No.505353

落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫†無双二次創作 18

ありむらさん

独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。
魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。
あと私の描く一刀さんは悪鬼と相成りました。皆様が思われる一刀さんはもういません。ごめんなさい。
それでもいいじゃねえかとおっしゃる方。
ありむらは頑張って書き続けます。どうぞ、最後までお付き合いの程をよろしくお願い致します。

2012-11-07 11:49:43 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:7370   閲覧ユーザー数:5782

【18】

 

 1

 

 徐元直――神里は、凪と共に城の庭の東屋で茶を飲んでいた。

 あれから、宛城奪還作戦の後から、氣を上手く練ることが出来なくなった。

 半ば予想していた事態ではあったのだ。圧倒的な戦力を発揮するため、強制的に身体中の氣を猛烈に循環させ、強引に氣孔を解放する。

 技の名は知らない。

 師から直接伝授されたものではないからだ。彼が使っているのを見て、見よう見まねで再現した。再現できてしまった。

 その反動が、今、神里の華奢な身体に去来している。

 白銀の氣器――虚曰く、『銃』というらしい――もまるで役に立たない。

 だから同じ氣の使い手である凪に相談し、回復できるよう調整を手伝ってもらっていた。無骨でぶっきら棒に見える彼女は、けれどもそんな第一印象に反して、とても繊細で心優しく、細やかな気遣いの出来る、可愛らしい女性だった。

 ただ少し、微妙な感情の表現が不得手なだけなのだ。

 今日も朝から調整に付き添ってもらい、その礼に茶を御馳走していた。黄巾の乱の後、流琉に習った菓子をふるまいながらである。

「凪さん、どうですか?」

 問うと、凪は菓子を口に詰め込みながら、ふんふんと頷く。どうやら美味い、と言いたいらしい。

「いつもすみません」

 言うと、凪は首を横に振る。

「いえ、自分にとっても修行になっていますから。自分はどうにも氣の扱いが雑というか、ただ放ってぶつけるしか能がないものですから」

「あれだけ圧縮できるんですから、それは謙遜が過ぎるというものです。私があんな濃度で撃ち続けたら、すぐにカラッケツです」

 何より恐ろしいのは、この凪という少女が、どのような氣器に頼ることもなく、その肉体から直接、あれだけ濃度の高い氣弾を放っているということだ。

 しかも、回復が早く、加えて身体能力も高い。

 無手の組打ちという条件なら、神里に勝ち目はないだろう。凪はいつも一歩さがっているようなところがあるのであまり目立たないけれど、氣の使い手としては相当なものである。

 扱いが雑と言うが、それも謙遜だ。

 細やかな氣の扱いなら、神里に軍配が上がる。とはいえ、神里の体内の氣の巡りを上手く調整できる程度には、凪もまた達者なのだ。

 虚発案の警邏隊でも、最も活躍しているらしい。隊員からの信望も厚いのだそうだ。

 

「あんたらこんなとこで何してんの」

 

 不意に掛けられた声に反応して、神里と凪は視線を向ける。

 そこにいたのは真桜だった。いつになく深刻な顔をしている。

「真桜、どうしたんだ」

 凪が問う。

「どうもこうもあれへん。刺客や、刺客。桂花と隊長が刺されよった」

「何だと――ッ!」

 凪が声を上げて瞠目する。

 ただ、神里は冷静に真桜の話の続きを待った。ここで狼狽えるようでは、拾ってくれた虚に面目が立たない気がした。

 神里は戦場に立つ。けれども、虚同様、主な仕事は頭脳働きなのだ。冷静さを失ってはいけない。何より、あの虚が簡単にやられるはずはない。

 恐らくは――桂花を庇ったか。

「心配ない。桂花も隊長も軽傷や。桂花の治療は風が隊長の屋敷でしとる」

「しかし、隊長に傷を負わせるとは――」

「ちゃうちゃう。隊長は間一髪のとこで桂花を庇って刺されただけや。それも手ぇの平に穴開いただけ。隊長にしたらそんなもん屁みたいなもんやろ。刺客は隊長がちょちょいのちょいで捕まえた。慧のやつが連れてきよったわ。どうやら、孫家の差し金らしいで」

