No.522276

新生アザディスタン王国編 第3.5話 ルイス・ハレヴィさんを送別する会

千歳台さん

忘年会の季節です。本編とは無関係に、緩~い感じになっております。
新生アザディスタン王国編 番外編となります。

2012-12-24 02:35:24 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1004   閲覧ユーザー数:997

前菜:上海蟹味噌入りフカヒレスープ

 

 手にしたタンブラーに、どぽーっと琥珀色の液体が注がれる。

 アザディスタン王国の、マリナ・イスマイール皇女殿下護衛任務のため王国に出向中のルイス・ハレヴィ准尉は、事の成り行きを理解できないまま、その光景を呆然と見つめていた。

「……って、いや、なんですかこれは」

 我に返ったルイスの指摘に答えたのは、ほんのり頬を紅潮させたマリナ・イスマイール皇女殿下その人であった。

「ほら、なんていったかしら? そうそう、駆けつけ三倍?」

 いや、意味が違いますから、などと突っ込みもままならないうちに、ルイスのグラスにブランデーを注ぎ終えたサーミャ・ナーセル・マシュウールが音頭をとった。ちなみに彼女はまだ素面である。

「それでは、惜しくも当地を去られるルイス・ハレヴィさんの、新天地でのご活躍を祈りまして――」

 マリナが高々とチューハイ入りの中ジョッキを掲げる。

「かんぱーい☆」

 勢いに乗せられる形でルイスもタンブラーを持ち上げると、大振りなワイングラスが当てられて、心地よい音を響かせる。

「まー、とっとと観念して飲んだほうが楽よ?」

 などと言いつつ赤ワインを煽り飲むのは、久方ぶりに本国へ帰省しているシーリン・バフティヤールだ。

「はぁ……」

 手にしたタンブラーグラスから視線を周囲に巡らせる。

 原因不明の攻撃により壊滅状態に陥ったアザディスタン王国が、連邦政府の暫定統治下におかれてから10ヶ月が経過した。

 当初、騒乱状態にあった国内において、治安維持と暫定政府運用関係者の護衛のため派遣されていた彼女らであったが、国内の安定、経済復興が進展し、その任務も半ば達成された。

 これにより護衛部隊の規模が縮小化されることとなり、ルイス・ハレヴィも原隊へ復帰することとなったのだ。

 いわゆる送別会であるから、趣旨も分かる。

 意を決したルイスはブランデーを口に含んでみて、はっとする。

「えっ、コレけっこう、お高いんじゃ」

「さすがハレヴィ家の頭首ね」

 ふふん、とシーリンが指摘し、嬉しそうにマリナが身を乗り出してくる。

「ルイスちゃんの送別会ですもの、ちょっと奮発してもらったのよ」

 そこへ、中華風大皿と数枚の取り皿を持って現れたサーミャが配膳しつつ補足説明する。

「まぁ、それだけではなく、新王宮の落成のお祝いでもあるのです」

 今4人がいるのは、首都マシュファドから少し離れた山間に建設された、アザディスタン王国の新王宮。その中央にそそり立つ塔の最上階である。

 最上階は展望台として解放される予定で、遠景を望めるように壁面はほぼガラス張りの造りになっている。

 今は満天の夜空に煌々と月明かりが射し入る。

 早速、ふるまわれたスープを口にしたシーリンが感嘆の声をあげた。

「ほう……、この、滑らかでなおかつ濃厚な味わい。これは気仙沼産のフカヒレね。それに口に含んだときの繊維の解け具合は、水戻しに紹興酒を使っているのね。ってこれ、蟹味噌入ってない?!」

「はい、今が旬の上海蟹をふんだんに使っています」

 冷静に解説するサーミャを横目に、レンゲを手にしたルイスが呟く。

「奮発しすぎなのでは……」

 さらに隣からマリナが、小皿に取り分けた温野菜のサラダを差し出す。

「このサラダもおいしいのよ~」

 すでにシーリンは短冊切りされたパプリカを口にしている。たしかに美味しい。まず鮮度が違う。一度蒸されているのに、このシャキシャキ感は新鮮でなければ出せないだろう。

「コレ、どっから取り寄せたの? 搬送費もバカにならないんじゃないの?」

 さすがにやりすぎなのではと、少し真面目モードで口調をきつくする。

 応じるマリナは微笑みを崩さない。

「どこだか分かる? アザディスタン産なのよ? パプリカや、そちらのナスは根がとっても長くって水分が少ない土地でも充分育つから、砂漠地帯でも栽培できるの、ってアルジャジーラで放送してたわ~」

