袁紹、字を本初。そして真名を麗羽は、袁術の腹違いの姉である。
袁紹の母は、袁成、字を文開といい、その人柄清廉にして度量深き人物であったという。それがため、時の外戚や権力者たちもみな袁成とは好く交際し、それ故か、袁成の言はそのすべてが通るとされたため、都では「かなわぬことがあれば文開をたずねよ」という言葉が広く知られたという、そんな好人物であった。
そんな母の下で育った袁紹が、幼い頃よりその母を目標として居たことを、今知る者はほとんどいない。それは、当の袁紹本人すらも忘れているぐらいである。何故なら、袁成は袁紹の幼い頃に早世しており、その母の死後、袁紹の後見を行った人物というのが、これがまた絵に書いたような俗物で、当時からすでに名門としての名をほしいままにしていた袁家の名、それを都合よく利用するそのために、幼い袁紹を自らの傀儡とするための教育を施したからである。
すなわち、自分が何もせずとも袁家の名、それさえ出せば人は己がために動くものだと。自らが知恵を振るわずとも、そうして他者にすべてを任せてさえおけば、事は須らく袁紹本人のために運ぶのだと。
そうして袁紹はその人物の思い描いたとおりのままに成長し、さらには袁家という名門の名に擦り寄る者達が彼女を持ち上げ続けたがために、中身の無い、虚飾に彩れられただけの人間に、袁本初という、ともすれば一代の傑物とも成りえた人間は、その器を染めることになったのであった。
その袁紹が、今現在目の上のたんこぶと思っている人間が、二人ほど居る。
かつて通っていた洛陽の私塾時代に知り合った、当時からすでに傑物の器と称された、袁紹の自称ライバルである曹操と、そして、彼女の母袁成の妹である袁逢、字を周陽の子で、袁紹とは腹違いの妹に当たる袁術、である。
曹操については、何かと際立った才を持ち、衆人の耳目を集める優秀な人間だったというところが、袁紹にとっては何かと面白くなく、その上、曹操は祖父に宦官を持つ出自でもあったという点が、袁紹のいささか方向の違うプライドに火をつけ、何かにつけて彼女のほうから一方的に敵視している、といった感じである。
実の妹の袁術について、であるが。こちらについては、己の袁家当主の座を脅かす存在だと、彼女にそう思い込ませた存在が居たせいである。ただし、その当人はもはやこの世の者では無くなっているのだが、幼い頃から植えつけられた思考というか思い込みというのは、そう簡単に解けるものでもなく。それは一種の呪いのようなものとして、いまだに袁紹の心を縛り続けているのだった。
一方で、その妹の袁術の方であるが、こちらはこちらで、姉の袁紹のことを嫌っている。とはいえ、以前、すなわち反董卓連合の戦いの起きるまでは、彼女もそれほど、実の姉のことを嫌っていたわけではない。どちらかといえば、会うたびに強烈なハグと撫で回しをして来る袁紹のことを、うざったくは思いながらもどこか親しみをもって居たこと、それは事実である。
しかし。
先に起きた件の戦いの一連の流れと、そして最後に姉が取ったあの行動、すなわち、実の妹である自分を盾にして一人だけ逃げようとしたその選択と行動に、袁術は心底から嘆き、完全に姉のことを嫌悪するようになったのである。
そんな因縁のある姉妹が、時を変え場を変え、再び邂逅しようとしている。ただし、今度は完全な敵同士として。
皇帝を擁する曹操から送られてきた使者の口上、それを寿春の謁見の間の玉座に座して聞く袁術は、この地に来てから被り続ける、その姿無き偽りの仮面のその下にて、穏やかならぬその心中を収める、それに注力していた。
口上を滔々と語るその使者、漢の司空曹操の懐刀であり、当代の大陸にて五指に入ると称される知者、荀彧、字を文若を前にして……。

第三十七羽「鵬雛は偽りの羽のままに、虚飾なる麗鵬に挑まんとする、のこと」
「袁紹軍への防備を袁術さんとの共同であたること、か。……どう思う、雛里ちゃん?」
徐州城の朝議の間にて、劉備ら一同が現在検討しているのは、この日の前日に訪れた勅使によって齎された皇帝からの勅命、それに対する対応手段についてである。勅命そのものの内容は、『青州を狙い南下してくる袁紹軍を、袁術軍とともに撃退せよ』という、いたってシンプルなものだった。
