No.531913

恋姫異聞録161

絶影さん

こんばんは、成人式を迎えた皆様、おめでとう御座います

休みが続いたおかげで、早めに書き上げる事ができました
前回と前々回コメントで誤字指摘あったんですが、直せずごめんなさい
明日、直させて頂きます

続きを表示

2013-01-14 22:29:56 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4831   閲覧ユーザー数:3934

 

 

戦場へと向かう韓遂達を見送りながら、諸葛亮は頃合いを見計らい呂布の元へと足を向ける

韓遂は既に死ぬ事を決めた。ならば、自分は彼の残した炎が消えぬように、さらに燃え上がるように守らなければならない

 

「恋さんに援軍を、単騎での援軍なら敵にも気取られることがないはず。後は、韓遂さんが」

 

次の手を口にしようとするがそこで止まる

送り出した今でも殺したいほど恐ろしい相手が、実は命を賭けて自分達を育てていたのだと、守っていてくれたのだと

その心を知ってしまったから死なせたく無い、敵に殺されたくなど無い、守りたい

例え、自分に扱えなくても、この手に余る人物だとしても、共に未来を見たいと今更ながら思ってしまう

 

だが、韓遂はそれを望んでいない。死に場所を決めたのだと言った

ならば、託された自分は韓遂の志を守り通すのみと続く言葉を吐き出すように眉間に皺を寄せて口に出す

 

「死んだ後、翠さんも合流が出来るようにしなきゃ。恋さん一人じゃせっかく練度の上がった新兵の皆さんが命を落としてしまう」

 

拳を握りしめ、覚悟を決めた諸葛亮は、踏み出す足をシッカリと地に着いて踏みしめ前にすすむ

まるで彼女の決意を表すようにして、蜀の最大にして純粋なる武力、呂布の元へと

 

 

 

袁紹の元を出た劉備は、兵を連れず関羽と翠、蒲公英のみを連れて涼州へと駆けた

袁紹より託された思い、そして韓遂より伝えられし羌族の存在。劉備は、騎馬を駆りながら、もう一度竹簡に眼を落とす

 

 

【文にて失礼、劉備殿は力を欲していると感じた。もし、俺の勘違いならばこの竹簡は破棄して結構。相違ないならば、力をお教えしよう】

 

 

 

 

 

 

 

【続きを読まれると言うことは、俺の考が違いなかったと言うこと。貴女は力を欲している。そして、俺が貴女に感じた道は間違いが無いと

確信した。貴女が今見られている道は、空の道、中道にして自由、自由でありながら絆を求め繋がりを重んじる道。華氏城の僧侶、龍樹の思想

空理論に通ずるものだ。まさに、民の道徳性と自立を求める道であり、民の一人ひとりが国の礎、王であると言う考えにたどり着く】

 

【そんな貴女が求めるのは力。護るべきを護り、戦場で声を発し、声を皆に届かせる、戦を終わらせる力】

 

【戦場とは正義を行う場所ではない。弱き者が己の信ずるモノの為に立ち上がれる事を示す場所だ】

 

【今の貴女ならば、この言葉が理解できるだろう。だからこそ貴女に力を、羌族をお教えする】

 

【西涼へ向かわれよ。扁風に会い、羌族の事を伝えれば解る。そこから先は貴女次第だ。力を得るか、全てを失うか】

 

 

韓遂の力強い字を視線でなぞり、言葉を躯に染み込ませていく

 

「解るよ、韓遂さん。人が従うのは、地位や名誉じゃない、勇気なんだよね。だから、私は戦場で勇気を示す」

 

呟く劉備は、手綱を握りしめ騎馬を力の限り加速させる。一秒たりとも立ち止まっている暇など無い

今は力を手に入れ守りたい人を護るのだと

 

騎馬を得意とする翠と蒲公英を先頭に、劉備と関羽は引かれるようにして涼州を目指す

袁紹の居た邑から僅か一日ほどで涼州は金城へと到着した劉備達は、国境で関所の兵を前に立ち尽くしていた

 

「どうする?妹だって言っても、フェイは魏の将。簡単には入れてくれないぞ」

 

「とにかく話を通してもらうほかあるまい。桃香様、私が関所の兵と話をしてきます」

 

