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No.449825
超次元ゲイムネプテューヌ Original Generation Re:master 第26話
ME-GAさん 2012-07-09 17:09:58 投稿 / 全2ページ 総閲覧数:1521 閲覧ユーザー数:1465 |
遥か昔――。
まだ、マジェコンヌが女神として下界を統治していた頃……。
彼女は、長きにわたって下界の民の希望も、絶望も、全てを受け止めてきた。
それが、女神の役割であったから――。
しかし、彼女も女神とはいえ心ある一個の存在、全てを受け止め、耐えることなど出来なかった。
場所は神界。
何もない、広がる空間の中にマジェコンヌは佇んでいた。
時折、寂しそうな表情で溜息を吐き、そしてまた宙に視線を向ける。
そんな彼女の元に、史書イストワールは心配そうな表情で遠慮がちに声を掛けた。
「マジェコンヌ? どうかしましたか?」
「……イストワールか」
マジェコンヌはくたびれた表情と声でイストワールの声に答える。
「……私はもう長きに渡り、下界の民の思いの全てを受け止めてきた」
それが、女神のあり方だったから。
そうするしかない、と彼女は思っていたから。
「もう疲れた……。私は、これ以上下界の民の苦しみまで背負う自信はない……」
胸に手を当て、悔しそうに拳を握るマジェコンヌは目を伏せ、傍らに立つ修道女姿の中年女性に視線を向けた。
唯一、『下界と神界を自由に行き来できる人間』である彼女、アプリコは心配そうな表情で、声を掛けるべきか、黙ってそれを見ているべきかを悩んでいるようで狼狽するような仕草で居た。
協会から、女神の世話役として使わされた彼女は女神及び史書である彼女たちの身の回りの世話や、下界の現状を確認し、助言をする存在であったものの彼女たちの事情について口を挟むべきか計りかねているのだろう。
しかし、意を決したように表情を固め、そして口を開いた。
「女神様……もう私は貴女様の辛そうなお姿は見たくありません……。どうか、これ以上は貴女様が壊れてしまいます……!」
アプリコは悲しそうに涙を流し、それを己の手で拭った。
そんな彼女を、マジェコンヌは辛そうな表情で見やった後、イストワールへと視線を戻す。
「イストワール……、どうすればいいか……何かないか?」
イストワールは目を伏せて、しばらく黙った後に口を開く。
「神を創りましょう。新たな神、不浄を全て受け入れる神を……」
しかし、その言葉にマジェコンヌは眉間にシワを寄せて発言する。
「だが……そいつに全てを被せるのは……」
これもまた、女神である彼女の意識の中にあった他者を思う気持ちの表れでもあったのだろう。
いまいち決心の付かない風な表情で俯く彼女にイストワールは口を開く。
「仕方のないことです。そうしなければ、貴女が壊れてしまう」
マジェコンヌは意を決したようにクイと顔を上げ、悲哀に満ちた表情で天を睨んだ。
「これも、運命とやらが定めたシナリオなのかもしれんな……」
「はい……。きっとその神には辛い思いをさせてしまうでしょう。でも……私達で何とかしてあげなければなりません」
史書、本の形態となったイストワールに手をかざし、マジェコンヌは変わらず悲しみの満ちた表情で静かに告げた。
「そうだな……。私の我が儘の所為で生まれる存在なのだ。尻ぬぐいも、私の仕事か……」
こうして彼は生まれた――。
全ての絶望も、憎悪も、邪心も、それらを受け止める
『鬼神』を――。
*
「マジェコンヌ、アプリコ。出来ましたよ」
イストワールは傍らに立つ少年、恐らく見た目から推定するに3、4歳程度であろう。
少年はただ無感情にそこに棒立ちとなり、虚ろな瞳で虚空を睨み続けている。
「……そうか、この少年が『鬼神』……。我らが生み出したる新たなる神、か……」
マジェコンヌはその少年に悲哀に似た視線を向け、そしてすぐに少年から視線を外した。
「触っても、よろしいでしょうか?」
アプリコは遠慮がちにイストワールに尋ねる。
そんな彼女とは裏腹にイストワールはそれを快諾した。
それを見て、アプリコは微笑を浮かべながらそっと彼の頭を撫でた。
「……」
