪我をしているらしいし、療養するにはもってこいなのかもね」

 

 目の前に見える大きな屋敷を見上げ、エレがそう告げると……口々に感想を述べるエレ。

 

 事前に連絡をしていない為、『驚くかもしれねえな』などと悪戯っ子のような笑みを浮かべつつも、屋敷の扉に手をかけた所で──

 

『──願おう』

『──するぞ?』

「話声?」

「……あまり穏やかな会話じゃないわね」

「言い争い……いや、一方的な会話、かな」

「…………」

 

 扉越しに聞こえてくる二人の男の会話にその手が止まり、一方的で剣呑な声にエレの顔が険しくなっていき……荷物をガウに手渡すと即座にその扉を開け放ち、屋敷へと突入する。

 

「?! 誰だ?!」

「……何やってんだ? 手前ぇ」

「──エレ、か? 何故ここに」

 

 そして、突入したエレの目に飛び込んできたのは……眼鏡をかけた、長身・痩身でマントを羽織り、金髪で途中から茶色に変わっている独特の髪色をした、褐色の肌を持つクルディアスの男……ディアスと、そのディアスに向けてショートソードを抜き放ち、痛めつけようとする素振りを見せる、革鎧に金属の部分鎧をつけた軽装で斥候と思われる中年の男の姿。

 

 二人しかいなかった空間に乱入してきたエレに対し敵意を持って誰何する斥候ではあったが……現れたのが少女に近い女性のエレである事、その背後にいるのも、女子供という事もあり、噂に名高いディアスに刃を向けるよりはと思考を切り替え、エレ達を人質にしようとその身をひるがえす。

 

 エレの誰何にも答えず、下卑た笑みを浮かべてエレ自身に接敵してくる斥候。

 

 直接当てるのではなく、脅して身動きを取れなくする為に、エレの視線の先へとショートソードを突き出しながらも、背後に回り込もうとする動きを見せた所で──

 

❛【軸流(シクル)】❜

「なっ、ああ?!」

 

 ──それは脚での投げ技。

 

 そのショートソードを高速後方宙返りで、逆上がりするかのように縦回転で避けたエレの左脚を二の腕を絡みつけて抑え込み、右足がてこの原理でショートソードを持っている腕の間接をキメ、その勢いのままへし折り……ひねられたいきおいのまま地面にたたきつけられ……追撃で斥候を蹴り飛ばす。

 

 極め・折り・投げるという動作が一緒になった技を受けた事によって、斥候の手から滑り落ちたショートソードが石の床に落ちてすべっていくのを真似するかのように、腕を折られ、苦痛の声をあげながらも蹴り飛ばされた男がジン達の間を飛んでいき、地面にバウンドしながら廃墟に突っ込んで壁を壊し、崩れ落ちる瓦礫に埋もれて土煙で姿が見えなくなる。

 

「──【クルダ流交殺法影技】・【軸流(シクル)】」 

「見事。また研鑽を積んだねエレ」

「っていうか、何やってんだよおにっ……兄貴!」

「いや何、こんな『魂』のない武器を……欲望に塗れ、中身のない武器を見せつけながら我が国に来い、と言われたものでね。お引き取り願おうとしていたところだったんだ」

 

 ふーっと一息つきつつ、声をかけてきたディアスにエレが話しかけ、ディアスが床に落ちた斥候の持っていたショートソードを見て顔を顰め、土埃が舞う廃墟目掛けて投げつける。

 

 土煙の向こうからくぐもったような声が響く中、ディアスがジン達を屋敷の中へと招き入れて扉を閉め──

 

「──さて、よく来たねエレ。そして……エレが連れてきたお客人達。エレから聞いているとは思うけど、私はディアス=ラグ。エレの実兄で……今はしがない武器職人なんかをやっている。よかったら、君達の名を聞かせてもらえるかな?」

「は、初めまして! え、えっと……エレ姉に世話になってます、ガウ=バンです!」

「ああ、君が。……初めましてだね。私が君の義兄になるディアスだ、よろしくね」

 

 ホールに荷物をおろしたジン達に対し、丁寧に頭を下げながら自己紹介をしてくるディアス。

 

 それに答え、まずはガウが緊張した面持ちで自己紹介をし、その自己紹介に目を細めてディアスが頭を撫で──

 

「初めまして、【黒い翼(ブラックウィング)】・ディアス=ラグ殿。私は【呪符魔術士(スイレーム)】・フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザーと申します」

「ああ、貴女がポレロの……。良く出来た妻だと、ポレロが褒めていましたよ。初めまして、よろしくお願いしますね」

「まあ……あの人ったら……」

 

 続いてフォウリィーがそういって頭を下げると、その名を聞いてポレロの名を口にしながらも握手を交わす二人。

 

「初めまして。ジン=ソウエンです。よろしくお願いします!」

「……なるほど、君がそうか。……噂に違わぬ美貌だね。よろしく……【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】殿」

「って、なんでええ?! なんでここまで広まってるのお?!」

「……それは……有名だからね」

「嘘だ?!」

 

 最後に笑顔でディアスに手を指し出し、自己紹介をするジン。

 

 ジンを見た瞬間、息を飲んだ後で微笑みを浮かべ……ジンの字名を口にするディアス。

 

 思わず叫び声をあげてしまうジンに苦笑しつつも、握手を交わして落ちつけるテラスへと案内していく。

 

 未だに頭を抱えるジンをおいて、ディアスが用意してくれたお茶を飲み一息つく一同。

 

「──さて、エレ。こうして会いに来てくれたのは嬉しいが……何も唯会いに来た訳じゃないだろう? 一体どうしたんだい?」

「……ジンの字名と、その由来を知ってるなら……わかってんだろ? 兄貴」

 

 静かにエレを見据え、今回自分の元を訪れた理由を尋ねるディアス。

 

 それに対してジンに視線を送りつつ、そう答えるエレに対し──

 

「……やれやれ……エレ。私を心配してくれるのは嬉しい。お前が私に対し、負い目を感じているのも知っている。だが……いいんだよエレ。過ぎ去っていく時間()を取り戻す事は誰にも出来はしないのだから。私がお前を助けたのは、妹を愛する兄として当然の事。その結果、私自身の命が損なわれるとしても……それは私自身の責任。お前が気に病む事なんて何一つないのだから」

─『ッ…………』─

 

 静かに。

 

 はっきりとした口調で。

 

 穏やかな表情でそう告げる……ディアス。

 

 その顔には微塵の後悔もなく。

 

 その頬笑みは慈愛に満ち。

 

 ただ、自分の死は避けられないものとして、ごく自然に受け入れている姿勢が見て取れた。

 

 余りにも自然に、余りにも当たり前にそう言い放つディアスに……言葉を失う一同。

 

「違う……違うよ兄貴! そうじゃないだろ!? なんで命を……生きる事を諦めるんだよ! あたしたち【闘士(ヴァール)】は最後の最後まで戦い抜く生き物だろうがっ!! ……あたしの命を勝手に助けておいて、あたしになんの借りも返させずに死のうとするなよっ! 生きて……生きてお兄ちゃん! あたしとガウを……おいていくな、よ、お……」 

「……エレ……」

 

 エレはその言葉を聞いてぐっと唇を噛みしめ、絞り出すかのような声で必死に、真摯に、懇願するかのようにディアスを説得しながら詰め寄り、泣き崩れる。

 

 それを困ったような顔で頭を撫でながら抱きしめるディアスに──

 

「……ディアス兄さん。僕はまだ出会ったばかりで、ディアス兄さんの事をよくしらないけど……エレ姉を泣かせるディアス兄さんは格好悪いと思う。せめて……僕の親友のジンの診察を、治療を受けてからにしてください、お願いします」

「ガウ君……」

 

 立ち上がり、エレを抱きしめるディアスに対し、頭を下げながらそう告げるガウ。

 

「なるほどね……ポレロが『如何に【神力魔導】といえど、救えない命がある』といって嘆いていたのは……貴方の事だったのねディアスさん。でもね……ジンを舐めないで頂戴。新しき呪符の系統を作り上げ、最年少で最高位に並ぶほどに腕をあげた天才、そして……これは余所には漏らさないで欲しいのだけれど……彼は最年少【魔導士(ラザレーム)】でもある。貴方が勝手に命を諦めるというのなら、彼は勝手に貴方を救うわ。私の友達のエレの為にも……是が非でも……生きてもらうわよ?」

「……」

 

 紅茶の水面に愁いのある顔を映しながらも、視線をディアスに向けてそう告げるフォウリィー。

 

 その面影が、かつて自分を救おうと必死になって生きる事を訴えてたポレロと重なり、眩しいもの見るように目を細めてフォウリィーを見つめるディアス。

 

