No.57756

呉ルート IFエンド 彼等が選んだ孫呉の未来

とととさん

とととです。
呉ルートのエンディングについて、ちょっと色々考えてみたくなっちゃいました。
で、考えた結果がこちらです。
何だか、いつにもまして好き嫌いが激しそうな話になってしまいました……ちょっと長いですし……
でも頑張ったのでととと的にはOKです!!

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2009-02-13 03:14:20 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:24814   閲覧ユーザー数:15044

「さよ、なら……かず、と……あなたにあえて───」

 

 

 その先の言葉は永遠に聞けない。

 彼女は俺達に呉の未来を託して逝ってしまったから。

 

 

 

 

 

 

「さぁ……もはや終幕……。皆……先に逝く。あとは……頼むぞ……」

 

 

 その想い。彼女の生きた証。

 彼女は呉を守り、早すぎる生を終えた。

 

 

 

 

 

 

 もう二度と、会う事は無い。

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

 

 

 異変に気付いたのは、そう昔の事ではなかった―――

 

 

 

 歴史を変えるような転換点。

 呉の進むべき道を決めてきた幾多の場面。

 一刀はその中で自分の思いを声に出し、自分の信念を実行してきた。

 

 

 その度だ。

 

 身体に変調を来たすようになったのは。

 

 

 最初は疲れや心労だと思っていた。

 蓮華に心配され、思春に軟弱と言われ、小蓮に看病すると部屋におしかけられ。

 

 冥琳は何か言いたげだったが、その時の一刀はすぐに治ると思っていた。

 

 しかし、変調は日を追う毎に大きくなり、短い間だが気を失うような事すらあった。

 祭が精をつけろと料理を作ってくれたり、明命が山から薬草を取ってきてくれたり、亞莎にゴマ団子をもらったり、隠特製の薬を飲まされたり。

 

 

 彼女達には感謝している。

 出来れば、これからもずっと一緒にいたいと思う。

 

 

 だが、その度重なる身体の変調は、一刀にある事を悟らせた―――

 

 

 

 

「思春」

 真名を呼ばれて、思春は振り返った。そこにいたのは、彼女の主である孫仲謀だった。

「蓮華様、どうなさいましたか?」

 蓮華は辺りを見回した。

「一刀を見なかった?」

「北郷───ですか? ご一緒だったのでは?」

「ついさっきまでそうだったのだけど……」

「まさか、街に行ったわけでもないでしょうが……」

 思春は辺りを見回してため息をつく。

 都では、蜀と共に魏を制圧した呉軍の帰還を祝うお祭り騒ぎが行われていた。

 家の軒先に灯火を吊るし、喜びに浮ついた楽器の音が辺りに響き渡っている。そして、それを圧するほどの人々の歓声。

 北方の巨人、曹操に押し潰されるのではという恐怖から逃れた人々の喜びは天を衝くばかりだ。

 しかし、その喜びの声も、この城にはまったく無い。

 

 雪蓮。

 

 冥琳。

 

 この日を迎える為に、どれだけの犠牲が払われた事だろうか……

 

 

「民の喜び……本来ならば、王としてこれ以上の喜びは無いのでしょうね……」

「…………」

 街を見下ろし、蓮華は寂しげに微笑む。思春はその胸中を想い、ただ黙って傍に控える。

「祭や隠達にも街に行っていいとは言ったのだけれど……」

「そのような気分になれる者はいないでしょう───例え、あの北郷とて」

 仏頂面でそう言う思春に、蓮華は今度はおかしそうに微笑んだ。

「あなたはいつまでたっても一刀には厳しいのね」

「当たり前です。あのような軟弱者、本来ならば孫呉の土さえ踏ませたくないところです」

「でも、一刀がいなければ私達は曹操からこの国を守れなかったんじゃない?」

「何を仰いますか! 今日のこの日を迎えられたのは将から一兵卒に至るまでが心を一つにして孫呉の旗の下、命を捨てて戦ったからです! あのような男は───」

「いなくても良かった?」

「…………ま、まぁ、あの男がいたという事は、多少の利にはなったでしょう。もちろん、害も多いですが」

 吐き捨てるように言う思春に、蓮華はこの夜はじめて声を立てて笑った。

「その害というのは、あなたが抱かれた事? それとも他の女を抱く事かしら?」

「れ、蓮華様! 私はそのような───」

 真っ赤になってうろたえる思春。

 一刀の存在は呉の国から、そこに住む人々まで変えてしまったようだ。あの鈴の甘寧を一人の女にしてしまうのだから。

「冗談よ、思春。そうムキにならないで」

「……北郷の影響ですね。蓮華様は多少性格がお悪くなっているように思いますが」

「はいはい。気をつけるわ」

 笑って答えたものの、笑い声が途絶えると蓮華の表情は再び曇ってしまう。辺りを見回す彼女に、思春は苦笑いを浮かべた。

「分かりました。私が探してきましょう。蓮華様はお部屋にてお待ち下さい」

「そ、そう? じゃあ悪いけどお願いするわ」

「はっ」

 短く答え、思春は主と別れた。

 ───にしても北郷め、一体どこに行った? まさか、このような時に他の女のところに行っているのでは……

 苦虫を噛み潰した顔でそう思ってから、彼女は気付いた。

 ───『他の』……女?