しかし、少年は相も変わらず無表情、真黒の瞳で視線だけを彼女に向けてただ一言、ボソリと呟いた。
「……気持ち悪い」
胸を押さえ、そしてそれだけを呟いた。
握る拳に力が込められ、きゅっと口をつぐみ、ブルブルと震えながら。
内に広がる憎悪や怨念、それらに心を蝕まれながら。
「……さて、そろそろ神としての本格的な経験を与えねばならん。いくぞ」
マジェコンヌはそんな少年の手を引き、そしてツカツカとヒールをならしながら神界の、一際開けた場所で己が武器を構えた。
「……どうした。武器を構えろ」
「……何故」
少年はそっと呟いた。
「しなければならん事だからだ。お前が鬼神としてあるための、な」
少年は変わらずの瞳で少し躊躇うような素振りを見せた後に何時の間に握られていた右手の大剣を弱々しく構えた。
…………。
「ッ!」
少年は苦痛に表情を歪ませながら壁に叩き付けられた。
しかし、すぐに少年は剣を杖代わりにしてよろよろと覚束ない足で立ち上がる。
「……そうだ。それでいい」
マジェコンヌは再び杖を構え、次々と魔法弾を発射していく。
少年はひとつを剣でたたき落とし、もう一つを跳んで避ける。
しかし、着地したところでバランスを崩し、地に膝をつく。
そして、そこに魔法弾が直撃、爆発を起こして少年の身体はボロボロになって転がっていく。
「……く……」
少年は呻き声を上げて手を地面につき、身体を起こそうとする。
しかし、力がこもらないかブルブルと身体を震わせながら剣を地に突いて身体を支える。
「まだ、まだ……っ」
か細い声で少年は告げる。
そんな彼を見て、アプリコは静かに制止した。
「もうやめましょう……。これ以上は彼の身体が持ちません」
「しかし……」
マジェコンヌは納得のいかないといった風な表情をするが、しかし目の前でボロボロになり、まともに立てもしないような少年を見てそれ以上何かを言うのは止めた。
少年はキツイ視線でマジェコンヌを睨み、剣を構える。
そんな彼にマジェコンヌは手でやめるように指示し、剣を収めさせる。
ふて腐れたような表情を浮かべて少年はそっぽを向いて歩いていこうとするが、それはアプリコによって阻まれた。
「ッ!?」
アプリコは少年を抱きかかえて、楽な姿勢で座らせる。
少年はそれに動揺したものの抵抗するような素振りは見せずにそれに従事する。
「こんなに傷を負われてしまわれてはいけませんね……」
アプリコは取り出した医療具で少年についた傷を治療していく。
そんな現場をマジェコンヌとイストワールは遠目に見つめる。
「……まったく、子供というのは分からんな。どうも苦手なタイプだ」
「貴女は基本的に人付き合いが苦手でしょう?」
「ぐ……」
イストワールに的確に指摘されてマジェコンヌは怯んだ。
「ですが、まあ……あの子は一際難しい子でしょうね。なにせ下界の人々の絶望、それを一手に引き受けているのですから……」
耐えきれないような苦しみの中、一人放り込まれた少年。
もう、それはいくら神とて避けられぬ苦しみ。
そんなことは、とうにここに居る全員が分かっていたはずだったというのに。
そんなことを忘れさせるほどに、彼の姿は痛々しかったのだ。
*
「はぁっ……はぁっ……!」
少年は息を切らせて地に膝をつく。
そんな彼を見て、マジェコンヌは沸々と苛立ちを募らせる。
「――お前は民の絶望を受け止める存在だ! そのような軟弱な力で実現できるはずがないだろう!? 立て! 立つんだ!」
己に出来たことが何故出来ないのか、と――。
少年は、掠れるような震える声で呟いた。
「出来るわけ、ないよ……」
ポロッと涙が頬を伝い、そして地面に流れ落ちる。
「何故出来ない!? お前に意志がないからか! お前がやろうとしないからだ!」
マジェコンヌは杖を地面に叩き付けて怒号を上げる。
そんな叫びに少年はビクと身を震わせて目を瞑る。
「さあ! 立て!!」
荒々しく少年の右手を掴み、無理矢理に少年を立ち上がらせる。
「い、っ……!」
少年は苦痛に表情を歪ませて、その手を振り払い再び地面に座り込む。
それを、怒りに満ちた表情で見つめるマジェコンヌを見かねてアプリコはそっと口を挟む。
「マジェコンヌ様……もうおやめになってください……」
そこ言葉が逆鱗に触れたのか、マジェコンヌは彼女に向かって叫ぶ。
