No.517756

『舞い踊る季節の中で』 第129話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 桃香達の手助け。そう名目は在るものの必要以上の力を貸す事が無い呉勢。
 だがそんな訳があるはずも無く、一刀達は密かに動き続けてきたが、それにも先が見えてきた。
 そんな一刀の前に、知と経験を経た二人が一刀を見定める。

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2012-12-12 19:07:05 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:8511   閲覧ユーザー数:5755

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   第百二十九話 ~ 妖艶の微笑みに刀は心を舞わせ、命の灯に身を焦がす ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、初級医術

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

        

 

 

 

一刀視点:

 

「ふぅー、こんなものかな」

 

 たった今、とりあえずの完成をしたばかりの工作物を片手に、手元から目を離して改めて全体を見直す。

 まだ組み立てられていない其れは、本来の姿から程遠い状態ではあるため、手伝ってくれた人達には用途不明どころか、この世界の人達には使用方法すら想像できないであろう品物。

 それは材料や形状の他に幾つか特殊な加工をしてあるとはいえ、所詮は布と棒でしかなく。その体積の殆どを絞めている布状の部分も、とても弓矢などに堪えられるような頑強なものではない。

 首を傾げながらも作るのに手伝ってくれた朱然や丁奉達には、いったいこれが何なのかを何度と聞かれたが、まぁ言っても多分信じないだろうし、あまりこういう品物を今のこの世界に広げるのは良くないと考えているため。

 

「んー。ないしょ。

 でも使う時はきっと分かるから、それまでの楽しみと言う事にしておいてくれると助かるかな」

 

 そう言って、残念そうにする皆を余所に俺は其れを大きな袋にしまいこむ。実際の仕上げは俺一人でやるつもりなので見せれるのは此処まで、手伝ってくれた皆に礼を言って天幕の外まで見送るのだが、実際これが考えた通りの威力を発揮するかはやってみるまで分からないけど、やるだけの価値はあると思う。

 もっともそんな評価は無事(・・)でいられたらと言う前提条件が付くが、九割方は巧く行く自信はある。それくらいの力をこれは持っている。

 ………問題は、知識はあっても俺自身がこう言うものを使った事が無いと言う事なんだよな。

 こればかりは下手な所で練習する訳にはいかないし、ぶっつけ本番で上手くいく事を祈るしかない。とまぁ不安要素が盛り沢山なものだから下手に言えないと言うのが正直なところでもあるんだよね。

 

「さてと、まだ夕餉にも早いしどうするかな」

 

 厳顔と魏延、そして俺の世界では五虎将の一人である馬超とその従妹である馬岱を味方にする事の出来た桃香達は、黄忠の狙い通り益州攻略は以前に比べれば一気に楽になったと言っていいだろう。

 なにせ彼女達はこの国における将の要であり、多くの諸侯の信頼を得ていた黄忠と厳顔の二人が、敗れたのではなく桃香達に付いたのだ。

 この事はこの国で燻っていた多くの有力者達をも取り込む事が出来たと言える。

 当然ながらそんな事を成都に居る劉璋達が許す訳はないのだが……、其処は其処、既に求心力を無くしていたと言う事もあり、此方に多くの勢力引き込む事に成功した。

 その華々しさの裏には明命を始めとする部隊の影ながらの活躍がある訳で、彼等に此方の情報が行くのを少しでも遅らせたり、彼等より早く黄忠と厳顔の二人の連名による親書を送れた事によって、諸侯を取り込む事に動く事が出来たのが大きい。

 それでも平穏だったこの国において、敢えて裏切ろうとする者は、先が見えている者か野心が在る者だけ。

 籠城戦をするであろう成都を落とすには、正直、かなり心もとないのが実情だ。

 

「一刀さんお出かけですか?」

「ちょっとね」

 

 自分の仕事に一段落ついたのか、俺の所に駆けてきた明命の姿に、俺は小さく微笑みながら明命の頭にそっと手を置き、彼女の髪を何度も優しく指で梳いて行く。

 明命の綺麗な黒髪は、今は夕暮れの赤い日差しに照らされて、幻想的な輝きをその髪の艶に照らされ、一瞬彼女を遠くに感じてしまうほど美しく演出するのだが、明命の温かく優しい笑みがそれが現実のものだと、此処に居るのだと俺をこの世界に引き戻させてくれる。

 うん、何時触ってもサラサラだよな。それに暖かくて良い香りがする。

 

「ん♪」

 

 俺の手の感触に擽ったそうに小さく身を震わせながらも、俺に身を任してくれる明命の姿に、ちょっとだけ心が救われる。

 本当に明命には、何度も助けられている。

 

「なぁ明命。今度の戦をどう思う?」

「ん~…、正直難しいですね。 成都は離れているとはいえ山に囲まれた自然の要塞ですから、籠城をされたら短期間で落とす事は不可能に近いです。劉備達に長期戦を仕掛けるほどの余裕はないですし、本国もそこまでの支援をする気も余裕もないと思います」

「だろうな。こればかりは将が幾ら優秀かつ勇猛であっても、どうにもならないよな」

「流石に頑強な城壁を相手では、どうしようもありませんね。 少人数でなら忍び込む事も可能ですが…」

「それだと出来る事なんて知れてるよな」

 

 顎に人差し指を当て、やや下を見ながら律儀に真剣に考えながら答えてくれる明命。

 実際どう攻めるかは朱里達が考えているだろうし、黄忠と厳顔と言う地の利も内情も詳しい二人がいる以上。今の桃香達ならばなんとかなるとは思うが、短期決戦でなければいけない事が話を難しくしているのも事実。

 俺達孫呉の部隊は少数でしかないし、あくまで裏方兼監査役が建て前である以上。益州の攻略と統治は桃香達の手で(・・・・・・)行わなければいけない。

 なによりこの間の戦で表だって手を貸す必要性は、今の桃香達には無くなった以上。あちらとしても俺達に動いて欲しくないのが本音だろうな。………でも悪いけど此方の都合もあるんだよね。

 

「嫌な仕事押しつけて悪いけど、一応疑心暗鬼になるように仕掛けておいてくれると助かるかな」

「一刀さんが謝る必要はないです。 それが私の任務でもありますから」

「そうだったね。 ありがとう明命。君がいてくれて本当に助かるよ」

「はい、私も一刀さんがいてくれて助かっています」

 

