No.564182

真・恋姫†無双 真公孫伝 ~雲と蓮と御遣いと~ 1-38


取り敢えずこれで一章は終わり……かな?

自分の文章力の無さを痛感する出来でした。
途中から何書いてるのか分からない、自分でも。

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2013-04-08 10:46:52 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:8557   閲覧ユーザー数:6321

 

 

 

 

 

夜。既に月も天に姿を現し始めた頃。

幽州、公孫賛の居城では小規模ながらも宴が開かれていた。

 

廊下の先から聞こえ来る小さいながらも愉しげな声。皆が皆、思い思いに宴を楽しんでいた。

 

ちょっとした仕事を済ませ、宴の時間まで仮眠でも取ろうか、と寝床に入ったまでは良かったのだ。

 

しかし、存外疲れが溜まっていたのか、かなりの時間寝入ってしまい、起きたら既に外は真っ暗。

 

ということで、宴に参加する為、急いで廊下を走る一刀であった。

 

 

とはいえ急いでいる時に廊下などを曲がったりするとどういうことになるか。

 

 

「っと!」

 

「きゃ……!」

 

 

曲がった先の廊下にいた侍女の一人と鉢合わせ。お互いに驚き、声を上げた。

 

その間、体勢を崩した侍女が落としそうになった食器類をキャッチし

もう一方の腕で倒れそうになった侍女の体を支えた一刀の手腕は、さすがと言うべきだろう。

 

 

「わ、悪い。大丈夫か――って月?」

 

「あ……か、一刀さん」

 

 

ぶつかったのは侍女、もとい月だった。そして

 

 

「あんた月になにしてんのよー!!!!」

 

「あぶねえっ!」

 

 

その光景を目撃した詠による皿を辛うじて回避する。

コントロール抜群だった皿は、先刻まで一刀の頭があった空間を抜け、柱にぶち当たり、派手な音を立てて割れた。

 

月はその音に首を竦ませる。

 

 

「ちょ、危ないだろっ、詠」

 

「あんたが月に変なことしてるからよ!」

 

「え、詠ちゃん……私そんなことされてない……」

 

 

なぜか少し頬を紅くして、月は親友の言葉を否定する。

 

 

「……じゃあ月を離しなさいよ」

 

「いやまあ確かに、悪いのが俺だっていう辺りは間違っちゃいないと思うけど。月、立てる?」

 

「は、はい……ありがとうございます」

 

 

一刀の腕から、ゆっくりと身体を起こす月。

転びはしなかったものの、服装に多少の乱れがあったのか、汚れを払ったりしていた。

 

そして未だに一刀のことをジト眼で見る詠。

なんというか、その微妙な空気に頬を掻きながら、キャッチした食器類を月に差し出した。

 

 

「はい、月」

 

「すいません、ありがとうございます」

 

 

月は何かと謝ったり、お礼を言ったりするな、と思った。

それ自体は悪いことではないと思うけれど。と、そこで違和感。

 

いや、侍女である彼女達が食器の片付けや配膳を行っている事に、本来なら違和感など感じる筈も無いのだが。

 

 

今夜の宴の主賓は、月と詠と華雄。新しく仲間になった三人の筈だ。

 

ならば何故、給仕をやっているのだろうか?ふとした疑問を視線で投げ掛ける。

 

 

「……?」

 

 

うん、流石に眼だけじゃ無理だった。普通に聞こう。

 

 

「今日の宴の主賓って月と詠と華雄だろ?給仕は他の人に任せて愉しめばいいのに」

 

「ボクもそう言ったんだけどね、月はこれで強情だから。一回自分の役割とか任せられると、どこまでも一生懸命になっちゃうのよ」

 

「そ、そんなに強情かな……」

 

「強情よ、自覚してないだけでね。それが月の良いところでもあるけど」

 

「伊達に月の親友じゃないな、詠は」

 

「当たり前でしょ?それに主賓って言っても、武官で入った華雄はともかく、ボクと月はあくまで侍女よ。ただの侍女が主賓っていうのもおかしいでしょ」

 

「俺とか白蓮は別に気にしないけどなあ」

 

「アンタ達だけよ、それ。左慈や于吉はともかくとして、他の人間の印象はあんまりよくないみたいね。そりゃそうよ、ボク達はただの侍女だもん」

 

 

憮然とした表情の、憤慨一歩手前な自暴自棄の少女、詠。

熱を帯びていくその弁を、一刀と月は外から見守っていた。微妙な表情で。

 

 

「詠ってさ、自傷癖でもあるの?」

 

「詠ちゃんは頑張り屋さんですから、それが空回るとああなっちゃうんです……」

 

「……なるほど」

 

「へ、変な娘とか思わないで上げてくださいね……?」

 

「思わない思わない。ユニークだとは思うけど」

 

「……ゆにーく?」

 

 

首を傾げる月に、笑って誤魔化す一刀。

詠を見るその瞳は、まるで娘を微笑ましく見守る父親を連想させるものだった。

 

まあ、先刻の状況だけ見れば、家庭内暴力を受け掛けている哀れな父親、もしくは兄だが。

 

 

ふむ、と一刀は考える。

 

もし自分達の立場上の遠慮しかないのなら無論ここは

引っ張ってでも宴に主賓として参加させるべきだろう。

 

しかし月は侍女の仕事を一生懸命にこなそうと頑張っている。もちろん、詠もだ。

 

そして仕事をするその表情はどこか楽しそうにも見える。

 

少なくとも、ただ遠慮だけで侍女の仕事をこなし、宴に主賓として参加していないわけではなさそうだ。

 

なら、今言えることはただ一つ。

 

 

「……まあ、働き過ぎない程度にな。もし疲れたりしたら遠慮なく宴の席で休むといいよ、誰も文句は言わない。というか言わせない」

 