「──わかったよ。そこまで言うのなら……診察だけでも受けてみよう。その結果を見て、君の答えを聞かせてくれるかな、ジン=ソウエン殿」

「──わかりました。それじゃあ、薄着になってベッドに横になってください。診察自体はすぐに済みますから」

「ああ、よろしくお願いするよ」

 

 一度目を閉じ、黙考した後でゆっくりとジンに視線を向けてそう言うディアス。

 

 その視線を受けてジンが力強く頷くと、エレの頭を撫でて立ち上がり、連れだってベッドのある部屋へと赴く。

 

 ディアスがジンの言葉通りにマントを外し、眼鏡を外してベッドに横たわる中──

 

「──ジン=ソウエンが符に問う。答えよ! 其は何ぞ!」

─【発動】─

 

 【診析】の呪符が発動し、ディアスの頭上からつま先までを光の魔力でスキャンし──

 

「──?!」

 

 何故か発動中の【診析】が途中でその動きを止め、その場で対となる白符に魔力文字をびっちりと刻みこんでいくのを見て呪符の容量が足りなかったのだと悟り、慌てて同時起動に切り替えて【診析】を発動し続けるジン。

 

 しかし、それだけにとどまらず、次々に同時起動していく【診析】の呪符が舞い踊る現象に、思わず絶句してしまう。

 

 ジンの自爆覚悟の一撃を受け、内部神経等に全身くまなく怪我を負ったカインですら……【診析】には三枚の呪符で事足りたのだ。

 

 しかし……ディアスのソレは既に七枚。

 

 次の【診析】が反応して起動している所を見ると、どうやらまだ起動しなければ足りないのが見て取れるほどだったのだ。 

 

 思わず、【診析】中のディアスの体に【解析(アナライズ)】をかけるジンが、その眼に捕えた情報は──   

 

(──ッ……なんで、なんでこれで……生きていられるんだ?)

 

 ようやく【診析】を終えて、ジンの手元にやってきた【診析】の呪符の数は……十枚。

 

 それもそのはず、ジンが【解析(アナライズ)】をかけて得たディアスの身体の現状は……凄まじいものだったのである。

 

 恐らくは重症を負っても尚、怪我を推して戦場へと出たのであろう……深き古傷は神経を断裂し、あまつさえ混線するかのように別の神経と接触し、その症状が全身に渡っている。

 

 毛細血管が破裂したまま放置された個所が変色し、砕けた骨が変な具合に固着して繋がり、いびつな骨格は操り人形のようにズレている。

 

 視神経は損傷により劣化しており、度重なる怪我によって過剰に反応し、自己治癒……新陳代謝を促し続けた体内機構は劣化し、その力のほとんどを失い……内臓はどこかしらに損傷を残し、それらは激しく動けば即座に穴が開くだろう。

 

 神経同士が接触し続けている事から、外見上は涼しい顔をしているディアスではあるが……その身体は絶えず常人では耐えきれないほどの激痛に苛まれているはずであり……脳内では過剰なアドレナリンが分泌されているのが分かった。

 

 ──余命にして恐らく三年。

 

 激しい戦闘や無理をすれば、即座に命を落としてもおかしくはない。

 

 それが今、目の前に横たわっているディアスの症状から推測出来る結果だった。

 

 つぎはぎだらけの木偶人形。

 

 ちぐはぐに積み上げられた積み木細工。

 

 身体の全てが異常であり、それが普通になっているディアスの体は……一ヶ所を治せばそこからバランスが崩れ、症状が一気に進み……まさに積み木が崩れるように死に至るだろう。 

 

 そんな思考を巡らし、無言になるジンを祈るように見つめるエレと、諦めが滲みでる穏やかな視線をおくるディアス。

 

 信頼を込めてジンの背中に視線を送るガウとフォウリィー。

 

 そんなプレッシャーの中、黙考の後に自分の中のあらゆるデータをかき集め、あらゆる治療法を模索し、【光癒】や【神力魔導】等を駆使して【疑似再現機能(エミュレーター)】をし続けるジン。

 

 ──失敗に失敗を重ね、再試行を繰り返し、自分の持てる限りの治療方法を試行し続けている中で──

 

「──ありがとう。無理しなくてもいいよジン君。私は……大丈夫だから」

「何がだよ?! 何が大丈夫なんだよ! 頼むから──」

「──黙っててくれ! 気が散るっ!」

─『?!』─ 

 

 体を起こし、静かにそういってジンに微笑みかけるディアスに吼えるエレではあったが……そんな二人の声にジンがイラついたように激昂し、制止をかける。

 

 仲間内に声を荒げるというジンにしては珍しい行動に驚きつつも、ディアスの診察結果がよほどの事なのだろうと察し、険しい顔をしたままそうやって熟考し続けるジンを見守り続ける事……数十分。

 

「──【光癒】と【神力魔導】の併用により同時起動の遅延を解消。全方位寸分の狂いもなく同時に全身を治療し尽くす。これしかない」

「?! ジン!!」

「……随分と無茶な結果を出したわね、ジン」

「でも、治るんだよね? ジン」

「──治るんじゃない。治すんだ、ガウ」

─『ッ……』─

 

 いつもの柔和な表情が也を顰め、覚悟(・・)を決めた表情でそう宣言するジン。

 

 その気迫が蒼い炎となって見えるほどに、魔力を行きわたらせてディアスを見据えるジンに……ディアスが呆然とした表情で見返す。

 

「──治せる、のかい? ポレロやカイすら駄目だった、この、体を」

「治します。──……約束は守るもの。誓いは果たすもの。必ず俺が、ディアスさんを治してみせます」

 

 その誓いは重く。

 

 その約束は深く。

 

 その覚悟は強く。

 

 その宣誓は高らかに。

 

 残りの余命を懸命に、されどただ生きるだけしか出来ず、モノを作り、後人に思いを託すことで自分の出来る事をしてきたディアスではあったが……その根底にあったものは諦め。

 

 【魔導士(ラザレーム)】の二人にも治せなかった事で、諦めは悟りに至るほどであり……日々動かなくなっていく体を推して今まで生きてきたディアスの心に、ジンの姿勢、ジンの言葉は強い衝撃を与えていた。

 

「──ただ、恐らくは……かなりの激痛が伴うはずです。もしかしたら……その痛みがディアスさんの命を窮地に立たせるかもしれない。だから……ディアスさんにも覚悟を決めてもらいます。……これからを生きる覚悟を。激痛に打ち勝ち、諦め()希望(未来)に変える覚悟を。……正直いえば、先程の方法でも成功率は低い……でも、必ず成功させてみせます。だから……貴方も、生きるという意思(覚悟)を決めてください」

 

 目の前の、自分の胸元までしかない子供であるジンの言葉に、ディアスは心震わせる。

 

 その姿は、その気迫と相まってとてつもなく巨大に見えるほどであり……手を差し出すそのしぐさは……まるで戦場に在りてその運命を左右する、戦女神のようであった。

 

 その瞳から、既に涙腺が壊れている為に血の涙を流しながら、ジンの手を掴むディアス。

 

「──頼む、ジン君。──私の……俺の人生を、命を、魂を……妹と、新しく出来た弟と、君達と。そして……かつての戦友達と……共に過ごす運命(人生)を……俺にくれっ!」

「当たり前です。その為に……俺はここにいるんですから」

 

 一縷の望みをジンに託し、がっちりと交わされる握手。

 

 ディアスが流す血の涙を拭きながらも、二人の話を聞き、ディアスが前向きな言葉を放った事で自分も涙を流すエレ。

 

 そんな二人を見て、ディアスの元へと歩いていき、ディアスに抱きつくガウと、ジンを後ろから抱きしめるフォウリィー。

 

 静かに涙を流すしめやかで、それでいて優しい時間。

 

 ──夜はこれから。

 

 されど……夜明けは近く。

 

 折れた翼は……再び空を目指す。

 

 蒼天に導かれ……黒き羽を広げる為に。 

 

 

 

 

 

 ──そして翌日。

 

「……昨日も思ったけど、ディアスさんって料理うまいよね」

「ん? ああ。エレがこういうのが苦手でね……私が作らないと食べれる物が出来なかったんだよ。小さい頃は、よくパンの焼き方を教えては真っ黒に──」

「──わ、わあああああああ?!」

 

 ディアスが朝食の用意を手伝う中、ジンがティアスの手際に感心して褒め言葉をかけると……その言葉に昔を思い出してエレの失敗談を話そうとするディアスの言葉を、顔を真っ赤にしたエレに遮られる。

 

「何を慌ててるのよ……別に隠さなくてもいいわよ? わかってるし」

「そうだよね。……えっと、ディアスさん。お皿これでいいの?」

「ああ、ありがとう。……別に、兄と呼んでくれていいんだよ?」

「なんだよっガウまで?! 兄貴もそういう事いうなよぉ!!」

「ははは、エレは相変わらず元気だなあ。……これでよしっと」

「って、流すなよぉ?!」

 