 心の中の元気さを表すかのように掌を元気に打ち合わせる明命に、申し訳ないとか、救われるとか、そんな事など欠片も関係なく嬉しくなる。

 彼女が笑顔でいてくれることに…。

 こうして傍にいてくれることに…。

 心を触れ合せれる事に…。

 たったそれだけのことが……。

 大切で、幸せで、嬉しくなる。

 

「どんなふうに仕掛けますか?」

「そうだね。ありきたりだけど裏切り者がいるように噂を広げくれれると助かる。桃香達の城攻めに呼応して内部で反乱を起こすとかね」

「そうですね。なら噂だけでは無く黄巾の時に使ったように弓矢で外の人間が、中と連絡を取り合うように見せかけるとかはどうですか?」

 

 だから俺は頑張れる。

 こんな良い娘が傍にいてくれるから…。

 明命だけじゃなく翡翠もそうだけど。守りたい家族がいるから…。

 こんな俺を支えてくれる優しい人達のささやかな夢があるから…。

 それを叶えてあげたいから…。

 こんな俺でも力になれるならば…。

 

「流石明命だね。噂だけよりその方が真実味がでると思う。

 ただ気を付けないといけないのは、噂の的とする相手と噂の深度かな。

 相手だって馬鹿じゃないんだ。怪しい奴の中で被害の少ない奴を裏切り者と仕立てあげて、見せしめと士気の向上を謀る可能性も十分あり得そうな人間も何人かいるようだしね。

 まぁ派閥争いを利用するのが一番だろうけど、出来過ぎた話は良くない。

 あくまで可能性と言う程度と、それを後押しする程度の何かかな」

「分かりました」

「あっ、言っておくけど」

「くれぐれも無理をしない、させないですね」

「ああ、今回の主役は桃香達だ。広い視野で見れば俺達孫呉に関わる事だけど、無理をするべき時でもないからね」

「はい」

 

 例え人間として最低になってでも。

 薄汚い大人になろうとも。

 

ぎゅっ

 

 温かくて小さな手が俺の左手を包み込む。

 幾つか蛸が出来ているけど、それでも男ではありえない女の娘の独特の手。

 この手で大勢の人達を守ってきたとは思えない程、その手は柔らかく暖かい手。

 なにより強く優しい手から、俺の掌を通して何かが入ってくる。

 

「で一刀さん、何処へ行くんですか?

 気のせいかもしれませんが、今、ちょっとだけ危険な眼をしてましたよ。

 また私達に黙って何か危ない事をしようとかしていませんよね?」

「はははっ」

「何で笑うんですか。

 私、何か可笑しな事言いました?」

 

 彼女の言葉に…。

 掌から伝わってくる心に…。

 俺は可笑しくなって、小さくだけど、つい笑い声をあげてしまう。

 

「いや、明命は何もおかしい事なんて言ってないよ」

 

 ああ、明命はおかしな事なんて言っていない。

 おかしかった。……いや、愚かしかったのは何時も俺の方だ。

 

「また明命に助けられたって気がついただけだよ、本当にいつもありがとうな。明命」

「はぁ、一刀さんがそう言うなら、そう言う事にしておきますが、結局何処へ向かっているんですか?」

 

 最初は特に何も考えずに脚を動かしていただけだけど、何かえらく気にするなぁと思いつつ、何か予定があるのかと聞いてみると。

 

「いいえ、そう言う訳では無いのですが。

 ……そのぉ、何となく一刀さんから目を離しちゃいけないって気がして」

 

 なるほど……、まぁ確かに俺は以前、連合軍に冤罪を着せられた月と詠を助け出すために勝手に動いた事が在ったから、もしかして今回もと考えたのかもしれないな。

 そういった前科がある俺としては、確かにそう思われてしまえば二の句を継げない訳だけど、何らかの形で決着を付けなければいけない連合軍と違って、今回は桃香と月だからそんな心配はない。

 確かに袁家の老人達が美羽達を餌にしたように奴らが劉璋をそうしないと言う保証はないが、明命の集めてきた情報では少ないながらも劉璋側の人間が軍部にもいるので、それ以上の心配をして下手に動けば、それこそ劉璋の首を絞めかねない。

 だから、そんな心配はないと。

 

「心配されるような事をする気はないよ。 ただ人に会いに行くだけ。

 ほら、なんやかんやとあって、まだ黄忠さんや厳顔さん達とはあまり話をできていないだろ?

 それに聞きたい話もあるし」

 

 これは本当の事。 歩き出してからそう言えばと思い出し、今の時間帯ならさして問題はないだろうと、勝手に判断して思いつくまま気の向くままと足を運んでいる訳だ。

 あちらさんも俺達の事は桃香達からそれなりに聞いているだろうから、いきなり取って食われるような事はないだろうし、少なくても黄忠さんの人柄を考えたら、ほぼその辺りは安心だと断言できる。

 その辺りは明命も分かっているはずなのに……。

 

「……やっぱり、来て正解でした」

 

 と、何故か不機嫌な表情で、小さく零してらっしゃる。

 ………え~と何故? WHY?

 しかも、更に何故かこの世の終わりのような顔で『やはりお胸でしょうか?』とか『私とそう歳も変わらない馬岱はあんなにも……』とか意味不明な言葉をブツブツと……うん、何か恐い。

 えー…と、そうだ。

 

「明命も付き合う?」

「もちろん。そのつもりです。

 ……えーと、その…一刀さんが迷惑でなければですけど……いいです…よね?」

 

 聞くまでも無く、既に明命の中では決定事項だったらしい。

 ……ああ、なんかこう言う所は雪蓮に似てきた気が………、うん、やめよう。そんな怖い想像は。こう何か精神衛生上凄ぶる悪い。

 それに一応言葉の後半は申し訳なさそうに言っていたし、下からこう不安げに聞かれたら断れるわけもない。別にやましい事なんて少しもないしね。

 だからこの際、身の潔白を晴らすため?と言うのもおかしいけど。

 

「じゃあ一緒に行こう」

「はい」

 

