No.528579

恋姫異聞録160

絶影さん

皆様、あけましておめでとうございます
昨年は大変お世話になりました。今年もよろしくお願い致します

休みに入ったので投稿いたします。といっても、直ぐに仕事なんですけど

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2013-01-06 18:05:00 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4871   閲覧ユーザー数:3975

中庭に響くは剣戟の音

唯、金属と金属が激しくぶつかり合う音だけが響き、辺りを支配する

 

一人は洗練された舞のような剣線。一人は荒々しく、剣線と呼ぶにはあまりにも歪で、尖った茨で叩きつけるような剣戟

一目で解る武とは対照的な、バラバラで己の危険察知能力を最大限に使った攻撃

 

臆病であるからこそ出来る劉備の武。怯えを利用し、敵の動きを肌で敏感に感じ取り、活路を見出す

彼女らしい武に、厳顔は口の端を笑に変える。実に自分好みの戦い方をするようになったと

 

「む!?」

 

その瞬間、劉備の振るう神刀が関羽の新たな偃月刀にぶつかり、偃月刀はその刃を少しだけ削る

いかに劉備と張飛、関羽の髪を混ぜたとは言え、天の御遣いのような効果は得られるはずもなく

偃月刀の刃は神刀に削り取られていた

 

刃が欠る偃月刀に声を漏らしたのは厳顔。己の得物である武器の損傷に関羽は涼しい表情をしたまま

劉備の振るう剣を避け、神刀の腹に刃を叩きこみ、劉備の体勢を崩して容赦のない一撃を叩き込んでいた

 

「フフッ、愛紗よ心配するな。その偃月刀が欠ける事は、蒲元にとって喜びよ。元々、髪を入れて鉄が強くなる等

奴の矜持を傷つけ憤慨させるモノ以外、何者でも無いのだからな」

 

作りたくない物を諸葛亮に作らされた蒲元にとっては喜ぶべきこと、かけた刃を見て蒲元は、それ見たことかと喜んで

新たに刃を打ってくれるはずだと言う厳顔に、関羽は一度だけ視線を移し、再び刃を劉備へと向けた

 

「刃を治すならば受け入れますが、作りなおすのは遠慮します」

 

これは姉と妹、そして自分の力が宿る刃。神刀ですら切断することは出来なかった

劣る部分、足りない部分は己の技量で補えば良いだけだと、関羽は倒れこんだ劉備に追撃の横薙ぎを叩きこむ

 

倒れざま、後転して関羽の刃をやり過ごし、反動を利用して立ち上がった劉備は剣を横に

一直線に振りぬいて躯の流れた関羽に突きを放つ

 

試合などではなく、死合と言うに相応しい二人の攻防と関羽の気概に厳顔は剣を握り締め、喉の奥でくつくつと笑っていた

 

そんな三人を木の上から見つめる瞳。武人である厳顔に悟られる事無く、庭に植えられた大樹の上で気配を完全に消し去り

劉備を見守る隠者は、先の戦場でしたように再び瞳を閉じる。劉備が道を見つけたその姿を瞼の裏に写すようにして

 

 

 

 

城の中で、羌族の名を聞いた諸葛亮は酷く混乱していた。そもそも、羌族の情報は殆ど無いと言っても良い

言葉が辛うじて通じるくらいで、あとは恐ろしい強さを知っているくらい。なにせその昔、燕、趙、秦が北方の異民族である

五胡の襲来を防ぐために建設したほどだ。五胡は、匈奴・鮮卑・羯・氐・羌の五つの民族のことであり、その中の一つが羌族

 

長城を作った為、騎馬の兵科を主とする彼らはせめて来ることは少なくなった。故に、五胡の真の力を知っているのは

北と西で戦いを繰り返した魏の曹操と西涼の馬騰達だけ。未知の力をくれてやると言われて諸葛亮は想像も着かず

警戒心だけが募っていく

 

「ち、力を貸してもらえる宛がある、と言うわけではありませんよね」

 

「無論、俺は教えるだけだ。どうなるかは劉備殿次第」

 

