No.519934

神次元ゲイム ネプテューヌV ~WHITE WING~ (4・5)  飛べない天使は、地上の楽園を夢見る

銀枠さん

久しぶりの本編更新です。
出来るなら第一章を今月中に終わらせたい。あと三回くらいで第一章を終わって第二章に移れそうかな? という感じの予定。
本編を更新といっても、4と5の間になるので「よんてんご」話となります。

本当は前話のフラグである四司祭関連も進めたかったけれど、いつもの恒例となりつつある冒頭のリリーちゃんの話がここだけすごく長くなってしまったのと、あまりにも間を空け過ぎていたのと、物語全体の象徴でもある重要な話だったので、ここだけUPする決断をしました。

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2012-12-18 04:55:14 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1016   閲覧ユーザー数:931

第四・五話――飛べない天使は地上の楽園を夢見る。

 

 煉獄の炎が、牢屋を包むように燃え盛る。

 その身に背負った罪を焼き払うように、松明が少女のまっしろな裸体を照らし出した。

 

 私は――私と、うり二つの顔をした少女をうっとりと見つめていた。

 まるで天使のようだと思った。

 白い肌――

 銀色の髪――

 白い翼を生やした、天からの使者のような出で姿。

 それは夜空に燦然と瞬く綺羅星たちよりも、私を夢中にさせた。

 今夜は、どんなお話を語り聞かせてくれるのだろう。

 彼女は今宵も歌う。

“お話をしましょう”

 それは外界への想いを綴った、祝福の調べ――

 希望の歌だ。

 あのときの彼女は間違いなく、私のためだけに歌ってくれる死天使だった。

 不格好にも、翼をもがれている滑稽さだけを除けば。

 

 

 

「今日のお話は、世界が創られた最初の日について」

 アダムはそっと口を開いた。絵本のページを紐解くような静かさで。

 松明のわずかな明かりが、牢屋の中に閉じ込められている彼女の、まっしろな横顔を照らし出している。それは布団の中で、ベッドストーリーを我が子に語り聞かせる母親のように穏やかで、どこか高いところからこちらを見下ろしているような表情だった。

「世界が創られた日……?」

 リリーは小首を傾げながら、姉のまっしろな顔を見返した。物語の先行きが気になるあまり、続きをせがむ子供のような純朴さで、期待と好奇心に満ち溢れた瞳を、牢屋の中へと向けている。

「そう、それは神様が世界を創った日のこと。天地創造――それはすなわち、世界の始まりと呼ぶものに他ならないの。まず神様は一日目に、天地を創り、大空を創った。二日目に、海と大地を耕し、草と樹を芽生えさせた。三日目に、太陽と月と、無数の星々を天空に浮かべた。四日目には水をうごめく魚と、翼ある鳥を生み出した。五日目には、地を這う獣を大地に住まわせた。六日目には地上の楽園を創り上げ、そこに全ての生き物を住まわせた。そして、七日目。神様は役目を終えて、この世界から去った。こうして世界は出来あがったのよ。たったの七日間で」

「たったの一週間で世界を創ったの!? 神さまってすご~い!」

 リリーがはしゃいでいる様子に、アダムもつられて笑顔を見せる。

「神様が楽園に生き物を住まわせたとき、私達の祖先となった人間もそこにいたんですって。名前はアダムとイヴ――そう名づけられた男と女が、最初の人類だったと言われているわ。アダムは土から造られ、イヴはアダムの肋骨から造られたんですって」

「アダム……? それってあなたの名前と一緒じゃない」

 姉はよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに得意げな顔で頷いてみせた。

「そうよ。私の名前はそこからとったのよ。だから自分でつけてみたの。そう言ったらね、執事長さんが笑ってたわ。それは男の名前だって。あなたは女の子なのに、アダムって名前は変だぞって。だから、私はこう言い返してやったの。私達は双子の姉妹で――そのお姉さんが私なんでしょう。お姉さんって事は先に生まれているってことじゃない。アダムもイヴより先に生まれているわ。だから私がアダムなのよ」

「でも、それって男の名前よ」

「ふふ、だって私の一番大好きなお話からとったんですもの。それが男の名前であろうと、私はこの名前を誇りに思うわ。他人からどれだけ笑われようとも、私はこれっぽっちも恥ずかしいとは思わない。あなたの名前がイヴだったら、私達は第二のアダムとイヴになれたのかもしれないのにね」

