No.549513

四法の足跡・秘典 ~四法の夢~ 第五話 永遠の時の代償

VieMachineさん

『プレ』オープニング→ http://www.tinami.com/view/549450
第一話→ http://www.tinami.com/view/549455

第一部終わりです。とはいえ、第二部はもう15年書いてませんが(汗
これと、次の幕間で終了です。お目汚しでした。

続きを表示

2013-02-28 01:58:19 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:361   閲覧ユーザー数:361

 四法世界は混乱を極めた。誰かが混沌を世界に呼び込み、大量の獣や精霊が異形の者としてあふれ た。そんな時代の話。

 

 俺は幻獣だ。本来『忘れられし神』に使えるべき獣。でも友人との約束でここに残っている。この 世界の最後の幻獣として・・・

 俺、この世界ではシュリルフェン・トゥラームと名乗っている、は旅の万屋で、薬草から魔動法の かかった武器まで何でも取り扱う敏腕商人だ。

 連れの女性はノエル・イリハート。召喚士で唯一、俺を呼ぶことが出来る女性だ。彼女は 俺の司る言葉を知っている。

 黒い大剣が異形の者を貫いた。それが闇の獣となり彼の元の世界に返るのを確認すると、女性は再び夜の中を走り出した。闇に解ける黒い大剣が俺、俺を持つ女性がノエルだ。

 俺たちの戦いは続いている。相手はとても強い力を持った異形の者、それも異形の者を生み出せるほどの…。その異形の者…いや異形の者達に初めて会ったのは 4年前、今19歳のノエルが15歳になったばかりのころだった。その身は特に何の変わりもない…子供の姿をしていた。 忘れるわけがない。子供だった、ただその身に強い力を宿しただけの普通の子供達。 人間だった時の名はアルファルドとレオナリア。俺を召喚した大切な友の子孫だ。彼らは混沌に支配されたが、その呪縛を己の力で破り、自らの肉体が世界を混 沌に染めぬよう滅ぼした。つまり…自ら死を選んだ。しかし、彼らの中で短期間に力をつけた混沌は滅びた肉体を生かし続けた。異形の者としての生を与え た…。

 

「シュリル…しょうがなかった。あの子達の魂まで犯されなくて良かった…それは間違いなくシュリル、貴方のおかげよ。」

 

 この状態だと互いの心が筒抜けだ。わずかな不安でもノエルにもつたわってしまう。

 

「シュリルはすぐに行きたかったのに…私が弱かったから4年もかかってしまった。」

 

 あの頃のノエルはまだ、俺の力に頼らないと生き残れないほどの力しかなかった。でも、気力だけは人一倍強かった。決して努力を惜しまずくじけなかった。だから今は気力だけではない、俺と協力できるほどの剣の使い手となった。

 

「でも、逆に最近、召喚の力が失われていくがするの…。今は貴方だけ、私の心を感じてくれるのは…。貴方にあった頃に戻ったみたい…召喚がとても大変なの…。貴方の近くに余りにもいすぎるから他の獣達に嫌われたかな?」

 

 そんなことはなかったが…。俺と共に暮らした人々、フェルディ・アード、レティス・フィン・アリアレーナ、タークもルファも…。彼らは、召喚法、精霊法、神聖法の使い手だが、その能力が失われたことはなかった。

 

「何故かは分からない。でもね…今の私には鋼鉄の剣と貴方さえいればいい…。」

 

 ノエルはその言葉と共に、再び現れた異形の者を法の定めに戻した。俺の中で力のイメージが濃くなってきた。敵が近い。

 俺たちが彼らの居場所を知ったのは二日前、北方の街でのことだった。街にはほとんど人がいない。ただ年老いた者たちと無気力なものたちがその日を生きることすらも億劫そうに暮らしていただけだった。

 

「隣町から…人が消えた…皆消えてしまった…」

 

 翌朝、我々が見たのは鏡に映るその文字だった、挑戦状…そういうことなのだろうか。

 

『制御できぬ狂気が舞い降りる』

 

 隣町に駆けた俺たちが見たのは人気のない街路と門に打ち付けられた地図とその言葉。

 

『克服できぬ狂気が降り積もる』

 

 呼んでいるのだ、あの二人が。添えられた2つのサインが、見慣れた家名が…それを俺たちに伝えた。

 

「『制御と克服』…われら幻獣と『忘れられし神』がつかさどるもの…」

 