諸葛亮は考える。確かに、今は劉備は力を欲している。だが、未知の力、未知の部族の力など容易く借りられるものだろうか

韓遂の考えは相変わらず読むことが出来無い。馬超と馬岱そして魏延の成長は、韓遂の思い通りになっていた

特に、魏延の成長は自分にとって信じられないことだった。だから、彼を信じて彼に委ねるのも良い

 

だが・・・

 

彼は、自分が全てを委ねて任せることを良しとはしない。なにせこの人は厳しい人だからだ

それに、完全に信じてはダメだ。それすらこの人は感じ取り、わざと信頼を崩す事をして考えさせる

 

「考えは纏まったか?」

 

「はい」

 

待っていたのですか?と苦笑いする諸葛亮に、韓遂は何も答えず茶を啜っていた。口の端に少しだけ皺を寄せて

 

「羌族の力は未知数。私はその考えに賛成は出来ません」

 

「ならばどうする。力を欲している事は知っているだろう?」

 

「はい、一つは曹操さんの使った練兵法を使って兵を強化します」

 

「ほう、曹操の練兵法か・・・何処でそれを知った?」

 

片眉を上げて諸葛亮を見れば、諸葛亮は懐から竹簡を取り出す

竹簡に書かれた【風】という文字を見て、韓遂は少しだけ眼を細めて覇気を躯からくゆらす

 

「扁風か、目ざといな。黄忠殿から話を聞いたのか?」

 

「少しだけ、韓遂さんの事と翠さん、たんぽぽちゃんの事を涼州の人に頼んで文をだしました」

 

鋭く尖った瞳は、諸葛亮を貫くが、諸葛亮は以前とは打って変わって身じろぐこと無く受け流す

だが、韓遂は僅かな諸葛亮の挙動と言葉から感じ取り、天の御遣いが未来の図を知っていることを悟っていないと見ると

彼女が何を思い描いているのか興味を持ったのだろう、細めた瞳は柔らかいものに変わっていた

 

「夏侯昭の変化を見た心を突いたか、どのような練兵法だ?」

 

「戦を使った練兵法です。これには、涼州の皆さんにも手を貸していただくことになりますけど」

 

「・・・大体の予想はついた。だが、それは使えんな。涼州の兵が少々多めに死ぬことになる」

 

「そうですね、ですからもう一つの策を。呉を此方に引き入れます」

 

既に自分の友人が呉に向い、交渉を行なっていると言う諸葛亮に、韓遂は予想外だったのだろう

顎に蓄えた髭をなぞり、歯を見せて笑っていた

 

「なるほどな、どうやって呉の孫策を説得するのか見ものだ。まあ、諸葛亮殿の事だ、欺くのだろう」

 

「兵は詭道なり。欺くが軍師、戦わずして勝が最上の策ですから」

 

確かに軍師だと頷き、諸葛亮はようやくこの人の笑を自分の力で見ることが出来たと微笑んでいた

 

 

 

その頃、邑で休息を終えた劉備は、関羽と共に兵を引き連れ賊の潜む洞窟へと進軍し、戦う前に勧告し

入り口から武器を持ち、雄叫びを上げながら出てきた賊を、伏せた兵が急襲し蹴散らしていた

 

関羽を側に、劉備は少数の精鋭を引き連れ洞窟に突撃し、最深部に足を踏み入れた瞬間、鉄板のような大剣が劉備に襲いかかり

劉備は、即座に大剣をいなし、関羽が体制の崩れた敵へと偃月刀を振るうが、切っ先は敵の喉元でピタリと止まる

 

「うっ・・・危なかった~!」

 

「文ちゃんっ!!」

 

影から大剣を振り下ろした人物に、関羽は言葉を無くしていた。一度だけ見たことがある

そして、決して忘れることは無い。反董卓連合で盾のように使われたのだから

 

一人は躯に似合わぬ大剣を操る翡翠色の髪の文醜。そしてもう一人は、重鎧と大槌を振るう黒髪の顔良

 

「な、何故こんな所に」

 

「そりゃこっちの科白だって、なんで関羽と・・・誰だお前?」

 

「ちょっと文ちゃん、失礼だよ」

 