 そう、もう一度手を握り直す。

 ほんの短い間の事だと分かっていても、俺と明命はお互いに手を握り直す。

 もう二度と離さないように…。

 この温もりを忘れないように…。

 優しさと決意を忘れないように…。

 ああ、そうだな。それでもこれだけは言葉で伝えよう。

 そして言葉と共に伝えよう。

 君のおかげでどれだけ救われたかを…。

 この世界で楽しいと思えるようになったかを…。

 絶望と闇の中で君の存在がどれだけ支えになったかを…

 今こうして、俺自身の願いと共に歩めるようになったかを…。

 どんなに明命を想っているかを…。

 今できる精一杯の笑顔と共に…。

 

「明命。君と出会えて良かったよ」

 

 

 

 

「よくぞ来た。歓迎をしよう。 …と言いたい所だが、生憎とワシと紫苑のみでの。

 ワシとしては貴公がどういった人物なのかを定めるべく話をしたいのが山々なのだが、……まぁ分かるだろ?」

「はははっ。桃香達はともかく、ってことぐらいわね」

 

 どこか少しおかしそうながらも、笑顔で俺達を迎えてくれた厳顔が身も蓋も無く本音をぶつけてきた事に驚き半分、おかしさ半分でつい笑みを浮かべてしまう。

 なんというかある意味想像した通り豪胆な人なんだけど、その豪胆さが想像以上であるだけでは無く。懐の深さを感じる老獪さが気持ちよくなる。

 なんというか、じっちゃんを彷彿させる人だ。まぁ幾らなんでもじっちゃんと比べるには、あまりにも彼女に失礼だと解ってはいるんだけどね。

 実際、周りの兵士達や民の事に走る動揺や憶測を心配する彼女の気持ちは分かるけど、俺の方としてもまさかこんな事になっているとは思っていなかったしね。

 

「忙しいならまた出直すけど・」

鈍間(のろま)の焔耶のくせによくもやったわねっ! でいでいでいでいっ!」

 

ぎぎぎっんっ

 

「くっ、相変わらず口の悪さと素早しっこさだけは一人前だなっ、このチビすけっ」

「チ、チビッってっ!よくも人が気にしている事をずけずけと言ってくれるわねっ。身体と胸が一人前に大きければ偉いってもんじゃないでしょう!

 まあアンタの場合、お尻の大きさだけは一人前以上だっけ? そんなに大きかったら重すぎて馬にも乗れないよねっ」

「そんな事あるか馬鹿者っ!

 重いのは得物である鈍砕骨であって私なものかっ!

 勝手に人の体重を化け物染みたように言うなっ!」

 

どごーーんっ

 

「ふふーんだ。獲物は己と一体なんだから一緒と考えるのは武人として当然でしょ。

 そんなんだから大事な獲物を粉微塵にされるんだよ~だ」

「こ、この人が黙ってれば無茶苦茶な屁理屈を並べて」

 

ぶぉんっ

 

「全然黙ってないじゃないっ。手も、口も」

「うるさいっ。大体お前は人に武人だ何だと言えないだろうがっ。 あんな各下相手にあっさり負けた上に、みっともなく捕らえられたくせにっ!」

 

ぎゃりり

 

「わっ、そう言う事を言うわけっ!?

 そりゃあ白蓮さんは確かに武人としては各下だけど、そんな風にしか見れないんじゃ、また華雄さんと戦うまでも無く負けは決定かな」

「だまれっ! 次は必ず勝つ!」

 

ごすんっ

 

「またまたは~~ずれ~。だいたい、鈍砕骨だっけ?

 そんな特殊な獲物の予備を持ってるって事は、もしかして獲物を駄目にされたのって今回が初めてじゃないとか?」

「そんな訳あるかっ! これは鍛錬用の模造品だ」

「た、鍛錬用って。 どこが違うのよ。大きさも重さも強度も大体一緒じゃないっ」

「お前の目は節穴かっ! よく見ろ棘の鋭さが違うっ!」

 

ぎりぎりっ

 

「ちょっ…、あ、あのねっ。 鈍器相手にそんな些細の違いなんて何の意味もないじゃないっ!

 こんな超重量級の獲物がまともに当たったら、本物も模造品も関係なく挽肉じゃないのよ」

「何を言うかっ。心構えが全然違うだろうがっ!」

「うわぁぁぁぁ……ば、馬鹿だ。本物の馬鹿がいるよ。お姉様以外に初めて見た」

「貴様、私を本気で侮辱するつもりかっ」

「蒲公英っ。後でちょっと話があるから覚えてろよっ!」

「げっ! お姉様がいるのすっかり忘れてた」

「わはははっ、お前ら私をあまり笑わかせてくれるな。腹がよじれきれそうだ」

 

 少し離れた所に築かれた人垣の向こうから聞こえる喧騒と聞こえてくる会話に、厳顔は頭が痛そうに額に手を当てながら「……恥を掻かせおって」と言葉を洩らし。

 そんな厳顔に黄忠が「二人ともまだ若いんだから、とことん話をさせるのは大切な事よ。 翠ちゃんも華雄ちゃんもついているんだから心配はないわよ」と宥めるているが、せっかく厳顔が後ろの光景を無かった事にしようとしている所に、あんな大声で喧嘩じみた仕合をされては身も蓋も無くなってしまうんだろうね。

 

 どごぉぉーーんっ!

 

 あっ、轟音と地面を伝わる振動と共に砂埃が空高く舞いあがった。

 あれだけ舞い上がるって事は、地面が大きく凹むほどの威力が振るわれたんだろうけど………。

 

「へへ~~~んだ。そんな馬鹿力を幾ら振るったって、当たらなければ意味なんてないもんね~」

 

 俺から見たら十分に化け物染みた威力を目の前にしていながら、人をからかう様な明るい声が砂煙が舞う中で鋭い剣戟の音と一緒に聞こえ続ける所を見ると、彼女等にとってはそんな事は理解の範囲の出来事でしかなく。逆に舞い上がった砂煙を利用し馬岱が砂煙を隠れ蓑に攻撃をしているらしい。

 ……うん、流石にこれだけ立て込んでるようなら出直した方が良いかなぁと一瞬思ったけど。彼女達にとって日常茶飯事的な出来事なら、本当に大した用事で来た訳でもないし。その方が逆に真剣な雰囲気にならないで済むかもと我ながら自分に都合の良いように勝手に決めつけ。

 

「そちら思っているような重い話をしに来たわけじゃないんだ。此れくらい騒々しい方がちょうどいいくらいかもしれない程度の事さ。

 それにしても女の子同士の喧嘩は華やかだねぇ」

「……本当にそう思うか?」

 