 それに対し、何度か料理を教えて失敗しているのを見てきたフォウリィーとガウがその言葉に頷いて流し、ディアスもその流れに乗って流し始めたのに吼えるエレ。

 

 それを見て苦笑しつつも──

 

(……何をするにしても痛いはずなのに……欠片も見せないなんて……すごいな)

 

 ディアスの身体を【解析(アナライズ)】したジンは、ディアスが普通に夕食や朝食などを作り、あまつさえ談笑している姿の影で……その身体が激痛に苛まれているのを知っている。

 

 それでも……彼はその笑顔を絶やす事なく、恥ずかしそうにするエレや、兄と呼べずに恥ずかしそうにする、似た者同士の兄弟を優しい瞳で見守っているのだ。

 

 無論、ジン自身はディアスの体を案じ、治療の為に体力を温存させたいとしてそういった準備は自分達がするから休んで欲しいと言ったのだが……『ここは自分の家であり、ジン達は妹が連れてきたお客様であり、それをもてなすのは当然の事だから』と断ったのだ。

 

 ──それはまるで最後の晩餐のようであり……最後の日常を楽しむ為の行為であるかのようでもあり……自分の帰ってくる場所を再認識するための儀式でもあるかのようであった。

 

 やがて……美味しい朝食を頂き、朝食を終え、片付けを終え……治療の為の準備を済ませてた後。

 

 ディアスを連れ、自宅である屋敷を出る一同。

 

 最後に出たディアスが……ゆっくりと自分の住み慣れた家を視界に納めてしばし見つめた後、ゆっくりと背を向けて歩き出すのを見ながら……治療で扱う【神力魔導】を行使する場を確保する為、【自然力(神力)】が集まりやすいブロラハンの森の中、森で一番古く大きい樹を求めて【解析(アナライズ)】を駆使して捜索するジン。

 

「──うん、この樹が一番古い樹……長老さんみたいだ。……ごめんね、君を【導線】として使わせてね」

─【神力魔導】─

 

 ──森の中でも一番大きい樹の根元に、自分の腕から世界樹の腕輪を外して置き、親指にナイフで傷をつけて腕輪と古木の間に血で【自然力(神力)】の導線……ラインを作り、古木と腕輪が同期して淡い輝きを放つ事で樹の属性を生かして世界樹の力を受け取る受信機の役割を持たせる。

 

 その間にエレ達が準備した清潔なシーツを地面に敷き、マントを外して身軽になったディアスがその上に横になる。

 

 フォウリィーがその間に治療を行う儀式場となるこの場の周囲に結界を張り巡らせ、治療を邪魔する可能性のある人や動物等の突発的なアクシデントの侵入を遮断する。

 

「──……腕輪に呪符を連結。【神力魔導】の力を呪符の術式でもって制御し、【神力魔導】の力を直接【光癒】にする事により、ディアスさんの体を全方位から一気に癒しきる。……容量の大きな【高速呪符帯】を【自然力(神力)】の導線として、抵抗として挟んで呪符に流す」  

 

 腕輪に十本の【高速呪符帯】を結び、その先に【光癒】と【診析】結果を結び付ける。

 

 腕輪から【自然力(神力)】が【高速呪符帯】へと流れ、【高速呪符帯】に刻まれた魔力文字が制御の役割を持って呪符へ力の伝播を果たす。

 

「──お兄ちゃん……必ず、返って来て」

「ディアス 兄さん、生きてください!」

「……ああ、もちろんだ。兄ちゃんは……必ず戻るよ。誰よりも大切に思っているお前たちの元に」  

    

 シーツに横たわるディアスの元に、エレとガウが屈みこみ、その手を取って心配そうな表情を向ける。

 

 それに微笑みで返しながら、手を離して二人の頭を撫で、力強く頷いて見せるディアス。

 

「ジン、結界は張り終えたわ。後は……任せたわよ」

「うん……大丈夫、やり遂げて見せる」

 

 呪符とのラインを構築し続けるジンの背中にそう声をかけるフォウリィーに頷き、覚悟を決めた顔を上げてディアスを見つめるジン。

 

「──ジン君。迷惑をかけるが……よろしく頼むよ」

「気にしないでください。……気を強く。生きる意思(覚悟)を……忘れないでください」

  

 ディアスの元まで歩いていき、握手を交わすジン。

 

 呪符に【神力魔導】を乗せるという、初めての試みに緊張しながらも……世界樹の腕輪に魔力を通し始めるジン。

 

「──力を貸して【世界樹(ユグドラシル)】。対価は我に在り。大過も我に在り。眷属を導線とし、ここに奇跡を示せ!」

─【神力魔導】─  

 

 その言葉に答え、古木に【世界樹(ユグドラシル)】の力が顕現し、ジンとのラインを通して同調を強めていく。 

 

 元々強いジンの魔力が【自然力(神力)】を受け入れた事によって増加し、その髪が蒼翠に輝きを放つ。   

 

 それが腕輪に繋がり、導線と化した【高速呪符帯】を輝かせ、伸びた【高速呪符帯】は時計盤のように円状に広がり──

 

「【世界樹(ユグドラシル)】よ! その癒しの力を我が元に!──ジン=ソウエンが符に問う。答えよ! 其は何ぞ!」

─【発動】─

❝『我は光 癒しの光』❞

 

 【神力魔導】と同期した効果によってディアスの体が空中に浮かび上がり、呪符を展開した腕輪をディアスの上に投げつけるジン。

 

 発動させた腕輪と呪符がディアスの上に浮かび上がり、二枚の【光癒】の送信・受信部が分離して地面に展開される。

 

 それは隣合う呪符を繋いで輪となり。

 

 それは対になる呪符を繋いで柱となる。

 

ー【魔力文字変換】ー

❝『記された導きに従い』❞

「ぐ、が、あああああああああ!」

「────ッ! お、お兄ちゃん!」

「兄さん!」

 

 完全同期状態の【光癒】が、全ての【診析】結果を束ね、宙に浮かぶディアスを完全に包囲してその術式を開放。

 

 【自然力(神力)】による【光癒】は、親和性に置いて圧倒的な力を発揮し、ディアスを浸食。

 

 即座に『異常(普通)』を『正常(健常)』へと治療し始める。

 

 ディアスの体を内側から輝かせるほどに寝食した【光癒】が一分の隙もなくディアスを照らす中……一気に襲いかかる治療の余波が激痛となってディアスに襲い掛かかる。

 

 全てにおいて異常なディアスの体が、【光癒】の効果によって健常者の体へと強制的に戻される事によるその激痛は……まさに全身を造り替えるのと同義。

 

 今までとは比べ物にならないほどの激痛、ディアスは自分の生きるという意思(覚悟)を示すかのように、意思を繋ぎとめる為に吼える。

 

 血の涙を流し、口から血を吐き出し、生を吼えるディアスが、それでさえも【光癒】で癒される中──

 

「──……ッ」

「……え……ジン?」

 

 そんなディアスの治療を結界の維持という観点から客観的に見ていたフォウリィーの目に……術式を維持するためにディアスを包み込む【光癒】の方へと手を掲げ、【自然力(神力)】と魔力を自分の体を通して注ぎこみ、術式を制御しているジンの顔が映り込む。

 

 治療に専念しているのが見てとれるジンのその顔は非常に険しく、脂汗塗れで、その色は蒼白なものに変わり……必死に歯を噛みしめ、向けた左手を右手で抑えているその姿は、どこかフォウリィーに危機感を抱かせるには十分であった。

 

ー【呪符覚醒】ー 

❝『在るべき姿に癒す者也』❞

「──────!!!」

 

 そうしている間にも呪符はその力を完全に開放し覚醒。

 

 より力強く輝きを増した【光癒】が、その術式の通りにディアスの治療を終えんと展開される中──

 

「────……ゴフっ」

「?! ジン?!」

 

 ──軋む音を立てる……【光癒】の術式と……ジンの体。

 

 それはジンにとっても予想外の出来事であり、【世界樹(ユグドラシル)】に選ばれたジンが【神力魔導】の歪みを恐れ、【神力魔導】を使わなかった反動でもあった。

 

 呪符の開放と同時に、ジンから注がれていた【自然力(神力)】と魔力とは別に、世界樹の腕輪が【世界樹(ユグドラシル)】の意思をくみ取り、周囲の【自然力(神力)】を集約し始めてしまったのだ。

 

 唯でさえ制御に全力で【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】を使い、【光癒】の術式制御・同期起動・【神力魔導】制御・ディアスの怪我の経過をおこなっていたところに、制御不能レベルの力が注ぎこまれたのである。

 

 要は……普段頼ってくれないジンが自分の力を求めたのが嬉しくて、ジンのためにと張りきりすぎて【自然力(神力)】を集めすぎたのだ。

 