悪い悪いと頭を掻く文醜だが、やはり自分の知っている劉備と一致しないのだろう、疑問符を浮かべ首を捻っていた

顔良も同じく、服装や武器は反董卓連合で見た劉備であるはずなのだが、あまりにも雰囲気がかけ離れすぎて

劉備と言う名を呼んで礼をしようとするが、喉まででて名を呼ぶことが出来なかった

 

「有難うございます。此処から救い出してくださったことを心から感謝致します劉備さん」

 

「や、やっぱり!」

 

「へ?ホントか姫っ!!」

 

奥から感謝の言葉と共に出てきたのは、小さな子供達の手を引く短い髪とゆったりとした長衣を着る

優しく落ち着いた雰囲気を纏う女性。容姿淡麗で完璧と言う言葉が似合うその肢体。賊が彼女を殺さず、攫ったのが

一目で理解できるほどの美しい女声は、深く頭を下げて劉備に微笑みかけていた

 

「・・・すまない、何方だろうか?」

 

「そうね私も劉備さんと同じで、随分と変わってしまったから。此れなら解るかしら?」

 

柔らかく微笑んだかと思えば、急に特徴のある高笑いを上げる金髪の女性

関羽は一瞬だけ眼を丸くし、直ぐに目の前にいる人物が誰なのかを悟った

 

そう、目の前で子供達の手を引いて佇む女性は間違いなく【袁紹】

 

彼女を表すような高笑い、そして長く美しい金色の巻き髪は影も無く

母性と言う言葉をそのまま表したかのような袁紹の姿に関羽は唯々、驚くことしか出来なかった

 

「お母さん、おうちかえろ」

 

「ええそうね、早く帰りましょう。猪々子、斗詩、子供達を」

 

「はーい」

 

「本当にありがとうございました劉備さん、関羽さん」

 

顔良と文醜に手を引かれる子供達を見た関羽は、直ぐに兵達に子供達を護衛するように命令を出し

もう一度、礼を言う袁紹に関羽は少々混乱しながら、素直に疑問をぶつけていた

 

「何故、賊に?」

 

「この近くの邑に、孤児の子供達と住んでいたのですが、賊に子供達を人質に取られてしまったの」

 

「それであの二人までと言うわけですね。ですが、貴女は、魏との戦いに敗れたと聞いた。

其れが何故こんな所で、袁家の者が、仕官も旗揚げもせずに」

 

「魏に敗れた後、ある人の力添えでこの近くの邑に住むようになりました。それからは戦いとは無縁で過ごしています」

 

「ある人?」

 

関羽の疑問に袁紹は笑で返す。邑とは先程、休息をとった邑。だが、ある人とは誰なのか

彼女を此れほどまでに変え、子供達から母と呼ばれるような人物にした人間、それを知りたい関羽であったが

袁紹の柔らかい笑の前に、言葉は詰まりそれ以上聞くことが出来なかった。彼女の眼が語る、彼女の雰囲気が語る

聞くことは、彼女の心に土足で踏み込むような行為に思えた

 

少しほおけた表情をする関羽を他所に、袁紹は先程からずっと黙ったままの劉備に視線を移し

徐に劉備の手を握る。そして、柔らかい笑を向けて

 

「お礼に食事はいかが?多分、私の隠した食料は貴女には見つけられなかったはず」

 

ピクリと躯を震わせる劉備に袁紹は瞳を細め、劉備の手を子供の手を引くようにして洞窟の外へと導いて行った

 

賊を鎮圧した後、捕縛した賊を兵に任せ、関羽を連れて袁紹の導くままに人のいなくなった邑にある一つの屋敷へと

足を踏み入れれば、袁紹は子供達と手早く荒らされた室内の体裁を整え、茶を用意して劉備と関羽の前に差し出した

 

「お食事は直ぐに出来ますから、少しだけ子供達の相手をしてもらっても良いかしら」

 

「え、ええ。宜しいですよね、桃香様?」

 

「うん。おいで、遊ぼう」

 