「五月蠅い! ただの人間如きが私に指示するな! これは私達神だけの問題だ!」
しかし、その声にアプリコは引き下がらない、いやそれよりもより強く少年の前に立ち塞がる。
「っ! 退け! そうしなければお前ごと消し炭にして――」
「この子だって愛情を必要としているのです!」
手の内に火球を生み出したマジェコンヌはアプリコの一言に身を引く。
――愛。
「愛……。そんな、ものっ……」
苦しむように、狼狽えながらマジェコンヌは顔面を蒼白させてたじろぐ。
「この子がいくら神だと言って、人間の子と同じように愛情が必要なのです……」
きゅっと優しく少年を抱くアプリコの瞳に、飲み込まれるようにマジェコンヌは小さく声を上げた。
「愛、か……。一人で生まれた私にとっては、何も知らぬものだな……」
悲しそうに。
寂しそうに。
拳を握り、力の入っていた肩から静かに抜き、溜息を吐く。
そして、傍らにいるイストワールに視線を向け、静かに口を開く。
「イストワール」
「何でしょう?」
「――神を創ろう。『愛を知っている』私よりも優れた女神達を……」
マジェコンヌは悲しそうにそう告げる。
イストワールもゆっくりと頷きながら口を開いた。
「そうですね……。次の神様には必要なことかもしれないですね。責任を背負い合えるような、大切な人達が……」
アプリコもそれに同意するように。
「……今の神界はあまりに静か過ぎます……」
「史書の力で下界の記述を変えれば何の問題もあるまい。新たな神達が『完全に』覚醒する頃には下界で何千何万と時が流れる後だろう。私が統治していた頃とは影も形も残らぬはずだ」
マジェコンヌは静かに目を閉じる。
「ですが、大変ですよ? 神の全員が目覚め、そしてかつて女神が持ち得た知識、経験、全てを貴女が受け継がせなければならないんですよ?」
イストワールは分かっているのですか? と付け加えてマジェコンヌに問う。
「責任も共にな……。そのためにアプリコが居るのだろう? それに、いつかはそんな忌むべき風習も途絶えるかもしれん」
「はい……」
アプリコは恭しく一礼する。
「……ふふっ。そうですね、今度の神様達がそんな連鎖を断ち切り、『新たな世代』を作り上げていってくれるといいですね……」
イストワールは嬉しそうにそう声を漏らした。
そんな状況をボンヤリと眺めていた少年は、変わらない悲しそうな表情でそっと天を仰いだ。
「……眠れ」
マジェコンヌは小さく彼に告げた。
額に人差し指を押し当て、そして多重式の魔法陣を浮かばせて。
「次に目覚めるときは、きっと私などよりもいい女神がいることだろう……」
そして、少年の身体はドサリと背後に向けて倒れた。
糸の切れた人形のように、力無く。
悲しみの表情を浮かべながら、微動だにせずに永遠とも思われる眠りについたのは彼が生まれて7日後のことであった――。
彼女たちは名付けた。
全ての絶望を受け入れる寛大な心という意味を示した――
『テラ』と。
彼が目覚めたのは、
それから、一ヶ月の時が流れたときであった――。
鬼神を女神達が生み出してじつに一ヶ月。
神界は相も変わらずの平穏とした状況を映し、存在していた。
いや、殺風景であった景色からは真に何もかもが失われ、何者も存在し得ない地帯へと変貌してしまった。
ならば、そこに在った者達は何処へ行ったのか――。
「ん……んん……」
テラは目元を擦りながらゆっくりと上体を起こした。
何かが抜け落ちたようにぽっかりと心に空いた穴を訝しむようにボンヤリと宙を見つめ、ひとしきりそうした後にキョロキョロと辺りを見渡す。
自分がベッドに寝かされていることに気付き、掛け布団をはね除けて裸足のままで床に降り立つ。
部屋の中にはベッドと簡易的な机と椅子のセットだけが配置されており、『殺風景』という言葉がぴったりな様相を呈していた。
「ここは……駄目だ。何も思い出せない……」
テラは額を抑えてそんなコトを呟く。
どうやら穴が空いていたのは、心だけでなく記憶もであったらしいことに気付いたテラは日光を遮っていたカーテンを開け、目映い日光に薄目で右手を掲げてそれを遮る。
白く輝くその光をボンヤリと見つめ、それをその身で受け止めながら思いを馳せた。
(辛いことがあった気がする……。でも、なんだったかな……?)
