No.494680

真説・恋姫†演技 異史・北朝伝 第十二話「檄文と諸侯と」

狭乃 狼さん

今回更新は異史の北朝伝です。

仲帝記は構成が頭の中ですら全然出来ず、スランプ絶好調状態(オイ

その他の連載物?ナニソレ美味しいの?状態(コラ

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2012-10-10 21:38:41 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:8305   閲覧ユーザー数:6262

 「じゃあ改めて、劉備さん関羽さんに張飛ちゃん。俺は北郷一刀。ここでは……そうだな、一応輝里、徐庶の上官ってことになってる」

 「北郷一刀殿……ですか。失礼ですが、以前、冀州の鄴で御太守をなされていたことは」

 「ああ、ちょっと前までね。……それが?」

 

 洛陽城内の練武場、徐庶に連れられやってきた劉備一行は、そこに先んじて三人を待っていた一刀と再会をしていた。いつものフランチェスカの制服に胸当てを着けた出で立ちをし、自らの愛刀二本を腰に佩いた彼と。

 そんな、笑顔ではありながらも一切隙の無い雰囲気を醸し出して立つ一刀から、この場で漸くその名を耳にした関羽は、それにわずかなれど聞き覚えのある事を思い出し、それを彼へと問いかけた。ほんのわずか数ヶ月前まで、冀州は鄴にて太守を務めていた人物の名、それが彼女らも耳にしたことの無い珍しい名前だったことと、そして、その件の人物があるとき行った行為があまりにも強烈な印象として残っていたこと。

 巷でちらと聞いた程度の噂話だったそれらだったが、特に後半のソレ、すなわち。

 

 「……では、以前の黄巾の乱の際、とある賊集団を無慈悲に殺戮し、許しを請う者すらも根切りに切り払ったというのは、真実なのでしょうか」

 「……だとしたら?」

 「!一刀さん……っ!」

 

 関羽の言葉に反論するようなことも無く、まるで事実だといわんばかりな態度でそれに答えた一刀の言葉に、徐庶は思わず身を乗り出して口を挟もうとしたのだが、彼女が半歩ほどその足を前に出しかけた瞬間、一刀がおもむろにその鋭い視線を徐庶へと向けた。

 『黙ってみているように』

 そう言わんばかりな、反論の一切を許さない、そんな眼光をした瞳を。

 

 「で?それが間違いなく俺の所業だとして、関羽さんはどうすると?」

 「……であれば、それが間違いの無い事実であれば、私は、貴方をけして許すことは出来ない!如何に賊に身をやつしたとはいえ、同じ人間である者たちを、無抵抗なままの者たちを切り伏せるなど、武人として、いや、それ以前に人として許すわけにはいかぬ行為!」

 「鈴々も愛紗にさんせーなのだ!お腹空いて我慢できなくなって悪い事したのはいけない事だけど、それでも死んじゃったらもうお腹いっぱいご飯を食べて、悪いことしてごめんなさいって言うことも出来ないのだ!」

 「……劉備さんも、同じ考えかい?」

 「……はい。確かに悪い事を一杯した黄巾の人たちもいけないと思います。けど、それでも、せめて反省する機会も与えないまま命を奪うのは、私は、納得のいくことでありません」

 

 一つの邑、それを壊滅するほどに蹂躙した賊を、一刀たちはかつて、なで斬りに殲滅させたことがある。そしてその行為は、その時のわずかな生き残りの情報などを基に、相当の尾ひれがついた形で各地に流布されている。

 情報というものを、人伝にしか耳にすることの出来ないこの時代では、そういう過大に誇張された噂話であっても、聞く者によってはそれがすべて真実となってしまう。関羽と張飛は完全に、劉備はわずかな迷いを瞳に宿しながらも、それらの噂を相当に信じ、それらを行った一刀たちの事を嫌悪しているようである。

 