「あ、ありがとうございます……へうぅ……」

 

 

またお礼を言われた、と思ったがここは素直に受け取っておこうと思う。

なんとなく、月みたいなタイプの娘は礼や謝罪を拒否されると、それはそれで凹んでしまう気がした。

 

とにかくひとつ言える真実は、ペコリとお辞儀をし、顔を上げはにかんだ月が可愛かったということだけだ。

 

今度は再びのお辞儀の後に一言、失礼します、と残し、月は厨房の方向へと歩いて行った。

 

何と言うか、良かった。月の仕事を奪うことにならなくて。

ついでに言えば、笑顔を見れて良かった。ある意味、はにかみ笑顔は反則だ。

 

 

「……ちょっと意外だったわ」

 

 

正気(?)に戻った詠が一刀と隣でポツリと呟く。

 

 

「なにが?」

 

「アンタ、なんとなくだけど月を強引にでも宴に引っ張って行きそうだったから」

 

「強引なのは流石にね。月、頑張ってたからさ」

 

「ふ~ん……でも正解よ。ボクはともかく、月はあれでも必至なのよ。居場所を手に入れる為にね」

 

「居場所……」

 

「そう、居場所。アンタや公孫賛がどう思っていようと、現実的に必要のない人間は淘汰されていくものよ。だからあの娘は頑張る、居場所を得る為に。必要とされる為に。……もちろん、それだけじゃないけど」

 

 

――命を拾ってもらった恩を返したいと思うのは、ボクも月も同じだし――

 

 

どことなく独り言のようなその言葉。

聞かせるつもりは無かったのかもしれない。つい口に出してしまったのかもしれない。

 

 

だって詠の顔、真っ赤だもん。例えるならハバネロ的な赤。怒ってはいないけど。

 

 

そして北郷一刀は思う。本当に、助けることが出来て良かった、と。

彼女達の、彼女達らしからぬ、それでいて彼女達らしい一面を見れたことも、本当に。

 

 

「まあ、アンタが月の仕事奪うつもりだったら、問答無用で皿を投げてたけど」

 

 

――うん。本当に良かったと心の底から思った。

 

 

 

 

 

 

 

月、詠と廊下で別れ、やっと宴の行われている城内の庭に辿りつく。

 

城の皆が思い思いの席に座り談笑している中、一際離れた席に座る四人がいた。

 

 

「あ、一刀さん。おはようございます」

 

「今は夜ですが、寝起きの北郷殿には適切な挨拶ですね」

 

「殿」

 

「……」

 

 

左慈、于吉、舞流、燕璃の四人だった。

 

 

「んー、おはよう。いや寝過ごしちゃってさ」

 

 

近付いて行き、片手を上げて挨拶をする一刀。見れば席がひとつだけ余っていた。

 

無言で席を進める三人。それじゃあ、と断り、一刀は空いていた席に着いた。

 

ちなみに、なぜ席を進めたのが四人ではなく三人なのかと言うと。

 

 

「……」

 

 

燕璃さんが絶賛、卓に突っ伏しているからである。

 

失礼とは思いながらも、それを指差しながら尋ねる。

 

 

「どうしたんだ、これ」

 

「いやその、実はですね。燕璃さん、もの凄くお酒に弱かったらしくて」

 

「つい私が酒の飲み比べを提案してしまいましてね。というより本人も自分が酒に弱いことを知らなかったようなのですが」

 

「拙者は止めておいた方がいい、と忠告をしたのですが……」

 

 

三者三様の話を聞きながら、一刀は突っ伏したままの燕璃に顔を近づけていく。

 

そして――

 

 

「……」

 

「……あ」

 

 

凄く自然な動作で機敏に顔を上げた燕璃と眼が合った。

 

焦点の合っていない、どこか濁った瞳。完全に酔っていた。

 

もっとも、既に顔の色が真っ赤なのだが。しかも耳まで。

 

 

「おい、北郷」

 

「は、はい」

 

 

酔っているのは確定事項だというのに普段と変わらず至極冷静な声。

 

なんだか怒られているような気がして、一刀は反射的に身を竦ませた。

 

……いや待て。え?今この娘、『おい、北郷』って言った?

 

 

「駄メガネはどこだ」

 

「……はい?」

 

 

その口から語られた言葉は、冷静であったが冷静で無く。

端的に言うなら、意味が分からない、だった。とはいえ少し考える。

 

駄メガネ……駄メガネ……。

自然と、一同の顔が于吉へと向けられた。

 

それに釣られるかのように、燕璃の微妙に焦点が合っていない瞳もそっちへ。

 

刹那――

 

 

 

「速く酒持って来んか―い!!!!!!!」

 

 

 

轟く咆哮。

在り得ないというか、想像だにしなかった状況が目の前にあった。

 

燕璃が片足を卓の上に乗っけた、というより卓を片足で踏みつけたのだ。

 

ダンッという音と衝撃。

それと共に宙に舞った料理を、皿や容器ごと全てキャッチした左慈と舞流には勲功章ものの賛辞を贈りたい。

 

おかげで料理は無事だった。

 

 

食べ物を粗末にしてはいけません。

 

 

そんな常識を思いながら、一刀は豹変した燕璃をまじまじと見つめる。

 

スカートじゃ無くてアオザイで良かったね、と結構本気で安堵しながら。

 

 

もう一度言うが、燕璃の顔は真っ赤である。耳まで真っ赤である。

 

 

まるで啖呵を切る姐さんのような格好で

焦点が合っていないにも拘らず、その眼は完全に于吉を捉えているようだった。

 

 

……なんだろう。驚きに声を上げたいのは山々なのだが。

声を上げたら最後、こっちにターゲットが移る気がして怖い。

 

というか多分、声を上げた人が殺られる、うん。

流石にこの場には幸いにも空気を読めない馬鹿はいないようで、誰も声を上げなかった。

 

 

「酒はあなたが全て飲んでしまったのでありませんよ。まったく、どれだけ飲めば気が済むのですか?」

 

 

馬鹿がいたー!!!!