 俺のつぶやきとノエルが足を止めたのは同時だった。たどりついたのだ…。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 目的地は闇色の古城だった。この世界が王政で統一されていたのはおよそ2000年前、四法の研究が盛んで、今はその危険さゆえに改良された古い秘術が当たり前のように使われていた時代。 改良はより汎用的で繊細な力を四法に与えたが、威力と規模は失われた。

 この古城はその古い秘術で立てられたのだろう。2000年の風雨、天災はこの黒い城壁を傷つけることさえできていなかった。その城壁に白銀の串が刺さっている。 不可侵に近いこの壁にやすやすともぐりこんだその串には、一枚の紙がくくられていた。

 

『われは制御できず、克服を挫折に代える、存在ですらない紫の霧』

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 城門は開いていた。中には赤い絨毯が道のようにひかれ俺たちを誘っていた。視線を走らせる。その絨毯の先には閉ざされた鉄扉と二人の人影が立っていた。二人の混沌使い…

 

「ようこそ、シュリルフェン・トゥラーム。そして…姉さん。」

「?」

 

 俺は自らを人の形にしてその言葉を聞いた。ノエルが首をかしげる。

 

「じゃあ私は君の事を弟と呼ばせてもらおうかな、アルファルド。」

 

 ノエルと二人の子供達が笑う。俺には笑えなかった…悪い冗談だ…。

 

「嘘じゃないのよ、調べたんだから…。世代的には私はおばあちゃんになるんだけどね。」

「…。」

「本当だよ?まあ僕たちの家系と分かれたのは200年も前の話なんだけどね…驚いた?」

 

 そうか…。あのイリハート家だったのか…。俺にとってノエルの血筋なんてどうでも良かったから…気づかなかった。俺には彼女自身が必要なだけだったから。それに、お世辞にもノエルに四法の強い素質が…『希望』の子孫に与えられる強大な力があるとは思えなかったから。

 

(失礼しちゃうな…。)

 

 ノエルのつぶやきは確かに俺に響いた。始まる…。俺の全ての力を解放する強い意志が。彼女が血のにじむような努力と悲しい経験によって身に着けた強い意志が。俺の中に満ちる、俺の司る普段は抑えた一方の側面だけを強く引き出していく。世界を破壊に導く力。

 

(溶け込む…混ざっていく…法の束縛すら克服し…夢を現実にする力…全ての境界を越えていく…克服の…混沌の…)

 

 無音、もはやノエルが俺を召喚するのに声はいらない。そして、俺が持つ<技巧>を使うのにも…無音。召喚の力が弱まっているなんて嘘だ。今初めて、彼女の全てが召喚法の高みにある。

 

 

「まぁ、そんな話しても僕らの自己満足かな…じゃあ…」

「はじめましょうか…。」

 

 それは唐突に始まった。私とアルファルドの声が引き金となり、撃鉄が落ちた。

 私は彼の代わりに白銀の剣を振り、俺は漆黒の大剣をかざし、アルファルドは紫に染まった獣を剣に変え、レオナリアはその左手の先に狂った風を集めた。一瞬で四つの光が交錯する。

 私の体に伸びる剣、大振りでそれをはじく。そして止まらない。私はその勢いのままアルファルドに背を向けた。

 

「おどろいた?レオナ。見えているわよ、しっかりと…」

 

 レオナリアが彼女の肩に手をあて、切り裂こうとする寸前だった。そして俺の体が勝手に動く…。

 

「…アルフ、貴方の相手はシュリルよ。」

「そのようだな…」

 

 呟きながら剣を振りぬく。俺の剣はアルファルドの背中をかすめ、彼を振り向かせた。

 

「そんな顔してもダメ。私も二人相手はちょっと…ねぇ?」

 

 言ったのは私。アルファルドと背中合わせにレオナリアと戦う格好となった。俺も負けるわけにはいかない。大剣でアルファルドの体を薙ぐ。

 

「おっと…危ないなぁ。」

 

 なんて嫌な笑み。その声と共にアルファルドが宙に飛ぶ。剣先はその後ろで戦っている私へと…当たらない。

 

「ほんとに…危ないわよね。」

 

 俺は彼女の足を動かして、アルファルドを蹴り落とした。そう、私もまた宙を飛んでいる。いや、俺が飛ばしたのだ。俺の目の前には私の足が肩に たたきつけられているアルファルドと、左手を宙にかざしたレオナリアがいる。足が自然に滑った。私たちの下をくぐりぬけてレオナリアに切りつける。