 姉はひどく安らぎを得ているようだった。

自分をアダムと呼ぶことに対して。いや、自分の名前があることに対してだ。

 しかし、リリーは彼女の本当の名前を知っている。

 ルールローゼ・シュートリッヒ・ウイングナイツ――

 それが彼女の名前だった。

同じ親によって生み出された存在であり、彼女には与えられなかった名前だ。

きっと彼女も本当の名前を知っていると思った。だけど、それを名乗らないのは、私に与えられて、彼女には与えられなかったものの違いからだと思った。

「男の名前で喜ぶなんて……あなた、ちょっと変」

「リリーまで私を笑うのね」

 アダムはすねたように頬を膨らませている。不思議な子だった。大人びていた顔つきを見せたかと思うと、幾分歳の離れた幼い子供のようにころころと表情を変化させたりするものだから、掴みどころのない子だった。

その印象は、彼女と初めて出会ったあの夜から変わりない。

リリーは地下室で姉と出会ってからというものの、家の者達が完全に寝静まった隙を見計らうようにして寝室を抜け出し、この場所へと通い続けていた。

姉はリリーを見ると、嬉しそうに微笑みながらいつでも快く出迎えてくれた。

 

アダムはお話が大好きな女の子であった。

白雪姫、赤ずきん、七人の小人――

といった定番のおとぎ話を語り聞かせてくれるときもあれば、今日お話ししてくれた天地創造などなど、普通はあまり耳にしない話も聞かせてくれるときもあったが、そういった場合、リリーにとって難しく、今一歩のところで理解するに至らない内容であることが大半であった。

そうした話をアダムから聞かされるとき、リリーは決まって退屈を覚えるのだが、その一方で姉への尊敬が深まってゆくのを実感していた。その膨大な知識量と、海のように深淵な記憶力にいたく感銘を受けていたのだ。それを差し引いても、姉の話に引き込まれるような魅力を感じていたのも確かであった。あたかも姉が語る物語を、この目で見聞きしてきたかのような感動があった。

姉の語る世界の住人にでもなったかのような一体感すら覚えていたのだ。

あるとき、リリーは姉の超然的ともいえる記憶能力に対して、

「どこでそんなことを覚えたの?」

と興味本位で聞いてみたことがある。姉はこの地下牢から出られないはずである。それにも関わらず、どこから知識を仕入れているのだろうか。

そんな思考を読み取ってか、姉はどこか含みのある笑みを湛えながら、

「執事長がときどき絵本を持ってきてくれるのよ。私はそこから知識を得ているの。物語とは私にとって知識の源泉であり、私の見ている世界そのもの。外の世界に触れることが出来るのは絵本と……リリー、あなたとお話ししているときだけだから」

 アダムの表情は嬉しげでもあり、悲しげでもあった。一言では言い表しきれぬ、複雑な感情の狭間で揺れ動いているのが感じられた。姉にとって妹とは、血の繋がり以上に、外界との繋がりを感じさせてくれる唯一存在なのだから。

「ねえ、リリーはパンドラの箱って聞いたことある?」

アダムがおもむろに言った。

「ううん」

リリーは首を振った。またしても自分が知らない話であった。

「パンドラの箱――それは目も眩んでしまうような黄金で作られていたの。この世のどんな宝石や金銀財宝よりも強い輝きをもった箱だったんですって」

寝枕で物語を語り聞かせるというよりかは、楽しげに歌うような響きが込められているのをリリーは見逃さなかった。

「だけどね、美しい黄金の箱にはとんでもない秘密が隠されていた。箱の中には、この世のありとあらゆる災厄が詰まっていたの。病気、盗み、ねたみ、憎しみ、悪だくみなど、身の毛もよだつ悪が閉じ込められていて、それらが人間の世界に行かないようにパンドラの箱が作られたんですって。だけど、あるとき箱は開けられてしまった。箱の魅力に惑わされた、欲深き者の手によって。そのとたん、箱の中からは病気、盗み、ねたみ、憎しみ、悪だくみなど、あらゆる悪が、人間の世界に飛び散ってしまったの」

「そんな……それは本当なの?」

「ええ。……でもね、安心して。箱の奥には希望が隠されていたの。そのおかげで、人間たちは、たとえどんなひどい目にあっても、希望を持つようになったと言われているわ。素敵なことだと思わない? それってつまり、人間はどんな逆境さえもめげることなく、乗り越えることが出来る生き物だってことじゃない。どんな暗闇の中にだって、必ず光があると信じられるから」