騎馬から降り、劉備の為に金城の扁風に話を通してもらおうと、敵の領地へ踏み入れようとした時、関羽の肩を掴み、その足を止めるのは劉備

手には大事そうに竹簡を握りしめ、瞳は関羽や翠たちを見ること無く、真っ直ぐ正面の兵へとその視線が注がれていた

 

「大丈夫」

 

劉備は、一言だけ関羽に残し関所へと、敵地へと真っ直ぐ歩いて行ってしまう。関羽は、慌て後を追おうとするが

 

「桃香さまの言うとおり、大丈夫だよ」

 

「な、そんなわけあるまい!此処から先は敵地なのだぞっ!!」

 

冷静に、劉備の後ろ姿を見送るのは蒲公英。関羽とまではいかないが、少々心配げな表情を見せた翠も、蒲公英の言葉を完全に信じているのだろう

直ぐに平静を取り戻し、劉備の後ろ姿を見守っていた

 

「此処まで来るのに蒲公英達を襲う兵は居なかったし、こっちが近づいて来るのは向こうだって解っていたはず

なのに、関所に兵も集まってない。きっと、叔父様が西涼に伝令を送ってくれたんだよ」

 

「あ・・・」

 

そう、袁紹の住まう邑からそれほど離れて居ない西涼の関所には、辺を警戒し此方の動きなど筒抜けで在ろうにもかかわらず

将どころか、軍も兵も見当たらないのだ。もし、コレが曹操で会ったなら、曹操が側近のみで兵を連れず蜀や呉の関所に近づけば

此処ぞとばかりに兵は集い、将は号令を出し、瞬く間に制圧、捕縛されてしまうだろう

 

だが、不思議なことに関所には見張りの兵のみ、待機しているであろう兵は顔も見せず

もしかしたら此方の油断を誘い、一気にうってでるつもりなのだろうかと勘繰るが、一向にその気配はなく

劉備は関所の兵の目の前まで歩み寄り、韓遂から渡された竹簡を手渡していた

 

「どういう事だ、いかに韓遂殿の使いが話を通しているとは言え、馬良殿は西涼の太守。軽々と魏を裏切るとは思えん」

 

「・・・色々あるんだと思うよ」

 

韓遂より、扁風の心に隙間が出来ているとの話を聞いていた蒲公英は言葉を濁す

扁風の心を完全には理解が出来ない、だが彼女の心が未だ幼いと言うことは理解できる

父を、親をまだ求めていると言うこと。そして、彼女の理想の父の姿を夏侯昭に見ていたということ

 

定軍山で久しぶりに見た翠の姿に心惹かれ、韓遂の姿に父を見た事

 

夏侯昭に父を重ね見て、ずれて生じてしまった隙間に諸葛亮と韓遂の言葉が入り込む

 

「だから、たぶん、見てみようって思ったんじゃないかな。桃香さまがどんな人か」

 

「どのような人物か、自分の気に入る人物で無かった時はどうすると言うのだ?」

 

「決まってるよ、そんなこと。決まってる」

 

蒲公英の何処か冷めた言葉、そして他人ごとのように達観する姿に関羽は韓遂を重ねてしまう

護る者の為に現実を直視する姿、蒲公英は僅かな間で韓遂の戦い方、考え方を少しずつではあるが既に受け継いでいた

 

そんな蒲公英に眼を奪われるのは一瞬、直ぐに頭を振り、蒲公英の話は完全に納得が出来るものではない

主の命を保証するものではないと走りだそうとした時、突如関所の影から兵が一斉に現れ自分達を取り囲んでいく

 

「や、やはり。桃香さまっ!直ぐに参りますっ!!」

 

やはり油断ならない、兵の一人や二人に遅れを取る今の主ではないが、百いや二百の兵に囲まれては手も足も出ない

この程度なら、主を連れてこの場から離脱ずることは可能だと、武器を握り締めるが

 

「待て、フェイが来た。話をしよう、愛紗」

 

関所の門から現れたのは、薄紫の波がかった髪を風に揺らす翡翠色の長衣を来た扁風の姿

濃く、黒に近いその紫の瞳は、真っ直ぐ劉備を見詰めてそらすことは無かった

 

「初めましてだね、私は劉備、貴女は馬良ちゃん?」

 