 

「きゃ!」

「ぐっ!」

 

 前と後ろで同時に悲鳴が上がる。俺と私の位置は瞬時に入れ替わっていた。私はアルファルドを踏みつけるように着地し、俺の剣は飛び退いたレオナリアの左手を薄く切り裂いた。俺たちは互いに互いの相手から間合いを取る。

 

「兄さん!」

「くそ!聞いてないぞ!!何が起こってるんだよ!!避けられない攻撃を叩き込んでるはずなのに!」

 

 所詮、子供程度の理解力しかないのか…。さもありなん、彼らの本当の力は、彼らの魂と共にその体を離れたのだから…。知識だけで中身の伴わない彼らには私たちの<双身>の<技巧>は理解できないでしょう。

 

「何でだよ!克服…いや!混沌の獣。なぜ僕たちの前に立ちふさがる!?」

「お前が俺たちを呼んだんじゃないのか?」

「ぐっ!!どうせ呼ばなくたって俺たちの前に現れたんだろ!!」

 

 言っていることが支離滅裂になっていく…勝負はついた。

 

「当たり前だ。その体はお前達が勝手に使っていいものではない。」

「何でだよ。なぜ僕のやることを認めない!?混沌の獣のくせに。僕たちの大元締めみたいなものじゃないか!!自分が何のために存在しているのか忘れてんじゃないのか?」

 

 私は小さく、口に出して呟く…子供なのよね結局…そう聞こえた。ああ、まったくそのとおりだ。

 

「お前は、俺とお前が同じ存在だと、そういうつもりか?」

「つもりじゃない、事実そうだろう!!」

「ちがうな…。」

 

 言葉を切り彼女のほうを見やる。分かってるから…そう伝えた。分かってるから…そう聞こえた。

 お前達を否定することは俺自身を否定することにはならないさ。生きとし生けるものは全て何かを乗り越えながら生きている。そして、それを克服という。この世界に存在する者は皆、自ら克服することを選び、混沌とした将来に身を投じなければならない時がある。 しかしそれは意味のある一歩なんだ。目的のある一歩なんだ。苦しみを伴う一歩なんだ!!そうでないと、混沌の先にある新しい未来なんて掴めないんだ。

 

「欲望のままに枠を破壊し続けるのは克服ではない…。ただ、わがままなだけだ。そんなお前達では、お前達の混沌からは…新しい未来なんて作り出せない。お前達の混沌と、俺の混沌、克服は違う。」

 

 俺は静かに、だが力強くそう答えた。俺自身の存在意義を再確認するように…そして、気がついた。あの約束の果たしかたは一つではなかったと…。

 

「だが…」

 

 そうだ、これが俺の結論だ、間違いない。自然に浮かんでくる微笑を顔にしながら手を差し伸べた。

 

「お前達だって出来るはずなんだ。その欲望を諦める苦痛を越えて、新しい生き方を選べるはずなんだ。その体の主は自らを律することが出来る誇り高い者だった。だから…お前達に気づいてもらいたい。」

 

 三百年かけて、とうとう答えと信じるものを口にすることが出来た。この言葉は俺の甘さではない、過去の友の面影だけを引きずって甘えているの ではない、そういいきれる。混沌の者だからといって滅ぼしてしまうのは今一番簡単なことだ。そう、俺は約束したんだ。我が友フェルディ・アードと。その約 束は、混沌から生まれる悲しみから世界を救うことだった。決して世界から混沌を排除することではなかったはずだ。

 

 

「俺たちは違う。だが、とても近しい存在だよ。表と裏、そういってもいい。だからお前達だって未来を作れるようになるはずだ。混沌を克 服しろ。そうでないとその混沌を生み出した克服をも無駄になる。二人とも…俺の真の名を知れ、その欲望という大きすぎる夢と引き換えに。我が名は『克 服』、困難を乗り越え未来を掴む意志だ!!」

 

 言いたいことは全て言えたように思う。あとは目の前の二人が小さく頷けば…それで…

 

「…そう…私たちは違う者だけど…遠くは無い者…か…」

「!?…そうか、そういうことなのか!!」

 

 剣を捨て、風を解放して二人が彼に近づく。二人とも無防備に、彼に手を伸ばす。

 

「分かったよ。全部分かった。シュリルフェン・トゥラーム。」

 

 俺の手を取りしっかりと握ってきた。その顔は…

 

「お前だって出来るはずなんだ。その自傷行為にも似たくだらない夢を捨てることで、新しい生き方を選べるはずなんだ。」

「なっ!!」

 

 俺の中の混沌の力が異常なほどに膨れ上がる。彼等の混沌を植えつけられる!!