快く引き受け、子供達の相手をはじめる二人に軽く会釈をして、袁紹は文醜と顔良に風呂の用意と食事の準備を手伝いうように

指示を出す。手慣れた様子で料理を作り、的確な指示を出す袁紹の姿は、以前に会った彼女とはあまりにもかけ離れていた

 

そんな彼女の事を、劉備は子供達の相手をしながらずっと眼で追っていた

 

「私が気になる?」

 

「・・・はい」

 

視線に気がついた袁紹は、鍋の料理を皿に移し、お玉と鍋を文醜に渡して劉備へと振り向いた

 

「ようやく、自分の道が決まった。でも、何かが足りない。そんな顔をしてるわね」

 

「分かるんですか?」

 

「ええ、私もあの人に会って此処に来るまでは、全てを失い道に迷い、何をしていいか解らなかったから」

 

「私と、同じですね」

 

頷く袁紹は、子供達の頭を一人ひとり撫でながら、椅子に腰を下ろしている劉備に膝を曲げて視線を合わせた

 

「でも、私には道が出来た。誰にも譲ることの出来ない道。護るべき者が」

 

そう言って、自分のお腹を撫でる仕草に様子を見ていた関羽は再び眼を丸くする。その仕草が表すことなど唯一つ

己の躯は一人のものではない、己の命は自分ひとりの命では無いと言うこと

 

劉備が袁紹に感じたのは、宿る命があるからこその強さ。自分と同じ、己の躯は自分ひとりのものではないと言うこと

関羽の眼に映る袁紹の雰囲気、体から溢れる母性は、明らかに幾万の戦を抜けてきたような劉備よりも強く感じる

 

圧倒的な壁、まるで夏侯昭を見ているかのような雰囲気が目の前にあるのだ

 

「食事が出来たようね。さあ、食事の時間にしますよ。手を洗ってらっしゃい」

 

「はーい」

 

子供達の返事と共に、次々と料理が小さな卓の上に並べられ、子供達が席に着く頃には先程まで荒らされボロボロだった部屋が

一瞬にして暖かな食卓と変化する。子供達の顔に悲しさや辛さ等みじんも見ることは出来ず、唯、母と共に温かい食事を

とれることに幸福を感じていた

 

「はい、頂きます」

 

「いただきまーす!」

 

皆が揃うのを見て、手をあわせる袁紹に合わせ、子供達も手を合わせ、一斉に箸をもって食事を取る

年端もいかない子供達だが、互いに助けあい、自分より幼い子の食事の世話を文醜、顔良、袁紹の仕草を習って真似をする

子供に教えると言うのは、子に自分の姿を見せてそれを自然と真似をするこの姿の事を言うのだと、関心しながら食事を

取っていた関羽だが、対照的に劉備は袁紹達の姿を見ながら、食事には一切手を着けるどころか箸を持つことさえしなかった

 

「怖のね?大丈夫、これはお礼。貴女に何かを背負わせる気はありませんよ」

 

「・・・そんな事ありません。私は、例え貴女の思いであっても、蜀に住むならば背負うつもりです」

 

そうは言うが、手は箸を握ることが出来無い。己に足りないのは何か、其れが明確に解っているから怖いのだ

 

足りないものとは力。理想を現実に合わせ、地に足が着いた考えをするならば、自分には、蜀には圧倒的に力が足りない

目の前の袁紹の安全を保証し、護り、思いを背負うことに保証が出来無いからだ

 

守れない約束などしたくはない、だが目の前の人を守りたい。力が無いことが此れほど辛く、悲しく、もどかしいものだと

改めて知った劉備は、唇を噛み締める。力が要らないなどと言えるのは、力があるものが言える言葉なのだと

 

非力な自分が言える言葉ではない、唯、今は力が欲しい。全てをとは言わない、守りたいモノを護れる力が

 

「貴女は、未だ子供が居ないわよね」

 

「いえ、つい最近、養子に迎えた子が一人います」

 

「そう、名前は?」

 

「劉禅と言います。私のお腹を痛めた子では無いですけど、私の血を分けた赤ちゃんです」

 