「い、いや、違う! 他というのは、蓮華様以外という事だ! 断じて、それ以外ありえん! あってたまるか!」

 自分の考えを大声で否定しながら、思春は一刀の姿を探すのだった。

 

 

 

「ふぅ……」

 自分の部屋に戻ってくると、しんとした静けさが胸に突き刺さるようだった。

「雪蓮姉さま……冥琳……」

 その名を口にすれば、今すぐにも声を上げて泣き叫んでしまいそうだ。

 戦いの日々の中、どうにか王として振舞ってはいたものの、こうしていざ平和な日々を迎えてしまうと気を抜けば感情の波に飲み込まれてしまいそうだ。

「姉さま、冥琳……あなた達が残してくれたものは、わたし達が必ず守っていくわ……」

 想いを言葉にするのは、今は亡き彼女達に聞かせる為ではない。自分に言い聞かせる為だ。

「私は王として呉を守りぬいてみせる。小蓮も、祭も、思春も、隠も、明命も、亞莎も、みんな私を支えてくれるわ。それに……」

 蓮華は窓から空を見上げた。

 今宵は満月。

 青白い光が彼女を照らす。

「一刀が───傍にいてくれるから……」

 噛み締めるようにつぶやき、視線を空から地上へと戻す。

 

 と───

 

「あら?」

 机の上に一枚の手紙が置いてある。

 そこには一刀の名が書かれていた。

「一刀……?」

 もし今日がいつもの夜ならば、その名を見た途端に彼女の胸は高鳴っただろう。人目を忍んでの逢瀬に思いを馳せて、駆け寄って手紙を手にとっただろう。

 だが、

「…………」

 蓮華はその手紙を見た途端、言い知れない不安が押し寄せてくるのを感じた。

 それが何故か分からない。

 ただ、彼女が今までずっと抱いてきた漠然とした不安が、今かたちとなって机の上に表れているような気がしてならなかった。

 一刀が身体に変調をきたす度に感じてきた不安。

 それは単純に彼の身を心配するだけではなく、もっと根源的な何か。

 一刀と会った時から心のどこかで感じていた、そして彼の存在が自分の中で大きくなる度に愛情という名の布で覆い隠してきた、今の蓮華にとってこれ以上ない最悪の結末───

「嘘───でしょ……?」

 体が凍りつく。

 息が苦しい。

 震える拳をぎゅっと胸に抱いた。

「かず───」

 その時、慌ただしく廊下を走る足音。部屋の扉がけたたましい音を立てて開いた。

 飛び込んできた思春は手に一枚の紙を握り締めている。そして悲鳴のような声で叫んだ。

「蓮華様っ! 北郷がっ……!!」

 

 その声を聞いた瞬間、蓮華は理解した。

 考えないようにしてきた最悪の未来が、今こうして実際のものとなった事を。

 

 

「一刀は───もう……」

 

 

 一筋の涙が頬を伝う。

 

 一瞬の静寂。

 

 そして、悲痛な叫びが、夜の闇を震わせた───

 

 

 

 

 

 目を覚ました瞬間は、そこがどこだかわからなかった。

 目の前で砂嵐を映しているものがテレビだと認識するのに、5分はかかった。

 そして気付く。

「ここは───」

 記憶が蘇れば、そこは見慣れた室内。

 テレビの画面から漏れる光が照らし出したのは、自分の部屋だ。

 無機質で雑然とした、聖フランチェスカ学生寮の一室だ。

 

 

「戻って───きたのか……」

 

 

 

 

 自分は元の世界に戻るかもしれない。

 そう考え始めたのは、初めて意識を失った時だ。

 それまでも身体に変調を来たす事はあったが、あんな状況になったのは生まれてはじめてだった。

 そんな状況が繰り返される中、一刀は元の世界に還るかもしれないと漠然と考えるようになっていた。

 自分の発言が呉の進路に影響する度に、歴史の流れに干渉していく度に、変調はその頻度を増していった。

 そして、赤壁の戦い。

 赤壁で曹操は配下の武将と共に忽然と姿を消した。

 生き残った魏の将兵は降伏し、それから後、魏は呉と蜀とで分割統治される事となった。

 

 そう。歴史は変わってしまったのだ。

 

 あの夜、蓮華達と別れた後、一刀はそっとしたためていた手紙をそれぞれの部屋に置いた。

 会って直接別れを言いたかったが、その時間すら自分に残されていないと感じていた。

 最後の手紙を蓮華の机に置いた瞬間、意識は途絶えた。

 

 そして───

 

 

 

「……みんな、怒ってるだろうな」

 

 砂嵐を映し続けるテレビ。

 その音が、一刀のつぶやきを飲み込んでいた。

 

 

 

 