「孫家――孫文台ですか」

 神里が問うと、真桜がにやりと笑う。

「流石は隊長に見初められた徐元直。冷静やな」

「いえ、そんな……」

「うちら前線組からしたら、冷静な頭脳は頼もしい限りや。ただ、今回の件は孫文台やないらしい。長女の孫伯符やて」 

「もう、尋問は済ませたんですか」

「慧が言うには、隊長がその場である程度済ませたらしいな。まあ、慧はまだ地下牢みたいやからウチが代わりに伝言するわ。もう人は遣ってんねんけど、凪は一応警邏の面子連れて隊長の屋敷の警護に向かうようにて、隊長が。神里は玉座の間や。隊長が華琳さまと話するみたいやねんけど、そこに立ち会うようにやて」

 真桜が言い終るや否や、凪は「わかった!」と叫んで走って行った。

 神里も立ち上がる。

「あの――真桜さんは」

「ああ、ウチはこれから玩具を取りに行かんならんねん」

「――玩具?」

 問うと、真桜は肩を竦める。

「せや、玩具や。どんな口の堅い連中でも、あることないことぺらぺら喋りとうなる、愉しい愉しい玩具。前に幾つか作ってくれ言うて、隊長に頼まれとったんや。丁度ええ時期に仕上がったもんやで。刺客は女らしいけど――敵ながら同情するわ。隊長は優しゅうて頭の切れる美男やけど……反面、ごっつう恐ろしいお人や。ようウチらの陣営におってくれたもんや。あん人だけは敵に回したらあかん」

 季衣や流琉と遊んでるときはそんな風に見えんねんけどなあ、と呟きながら、真桜は不穏な独白を残し、小走りでその場を去って行った。

 虚が呼んでいる。

 神里は足早に東屋を辞し、真桜の言の通り、玉座の間に向かった。

 

 

 2

 

「遅くなりましたっ」

 神里が玉座に駆け込むと、そこには極限まで張り詰めた気配が充満していた。

 思わず息を呑んで硬直する。動けない。

 玉座には、圧倒的な覇気神気を放出する陣営の主――曹孟徳。艶めかしく脚を組み、肘を突いて、ひとりの男を凝眸している。入室した神里には目もくれない。

 その玉座の前に佇んでいるのは、絶対零度の鬼気殺気を溢れさせている漆黒の男――虚。彼は神里に一瞥をくれると「控えていろ」と短く言った。

 神里は押し潰されそうな空気をかき分けて、辛うじて虚の一歩後ろへとたどり着く。

 免疫のない人間を連れて来ようものなら、胸をやられて死んでしまいそうなほど強烈な気配が容赦なく室内に放たれていた。ただ、神里は悟った。

 恐らく――ふたりはこれで押さえているのだ。華琳も虚も、努めて冷静に会話をしようとしているのである。

 膨れ上がる感情に被せられた理性の蓋の隙間から漏れ出しているのが、今、この部屋を満たしているものなのだ。

 神里は自分の存在が実に場違いなものに思えた。しかし、ほかならぬ虚の指示である。無碍にして引き下がるわけにもいくまい。

「甘興覇、と言ったかしら。桂花を傷付けた江賊崩れの狗は」

「そうだ」

 何気ない一言一言に込められている重圧が生半可ではない。このふたりの胸中は瞋恚に燃えているのだ。筆頭軍師に刃を向けた者がいたのだ。当然のことではある。

 このふたりは――生来の激情家なのかもしれない。その激情を御しうるだけの、常軌を逸した強靭な理性を持ち合わせているだけなのだ。ゆえに軽挙に走ることはない。今もこうして、表面上は理性的に会話を進めている、ように見える。