 俺の言葉に厳顔は呆れたように半眼で訊ねてくるが、嘘は………多分言っていない。

 少なくても状況を無視して声だけ聞けば、うちの所の喧嘩より喧嘩らしい喧嘩と言える。

 なにせ大抵の場合は最終的に冥琳や翡翠が。

 

『ほう、私も話に混ぜてはくれぬか。 なに断ってもいいが、その時は……分かるだろ?』

『ふふっ。もう少し詳しいお話をアチラでしませんか?』

 

 と言った感じで大抵の場合、二人が雪蓮や穏所か年上の祭さんまで黙らせてしまう。

 祭さんに関しては黙ってあげている節が多々あるけど、最終的には概ね一方的に決着がついてしまう。それに軍部全体が規律を重んじているため、上下関係がほぼ絶対と化していると言うのも要因の一つだろうが、それはそれだけ上の言葉に対して信頼をしていると前提条件が無ければ成り立たない。

 もっともイザコザ程度ならば結構日常茶飯事だったりするし、思春なんか何かある度に俺に突っかかってくるし、シャオや美羽達の場合もあるので一概には言えないけどね。

 だからある程度は此方の人間の非常識な力には慣れていたつもりだけど……。

 

「ごめん。ちょっと引いてるかな。正直あれに巻き込まれるのは勘弁願いたいと言うのが本音だよ」

「ふん、まあいい。ワシ等の方こそアレを日常茶飯事と思うてもらっても困………のう紫苑。気のせいと思いたいのだが……」

「……多分、その通りになるでしょうね。残念だけど他の娘達も大なり小なり似たような所を持っているでしょうけど、それはあの娘達が力をもっている証拠でもあるわ。私達だって若い頃には身に覚えがあるでしょ?」

「………昔を思い出させるでない。酒が不味くなる。

 だいたい貴様とて人の事言える身では無かろう」

「そうね。だからこそ私達の時のように、きちんと年上の者が見ていてあげないとね」

「ふん。これ以上お主とその話をしている酒が不味くなる。…して天の御使い殿の用とは何じゃ?」

「天の御遣い殿って言うのは頼むから止めてくれ。周りが噂するほど大した人間じゃない。それに今日は個人的な用件で赴いたんだ。北郷で構わないよ」

「それは酒を飲みながらでも話せるような事か?」

「ああ、その程度の事さ」

「ならば問題はあるまい、ほれっ」

 

 そう厳顔は持っている酒杯を俺に投げ寄越す。 って、中身が入ってるじゃないか。まぁ零れなかったから良いけど。

 つまり厳顔は酒を交わして話せる程度の事ならばどうとでも言い訳が聞くし、その程度の話なら互いの立場が在ろうとも話をするに値すると言ってくれている。

 だから彼女の返事を酒と共に呑み込む。

 

「ぷはぁ……だいぶ慣れてきたつもりだけど、やっぱりこっちの酒はきついな」

「ふんっ、戦場に持ち込む酒だ。きつくなければ役に立たぬ」

「ああ、そうか。 気付けや消毒にも使えるからか」

 

 確かに、そう言われれば雪蓮と祭さんは例外としても、明命達が酒に強いのも納得が行くかな。

 今迄其処まで考えていなかった事に気がつくと同時に、その事を教えてくれた彼女に心の中で感謝する。

 だけどそんな俺に厳顔さんは軽く笑みを浮かべて見せてはいるけど、その瞳は硬く冷たいまま。

 

「……酒で満たされた杯を投げ渡したにもかかわらず、酒を一滴も零さぬとは。……なるほど、紫苑の言を疑う訳では無かったが、只者ではないのは確かなようだな」

「ぁっ…」

 

 ……やられた。

 あまりにも厳顔の行いが自然で、其処まで気がつかなかった。

 劉達にとって支援者であり賓客でもある俺を、国として非礼にならないギリギリの所を見極めて仕掛けてきた一手。 酒の上で無礼講だと言う言質を取った上でね。

 その老獪な手腕は流石と言うべきかな。なにより相手である俺にそれを不快にさせない所がね。

 だから、俺は笑みを浮かべながら返して見せる。

 

「はははっ、じっちゃん達の酒宴に時折付き合わされてたから、今程度の事なら嫌でも身に付いたよ。

 零すなっ酒がもったいない。零すなら意地でも飲み干せっ。だなんて無茶苦茶言ってったからね」

 

 悪戯はそれくらいにしようと。

 本当にただ話に来ただけだと。

 俺程度を態々試す必要はないんだと。

 俺は俺として、厳顔、アンタと話しに来たんだと。

 まっすぐと彼女の瞳に語りかける。

 その願いが届いたかどうかは分からない。

 だがそれでも彼女はその瞳に小さく笑みを浮かべ。

 その視線でもって己が非礼を詫びながら投げ渡した俺の杯に酒を注いでくれる。

 

「これも年寄りの悪い癖でな、若い者を見ると試したくなる」

 

 そう己が杯にも酒を注ぐなり口を付けながら、俺の想いに応えてくれる。

 だからその事に対して俺はそれ以上何も言わない。

 ただ俺の望みに応えてくれた事に…。互いの立場があるにも拘らず、俺の話に付き合ってくれると言う彼女の優しさに。

 

「年寄りじゃないでしょ。美人なのにそんな事言ったら勿体無いじゃない。

 厳顔さんは俺から見ても、いや誰から見ても魅力的で素敵な女性だよ」

 

 ありがとう。と感謝と尊敬の意を込めて、俺は笑みを返す。

 そしてせめてこれだけは訂正させてくれと。

 彼女の瞳に語りかける様にゆっくりと……。

 

「……ふふっ。北郷殿は随分と世辞が巧い。だがまぁ、言われて悪い気はせんな」

 

 そんな俺を暫く黙って眺めていた彼女は、小さく大人の余裕の笑みでもって俺に返してくれるが。

 

「酷いなぁ。俺が嘘や世辞を言う様に見える?」

「……いいや、困った事に見えん」

「じゃあよかった。 俺から見たら厳顔さんも黄忠さんも綺麗で優しそうな上、年上ならではの奥行きが在って頼りがいのあるお姉さんって感じだし。一緒にいたらきっと安心して落ち着ける半面、きっと別の意味で落ち着かなくなりそうだし。明命もそう思うだろ?」

 

ぎゅぅぅっ!