メガネキャラなのにこいつ馬鹿だったー!!!!

 

 

左慈を見れば、既に肩を竦めて諦めの表情。

舞流はキャッチした料理を口に運んで――って食ってるぅ!?

 

 

どんだけ器用なんだ!そしてどんだけ貪欲なんだこの娘は!

 

 

最後に燕璃を見ると、その瞳が爛々と輝いた。

まるで肉食獣が獲物を見つけた時のように。あれ(・・)のモノアイみたいだ。

 

 

「だ~か~ら~……酒を持ってこーい!!!!!」

 

 

燕璃が卓を踏み台に宙を舞った。

そして襲いかかろうとする標的は無論、于吉だ。

 

 

「ふっ……」

 

 

宙から落下してくる燕璃の飛び蹴りを鼻で笑って避けた于吉は、バク転で距離を取る。

 

 

……なんだこれ。

ここは宴の席であって、闘技場とかではない。改めて言うことじゃないけど。

 

 

「避けんなあ!」

 

「避けなければ私、多分大怪我を負いますので」

 

「負え!」

 

「……まったく、理不尽な方だ」

 

「酒ー!!!」

 

 

いつぞや暴走した星以上のキャラ崩壊ぶりを見せ付けたまま、燕璃と于吉は二人仲良く追いかけっこを開始した。

 

どうやら燕璃は酒乱だったらしい。しかもキャラが崩壊するほどの。

 

 

「……燕璃に五十」

 

「それじゃあ僕は于吉君に五十で。勝率は低いですけど、そうでもしないと成立しませんから」

 

 

以心伝心な冗談を言い合い、一刀と左慈は互いに苦笑いを浮かべる。

そんな状況下でも、舞流は一切ブレずに食事を続け、ハムスターみたいになっていた。

 

 

カタン、カタン、と音を立てて左慈の手から料理が卓の上に戻される。

 

全ての料理を戻し終わると、左慈は席を立った。

 

 

「それじゃあ僕はあの二人の様子を見てきます。多分、誰かが止めないと止まりませんから」

 

「左慈……」

 

 

どこか死地に赴く様な左慈の様子に、一刀は心配そうな顔を向ける。

 

それを見て、左慈は笑った。

 

 

「大丈夫ですよ、一刀さん。僕、この件が片付いたら自分の部隊を作る仕事があるんですから」

 

 

そう言い残して、左慈は走り去って行った。止める間もなく。

 

 

ちょっと待ってー!!それ駄目なやつ!駄目なやつだから!

 

 

制止も虚しく、左慈の姿は于吉と燕璃が去って行った廊下へと消えていった。

 

辺りには宴の喧騒と、舞流が食事を続ける咀嚼音だけが響いている。

 

 

「いやまあ、左慈なら大丈夫か」

 

 

もうそう結論付けることにした。

流石にあんな混沌(カオス)な状況に足を踏み入れる勇気は無い。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

はい、お粗末さまでした。

 

 

「――って完食!?」

 

 

今日何度目の驚きとツッコミか分からないが、取り敢えず言ってみた。

舞流は自分のキャッチしていた料理と、左慈の置いた料理を全て平らげていた。

 

文字通り、完食だった。

 

 

「どういう食べ方をすればこうなるんだ……?」

 

「申し訳ありません、殿。拙者も少し食べすぎたかな、と」

 

「……まあいいか。そういや舞流は燕璃が酒飲むとああなること知ってたのか?」

 

「はい。拙者が以前見た時はあそこまでではなかったと思うのですが、とにかく燕璃は酒に弱いのです。確か、料理用の酒すら数滴口に含んだだけで酔ったこともあった気が……」

 

「そりゃ筋金入りだな」

 

「普段が普段ですからね、燕璃は。誰に対してもどこか構えて日々を過ごしているので、鬱憤が溜まっているのかもしれません」

 

「燕璃の言うことって真っ直ぐだからな。真っ直ぐ過ぎて時々刃物だけど」

 

「ふふっ、そうですね。ですが殿や大殿、仲間達と接することで徐々にその頑なさも解けていっている気がします」

 

「ん、そっか。そういや舞流は燕璃と付き合いが長いんだよな」

 

「はい。燕璃とは涼州にいた頃からですから、幼少期からの付き合いですね。なので、と――いえ、月のことも知っているのですが、あちらは拙者のことを覚えていなかったようです」

 

「幼少期か……なんか興味あるな、舞流とか燕璃の小さい頃って」

 

 

それを聞いた舞流が照れくさそうに頬を掻く。

 

 

「い、いえ、話すほどの事では。ですが、そうですね……私はともかく燕璃は昔からあのような性格ではなかった」

 

「……?」

 

「誰の記憶にも残らぬ小さな出来事。それがあの娘の――いえ、これは本人以外が口にするべきではありませんね」

 

「なんか、凄い気になるところで話を切るな」

 

「申し訳ありません、殿。ですがここから先は燕璃本人にお聞きください。もし燕璃が殿に心を開く時が来るのなら、その時は話してもらえるかと思います」

 

「……そうだな、こういう繊細な話は本人から聞いた方が良いよな、うん」

 

「ありがとうございます。あの娘はあれで人一倍寂しがりやな娘です。姉分の拙者では立ち入れぬ領分もある――いえ、姉分だからこそ立ち入ってはならぬ領分があるのです」

 

 

真剣な舞流の表情。真っ直ぐな瞳。なにより話の内容。

 

それを見て、聞いて、蔑ろに出来る人間はいないだろう。

 

それほどまでに舞流の訴えは真摯で、暖かだった。

 

 

「普段は燕璃がお姉さんっぽいけど、なんか今は舞流がお姉さんみたいだな」

 

「……?ええ、燕璃がどう思っているかはともかくとして、昔から拙者はあの娘の姉分ですから。実際、年齢も上ですし」

 

 

 

……え?今なんて?