皇帝からの勅命、それは漢の血脈にあるを称する劉備にとってはほぼ絶対と言って良いものではある。さらに、勅命にあるとおり袁紹が青州を本当に狙っているのであれば、それはそのまま徐州にとっての危機とも言える状況といえた。
だからこそ、勅命そのものに対しての是非は劉備たちには全く無い。問題は、その、共闘することになっている袁術の方にあった。
「草が集めた情報や、商人たちの話などから、今、寿春の袁公路殿は政に一切口を出すことなく、城の奥にて怠惰な日々を送っているとの事。それがまことであれば」
「あんまり当てにはできないってことなのかー?」
「鈴々の言うとおり、だな。……実際、どう思う、士元軍師」
公孫賛の台詞を受け、一同の視線がその魔女っ子帽にも似た鍔広の帽子を目深にかぶる少女、劉備軍において現在唯一の軍師である龐統へと集中する。その龐統は自分がかぶる帽子の鍔にその両手をやり、小さく握った状態のまま、拙い口調で己の判断をトツトツと語りだす。
「……確かに、袁術さんは今、黄巾以前の頃に聞いた風聞にあったような、そんな自堕落な生活を送っておられます。ですが、その袁術さんの所にいる秋水おじさま……朱里ちゃんの叔父さんにあたる諸葛玄さんや、一騎当千と名高い、朱雀公と呼ばれる紀霊将軍らもいらっさいましゅから、完全に当てにならないとは言いきれにゃいかとおもいましゅ。……あわわ」
「朱里ちゃん、かあ……元気で、やってるかな?」
「……」
「愛紗?まだ、あの時のこと、怒ってるのか?」
「そう言うわけではないさ。……今思えば、朱里のあの判断も、桃香様のことを思えばこその判断だった、そのことは私とて分かっている。もちろん、やり方は褒められたものでないが」
過日起こった、袁紹の呼びかけによる反董卓連合。それに参加するか否かに関し、それによる当時の劉備軍筆頭軍師だった諸葛亮の判断によって、劉備たちはかの戦いで大きな失策をしまった。それについての詳細は、ここで述べるには少々長いのではしょらせていただくが、その時の責任によって諸葛亮は劉備軍から追放となり、関羽は一時兵卒にまで降格されるという、それぞれの罰を受けたことがあった。
「……まあ、あの時の事はもう過ぎたことさ。過去の失敗は現在の教訓にして、未来への糧にすればそれで良いさ。だろ?桃香」
「うん。白蓮ちゃんの言うとおりだよ、みんな。じゃあ話を戻すけど、雛里ちゃん?」
「あ、は、はい。えと、袁術さんの所に関しては、先にも言いましたように秋水おじさまもいらっしゃいますから、援軍が来る、それについては間違いないと、私はそう判断しましゅ」
「なら、袁術さんたちと合流して、それから青州に向かって出陣、それで良いかな?」
『御意』
そうして、劉備たちは出陣のための準備に、あわただしく取り掛かり出す。一方、寿春の袁術の下にも、その勅書を携えた一人の使者が来訪していた。
「麗羽ねえさまがの~。……めんどくさいのじゃ」
「まあまあお嬢様ー。お気持ちは分かりますけどー、一応、御勅使の前なんですからー、お口をちょっとで良いから慎みましょうねー」
「……」
寿春の城の謁見の間にて、そんなやり取りをけだるそうにする主従の姿に、彼女、皇帝劉協の勅書を携えてこの地を訪れていた、曹操軍の筆頭軍師である荀彧はおもわず呆気に取られていた。
「あー、御勅使どの?勅命の内容は承知いたしました。ですがまず、一つだけこちらとしてはお聞きしておかないといけないことがあるんですけどねえ」
「……あ、え、ええ。……なんでしょうか、一真どの」
「いえね?先ごろ、曹司空殿の軍勢が、ウチの汝南を攻めたこと、その経緯のほどをお教え頂きたいと思いましてね。それについての弁明が無いうちは、こちらとしても気分良く出陣、というわけには行かないのですよ。ですよね、美羽嬢?」
「おお、そうじゃそうじゃ!荀文若、じゃったか?あれによって妾は領地を一つ失うことになったのじゃぞ?しかも、じゃ。その時の指揮官めは皇帝陛下の勅命などととんでもないことを言っておったのじゃ。ほれ、はよう話さぬか」