槍を握り、首を少しだけ縦に振る扁風は、劉備を訝しげに見て礼を一つ、そして、凄まじい速さで地面に文字を認める

 

【立去りなさい、此処から先は魏の国の土地、それを知らぬ訳ではありませんでしょう、蜀の王よ】

 

地面に刻まれる文字を見て驚くのは一瞬、直ぐに劉備は表情を柔らかいものに変え、礼を返す

 

「うん、知ってるよ。でも、私は力を手に入れなきゃならない。護りたいものがあるの、護らなきゃならない物があるの」

 

キュッと細くなり、口を引き結ぶ劉備に変風は、眉根を寄せる。話で聞いていた劉備の象と違っていたからだ

魏王、曹操の寝込みを襲うような攻撃を仕掛けた時の話と、今、目の前で逞しい表情を見せる劉備は繋がりが見いだせない

だが、魏の皆がウソを言うようには思えない。そんな考えが扁風の心の中で渦巻き、文字を書く手を止めていた

 

「私が護りたいのは、蜀に住む皆。私を信じてくれる皆。私は、私を信じてくれる人を護りたい。だから、力がほしい」

 

瞳には力が宿る

 

語る言葉には気迫が纏う

 

「力がなければ護れない、戦場で声を発することも、聞いてもらうことも出来無い」

 

己の深淵なる心を吐き出す。偽りない心を、偽りない意志を

 

「だから、力がほしい。私の意志を示し、皆と手を繋ぐために」

 

目の前に佇む小さき魏の将に、己の偽りなき心をぶつける。袁紹との約束を果たすために

 

「お願い、羌族の皆と話がしたいの。此処を、通して」

 

語り、全ての心をさらけ出すと、一歩、また一歩と前に進む

門兵に槍を首に突きつけられるが、それでも構わず一歩一歩と前に進み、気にもとめず視線を逸らさず扁風の前へと立つ

 

兵達は、即座に色めき立ち、槍を構えて劉備へと一斉に襲い掛かった

 

だが、扁風は兵たちを片手で持った槍の一振りで止め、その切っ先を劉備の右目に突きつける

 

【貴殿の気概は理解した。だが、其れが私と何の関係があるのか。既に義理は果たした、失せろ蜀の王】

 

一振りで地面に文字を書き、槍を突きつけるその武は、まごうこと無く馬騰の娘であることを劉備に実感させる

だが、その身から溢れる殺気は馬騰のような紅蓮の殺気ではない、濡れた刃のような美しいとさえ言える殺気を放つ扁風

 

しかし、劉備は眼に突きつけられる槍をものともしない、動じることもなく、眼を貫くならばするが良い

だが、此処は通してもらうとばかりに更に一歩、踏み出そうとした所で翠の槍が扁風の槍を弾く

 

「通すだけでいい、兄様に報告しても構わない。羌族と話すだけだ」

 

下段から掬い上げるように、翠の槍が扁風の槍を弾く。劉備の鼻先を掠るように切っ先が目の前を通る

それでも前に進む劉備に、扁風は槍を弾かれた勢いのまま半回転し、中段の突きを石突で放つ

 

「ゴボッ!」

 

腹に突き刺さる石突は、劉備の躯をくの字に折る。衝撃に足は震え、膝は曲がり、地面に落ちる

其れを見た翠は直ぐに劉備の元へと駆け寄ろうとするが、兵の持つ槍が劉備に向けられ足が止まってしまう

扁風は、地面に崩れ去る劉備を冷たい瞳で見ていた。やはりその程度か、思いつきの理想に降って湧いた力に縋る卑しい人間

 

叔父は一体なにを見ろと言ったのか、自分に引導を渡せという意味だったのかと落胆の色を瞳に映していた

 

 

 

 

 

しかし、劉備の膝は地面に着くこと無く、扁風の槍を躯に突き刺さるままに掴み、口からは噛み締める歯の音がギリギリと響く

 

「・・・?」

 

掴んだ槍は扁風がいくら引いても決して放さず、更に前へ、前へと足を進めていく

予想外の行動に、扁風は半歩後ろに退がった所で、くの字に折れ下を向いていた劉備の顔が正面を向く

 

その目は、背筋が泡立つほどの気迫を放ち、まるで炉で熱された赤銅色の鋼のような燃える色を持っていた

 