 

 

 

「いえ、ですから拙者の方が燕璃よりも歳を――」

 

「マジで!?」

 

「まじ……とは?」

 

「ホントに!?って意味」

 

「天には色々な言葉があるのですね。はい、本当です。確か二つ三つ上だったかと」

 

 

これには結構驚いた。

 

舞流と燕璃。身長差はあるものの普段の振る舞いは確実に燕璃がお姉さんだと語っている。

 

しかしどうやら現実は違ったらしい。

あれか、少し抜けたところのあるお姉さんをフォローする妹分だったってことか、燕璃は。

 

――ってあれ?ちょっと待った。

 

自分の考えの中に出てきたワード『普段の振る舞い』という言葉に、一刀は引っ掛かりを覚えた。

 

 

何気なく舞流を見る。

向けられた視線の意図が分からないのか、首を傾ける舞流。

 

うん、違う。なんか違う。明確には限定できないけどなんか違う気がする。

『普段』の彼女と。普段の彼女はもっとこう……天然というか、底抜けに明るいというか。

 

 

「なあ、舞流」

 

「なんでしょうか、殿」

 

「もしかして――酔ってる?」

 

 

一刀が指摘した通り、舞流の顔はほんのり紅く染まっていた。

 

しばらく逡巡した後に、舞流はコクン、と小動物のように頷いた。

 

 

「拙者もそれほど酒に強いわけではないので。ですが宴の空気に乗せられて少し多めに量を飲んでいるものですから。殿の言う通り、多分酔っています」

 

 

分かった。意図せずして分かった。完全に酔ってる。

だって一人称が『某』じゃなくて『拙者』だし。語尾の『ござる』が消えてるし。

 

今は降ろしている長い茶髪が黒で、しかもサイドポニーなら、まるで愛紗だ。

 

そう思ってしまうぐらいに、普段の天然っぷりが身を潜めていた。

 

 

「……世の中には不思議な事があるもんだ」

 

 

どこか遠くを見ながら、そう思った。

もしかしたら、普段も酔わせておいて方がいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

運ばれて来た料理を再び夢中で平らげ始めた舞流を置いて、一刀は再び宴の席を回り始めていた。

 

そこまで高価な食材を使っているわけでもなし。

 

というか舞流本人のせいで食材のグレードが一段階下がっている筈なのだが

皆は楽しく美味しそうに食事をしていた。もちろん、舞流は言わずもがなである。

 

文官の人達やその他の卓をそこそこ回り

やっと一刀が行き着いた先の卓には雛里、華雄、そして白蓮の三人が座っていた。

 

 

「おー!かずとー飲んでるかあ~」

 

 

酔っ払いが約一名。

他二人は素面らしい。雛里と華雄は静かに一礼を返してくれた。

 

手を上げて断りを入れ、空いていた椅子に座る。

どうやら雛里が飲んでいるのは、お茶。華雄は普通に酒を飲んでいるようだった。

 

 

「あれ?星はいないのか」

 

「なんだよ~私達より星のほうがいいのかよ~」

 

「いや、別にそういうわけじゃないよ。ちょっと気になっただけ」

 

「あいつは……いいんだよ」

 

「……?」

 

 

少しだけ変わった白蓮の声色に違和感を感じた一刀は、そのことについて尋ねようとした。

 

しかし、白蓮はまるでそれを意図的に遮るかのように、明後日の方を向いてしまった。

 

話し掛けるな、追求するな、と言わんばかりの行動に首を傾げた一刀。

 

仕方なく白蓮から視線を外して、華雄と雛里に向き直った。

 

 

「華雄は酒、強いのか?」

 

「伊達に戦経験があるわけではないからな。量を飲んでいれば、自然と強くなるものだ」

 

「華雄さんの戦のお話、参考になります……」

 

 

ふわり、と柔和な微笑みを浮かべる雛里。

男女問わず人見知りの激しい雛里にしてはやっぱり珍しい。

 

これは本当にもしかするともしかするかもしれないな。

戦の時とか、雛里と華雄をセットで運用出来ればいいんだけど、と一刀は一人思案する。

 

しかし残念ながら、公孫賛軍に軍師は雛里一人しかいない。

 

燕璃はどちらかといえば軍師のワンランク下、将参謀ぐらいのポジションだ。

 

内政、戦略、戦術、全てを人並みには出来るが、あくまでそれは人並み。

 

全て平均値に過ぎない。……いやまあ俺からしてみれば充分凄いんだけど。

 

 

「どうした北郷殿。なにを考えているか知らないが、随分と辛気臭い顔をしているぞ?」

 

 

心配したのか、華雄が一刀に声を掛ける。

 

 

「そんな顔してた?」

 

「ああ、言うべきことではないかもしれんが、酒が不味くなる顔だ。なあ、雛里」

 

「あはは……酒のことはともかく、暗いお顔です」

 

「ご、ごめん。そんなつもりは無かったんだけど」

 

「ふ……北郷殿はおかしな御仁だな」

 

 

頭を掻きながら謝る様子に、華雄がクスッと笑みを漏らす。

 

その笑みを見て、キョトンとした表情を浮かべた一刀。さらに華雄の笑みは濃くなった。

 

 

「普通、人の上に立つとなれば少しは不遜になるだろう。だが北郷殿はそんな様子は微塵も無い。それどころか立場が下の、しかも新参の私に謝るときた。それをおかしいと言わずして何と言う」