 「……輝里の話だと、君たちは平原を朝廷の許しなく勝手に出奔し、その後義勇軍を率いて各地を転戦していたそうだけど、間違いないかな?」

 「話を逸らされるな!今は「間違い無いのかと聞いてる」う……っ」

 「にゃ?!せ、背中に何か寒いのが走ったのだ……っ!」

 「どうなんだ、劉玄徳」

 「……間違いありません。あのままあそこに残っていたら、平原の人たちにも迷惑がかかると思いましたから」

 

 一刀のその声に気圧された関羽に代わり、劉備がそう答える。己が判断は間違っていなかったと、そうはっきりとは言い放ちつつも、どこか自信無さげな色の混じった瞳を一刀に向けて。

 

 「……平原の辺りを監察に行った奴はさ、都に戻ってすぐ、収賄で投獄されたよ。『え?』……聞くけど、自分たちは正しい事をしたと思ってるんだね?賄賂をせびった監察官を殴り、追い払ったこと、それは間違いなく正しかったことだと」

 「はい」

 「なら何故、任地を捨てるのではなく都にすぐさまそれを上奏しなかった?自分たちの潔白を証明しようとせず、逃げ出すことしか考えなかった?」

 「そ、それは」

 「その後義勇軍とやらを結成し、各地で賊討伐を繰り返したそうだが、その彼らは慈悲を与える範疇の相手じゃあなかったのか?賊兵たちを殺し、その食料を奪って食いつないだその行為は、君らが討伐した賊兵たちの行為とどこが違う?」

 「あ、あ、あ……」

 

 

 

 誰も、何も、答えられなかった。

 先ほどまで激昂し、その偃月刀の刃を怒りの色に染まった瞳と供に一刀に向けていた関羽も、丈八蛇矛の切っ先をその無垢な瞳を義姉同様怒りに染めて向けながら構えていた張飛も、その二人の後ろ、徐庶の一歩手前から一刀をまっすぐに見つめていた劉備も、三人が三人とも、反論する言葉を完全に失ってしまっていた。

 人々に迷惑をかけたくないからと、官職を捨て野に下ったのも、それは、自己満足と現実逃避のための方便だった。賊をなで斬りにした一刀の事を責めつつも、結局は生きるために自分たちもそれと同じ、いや、それ以下の行為をここまでにして来た。

 それらの、先ほどまで行った言動とはあまりに矛盾した行為を、真正面から、この白い服を着た一人の青年の口からぶつけられ、認識させられたがために。

 

 「……一応、さっきの問いには答えておく。俺は確かに、とある邑を襲った賊たち三万を、八千の兵でもって殲滅させた。俺についてはそのうちの三分の一を斬った。それは事実だ。今着ているこの服も、元の色が判らなくなるくらい、返り血で真っ赤になったよ」

 「……っ」 

 「けど、俺はそれを後悔していない。いや、してはいけないんだ。そこからすべきは反省と、そして」

 「そして……?」

 「……前を見て歩くこと、さ」

 

 過去の過ち、それを悔いるのは誰でも出来る。しかし、それだけではいけないのだ。過ちから学び、先へと繋がるモノをそこに見出し、そしてさらに歩を進めること。過ぎたことをいつまでも引きずらず、それを受け入れた上で前を見つめること。

 それだけが、人間という未熟で未完成な存在が、限りなく完成に近い処へと近づくための、たった一つの手段であるのだから。

 

 「ま、どういい繕ったところで、自己満足な自己弁護にしか聞こえないかもだけど、ね。じゃ、頭と口を使うのはここまでにしようか。関羽さんも張飛ちゃんも、小難しい理屈よりこっちのほうを交わすほうがいいだろ?」

 

 がちゃ、と。腰に佩いた二本の刀に手を置き、挑発気味に目の前の二人の少女に笑ってみせる一刀のその態度に、関羽と張飛は僅かに逡巡しながらも、直ぐにその顔を武人としてのそれに変えて、各々の武器をしっかりと構えなおす。