「マジで……」

 唖然とするシーリンの横に、給仕をすませたサーミャが席に着きながら補足説明する。

「本当です。品種改良技術や治水技術を他国から供与していただきもしました。結果、荒れ果てた土地でも農業が可能となり、食物自給率も向上しています」

 さらにルイスが思い出したように付け加えた。

「海外開発援助の一環として、弊社の生物化学部門が技術協力していると聞き及んでいます」

「おー」と、どよめく三人。

「さすがロスチャイルド一族の末裔……」

「いえ、全然違いますから」

 

魚介のメイン:本マグロのレアステーキ 九条ねぎと黒酢のソース

 

「この肉厚なマグロも良い素材だわ。もしかしてこのマグロも?」

 牛肉ともみまがう濃厚な味わいを堪能しながら問いかけるシーリンに、サーミャはいつもの平坦な口調で応じる。

「地産地消です。ペルシャ湾は二つの海流が入り混じる、豊かな漁場なのです」

 なるほどと、アザディスタンの漁業はさほど規模が大きくないが、何度か視察に訪れたときを思い出す。あのときの潮の香りが感じられたようで、「へえ」と関心して見せる。

「嘘ですが。近海でマグロなんか釣れるわけありませんが?」

 一瞬言葉を詰まらせたシーリンが、隣のサーミャをキッと睨みつけた。

「あんたとは、出るとこ出て白黒付ける必要がありそうねっ!?」

「いつでもどうぞ、社畜である貴女の立場を明確にしてさしあげます」

 平然と返すサーミャに、苦い表情のシーリン。

「しっつこいわね、フロリダの空出張の件は謝罪したし、減俸処分も受けたでしょう?」

 クラウスの営業出張に便乗したとはいえ、二人で本場のディズニーランドを堪能したのは事実だから仕方ない。だがそれ以前に、サーミャの感情の乗らない受け答えにイラついては、なんとか凹ませられないものかと、せめて睨み返すことで抵抗する彼女である。

「そのことじゃありません、フィンランドのオーロラツアーの件です」

「ごめんなさいわたしがわるかったです」

 一度バレてしまったから、むしろ直後だからこそチェックされまい、と企てた計画はすでに露呈していた。

 終始会話を眺めていたマリナが、気になるキーワードに反応する。

「それでシーリン、オーロラは観れたのかしら? なかなか観れないと聞くわ」

「まぁね、規模の小さいのが少し観れただけ。それでも運がいいほうだってガイドさんに言われたわ」

 27日周期説はよく聞かれるが、発生範囲も広く2~3日ていどの滞在ではオーロラに遭遇できない事が多々ある。事実、シーリンは10日ほど滞在していたのだが、それを口にしないのはサーミャに優しさの欠片があったからである。

 ナプキンで口元を拭きつつ、ルイスがシレっと言う。

「それでしたら、イグルーヴィレッジの近くに別荘があるので、良い時期にご招待しますよ」

 シーリンが思わず身を乗り出す。

「イグルーヴィレッジって、サーリセルカの?!」

「はい、シーズン時期にはよく逗留していましたね」

 マリナがじっと見つめるので、シーリンはすぐに解説する。

「フィンランドのリゾートよ。オーロラツアーのメッカでもあるわ」

「BBCとかナショナルジオグラフィックとかがよく取材申し込みに来るので、ちょっと騒がしいのが困りものです」

 どっかと腰を下ろして、シーリンは腕を組んだ。

(なんだこのセレブ感……っ)

 納得いかない表情で、隣の皇女殿下を見やる。こちらは反してニコニコと笑みを絶やさない。

「マ、マリナも何か反撃しなさいな」

 無茶振りもはなはだしいが、それでもマリナは懸命に応えた。

「え、えっと、わ、わたくしの国では、砂嵐は年間を通じて見ることができる風物詩で、前世紀では作戦名になったりもしたんですよ?」

 

肉のメイン:松坂牛と比内地鶏のすき焼き 生醤油仕立て

 