 

「痛っ! 明命痛いってばっ! 何でいきなり抓るんだよ?」

「知りませんっ! ぷいっ」

 

 何故か不機嫌そうな声で顔を横に向ける明命に、また何か怒らせるような事言ったかなぁ。ついさっきはあんなに御機嫌だったのにいきなり何でだろうと思いつつも、こう頬をプクゥ~と音が聞こえてきそうに膨らませて俺の方を見ないようにしている明命の姿は、こう頬をツンツンと突きたくなるくらい可愛いなぁと考えていると。

 

ぎゅっ

 

「くおぉぉぉっ……」

 

 更に捻り込む用に抓られる痛みに軽く悶える。うぅ……もしかして、また顔に出てかなぁ? とにかく素直に明命を不機嫌にさせた事を反省。明命にしたって怒りたくて怒っている訳じゃないんだ。なのに俺が反省もせずにニヤニヤしていたら、明命だって俺を赦すに許せなくなるわけだから今のは仕方ないと思う。……問題なのは、原因なのかが分からないと言う所なんだよね。……多分俺が悪いとは思うんだけど。

 昔からこう言う事って、誰も教えてくれないんだよな。北郷流舞踊を習いに出入りしていた御姉さん達とかも……。

 

『こーら。そう言う事を相手に聞かないの。自分で考えて考えて気がつくようにならないと。 ねっ』

『ああ~もう、かず君がもう少し大きかったら。そう言う所しっかり教育して、育ったところを食べちゃうんだけどなぁ』

『こらこら、小学生相手に危ない事言わないの。大体これで其処まで気がつくようになったら、将来は絶対に伝説のホストか、とんでもない女泣かせよ。これでバランスが取れてるとも言えるんじゃない』

『そうよね。お兄ちゃんったら年上の御姉ちゃん達に囲まれて育っているから、いろいろ気がつくし相手の良い所を見つけるのが上手いし。そうなる素質は十分すぎるわよね』

『……あぁ~たしかに。じゃあ、もうしばらく放置でけって~~い』

『『『『さんせ~い』』』』

 

 と、いつの間にか妹まで混ざって人を出汁に燥いでいたけど、今思えば無茶苦茶言ってたよな。

 そんな俺と明命の漫才染みた出来事も、直ぐに明命の方から退いてくれたのと、そんな俺達を本当に優しげな瞳で見守ってくれている厳顔さんの態度に俺は何となく嬉しくなり、そのまま彼女に話を聞く。

 この土地の人達の事を……。

 どんな生活をしているのかを……。

 明命から聞いたてはいても、この土地に住む人の言葉と想いを……。

 ぶっきらぼうだけど、丁寧に紡がれる彼女なりの想いを…。

 酒に濡れ、艶やかな唇から紡がれる言葉を……俺は静かに聞きつづける。

 まるで心地の良い管楽器の奏でる音楽のような彼女の声を……。

 彼女の中の想いに耳と心を傾けつづけ……。

 

「ありがとう。すごく参考になったよ」

「この程度の話で良ければ構わぬが……」

 

 己が内にある民の想いと姿を……、彼女にとっての真実を忌憚なく語りながらも、……募らせてゆく。

 細い指先に持つ杯に満ちる酒を、様々な想いと共に己の中へと飲み干しながらも、……大きくさせてゆく。

 

「……この地に住まう民を知り、この地の事を知り、北郷殿は何を望む?」

 

 静かに…、優しげに奏でられる旋律のような口調で……。

 まるで酒の肴に何を食べるかを聞くような気軽さで……。

 水のような滑らかさと、剣のような鋭さでもって、俺の意図を突く。

 探るでもなく。

 見切って見せるのでもなく。

 あやふやな憶測などより、今此処に答えが在ると。

 俺個人の意見をもって、答えを見極めてみせると。

 

「何も……、ただ俺は知りたかっただけさ」

 

 例え俺の個としての想いはどうあれ、個としてはいられない。

 彼女もまた、己が想いと信じるものために個としてはいられない事も分かる。

 だからこれは仕方なき事。……ただ、その事に少しだけ寂しくなってしまう。

 そしてそれでも、俺の個としての想いに、彼女もまた彼女の許せる範囲で個として付き合ってくれた事に嬉しくもなる。

 それは彼女の外見とは裏腹に、真摯な人柄からくる優しさだと分かるから。

 良くも悪くも大人なのだと分かるから……。

 大人でなければいけないのだと分かるから……。

 彼女が守りたいと想うモノのために……。

 

「俺はこの地の事を、…いいや、この世界の事を何も知らない。

 全てを知る事なんてできないけど、それでも知っておきたいし知らなければならないと思っている。 俺が『天の御遣い』をしてゆく以上、必要な事だと考えてるからね」

 

 だから俺は、彼女の想いに真摯に応える。

 俺として…、『天の御使い』として…。

 

「この地の事は桃香や月達が決める事で俺達が決める事じゃない。 それなりの思惑があって俺達は此処にいるのは確かだけど、それを今言う訳にはいかない。そんなの当然だろ?」

「確かにな。 無いと言われた方が信用ならぬな」

「ただ『天の御遣い』の名でもってこれだけは約束はしよう。 今言ったように君達の国の統治に口を出す気はないし、用が済めば俺達は帰国する。 むろん桃香達への貸しはいつか返してもらうし、同盟国としての義務は果たしてもらうけどね」

 

 彼女達が背中を安心して戦えるように…。成都攻略に集中できるように…。俺は応えてみせる。

 薄く茶色の掛かった瞳を彼女は深く閉じ、静かに、そして深く息を吐くと。一気に己が杯を空けるなり。

 黙って空になった杯を静かに差し出してくる。

 俺の手の中には、先程投げ渡された杯があるにも拘らず。

 その意図する事はただ一つ。だから俺は黙ってそれを受け取る。

 彼女もまた、俺が使っていた杯を黙って受け取る。

 流れるのは互いに注いだ酒が嚥下する音。

 いまだ背後で人外の騒ぎが続いている中、それでも互いに響き渡ってゆく。……己が心の中へと。

 