 先ほどの一刀の言葉、それは確かに自分達の考えの甘さを指摘された、耳に痛い言葉であった。だがそれでも、己が信じ、貫こうとする信念、その根底にあるものだけは、それは容易に捨てられるものではない、と、関羽も張飛も、今度は言葉ではなく刃の交わりによって一刀に伝えるべく、彼と真っ向から対峙する。

 そして、そんな二人を見守っている劉備もまた、想いはやはり義姉妹二人と同様だったらしく。

 

 「……北郷さん、お願いがあります」

 「うん、何かな?」

 「……私にも、手合わせをお願いします」

 「桃香?!」

 「義姉上!?」

 「お義姉ちゃん?!」

 

 義姉妹二人の前に静かに歩み出て、腰に佩いていた鞘からすらりと抜き放つ。銀色に輝くその両刃の刀身が、太陽の光に照らされて一種神々しくもある煌きを放ちながら、劉備のそのか細い手の中に握られて一刀へとその切っ先を向けられる。

 

 「……本気、みたいだね。いいよ、俺の方は全然構わない。三対一、時間は無制限、勝敗はどっちかが参った、っていうまで。それでいいかい?」

 「はい!」「承知!」「分かったのだ!」

 「輝里、合図を」

 「……どっちもどうなっても知らないわよ、っとに。……それじゃあ……っ」

 

 一刀に開始の合図役を促され、その右腕を高々と掲げる徐庶の顔は、頑固な主君と無謀な友人に対する完全な呆れ顔。そして。

 

 「……それじゃ……始めっ!」

 

 一気に振り下ろされた徐庶の腕と供に、四人の男女が激闘を演じ始めたのだった。

 

 

 

 此処から場面は少し移る。

 所は兗州、陳留。中原と呼ばれる大陸中部にある街。太守は曹操、その字を孟徳といい、かつては都に都尉という、今で言えば警察官のような官職にあり、上司や身分に捉われない公明正大さをもって職務に徹し、その名を良い意味でも悪い意味でも知らしめた女傑、である。

 その時の活躍は当時まだ皇太子であった劉弁の耳にも入り、その彼の上奏や、母である曹嵩の根回しもあってか、目出度く故郷である陳留の太守に抜擢され、幼い頃よりの側近である夏侯惇、字を元譲と、その妹の夏侯淵、字を妙才と供に着任した。

 そしてそこでもやはり希代の英傑と評されたその辣腕振りを如何なく発揮し、陳留のみならず、北の濮陽地方ですらも含んだ兗州全域においてその名と力を示し、対外的には刺史という肩書きでしかないものの、実質的な州の長官、牧になっているといっても過言ではなかった。

 その彼女、黄巾の乱ではその本拠となっていた青州を落とし、そこに篭っていた黄巾兵約十万を巧みに取り込み、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで台頭しつつあった。

 

 「……皇帝からの招聘、ね。さて、どう応えたものかしら。……桂花、貴方はどう思うかしら?」

 「ここは乗るが上策かと思います。陛下が如何なる思惑をもってこの度の様々な無理を行なわれたか、それを知り、あわよくば」

 「……無理を糺し、その上で玉を掌中にすることも可能、と?」

 「はい」

 

 曹操は先ほどからずっと目を通していた竹簡を、自身の足元から聞こえるその声の返答を聞いてから、丸めて横の小さな台に放り投げる。そんな彼女の足元には、猫の耳の様な形をしたフード付きパーカーを羽織った、茶色の髪の少女がそっと跪いたまま、曹操のその小さな足の指を一本一本、丁寧に舌で舐めていた。

 

 「……上手よ、桂花。そのまま続けなさい」

 「はい、華琳さま……」

 「それにしても、この董卓という娘はまだ良いとして、こっちの北郷とかいう男。先の乱の折には麗羽のところの援軍と一緒に張三兄弟を討ち、その後、突然の大将軍としての招聘を帝からされた、自称天の御遣い、か」