「かずピー、何かあったん?」

「んー」

 親友の及川の質問に、一刀は生返事で答える。

 窓の外、桜が満開だった。

 日々は当たり前のように過ぎた。

 この世界に戻ってきて、もう一ヶ月が経とうとしている。

 もしかしたら、あの世界の事は全て夢だったのではないかと思えるほどの普通の日常。

 でも、あの日々は決して夢なんかじゃない。

 出会った人々は幻なんかじゃない。

 

 雪蓮。蓮華。冥琳。小蓮。祭。思春。隠。明命。亞莎。

 

 目を閉じれば、すぐにその顔が浮かぶ。それは微かにも色褪せたりしない。

 

 ───戻りたい。

 

 そう思う。

 

 

「かずピー、泣いてんのか?」

「…………」

 及川の心配そうな声に、無言で首を振る。

「最近、寝不足なだけ」

「そーか?」

 適当な答えに及川は納得してない顔で首を傾げたが、すぐにいつものにやけた顔になって話題を変えた。 彼なりの気づかいなのかもしれない。

「そーいや、かずピー知ってる? 今日、教育実習生が来るんやで」

「ふーん」

「またそんな気の無い返事! でも、オレが独自に仕入れた情報によるとその実習生、何と二人とも女! しかも超美人らしいのですよ!」

「ふーん」

「……何、その反応。めっちゃテンション低いやん。いつものかずピーやったら、断食中の魚かってくらいに食いついてくる話やで?」

「…………」

「あかん……こら、重傷や……」

 盛大にため息をついて、及川も窓の外を見る。

 校門前の桜並木。

 満開の花に及川はつぶやく。

「春の病───ってか?」

 

 

 体育館はいつもの全校朝礼より2割増でざわついていた。

 落ち着きが無いのはほとんど男子。女子達はそんな男子達に呆れた顔だ。

 及川と同じく、実習生情報をかぎつけた生徒達が何人かいたのだろう。そして、その生徒達の友人は、どうやら断食中の魚だったらしい。

「あー、どんなかなー。ウチのクラスに来てくれたらいいのになー」

 踊り出しそうな勢いの及川だったが、その後ろで突っ立っている一刀は完全に冷めた顔。

 あの中原を駆けた日々に比べれば、今の世界は退屈でしょうがない。

 もちろん平和な事は何よりだし、水道、電気、ガスのありがたみを改めて感じた。食べ物から着る物から、何から何までが必要以上なまでに溢れている。

 

 でも、そこに彼女達はいない。

 

 共に戦った同志。

 愛し合った女性。

 この世界に、彼女達はいない。

 その事実が、一刀からあらゆる気力を奪っていた。

 だから、その新しく来る教育実習生というのにも興味は無かったし、その声を聞くまでは壇上を見ようともしていなかったのだ。

 

 

「皆さん、こんにちはっ!」

 

 

「!」

 その元気の良い声に、一刀は勢い良く顔を上げた。

 壇上にいたのは───

 

「まさか……」

 

 

「今日からこの聖フランチェスカで実習させていただく雪蓮と言います。みんな、よろしくね♪」

 

 

 

 

 にこやかに笑ってウインクする彼女の視線は、その場の男子全員のハートを完全に射抜いていた。歓声を上げるか、ため息を漏らすか。どちらにせよ、彼女は一瞬で男子生徒を骨抜きにしてしまったらしい。

「う、美しい……美しすぎる……」

 のぼせたような顔で及川が繰り返しているが、一刀はそれどころではない。壇上の女性に目を疑うばかりだ。

 そこにいたのは、紛れもなく雪連だった。

 ガラス細工のように煌く髪、青い瞳はいたずらっぽくもあり、それでいて人の心の奥底を見抜くような鋭さもある。

 そして、人を惹きつけてやまない人なつっこい笑顔。着ている服は違うが、間違えようも無い。あれは───

「雪蓮……」

「お、かずピー、病気治った? な、言ったやろ? めっちゃ美人って」

「…………」

 答える事も出来なく呆然としていると、雪蓮の後ろからもう一人の女性はマイクの前に立つ。

 

「雪蓮と同じく、教育実習生として来た冥琳と言います。よろしく」

 

 再び男子から歓声とため息が漏れる。

 こちらは随分とあっさりとした挨拶だ。艶やかな黒髪、眼鏡の奥の瞳は冷たいまでの知性を感じさせる。

「こ、こりゃスゴイわ……こっちは知的なインテリお姉さま……拝んどこ」

 拍手打って冥琳を拝んでる及川。

 一刀はただただ呆然とするばかりだ。

 

「雪蓮……冥琳……」

 

 その二人の姿は間違えようも無い。

 あの世界に放り出された一刀を保護してくれた雪蓮。

 何も知らない一刀にあの世界の事を教えてくれた冥琳。

 間違えるはずが無い。

 

「どうして……」

 

 

 

 