一瞬で劉備の意志に心を喰われそうになった扁風は、即座に槍を捻り劉備の手から無理やり外すと槍を構え直した

額からはダラダラと汗を流し、息を荒げながら

 

「桃香さまっ!!」

 

「大丈夫だよ、愛紗ちゃん。翠ちゃんは手を出さないで、私は武器を向ける為に来たんじゃない」

 

心配し、取り囲む兵を蹴散らし駆け寄ろうと関羽を手で制し、劉備の意志を聞いた翠は槍の穂を下に向ける

劉備は、己の口から流れ出る血を親指で拭い、舐めとると、躯を真っ直ぐに立て直して更に前へと進もうとする

 

劉備の折れぬ意志を見た扁風は、韓遂が話を自分の元へ届けるほどではあると理解したが、だがそれだけだと

槍を横薙ぎに一振りし、劉備の足を止める

 

此れは足を止める確信の一振り、己の流す血を指で拭い、舐めとった。この行為が意味するのは一つ

劉備が王たる覚悟、意志を持ち、己のが身が、己の命が自分一人のものでは無いと知っているから

石突の一撃は、命を奪い去る一撃ではないから、その程度で歩みを止められるわけがない

 

王としての自覚がある事を確信した扁風の心には、一つの結論が生まれる

彼女の理想は、思いつきの理想から、美しき幻想とも言える理想から生まれ変わった

地に足のついた、現実に照らしあわせた道に

 

だからこそ、あれほどの意志の炎を瞳に灯せるのだ

 

そしてもう一つ。劉備は何故か確信に似たものをもっていここに居る

いや、叔父韓遂の言葉を信じているのだ、韓遂の心に応えようとしているのだ、韓遂の信に義を持って応えようとしているのだ

 

そう理解した扁風は、槍で地面に素早く文字を認める。ガリガリとなぞるのではなく、まるで地面を掘削するかのようにして

一瞬で出来上がる文字を前に、後方で見ていた蒲公英は、苦虫を噛み潰したような表情になっていた

 

【警告はした。此処で捉えぬのが慈悲だと理解出来ぬのか?既に私は罪を犯し、貴殿の行動に眼を瞑っていると何故理解しない?

叔父を利用し、姉と馬岱をそそのかし、私の任されし土地を通ろうとする行為。私に対する非難の眼は、免れぬ。私の立場を著しく貶める行為

以外、何者でもない。其れを理解して居らぬとは言わせぬ。貴殿の行為は礼を失している】

 

扁風の言うとおり、劉備がしていることは、扁風の魏での風当たりを強くするもの。下手をすれば扁風は魏王の処罰を受ける

其れをさせろと言っているのだから、とても礼を尽くしているとは言いがたい

 

至極当然の事を文字で書き示し、再度、槍の穂先を向ける扁風は、次に無用に前に足を踏み入れれば突き殺す覚悟を決めた

 

そして槍の切っ先が問う。貴殿の答えを示せ、私が納得の出来る言葉を、私を説き伏せる言葉を

其れが出来ぬならば、貴殿を討ち倒し、此処で蜀を魏のモノとしてくれると

 

「そうだね、確かに私は馬良ちゃんが迷惑する行為をとってる。こうして殺されないだけでも十分、貴女が優しい子だってわかるよ」

 

顔を伏せ、眉根を寄せ、いくら韓遂の言に従ったと言っても自分の行為自体が礼を失っていることは解ると苦悶の色に顔を染める

だが、劉備は顔を上げ再び赤銅色の瞳を扁風に向けていた

 

「だからと言って諦められるわけがない。私が此処で背を向けて、貴女の言うとおり此処から立ち去ったとして

私に希望を見出してくれった人たちに何と言い訳するの?私の理想に殉じてくれた魂に何と許しをこえば良いの?」

 

くしゃりと歪む劉備の瞳、だが直ぐに己の手の甲に歯を立てて涙を押しとどめる

 

「私は戦を終わらせたい。戦を終わらせるためにここに居る。皆が笑って暮らせる世界を、争いの無い世界を作りたいっ!」

 

血がにじみ、歯型の残る手をそのままに、劉備は再び頭を下げる。地に額を擦りつけて

 

「それだけが私の願い、私の躯は皆の願いで出来ている。だから、私は前に進みたい・・・ううん、進むの。進まなきゃいけない」

 