「……あれについては、その時の部隊を指揮していた張繍という男、あの者の完全なる独断専行によるもので御座います。こともあろうに、陛下の印を勝手に使って偽の勅命を出し、わが主君、曹司空をも謀った反逆者の」
荀彧が淡々と述べた、先の曹操軍による汝南攻めの一件についての弁明。それは、紛う事なき真実であった。張繍から金を掴まされた、宮廷のとある一官吏が、畏れ多くも皇帝の印を密かに持ち出し、それを張繍が使って皇帝の勅書を偽造。まんまと曹操たちを騙して、自らの叔父である張済の指示通り、袁術たちの気を引き彼らの本命である南陽を手薄にするそのため、曹操の軍を使って汝南を攻めたのだった。
「それを証明できますかー?口だけなら何とでも言えますよー。ねー、お嬢様」
「うむ!」
「……張済と張繍の両名が、南陽にて我らより独立した。それはすでに聞き及んでおられるはずです。……それでは証明になりませんでしょうか?」
「まあ証明としては弱いですが、話も一応筋が通ってはいますし、孟徳ちゃんとしても、そこまで僕らを騙す必要も無いでしょうから、ま、とりあえずこの場はそれで収めておきましょうか。いいですか、美羽嬢?」
「ふむ。秋水がそう言うならそれでよいのじゃ。(……七乃、後で棗にそのあたりの裏、取らせておいてたも)……ふあ~あ」
「(はーい、お嬢様ー)……あらあら、お嬢様ってばもうお眠ですか?」
「……ご理解、ありがとう御座います(なによ、やっぱり凪たちの何かの見間違いだったんじゃない。ただのお子ちゃまじゃない、この袁術っての)」
けだるそうに、荀彧の話を一応聞いていますよ、という風を装いつつ、めんどくさそうに最後にあくびをしてみせる袁術。そんな袁術の姿を見て、荀彧は完全に、一時流れた袁術の風聞、つまり王者の風格漂わせる傑物だという話が、ただの噂に過ぎなかったと確信していた。
もっとも、そんな荀彧が一応の建前として礼をとり、その頭を下げたその瞬間に、袁術は小声で隣に立つ張勲に対し、ことの裏の確認を魯粛に取らせるよう指示を出していたりしたが。
そしてこの時見事に彼女が騙され、それを聞いた曹操もまた、自身の腹心の判断を信じたことが、後々曹操軍にとって大きな後悔を生むことになろうとは、主君の命を達し、意気揚々と退出していく荀彧には想像だにすら出来なかったのであった。
そうして終了した謁見の後、城内のとある一室に、袁術達一同がその顔を揃えていた。もちろん、皇帝からの勅命である、劉備と共同での対袁紹の戦の為の段取りを取るためである。
「……本当に、麗羽ねえさまはどうされてしまわれたのじゃ?確かに、愚にもつかぬ情け無い姉ではあるが、ここまで領地を欲するような、そんな野心家だったのかのう?」
「正直、今の麗羽嬢が何を考えているのは分かりませんねえ。誰か、彼女に妙な知恵をつけた人でもいるんでしょうかねえ」
「棗さんのお話ですとー、なんでも袁遺っていう、お嬢様のご一族の方が麗羽さまの傍に仕えるようになって、それから変わり始めた、とのことですけど」
「袁遺……えんい……はて、誰じゃったかの?」
椅子の上で腕を組み、うむむ、と唸りながら記憶の底からその名を掘り起こそうとする袁術。しかし、どれほど記憶を漁ってみても中々その名が出てこない。
「のう、秋水?妾の一族に袁遺という名の者などおったかのう?」
「ええ、居ますよ。袁遺、字を伯業。美羽嬢や麗羽嬢とはちょっと歳の離れた従兄妹にあたりますね」
「……全然覚えておらんぞ」
「それは仕方ないですよ。彼は美羽嬢がもっと小さい頃、嬢の母上である詩羽ちゃん、袁逢様によって追放されましたからねえ。公金の使い込みで」
袁術の母である袁逢という人物は、とにかく温厚を絵に描いたような人物として、基本的には周りに認知されていた。しかし、そんな彼女が大激怒した事例が数件ほどあり、一つには、孫堅が袁術を本気で養子にしたいと言い出した時のことがあるが、それとほぼ同じ位に激怒したのが、袁遺による公金の着服事件が発覚した時である。