 ドアが開けられた瞬間、割れんばかりの歓声が教室を包んだ。

「こら、静かにしろ!」

 担任が苦笑いで注意するが、それで男子生徒の興奮が収まるわけも無い。女子だって、目の前の美女に見とれているくらいなのだ。

「えー、と言う訳で、実習期間中このクラスを担当してもらう事になった雪蓮先生だ」

 男子の歓声を笑顔で受け止め、雪蓮はぺこりと頭を下げた。

「改めまして、教育実習生の雪蓮です。頑張りますのでよろしくお願いします!」

「じゃあ、ホームルームはお任せします。コイツらが何か失礼な事を言ったら、遠慮なく叱ってやって下さい」

「はい。遠慮なく♪」

「お前等、雪蓮先生を困らせるんじゃないぞ!」

 担任が出ていった瞬間、及川が手を上げる。

「はいっ! 雪蓮先生に質問!」

「あら、何かしら」

「恋人はいますか!? おらんかったら俺、立候補!!」

俺も俺もと手を上げる生徒に、雪蓮はいたずらっぽく微笑んだ。

「恋人はいません───って言いたい所だけどね。ざーんねん。立派な彼がいるのよね」

 その言葉に崩れ落ちる男子一同。「夢破れんの早すぎやん……」と及川がうめいている。

「…………」

 呆然と雪蓮を見つめる一刀。と、彼女もこちらを向いた。

「あなたは北郷君?」

「あ───は、はい……」

「そ。よろしくね♪」

 ウインクされた一刀に男子生徒からブーイング。詰め寄られ慌てている一刀に、雪蓮は声を立てて笑った。

 その笑顔は、あの世界の雪蓮と同じだった。

 

 

 

 

 

「雪蓮!」

 

 ホームルームが終った後、教室を出て行った彼女を一刀は慌てて追いかけた。

 声をかけられ振り向いた彼女は、にっこりと微笑む。

「ダメよ、北郷君。もう授業が始まるわ」

「雪蓮───本当に雪蓮なのか……?」

「本当にってどういう事? わたしはわたしよ? わたし以外の雪蓮がいるとでも?」

「い、いや、そうじゃなく……」

 自分で言いながらも、一刀は混乱していた。

 目の前にいるのは、どこからどう見ても雪蓮だ。

 しかし、ここはあの世界じゃない。一刀が本来いた世界だ。雪蓮がいる訳が無い。でも、だったら今目の前にいる彼女は一体誰だと言うのか……

 

「北郷君」

 

 顔を上げれば、雪蓮が目の前にいた。青い瞳が、こちらを真っ直ぐに見つめている。

「とにかく授業に戻りなさい。学生は勉強が仕事でしょ?」

「でも……」

「わたし、聞き分けの悪いコは嫌いよ?」

「…………」

 雪蓮にじっと見つめられては、これ以上抵抗は出来ない。あちらでもそうだった。雪蓮に勝てるのは冥琳くらいなのだから。

 釈然としないまま教室に戻ろうとする一刀。その背中を、雪蓮の声が追いかけてきた。

 

「今日の午前0時───」

 

「え?」

 振り返れば、微笑む彼女。

「今日の午前0時、校舎裏の林で……ね?」

「何が───あるんだ……?」

「さぁ? それはあなたが自分で確かめたら? 気にならないのなら別にいいけどね」

 それだけ言うと、彼女はひらひらと手を振って去っていってしまった。

「雪蓮……」

 

 

 

 空には月。

 夜風に桜が舞う。

 一刀は校舎裏の林へと走っていた。

 例えどういう結末になろうとも、答えはそこにあるはずだ。

 あの雪蓮は一体何者なのか。

 ただの偶然なのか。

 では、あの冥琳は?

 

 混乱しきった頭の中で、考えがぐるぐると回っている。

 今は、ただ彼女の言う通りにするしかない。

 

 

「雪蓮! 冥琳!」

 林の中、一刀は彼女達の姿を見つけた。

「は~い♪」

 軽く手を上げる雪蓮。

「北郷、実習生とは言え目上の者を呼び捨てにするのはいかがなものかな?」

 冥琳は挑むような視線で微笑む。

「雪蓮……冥琳……」

 目の前に二人がいる。

 あの時と変わらない表情で。

 あの時と変わらない声で。

「会い───」

 言いかけて、一刀の胸に不安がよぎる。

 

 ───もし、この二人が、あの世界の雪蓮と冥琳と関係無かったら……

 

「…………」

「…………」

 二人はじっと一刀を見つめている。

 その視線は一刀を試すようでもあり、何かを待っているようでもある。

「…………」

 大きく深呼吸。一刀は腹を決めた。

 

「会い───たかったんだ、ずっと……」

 

「…………」

「…………」

 

「もう会えないって事は分かっていた。それでも会いたかった。雪蓮にも、冥琳にも……」

 

「続けて」

 言葉を切って二人の様子を伺う一刀に、雪蓮は短く告げる。一刀は頷いて先を続けた。

「雪蓮がいなくなってから、蓮華はよくやってるよ。王様として、国をよくまとめてる。急に国土が広くなって仕事は一気に増えちゃったけどさ、祭さんもシャオも思春も明命も頑張ってるよ」