 そうか、彼は誰よりも混沌に近く、混沌を肯定している…だから、簡単に染められてしまう!! 彼の目を通じてみたアルファルドの顔は…ゆがんだ高笑い…

 

「ハァッハッハッハ!!!僕たちは違う。でも、とても近しい存在だよ。だから、お前だってわがままに生きることができるんだ。」

 

 薄れゆく視界、最後に見た顔は濁った、そして醒めた…冷たい表情。

 

「堕ちちゃえよ…」

「きゃぁ!!」

 

 彼女の悲鳴。俺の混沌が広がる気配、彼女と俺の境界を限界まで暈していた力が限界を超えて彼女に流れ込んでしまう!!<双身>を中止しなければ彼女が壊れる!!

 

 <双身>が破棄される、彼から放逐されてしまう!!だめ、まだここで離れちゃったら何も出来なくなる!!でも…

 彼女を無視して強制的に切り離す…もうすぐ…

 

「油断した…俺が俺でなくなれば、ノエル…もう君にここにいる理由は無い。さよならだ…早くここを…」

「…そうだね、帰ってもいいよ、お姉ちゃん。」

 

 私を受け入れてほしい、頼むから…。切り離すよノエル…それがこんなにも辛いことだなんて想像できなかったな。

「ノエル、お前に俺はもう必要ない!俺にも…お前はもう必要ない!!!」

 最後の一瞬。ノエルの中に大きな怒りが渦巻いた。それきり……いや、完全な闇は訪れなかった。

 

「『忘神』よ…与えよその息吹!!」

 

 混濁とした意識が少し薄れるのを感じる…彼とのつながりを維持できた…それと引き換えに何も見えなくなった。でもこれで…『神』の力が彼に届く限り…彼は完全に呑まれることは無い。『神』はそういっていた。

 外界の音だけが一方的に聞こえる…俺の声が届かない、俺の五感も思いも…外から受け取る力をほとんど明け渡してしまったのか?

 

「いかなる手段も問わない。存在の追放を…。この世界への干渉を最小限に…。」

『汝の全てを明け渡したところで…その願いは果たされぬ。永続的にその願いをかなえる事は出来ぬ。』

 

 この声は…知っていた…。我が主『忘れられし神』の片割れ…。

 

「むしろ望むところです。完全に滅することを彼も、私も、望んでいるわけではない。」

 

 俺はそれが何を意味するのか知っていた。全てを全きにする望みでありながらそれは止めねばならなかった。存在を追放するのは強い力だ。この力 を封じた者たちでさえ、とてつもない存在情報を持つ触媒を用いさらに、ただ一度しか行わなかった。それでも不完全で目的の無い混沌をこの世界に呼び込むこ とになった…。 その力を使うだけの情報は人間の存在情報全てを使っても足りないんだ。命を落とすのではない、何もなくなってしまうんだ。体も、心も、記憶も、これまでの 『足跡』も!!

 

「頼むからやめてくれノエル。振り返ることも出来なくなってしまう…俺だけが残されてしまうよ…。俺だけじゃ、もう目的を支えられない。混沌の中に意味を見出せない、俺が消えるのも君が消えるのも結果は代わらない!!」

 

 俺の体は動かなかった。ノエルを見ることもできなかった。でも、今の叫びは伝わったはずだ。ただ、笑うような意識だけが帰ってきたから。

 

「何弱気になってるかな。私自身の『足跡』がなくなっても、私に出会った人たちに私の記憶は残る。貴方だって私を忘れることなんて出来ない、だから目的を 忘れることも出来ない。それが分かってるから貴方を置いていくの。残酷だけど…私が消えることとつりあうだけの価値がある。」

 

 

 …そうだろう。俺は自分を責めながら、重くなった約束を果たし続けるだろう。君と会う前と同じように。

 

「シュリル…。それにね、私は必死、必滅の者で、いつかは無に帰る。でも貴方はそうではない。今でなくても消されなければいつか彼等を救うことが出来る。貴方の無限の生こそがいつか帰ってくる私の弟と妹を救うために必要なの…。」

 

 ノエルの手が動き、俺に何かを握らせた…細かく滑らかな糸…髪…

 