 「胡散臭い流聞だと私はおもいます。皇帝以外が天を名乗る、それが不遜かどうかはともかく、出自がはっきりしていない、得体の知れない者には違いがありません。そんな男なんていう下品で野蛮で能無しな生き物が皇帝陛下の覚え篤くなるほど活躍するなど、絶対に何かの間違いです」

 「……桂花、貴女の男嫌いは知ってるけど、物事、特に人間に関してはそういう色目は捨てなさい。でないと、後でこっ酷い目に合うわよ?分かったわね、我が子房、荀文若」

 「は、はい。……肝に銘じます」

 「よろしい。それとソッチももういいわ。続きは今夜にでも、閨の方にいらっしゃい。……さて、当面はどう」

 

 足元に跪いていた自分の軍師、荀彧、字を文若をそこから下がらせ、皇帝の詔勅に対してどう行動すべきか、それを検討し始めようと曹操がしたその時、彼女らが今居る謁見の間、その重々しい扉が勢いよく開かれ、一人の女性がそこに飛び込んできた。

 

 「華琳様!危急のお報せです!河北の袁紹より書状が!」

 「ちょっと春蘭!何でもいいけど、もう少し扉は静かに開けなさいよね!アンタのその馬鹿力のお陰で、一体今まで何回その扉、取り替えたと思ってるのよ!?」

 「そんなもの、扉がやわなのが悪いのだ!もっと頑丈な扉を作れる職人を探せ!」

 「そんなことするよりアンタがもっと加減を覚えたほうが遥かに経済的よ、この脳筋!」

 「なんだとおっ!?」

 「二人とも止めなさい!……それで春蘭?麗羽からの文とは、一体何事?」

 

 先ほど、その女性こと夏侯惇が開け放った衝撃によって、謁見の間の巨大な扉がものの見事に真っ二つになって吹き飛んだことで、荀彧と夏侯惇が激しく言い争うのを、眉間を押さえながら大きな溜息と供に曹操が一喝して二人を制する。

 さすがの二人も、敬愛する主君の言葉にはすぐさま反応して静かになり、荀彧が一歩下がると夏侯惇はそのまま曹操の下に歩み寄り、手に握り締めていた一枚の紙を彼女に手渡す。

 

 「……これは……ふ、ふふふ」

 『?華琳さま?』

 「……あの麗羽にしては、思い切った大胆な事をしてくれるわね。これなら、こちらに乗った方が私にとっても……。春蘭、桂花、直ちに皆を招集なさい!」

 「あ、あの、華琳さま?袁紹からはなんと……?」

 

 玉座をおもむろに立ち上がり、喜色を浮かべた顔で夏侯惇と荀彧に対してそう命を下す曹操に、怪訝そうな顔で荀彧が問いかける。そんな彼女に、曹操は軽く笑みを零しながら、つい今しがた目を通した袁紹からの文、それを荀彧の足元へと舞わせる。

 

 「失礼いたします……こ、これは……っ!」

 

 そしてそれ拾い上げ、そこに書かれた短い文面を呼んだ荀彧は、その瞳を大きく見開いて驚いたのであった。

 

 

 「わざわざご足労、かたじけないのじゃ、蓮樹おばさm(ギヌロ)ぴっ!?お、おねえさま」

 「ん。……で、わざわざあたしを寿春から汝南に呼ぶなんて、一体何があったってんだい?美羽」

 

 その、褐色の肌の女性から送られた一瞬の鋭い眼光に、玉座に座ったままガタガタと小刻みに震え出したその少女、この城、豫州は汝南の地の太守を務める袁術、字を公路は、その女性、淮南は寿春太守孫堅、字を文台に慌てふためきながら自分のした失言を訂正。それを聞き満足げに頷いた孫堅は、先ほどまでの鬼もかくやな形相を一転、優しい母親のような慈愛に満ちた笑顔を袁術に見せ、今回是非にとこの汝南の地まで呼ばれたそのわけを問いかける。

 

 「えーっと、ちょっとお嬢様は会話にならない状態になってますので、代わりに私がお答えしますねー。実はですねえ、河北に居られる美羽様の姉君、袁紹さんからお手紙が届きまして」