「ぬぉあっ! お、落とし穴だとっ! いったい何時の間にこんなものをっ」

「へへーーん、こんな事もあるかなぁと思って、あらかじめ何カ所かに仕掛けおいたんだもんね♪」

「そんなことしたら危ないだろうがっ! 他に誰かが落ちたらどうするつもりだっ」

「ふっふっふっふっ~~ん、其処は抜かりなしだよ、よっぽどの重さが無いと落ちないから大丈夫。コレで蒲公英の勝ちだね」

「ひ、卑怯者め。こんな(・・・)勝ち方して嬉しいのかっ」

こんな(・・・)罠に引っかかる方がドジなんだよ~だ。 さぁ覚悟は良いかな~♪」

「こ、こ、こ、このっ!!!」

 

 …………ああ訂正。なんか向こうの方では決着がつきつつあるみたいだ。馬超と華雄が二人を止める声が聞こえる。

 聞こえてくる声からだけでも色々と突っ込みどころ満載な気がするけど、俺が今気にする事でもないしまぁいいか。それよりも……。

 

「えーと、目元が引きつってるけど大丈夫?」

「………すまんが一杯注いでくれぬか」

「ああ……」

 

 色々と呑み込むように何杯も飲み干す彼女は、話の続きをしてくれる。

 先程より深い話を……。

 彼女が許される範囲での話を……。

 俺の望むどうり、彼女達にとってのこの世界の話を……。

 

「そうか、やっぱり色々と違うな」

「ほう、それは呉とか? それとも天の国との話か?」

「ん、色々さ。 例えば厳顔さんが使う様な獲物は、俺は知らないかな。 明命は知ってる?」

「え? そうですね。 似たようなものがない訳では無いですが、これ程巨大なものではないですし、使い手も少ないですね。 なにより厳顔殿のような使い方は"氣"をかなり消費しますし、扱いも難しいと思われます」

「見せてもらってもいい?」

「ふむ、構わぬぞ。ほれ」

「ぐぉぉぉーーーーっ!、おっ重っ!」

 

 己が相棒である得物を、俺を信用して渡してくれるまでに信用を得れた事に嬉しく思ったのもつかの間、片手で軽く扱って見せた巨大な銃剣のような形状の【弓】は、現代兵器のようにプラスチックでできている訳では無く鋼鉄の塊なわけで、そうなれば当然ながらとてつもなく重く。俺はその重さに思わず呻いてしまう。

 瞬間的に力を集中させる事は出来ても、純粋に子供位の背丈位の金属の塊を持つだけの力の無い俺は、重さのあまりに潰れそうになる所を明命が慌てて手を貸してくれたため助かったわけだけど、彼女は彼女でその鉄の塊を片手で、あっさりと俺が扱いやすい様に軽く支えてくれる。

 ……知っていた事だけど、やっぱりこの世界の武将達はとんでもない人達だよな。

 俺のそんな様子を少し驚きながらも静かな大人の笑みで見守っている厳顔さんを余所に、俺は彼女が『轟天砲』と名付けた【弓】を調べて観る。 って言うか弓と言っておいて『砲』と言うのも凄い感覚だよな。

 ふーん、先端の剣の所はともかく、巨大な拳銃と呼べるべき部分は……なるほど、やっぱり"氣"で反応するんだ。 薬室の代わりに特殊な鉱石らしきものがあり、其処に火薬の代わりに"氣"を貯め込み、撃鉄に仕込んだもう一つの鉱石を通した"氣"で発射すると言う訳ね。

 心臓部となる部分はともかく、サイズを無視すれば構造としては原始的な銃と同じか。 威力を求めるために銃弾を巨大な杭にしたため、使用するに必要な"氣"の量も膨大になっっていったと言う所かな。

 殆どパイルバンカーとも呼べる代物だが、俺達の世界の銃と決定的に違うのが、"氣"を練り、"氣"を引き絞り、"氣"でもって発する。 つまり、何処までも使い手の意志でもってなされると言う事。

 そう言う意味では、確かにこれは【弓】なのだろう。その精神性において弩弓よりよほど【弓】と言える。

 

「明命、この"氣"を貯蔵する部分に使われている鉱石と言うのは?」

「呉でも採れますよ。産出量は宝石よりも遥かに少ない……と言うよりも先程も言ったように扱いが難しく、使用用途も殆どないため、世に出回っている量が極少量になっていると言うのが実情です」

 

 明命の明るくはきはきした闊達な声を心地よく聞きながら、機嫌は取りあえず治ったのかなと、心の中で喜びながらも、目の前にある見た事もない仕掛けに心を躍らせる。

 銃としてはともかく、原理そのものは色々試してみる価値はありそうだし面白そうな。でも危険も大きそうだ。幾つかの用途を脳裏に浮かべてみせるが、翡翠達にも言ったけど突出した技術と言うのは大きな危険も伴うし、本来其処までの過程で生み出されるべき技術や知識を見逃してしまう事になる。

 その見極めが必要なんだろうけど、見極めれるような類のものでもない。と言う所が頭の痛い悩みなんだよね。

 それはそうと明命。何かだんだん近くなっていない? いえ、抓られるのを早々に止めてくれたのは嬉しいんだけど、その密着してきたと言うか。 最初は人の服の端を掴むくらいだったのが、今は殆ど腕を取られていると言うか腕を組まれていると言うか……、明命の甘く酸っぱい良い匂いが俺の鼻孔を擽ると同時に、その色々とね……。

 とりあえず、そんな素振りを必死に隠しながら、厳顔さんにお礼を言って得物を返すが。

 

「ふむついでだ。これについて北郷殿の知恵をお借りしたい。なに話の礼程度の事で構わぬが」

「構わないけど」

「実は遠当ての事だが……」

「つまり精密射撃で連射したいけど、反動が大きいため何とかならないかと?」

「ふむ、良い知恵が無いかと思ってな。駄目もとで聞いてみただけの事」

 

 その言葉に他意は無いと言わんばかりに彼女は、その美貌に笑顔を乗せてきたため、一瞬ドキリとしながらも、俺は視線を逸らす事なく頷いて見せる。たいした事じゃないしね。

 そう言って此処だと試射するに相応しい場所へと移動する事にしたんだけど。

 黄忠さんは怒鳴り合いへと移行した馬岱達を、困った子供を叱りに行くような軽い雰囲気で治めに行ったためについて来てはいない。

 ……あの明命、流石に腕を其処まで取られながらだと歩きにくいんですけど。と言うか当たってます。当たってます。慎ましいながらも確かに主張する箇所が当たってます。こう『ぽわっ』とか『ぷにっ』とか思わず聞こえてきそうです。なによりそこから伝わる体温が非常に不味いですよ。こう色々とね。……う~、江陵の街以降、そう言う事から御無沙汰しているため、なんというか、ついつい意識してしまう。

 あの明命、もしかしてこっちの反応を楽しんで………ないよな…。翡翠ならあり得るけど、流石に明命がそういう事をする訳ないか。

 しかも前を歩く厳顔さんは、大人の女性特有の……って、いかんいかん視線を逸らさねば。………でも、つい視線が行きそうになるのは、仕方ないよね?