 アダムは白い両腕を天井へと掲げた。それは、白い翼を広げる天使を思い起こさせた。

「私の世界は、この窮屈な檻の中だけ。いつかこの命が儚く燃え尽きるそのときまで、私はここに閉じ込められる運命なの。自力でここを出る手段も力も私にはない。私が籠の中の小鳥であり続ける限り、ここには絶望しかないのよ」

 アダムは鉄格子の隙間から、力なく手を伸ばした。

 

「でもね、まだ希望はある」

 

リリーの手をぎゅっと抱きしめた。希望にすがりつくように。

 姉の身体は弱々しく震えていた。鳥かごの隅っこで息も絶え絶えに縮こまっている子鳥のように。このとき、リリーはアダムの手が傷だらけなことに気づいた。誰につけられた傷痕なのか。それは他人から傷つけられたものだったり、自分で傷つけたものだった。

 

 “だけどね、それにはルールがある“

 

 ふいに、リリーの脳裡に声が聞こえた。

それは誰の声か。パパの声だった。

 

「パパとママがしきりにいうの。私は悪い子なんだって。パパとママからぶたれたり、髪を引っ張られたりしても仕方のない事だって思ってた。だからパパとママは私を抱きしめてくれないし、“アイ”してくれないんだって。でもね、そこで私は疑問に思ったの。“アイ”っていったい何なのかしら?」

「“アイ”……?」

「それは男と女だったり、同性に生まれたり、神様や運命から与えられたり――“アイ”にも色々な形があるって本に書かれていたわ。でも私には“アイ“が何なのかまるで分からなかった。リリー、あなたなら分かるでしょう? パパとママに“アイ”されているあなたなら」

「好きってことなのかな?」リリーは大きく首を傾げた。アダムの言う言葉の意味を、真剣に考えているようだった。「……私にも分からない。でも、どうすればパパとママから“アイ”され続けるかは分かるわ。ルールを守ればいいのよ」

「ルール?」

「うん。それが家族を繋ぐ“アイ”の鎖だってパパは言ってた。それをしっかり守れる良い子には“アイ”を与えられ続ける権利がある。美しいものほど愛は格別だって教えてくれた。しかし、ルールを破るような悪い子に“アイ”は与えられない。それは醜い事なんだって。パパは醜いモノが嫌いだから、パパは“アイ”することが出来ないって言ってた」

「それはつまり……私が生まれたときから醜いってこと? だからなの?」

「どうなんだろう……分からないわ。私にはあなたが醜いとは思えないけれど」

「ねえ、リリー……」

そのとき、アダムと目があった。

「何が美しくて、何が醜いのか――あなたは分かる?」

黒くうるんだ瞳に、はっと息を飲んだ。深い暗闇を見てしまったような気がして。

自分とうり二つの少女――双子の姉は涙を流していた。

それはまるで鏡を見ているような気分だった。泣いている自分自身を見つめているような、そんな錯覚を覚えるほど痛々しい光景であった。

「……私はずっとそれだけを考えてた。パパとママからなぜ“アイ”されないのかってことを。だけど、答えなんて出なかった。考えても考えても泥沼の中に沈んでいく気分だった。だから死んだ方がいいってずっと思ってた。私には何もないから。でも、死にたくないとも思ってた」

「そんな……死にたいだなんて」

「私は絵本が大好き。ページを開けば、そこには美しい世界が広がっているんですもの。こんな狭い地下牢にいることを私に忘れさせてくれた。鳥かごの外へと――遠い世界へ私を誘ってくれた」

「……うん」

「悲しみも、痛みも、全て遠い世界の出来事なんだって信じられた。これを作り出す人たちを――こんな美しいモノを生み出せる世界を、この目で見たいと思った。それを見れば、美しいモノがなんなのか理解できる気さえした。ここから出られれば外が見られるんだって思えた。……息もつかない美しい世界に触れたい。緑色に光る草原を思いきりかけまわりたい。青い空を見たい」