 席に着いたサーミャが、ワインボトルをシーリンに向けつつ言う。

「しかし、あなたが准尉の送別会に出席されるとは思いませんでした」

「彼女たちがマリナの護衛に尽力してくれたのはたしかよ。感謝するのは当然だし、労うのも然り」

 そう答えて新しく注がれたワインを口にする。

「いえ、そうではなく、グラード氏が国防軍の訓練から戻られていると聞きましたから」

「ぶふっ!」

「あー、やっぱり? やっぱりやっぱり?」

 出来上がってる的なマリナが陽気に絡む。

「シーリンはそういう話を全然してくれないのですもの。良い機会だから聞かせてほしいわ☆」

 かたや真面目な表情のルイスが追い討ちをかける。

「北米市場にお詳しいと聞きました。ぜひお話をお伺いしたいです。主にビジネス的に」

『そうくるかー』と内心つぶやくシーリンであるが、実業家の側面も持ち合わせる彼女であれば興味を持つのも当然だろう。

「我々の商品に魅力があったもの。それだけで市場開拓は容易でしょ?」

 簡潔な返答に、それでも納得のルイスである。

 世界的経済不況と電力供給不足の最中で原油市場を持ち出して見事、成功裏に事業を拡大している。

「売り手市場の強味ということですか」

「買い手が見つかって羨ましいわ」

「なんなのこれは、絡み酒ということなの?」

「そうじゃないわ、シーリン。わたくしは単に恋愛と仕事を両立しているのが素敵だと言いたいのよ」

 なんだか言いすくめられた風で、黙ってグラスを傾けるしかないシーリン。

「否定しませんね、この人」

「黙認ということですね」

 孤立無援状態のシーリンは苦し紛れにルイスに話題を転換する。

「そ、それにしても准尉も気苦労が堪えないでしょう? 3万キロの長距離恋愛とかじゃあね」

「は?」

「昨年からコロニーで働いているのでしょう?」

 途端、ルイスは頬を紅潮させる。

 たしかに、昨年コロニー公社に就職したとメールを受け取っている。もちろん返信してはいないが。

「ど、どうしてそれを?!」

「侮ってもらっては困るわ。アロウズの構成員はすべからく個人情報を把握しているのよ、舐めないでほしいわね、我々反連邦組織カタr」

「ま、まぁ! このお肉なんかも絶品ですよ!」

 シーリン・バフティヤールが反地球連邦組織カタロンの幹部であることは、その噂がほのめかされることはあっても、それらは限りなくグレーに近い情報である。

 もちろん、アロウズ所属の軍人であるルイス・ハレヴィが聞き及んでいないわけでもないが、やはりその判断は曖昧に保留されている実情がある。

 ゆえに不用意な発言をサーミャは肉厚の松坂牛で封じた。

「ああ、でもそうよね、そうですよね」

 手のひらを頬に添えながらも酎ハイを傾けることを止めないマリナは、何度も首肯する。

「ルイスちゃんの器量ですもの、彼氏がいるのは当たり前ですよね」

「そういうわけでは……、確かに彼はボーイ・フレンドですが」

 タンブラーを煽るルイス。

「今の自分には不釣合いだと思っています」

 アザディスタン王国へ護衛任務として着任した初日にマリナ・イスマイールにほだされて以来、彼女の信念は揺らいでいる。

 自身が軍属し、持てる資産を投じてまで追い求めているのは、いったいなんなのか。何処へ至ろうとしているのか、少なくとも沙慈・クロスロードのような前向きな結末には至れないだろうことは分かる。