 二人は無言で一刀の言葉を聞いている。

「冥琳の跡は亞莎が継いだよ。大変そうだけど、隠が補佐役になってどうにかやってる。新しい治水工事があるからさ、またポイント制でやろうって話してたんだ」

 一刀の言葉が止まった。

 この世界に戻ってから、いやあの世界にいたころから、ずっと抑え込んでいた感情が溢れ出す。

「でも───ダメなんだ……どんなに頑張っても、どんなに前を向こうとしても……そこに雪蓮と冥琳はいないんだ……」

「…………」

「…………」

「呉の未来を任されたけどさ、これからはお前達が頑張ってとか言ってたけどさ、でもそこに二人がいなきゃどうしようもないんだよっ!!」

 溢れる感情が声を震わせる。涙が止まらなかった。

「二人に会いたかった! 会って、今の俺達を見てもらいたかった! 雪蓮と、冥琳と、みんなで同じものを見ていたかった! 同じものを感じたかった! なのに───」

 一刀は膝から崩れ落ちる。

 湿った土に、力無く拳を叩きつける。

 

「二人は、もういなくて……俺は、ここに、一人で……」

 

 もう一刀はあの世界には戻れない。

 蓮華と国の未来を語り合う事も、シャオと街に出る事も、祭の料理を食べる事も、思春と手合わせをする事も、隠から兵法を学ぶ事も、明命と猫を可愛がる事も、亞莎とゴマ団子を作る事も、もう何も出来ないのだ。

 

 声を立てて泣く一刀の横に、そっと雪蓮がしゃがみ込む。

 

「一刀」

「雪蓮……」

 彼女はそっと一刀を抱き締めた。

「わたしも─── 一刀と一緒にいたかった。一刀と、冥琳と、蓮華と、シャオと……呉の皆とずっとずーっと一緒にいたかったよ」

 涙ぐみながら微笑む雪蓮。

「夢……じゃないよな? 本当に、雪蓮なんだよな……?」

「あら、ひどい。どの世界に行ったって、こんな美人が私以外にいると思う?」

 いたずらっぽく微笑む表情は、あの雪蓮のものだった。

 一刀をからかう時に見せる、あの表情───

 

「雪蓮!!」

「一刀……一刀っ!!」

 力いっぱい雪蓮を抱き締める一刀。雪蓮も抑えていた感情を解き放つ。

「会いたかった! 会いたかったよ、一刀! ずっと会いたかった!!」

「っかやろ───早く言えっての……」

「ごめん、ごめんね、一刀……」

「まぁ、そう言うな。我々にも確証が無くてな」

 冥琳は微かに目を潤ませながら、そしてそれに気付かれないようにしながらやって来る。

「冥琳……だよな?」

「ああ。まさしく私は周公謹───」

 言い終わるより早く、一刀は冥琳も一緒に抱き締めた。

「会いたかった! 冥琳!!」

「……せめて名乗らせてもらいたかったんだが」

 皮肉っぽく言いながらも、冥琳の瞳からも涙が溢れている。

「久し振りだな、北郷……」

「なーによ、冥琳ったら嬉しいくせに。もうちょっと素直になったら?」

「生憎とそう素直には出来ていないものでな。私もお前のように単純に生きられたら楽なんでしょうけど」

「ふーんだ。じゃあ、冥琳はそうやってツンツンしてればいいでしょ? わたしは一刀とゆっくり再開の喜びを噛み締めあうから」

「誰も喜んでいないとは言ってないだろう? お前のようにぎゃーぎゃー騒がないだけだ」

「は───はははっ! やっぱり雪蓮と冥琳だ!」

 二人の懐かしいやり取りに、一刀は涙でくしゃくしゃになりながら笑う。

「一刀……また会えたね……」

「またこうして北郷と会えるとはな……」

 

 

 

「一刀は───あの世界に戻りたい?」

 

「!」

 あれからどれくらいの時間が経ったのか。

 不意に雪蓮が言った言葉に、一刀はかすれるような声を返した。

「もど───れるのか……?」

 あの世界に。

 蓮華達がいる、あの世界に。

「ああ、戻れる」

 冥琳が頷いた。

「その為に、わたし達はここにいるのだから」

「その為に……?」

「ええ。その通り」

 雪蓮は一瞬だけ名残惜しそうな顔で一刀から身体を離した。冥琳も彼女に続いて一刀から離れる。

「私があの世界で死んで───そして目を開けるとこちらの世界、つまり私達が言う所の天の世界だけどね。ここに来ていたのよ」

 雪蓮は夜空を見上げた。

「最初は何なんだーって思ったけど、色々一刀から聞いたでしょ? その聞いた事や物が実際にあって、ああ、ここは天の世界なんだーって思ったの。で、まぁ色々あってね。どうにか住む場所を確保して、さてこれからどうしようかって考えてたら───今度はそこに冥琳がやってきたの」

「まったく、驚いたわ……目を開けたら天の世界にいるんだもの。しかも雪蓮まで」

「そう。そして私達は自分のやるべき事を行う為にここに来たの」

「やるべき事……?」

「ええ」

 雪蓮は大きく頷いた。

 