 その爆発的に注がれた【自然力(神力)】は、世界樹の腕輪はまだしもそれに繋がる【高速呪符帯】、十枚の【光癒】に注ぎこまれる事となり……当然、人の作った呪符が制御されていない【自然力(神力)】にが耐えられるはずもなく……ジンは即座にそれに対応する為、【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】で行っていたディアスの治療監視と術式制御を強化。

 

 既にいっぱいいっぱいであった制御は限界を超える事となり、それは肉体にフィードバックする事となる。

 

 脳の限界を超え、神経の破裂に伴い、鼻から血を流し始める中、それでもディアスの治療が終わらない為、限界を超えたまま術式と【自然力(神力)】制御を行使し続けるジン。

 

 ──この予想外の無茶の反動は……脳血管の破損、脳に致命的なダメージを受けるのを阻止する為にダメージを分散させた結果、五感……視界は充血し真っ赤に染まり、涙腺は壊れて血涙を流し、鼓膜が破損して音が聞こえなくなり、耳から血を流し……声帯にダメージが回って破損し、血を吐き出すという結果へと繋がっていく。

 

 さらには術式の強制制御によって余剰分の【自然力(神力)】を自分の体に受け入れる事により、その器に元々内包する魔力と、受け入れた【自然力(神力)】という、膨大な力を内包する事となったのだが……当然、それは現状のジンの耐えきれる限界を超えていた。

 

 しかし、現状で自分の内に入れた【自然力(神力)】を開放するという事は……その場に即座に『歪み』となって現れる事となる。

 

 歯を食いしばり、真っ赤に染まる視界の中。

 

 弾けそうなほどに張り詰めた肉体を推して、それでも尚、開放する事も出来ずに耐え続けるジン。

 

 極限的な状況は、ジンの能力である【進化細胞(ラーニング)】を促進させ、急激な成長を見せるものの……限界を超えたダメージと制御は、【進化細胞(ラーニング)】でも追いつかないほど、刹那に、爆発的に押し寄せる。

 

 そして……そのしわ寄せはジンの限界を超え、吐血という結果となって表面化する。

 

 ──生きる覚悟。

 

 それは……既にディアスだけのものではない。

 

 真っ赤な視界で必死に【解析(アナライズ)】をし続けるジンもまた、脳がスパークするような激痛を訴え、体の内部にマグマを流しこまれたような激痛を訴え、その命が危機を叫ぶ現状に尚、その命を吼える。

 

 そんなジンの目の前で光が収束し、術式がその役目を終えて呪符が塵となり、ディアスがゆっくりと地面のシーツに横たわる中。

 

(……骨格のズレ、骨の再構成、神経接続、血管補正、筋肉繊維の正常縫合、脳内の正常化、五感の正常化、古傷・皮脂の接合……確認。健常者の肉体との比較開始……差異無し。治療完了。その意識の回復、及び失われた血の回復を持って正常となる……──やっ……たぞ、助け──)

 

 【解析(アナライズ)】がディアスの治療の完了を報告し……制止の為に上げていた手に、ディアスの治療が成功した事を告げる世界樹の腕輪が戻る。

 

 その瞬間──

 

「……──────……がっ、は、ぁ……」

─『ジン?!?!』─

 

 抑え続けていたダメージの表面化が加速する。

 

 ピシッっという嫌な音と共に腕が、脚が、顔が、胴が。

 

 皮脂が裂け、筋肉が裂け、血管が裂けて血を吹きだし、それと同時に大量の血が口から吐き出され……ゆっくりと、糸が切れた人形のように、自分で作り上げた血溜に自分の体を斃すジン。 

 

 ディアスが治った歓喜も、ゆっくりとスローモーションで倒れ、血が水飛沫となってジン自身を染め上げる現状ではその意味を失い……裂けた身体から開放された【自然力(神力)】が、ジンの体から放出され、抑圧された【自然力(神力)】は『歪み』となってフォウリィーの結界を破壊し、暴風となって周囲の木々をなぎ倒し……必死になってディアスをかばうエレとガウ、ジンに手を伸ばしながらも地面に倒れ伏し、その暴風が去るのを待つしかなかったフォウリィー達に襲い掛かる。

 

 やがて……そこに存在するのは契約した古木だけが残り、ぽっかりと空いた空間に散った木々の葉や土煙が舞い散る惨状。

 

 そして──

 

「じ……ジーーーーーーーーン!」 

 

 血に沈み、目の光を無くしてピクリとも動けない、ジンを見据えて絶叫するフォウリィーの悲痛な声だけが響く事となる。

 

 ──しかし。

 

 それに追い打ちをかけるかのように事態は加速し、終息に向けて動き出す。

 

 カインの時よりも深刻な怪我に、泣きながらもフォウリィーが必死に【診析】を施し、エレがディアスを抱き上げながらも、ジンを心配して涙を流しながら呼び掛け、ディアスに駆けよっていたガウが、ディアスをエレに任せ、血溜に沈むジンの体を仰向けにして気道を確保し、赤く染まった顔を拭って下から現れた青白い顔を見つめて、涙目で手を握り、ジンの意識を取り戻そうと必死に呼びかける。

 

 ──真逆。

 

 血色がよくなった顔で、安らかに眠るディアスと……血塗れでて倒れ伏すジン。

 

 まるで……ディアスの怪我をジンが一身に肩代わりしたかのような現状に……誰もが思考が廻らず、唯必死にジンを助ける為に心を砕き続ける。 

 

「──……エレ」

「?! お兄ちゃん!! よかった……いや、でもジンが!」

 

 そんな中、何かに反応してディアスが唐突にその意識を取り戻す。

 

 一瞬喜色を浮かべるエレではあったが……ジンの悲惨な現状に素直に喜ぶ事も出来ず俯いて涙を流し、ディアスもエレの視線を追って、血溜に倒れてガウとフォウリィーに挟まれ、治療を受けているジンの姿を見て絶句する。

 

 『なぜ、自分を助けてくれたジンが、あれほどに酷い怪我を負っているのか。あれでは俺の怪我を治すために犠牲になったようではないか』……そんな思いが浮かび上がり、驚愕と後悔を表情に浮かべるものの──

 

「……エレ、よく聞くんだ。お前も【闘士(ヴァール)】なら分かるはずだ。……この地に近づきつつある不穏な空気を。遠くに感じる敵意と鉄の響きを。闘う意思を持ってこちらに向かってくる……集団の想いを」

 

 一度目を閉じ、気持ちを切り替えてそうエレに諭すディアス。

 

「お兄ちゃん? この期に及んで……──……っ!? くっそ、こんな時にっ! まさか、昨日の?!」

「ああ、恐らくはね。だが……昨日の斥候に、向かってくる方向……間違いない。奴等……用意周到にも軍を引き連れてやってきていたようだ」

 

 その言葉を聞き、ディアスの視線の先へと視線を移したエレの表情が一転、【闘士(ヴァール)】の顔に変貌する。

 

 未だ土煙が晴れない視界の先。

 

 しかし確かに、視線の先に明確な複数の敵意と戦意を肌で感じとり、戦場特有の気配にディアスが頷きながらも、昨晩の斥候、相手がやってきた向きから【ソーウルファン】であると明言する。

 

 ゆっくりと上半身を起こし、立ち上がるディアスは……自分の体の明確な変化に驚愕する。

 

 何をするにしても全身を苛んでいた神経・肉体の痛みが無くなった。

 

 曲がりにくかった関節がスムーズに曲がる。

 

 あれほど重かった体が、まるで羽のような軽さになった。

 

 ──本当に生まれ変わったような気分。 

 

「……フォウリィー君」

「大丈夫、まだ息はあるわ! 【神力魔導】を使っていた事によって自己治癒も発動しているし、ジンが作り上げた【光癒】もある! 絶対に、絶対に死なせない! こんな無茶をした事をめいっぱい怒ってあげるんだからっ!」

 

 自分の足で大地の感触をつかみながら、ジンの傍へと歩み寄ってジンの様子を問いかけるディアスに、涙を拭い必死になりながらも【診析】結果を挟みこみ、【光癒】を展開するフォウリィー。

 

「──ありがとうジン君。 君のおかげで……私はこうして立っている。自分の意思で、自分の力で、痛みを気にする事もなく、二本の脚で、立っている。君には随分な無茶をさせてしまったが……ありがとう。起きてからもう一度言わせてもらうが……本当に、ありがとう」

 

 ディアスが、ジンの姿に痛ましげな視線を向けながらも心からの感謝の言葉を述べながらも、深々と頭を下げる。

 

「……悪ぃなジン。お兄ちゃんを救ってもらったのに……あたしは……ただこの拳をかけて、お前たちを守る為に敵を粉砕する事しか出来やしねえ。だが……せめてそれだけはやり遂げてみせる。あたしは……第59代・【修練闘士(セヴァール)】、【影技(シャドウ・スキル)】・エレ=ラグだからな。だからお前も……死ぬんじゃねえぞジン! 生きて……あたし達に怒られろ。そして……あたしに、お兄ちゃんを救ってくれた……礼を言わせてくれ!」