姉は、冷たい闇に怯えていた。温かい光を渇望していた。

「リリー、……私は醜い?」

「ううん、そんなことない。アダムは美しいわ」

「……嘘。私、普通じゃないのよ。肌だってこんなに真っ白だし、髪の毛も色が無いのよ。おかしいよね、狂ってるよね、こんなの」

震え声で言った。質問ではなく悲鳴だった。

 

「ねえ、リリー。私を“アイ”して」

 

「……え?」

 仰天したような声が出た。姉がより一層の力をこめてリリーの手を握りしめる。すっかり冷えきっていった。

「私には何もない。男でも女でも、神様や運命でも何でもいい。“アイ”がほしいの。何もないまま死にたくなんてない。だから……私を“アイ”して」

「いや、でも……」

「リリー、あなたも私を醜い子だって思うの?」

「いいえ、そんなことはないわ」

「じゃあ、あなたにとって私はなんなの?」

「双子の姉妹で……私の姉」

 アダムは首を振った。あまりの激しさに涙のしずくが飛び散った。

「ちゃんと答えて!」

「……」

 リリーは姉の手をそっと握り返した。

牢屋の向こう側に広がる闇と、しっかり対峙し合うように。

うり二つの少女と、真っ直ぐから向き合った。

鏡に映る自分を――泣いている姉の涙を、優しくぬぐってあげた。

 

「――あなたは美しいわ」

 

姉がはっと息を飲んだ。何が起こったのかも分からないのだろう。涙でぬれる瞳をより一層、うるうると滲ませながら、時間が停止してしまったかのように呆然と凍りついている。

姉の頬から一筋の涙が伝わっていく。与えられたモノの素晴らしさと、その喜びに。

涙と一緒にどんよりとした感情がこぼれ落ちていくのを感覚した。今まで耐えてきた孤独や苦痛に、その暗闇から解放されていくようにさえ思えた。泣くのは辛かった。息苦しかった。それでも、自分を殺す必要はもうなかった。

やがて、リリーの手から温かな血が滲んでいることに気づいて、

「あっ……」

 慌てて手を離した。爪が食い込んでいることすら気づかず、強く握りしめていたらしい。

 二人の間に沈黙が流れた。それは決して気まずい沈黙ではなかった。言葉を暗闇の中から、探りよせるようなものだった。次になんと言葉を紡いだらいいのかまるで分からずにいる。

その沈黙を破るようにして音が響いてきた。

 それは0時の鐘の音だった。

「ごめんなさい。今日はもう帰らないと」

「ええ。急いで戻らないと、シンデレラのように魔法が解けてしまうわよ。名残惜しいけどね」

 姉はくすりと笑った。さっきの涙もどこにいったのやら、いつものイタズラ好きの少女のような笑みを浮かべている。その表情は心なしか、ありがとうと告げている気がした。

「ねえ、リリー。……また明日も来てくれる?」

「うん」

リリーはうなずいた。姉のいた、暗闇に背を背けて。

 

 

 

 

 階段を昇りながら、姉の泣き顔を思いうかべていた。

 ルールとは何だろう。考えても分からなかった。

ただ分かっているのは、ルールを守るということは、愛を与えられるということ。

決して疑うようなことはあってはならない。

それを疑うということは、パパとママから与えられる愛に疑問を抱くことなのだ。

 すなわち、家族を裏切ることに繋がる。

 でも、それは正しいことなのだろうか。私は、ルールを守ることが必ずしも正しいこととは限らないように思えてきた。本来、こんなことを考えるのはいけない。それは愛に背くことだから。だけど、そのルールの重さに姉は苦しめられていた。家族を守るためのルールに。醜いという理由だけで“アイ”を与えられなかった。姉は何も悪いことをしていない。ルールに背いてもいない。ただ、生まれてきたという理由だけであんなひどい仕打ちにあっていた。白い肌と、白い髪のせいで。

 だけど、一つだけ分かったことがある。

 カギを持っているのはパパだと私は思った。姉を牢屋に繋ぐ、カギを持っているのは。執事長では断じてないと思った。確信があるわけではない。仮にも姉は血の繋がった家族なのだから、そんな大事なモノを家族以外の人間に持たせているわけがないと思ったからだ。

いや、違う。

信じたいのだ。パパとママが、姉のことを本当に愛しているかどうかを。

 だってパパは言ったではないか。

 “親が娘を愛するのはどこの家庭も当然のことだ。愛とは与えられるもの。親は子に惜しみなく愛情を与えなければならない。親であり続ける限りは、人間であろうと動物であろうとその役目を背負わなければならない”