劉備の行為、劉備の言葉から、力を手に入れ魏と交渉し戦を終わらせる事が劉備の望みだと理解した扁風は、

地に額を着けて頭を下げる劉備を見て次の行動に出る。コレが最後の質問だ、そう言わんばかりに眼で合図を送る扁風に合わせ

兵たちが一斉に劉備の周りを取り囲んで槍の切っ先を向けていた

 

「フェイッ!」

 

「桃香さまっ!!」

 

叫ぶ翠と関羽。だが、扁風は二人を完全に無視し、地面に槍で荒々しく攻撃的な文字を書く

 

【そこまでして押し通るというならば、この地を護る者として、この地を通る代価をもらおう。

私の魏王様に対する罪を帳消しにし、貴殿の覚悟を示す程のモノを】

 

深い紫の色を称える扁風の瞳は怪しく輝く。扁風の言葉は、劉備と関羽にとって二度目の言葉

袁紹に追われた劉備が我儘とも言える行為で魏の土地を通り抜けたあの時の再現

 

あの時の事は魏の皆からよく聞いている。再び同じ状況で、劉備は一体どう答えるのか

安易にあの時、自分がしなかった事を、今ならば自分が欲しがるであろう姉と蒲公英を差し出す等と言えば

我ら涼州の槍は貴様の命を噛み砕く。その後で、姉と蒲公英を返してもらう

 

一振り槍を回し、再び穂先を劉備へと向けた扁風は、劉備の次の言葉を待つ

返答次第でこの切っ先を劉備の喉に突き立てるとばかりに

 

そんな扁風に、劉備は地面に着けた頭を上げて、ゆっくり立ち上がり右腕の袖を引き千切った

曝け出されるのは、幾度と無く足を向けた、賊との戦で多くの傷がついた腕

 

少し前ならば考えられないだろう。彼女の腕に、躯に戦傷が着いているなど

 

袖から現れた傷は語る。我らは王と共にある。この傷は、我ら民の傷跡、我ら民が流した血の痕だと

 

そして、己の躯は己自身の物では無いと言う劉備の口から出たのは

 

「右腕一本。此れで、貴女の治める西涼を通してもらう」

 

己の肉体、己の右腕一本を代価とするとの言葉

 

その言葉に、周りの兵達は互いに顔を見合わせる。普通ならばそうだ、はっきり言って大したことのない代償

その程度で大きな力が手に入るならば、戦に出る兵達は喜んで力を手に入れる。馬鹿にするなと、槍を握る手に力がこもるが

 

扁風は違っていた

 

血を拭い口に運ぶ仕草、王としての自覚を持つ姿勢はその行為から感じ取れたもの

己の躯は己のモノではない、既に民のモノであると強く思っているからこその行為

そこまでするほど己の命が重いものだと理解している上で、自分自身の右腕を切り落とし、自分への代価として渡すと言っているのだ

 

魏王華琳がこのことを聞けば、どういった反応をするのか。きっと笑うだろう、そして自分と同じ思いを持っている

自分と同じ考えを持っていると理解するはずだ。己が来ているモノは民の税、己が食しているモノも民が収める税

民の願いである税で衣食住を得ている王とは、民の願いで象られているのだ。故に、王の躯は己のモノではない

その生命は何よりも重く、尊いものなのだ

 

だとするならば、華琳は右腕を切り落とした扁風を褒め称えるだろう。罪など帳消しに出来るほどのモノだ

 

何故なら、敵の王の腕を切り落とすほどの知略と武を備えた将が居ると風評を流し、敵の士気を大幅に削ることすら出来るのだから

 

敵の王は、将の罠にかかり負傷し、腕を切り落とされるほど愚鈍で武の無い王だなどと言われれば、民はどう思うだろうか

そんな王に付いて行こうとするモノなど居ないだろう

 

意味がわかっていっているのかと問う、扁風の戸惑った瞳に映るのは変わらぬ劉備の姿

 

そして

 

「ダメに決まってるだろう、だからアタシの腕をやる」

 

「なら蒲公英も」

 

差し出す腕に重なる翠の右腕、さらに後ろから駆け寄る蒲公英が自分の右腕を乗せた

 