「いつか一刀がこの世界に戻ってきた時、一刀が望むならあの世界へ戻すって事よ」

 

「俺を、あの世界に……二人が?」

「まぁ、この世界に来る時に見た夢の話なんだけどね……」

「正直、思い出したくもないがな……」

 何故かゲンナリとしている二人に、一刀は訳が分からないといった表情だ。

「どういう事だ?」

「あははは……冥琳、お願い」

「まったく、嫌な事はすぐ人に押し付けるんだから……」

 ため息をつきつつ、冥琳は説明を続けた。

「私達が天の世界に来る前───つまりは、死んでから生き返るまでと言った方が正しいのだろうか……とにかく、その間に夢を見た訳だ」

「夢……どんな……?」

「……うむ。かなり不愉快なんだが───まぁ、ある人物が夢に現れ、お前がこの世界に戻って来た時、お前が望むならあちらの世界に戻してやってくれと語りかけてきたという訳だ」

「正直、一刻も早く忘れたかったんだけど、一刀に関する事だしね。それに冥琳もまったく同じ人間から同じ事を言われる夢を見るなんて只事じゃないし……」

 二人の説明で、妙に引っかかる事がある。

「で、その事を言った人って誰なんだ?」

「あちゃー……やっぱり聞く?」

「そりゃ、まぁ……」

「えーっと……冥琳?」

「さっきまで説明したのは私でしょ? 残りはあなたが説明しなさい」

「……冥琳のイジワル」

 ボヤいてから、覚悟を決めた雪蓮がため息混じりに言う。

「何かね? 裸に下着一丁の筋肉モリモリの奴でさー。頭はツルツルなのにモミアゲはお下げを結ってるの。その人」

「……………………は?」

「聞き返さないでよ! もう二度と口にしたくないんだから!」

「まぁ、精神衛生的には良くないな。非常に」

「と言うか、一刀! あなた、あんな変態の知り合いがいたの!?」

「知るか、んなバケモノ! てか、二人して何を見てんだ、何を!!」

「見たくて見た訳じゃないわよ! てか、そいつ一刀の事を『ご主人様』って呼んでたわよ!?」

「んな気色悪さ120%の部下なんかいないわっ!!」

「ま、まぁ、それはいいとしてだな」

 これ以上この話題に触れたくないのか、冥琳は強引に話題を元に戻した。

「とにかく、私達は同じ夢を見た。そしてこの世界でやるべき事を理解した。そういう訳だ」

 眼鏡を直し、説明を続ける。

「それを意識した途端、世界は都合の良い方に動き出した。私達はいつの間にかこの学校に教育実習生として入る事が決まり、我々の名前にも誰も違和感を感じない。まるで、世界が我々の役目を果たす為に姿を変えていくようにな。あのバケモノを神とは思いたくないが───まぁ、そういう事だ」

「つまり……帰れるんだろ? みんなが待つ世界に」

「そうよ。ただし、一刀がそれを望むなら、だけどね」

「帰りたい!」

 一刀は即答した。

「俺は皆と一緒にいたいんだ! 皆と一緒に呉の未来を作っていきたい!」

「……後悔はしない?」

「絶対にしない!」

 真っ直ぐにこちらを見つめる雪蓮を、こちらも真っ直ぐに見つめ返す。

 やがて、雪蓮は微笑んで大きく頷いた。

「分かったわ───冥琳?」

「ああ。丁度、時間のようだぞ」

 冥琳の視線の方角を見て、一刀は目を見張った。

「これは……」

 そこには、どこから表れたのか、うっすらと光り輝く門があった。

「どうやら、ここをくぐればあっちの世界に行けるようね」

「ああ。こちらとあちらを繋ぐ天の門といったところか」

「ここをくぐれば……蓮華達に……」

 一刀は一つ息を吐くと、意を決して門の前に立つ。

 と、そこで二人が離れて見ているだけなのに気付いた。

「どうしたんだ?」

 二人は顔を見合わせると、静かに首を横に振った。

「私達はここに残るわ」

「え……な、何言ってんだよ!? 帰れるんだぞ!?」

「お前にとってはそうだろうが、我々は死んだ身だ。そんな者が蘇ってみろ? 天の理<ことわり>を乱す事となる。それは出来ないさ」

「それに、あの気持ち悪いの───あんなのが神様とは思いたくないけど……とにかく、そいつは『一刀を戻せ』と私達に言ったの。つまり一刀を戻す事が私達の役目って事。一緒に戻る事が役目じゃないわ」

「我々が一緒についていく事で、お前が呉に戻れなければそれこそ意味が無いだろう?」

「そ。だから一刀は一人で───って、一刀!?」

「お、おい、北郷!」

 有無を言わさず、二人の手を引いて一刀は門の前に立つ。

「ちょ、一刀! やめなさい!」

「呉に戻れなくなるかもしれないんだぞ!」

 二人は抵抗するが、一刀はその手を離さなかった。

「呉に戻れなきゃ意味無いけど、雪蓮と冥琳がいなくても意味は無いだろ! 皆で帰るんだ! 皆が待つあの世界へ!」

「だからって、無茶よ!」

「無茶でも何でも、一緒に行くんだ!」

 一刀は叫んだ。

 