「もー、ルイスちゃんたら、もー。このお口がひねた事をいうのね!」

「ひゃ、ひゃひをするんへふは」

 戯れに頬をひねりにかかってくるマリナを振りほどく。

「で、でもこの際、失礼ついでにお伺いしますが、殿下にはおられないのですか?」

「まっさかー!」

 楽しそうにルイスの背中をばんばん叩く。

「いえ、実際そういうわけにもいかないでしょう。殿下は公人でらっしゃる」

 彼女とて財界では名の知れた立場にあれば、縁談話、いわゆる政略結婚めいた話題には困らない。

「ウチですらそういう話はあるんです。没落貴族の末裔とか、地方自治体の政治家の息子とか、そーゆーのばっかですけど」

「准尉はナニを見てきたの? ウチにそんな余裕あるわけないでしょう? 国政も成り立たず、負債抱えまくったこんな国を誰が娶ってくれるっていうの?」

 と復活したシーリン。

「傷つくわシーリン。なにもそこまで言わなくても~」

 いじけた風を見せつつ、しかし一度居住まいを正すと、ルイスの問いを改めて考えなおす。

「まぁでもそうね~。あえて挙げるとするなら、彼はよいお友達だったかもしれないわ~」

「え!? ぜひ聞かせてください」

 とにかく自分に向けられた矛先をかわすべく、ルイスはノリノリで反応する。

「彼とはフィンランドで偶然出会ったの。ひと目で同郷とわかったから、旅先だったし、つい声をかけてしまったのね~」

「その口ぶりですと、相手は年下ですね」

「たぶんそう~、でもはっきりとは知らないのね。なにしろ名前も偽名だったし」

「偽名?!」

 調子よく合いの手を入れていたルイスも、差し込まれた不審な単語に停止する。

「い、いったいどういう人物なのですか?」

「ウンフフフー、すごい有名人よ~」

 ルイスの興味を惹けたことに満足げな笑みで、人差し指を立てる。

「何を隠そう、稀代のお騒がせ集団、ソレスタルびーいng」

「ほ、ほら、マリナ! このしらたき! おいしいわっ、よっ、とっ!」

 

 

締め:割り下でじっくり煮込んだトマトをからめたパスタ

 

 まるでラーメンでもすするかのように、割り箸でパスタを口に運びながらシーリンは、わりとどうでもよさそうな口ぶりで言う。

「で、貴女も何かないの?」

 割り下の甘みとトマトの酸味がかもし出す絶妙な味わいを堪能していたサーミャが、こちらもどうでもよさそうに応じる。

「なにがですか」

「恋ばなのひとつくらいないのかって聞いてんの」

 一呼吸分、間を置いてサーミャが答える。

「少なくとも、そちらのお二方のは、果たして恋ばなだったのか? と問いたくなりますが」

 と、どこから取り出したのか、透明な液体がなみなみと注がれたグラスを片手にしている。

 それを、つい、と掲げたかと思えば、その中身が飲み干されていた。一瞬のことである。

「「「え?」」」

 残りの三人がみな目を丸くするなか、最初に我に返ったのはシーリンだった。

「それナニ?」

「日本酒ですよ」

 紙パックをどかっと置く。なぜかテーブルの下から取り出したのだが、その理由を問う者はいなかった。

「え、なにそれ、本当にお酒?」

 彼女らが注目したのは、独特のパッケージングだ。

 牛乳の紙パックの特大版。そのような容器に入った酒などこの国にはない。

「ご存知ないのですか? ニホン最強の酒と名高い銘酒・鬼殺しです」

「お、おおう?!」

「かの名将、ノブナガ・オダが愛飲したという由緒ある一品です」

 日本に造詣が深いルイスであるが、そもそも清酒と焼酎の違いから説明することを考えた時点で、この話題はスルーした。

 なにより、今までアルコールを口にしなかったいサーミャが、ここにきて飲みはじめる意味を推し量れずにいた。

 さきほどの飲みっぷりからすれば、決して酒嫌いというわけではなかろう。

「仕事がら難しいところではありますね」

「はん、ハニートラップとかさ、新人にやらせてんじゃないの?」

「そういうのはイロイロありますけど、それは恋じゃないでしょう。ていうか無理です。状況の変化が激しいので落ち着いて恋愛とか無理です」

 そのような物言いを不憫に感じたのか、いたわるような口調でマリナが問う。

「異動が多いとか、そういうことなのかしら?」

「それもあります。場所も変わりますが、ヒトも変わるのです」

 言いつつ、紙パックを手酌する。

「この肌の色。生まれつきではないのですよ? 顔も何度か変えていますし……。最初は94年のチュニジアでの電力変換技術の移転疑惑、のちの太陽光紛争の引き金となった要素のひとつで――」