劉備が言う子とは、自分を拾い上げた邑で救った赤子。劉備は、乳や水が無く、己の指を噛み潰して血を飲ませた赤子を

自分の子どもとして養子にしていた。劉備の語る通り、自分の血を分けた子供であり、自分を拾い上げた切欠になった子供

劉備は、周りの言葉も聞かず、本当に自分の子供のように愛情を与えて育てていた

 

其れを聞いた袁紹は、一度席を立って劉備の隣に座り、優しく手をにぎる

 

「良い名前ね、その子の事を愛しているかしら」

 

「はい、私の子です。私は、あの子を護るためにも戦います」

 

「自分で産んだ子ではなくとも、そう言える?」

 

「あの子は、私の国で生まれた子ですから」

 

答える劉備に瞳を合わせる袁紹は、透き通った瞳で劉備の心を覗きこむ。

様子を見ていた関羽には、まるで、それは本心なのか、自己犠牲をする己に酔っているのでは無いか

己で産んだ子でも無いのに心からそんなことは言えるはずが無いと問いかけるように映っていた

 

その様子に失礼であろうと抗議しようとした所で関羽は、袁紹の手で制されてしまう

 

「偽りなき言葉。本当に変わってしまったわね劉備さん」

 

「いえ、私は元の自分に戻っただけです。それを気づかせてくれたのはあの子」

 

「大丈夫、迷うことは無いわ。貴女になら、私の子の未来を託せる」

 

不意に耳に響く袁紹の言葉に、劉備は身を震わせた。力がない事も、非力で袁紹の願いを背負う力も無い事も

全てを知った上で、袁紹は委ねると口にしたことに。それは劉備の道の肯定、劉備の理想、劉備の思いを支える言葉

 

「力が無いことを嘆くことは無いわ、きっと貴女は力を手にすることが出来る」

 

「何故、ですか?」

 

「貴女は大器、貴女の周りに人は集う、貴女の器に全てが収まる。私が貴女を認める、私が貴女の道を信じます」

 

魏の雲よりも人を集め、その器に収めきる事が出来ると心から信頼を寄せて微笑む袁紹に

背中に背負うものが、ずしりと音を立てて重みを増すが、同時に力強い手で支えられるような感覚を受けた劉備の顔は

くしゃりと歪むが、直ぐに拳を握りしめ手の甲に歯を立てて噛み付く。己の涙すら、既に己のモノではない

目の前の己を信じる袁紹のモノでもあるのだからと

 

「わ、私は泣くことはしません。血を流す事も。私の命は軽くない、誰よりも重く、誰よりも尊い」

 

「ええ、大丈夫。私は、いいえ私達民はそのことを良く知っている。だからこそ貴女は孤独であり、誰よりも絆を求める」

 

背に背負うものがあるからこそ王は誰よりも尊く重い命を持つと改めて理解した劉備は、魏の曹操と同じ王の風格を纏っていた

 

「華琳さんと同じ、王者の風格を持つようになったわね。今の貴女なら迷うことは無いわ」

 

「はい、有難うございます」

 

一部始終を見ていた関羽は、更に大きく膨れ上がったような劉備に圧倒されていた

明らかに自分よりも前を歩く者として、王として改めて関羽は劉備の姿に衝撃を受けていた

 

だが、同時に不思議な感覚に囚われる

袁紹が変化したことは目の当たりにしているが、果たして劉備を大器と称せるほどの慧眼を持っていたか?

そもそも、袁紹の腹に宿る子供とは一体誰の子供だ?此処まで袁紹を変える事が出来る人物

大きな器を持ち、まるで壁のような圧迫されるような気迫を纏う姿は一人しか居ない

 

「袁紹殿、もしやそのお腹の子はっ!」

 

「フフッ、多分違うわ。貴女が思っている人は、一人の人しか愛せない人。有名ですからね」

 

「えっ、そ、それではっ!?」

 

「貴女は知らない人よ。不思議な人、優しくて器が大きく、儚い印象の人。今も何処かで何かを探しているのかもしれないわ」

 