「俺は雪蓮も冥琳も好きだから一緒に連れて行くんだ! それの何が悪いんだよ!!」

 

「一刀……」

「北郷……」

「二度と会えないと思ってた。でも会えた。だったら、この手を二度と離すもんか! 絶対に離さない!! 離さないからな!!」

 二人は顔を見合わせたが、やがてどちらからともなくため息混じりに微笑んだ。

「まったく……一刀ってば底無しね。蓮華達だけじゃ足りないってわけ?」

「まぁ、祭殿以外は若いからな。色んな種類の女を楽しみたいという事だろう」

「お、お前ら! 俺はただ純粋にだなぁ───」

「純粋に、私達を一人残らず食べたいんでしょ?」

「ふむ。どうやら子供を育てる書を読んだ事は無駄にならなそうだな」

「ちょっ、それは初耳ー。冥琳! 私より先に一刀の子供を孕んじゃダメだからね!?」

「それは北郷次第だろう? まぁ、初めての子供はしっかりと予備知識を持っているわたしが生む事が今後の為にもなると思うがな」

「あーもう! 俺はいつ誰に子供が出来たって覚悟は出来てます! 全員、俺が面倒見る!!」

「おー、言い切った♪」

「それでこそ種馬というものだな」

 笑いながら、二人は左右から一刀の腕に自分の腕を絡める。

「一刀……本当にいいのね? やめるなら今よ?」

「今なら間に合うぞ。これでお前一人戻る事になっても、私達は恨んだりしない」

「いや、考えは変えない。皆で戻るんだ」

 きっぱりと言い切る一刀。

「雪蓮と冥琳が道を作ってくれたんだ。俺は二人の手を引いてその道を行く。何があったって離さない。何があったって、俺が二人を呉まで引っ張っていく!」

「……分かった。私達の命、一刀に預けるわ」

「北郷、任せたぞ……」

「ああ……」

 一刀は頷き、門を、そしてその向こうにあるだろう呉を見据える。

 

「行くぞ!!」

 

 そして門に飛び込んだ。

 瞬間、溢れんばかりの光が周囲を覆い尽くし───

 

「一刀!」

 

「北郷!」

 

「雪蓮! 冥琳!」

 

 三人は互いの身体を抱き締めあいながら光に飲み込まれ───

 

 

 

 意識を失う瞬間、『ぐふふふ。ご主人様、頑張ってねん♪』という気色悪い声が聞こえたような気がするが───

 

 

 