 それが本当ならば、姉も例外ではないはずだ。

 私は姉のために、あえてルールを破ることにした。

 それはパパがしきりにいう悪い子だった。醜い行いだった。ルールを破るとはそういうことなのだ。しかし、パパとママの愛に背く結果になろうとも、私は行動せずにはいられなかった。

 アダム――姉が、ルールローゼではなく、自分をそう呼ぶことで安らぎを得ている姿を思い出した。そのことにひどく安心を覚えているのと同じように、パパとママが娘を愛しているかどうかを聞いて、私も安心したいのだと思った。

 あなたは美しい――姉にそう言ったときのことを思い出した。喜びに打ちひしがれる姉の顔を。子供のようにぼろぼろと涙を流していたときのことを。

 あのとき、何かを与えられる喜びを、始めて知ることが出来たように思えた。

他ならぬ自分の手で。

 それはなんて心地よくて、気持ちの良い事なんだろう。

 きっとパパとママが、私に“アイ”を与えているときも、同じ気持ちなのだと思った。

「……待ってて、お姉ちゃん。私が美しいモノを見せてあげるから」

 声に出してびっくりした。お姉ちゃんって呼んだことに、初めて気づいた。そんな単純なことになぜか驚いている自分がいて、その事実にすごく心が躍っていたのだ。

 私はカギを探す決意を固めながら、天へと続くような階段をうきうきとした面持ちで早足で昇っていく。

 

「――リリアーヌお嬢様、こんなところで何をしていられるのですか?」

 

 前からそんな声が降ってきて、私はぎくりとなった。愛称のリリーではなく、本名のリリアーヌで呼ばれることに対して。さらにその声は聞き覚えがあった。いつものなじみ深い存在として。私の中で口うるさい存在として認識されている痩身を。私をリリーではなく、リリアーヌで呼ぶ堅苦しい人なんて一人しかいない。

「し、執事長……さん?」

「もう就寝時間は過ぎていますよ。夜遊びは感心しませんなあ」

 私は見上げた。そこに立ちはだかる存在を怖々と。いつものように頭の血管をひきつらせ、癇癪を起しながら私をパパとママのところへ引きずり、説教を始めるに違いないと確信していた。私は全身が震えあがった。それは夜の寒さからではなく、これから起こり得る恐ろしい出来事に対しての畏れだった。立ち入りを禁じられていた地下室へ許しなく入ったのだ。それはルールを破ること。悪い子のすることだ。パパとママの愛から遠ざけられることなのだ。そして、それが意味することはアダムに――姉に会う手段すら取り上げられてしまう。

「しかも、こんなところにいるとは……あなたはここがどういう場所かご存じであるはずだ。リリアーヌお嬢様は聡明だ。だから理解しているはずでしょう。ここに入るということの意味を」

 想像もつかない恐ろしさに、ただただ震えている事しか許されなかった。

「そして、あなたがこうして戻ってきているということは……この先にあるものを見てしまったということか。それなら失礼を承知の上で、私の方から一つ申し上げさせてもらいます――……」

 執事長はしわくちゃの眉間を寄せながら、射抜くような厳しい眼差しで言った。しかし、それは私の予想を遥かに裏切る言葉だった。執事長の仕来たりを重んじる病的なまでの厳格さと、岩石のようにお堅い真面目さを知っている私からすれば。

 

「どうか……ルールローゼお嬢様を自由にしてあげて下さい」

 

 懇願するように白髪に染められた頭を下げたのだ。

 

~(5)へと続く~

 

キャラクター設定。

 

名前:ルールローゼ・シュートリッヒ・ウィングナイツ      別名/ニックネーム:アダム

 

生物的特徴について

性別:女     年齢:16(双子

 

外見的特徴について

身長:151      体重:37kg

見た目:白い髪と、白い肌。

服装:ボロ布

仕草・クセ:リストカット+血が出るまで指を噛む。 

 

リリーの住む豪邸の地下に封じ込められている謎の女の子。その正体はルールローゼ。リリーの双子の姉である。地下牢では、執事長にもらった絵本を読むことで無限に続くような時間を過ごし、外の世界に想いを馳せている。妹のリリーと違い、なぜか白い肌と、白い髪であり、そのためか両親からは疎まれ、地下牢へと隔離されている。


 
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