「何でだーって顔してるな。解らないか?アタシは桃香さまに賭けたんだ、だから腕を差し出す。左腕だけでも戦ってみせる。叔父様みたいにな」

 

「まったくもー、しょうがないな。それに、戦は将だけで戦うんじゃない皆が力を合わせて戦う。だから、左腕だけでも戦えるもんね」

 

「ん?それじゃ、アタシ個人の武はいらないみたいな言い方だな」

 

「お姉様は、左腕一本でも十分暴れられるでしょ。腕一本だけのほうが、無茶しなくなるかも!ちょうどいいんじゃない?」

 

「なんだと?!コイツ!!」

 

躊躇いなく差し出す翠と蒲公英の腕に、劉備はそんなことはさせられないと翠を見れば、翠は小さく首を振る

其れを言ったら、王に仕える自分達だって王に腕を差し出させるなんて出来ないと

 

目の前に差し出される姉の腕と蒲公英の腕に戸惑う扁風

それほどまでの人物なのか、武人が躊躇わず己の腕を差し出せる程の人間なのかと困惑する扁風の思考を遮るように

劉備の後方から大きな音が響く。見れば、地面に突き刺さる偃月刀の刃

 

「それは、私の役目だ。桃香様の右腕と等価ならば、この私の躯が同価値だ」

 

翠と蒲公英の重ねた腕を一度だけ握り、扁風の前で地面に膝を地に付け平服する

ざわめく兵士たち、同じように驚くのは翠と蒲公英。そして、駄目だと劉備が叫ぼうとした所で関羽が劉備の言葉を遮った

 

「覚悟があるのでしょう。私の躯一つで民の願いを護れるならば、喜ぶべき事です。私は貴女の見出した道を信じています

誰よりも、桃香さまの信じる道を信じています。あれほど苦しまれて見つけ出した道なのですから」

 

関羽の言葉、【信じている】その言葉だけで、劉備は強くなれると袁紹は言った

 

未だ、自分自身が王を支えられているのかと疑問ばかりだが、それでも王を信じることが力になれるなら

私は素直にその気持を言葉にしよう。貴女がどこまでも強くなれるように

 

関羽の想いは、言葉は、劉備の躯を強く震わせる。そして、唇を噛み締め湧き上がる感情を抑え

再び己の手の甲に歯を立てる。自分の妹の言葉を無駄にするな、自分を信じる妹の心を裏切るなと心の中で叫びながら

 

「曹操殿は、私を望まれた事があります。桃香様の右腕に近い価値を、曹操殿ならば着けてくださるでしょう」

 

「・・・」

 

「もし、もう既に価値が無いと言うならば、私の首を。此れでも蜀の将、手柄としては申し分ないでしょう」

 

蜀の重鎮である関羽の首

ヘタをすれば、今の蜀ならば王の右腕よりも高い価値がある。文と武の両方を持ち、兵の指揮も軍師に近い

魏の武の象徴が春蘭とするならば、蜀では関羽。其れも、春蘭よりも指揮は上

 

魏の大剣に匹敵する、蜀の剣を差し出された扁風は、大きく吸い込み深くため息を吐く

 

そして、槍の穂先を下に向け文字を書く。ゆっくりと、丁寧に、先ほどのような攻撃的な文字ではなく

柔らかく、丸みを帯びた読みやすい文字を

 

【貴殿の覚悟、並々ならぬモノであると拝見させて頂きました。関羽殿の身柄と引き換えに、西涼の地を通すことを許可致します】

 

開かれる門、轍のように兵は道を開け、西涼へと続く道が開かれ、劉備は扁風に礼を一つ

そして前へと、羌族の住まう地へと続く道に足を踏み出した

 

「必ず皆と向かえに行く。待っていて、愛紗ちゃん」

 

「ご武運を」

 

騎馬の手綱を引き後をついていく翠は、関羽に一度だけ視線を送り槍の穂先を上にする

劉備は任せろ、何があっても守り通して見せるとの意味を込めて

 

その仕草に関羽は安心したように、小さく微笑んで答え二人の後ろ姿を見送っていた

 

「あれ、何処行っちゃったのフェイ?」

 

蒲公英は、二人の後を追っている中、涼州で変な事をされないようにと兵と共に着いて来るだろうと思っていた扁風が

ついてこない事に気が付き、辺りを見回せば関所の宿舎だろうか、建物から光が漏れ

中から扁風の特徴的な薄い紫の波がかった髪が揺れるのが見えた

 