 そして、一刀は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「だんな様~~~?」

 久し振りの休み、庭でのんびりしている一刀を隠が呼んだ。

「あれ? 隠? どうしたの?」

「あ、居ましたね、だんな様。……きょうは陸延と遊んでくれるってお約束でしたよね?」

「……あ」

「むぅ~。もしかして忘れてたとか?」

「い、いや! ちゃんと覚えてたぞ!」

「じゃあ、周邵と遊んでくださるってお約束も、ちゃんと覚えてくれていましたよね?」

「み、明命っ!? いつからそこにっ!?」

「隠様の後ろです。……チビで悪かったです」

「いやいやいやいや! 気付かなかった俺が悪いんだ、ごめん!」

 明命は背も胸も小さい事がコンプレックスのようだ。一刀からすると、そこが明命の魅力なんだが。

「それに周邵と遊ぶって約束も、ちゃーんと覚えてるから安心してくれ」

「ホッ。良かったです♪」

「じゃあ二人まとめて遊ぼうか」

「おいおい。では黄柄は父と一緒に遊べないとでも言うんかい?」

「あ、あの……だんな様は呂琮と遊んで下さると思っていたのですが……」

「待て。甘述の面倒を見るという約束もしていたはずだが?」

 どこから現れたのか、口々に言う祭、亞莎、思春。一刀は覚悟を決めた。

「あー……よし! じゃあ今日の休みは子供たち全員と遊ぶよ!」

「へぇ~……六人の子供と遊ぶの? 子供を舐めてると死ぬわよ、一刀」

「れ、蓮華っ!?」

 現れたのはこの国の王、蓮華だ。ただ、今は王ではなく母の顔をしているが。

「孫登と遊ぶ約束をしていたの、よもや忘れたとは言わないわよね?」

「と……当然覚えてるさ! 大丈夫。俺だってあの戦乱を生き抜いた男なんだ。娘六人ぐらい、まとめて遊んでみせるさ!」

「シャオも一緒に遊ぶー!」

 そう言ってぴょんと一刀の背中に抱きついてくる小蓮だったが、さすがにそれは勘弁していただきたい。

「ちょ、シャオはまた今度にして欲しい……」

「ぶー! ……あーあ、シャオも早く一刀の子供が欲しいなぁ~」

「まぁ、その……いつか出来るとは思うけど」

「一刀。子供たちの前でふしだらな事を言うな。……全くもう。ほら、早く子供たちと遊んであげて」

「へいへい」

 蓮華の言葉を合図に、父親に飛び掛る少女達。

 蓮華はその光景にくすりと笑みをこぼした。

「やれやれ……。一刀、今日の夜は悲鳴をあげてるでしょうね」

「まぁお父さんだもん。仕方無いよねー」

 シャオは無邪気に一刀に飛びついている子供たちが少し羨ましそうだ。

「うむうむ。それに悲鳴を上げる元気があれば良いがなぁ」

「子供の世話って、ほーんと大変ですもんねぇ」

 そう言って、祭と隠が頷き合う。母親として互いに色々あるらしい。まぁ、それも楽しい苦労なんだが。

「でも……みんな嬉しそうですねー」

「久し振りにお父さんと触れあってるからかな」

「我ら同様、あやつも忙しいからな」

 父と戯れる子供たちに目を細めながら語り合う明命、亞莎、思春。

 三人の言葉に、蓮華は大きく頷いた。

「だけど……たまにはこういうのも良いわね」

 

「そうそう。やっぱり平和が一番よねー」

「確かに。こういう空気は嫌いじゃないな」

 

 現れた四人を、一刀は子供にもみくちゃにされながらも笑顔で迎えた。

「遅かったじゃないか、雪蓮、冥琳。紹も盾もこっちにおいで」

 父に呼ばれて駆け出す孫紹と周盾。子供たちも満面の笑みで二人を迎える。

「あーあ、さすが我が夫殿はモテモテです事」

「あら、娘達に嫉妬? まぁ、精神的には大差無いものね」

「ふーんだ」

 冥琳の嫌味にしかめっ面の雪蓮。蓮華達は声を立てて笑った。

 

 

 一刀達は三人揃ってこの世界に戻る事が出来た。

 流れ星となって現れた三人を、皆が歓喜の涙で迎えたのは言うまでもない。

 何せ、あの祭が冥琳に抱きついて泣き、思春に至っては並べられるだけの罵詈雑言をまくしたてながら一刀に抱きついてわんわんと泣いてしまったくらいなのだから。

 

 

「あの時の思春ったら今思い出しても可愛かったわよ?」

「……早くお忘れ下さい。一生の恥ですから……」

「姉さま、思春をあまりいじめないで下さい───って、また昼間からお酒を!」

「別にいいでしょー? 王様はあなた。わたしはただの女だもーん。はい、祭」

「おお、これはかたじけない」

「ちょっと、祭まで! と言うか、姉さまがお戻りになられたのなら呉の王は姉さまがなればいいでしょう!?」

「そんなにコロコロと国王が変わったら国が混乱するでしょ? ね、冥琳?」

「まぁ、それには一理あるけど……」

「別の目標が見え隠れしてますもんね~」

「見え隠れと言うか……丸見えだな」

「むー。何よ、それー」

「とぼけないで下さい! 王になれば忙しくなって一刀と一緒に居る時間が少なくなるからでしょう!? わたしだって一刀ともっと一緒にいたいのに!!」

「何それー!? お姉ちゃん、ずっるーい!!」

「いやーん。明命~亞莎~、蓮華とシャオがいじめる~♪」

「えええええっ!? わ、わたし達に言われても!!」

「そ、そうですよ~。そんな事言われても、ど、どうしたらいいか……」

 わたわたとうろたえている二人を肴に、雪蓮は更に一杯。

「ぷっは~♪ おいし♪」

 

「まったく……以前にも増してやりたい放題なんだから……」

 こめかみを抑える冥琳に一刀が笑いかける。

「ま、それでこそ雪蓮ってもんだろ?」

「ああ……まったくだな」

 笑い合う二人を見逃す雪蓮ではない。

「あー!! 一刀と冥琳がイチャイチャしてる~!!」

「何ですって! 一刀、一体どういう事!?」

 矛先を姉から夫に向ける蓮華に、一刀は苦笑い。

「しょうがないだろ? 俺は皆と同じくらい冥琳も愛してるからな」

「まぁ、そう言うわけだ」

 余裕の表情の冥琳に、雪蓮は勢い良く立ち上がった。

「じゃあ、わたしも今ここで一刀に愛してもらう!」

「わー、雪蓮! 何やってんだ! 子供の前だぞ!」

「姉さま! 服を脱がないで下さい! こ、子供たちも見ちゃいけません!」

「さー、一刀~。愛し合いましょ~♪」

 飛びついてきた雪蓮の身体を受け止めながら、一刀は声を立てて笑った。

 こうして皆と共にある事こそ、彼が選んだ最高の選択なのだから。

「一刀、だーい好き♪」

 

 

「まったく、あなた達は……」

 死した孫策と周喩を天の世界に還って連れ戻してきた天の御遣いの話は、これからも呉の国で語り継がれる事だろう。

 願わくは、その語り継がれる話の中には、今のこの状況は含まないで欲しいと思う冥琳なのであった。

 

 

 


 
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