 

 エレがしゃがみこみ、涙目でジンの頭を撫でながら……左手の【(シンボル)】を包んでいた包帯を外し、むき出しにして自分の親指に牙をつき立てる。

 

 親指が切れて血が吹きだし、それでジンの左頬に斜めにラインを引き、エレ自身はジンから流れた血で自分の左頬にラインを引く。

 

 ──伝説の【真修練闘士(ハイ・セヴァール)】・【刀傷(スカー・フェイス)】を称えて施される血化粧。

 

 これから起こる戦いを【刀傷(スカー・フェイス)】に捧げるという意味も込めたこの血化粧を持って、エレはこれから向かう【ソーウルファン】との戦いを。

 

 そして……生死をさまようジンに対して、生きろという意味をこめ。

 

「──ガウ」

「……エレ姉」

「ジンを頼んだぞ。お前はあたしと兄貴の唯一の弟なんだ。ジンを守れないだなんて……言わないよな?」

「……必ず守るよ。僕の……命をかけて!」

「ん、上出来だ。……じゃあ、行ってくる!」

 

 エレの呼びかけに答え、涙を拭ってエレを見上げるガウ。

 

 そんなガウに対して、ジンを守るように言いつけ、その左頬に血化粧を施して頬に口づけをするエレ。

 

「──エレ」

「ああ、行ってくる」

「【修練闘士(セヴァール)】の力、クルダの最高の栄誉と恐怖、そして力を司る意味。存分に【ソーウルファン】に教えてやれ!」

「応!」

 

 そして……烈火の如く戦意を滾らせ、ジンの事をフォウリィーに託し、ディアスと言葉を交わし拳を合わせたエレは往く。

   

 その……守る背中には安心を。

 

 そして……拳を振う敵には、破壊を振りまく【恐怖】の代名詞として。 

 

 闘気を漲らせ疾走するエレは後ろを振り向かず……ただ前へ。

 

 眼前の敵を打ち倒す『牙』となり、突き進む。

 

 そんなエレの背中を見送りながら、ディアスもまたその足を自分の屋敷へと向けて走り出す。

 

 フォウリィーとガウにその場を任せ、自身の脚でディアスは往く。

 

 昨日までの自分とは比べ物にならない体の具合に感嘆し、過去の自分と比べて鈍りきってしまった体に苦笑し、しかしながらその眼の輝きは強く、ディアスは屋敷の扉を開き、真っ直ぐに工房へと足を向ける。

 

 そして──

 

「──本当に久しぶりだな。お前を手にするのも」 

 

 工房に入ったディアスは、迷う事なく真っ直ぐに。

 

 工房の壁のフックにかかっているくの字に湾曲し、布に包まれた武器を掴み取る。

 

 その手に感じる重さ、その手に馴染む懐かしさにそう呟きながらも──

 

「──往くぞ相棒。今一度……飛翔の時だ……!」

 

 布の端を解き放ち、しゅるしゅると音を立てて外れていく布を見もせずに、工房に背を向けて走り出すディアス。

 

 既にその顔には病人であった名残はなく、【闘士(ヴァール)】としての貌と覚悟が滲みだしていた。

 

 

 

 

 

 ──同時刻。

 

 眼前にブロラハンの城壁を見据え、ディアスの屋敷を確認できる荒野に野営陣を構える集団が居た。

 

 全身を鉄の鎧で包み込み、各自それぞれが自分に見合った得物を持ち、後方に弩を配した移動式の櫓を備える軍隊。

 

 ──【ソーウルファン】。

 

 その中でも、他国にも知られるほどに高い戦力を誇る騎士団……【鉄騎兵団】。

 

 それが、この地でディアスとの交渉が決裂した場合、力づくでもディアスを手に入れるために組織された強襲部隊である。

 

 早朝近く、昨日の夕方にディアスの元に送った斥候が戻って来て、あからさまに交渉が決裂した後が見える重症な体で報告をする。

 

 ディアス=ラグに丁度客人が来ている事。

 

 女二人、子供二人という構成であり、自分がやられたのはその女の一人であり、クルディアスの女【闘士(ヴァール)】である事。

 

 子供のうち一人は、遠目で見ても美しい子供であり、あの蒼い髪から、最近話題となっている【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】ではないかという事。

 

 現状では戦力外と言われる怪我をしている【黒い翼(ブラックウィング)】の診察と治療にしに来たのではないかという事等。

 

 推測を踏まえつつも、要点を捕えた報告に頷き、医療部隊に指示を出して治療の為に退出していく斥候。

 

 ──今回のこの小遠征。

 

 この先に控える大遠征を前にし、クルダ一の武器職人である【黒い翼(ブラックウィング)】を連れ帰る事で、その字名の由来ともいえる【黒い翼(ブラックウィング)】級の最強と名高い武具を作成させ、【ソーウルファン】の戦力を強化し、勝利に貢献させようというのが作戦の概要であり……【黒い翼(ブラックウィング)】を国に連れ帰る事こそが命題だったのだが──

 

「──どう思う?」

「はっ。【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】といえば……今クルダで噂となっている、癒しで字名を得た存在。……それも手に入れる事が出来れば……我々の戦力はより高まるかと」

「……決まりだな」

 

 後方に控える櫓の中でも、一回り大きな櫓の中。

 

 今回の小遠征の司令官として派遣された……丸いサングラスをかけ、円筒状の帽子をかぶった男……クラックが、サングラスのブリッジを推しあげながら、近くの隠密部隊……全身を黒尽くめで統一した男に話しかける。

 

 今回、捕獲対象として指名された【黒い翼(ブラックウィング)】は、長年戦場を渡り続けた怪我が祟って【闘士(ヴァール)】を引退して武器職人になったという経緯があり、【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】のほうは治療専門の【呪符魔術士(スイレーム)】であり、攻撃呪符を持たないという話しは有名である。

 

 女二人が護衛かもしれないが……所詮は二人。

 

 対してこちらは……完全武装の五百人。

 

 仮に護衛が【闘士(ヴァール)】であるとしても、この数と力には勝てるはずもない。

 

 そこまで計算をし、サングラスの向こうに勝利の笑みを浮かべ、クラックは部隊をブロラハンへと進軍させていたのだが──

 

 その瞬間、前方の森で爆発にも似た暴風が沸き起こり、樹木が吹き飛ばされ、土埃が巻き上がったのだ。

 

「なんだ?! 何事だっ!」

「わ、わかりません! 【呪符魔術士(スイレーム)】の……【広域殲滅用特殊大型符(大アルカナ)】に似ていますが……」

 

 唐突の出来事に驚愕と警戒を露わにしたクラックが、動揺する部隊をなだめつつ斥候部隊を放って何があったのかを確認にいかせ、本体はそのまま崩れた城壁の横からブロラハンへの侵入ルートを取るための指示を出す。 

 

 斥候の下見情報通り、ディアスの屋敷までは一直線であるその通りを進軍する為、城壁の幅に合わせて列を整えた所で──

 

❛【刃拳(ハーケン)】❜

─『?!』─

 

 唐突に、その進軍を遮る【刃拳(ハーケン)】の真空波が、地面に斬線を刻みつける。

 

 突然の攻撃に盾を構え、兵士達が警戒を密にする中──

 

「──止まれ。その線から先はクルダの国内。これ以上の国内無断侵入は武力侵略行為と見なし、我が力を持って排除する。貴公等、その意思が在っての事か」

─『!?』─

 

 ジンの下から一直線に、木々を渡り、廃墟を飛び越え、敵の全貌を確かめようと城壁の上へ移動したエレ。

 

 凛とした声で眼下に見える【鉄騎兵団】を見下ろし、自分が【刃拳(ハーケン)】で地面に刻んだ斬線を指さし、あからさまに武力侵攻なのは分かり切ってはいるが、便宜上の確認を取る。

 

 対する【鉄騎兵団】……クラックはと言えば、たった一人で【鉄騎兵団】に相対するその胆力。

 

 絶対的な自身を内包する態度に、唯の【闘士(ヴァール)】ではないなと理解し、それならば先手必勝とばかりに櫓全てに号令をかけ、櫓に供えられた弩を一斉にエレに向ける。

 

「これだけの戦力を前に、たった一人で寝ぼけた事をほざくあの馬鹿に矢の雨をくれてやれ! 撃てーーーーっ!」 

 

 クラックが左手を降ろすのと共に、櫓の弩から放たれた無数の矢が、城壁の上のエレに殺到する。

 

「──なるほど、それが答えか」

 

 雨のように降り注ぐ矢の数々を横目に、エレはあっさりと城壁を飛び降りる。

 

 頭上を通り過ぎた矢が廃墟に突き刺さる中、【鉄騎兵団】が進軍する先へと着地しつつ──

 