 この――覇気鬼気がなければ、であるが。

 或いは、これも理性によって押さえてしまえるのかもしれぬ。このふたりのことだ、不可能ではないと思う。

 では、敢えて放っているのか。

 そうして伝え合っているのかもしれない。共に抱いている憤怒を、微かに漏れ出る怒気を交わらせることで共有している。

 そして慰め合っているのだ、このふたりは。

 覇気と鬼気の睦み合いは、覇王と魔王の対話なのだ。

 神気と殺気の絡み合いは、このふたりだけで通ずる言語の応酬なのだろう。

「どうしてくれようかしら」

「腰から下は飢えた鼠に齧らせ、腰から上は飢えた鴉に啄ませる。勿論生きたままだ。骨は砕いて豚に喰わせる。残り滓は牛の糞と練り合わせて孫家に送りつけてやるか」

 ぞっとするような言葉を、虚は平然と言い放った。夕食の献立を述べるような言いようだった。薄ら笑いすら浮かべている。華琳も華琳で、その献立を美味そうに聞いている。 

 覇王のすることではない、とはねつけるわけではなさそうだ。愛する臣下を傷付けた相手に対して、温い処断を下すのは、王のすることではないのかもしれない。

 華琳の配下に対する愛は厚く、深い。特に、桂花は華琳が深く愛する者のひとりだ。その桂花が血を流したのだ。下手人には相応に残虐な仕打ちを施さねばならないのかもしれない。それが王として、臣下を愛するということなのかもしれない。易々と安寧の死を与えることなど、そもそも頭にないのだろう。

 しかし――。

「と言いたいところだが――」

 虚はそう言って肩を竦めた。

「尋問の後、放逐する」

「下らない冗談は止しなさい、一刀。仮令あなたといえども、許せることとそうでないことがあるわ」

「俺は本気だ」

 瞬間、華琳から先ほどまでのものが冗談だと思えるほど獰猛な覇気が発せられる。ただ、虚は相応の鬼気を以てそれをはねつけてみせた。

 辛いのは神里である。

 眩暈までし始める始末である。

「甘興覇を刻むだけでは気が済まないわ。これはこの曹孟徳に対する冒涜。私が先頭に立って孫家も袁術も、地の果てまでも追いかけて、滅ぼし尽くす」

「落ち着け、華琳」

「一刀、孫家の末姫孫尚香の居場所を掴んでいるそうね、報告がなかったけれど」

「今朝方、慧から入った話だ。きみは書斎に缶詰めだっただろう」

「では今報告なさい」

「徐州の端だ。確かきみの妹――曹徳が腰を落ち着けている辺り……いや、もう少し南か。まあ、その辺りだ」

 華琳の双眸が冷酷に光った。

「そう、徐州。陶謙――あの老人ね」

「あれは今回の件には噛んでいないぜ。孫尚香の軟禁も袁術にひとつ貸しておくか、くらいの腹積もりだろう。あの爺さんは今どこともやり合うつもりはないさ。きみが動かない限りはね」

「動くわ」

「だから落ち着け」

「ここで落ち着くのはただの腰抜けよ。あなたも分かっているでしょう」

「ああ、そうだろうな。筆頭軍師に刃を突き立てたんだ。戦争だろうよ。何なら俺がひとりで乗り込んで、孫家袁家の将の首級を軒並み刈り取って来ても良い。綺麗に陳留の城門へ吊すのもいい。やりようによっては出来ないこともない」

「駄目よ。それはこの曹孟徳の刃によってなされなければならない」

「だから。俺は――『出来るがしない』んだ。きみも自重してくれ」

 虚が言うと、華琳は静穏だった表情を怒りに染めた。

「ふざけるな従僕。我は曹孟徳である。愛すべき臣の血には報いなければならない」

「ああ、そうだとも我が主。だが筆頭軍師荀彧はこれまでおまえの覇道に心血を注いできた。これからもそうだろう。おまえの怒りは知っている。おまえの愛も知っている。だが、だからこそ俺はおまえに諫言している。自重しろ、我が主、曹孟徳。荀彧の心血に唾棄するつもりか」

「……なんですって? 訂正しなさい、一刀」

「俺を黙らせたいなら、そこの絶で首を刎ねろ。今なら大人しく殺されてやる。――なあ、我が主よ。おまえのなすべきは何だ。大陸の統一だ。統一国家の建立だ。おまえの臣下たちは、そのために心身を擲っておまえに仕えている。今熱くなれば、それはおまえの覇道の隔たりになる」

「我が覇道はその程度で崩れるものではないわ」

「知っている。だが幾らか迂遠な道を辿らねばならなくなる。待たされただけ、民は戦と飢えに喘ぐことになる。覇王曹孟徳のもと、万民に安寧を、それがおまえの覇道であり、それがおまえの覇業のはずだ。全てはそのいち早い大成のために動いている。華琳――我が主、我が飼い主よ。おまえの走狗が再び諫言する。忠言する。今、喉元にせり上がっている瞋恚は飲み下せ。それが桂花に報いることになる」