想像と違う事を言われ、関羽は少し考え己の考えが早計であったと頭を振る。確かに、自分が考えた人物

夏侯昭は、決して他の人間に目移りするような人物では無いと有名だからだ。しかし、そうなると誰なのだと

考えてしまう。だが、それ以上聞くのはやはり出来ない。先ほどと同じ、心に踏み込む礼を失した行為だからだ

 

「ごめんなさいね。唯、あの人は私を捨てた訳じゃないのよ。それに、私は一人ではありませんからね」

 

瞳が少しだけ鋭くなる劉備に、相手を非難する色を見た袁紹は、安心させるように劉備の手を握り絞めて

自分の少し膨らんだ腹へ手を引いて、優しく撫でさせていた

 

「あ・・・」

 

「フフッ、元気でしょう?」

 

膨らんだ腹から劉備の手に伝わる軽い衝撃は、確かに袁紹の中にもう一つの命を感じさせるもので

劉備は、袁紹に断りを入れて耳を袁紹の腹につければ、元気な鼓動が劉備の耳を叩く

 

その音が響くごとに、劉備はもう一つの生命にまで支えられているような感覚を覚え

優しく袁紹の腹を撫でていずれ世に出る命と約束を交わしていた

 

「此処に居たのか、邪魔するぞ、叔父様から文を預かった」

 

久しぶりに安らいだ表情を見せる劉備の元へ突然現れたのは翠。蒲公英を引き連れ、韓遂からの文を携えて

案の定、翠と蒲公英は袁紹達の姿に驚き、文醜と顔良も同じく驚いていたが、袁紹だけは変わらず

 

「貴女の望むモノが来たのかしら」

 

と、渡された竹簡に眼を通す劉備の横顔を見つめていた

 

「はい、袁紹さんの言った通り。私は力を手に入れ器に収めます。行こう皆、目指すのは西涼だよ」

 

記されたのは羌族の文字。全ての手はずを整え、西涼への道を作り上げた韓遂の竹簡に

既に韓遂は己の器に収まっていることを感じ、韓遂の思いを掴むように竹簡を握りしめて立ち上がり

袁紹へ礼をして屋敷の外へと出る

 

屋敷を出る後ろ姿に、翠と蒲公英も関羽と同様の印象を、王者の風格を劉備に見いだしていた

 

「関羽さん、いいかしら」

 

「はい?」

 

「貴女は、貴女だけは信じてあげて。どんなときも、たとえ裏切られようとも、貴女だけは劉備さんを

其れが彼女の力になる。其れが、彼女の心を強くする。信じる人が居れば、彼女は何処まででも強くなる

どこまでもその器を広げて見せる。空よりも広く、海よりも深く」

 

劉備の後を追おうとした所で、袁紹に強く手を掴まれた関羽は袁紹の真剣な言葉に一度、立ち止まる

 

「誰よりも貴女の言葉を欲している。貴女に己の道を認めてもらうことを、己の道を信じてもらえることを」

 

「私に、其れを言う資格はあるのでしょうか。側にいることしか出来無い、力を振るうことしか出来無い私に」

 

「側に居るからこそよ。誰よりも近くに、辛い時も悲しい時も、必ず側に居てくれた貴女の言葉だからこそ力が宿る」

 

其れこそが彼女の誇りとなると言われた関羽は、力強く頷き、一つ頭を下げて劉備の後を追った

 

「姫、あたい達は戦に出られないぜ。悪いけど」

 

「蜀に、劉備さんに力を貸してあげたいけど」

 

「約束をしたのでしょう?其れに私は、望んでません。そんな暇があると思いますか?」

 

戦よりも難しく、困難で大変な仕事が自分達にはあると袁紹は、子供達を優しく抱きしめ

文醜と顔良も、そんな今の袁紹の姿を誇りに思っているのだろう。心から笑を見せて、同じように子供達を抱きしめていた

 

「あ、そういえば白蓮さまは無事だったのかな?」

 

「あの人の事ですから、私達を助けようとして何処かに助力を求めに行ったのでしょう。そのうち戻ってきますよ」

 

「白蓮さまは、堅実な人ですから。お陰で私たちも助かってますけど」

 