❛【刀砲(トマホーク)】❜

─『ぐあああああああ?!』─

 

 着地直前、その体を一回転させながら両脚で【刀砲(トマホーク)】を放ち、先頭で楯を構えていた兵士達を纏めて吹き飛ばす。

 

 着地と同時に斬線を背負い、絶対守護を胸にエレは拳を振う。

 

 その攻撃は鉄で出来ているはずの鎧をあっけなくへこませ、胸にめり込ませて吹き飛ばす。

 

 斧槍が左薙に振われるのを飛び越えつつ、カウンターでその顔を蹴り飛ばして地面を転がし、鉄球をワイヤーで結んだボーラーがその合間に投擲されるが、それを腕に巻きつけたまま拳を振い、拳と鉄球の攻撃を食らった兵士はのけぞって飛んでいく。

 

 その勢いと筋肉の盛り上がりでワイヤーが千切れ、自由になった体で周囲の敵を蹴り飛ばし、殴り飛ばすエレ。

 

 僅か数秒で十数人の兵士を軽々と倒すエレを見てクラックが戦慄する。

 

「──クルダの【闘士(ヴァール)】は一騎当千、か。素でそれをやるつもりか? アレは。確かに強いが……一体いつまでもつかな? ──波状攻撃にて攻め立てろっ! 間隙に弩による攻撃を挟め! 如何に強いものでも、我等の連携に適うものなどありはしない!」

─『はっ!』─

 

 その言葉に従い、楯を構えた長槍の連撃がエレに向けて突き立て、その頭上からは矢の雨が降り注ぐ。

 

 さらには列の間からも近距離から弩を打ち出し、飽和攻撃により蜂の巣にせんと放たれた攻撃は──

 

❛【死流怒(シールド)】❜

 

 エレが拳の弾幕によるフィールドを作り上げ、矢を砕き、槍をへし折る事でその全てが迎撃され──

 

「──退け!」

 

❛【乱刺(ランス)】❜

─『ごっはあ?!』─

 

 得物を砕かれ、呆然とする兵士に対して唸りを上げて前蹴りの【乱刺(ランス)】が放たれる。

 

 鎧を砕かれ、蹴りが腹部にめり込んで血を吐き出しながら、後方へと周囲の兵士を巻き込んで吹き飛んでいく。

 

 ──それは蹂躙。

 

 戦闘にすらならない破壊が……そこにあった。

 

「……馬鹿、な。化け物か?! ……まさか──」

 

 その在りえない戦闘能力に戦慄し、冷汗を流してそう呟いた瞬間……女性の身の上で化け物のように強いクルディアスという情報に……唐突に思い浮かぶ名前。

 

「まさか、貴様……しゃ、【影技(シャドウ・スキル)】なのか?!」

「応!! 第59代・【修練闘士(セヴァール)】、【影技(シャドウ・スキル)】のエレ=ラグだ!! 先ほど刻んだこの線は死線。この線を越えようとする者は、我が拳、我が【(シンボル)】の名の元に粉砕する! 退くのならば追いはしない。だが……この線を超え、我が背にするクルダを……そして我が同胞を害そうと狙うのならば……覚悟を決めろ(・・・・・・)!!」

─『!!!!』─

 

 震える声でクラックがそう叫ぶと……その声に答えて左腕を掲げるエレ。

 

 その腕に刻まれた【(シンボル)】が、エレの言葉を肯定し、ゆっくりと敵である【鉄騎兵団】を指さす。

 

 ──【修練闘士(セヴァール)】。

 

 クルダと敵対する【ソーウルファン】において、その名は恐怖の象徴であると同時に、真っ先に斃すべき敵として認識されている名でもあった。

 

 一騎当千の体現者にして、クルダ最高の恐怖と栄誉を司る存在として、その言葉は【鉄騎兵団】に圧倒的な闘気と共に叩きつけられる。

 

 その言葉と恐怖に飲み込まれ、言葉を失い、息を飲んで後退りしそうになってしまう兵士達ではあったが──

 

「ひるむなぁ! 仮に本物の【修練闘士(セヴァール)】だとしても、一騎当千なぞ所詮夢物語! 数で押しつぶせ! 矢を休まず射かけろ! 所詮は人間! 何を畏れる事がある! 俺達は【ソーウルファン鉄騎兵団】だぞ! クルダの無敗伝説を破るのは、我々だ────!」

─『……お、おおおおおおおお!!』─

 

 クラックの声に気勢を戻し、武器を持つ手に力を込め、エレ目掛けて【鉄騎兵団】の兵士達が怒涛の如く押し寄せる。

 

 雄たけびを上げて人の背丈ほどもある大剣を振り下ろし、斧槍を横凪に払い、長槍を突き出す兵士達。

 

「──退けと!」

「が?!」

「ごぁっ!」

 

 ──大剣を裏拳で殴りへし折り、その切っ先が斧槍をもった兵士にぶち当たる。

 

「言ったぞっ!」

「ぎっ?!」

「ぎゃあああ!!」

 

 槍先が掴まれたと思うと、それを横凪に払って多数の敵を巻き込んで転倒させ、その鎧の自重で動けなくなり──

 

「──退かねええかあああああ!!!!」

❛【重爪(チェンソウ)】❜

─『ぎゃああああああ?!』─

 

 突進してくる兵士を捕えた【重爪(チェンソウ)】が、後ろの兵士ごと蹴り上げ、宙に飛ばす。

 

 鎧など意味を成さず……武器などその体に届きもしない。

 

 近付くもの皆叩きつぶす、人的災害ともいえる存在がそこに居た。

 

「な、何をしている! 潰せえええ!」

─『う、おおおおおおお!!』─

 

 ──数で追い詰めようとする【鉄騎兵団】。

 

 ──数など鎧袖一触にする【修練闘士(セヴァール)】。  

 

 埋まらない力量差は、地面に倒れ伏す兵士を増産し続け、そんなエレの姿は……【鉄騎兵団】に、クラックに、絶対的恐怖を刻み込む。

 

 上ずった声でクラックが再び叱咤するも、その声で襲いかかった兵士達が宙に舞い、地面に埋められ、吹き飛ばされて他の兵士を巻き込み、周囲の兵士達を巻き込んで放たれた矢を、【刃拳(ハーケン)】と【爪刀(ソード)】の真空波が切り払い、吹き飛ばし、鉄壁を持って一歩も引くことなく佇み続けるエレの姿に、いつしかその進軍が止まる。

 

 目の前に存在する恐怖に、知らず知らずの間に後ずさる【鉄騎兵団】とクラック。

 

 脂汗を流しながら、一歩、また一歩と後ずさっていく。

 

「──ば、化け物め……!」

 

 進むに進めず、されど退けず。

 

 絶対強者の前に成す術もなく、唯ひたすらに自分の命を果たす事を最優先にして必死に思考を巡らせるクラック。

 

 そして──

 

「そ、そうだ! 先ほど送った斥候部隊に指示を出せ! あの化け物の背後をつき、【黒い翼(ブラックウィング)】と【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】を攫え! 何もあの化け物を倒して進む必要はないのだっ!」

 

 先程、森が爆ぜた理由を調べる為に放った斥候部隊が居た事を思い出し、クラックは即座に傍にいた隠密部隊に対して指示を出す。

 

 それは……【黒い翼(ブラックウィング)】と【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】の確保。

 

 斥候部隊50名と、隠密部隊10名。

 

 深刻な怪我を負っている【黒い翼(ブラックウィング)】と、治癒師であり、子供である【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】ならば造作もない事だろうと、指示を伝えに森に消えていく隠密の背を見て笑みを浮かべるクラック。

 

 既に思考は成功した後の事を考え、今は唯エレを牽制し、無駄な人的被害を出さない為に弩による攻撃を多めにし、エレを釘づけにする指示を出していた。

 

 ──それが、成功するにしろ、失敗するにしろ……最大級の悪手である事を知らずに。

 

 

 

 

 

 ──同刻。

 

 クラックの指示に従い、森の暴風による爆発の理由、そして敵対者の有無を確認する為に、現場に到着した斥候部隊は……木々のなぎ倒された広場に置いて、致死傷の蒼髪の子供一名と、それを必死に治療する女【呪符魔術士(スイレーム)】、その傍で佇むクルディアスの少年を発見する。

 

 見た事もない呪符で蒼髪の子供・ジンを癒し続ける女【呪符魔術士(スイレーム)】フォウリィーの腕前を見て先ほどの件もフォウリィーが関わっていたのだろうと察し、迂闊な事はせずにクラックの元へと帰ろうとした所で……クラックの元から隠密部隊が合流する。

 

 【黒い翼(ブラックウィング)】・【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】の確保という指示を即座に実行する為、【黒い翼(ブラックウィング)】に比重を重くし、40名の斥候部隊を。

 