「フェイ?」

 

将を差し出したからとはいえ、王が敵国の中を通ることを許し、魏へ走る伝令も見えず、取り囲む兵も消え、警備する兵だけになったことに

礼を言おうと建物の中に入り、小部屋を覗けば

 

「・・・ッ・・・うぅ・・・・・・」

 

扁風は、一人で人の足ほどある太さの木を抱きしめていた

しっかりと抱きしめるその姿には、先ほどの冷たい瞳や殺気を放つ人物とは別人のように分かりやすいほど不安と幼さがにじみ出ていた

 

「ごめんね。卑怯だよね、お兄様が動けない時を狙って。もしかしたら、お兄さまを裏切ることをさせるかもしれない」

 

蒲公英の考える通り、夏侯昭が動けるならば、直ぐに扁風の心を不安から解き放つだろう。だが今は居ない

夏侯昭の姿と父の姿に差を感じ、諸葛亮の言葉に揺さぶられ、韓遂の文に困惑する姿

その心を、必死に夏侯昭の足に見立てた木を抱きしめることで安定を求めていた

 

「必死に、大人になろうとしてるんだよね。桃香さまを見て、涼州にとってどの道が生き残る道なのか。

多分、それは帰ってきた時に決まるんだと思う」

 

だって【此処は蜀に続く羌族の通り道だから】と呟き、蒲公英は劉備の後を追う

劉備を信じる者たちにとっては、既に決まっているとも言える未来を見据えて

 

 

 

 

 

 

関所に到着してより僅か半日で翠の騎馬の後ろに乗って西海へとたどり着き、羌族の住まう地へと足を踏み入れていた

 

羌族の住まう場所に関所など無い、有るのは見渡す限りの平原

遊牧の民が国境など明確に決めるはずもなく、おおよそで互いの縄張りを主張しているだけの国

 

翠は、亡き馬騰を思い出し、同じように胸を張り槍を持ち、天に叫ぶ

 

「我は馬騰が娘、馬超ッ!羌族の王、迷当は居るかッ!馬騰の娘が会いに来た!!」

 

扁風の兵が去り、誰も居ない土地で天に向い一人叫ぶ翠。蒲公英は辺りを見回すが、誰ひとり現れる様子はない

 

「一人で叫んで」

 

「余計な事、言ったら殴るぞ」

 

「もう殴ってる~っ!!」

 

顔を赤くする翠と涙目で頭を抑える蒲公英を他所に、どこまでも広がる平原を見つめる劉備が捕らえたのは凄まじい土煙

途端に瀑布のような黒い馬の流れが、洪水のように此方に向かってくる様子に、蒲公英は言葉を無くしていた

 

「へ・・・?ちょ、ちょっと多すぎ無いかな、あれ」

 

「見たことなかったか?羌族は、此処らへんに常に陣を張ってるんだ。父様が居なくなったら、誰が攻めてくるか分からないって」

 

「防衛線ってこと?なら、向こうの王様はずっと後方かな?時間かかりそう」

 

「いや、あの一番まえで大斧持ってるのがそうだ」

 

仮面を付け、大斧を片手に騎馬を駆り、先頭で一直線に此方に向かってくる姿に蒲公英は呆れ、肩を落とす

 

「えっと、馬鹿なのかな。王が先頭って」

 

「アタシの父様も馬鹿だってことか?」

 

「おじ様は違うよ。だって、いつだって考えて、少ない兵の士気を上げるために前にいたんだもん」

 

どう見ても大軍、前に出る必要が無い。此方も平原で罠をはることも出来ない。どう見ても三人しか居ない

前に出る必要などこれっぽっちも無い。むしろ、出てきて矢で殺されたらどうするんだと蒲公英はため息を吐く

 

「父様の代で、羌族と和解したから知らないのか。今、戦を仕掛けてくるのは氐族だ。それと、羌族は匈奴と仲が良いから

兵力は半端じゃないぞ」

 

「匈奴って何?」

 

「羌族より北のヤツラで騎馬が羌族より上だ。羌族の王、迷当の娘と匈奴の王が結婚してな、二つの部族は親戚なんだ」

 