 

「や、俺はあんまり立場がどうこうって考えたことないからさ。こういうこと言うと大抵、燕璃に怒られるんだけどな」

 

「それに慣れてしまったので、私はおかしいとは感じませんけど……未だに不思議ではあります」

 

「う~ん……というかさ、俺の立場って曖昧じゃん。武官でも無し、文官でも無し、天の御遣いっていう役職が在るわけでも無し。そんな人間に立場が上も何も無い気はするけど」

 

「それじゃ~つくるか~?」

 

「……はい?」

 

 

頬がほんのり紅く染まって、絶賛ほろ酔い気分な白蓮が杯を片手に間延びした声を上げる。

 

華雄は訝しげな顔をし、雛里は呆気に取られ、一刀は口から疑問符が出る始末だった。

 

 

「いや、だからさ~天の御遣いっていう役職をさ~」

 

「うん、まあ仮りに作ったとして、それってどういう役職なんだ?」

 

「武官の仕事とか文官の仕事とか私の仕事とか、その他諸々全部」

 

「過労死!それ過労死するから!」

 

 

そんなブラック企業さながらの役職は嫌だ。

 

 

「だ~ってさ~かずとのほうが私よりぜったい優秀だしさ~」

 

「そうなのか?」

 

 

華雄が雛里と一刀に真偽を尋ねる。

 

 

「どうでしょう……いえ、総合的に見て少しだけ白蓮様の方が上だと思います。あ、別に一刀様が優秀じゃ無いって言ってるわけじゃ無くて……あわわ」

 

「少しだけってことはないだろ?白蓮は明らかに俺より優秀だって。唯一勝てるとすればそうだな……個人戦くらいかな。集団指揮とかじゃ絶対負けてるし」

 

「そんなことないだろ~?……いっそ、一刀が……」

 

「え?」

 

 

間延びした声の後に続いた小さな呟き。

それは明確な意味を持つ言葉になる前に消えていった。

 

聞き返した一刀に曖昧な笑いを向け、白蓮は杯を煽る。

 

頬に少し紅色が挿しながらも冷静な流し眼で白蓮を見る華雄。

そして複雑そうな表情を浮かべたまま視線を落とした雛里の様子に気付かないまま。

 

 

 

 

 

 

華雄、雛里、白蓮としばらくの間雑談していた(約一名はかなり早い段階で潰れた)一刀だったが、少し用事を思い出した、と断って宴の席を中座して来ていた。

 

 

そして何故か彼は今、街の外にいる。

厳密に言えば、街から少し離れた場所にある小さな森の中に。

 

 

ふと視線を下に落とすと、そこには小枝で造られた記号のようなものが。

それを見て少し考え、少しの間の後に苦笑した一刀は森の中を真っ直ぐ進んで行く。

 

 

 

歩を進めていくと、水の流れる音が聞こえてきた。

少量の水が緩やかに流れていく、静かな夜に映える音。

 

そのまま、茂みを掻き分け先に進むと、少しだけ開けた空間に出る。

 

そこにあったのは小川。そして――

 

 

 

「おや、見つかってしまいましたか」

 

 

月明かりに照らされた空間、そこに座る白い少女。

岩の上に腰掛けながら優雅に、それでいて悪戯っぽく微笑む星がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、『見つかってしまいましたか』も何もないだろ?」

 

「はっはっは、それでも少し頭を使わなければここまでは辿りつけますまい。なにせそういう風に細工をしておいたのですから。それで……見つかったのは目当ての相手でしたかな?」

 

「ああ、目当ても目当て。……宴の中に一人だけ姿の見えないのがいれば心配もするだろ」

 

 

 

その答えに満足そうに頬を緩めた星。

しかしその表情はすぐに、少しだけ寂しげなものに変わった。

 

 

「ですが……残念ながら、少しだけ手遅れでした」

 

「え?もしかして」

 

 

一刀は星が手に持つ酒瓶と杯を見る。

星は微笑し、その両方を逆さにした。当然、一滴の雫も地面には落ちなかった。

 

 

「ええ、ちびちびとやってはいたのですが……一刀殿が来る少し前にとうとう切れてしまいまして。いい気分だったのですが――」

 

「そんな事だろうと思ったよ。俺だって星が一瓶だけで足りると思ってなかったからね。はい、これ」

 

 

星の言葉を遮って、後ろ手に回した手を突き出す一刀。

 

その手には一瓶の酒と、杯が一つだけ握られていた。

 

 

「それは……」

 

「星の保管してる酒がどれか分かんなかったからさ、俺が前に街で買った酒持って来たんだ。味は違うかもしんないけど、これも悪くないと思うぞ?」

 

 

酒家のおっちゃんのお墨付きだし、と続ける一刀を星は呆然と見つめていたが、やがて一転、穏やかな笑みを零した。

 

 

「……何故でしょうな」

 

「うん?」

 

「不思議と、一刀殿が私を見つけ、酒を持ってくることに期待し、それを疑わなかった自分がいるのですよ」

 

 

夢見心地のような穏やかな表情で、星は静かに言葉を紡いだ。

 

それを聞いて、一刀は苦笑する。

 

 

「なんだそれ、星って預言者か何かだっけ?」

 

「もしかしたら、そうかもしれませぬな」

 

「はは、否定しないのかよ。それで、相手はしてくれるのかな?」

 

「ふふ、折角の誘いに折角の酒。私が断る理由があると?」

 

 

微笑みながら告げられたそれを肯定と受け取った一刀は、星が腰を降ろしていた岩に、背中合わせで腰を降ろした。

 

なんとか、密着させないように気を配りながら。

 

 

 

 