 いかんいかん思考を逸らすべきだ。あれ? そいう言えば、これを教える上で何か気をつけない事が在った気がしたけど何だったかな? う~ん……って明命、一応人前だから、そんなふうに肩に頭をもたれかけられたら、その恥ずかしい気が…。それに明命の綺麗な黒髪から漂う香りがもろに俺の理性に攻撃を仕掛けてくるんですけど…。

 いや、これを嬉しくないと言ったら嘘になるんですけど、そのね。俺の理性がね。うぉぉぉ~~……あぁぁ……。

 

 

 

紫苑(黄忠)視点:

 

 

「♪~~、♪~」

 

 調子はずれだけど、それでも楽しげな旋律を口遊む娘の髪を後ろから櫛で何度も梳いて行く。

 私と同じ髪の娘は、櫛と私の指が首筋に触れる度に擽ったそうに、身を小さく捩りながらも、もっともっととせがんで来る。

 娘としては嬉しいのだろう、こうして私と触れ合っている事が。

 自分の話を黙って聞いてくれたり、応えてくれたりする事が。

 きっとこの娘は幼いながらも心の何処かで理解しいるのかもしれない。

 今ある有り触れた幸せが、ある日突然失ってしまう事があり得るのだと。

 こうして今触れている指の温もりを失ってしまうかもしれないのだと。

 だから璃々は、良い娘でいようとするのかもしれない。

 今を思いっきり大切にしようとするのかもしれない。

 そうしていれば、大切な温もりを失わずにすむかもしれないと信じて。

 

「ねぇお母さん。 お姉ちゃん達はなんで喧嘩しているの?」

「ん~~、喧嘩とはちょっと違うわね」

「ええ~っ、だってどう見ても喧嘩だよ。

 喧嘩なんてしたって面白くないのに、何で喧嘩するのかな」

 

 璃々が不満そうにそう言うのも理解できる。

 実際に目の前では互いの獲物を激しくぶつけ合っている。

 結局、あの怒鳴り合いの後、翠ちゃんは蒲公英ちゃんを御仕置と教育と言って。

 焔耶ちゃんは、華雄の未熟者の一言に反応してその得物の矛先を変えて。

 もっとも、勝負は一方的と言ってもいい。 今の蒲公英ちゃんでは翠ちゃんには遠く及ばないし、焔耶ちゃんも華雄と敵対した時には良い勝負をしたと言っても、それは遠方からほとんど休みを取らずに軍を引き連れ、しかも文字通り山や谷すらも関係なく、道無く道を強行してきた後。言わば疲労しきっていた時。本人は認めないでしょうけど、焔耶ちゃんを圧倒している今の状況を見ればそれは誰の目にも明らか。

 と言っても、璃々も目の前の出来事を言っているのではなく。つい先ほどの蒲公英ちゃんと焔耶ちゃんの事を言っている。

 

「喧嘩と言っても、幾つもあるの。 璃々の言う相手を拒絶するための喧嘩以外にも、相手の事をよく知るための喧嘩」

「でも喧嘩は喧嘩なんでしょ?」

「そうね。でも璃々。璃々の場合、喧嘩の後には何が待っているのかしら?」

「ん~~」

 

 私の質問に首を何度も可愛くひねる愛らしい仕草は、将来相手を困らせないかしらと、遠い未来を苦笑しながら心配してしまう。

 

「あっ、仲直り」

「そうね」

 

 璃々は自分の出した答えに満足したのか、私に噛み時の続きをせがむかのように私に体重を掛けてくる。

 そんな璃々に希望に応えながら、後ろから近寄ってくる気配に声を掛ける。

 

「で、どうだった?」

「後はワシの腕次第と言う所か」

「そう」

 

 無遠慮に……、だけど璃々を脅かさないように気を使いながら地面にそっと座る桔梗は、さっそく酒を取り出し一杯を始める。

 随分とその一杯が美味しそうに見えるわね。

 

「桔梗の轟天砲でも城壁は撃ち破れない。 そう思っているでしょうね」

「だがこれで、千に一つの可能性が出来た」

「轟天砲による。城門の付け根への一点集中連続射撃。………いったいどんな方法だったの?」

「ぅ………そ、それは………」

 

 私の問いかけに珍しく厳顔が口籠る。

 しかも顔を赤らめているように見えるのはお酒のせいではない筈。

 桔梗がこの程度のお酒で顔を赤らめる筈が無いのは長年の付き合いで分かる。

 轟天砲による連射の最大欠点は、人の腕の大きさほどもある鉄杭を打ち出すその反動の大きさ。連射となるとどうしても狙いがばらけてしまう。

 それを天の世界の知識を持つと言う天の御遣いの真偽を試すついでに利用するために桔梗は尋ねた訳だけど、そんな反応をされるとは流石に予想だにしなかったわ。

 

「……あ…、あれは、さ、流石にはしたな…すぎ……る……」

 

 下を俯きながら、その時の様子を浮かべたのか、更に顔を赤らめながらその理由を話してくれる。

 轟天砲を抱えるかのように地面を背に寝ころんだ姿勢で、両の足の裏で轟天砲の先の刃を挟み込む事で射撃時の反動を最小限に抑える。 ……た、たしかに、それははしたない恰好ね……。それに無防備になると言う欠点もある。

 それでも桔梗の瞳は語っていた。例えそれでもその隙が出来たなら、躊躇いなく使うのだと。

 文字通り、この国の未来を切り開くために……。

 

「で、どうだった?」

 