 怪我をし、動けないあの蒼髪の子供こそ、恐らくは【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】であろうと推測し、あの重症では連れ帰っても死ぬだけ。

 

 それならばフォウリィーが在る程度の治癒を施した所で、傍にいるフォウリィーとガウを始末するという算段をつける。

 

 隠密行動を取りながらも二人の周囲を取り囲んで標準を合わせ、斥候部隊は背中に背負っていた弩を構え、いつでも指示に従い発射できるように準備をする兵士達。

 

 特に……隠密部隊は暗殺も仕事の部類に入る為、その手に投擲用の……毒を刃先に染み込ませた短刀を構え、絶好の好機を伺う中──

 

「──……ふう、間に……あった……わ」

「!! よかった……ジンっ!」

 

 展開していた【光癒】がその効果を十全に発揮し、手にしていた呪符がその力を失う。

 

 フォウリィーが治療を終え……瀕死から脱し、後はゆっくりとベッドに休ませて意識と体力、そして自然治癒の癒着をすれば治療は完治だ、と肩の力を抜く。 

 

 未だ青白い顔ではあるが、いく分ましになったジンの顔色に安堵を浮かべ、涙声で抱きしめるガウ。

 

 ──その瞬間。

 

 隠密部隊の合図を持って、四方八方から放たれる弩と短刀の一斉投擲。

 

 軍隊の名にふさわしい、息のあった必殺の奇襲。

 

 それは容赦なくフォウリィーと、ジンを抱きしめてかばうかのように背を向けるガウに向けて殺到するが──

 

❝【呪符・守護障壁】❞

─『っ!!!』─

 

 それらすべては……フォウリィーが身につけていた自動発動式の呪符が発動し、見えない壁に阻まれ弾かれ、地面に落下する。

 

「──貴方達。今、何をしようとしたのかしら?」

「ごめんね、ジン。もうちょっと待っててね」

 

 役目を終え、燃え尽きる呪符をホルダーから抜きとって空中に投げ放ちながら立ち上がるフォウリィーと、血溜からそっとジンを移動させて横にするガウ。

 

 フォウリィーの予想以上の呪符の腕前に舌打ちしつつ、近接戦闘に意識を切り替えて小剣を抜き放ち、二人に殺到する斥候隊の兵士達と、短刀を抜き放って再び投擲しつつ、それに続く隠密部隊。

 

「はぁあああああ!!」

「──一度防がれたものが効くと思うのかしら?」

❛【爪刀(ソード)】❜

❝【呪符・風刃】❞

 

 気合一閃、右足を右薙に真空波を放ち飛んでくる短刀を撃ち落とし、斥候部隊を分散させるガウと、両手の指に呪符を挟みこみ、風の刃で斬りおとすフォウリィー。 

 

 その攻撃の隙を突き、襲いかかる斥候部隊の小剣の突きではあったが──

 

「ごっ」

「がっ?!」

❛【乱刺(ランス)】❜

 

 ガウが躱すと同時に一歩踏み込み、それと同時に肘撃ちを鳩尾に決め、悶絶しながら吹き飛ぶ兵士に巻き込まれ、バランスを崩した所に蹴りの突き技ともいえる【乱刺(ランス)】が炸裂。

 

 串刺しにされるかのように纏めて拭き飛ばされ、もんどりうって転がっていく。

 

「ぐおっ?!」

「つっ!!」

「ぐがああ?!」  

「──温い。温いわ。この程度で私を……ましてジンを狙おうだなんて……憶えておきなさい。今時の【呪符魔術士(スイレーム)】は【闘士(ヴァール)】とだって肉弾戦が出来るのよ」

 

 【風刃】符から手を離し、襲いかかる斥候部隊の攻撃を掴み、他の隊員の攻撃の楯としながらも腕をへし折り、躊躇した瞬間に間合いを詰めて首目掛けて華麗な右回し蹴りを炸裂させ、横回転しながら吹き飛ぶ兵士の影からもう一人の兵士へと接近、顔面を掴んでひざ蹴りを放ち、弾けるように後方にのけぞる男の腹に蹴りを追加し、蹴り飛ばす。

 

 それを見ていた隠密部隊は即座に斥候部隊を見捨て、【黒い翼(ブラックウィング)】の確保に数名、クラックの報告へと数名を走らせようとするが──

   

─『────?!』─

「どこにいこうというのかしら? まさか……あれだけの事をしておいて、逃げられるだなんて思っていないわよね?」

 

 ──肉弾戦の最中、周囲に飛ばした呪符によってその場は結界で区切られ……フォウリィーのテリトリーと化していた場から逃げる事が出来ず、見えない壁に阻まれ、進めない事に焦り、周囲を見渡したした所で──

 

「──フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザーが符に問う。答えよ。其は何ぞ!」

ー【発動】ー

❝『我は雷 白き雷』❞

 

 その瞳が驚愕に彩られる。

 

 その視界の先では……両手に扇状に展開された、複数枚の呪符が同時起動し、発せられる力がスパークを起こし──

 

ー【魔力文字変換】ー

❝『雷撃となりて 貴公の敵を縛る者也』❞ 

 

 フォウリィーが身をひるがえすのと同時に、それはフォウリィーの両手から放たれる。

 

 逃げ場のない現状、その呪符を避ける為に飛びあがるもの……放たれたのは設置型の電撃符。

 

ー【呪符覚醒】ー

─『ぎゃああああああああ?!』─ 

 

 【自然力(神力)】の暴走で昇る木もなく、着地地点に設置された呪符は同時起動によって呪符同士が連結し、雷撃の絨毯とカーテンとなって容赦なく隠密部隊を打ちすえる。

 

「──ガウ君、ジンを……よろしく頼むわね?」

「わかりました。フォウリィーさんは?」

「私は少し……こんな事をしでかした連中にお仕置きしてくるわ」

 

 ジンを背負ったガウがフォウリィーに近寄りつつも指示を聞いてディアスの屋敷に走りだす中、フォウリィーは自分達が倒した有象無象を纏めて繋ぎ、地面を引きずりながらも、先程連中が逃げようとしていた方向へと歩き出す。 

 

 ──その顔は普段とは違い、怒りに満ちあふれ……今後の【ソーウルファン】の先を暗示するかのようだった。

 

 片や、ガウが向かったディアスの屋敷の方向からは──

 

「ごっほああああ?!」

「っと?!」

 

 先程の斥候部隊の一員と思われる男が、鎧を打ち砕かれ、血塗れで飛んでくるのを避けるガウ。

 

 視線の先では、斥候部隊に囲まれつつも余裕を持ってその攻撃を避け、カウンターの一撃を持って確実に敵兵を沈めていくディアスの姿があった。

 

 病み上がりの体であり、無理をしない様に最小の力で、カウンター一本に絞って撃退していくディアス。

 

 ものの数分で斥候部隊がほとんどの戦力を失い、聞いてないぞとばかりに怪我人に手を貸し、華麗に逃げ帰っていく。

 

「──ガウ君か。無事でなによりだよ。さあ……私が診察を受けたベッドを用意してある。そこにジン君を寝かせてあげてくれ」

「わかりました!」

 

 こちらに真っ直ぐに向かってきていたガウに指示を出してジンを屋敷の中へと導くディアス。

 

 ガウは即座にその指示にしたがって屋敷へと入っていく背を見送りなら──

 

「さて、往こうか。あの空へ……あの戦場へ……もう一度。何よりも大切な妹の為に。妹が大切にする、仲間の為に」

 

 その手に持った、黒光りするブーメランを手に、エレが先に向かっているはずの戦場へと足を向けるディアス。

 

 ──決着は……もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

「──何をしている! まだ連れてこれんのか!」

 

 クラックは……牽制のつもりで放つ矢の悉くがエレに弾かれ、恐慌にかられて突っ込んでいく兵士が打倒されていく姿に焦り、錯乱して隠密部隊員に喚き散らす。

 

 既に斃された兵士の数は過半数を超え、それでも尚……返り血こそあれ、怪我一つ無く戦場に佇むエレの姿は恐怖以外の何物でもなく……そんな精神状況を支えていたのは唯、クラックの策だけだったのだ。

 

 その結果が分からなければ撤退も出来ず、それ故犠牲は増えるばかりで……焦燥に身を焦がすクラックが苛立ちに自分の座る櫓を叩く中。

 

「──ごふっ、く、クラック様……」

「?! 貴様、まさか……失敗したというのかっ!」

 

 斥候部隊に接触し、隠密部隊員の中でも唯一フォウリィーの追撃から逃れた一人が、ボロボロの身体を推して報告に参上したのだが……その姿に結果を見るまでもなく内容を知ったクラックが錯乱気味に当たり散らして叫び声をあげる。

 

 撤退の二文字がチラつく中、忌々しげに顔を顰めながら戦況を確認しようと、戦場を見た所で──

 