 「麗羽からかい?つーことは、また何やら無理難題でも言ってきたってところかね?」

 

 実は孫堅、この袁術の母である袁逢とその姉妹である袁成の、その双方と生前懇意にしていた間柄であった。そのため、両者の子であり父親違いの姉妹でもある袁紹と袁術のことも、幼い頃から良く知っているのである。特に袁術に関する彼女の溺愛ぶりは相当のもので、一時は本気で袁術を自分の養子に迎えようとし、親の袁逢と一昼夜に渡って激闘を繰り広げたとか、そんなエピソードがあったりする。

 そして袁逢が急な病でこの世を去ったとき、まだ幼かった袁術と、そのお世話係だった張勲の二人を保護し、二人が十分に独り立ちできるまで、彼女がその後見人を務めていた。もし、その時孫堅の援けが無ければ、今頃は二人して完全な傀儡の人形となり、今は袁術のもう一方の領地である南陽に居る彼女の一族たちに、良い様にその名を利用され続けていただろう。

 そんな事が元で、今でも袁術も張勲も孫堅のことはもう一人の母と慕うほど、彼女らにとっては到底頭の上がらない、優しくも恐ろしい鬼子母神も真っ青な、そんな人物となっているわけである。

 閑話休題。

 

 「いえー、無理難題といいますか、また無茶苦茶を言い出したと申しますか。ねえ、お嬢様?」

 「七乃の申すとおりですのじゃ。麗羽姉さま、何をトチ狂われたのか、都を攻めるから妾にも食料を沢山もって協力するようにと言ってきたのじゃ」

 「……なんだって?都を……攻める?麗羽がかい?なんでまた」

 「詳しい事はこちらの書付に。まあ、内容自体は良く出来た名分を掲げているものですけど」

 

 そうしてそのまるでバスガイドの制服にも見える、そんな衣装を纏ったその少女、袁術の幼い頃からの付き人である張勲から、孫堅は一枚の書付を手渡される。そしてそこに書かれた内容を見て、孫堅が思わず洩らした一言は。

 

 「……茶番だね、こりゃ」

 「はいー。完全無敵、どっからどう見ても茶番でしかない、あのお子ちゃまがそのままおっきくなったような麗羽様が考える、とっても斬新極まりない茶番劇への招待状ですよー」

 「……七乃も大概、口が悪いね……的を射てる分、まだマシだけどね……はあ」

 

 呆れ果てたようなその孫堅の口から出たため息は、袁紹と張勲、そのどちらに向けられたものだったのか。

 しかしなんにしても、と。孫堅は思う。

 

 「……これは正直、どっちに着くかで大勢は大きく変わるだろうねえ。……美羽、アンタの所にも、陛下からの詔勅、届いてはいるんだろ?」

 「はい、届いておりますのじゃ。で、その為にも都に早々に出向かねばと、七乃と話しておったところに」

 「麗羽からのこの【檄文】かい。……頭の痛いことだね、こりゃ」

 「多分ー、文台様の所にも、麗羽様からのその檄文、届いているかもですねー」

 「まあ十中八九来ているだろうね。今頃……ん?なんか、外が騒がしいね」

 『?』

 

 孫堅がそういうが早いか、謁見の間に向かってどんどんと近づいて来る、怒号にも似た人の叫びと、複数の人間の足音が、袁術たちの耳にも捉えられてくる。そして慌しくその場に飛び込んできたのは、孫堅と同じ色の髪と肌をした長身の女性だった。

 

 「母様大変!袁紹からトンデモ無い檄文が」

 「ぴっ?!そ、孫策なのじゃー!ガタガタブルブルガタガタブルブル」

 「あらあらー。孫策さんてばお久しぶりですねー。相変わらずの傍若無人ぶりのようでなによりですよー」

 「あら、張勲居たの?……袁術のお子ちゃまも」

 