 華琳は音を立てて奥歯を噛んだ。

 それをみて神里は、華琳の臣下に対する愛の深さを更に知る。

 勿論、虚が桂花の傷を蔑ろにしている訳ではない。それは、彼の背中を見れば分かる。後ろ姿からは、悪鬼の怒りが流れ出している。見れば見るほど、現場で刺客を嬲り殺さなかったものだと感心してしまう。

 悍ましいまでに強靭な理性。その持ち主は、きっと――こちらが図り切れぬほどに辛いはずだ。

 神里はただ黙って、絶対の覇王と悪鬼たる魔王の姿を目に焼き付けていた。

 覇王も。

 魔王も。

 共に、臣下、或いは仲間に対する愛ゆえに怒っている。

 もしふたりの立場が逆であったなら、諫言を受けていたのは虚の方であったかもしれないと、神里は思った。

「調合した薬は届けさせた。桂花の脚に傷は残らない。ここは孫家に貸しておくんだ。俺たちとしても軍を動かすのは得策じゃない。今は力を蓄える時だ。いずれ俺の言いたかったことが分かる。今は押さえろ」

 虚の言葉に華琳は瞑目する。

 そこで、虚の声音が一際冷酷なものになる。

「黒幕は袁家の老害どもだ。あのゴミどもには相応の末路を俺たちの手で用意してやる。それでいいだろう」

 ここに至り、華琳は小さく嘆息した。

「――一刀。今からあなたの屋敷へ向かうわ」

「筆頭軍師が襲撃されたばかりだ。外出は控えて欲しいんだがな」

 虚は肩を竦める。

「あなたが護衛に付けば、百万の敵に攻められても大丈夫でしょう。一緒に来なさい」

「ええ、俺か」

「なに? 私と出掛けるのは嫌だと、そう言うのかしら」

「いやいやとんでもない。お供しますよ、我が主」

 虚の言葉に悪戯っぽく微笑むと、華琳は軽やかに玉座を下りてきた。

「きちんと見ていたか、神里」

 囁くような虚の声がした。

「――は?」

「おまえにも、いずれ曹孟徳に意見しなければならない時がくるだろう。あの覇気を相手にすることになる。今日はそれを見せておきたかった」

「――しょ、精進します」

 慌てて応えると、虚の大きな手が神里の頭をわしわしと撫でた。 

「今日はもう下がって良いぞ。この間買った肉が良い具合に熟成されているはずだから、流琉に何か美味い物でも作って貰うと良い。俺のおごりだ」

 神里は神妙な顔でふんふんと頷いておいた。

「かーずーと。行くわよ。早くなさいっ」

 華琳が視線の先でむくれている。

 こうしてみると先ほどまでの覇気が嘘のようだった。

 同性の神里でもどきりとしてしまうほど、可愛らしい。夏候姉妹や桂花が虜になるのも分かる気がした。

 ――わ、わたしにその気はないけど。

 少しだけ弁明してみる。

「はいはい。――じゃあな、神里」

 最後にぽんと神里の肩を叩いて、漆黒の上司は主君の後を、苦笑しながら追いかけて行った。

 

 

 3

 

 少し――当てられたのかもしれない。

 

 青白い月夜である。

 神里は再び東屋を訪れて、ひとり酒を飲んでいた。

 全くもって、柄ではない。酒は好きだったが、それほど飲める性質ではないのだ。ひとり酒など初めてのことかもしれない。

 ただ、今夜はどういうわけか飲みたくなってしまった。

 だから思う。

 昼間の玉座の間での出来事――あれに当てられてしまったのだろうと。

 ほんの少しだけ、気分が高揚している。

 ひと口、盃の酒を舐めた。虚が考案したという、澄んだ酒だった。神里は濁りよりもこちらの方が好みだったりする。

 ふっと、短く息を吐くと、出て行った酒気の代わりに冷めた夜気が胸に入り込んできた。

 そんな時である。

 

「私も、相伴にあずかって良いだろうか」

 