そんな疑問を抱きながらテラは背後にそびえる、少年の身体と比してだいぶ大きめの扉に手を掛けた。
ギギッと年季の入っているような軋んだ音を響かせて、その扉はゆっくりと開いていく。
そんなテラの視線の先には変わらない、真白に木目の入った装飾を入れられた壁が映される。
どうやら屋敷の廊下の壁らしい。
少年は、それに何の疑問を抱かずに自分が眠っていた部屋のドアを完全に押しのけてだだっ広い廊下へと踏み出す。
大の大人が数人並んでも、まだ余裕のありそうな廊下の中央、カーペットが敷かれた廊下の中央をテラは何を感じるでもなく歩いていく。
いや、感じるのではなく、その意識が別の方向へと向けられていたからなのかもしれない。
己が何であるかを考えていたのだ。
記憶のない彼にとって己とは何か、それがこの世界における最重要事項であったからだ。
外界に、己の興味を、己の意識を奪うような出来事がない以上、それらは少年にとってどうでもいいことであり、それはこの世界が崩壊でもしない限り、彼の意識を奪うことが出来るというのは皆無であるということでもあったが。
顎に手を当ててうぅん、と小さな声で唸りながら、その長い廊下を思案顔で歩いていた。
(記憶喪失……ってヤツなのかな。こんなに面倒くさいことだとは思わなかった……)
概念は知っていた。
しかし記憶喪失、実際にその身に起こってはそれは何とも猶予すべき事態であり、何ともむず痒い思いをテラの中に生み出していた。
そして、それと同時にその知識は何処から来たモノなのかとも思った。
記憶はなくとも、得た知識は残っているのだとテラは一人得心し、再び長々しい廊下を一人歩いていく。
無音の中にテラの歩く音だけが響き渡り、変わらない情景をテラもまた何も変わらぬ思いで一歩一歩踏み出していた。
一歩、また一歩と足を出す都度に、抜け落ちてしまいそうになる意識に内心で活を入れながら、ふとまた豪勢な装飾のなされた窓から外の様子を覗く。
この屋敷が所持する庭だろうか、その一角であるテラスの位置に、数人の子供と一人の女性が楽しそうに談笑しているのだろうか、そんな姿が見て取れた。
この場にいるのなら己の事情を知っているかもしれない、と妙な自信感に苛まれてテラはその方向へと踏み出した――。
*
テラスの中には4人の少女と中年女性が茶を飲みながら、にこやかに談笑している。
そこには神秘的な雰囲気、いや、というよりはもっと身近に、何気ない日常のような風景が広げられていた。
その前に呆然と立ちつくすテラを見て4人の少女達は嬉しそうに彼に駆け寄る。
「初めまして! ここの人?」
元気そうな少女はそう言ってテラの右手を取って少し荒っぽい握手で彼を受け入れているのだろう。
「いや……俺はここに住んでるワケじゃ……」
テラは尻すぼみになりながら、そんな少女の問いに答える。
そうなんだー、と少女は「にゃはは」とか笑って見せた。
そして、それと同時に少年の大きく、微かに濁った瞳からつうと涙が流れた。
「ぅえ!?」
先程まで脳天気に笑っていた少女は、そんな彼を見て驚愕の声を漏らした。
そして、同時にそれを背後で見ていた少女達は「やっちまったな……」的な視線を少女に向けていた。
「ど、どしたの? お腹痛いの? それとも私、気に障るようなこと言っちゃった!?」
何故どうして最初に腹痛が出てくるのかが一同には分からなかった。
もちろん、少女本人も分からなかったのだが。
「謝りなさい」
「……謝った方がいい」
「謝らないといけませんわ」
何かもう、完全に少女が悪者と化しているので少女自身が泣きたくなった。
そんな彼女たちを見て取り繕うようにテラは目元を擦ってから否定の色を見せる。