風の音と川の音しか聞こえない夜の静かな喧騒の中に、トクトクトクという音が混じる。

 

星に酌をし、星から酌を受けた一刀。二人は空に軽く杯を掲げ、一気に煽った。

 

 

すぐに呑むことはせず、口腔内の酒の味、風味を愉しむ。

 

 

「へえ……おっちゃんのお墨付きも馬鹿に出来ないな。うん、結構美味しい」

 

 

先に口を開いたのは一刀。空いた杯を眺めながら、呑気に酒への評価を口にする。

 

それを聞いた星は、ふふっ、と可笑しそうに、愉しそうな笑いを零した。

 

 

「それにしても、私が思っていたより早く、ここを見つけましたな」

 

「え?さっき俺が見つけるのを待ってた、みたいなこと言ってなかったけ」

 

「ええ、しかしその甲斐無く酒が切れ、城に戻る道中にて一刀殿と鉢合わせ。その後に城へ戻り、二人で飲み直す、という展開を考えていたのですよ、最初は。自分で用意しておいて、さすがにどうかと思いましたからな。小枝で作っただけの、あの道標は」

 

「確かに。普通に考えたら分かんないよ、あんなの。でも、なんでだろう――星がここにいる気がしたんだ」

 

「……一刀殿こそ、預言者か何かか?」

 

「ホントにな。俺も何言ってんだか」

 

 

会話の最中、酒が注がれた杯を口に持っていく。少しだけ飲んで、ひとつ息を吐いた。

 

不意に少しの重みと温もりが、背中に伝わるのを感じた。

 

一瞬後に、それが星の背中だと気付いてドキリとする。

 

 

「……大きいですな、一刀殿の背は」

 

「ん……そう?」

 

「ええ。少なくとも、私が寄り掛かっていられるくらいは」

 

 

背中に感じる温もりと、星の台詞に気恥ずかしくなって頬を掻く。

 

 

「さ、一献」

 

「ありがとう、いただくよ」

 

 

まだ残っていた酒を飲み干し、空いた杯を星に差し出す。

満足気に笑んだ星は、流れるような所作で酒を注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの間、他愛ない話を続ける。

初めて会った時の話や、星の旅の話、現代……天の世界の話や、仲間の話。

その間も空に浮かぶ満月は変わらず静かに、蒼い光を放ち続ける。

 

 

 

「星ってさ、どうして白蓮の客将になろうと思ったんだ?」

 

 

不意に、一刀が尋ねた。

そろそろ話のネタも尽きかけていた頃、一刀としては最後のネタ振りだった。

 

 

「そうですな……色々とありますが、まあ最大の理由は『放っておけなかった』。これに尽きますか」

 

「また単純な。 どの辺が?」

 

「全てにおいて、ですよ。特筆すべき武があるわけではない。特筆すべき智があるわけでもない。人を上手く使えるわけでもない。人から特別好かれるわけでもない。全てが普通で、要領が悪い。だが――」

 

 

一刀は星の言葉を黙って聞いていた。

普通に聞けば、対象を貶しているように聞こえるのかもしれない。

 

だが、その声はどこまでも温かさに満ちていた。だからこそ、安心して言葉の続きを待つ。

 

 

「――それ故に一生懸命だ。自分に出来る範囲で、自分に出来る最善の事をする。それはおそらく、自分(こうそんさん)という器を知っているからなのでしょう。自分の器の小ささ、自分の出来る限界を知りながらも、卑屈ながらも、躓きながらも、転びながらも、白蓮殿は白蓮殿(じぶん)で在り続ける。それが、そんな不器用なところが、放っておけなかった。ただ、それだけのことですよ」

 

 

「……そっか。そりゃあ放っておけないな」

 

「ええ、本当に」

 

 

その“放っておけない”が続いて、星は白蓮の客将になり、友になったのだろう。

 

 

それは多分、白蓮の持つ“普通さ”と。

星の持つ“少し素直じゃないお節介”が重なった結果なんだ、と一刀は思った。

 

 

 

 

 

星が酒を飲み、吐息を吐いたのが微かに聞こえた。

 

 

「ふむ、この酒も中々……私の飲んでいたものには劣りますがな」

 

「んじゃ今度はそっちの酒飲ませてよ」

 

「ええ、今度」

 

「ああ、今度な」

 

 

 

 

――沈黙。

ああ、話すネタがお互いに尽きたな、と静かに眼を瞑る一刀。その矢先に――

 

 

 

「――私は、幽州を離れようと思います」

 

 

 

星の唐突な言葉が告げられた。

不思議と穏やかな心中に、少し安心する。

 

 

「そっか」

 

「おや、思ったより軽い反応ですな。もう少し大仰な反応を期待していたのですが」

 

「まあ、驚きはしたけどね。そんな前触れはあったし」

 

 

その殆どが今日の一日。

滅多にしない仕事をきちんとこなした時点でおかしいとは思った。

 

まあ、厳密にいえばそれが当たり前なのだろうけど。

 

 

もしかしたら、という予感はこの小さな宴で確信に変わって行った。

 

そして、分かってもいた。

気侭な猫、気侭な風を留めておくことは、何人にも出来ないということを。

 

 

「……理由だけ、聞いてもいい?」

 

「無論。でなければ一刀殿をお呼びした意味がありませんからな」

 

「やっぱりか、んじゃ聞くとしましょうかね。酒の肴にでも」

 

「なに、単純な話、『本当の主』を探す旅に出るだけですよ」

 

 

本当の主。それは

 

 

「前にも聞いたけどさ、それって白蓮じゃ駄目なのか?」

 

「それを見極める為にも、ここに留まっておりましたが、分かったのは“分からない”ということだけでしたからな」

 

「……」

 

「反董卓連合軍。あの連合には数多くの英傑達が犇めいていた。それが私の心を動かしたのですよ。再び旅に出て、その多くを見極めたいと」

 