 それから小一時間ほど空間が湾曲した。

 サーミャ・ナーセル・マシュウールの十数年に渡る、非正規外交や準軍事活動の軌跡が綴られたためだ。

 はっと我に返ったのはルイスだった。

 傍らには、お互い寄りかかりながら寝入るシーリンとサーミャ。

「殿下、どうなさったのですか」

 席を立ったルイスは、開いた大窓の向こう、外の展望台に立つマリナに声をかけた。

「ちょっと酔っちゃったからー、夜風でもあたろうかなって」

「寒っ! 酔い覚ましってレベルじゃないですよ!?」

「ね、ルイスちゃん」

 振り向いたマリナは、展望台の手すりに背を預ける。

「初めてフィンランドで会った彼は、話し合いなんてやってても争いは無くならないと言ったわ~。クルジスの出身で、カマル・マジリフと名乗ったけれど、もちろん偽名ね~」

 さらっとした物言いのマリナとは逆に、ルイスは狼狽した。

「ちょ、ちょっと待ってください。何を言おうとしているのですか」

「わたくしはソレスタルビーイングのガンダムのパイロットと会ったわ。一時だけど行動を共にもしたわ」

 言い切って、マリナはルイスを正面から見つめる。

 酔い覚ましとは言っていたが、手すりに寄りかかる姿はたしかに、酔いに緩んだ風にも見てとれた。

 それにマリナが言わんとする事は、相当なカミングアウトであるはずなのに、その表情は柔らかい。

 ならば酔っ払いの戯言なのだろう、などと。

 とても一言では片付けられない、妙な雰囲気にルイスは混乱した。

 しかして、さんざん逡巡したあげく、ルイスは肩の力を抜いた。

「数年前、南米のタリビア共和国に端を発したエネルギー使用権をめぐる衝突がありました。ほぼ同じ時期に北欧のテロ組織、リアルIRAが活動休止を宣言しました。当時の自分はただの学生で、これらの事件の経緯が理解できませんでした。なぜソレスタルビーイングはタリビアを攻撃したのか、武力介入を受けてもいないIRAがなぜ活動を止めたのか」

 このときルイスは、微かに笑みを浮かべていた。

 思い返せば、連邦軍のパーティで初めてマリナを見た、あのときの憎悪は果たして。

「この国に来てすぐ、マシュウールさんに言われました。全てが白か黒で片付かない。灰色な部分とは必ずあると。そのように言われてもなお私は、理解した気になっていただけだと思います」

 果たして、この地で経験した事が何を彼女に教えたのか。

「ていうか端的な物言いをするなら、吹っ切れた部分はあります。だから殿下が今になってぶっちゃけようとしている理由も」

 と、心揺らすことなく穏やかに受け答えるルイスに笑みを浮かべる。

「アザディスタンを去るルイスちゃんには、できるだけ本当の事を知ってもらいたかったの~」

 そのような台詞にルイスは口元を歪めてみせる。が、返す言葉を飲み込んでマリナを待った。

「彼はね、ヒトとヒトが理解し合う事で争いが無くなると考えているのね」

 ルイスの微妙な変化に気づけなかったマリナは満足げな笑みである。

「けれど、理解する事とお互いに納得する事とは違う。ヒトは互いに折り合いをつけて生きていくのだと、わたくしはそう思うの~」

 締めくくったマリナの視線が、ふと、ルイスの背後に向けられる。

 いつのまにか復活しているサーミャとシーリンが納得した風で、こちらを伺っている。

「なるほど、それでマジリフですか」

「そうね、だからマジリフだったのね」

 もちろん、手にはワインボトルやら得体の知れない紙パックがある。

 状況を理解したマリナは、ニコニコしながら屋内へ戻る。

 それを見送るルイスは、さきほど口にしなかった考えを再思考する。

 マリナの発言はおそらく、ルイスの反応を予想しての事だったのだろう。

 そのように、他者を諭すような物言いが出来る様になったマリナは――、思い返すのは日本で見せたアズディニー氏への応対が、その片鱗であったのかと気づくのだがそれは、マリナ・イスマイールという人物が国家の主導者としての立ち振る舞いができる人物に変わりつつあるのだと実感させる。

 それを寂しいと言ってしまうのはマリナを困らせるだけだ。

 ルイスも後を追って屋内へ向かいながら、心に決める。

 今は素直に送別の気持ちを受け取ろう。そしてまもなく女王となる彼女を祝福しよう。自分はその場に居合わせないのが残念であるが。

 だから彼女は、全く違う問いを投げた。

「ていうか、サブタイがコース料理仕立てっぽいのですが、デザートは出ないんですか?」

「あるわけないでしょ? アルコール以外に何が必要だというの?」

「オッサンですか……」

 夜はふけていく。

 


 
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