「ち、違う! 違うから! そうじゃなくて……」
そこまで言って、テラはふと口をつぐんだ。
記憶が無い、しかし、少し前に望んでいたモノが今、目の前にあるような感覚に陥ったのだった。
直感的に、そうであると――。
「その、凄く羨ましいな……って」
テラは顔を伏せながら、悲しそうな表情でそんな声を漏らす。
憧れし、繋がり、仲間、そういった関係にある彼女たち、推測であったが、それでも彼の目にはそう映った。
「うらやま……?」
おおよそ予想できないような返答が返ってきたのでポカンと呆ける表情で小首を傾ける。
「あ、いや、その……何でもないから」
そんな状態にまたしても慌てながら取り繕うテラの様を見て、少女達の間にクスクスと笑いが起こる。
暖かい、包み込むような爽やかな笑顔。
それが、テラが初めて見た心からの『笑顔』だったのかもしれない……。
☆ ☆ ☆
「どうぞ」
中年の女性、アプリコはにこやかな微笑を浮かべながらテラの座る前にカップを差し出す。
仄かに香る匂いがテラの鼻孔をくすぐる。
「……?」
「ハーブティーですよ。少し気分が落ち着きます」
そんな彼女の言葉にテラはこくんと頷いてゆっくりとそれを啜る。
じわっと広がるハーブティーの味がテラの心の中に巣くっていた靄を少しだけ晴らす。
「……それはそうと」
長い黒髪をツインテールにしている少女はカップを置き、椅子に座り直す女性に視線を向けて口を開いた。
「ここはいったい何処なの?」
恐らくアプリコ以外の全員が思っていたであろう疑問に一行は頷く。
アプリコは顎に手を当て、しばらく彼方の方向を見やってから口を開く。
「……そうですね、強いて言うならば『空間の狭間』、ですかね?」
「空間の狭間……?」
小柄な体躯の少女は伏せていた顔を上げて彼女に問い返す。
「ええ。この世、下界と神界の狭間に位置するのがこの空間です。特別な者達を除き、誰も立ち入ることの出来ない限定された空間です……」
「特別……」
金髪の少女はそう繰り返す。
特別、ここに踏み入った自分達が特別であるというコトに、たった今気付いたためにきっと状況の整理が出来ていないのだろう。
「……貴女はここに住んで居るんですか?」
テラはアプリコにそう問うた。
アプリコは苦笑とも取れる表情を浮かべながら背後にそびえる屋敷を一瞥してから小さく頷いた。
「ええ。私だけでなく、あとお二方……ですがその方達はあまりここにはいらっしゃいませんし、ほとんど私が独りで住んでいるようなモノです」
悲しそうな表情で女性は告げる。
一人の辛さ、寂しさ……覚えはなくとも、テラには共感できた。
この世界で自分が一人と感じた悲しみ……それが、とてつもなく彼女と自分を近づけさせた。
「寂しいよな……、一人って……」
テラは思っていたことを口に出していた。
それを見ていた紫髪の少女は、そっとテラの手を取って屈託のない笑顔で告げた。
「じゃあ、これからは私が一緒にいて上げるね」
「ッ!」
テラは顔を紅潮させてそっぽを向いた。
気恥ずかしさ、己の弱さを晒した不甲斐なさ、そんなことをよりも、彼女の笑顔が眩しすぎたのだった。
木漏れ日のように、暗闇の中に指す一筋の光のように、テラはその笑顔に飲み込まれそうになった。
彼女はきゅっと自分の指をテラの指と絡ませて互いの手を合わせた。
「よろしくね」
「う、うん……え、っと……」
そこまで言ったところで、テラははたと気付く。
彼女について、知っていることも何もない。
「あの……名前……」
テラは依然として顔を俯かせながらか細い声でそう問うた。
「ないよ?」
少女は、変わらない笑顔で答えた。