「それじゃ、白蓮は見極め終わったのか」

 

「いえ、白蓮殿の底は未だ見えない。本人も、それこそ周囲の人間は気付いていないかもしれませぬがな。故に、続けるとキリがない」

 

「だから、か。……当面の目的地とか決まってるのか?」

 

「取り敢えず、南へ。冀州を通り過ぎ、まずは曹操殿の領でも見て来ようかと」

 

「曹操か。星を取られる確率、大きいな」

 

「ふっ、私は才の優劣だけで主を決めようなどとは思いませぬよ。曹操殿は確かに優秀だろうが、性格や性癖に難有りと見た」

 

 

あながち間違って無いだけに否定しづらい。

あそこは間違いなく百合の花が咲いている陣営だからなあ、と洛陽でのことを思い出す。

 

一刀は曖昧な笑いで場を誤魔化し、尋ねる。

 

 

「いつ、出て行くんだ?」

 

「明朝、出来るだけ早くに」

 

「えらく急だな。んじゃ酒なんか飲んでる場合じゃないだろうに」

 

 

そうは言っても、それほど驚きはしなかった。

星の性格上、その直前に俺をここに招待したもの珍しいくらいだ。

 

 

「それとこれとは話が別。なに、心配せずとも明日から数日分の仕事は既に片付けてありますよ。おそらく、引き継ぎなども燕璃や雛里が滞りなくやってくれるでしょう」

 

「だろうな。うん、それは助かるよ」

 

 

意図的に話を簡潔に切る。

この時を少しでも愉しんでいたいだけなのかもしれないが。

 

 

それくらいの我が儘は許されるとは思う。

なにせ一番我が儘なのは、背に密着している気まぐれさんなのだから。

 

 

「……一刀殿は」

 

 

不意に、今までとは少し違う声のトーンで星が言葉を発した。

 

 

「え?」

 

「一刀殿は、何か私に言っておくことはありますか?」

 

 

少しの、沈黙。

 

 

「……んじゃ、ひとつだけ」

 

「……」

 

 

黙って耳を傾ける星。

そんな、変に律儀な様子に少しだけ苦笑しながら、俺は言った。

 

 

 

「道中、気を付けてな」

 

 

 

そんな単純な言葉を。

 

今の俺に言えるのは、そんな当たり障りのない言葉だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

聞こえてくるのは川の音と風の音。

自分と星の呼吸音すら聞こえない。

 

 

 

「一刀殿――」

 

 

 

静寂が破られた。星の方から。

 

 

その声が、こちらを呼ぶような、背を向けた人間を呼ぶような声だったからだろうか。

 

何の気なしに、振り向いた。

 

 

 

「――!」

 

 

 

唇に、唇が、当たった。

 

誰の唇が、誰の唇に?

そんな単純な事、分かってはいる筈なのに、脳が上手く、機能していないみたいだ。

 

長い、長い、口づけ。接吻、キス。

 

意識していないのに、本能的に、舌が動いた。

自分の唇に当たったまま動かない、誰か(しょうじょ)の唇に、舌が触れる――と

 

 

 

「――っ!?」

 

 

 

瞬間、凄い勢いで唇が、顔が、離れていった。

残されたのは、ふわふわした感覚と唇に残った感覚、そして所在な下げに伸ばされた舌。

 

ちょうど今は星の後頭部を見ている状態なのだが、首筋が少し赤く染まっていた。

 

酒の所為か?と思った。しかし冷静に考えてみる、そしてひとつの答えに行き着いた。

 

 

「なあ、星ってもしかして――初めて?」

 

 

あ、ちょっと反応した。

間違いない。この反応は、初めての人の反応だ。……多分。自信ないけど。

 

 

「は、初めての人間相手に何をしようとしたっ!」

 

 

あ、認めた。

そして口調がちょっと乱暴に。怒っているわけではないようだけど。

 

 

「や、ごめん。なんか自動的に」

 

「自動的に舌が動くか!まったく……一刀殿は真正の……ぶつぶつ」

 

 

ぶつぶつと独り言を呟き始める星。

なんだろうな、もの凄く暴言的な言葉を吐かれている気がする。

 

 

 

「……吃驚したのはこっちもだけどな」

 

 

と一刀はやんわり抗議した。

抗議はしたが、別に嫌だった訳じゃない。むしろ、うん、嬉しかった。

 

やはり、しばらく沈黙が続く。

 

なんとなく、顔を、視線を元に戻した。

天の月を見上げる。変わらず、月は光を放ち続けている。

 

 

 

 

――まるで、あの時のように――

 

 

 

 

「――え?」

 

 

何かが聞こえた気がして、つい声を上げてしまう。

それが合図だったのか、たまたまそのタイミングだったのかは分からない。

 

 

 

 

 

 

「――大切なものを多く置いて行けば、また取りに戻って来るやもしれませぬからな」

 

 

 

 

 

唐突に、星が穏やかな声色で、そう言った。

それは穏やかなれど、一刀を振り向かせないだけの圧を持っていた。

 

何かの言い訳とも、真実とも取れるその言葉。

その言葉に込められた意図や想いを完全には把握できない。

 

 

でも、一刀はその言葉を信じようと思った。

明確な理由は無いけれど。それは、紛れもない星の本心から出た言葉だったろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、事はそう感動的には運ばない。そうは問屋が降ろさないとはよく言ったものだ、と正直感心し、正直呆れる。

 

あそこで終わってれば綺麗だったのになあ、と一刀は誰とも無しに抗議してみる。

 

無論、聞き届ける人間は一人もいない。

 

 

 

今の状況を端的に説明するなら、一刀は城へ戻ってきていた。

その背に、すやすやと寝息を立てる星を背負って。

 