和やかな空気を突然壊すように、武器を持った公孫賛とどこからか連れてきた兵が屋敷に飛び込んできたが

三人と子供達の様子を見て察した公孫賛は、大きなため息と共に笑う子供達に頬を赤く染めて、武器を鞘に収めていた

 

 

 

 

「だが遅い、それに呉と力関係が結べたとしても、魏に本気で勝てると思っているのか?」

 

「足りない部分は策で補います。もう既に、そこまでの道を構築して居ます」

 

自信満々に、赤壁の策を心に秘めて韓遂を見返すが、韓遂は心の中でそれは無理だと呟く

何故ならば、夏侯昭の未来図を諸葛亮は知らない。此れほど大きな策ならば、夏侯昭の未来図に必ずあるはず

であるならば、この策は十中八九、成功はしないだろう。むしろ、逆に打撃を受けた蜀と呉は、難なく飲み込まれてしまうはず

 

そして、韓遂は考える。定軍山の策を回避した相手にどうやって対抗するか。そこに不確定な要素を入れ込むしか無い

己の命を賭けて、歴史を変えるしか無い。だからこそ羌族、そしてもう一つ、己の命を捨てる

 

韓遂は、部屋の外で待機する兵に視線を一度だけ合わせれば、兵はその場から直ぐに立ち去る

 

「悪いが、翠と蒲公英をつかいに出した」

 

その言葉に反応し、後ろを振り向けば、先程まで居たはずの韓遂に仕える兵の姿が消えていることに驚く諸葛亮

 

「な、何故ですかっ!?」

 

「何故、何故だと?策が必ず成功する保証など無い、先の戦で理解したはずだ。そして軍師である諸葛亮殿はこう思っているだろう」

 

劉備の考えは解る。だが、和睦は一時的なものだろう。出来る事なら馬騰の役目、戦を治める生贄は曹操であって欲しい

大陸を治めることが出来るのは、一国だけが望ましい。和睦し、手を結んだとしても100年後は保証されないのだから

 

ならば、戦を起こして雌雄を決し、劉備に大陸を納めてもらいたい。出来る事ならば、皇帝となってほしい

 

「現実的な話だな。自分の主人の考えが、理想が、自分の命を賭けたものであるならば尚更だ。和睦など永久の平穏から程遠い」

 

「桃香様が戦わなければならない状況を、私が作りたいと思っていると言うんですか」

 

「クックックッ、泥は用意した。巧く被れるかはお前次第だ」

 

即座に考えを巡らす諸葛亮。自分の心、そして韓遂が何を考えているのかを、瞬時に纏めあげて

気がついた時には唇を震わせていた

 

定軍山を自分が欲している事が敵に知れていること、扁風から手に入れた練兵法、扁風を引き込みたい心

出来る事なら西涼、そして韓遂の言った羌族すら欲しい

 

そして韓遂が扱い切れず危険に感じている感情、殺してしまいたいと思うほどに危険だと

 

「・・・・・・定軍山で死ぬつもりですか!わ、私に死ねと言わせるつもりですかッ!!」

 

「そうだ、今の劉備殿ならば、俺の死で策を立てた諸葛亮殿が自責の念に囚われた心を汲むだろう」

 

「韓遂さんの死は馬良ちゃんの心を揺さぶる。私に、馬良ちゃんを」

 

「欲しいのだろう?お前に預けよう。あの娘は優しい、涼州太守で在る今は、馬家がなくなるのも自然の流れだと思っている

はずだ。仕方がないことだと考えているはずだ。だが、俺の死であの娘の心は大きく揺らぐ」

 

定軍山で夏侯昭の怒り狂う姿を見た扁風の心には隙間が出来ている

それを大きくこじ開けると言う韓遂の瞳は涙は流さないが哀しみで染まっていた

 

「羌族の元へ、西涼へ向かわせるのはそのためですね。今の桃香さまを、馬良ちゃんに合わせる為に」

 

「呉との話は進めているのだろう?羌族の話、フェイの話は良い土産となる」

 

「・・・」

 

手を握りしめ、顔をうつむかせる諸葛亮に韓遂は、瞳を細め厳しい表情を見せる

 