なにしろ、袁遺が使い込んだ公金は、現代でいえばその額およそ五億円にも達するほどのものだったそうで、しかもその使い道がすべて、遊女への貢ぎだったというのである。もちろん、その場で即刻打ち首、というのが普通の場合の断罪なのだろうが、袁逢は袁遺を処刑したところで民の血税が戻ってくるわけではない、と。そう言って彼の私財をすべて没収の上、南陽でももっとも過酷な労働場所として知られたとある場所に、無期限の労役に出したのである。当然、そこで袁遺が得た収入は一切合財、横領した公金の返済に充てるとした上で、である。
「……正直言えば、あそこでの労役は相当きついですから、もうとっくに死んだとばかり思っていたんですがねえ。いやはや、よくもまあ生き延びて麗羽嬢のところに転がり込めたもんです」
「……い、一体どういうところなのじゃ、それは」
「あー。多分“あそこ”のことでしょうねー。……でもお嬢様?世の中には、知らなくていい事、知らない方が良いことというのが、たくさんあるものですよ。うふふ」
「……ま、まあそれはよい!で、じゃ。陛下からの此度の勅命じゃが……みな、これはどう思う?」
「そうですねえ。まあ先日の曹操軍襲撃の件をさておいても、陛下が出された勅命、それはつまり孟徳ちゃんの意向が強く絡んでいるのは間違いないですが」
「ですが、もし本初さまが青州を落としたとすれば、その矛先がこちらに向かないとも限りませんね」
「……曹軍との直接対決を望むという可能性は?」
「十分ありますが、どの道、同じことですよ。曹軍が勝てる見込みはほとんど無いでしょう。数の暴力の前には、如何な精兵も優秀な将も、鎧袖一触にされるでしょうね」
河北の状況については、すでに魯粛配下の草組によってその詳細が逐一報告が届けられており、公孫賛を退けた袁紹の軍は、その数すでに三十万以上の大軍勢に膨れ上がっているという。ただし、短期間に集中して集めたせいか、その練度はけして高くはない。
とはいえ、それでも曹操の擁する兵は多く見積もって五万程度の数でしかなく、劉備と袁術の陣営もほぼ似たり寄ったりの数字でしかない。三軍の数を併せても袁紹の軍の半数にしか届かないのでは、如何に兵の質が違っていようとも、正面から挑むにはいささか頼りない数字である。
「ま、孟徳ちゃんもそれが分かっているからこそ、玄徳ちゃんや僕たちを使おうとしてるんでしょうが。さて、どうします、美羽嬢?孟徳ちゃんの思惑に乗りますか?それとも」
「もちろん乗ってやるに決まっておる。妾はあの日に決めたのじゃ。何があろうとも、この寿春を、淮南の地を誰にも踏み荒らさせはせぬとな。留守は『蓮華』に任せ、妾が直々に出陣して、あの阿呆の姉さまをけっちょんけっちょんのこてんぱんにしてやるのじゃ!」
「ああん、もう!そんな勇ましいながらもどこか言動がお子ちゃまなお嬢様が素敵過ぎますー!」
「……いいのですね、美羽様?」
「くどいぞ、巴。妾はもう決めたのじゃ。先鋒はそちに任せるゆえ、思う存分その武を振舞ってくりゃれ」
「……御意に」
それから三日ほど後、袁術が直接その指揮を執る兵、寿春の“袁家軍”四万が、徐州にて劉備軍と合流すべく、意気揚々と出陣していった。孫権と、汝南から一刀達と入れ替わりに戻ってきた諸葛瑾と魯粛を留守役にし、紀霊を先鋒、副将に諸葛玄と張勲を引き連れ、徐州からさらに北、青州にて黄河を挟み、実の姉と対峙するために。
そうして出陣していく彼女らを、城門の上で心配げに見送る一人の人物がいた。孫権である。やるせなさと居たたまれなさ、そんな複雑な感情の入り混じった蒼い瞳を、東の地平線に消えていく袁家の旗へと向ける彼女。
そんな彼女の背後に、護衛として彼女とその妹に付き従う甘寧が何時の間にかその姿を現しており、無言で立つ己が直接の主君に対し、ただ冷徹なままに低い声でそれを語って聞かせた。
「……蓮華様。冥琳様より報せが来ました。……“支度”はすべて整ったと」
「っ……!そう……そう、なの……それは、何より、ね……」
「?……蓮華様?」
「なんでも無いわ、思春。……そう、なんでも無いのよ……。全ては、“予定通り”、だもの……」
「蓮華様……」