それに、テラは衝撃を覚えた。
何故、笑顔で居られるのかと――。
「名前……無いって……」
「うん、私には名前がないんだって」
呼んで貰えない寂しさ、それすらも彼女は感じないのかと、テラは思う。
存在意義、証、名前はそれと同義だった。
だからこそ――かもしれない。
「それって……嫌、じゃない?」
「んー、でも覚えてるときからずっと名前もないし、困ることでもなかったよ?」
「……そう、かな。呼んで貰えないのは、すごく悲しいし……」
テラはぐっと口をつぐんだ。
同情、かもしれない。
綺麗事だったかもしれない。
それでも、彼女が酷く可哀想に思えたのだった。
だから――テラはそっと呟いた。
「『ネプテューヌ』……」
「何それ?」
「……お前の、名前」
理由があるわけでもない、ありふれたモノでもない。
でも、だからこそ、彼女の生きた『証』になると思ったのかもしれない。
テラは、そう答えた。
「ネプテューヌ……」
彼女は、何度も何度もそれを呟き、刻み込むように……何度も、口ずさむ。
「いい、名前だね。私、大切にするよ!」
頬を染めて、『ネプテューヌ』は答えた。
それを見ていると、テラも不思議と心の中から熱いものが浮かんできた。
「私だって名前無いんだけど?」
「私もよ。おそろいね~」
「私もない……」
他の三人の少女達は、そんなネプテューヌを羨ましそうに、皮肉めいた口調で告げた。
テラはそんな彼女たちを見て苦笑を浮かべながら各々を指しながら、答えていく。
「ノワール」
「……私?」
黒髪の少女は自分を指して、そう問い返した。
少し、考えるような表情をした後に、少し口の橋をつり上げて笑った。
「なかなかね」
嬉しそうに、そう答えた。
「ベール」
「まあ」
嬉しそうに頬に手を当てて金髪の少女はクスリと笑った。
そして、テラの両手を包むように握り、小さく答えた。
「ありがとう。素敵な名前をくれて」
「……うん」
テラは少し照れ気味の表情でそう返した。
「ブラン」
「……ブラン」
小柄な少女は、テラの答えに身を縮ませながらそう繰り返した。
頬をほんのりと赤く染め、小声で何度も呟き、視線を外して口を開いた。
「……いい名前。絶対使う」
「そっか」
テラはニコッと彼女に対して微笑を向けた。
紫の少女、ネプテューヌ。
黒の少女、ノワール。
緑の少女、ベール。
白の少女、ブラン。
灰の少年、テラ。
何もないと感じていた少年にとって、何も持っていなかった少女達。
しかし、少年にとって、彼女たちは『何か』を持っていた。
価値がないと信じていた己に、意識を傾けてくれた――、
『己自身』に意識を向けてくれた彼女たちを構わずにはいられなかった――。
『愛』
それは、彼のために与えられた少女達の唯一の感情。
生きるために、知るために、進むために、与えられた可能性。
彼女たちは知っていたのか。
彼は受け止めたのか。
分からない。
でも――
「あなたの名前は?」
彼は答えた。
「――テラ」
と。
笑って……。
4人の女神は生まれた。
神界は相も変わらずの平穏とした状況を映し、存在していた。
いや、殺風景であった景色からは真に何もかもが失われ、何者も存在し得ない地帯へと変貌してしまった。
そこに存在した者達は、狭間へと『映り』、幻の日常を保っていた。
そう、すべて幻。
幻の中で、神達は何を思い、そして何処へ流れていくのか……
誰も知らない。
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26話です。フランス語はir(e)でワールなんですかね、ノワールしかりイストワールしかり