 少々キツめの印象を周りに与えるであろう、美しくも凛とした瞳を携えるその女性の名は、孫堅の長女である孫策、字を伯符と言う。その孫策が謁見の間にその姿を見せるや否や、袁術は先ほど孫堅の睨みに震えたとき以上の脅え方で震え始め。張勲は張勲で、顔色こそ一つとして変えることも無いものの、明らかに毒を含んだ言葉を孫策にかけた。

 対して孫策は、そんな二人の態度などまったく鼻にかけることも無く、さも、二人がそこに居た事に今気付いた、そんな風を装った態度と言葉を見せたのだが、その直後、自身の母親から盛大に雷が落ちた。

 

 「雪蓮!此処は人様の城だ!何を勝手知ったる家の様に振舞って入ってくる!最低限の礼儀は大切にしろ、いつもそう言ってるだろうあたしは!」

 「ひっ?!……ご、ごめんなさい……その、あまりにとんでもない事だったものだから、つい、その」

 「ついその、じゃない!それに謝るならあたしじゃなく、ここの主である美羽に、袁術公路に、だろうが!ったく、なんだってお前はそうも美羽と七乃を嫌うのかね」

 「……」

 「しぇ・れ・ん?」

 「ひいっ!え、袁術、張勲、その、礼を欠いた急な到来、ゴメン、なさい……っ」

 「う、うむ、わ、妾は別に気にしておらんのじゃ。じゃから孫策よ、そなたも顔をあげてたも。おb「……あ゛?」おねえさまもどうか、お怒りをお鎮めになってくださいませ。……ガタガタブルブルガタガタブルブル」

 

 本物以上の似たもの姉妹。なんていう風に、後年になって評される事になろうとは露知らず、孫策と袁術は揃って孫堅の睨みでがたがたと震えていたのであった。

 

 

 

 「はあっ、はあっ、はあっ……!」

 「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ……!」

 

 再びこちら、洛陽の練武場。現在、その地面には四人の人間が息も絶え絶えでいた。完全にグロッキーな状態で居るのが劉備、関羽は偃月刀を杖代わりになんとか片膝を着き、張飛は地面に突き立った己の蛇矛の切っ先に引っかかる形でぶら下がっており、そして残る一刀は朱雀と玄武のお陰で何とか立っていられるという有様。

 あれからおよそ二時間。それだけの間戦い続けた四人は、疲労と空腹が限界に達した事によって、漸く全員がその矛を収められていた。

 

 「……やっぱ、さすが、桃園の、三、姉妹……だね……ここまで、とはね」

 「……いえ、北郷殿も素晴らしいとしか、言い様がありませぬ。私と、鈴々、さらに、桃香さまも加えて、お一人で、これだけ渡り合えるとは……」

 「きゅ~……」

 「にゃあ~……鈴々、もう疲れたのだ~……お腹空いたのだ~……」

 「は、ははは……そうだ、ね。お腹空いたよ、な。は、ははは……はあ、世の中広いや、ほんと、参った参った」

 

 参った、と。自分が言ったら負けと宣言していた事は承知の上で、一刀は笑いながらそう、それでも何処か楽しそうに、そして晴れやかに宣言した。

 

 「……いえ、参ったのは、参らされたのは我らの方です。北郷殿、先ほど貴方に向けた私の言、全てを謝らせていただきたい。……武人同士において刃を交えること、それ以上に、相手の本質を知る術を私は知りません。故に、貴方のその想いにも、一辺の揺らぎもないこと、強き信念があることを、刃の交わりを通して感じさせていただきました。……此処までの無礼、どうかお許し願いえますか、大将軍閣下」

 「……あ、気付いてた?」

 「……亡き何進大将軍の後任になったのは、かつての冀州刺史だとは聞き及んでましたから」

 「お。劉備さん、目が覚めたんだ」

 

 一刀と関羽が語り合っているそこに、何時の間にか気絶から回復した劉備が、徐庶の肩を借りつつ歩み寄って来ていた。

 