一瞬。体をびくりと振るわせた孫権の態度に、甘寧はわずかな違和感を抱いた。しかしそれ以降、何も無かったかのように振舞う主のその様子に、甘寧もそれ以上は何も言わなかった。
例え主のしている隠し事に気付いていようとも、己の役目、孫権とその妹である孫尚香を、ただひたすらに守ること。それだけに、自らはその全神経を注いでいるべきなのだと、そう、自らに言い聞かせて。
そしてそれとほぼ同じ頃、汝南にて太守代理を務める一刀の下に、一人の少年が仕官を求めて訪れていた。
「李儒どのじゃあないですか。なぜまた此処に」
「おお、徐元直ではないか。いや、随分と久方ぶりだ。変わりなさそうで何よりよな」
「えっと。輝里……知り合いなのかい?」
「あ、はい。詳しいことはちょっとお話できないんですが、まあ、私的な趣味の関連でちょっと」
「お初にお目にかかります。姓を李、名を儒。字を白亜、と申します。此度はこの地においての仕官を求めてまいりました。文官仕事は言うに及ばず、戦場での指揮においても十分にお役に立てる自負があります。どうか、ご採用くださいますよう、この通り、お願いいたします」
「……そりゃまあ、人手が増えるのはいいですし、断る理由も無いんですが」
徐庶の知己というのであれば尚のこと、仕官を拒否する理由は皆無といって良いだろうと、一刀はその仮面をつけた少年に対し、その場で李儒の仕官を認めた。ただその場で一つだけ、顔に仮面を着けたままの登城はどうかと思うと、そう彼に対して苦言を呈したのであるが。
「……この仮面の下の顔には、昔事故で負った怪我が今も残っております。お見せしてもよろしいですが、見れば何日かは食が喉を通らなくなるかも知れませんぞ?」
そう言って、わずかにずらした仮面の下から、それは筆舌に尽くしがたい、傷、というのも生易しいそれが見えたことで、一刀たちは慌てて謝罪と、今後も仮面を着けたままの登城をする許可を出したのであった。
そして、李儒が汝南の城に仕官したその日の夜。彼にあてがわれた士官用の部屋に、彼女、徐庶がひそかに訪れていた。……恭しく、その場に膝を着き、右手で左の拳を包むという、所謂拱手をした状態で。
「……ご無沙汰しております、殿下。まさか、かような所での再会を果たせるとは、夢にも思っておりませんでした」
「それは妾も同感じゃが、その態度はよせ、というたであろ?それに、妾の事は真名で、『命』と、そう呼んでいいと、お主には言ったであろ?輝里よ」
「はっ。それは……そうなのですが」
「……妙なところで頑固よな、お主は。まあ変わっておらんで何よりとも言うが。……あと一応言うておくが、妾のことは」
「分かっております。「む?」……分かってるわよ、命。あなたの事は誰にも話さないわよ。過去の身分のことも、その体のことも、ね」
「ならば良い」
ふふふ、と。互いに笑みをこぼしあう二人。そしてその後はしばらく、互いの昔話に話を咲かせていた二人だったが、不意に、徐庶の口から出た今回のこの地への士官理由、それについての話題で、その場の空気は一変。
「そんな……そんなことって……」
「……」
そしてそれ以降、李儒も徐庶も、ただ悲痛な面持ちをしたまま、それ以上に何も語ることももはやなく、夜はただ静かに更けて行ったのだった……。
~続く~
後書きに変えて。
今回本文中に使用したタイトル画像は、以前、Siriusさまより戴いたものです。
Siriusさまにはこの場を借りて、改めて感謝の言葉を述べさせていただきます。
ありがとう御座いました。
まあほんとはもっと早くに使う予定だったんでしたが、今の今まですっかり忘れていたと言う(苦笑
ではまた、次の投稿作品にてお目にかかりましょう。
でわでわ
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仲帝記、更新でございます。
袁術と劉備よる対袁紹の戦い、それが行なわれることになる、
少し前の両陣営の様子をお伝えです。
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