「何を躊躇うことがある、他に残された道はあるのか?あるならば既に実行している。何も無いから呉と話をし

無駄と解っていてもフェイを引き入れようとしたのだろうッ!!」

 

「必ず成功します!貴方を死なせたりしないッ!!私の策はっ!赤壁のッ」

 

感情のまま、策を口にしそうになってしまう瞬間に韓遂は躯から恐ろしい殺気を放ち、諸葛亮はビクリと躯を弾ませ

カチカチと歯を鳴らしていた。軍師が軽々しく策を口にするな、それ以上言葉を発すれば首を落とすと韓遂の眼が語る

 

「軍師の貴女は、今まで兵に命令を下し、戦わせ死なせてきただろう。躊躇うな、馬家の娘達の為に

俺の娘とも言える子供達の為に死ねるのだ。これ程の死に場所があるのか?望んでも用意など出来ぬ」

 

「でも、私は、桃香様の理想を」

 

「・・・ならば仕方がない。劉備の首を取り呉へ、いや魏へ行くとしよう。翠と蒲公英は俺が力ずくで連れていく

座して死を待つ等、俺には出来ん」

 

怒気と殺気を纏い立ち上がる韓遂に震える諸葛亮は、恐怖で動かぬ足を叩き、涙を流しながらも立ち上がり韓遂の前に立ちはだかる

 

「させませんっ!兵を呼びますよっ!!」

 

「俺を止められると思うか?呂布でも呼ぶか?いずれにしろ、俺は捕まらぬし、俺が死ぬことに変わりはない

その時は俺の死を巧く使え、曹操の練兵は出来ぬがな」

 

「どうしてそこまで」

 

「言っただろう、俺の娘達に幸せになって欲しいだけだ。フェイも戻ってくるならば、馬家の三人は蜀の統治の元

涼州が元の姿に戻る。今の翠ならば、鉄心と変わらぬ盟主となろう」

 

揺るがない信念、強固な心。全ては馬家の娘たちの為、涼州の為、そして娘達の信じる王の為

韓遂は己が命を持って、天の御遣いの未来図を破壊し、魏王曹操の首に牙を立てる

 

死してなお決して消えぬ炎となって

 

「解りました」

 

韓遂の心を感じ取った諸葛亮は、ぼたぼたと涙を流し、韓遂の覚悟を受け取る。英雄の死に場所を用意して

 

「ならば俺に言葉を、俺に定軍山へ行けと」

 

「王に変わり、軍師である諸葛孔明が命じます。定軍山へもう一度、そして・・・」

 

うつむき、唇を噛み締め、思い切り手を握り締める

 

「死んでください」

 

「承知した」

 

片手で礼を取る韓遂に、諸葛亮は顔を上げて同様に礼を取る

 

「私も、韓遂さんの心を承りました。必ず、馬家を涼州の盟主として見せます」

 

諸葛亮の言葉に、韓遂は笑で返事をし、立てかけた槍を手に取り諸葛亮へと手渡す

 

「此れは金煌、鉄心の妻が銀閃と対になるよう作ってくれた俺の槍だ。蒲公英に渡してくれ」

 

「はい」

 

「誰か居るか、老兵共を集めろ。戦を始めよう、我らが命を燃やす戦をッ!」

 

韓遂の言葉に屋敷の周りで待機していた古参の兵達は一斉に槍を掲げる

既に武装を整えた男達は、声を上げ殺気を纏い、漲る魂の炎を瞳に灯す

 

「良いか、此れより我らは死地へと赴く。我らの意地を、我らの意志を、我らの魂を継承させよ

連れ行く若き男達に、我らの生き様を見せるのだ」

 

決して退かぬ姿を、愛する者を護る姿を、己の全てを伝える戦を始めよう

 

次の世代に、決して消えぬ炎を灯せと声を響かせ、韓遂は戦場へと向かう

 

諸葛亮は、黄忠と厳顔に新兵を引き連れ韓遂に付き、兵を帰らせる役を命じ

城壁の上で、兵達の姿が見えなくなるまで見送っていた。韓遂達の死地への旅立ちを

 


 
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