 

「なんであのタイミングで寝るんだよ……」

 

 

星の部屋の扉を開けながら思う。

 

 

大切な言葉を言い終わった直後、唐突に背にもたれ掛かる重さが増えた。

不思議に思って声を掛けるも、返事がない。というか、反応すら無かった。

 

まさか急性アルコール中毒か!?と泡を食って、確認したところ。

 

 

すごく気持ちよさそうに、すやすやと夢の世界へとインしていました。

辺りの静けさとかムードとか関係無しに

 

 

「寝オチ!?」

 

 

と叫んでしまった俺に罪は無いだろう。無い筈だ。無いです三段活用。

 

 

それでも起きなかった星には正直脱帽ものだったが。

 

 

「……失礼しま~す」

 

 

一応、未だ絶賛睡眠中の、部屋の主に断りを入れて部屋に入る。起きる気配は微塵も無い。

 

 

片付けられた部屋。

旅用の荷物が寝床の脇に立て掛けられているのを見て、少しだけ自分の心が痛むのを感じた。

 

 

そりゃあ、正直言えば行ってほしくないさ。

でも多分、白蓮は気付いている。星が出て行こうとしている事に。

 

 

それを黙認しているのだ。だから多分、この件に俺の出る幕は無いのだろう。

 

 

そんな中で、出ていくことを告げられたのは嬉しくもあり、辛くもあった。

 

 

分かっている。自分の出来ることと出来ないことぐらい。

 

少なくとも、今の俺には星を止める事は出来ない。俺は、無力だった。

 

 

 

 

 

――んなことないだろ。お前(おれ)は星を――

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

俺ではない俺の声がした。

頭が少し痛んだが、やがて退いて行く。しかしそれでもまだ、ぼんやりとした頭。

 

 

 

 

(俺は今なにを……ああ、星を部屋に寝かしに来たんだっけ)

 

 

 

 

少しだけ何故か重くなった足取りで、星を寝床に寝かせる。

 

人一人分とはいえ女の子。充分背負える重さだった。

 

 

そして、思った。ああ、こんなにも軽いのか、と。

 

 

 

『明朝、出来るだけ早く――』

 

 

 

星の言葉を思い出し、なら俺は早々に退散したほうが良いな、と無理矢理結論付ける。

 

すやすやと寝息を立てる星の髪をそっと触る。

身動ぎひとつしない。鼻のところに手を持っていく。ちゃんと息はしているようだった。

 

 

「……行ってらっしゃい。気をつけろよ、星」

 

 

そんな単純な事に安堵し、苦笑しながら星に言葉を掛けた。

そのまま背を向け、部屋を――

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

出て行けなかった。

服の裾を、星の手が掴んでいた。

 

 

 

グッ、と。

ガッ、と。

ギュッ、と。

 

 

 

グイグイ、と引っ張るが、万力のような力で掴まれている為、脱出は不可能だった。

 

 

時間はもう遅く、酒も少なからず入っている。少し眠い。

だからだろう。なぜなら、それ以外に原因が考えられない。

 

 

「……まあ、いいか」

 

 

上着を脱ぐ、とかじゃなくて。

そんなアホみたいな、単純すぎる答えを導き出してしまったのは。

 

 

 

 

少し時間は経って、草木も眠る丑三つ時。

 

星の部屋では二人の人間が寝ていた。

 

一人は寝床に、言わずもがなの部屋の主、星。

そして寝床に寄り掛かってすやすやと寝息を立てるもう一人は無論、一刀だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眩しい光と、鳥の囀る声で眼を覚ます。

少しだけ痛む頭を軽く振りながら、薄らと眼を開けた。

 

 

ああ、そっか。俺、星の部屋でそのまま寝ちゃったのか。

 

 

一刀は、ぼんやりとした頭で現状を把握する。

不思議とそれが不味いことだとは思わなかった。

 

同時に、服の裾を握られていたことを思い出す。

まだ離してくれて無かったりして、と苦笑しながら振り向いた――

 

 

 

「……」

「……」

 

 

 

薄らと眼を開け、顔をこちらに向けていた星と、眼が合った。

 

おはよう、という一言が出てこない。

その原因は明確。単に、星の様子が少しおかしかったからに他ならない。

 

薄らと眼を開けていて、こちらを見ているにも拘らず、その焦点は合っていない。

どこか忙しなく動いていた星の瞳。その焦点が、ようやく合った。何かを、捉えた。

 

 

星の唇が、小さく動く。

ともすれば聞き取れないほどの小さな呟きだったのかもしれない。

 

 

だが、それは妙に大きく、部屋に響いた気がした。

 

 

 

 

 

「……あ、るじ?」

 

 

 

 

 

頭の痛みが、強くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 あとがき 】

 

 

 

一章の佳境は終了……かな?

相変わらず安定の白蓮は取り敢えず置いておいて下さい。

 

 

ぶっちゃけ言ってしまえば、ここまでは前座です。

黄巾の乱、反董卓連合と、ある程度原作通りに来たこの外史。この先はどうなるのでしょうね。

 

 

もしかすると、この話を読んで

 

「一刀が星に取られたー!!」

「白蓮√じゃないの!?」

 

と思う方もいるかもしれません。しかし、そうではないんです。

そしてこの話というかこの件は、このシナリオには必要不可欠だったパズルのピースです。

 

この外史自体の時系列がどの辺りにあるか、を考えて頂ければ、自ずと答えは見えて来るかと思います。一部の読者様方は気付いておられると思いますがね。

 

 

次の話は、この不可思議な状況の続きになります。

 

あるじ、と口にした星。痛む頭と謎の声。

これらは一体何を意味するのか。ご期待いただければな、と思います。

 

 

 

 

 


 
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