 「如何でしたか、一刀さん?桃香たちの見極めの方は?」

 「勿論、俺から何かを言うことは何も無いよ。……体力切れを起こさせられたのも、これが随分久しぶりだ。劉備、関羽、張飛の名はやっぱり伊達じゃあないな。あー、でも」

 「え?えと、なんでしょうか、北郷さん?」

 「……劉備さんはもうちょっと、鍛えた方がいいかもね。禁軍の将として働いてもらう以上、個人の武の方もある程度たって貰わないと、何かの時に困るしね」

 「……閣下?それでは」

 

 服に着いた砂埃を軽く掃いつつ立ち上がりながら、一刀がにこりと微笑みを見せ、三人を見つめてこう言った。

 

 「勿論君らさえ良ければ、だけどね。その武、陛下の下で世のために、人々のために尽くせると、そう誓えるならば大歓迎さ。むしろ、積極的に欲しい人材だ。漢朝に、劉弁陛下に仕えてその力、振るってくれるかい?」

 『勿論です!』

 「じゃあ決まりだね。改めて、俺は北郷一刀。漢の十三代、劉弁皇帝から畏れ多くも大将軍の任を拝命している。……まず、これだけは、今の内に言わせてもらうよ。……この先の道、けして平坦ばかりなものじゃないだろう。時には目を瞑りたくなるような、世の中の暗部を直接その目に見ることもあるだろう。そして、その為に己が手を血に染め、必要とあれば非道な事もしなければいけない事も」

 『……』

 「皇帝であれ大将軍であれ、同じ人間には違いない。時には間違った事も行なうかもしれない。その時、君らに求められるのは何ものにも囚われる事無く、それらを諌めることだ。それが出来なければ、ただ諾としか言えないだけのそんな人形は、今の朝廷には不必要だってこと、それをけして忘れないで欲しい。これは全て白亜の、皇帝陛下の考えでもあり、今朝廷を動かしている主だった者達、そのほとんどに共通した意識だと言うこと、しっかりと胸に刻んでおいてくれ」

 

 その、一刀が放つ一言一句を、劉備たちは決して聞き漏らす事の無いよう、ただ黙して彼の言葉にその耳をかたむけている。そこに。

 

 

 「カズ!輝里!此処におったんか?!」

 「結?」

 

 文字通り血相を変えてそこに駆け寄ってきたのは、此処暫く、各地の諸侯の動向、それを調べるために都を離れていた姜維、その人だった。そしてその後、腹を空かせて目をまわしている張飛を食堂へと連れて行く徐庶と分かれた一刀たちは、姜維から驚くべき話をそこで聞かされた。

 まさしくそれは一大事。

 ことによっては、先の黄巾の乱、それ以上の混乱を世に満たしかねないものになる、そのとんでもない報せを、一刀は急いで劉弁や董卓らに伝えるべく、着替えもそこそこに慌しく駆け出した。 

 

 その、姜維が齎した一大事とは、とある人物の手によって大陸中の全ての諸侯に出された、一通の檄文に関してであった。

 その、内容とは。

 

 『冀州の牧、袁本初がここに、諸侯に対し檄を飛ばす。先頃相国に就任した董卓なる者、その権威を傘に着て悪逆非道の限りを尽くし、帝を蔑ろに好き勝手な政を行い世を狂わせる人非人なり。さらに先の大将軍亡き後その後釜に座りし北郷某なる者は、畏れ多くも天たる皇帝陛下以外に天を名乗り、人心を乱し世を混乱させる大悪党なりし。この両名、その存在まさに許しがたく、故に、我は漢の忠なる臣として、逆賊董卓、そして偽の天を誅滅せんがために、ここに、心ある諸侯の参集を呼びかけるものである』

 

 反董卓、そして反北郷を謳ったこの檄文。

 これを大義として、諸侯は続々と参集しつつある。

 

 様々な、それぞれの思惑を胸に、諸侯は一つ所に集まるその地の名。それを取り、後世、この戦いはこう呼ばれることになるのである。

 

 「……虎牢関の戦い、か……」

 

 ~つづく~

 


 
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