─『ぎ、ぎゃあああああああ?!』─

「な、何事だあ?!」

 

 唐突に火柱が沸き立ち、その攻撃を受けた兵士達が火だるまになって地面を転がる。

 

 いきなりの展開についていけず、困惑の声をあげるクラック。

 

 視線の先には、修羅の如き気配で魔力を背負い、呪符を手にした……美しくも恐ろしい【呪符魔術士(スイレーム)】・フォウリィーの姿がそこにあった。

 

 【影技(シャドウ・スキル)】のほかにもあんなのが、と叫び声をあげそうになったクラックの耳に──

 

「──え?」

 

 翼が……風を切る音が聞こえた。

 

 刹那……クラックの乗っていた櫓は粉砕され、クラックごと宙を舞っていた。

 

 隣接する櫓もまた、半ばから砕けて上部が宙を舞い……呆然と宙に浮かび、錐揉みするクラックの視線に……捕えられる翼の影。

 

 風切り音は尚高く。

 

 青空に映えるその姿は尚黒く。

 

「ば……かな、あれは──……がふっ?!」

─『く、クラック様ーーー!?』─

 

 その誇り高き姿に見惚れ、それが飛んでいる事に驚愕したまま……クラックは受け身も取れずに地面に落下する。

 

 痛みにクラックが意識を無くす最後まで、クラックの視界にとらえ続けていたのは──

 

「──【黒い翼(ブラックウィング)】……」

 

 唯の一撃で櫓の悉くを破壊し尽くし、それでも尚勢いを弱める事なく、その射線の悉くをなぎ倒し、今までの鬱憤を晴らすかのように、存分に蒼天を舞い踊る黒き鋼の翼。

 

 それは真っ直ぐにエレの頭上を超えて孤を描き、驚くエレを置いて先程エレが立っていた廃墟の上へと舞い戻る。

 

 そしてそれは──

 

「──おにい、ちゃん」

「──この手の感触。……久しぶりだな相棒。また俺と……戦場を舞ってくれるか?」

 

 右手を掲げて待っていたディアスの手へしっかりと掴まれる。

 

 その破壊を、その飛翔を見ていたエレが、呆然とディアスを見上げる中で、ディアスは満足げに手にした【黒い翼(ブラックウィング)】の表面を撫でて微笑みを浮かべ──

 

「──う、うわああああああ?!」

「しゃ、【影技(シャドウ・スキル)】に【黒い翼(ブラックウィング)】?! も、もうおしまいだああああ!!」

「クラック様がやられたっ! 撤退! 撤退だあああ!」

「燃える! 燃やされちまううう?!」

─『ひいいいいいいいいいい?!』─

 

 【影技(シャドウ・スキル)】に、得体の知れない【呪符魔術士(スイレーム)】。

 

 そして……復活した【黒い翼(ブラックウィング)】。

 

 軽く小国を相手に出来るような戦力がここに居るのだと知ると……恐慌に陥った一人の兵士が絶叫し、その恐怖は抑圧されていた恐慌・怒号・悲鳴となって伝播していく。

 

 寄せた波が返すように、潮が引くかのように、一気に背を向けて撤退していく【ソーウルファン】・【鉄騎兵団】の背を見送りながら──

 

「──おかえりなさい、お兄ちゃん」

「──ああ、ただいま。エレ」

 

 【黒い翼(ブラックウィング)】を手にする姿に、在りし日のディアスを見たエレが……涙目でそうディアスに声をかける。

 

 それに答え、在りし日にそうしたように、頭を優しく撫でるディアス。

 

「──御苦労さま、フォウリィー君」

「いえ、ジンの無茶でストレスがたまっていましたから、大分すっきりしましたわ。それよりも──」

「ああ、大丈夫だよ。もう無理なんてしない。これからゆっくり……体をつくっていくさ」

「そっか……へへっ」

 

 仲睦まじい二人の様子に、ようやく怒りを発散できたのか、普段の柔和な表情で声をかけるフォウリィー。

 

 【黒い翼(ブラックウィング)】を投げた事から、その反動で怪我をしていないかを確認する中で、もう無理はしないという言葉に、笑顔を浮かべて喜ぶエレ。

 

「──さあ、帰ろう。ガウ君とジン君が待っている」

「……フォウリィー、ジンは?」

「峠は越えたわ。後は……」

「ジン次第、か」

 

 ディアスの言葉に、横並びに屋敷へと一緒に帰る一同。

 

 その話がジンの事に及ぶと、皆一様に暗い顔をして落ち込む事となるのだが──

 

「──大丈夫さ。あいつは……負けはしねえ。……あいつの心は、あいつの意思は……(刃金)だ。あたし達は……信じて待つ。これでいいのさ」

「……そうね。ふふっ……エレは全部力技なのねえ」

「な?! んだよぉ! 間違っちゃいねえだろぉ?!」

「よくも悪くも、これがエレさ。……そうだな。信じて待つ事にしよう。……そして……心からの感謝を、起きたジン君に告げたい。この喜びを、ね」

「──ああ。そんで……めいっぱい怒ってやらねえとな」

「ええ、それはもう……ついこの間、あんな無茶したばかりなのにこれだものっ! まったく……どうしてあげようかしら」

 

 ぐっと拳を握りしめ、見つめながらもジンをそう評価し、言葉を紡ぐエレ。

 

 そんなエレの言葉に、ようやく気を取り直して頬笑みを浮かべるフォウリィー。

 

 二人のやり取りを微笑ましく見守りながらも……視線に映る屋敷を見つめるディアス。

 

 ──奇跡はここに。

 

 ──代価もここに。

 

 翼はここに蘇り、女神の御子は眠りにつく。

 

 ──心配をかけた事を目いっぱい怒られる目覚めの時まで……しばしの休息を。  

 

 こうして……いろいろありすぎた濃密な一日は……幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

登録名【蒼焔 刃】

 

生年月日  6月1日(前世標準時間)

年齢    8歳

種族    人間?

性別    男

身長    138cm

体重    33kg

 

【師匠】

カイラ=ル=ルカ 

フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザー 

ワークス=F=ポレロ 

ザル=ザキューレ 

 

【基本能力】

 

筋力    AA+    

耐久力   A+ ⇒AA NEW

速力    AA+ 

知力    S+ 

精神力   SS+   

魔力    SS+ 【世界樹】  

気力    SS+ 【世界樹】

幸運    B

魅力    S+  【男の娘】

 

【固有スキル】

 

解析眼    S

無限の書庫  EX

進化細胞   A+

疑似再現   B+⇒A NEW 

 

【知識系スキル】

 

現代知識   C

自然知識   S 

罠知識    A

狩人知識   S    

地理知識   S  

医術知識   S+   

剣術知識   A

 

【運動系スキル】

 

水泳     A 

 

【探索系スキル】

 

気配感知   A

気配遮断   A

罠感知    A- 

足跡捜索   A

 

【作成系スキル】

 

料理     A+   

家事全般   A  

皮加工    A

骨加工    A

木材加工   B

罠作成    B

薬草調合   S  

呪符作成   S

農耕知識   S  

 

【操作系スキル】 

 

魔力操作   S   

気力操作   S 

流動変換   C  

 

【戦闘系スキル】

 

格闘            A 

弓             S  【正射必中】

剣術            A

リキトア流皇牙王殺法     A+

キシュラナ流剛剣()術 S 

 

【魔術系スキル】

 

呪符魔術士  S   

魔導士    EX (【世界樹】との契約にてEX・【神力魔導】の真実を知る)

 

【補正系スキル】

 

男の娘    S (魅力に補正)

正射必中   S (射撃に補正)

世界樹の御子 S (魔力・気力に補正) 

 

【特殊称号】

 

真名【ルーナ】⇒【呪符魔術士(スイレーム)】の真名。 

 自分で呪符を作成する過程における【魔力文字】を形どる為のキーワード。

左武頼(さぶらい)⇒【キシュラナ流剛剣()術】を収めた証

蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】⇒カインを斃し、治療した事により得た字名。

 

【ランク説明】

 

超人   EX⇒EXD⇒EXT⇒EXS 

達人   S⇒SS⇒SSS⇒EX-  

最優   A⇒AA⇒AAA⇒S-   

優秀   B⇒BB⇒BBB⇒A- 

普通   C⇒CC⇒CCC⇒B- 

やや劣る D⇒DD⇒DDD⇒C- 

劣る   E⇒EE⇒EEE⇒D-

悪い   F⇒FF⇒FFF⇒E- 

 

※+はランク×1.25補正、-はランク×0.75補正

 

【所持品】

 

呪符作成道具一式 

白紙呪符     

自作呪符     

蒼焔呪符     

お手製弓矢一式

世界樹の腕輪 

衣服一式

簡易調理器具一式 

調合道具一式

薬草一式       

皮素材

骨素材

聖王女公式身分書 

革張りの財布

折れた士剣          


 
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