 娘に髪に櫛を通しながら先程と同じ質問をする。

 今度は何を聞いているのか桔梗には言わずとも分かっている。

 私は確かに先日言った『貴女自身の目と耳で判断する事をお勧めするわ』と…。

 

「お主の言うとおりだ。 分からぬ」

「ふふっ、でもそれだけじゃないって顔が言っているわよ」

「じゃがそうとしか答えれん。 器の大きさを見せられたかと思えば、不用意としか言いようが無い程容易く己が手札を見せたりもする。 まぁ敢えて言うならば、底の抜けた樽と言った所か」

「ふふふふっ、酷い例えようね。でもただの樽と言う訳では無いでしょ?」

 

 私の言葉に桔梗は嬉しそうに杯を傾けながら小さく零す。

 蔵より大きなものを樽と称すれるならばな。と……。

 そう、桔梗の目にもそう映ったの。

 

「短いながらも幾つか分かった事が在る」

 

 そう言って厳顔が語ってくれたのは、彼は私達のような武将のように優れた肉体を持っていないと言う事。ここで肝心なのは、それでもとても油断できない相手だと言う事でしょうね。ほんの少しだけ彼の見せた実力の一片は、私達にそう結論付けさせるには十分過ぎるものだったわ。

 他にもあの人は轟天砲に似た得物、しかも遥かに高度な物を知っていると言う事。そうで無ければ桔梗の問いかけにああも簡単に適切な助言を下せるわけがないと。

 つまりそれは、彼は間違いなく天の世界と言っても言い程の知識を持っていると言う事。

 あと、助言してもらった時に、彼もうっかり忘れていたと言う……そのはしたない桔梗の姿を見られた時の彼の誤魔化すかのような笑顔が印象的で、意外に可愛いらしい笑顔だったと言うのは厳顔にしては珍しい感想だった事には、我ながら驚いた。

 桔梗に其処まで言わせるだなんて、どんな笑顔だったのかと思いつつも、もしかしてあの時愛紗ちゃんに見せていた顔なのかもしれない。あの時は愛紗ちゃんの陰に隠れて見えなかったけど、あの後の愛紗ちゃんの様子がおかしかったのは確かだもの。

 もしそうならば…。

 

「とんでもない女泣かせかもしれないわね、彼。 貴女を口説くような言葉も真顔で言っていたし」

「くっくっくっくっ、だとしたら。そう言う方面でも底が抜けているかもしれぬな」

「あら、何でそう思うの? まぁ、想像はつくけど」

「それでも言わせたいのだろ?」

「ええ、もちろん」

 

 我ながら、意地が悪い所だと思っている。

 それでも、そう言う所が天の御遣いと称され、自らもそうであろうとする彼のとても人間臭い所だと感じるから。

 互いに答えが分かっていながら、笑みが声になって零れ落ちそうになっている私達を、璃々が不思議そうに長めならが、それでもそんな私達を嬉しそうに眺めている事に気がつき、私も桔梗もそんな璃々の髪を優しく手で梳く。

 

「ん、くすぐったい」

 

 そう言いながらももっととせがむ璃々の髪や頬を撫でていると。

 何処からともなく風に運ばれて聞こえてくる。

 私達二人が、人間らしいと思う所の形が……。

 彼にとっての人間としての日常の一端が……。

 

『いぃぃぃぃーーーーーーっ! 明命、俺が悪かったから噛むのは止めてくれぇーー。ぐぉっ』

『何で一刀さんは何でああ言う事を私に言った後で、直ぐにあんな事を他の女性に言えるんですかあぁぁ。あぐぅーーーーーっ』

『ストーープ。ストーープッ!いやだって本当の事だしって、それが原因なの? うぉぉぉーーーーっ 駄目、喰い込んでる喰い込んでるっ!』

『それだけじゃありません。 気を抜くとすぐ視線が変な所に行ってましたっ!

 だいたいあんな恰好を相手に要求するだなんて、何を考えてるんですかーーーーっ! 今日ばかりは許せません』

『違う違う、偶然偶然っ! 明命の勘違いだって、大体驚いて碌に観ていないってばっ』

『何色でした?』

『青に花と蝶の刺繍って違う違うっ! 見てない見てないっ!って言うか、それ誘導尋問だ。反則だっーー! くぉぉぉぉっ、も、もしかして明命ヤキモチ焼いてるとか?』

『あぐぅぅぅーーーーーっ!!』

『のぉぉぉぉーーーーーーっ!!!  あぁぁ………っ………! 勘弁っ勘弁っ……!』

 

 ……まぁ犬も食べないと言うし、放っておいてもいいんでしょうね。

 たとえ彼がとんでもなく女心に鈍感でも、彼が彼の愛する者に誠実であろうとする限り、それはきっと楽しい日常である事に違いないもの。

 どんな形であれ、ああして歩んでゆく。

 それが人としての営みで、一番大切な事だと言うのは、短いながらもあの人との想い出が教えてくれた事。

 それにしても、気がついたとしてもあんな事を言うだなんて。

 

「「自業自得ね(だの)」

 

 自然と言葉が重なり合った私達は、その事にまた別の笑みが浮かんでしまう。

 そこへ、璃々が不思議そうな顔で素朴な質問をしてくる。

 娘にとっては、ある意味当然の成り行き。

 

「ねぇおかあさん。自業自得ってどんな意味なの?」

「璃々、それはね」

 

 

 

『と、とにかく、ご、ごめんなさいぃぃぃぃーーーーーーっ! うぐぉぉぉぉーーーー……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第百二十九話 ~ 妖艶の微笑みに刀は心を舞わせ、命の灯に身を焦がす ~ を此処にお送りしました。

 

 一刀君、成長するにしても、そう言う成長の仕方はどうかと思いますよ。

 と、自分で書いておきながら、そう突っ込んでしまう展開になりましたが、これを反省に一刀君も少しは成長してほしいものですよね。

 ちなみに分かる人には分かっているでしょうが、一刀が厳顔に助言した内容は某漫画がネタです(w 例え悪気が無かったとしても、あんな恰好を桔梗姉さんにさせた上、前からそれを見てたらさすがの明命も怒りますよね(汗

 さて次回はいよいよ益州攻略の最終段階、首都成都へと舞台は移ります。

 一刀のしようとしている事とは?

 

 

 では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。


 
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