「あ、聞いたことあるかも。匈奴って、この間、鉄木仁(テムジン)って子供が生まれたって」

 

「今の匈奴の王、クトラ・カンの甥、イェスゲイの娘だろ。叔父様から聞いたんだな」

 

匈奴の兵は借りられるか分からないけどな、と槍を握りしめ、翠は此方に向かってくる羌族の洪水に一人駆けだす

 

「お姉様っ!?」

 

「挨拶してくる、そこで待っててくれ桃香さま」

 

雄叫びと共に前へ出る翠に、定軍山で成長したかと思ったがまだ危なっかしいままなのかと驚き、慌てる蒲公英だが

 

跳躍し、上段から銀閃を叩きおろし、其れを大斧で受け笑を見せる二人に拍子抜けしてしまう

本当に、言葉通りに唯の挨拶なのだと。それを証明するように一斉に洪水のような騎馬軍団は足を止め、迷当の後ろに綺麗に横に並ぶ

 

「久シイナ、馬騰ハドウシタ」

 

「大王は元気そうだな。父様は死んだよ、聞いてないか?」

 

「ヤハリ嘘デハナカッタノカ。馬良ガ我ラノ元ヘ来テ伝エテクレタ。信ジルコトが出来ナカッタガ」

 

騎馬から降り、顔を少し伏せる迷当は、友とも呼べる敵の死を悲しむと共に讃えていた

 

そして、仮面を外せば放牧の民らしい日焼けした黒い肌と顔の半分に施されたトライバルタトゥー

風の神、ヌラシャッハ・イルハラドゴンが彫られ、王の階級を表す刺青が施されていた

 

「ソコノ娘ハ馬岱ダナ。一度ダケ、西涼デ見タコトガ有ル。隣ハ誰ダ?」

 

「桃香さまだ。いずれ大陸を統一する、アタシが頂く王さ」

 

「王トイウコトハ、真名カ。名ヲ教エロ、馬騰ノ娘」

 

「劉備様だ。蜀の王、劉玄徳」

 

名を聞いた迷当は、静かに視線を劉備に移し、真っ直ぐ瞳を見つめていた

漆黒の瞳は少しも合わせた視線からズレることはなく、劉備も同じく視線をずらさず拳を包み礼を取った

 

「初めまして、劉備と申します大王さん」

 

「迷当ダ、皆ハ大王ナドト呼ブガ、馬騰ガツケタ愛称ミタイナモノダ、キニスルナ」

 

礼をとる劉備に迷当は返礼をせず、翠の言葉から自分の手にしている情報と合わせていた

 

馬良から、西涼は魏のモノとなっている。だが、もう一人の馬騰の娘は、魏とは違う蜀の王を連れて己の頂く王だと言う

現在西涼を治める太守は馬良。となれば、どうやって此処に来たのか。蜀という国は、魏より小さいと聞く

ならば、馬良をどうにか説き伏せたとしか考えられない。強行突破したと言うならば、此処に三人だけと言うのは考えられない

忍んできたというのは、気性の荒い馬騰の娘が共に居るはずがなく、一度話した馬良の気質から馬超や馬良を使ってと言うことはない

 

そして何より、魏の者へこの三人が涼州を通ることが伝わっていない。馬良は伝えて居ないということ

つまり、それだけの対価を払って此処に立っていると推測できる。そう判断した迷当は、斧を劉備の左頬に突きつけた

 

「我ラニ何用ダ。随分ト苦労ヲシテ此処ニ来タヨウダガ、何ヲシニ来タ」

 

大凡のことを把握し劉備の考えを見ぬいたのか、迷当の躯から殺気が溢れ出す

同時に、黒い大河のような異形の騎兵達が武器を構え、低く悍ましい声を静かに漏らす

 

「返答次第デ、貴様ニ不名誉ナ死ヲ与エル」

 

本来ならば、捕らえた相手を処刑する際、大地に相手の血を流させないよう、革袋に入れ撲殺するのが、戦士への敬意を表す行為

貴族への殺害方法だが、二度と蘇る事がないように草原に血を流させてやると言い放つ迷当

 

劉備は、己の頬に着けられた刃の冷たさを感じながら

眼前に広がる異形の者達の殺気と吐き気のするような重圧感をその小さい身体で受け止めていた

 

 

 


 
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