「いつでもみているから…どこに私がいようと、必ず!!」

 

 もう覆らない…もう覆せない…

 

「『破魔』よ、我を媒介に我が望みを果たせ。与えよその息吹…。」

 

 それから数秒…俺は何も覚えていない。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「主よ…なぜ止めてくださらなかった」

『僕よ…神は強い望みには逆らえぬのだ。それは開闢以来一度の例外も無い…』

「………。」

 

 手の中には一房の絹糸のみ。存在が消えなかったのは、切り離されたそれはすでに彼女では無いから…。しかし認めるにはあまりにも哀しすぎる。

 

 この数百年、俺は夢を食べる獣でありながら夢を見続けてきた。友の夢…。それを維持していた力は底を尽き、夢はやはり夢となった。 醒めてしまえば忘れられていく幻の飛沫…。

 その時点で全ては意味を失い…願いも、望みも、遺志も全ては単なる言葉の羅列となって俺の中で消えていく。この世界と俺を真に結んでいたものは全て消失する…あとは抜け殻の約束だけ。

 

『我々が遣わしたものの中で、人々に神の子と呼ばれたものがいる。』

「ヨシュア・イリハート…彼は子を成さなかった…だが、リック・ガーディアンとして転生した。」

『彼女はその子孫だ…彼の娘はアード家の息子と結ばれた。だから彼女は召喚と祈願に最高の素質を備える条件がそろっていた。』

「だから?」

『彼女は我が名を呼んだ。お前とのつながりを利用して私の手を強く引いた。そして強き望みを果たした。私は彼女の素質と意志を鑑みた上で実行に値する奇跡と判断した。そして自らのその決定に逆らえなかった。』

 

 分かっている。でも、もう俺にとって全ては意味が無い。ただ彼女が残した約束だけは守る…俺にとっては意味の無い約束を。それだけだ!!

 

『怒るな……。我が『夢』をやろう。それはお前と彼女により成される『夢』だ。それはつらい宿命と苦しみをあたえ、喜びと目覚めを与える『夢』…。』

 

「………?」

『その『夢』を叶えて見せろ。その『夢』が何なのかを探して叶えるがいい。』

「どうして…?」

『僕よ…。神は強い望みには逆らえぬのだ。それはその望みを神も『夢』見るため。』

「俺の…望み…?」

『いや、我が望みだ。正しくは我が望みも含まれる。しかし、甘えるな。それはお前が望むと望まざるとその『夢』を叶えさせる強制力となる…エンゲージを呼ぼう。』

 

 エンゲージは契約の精霊。俺は『克服』を司り、彼女は『制御』を司る。二対の精獣と神の判断により全てが決められているのだ。ただ『克服』と違い『制御』は軽はずみに動けない。『克服』は『制御』に例外を与えるだけだが、『制御』を動かせば全てが恒常的に変化する。

 

 

『『制御』を曲げて彼女を呼び戻してやろう。これは神の決断とする、制する事あたわず。』

「御命了承。」

 若い女性の声がした。エンゲージが人の姿をかりて立っている。

 

「ご随意に…。」

 

 俺はそう言った。それが、自分の運命を世界に明け渡すことへの返事だった。そして、もう一つ…

 

「ユニティプア。君の命ある限り、彼女の命を続かせましょう。ただし…」

「代償。」

「そう、契約には代償が必要です。その代償は責任。人は本来、無限の時を生きはしません。それは苦痛以外の何者でもない。この願いは主と君と世界の『夢』。彼女の望みでは無いかもしれない。君には責任があります。守ることと『死ぬ』ことです。」

 

 頷くと彼女は瞳を閉じた。

 

 

第五話 Would you get your life in compensation for my life ? / Fin

 

 

第一部 エピローグ

 

 絹糸から全てが生まれた。閉じられた瞳は今しばらく醒めることは無いだろう…。皆の記憶から彼女を再構成するために、時間が必要だ。

でも俺は知っている。

 

「君がいつでも見ていること…。」

 

君が夢から醒めたとき、俺は伝えるだろう。俺の新しい夢を。でも、それは伝えた瞬間から夢じゃない。俺にはわかる。君は今更と言いながら笑うのだろう。

 

「そう、夢ではない。約束したのだから…君と…。」

 

大切な…君と…。

 

第一部 オブシダンの瞳編 完 ~ 第二部 グレニットの尖塔編へつづかない(汗

 


 
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