 声の主は秋蘭だった。

 彼女の涼しげな美貌は、月光のもとで一層煌めいている。

 神里は首肯して、秋蘭の言葉に応じた。彼女は女らしい物腰で神里の向かいに座ると、どこからともなく酒盃を取り出した。

 気を遣わせてしまっただろうか、と神里は思った。

 偶然行き会っただけであれば、秋蘭が都合よく酒盃を持ち合わせているはずはあるまい。

 ここで神里が呑んでいるのを知っていて、様子を見に来てくれたのだろう。

「神里がひとり酒とは珍しいな」

 酒を受けながら、秋蘭は言った。

「何となく飲みたくなってしまって」

「うむ。確かに――そういう時はある」

「秋蘭さまにもですか?」

「ああ。私も酒は好きな方だからな。さして強くはないのだが」

 そう言って、麗人は笑った。

「このところ、虚と飲むことが多いな」

「……そうなんですか?」

「意外か?」

 意外だった。

 そもそも、神里にとっては、虚が飲み食いしている場面自体あまりなじみのないものだった。

 虚は――生活感がない、と思う。

 どこか浮世離れしている。霞を食って生きていると言われたところでさしておかしくは思わないだろう。  

 ただ料理の本など執筆しているようだから、飲食は好きな性質なのかもしれない。

 神里が知らないだけなのだ。

「あの男も、今の神里のようにひとりでひっそり飲んでいることが多い。そこへ私が出向いていくのだ」

「全然知りませんでした。用事で呼び付けられるとき以外、私はあまり虚さんと一緒しませんし……」

「そうなのか? 流琉や桂花などは、よくあやつと食事を共にしているようだがな。まあ、桂花の場合は仕事の話をするため、というのが主な目的のようだが」

 秋蘭は酒をひと息に呷る。

「うむ。清酒とか言ったか。澄んだ酒は良いな」

「私、濁りよりも好きです」

「実はな、私もだ」

 ふふふ、と笑う秋蘭の盃に神里は酒を注ぐ。

「孫家の賊が入り込んだと聞いた」

「はい、桂花さまは軽傷だと。虚さんが言うには傷も残らないそうです。良いお薬があるとか」

「流石だな、あれは。薬師の老人と知り合いだとか言っていたが、自分で調合も出来るのか」

「そうみたいです」

「多才な男だ」

 そんな言葉を聞きながら、神里も酒を口にする。

「多才、ではないそうですけど」

 ぽつりとそんなことを言ってみた。

「どういうことだ?」

「私にもよく分からないんです。ただ、風さまが仰るには、虚さんにあるのはただひとつの才能だけだと。その才能のせいで多才に見えているだけだそうです」

「……ふむ。よく分からんな」

 秋蘭はそう呟いた後、「風が言うのであればそうなのだろうな」と再び笑った。

「――華琳さまは、怒っておいででした」

 暫くの沈黙の後、そんなことを言った。

「だろうな」

「虚さんがそれを諌めて」

「うむ。……だろうな」

 そう言う秋蘭はどこか少し楽しげだった。

「そうして怒ってくださる華琳さまだからこそ、私たちは惚れんこんでいる。そうして諌めてくれる虚だからこそ、私たちは信頼している。虚とて、その場で賊を殺してしまいたかっただろうにな」

 そう、なのだろう。

「賊はどうしているのだ?」

「今は地下牢に。尋問は明日の朝始めるそうです。それまでは周りに真桜さんの玩具をおいて精神的に追い詰めるとか」

「ああ――『尋問』道具か」

「はい。ひと目見て使用法が分かるものを並べて心理的に圧迫するとか。あの賊に効果があるか微妙だということみたいですが」

「そうか。まあ、虚を信じて待つとしよう」

 そこまで言って、秋蘭は「だから今日はもう休んだらどうだ」と言った。

「夜風は身体に染みるぞ」

 秋蘭は立ち上がると、「馳走になったな」と言って東屋を離れて行った。

 桂花のことを気に病んで、神里が酒を飲んでいると思ったのかもしれない。

 やはり、慣れないことはするものではない。

 秋蘭におかしな気を遣わせてしまった。

 また誰か来ないうちにと、神里は卓の上を片づけて、部屋に戻ることにした。

 

 

《あとがき》

 

 

 

 

 

 ありむらです。

 

 

 

 

 

 まずは、ここまで読んでくださっている読者の皆様、コメントを下さったかた、支援をくださった方、お気に入りにしてくださっている方、メッセージをくださった方、えっとそれから……兎に角応援して下さっている皆様、本当にありがとうございます。

 

 

 

 

 皆様のお声が、ありむらの活力となっております。

 

 尋問は次回です。

 お話の舞台は徐々に洛陽へと移って行きます。

 

 では、今回はこの辺で。

 

 コメントなどどしどしください。

 

 ありむらでした。

 

 


 
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