No.447601

真説・恋姫†演義 異史・北朝伝 第五話「始まりの時」

狭乃 狼さん

今日はも一つ投下w

反乱劇が終った後、一刀達は劉弁との会談と言う名のお茶会を開くことに。

移転前の序章部分は此処まで。次からは黄巾編です。では。

2012-07-06 22:53:39 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:4189   閲覧ユーザー数:3166

 「では、そなたは天の使いではない、と。そういう事になるのかの?」

 「いや、まあ。私がいた世界は、この世界とは比べ物にならないほど、文明も技術も進んでいますから。天の国……といっても、差し支えはないとは思いますけど」

 

 一刀の生まれ育った天の国とは、一体どんなところなのかと。劉弁からそう問われた彼は、ちょうどいい機会だからと、劉弁だけでなくその場に同席する徐庶らに対しても、以前から言うべきかどうか迷っていたことを、その場で思い切って話してみた。 

 自分は実際には本当の意味での天人ではなく、今からおよそ千八百年後の未来の時代に居た、学校という私塾のような所に通う、皆と同じただの人間だということを。もちろん、理解されるされるかどうかはべつとして、だが。

 その一刀の答えに対する劉弁の反応が、先の台詞なわけである。

 

 「千八百年、ですか。……なんだか、気が遠くなるような数字ですね」

 「せやな。正直、いまいちピンと来んわ」

 「……よく、わからんが。一刀はやはり天人だと。そういうことでいいのか?」

 

 一刀の説明を理解出来ていなさそうな風の徐晃が、眉間にしわを寄せてその首をかしげる。徐庶にしても姜維にしても、それは同じこと。一刀の話を一応、その言葉面としては理解は出来ているが、実感が持てているかとなれば話はまた別の次元である。

 

 「徐公明の申すとおりでよかろ。どのみち、千八百年も未来の人間だといわれたところで、大多数の者は、理解することなどできぬであろうしの。……余もまあ、完全に理解したとは、言いがたいしの」

 

 クイ、と。徐晃のその意見に賛同しつつ、その手の中の茶器を口につけ、劉弁は中身の茶を一気に飲み干してにこりと微笑んで見せる。

 

 先の騒動からすでに二日。

 

 太守であった韓馥の身柄を更迭し、他の悪徳官吏たちを全て処罰した後、その後の事後処理がとりあえずの一段落をした所で、少し休憩でもとしようと太守用の執務室で茶の用意をしていた一刀たちの下に、突然劉弁が現れて一刀の話を一度じっくり聞いてみたいと言い出した。

 そして、その事をいともあっさり、何の動揺もすることなく承諾した一刀の決定により、その場で劉弁も交えての茶会と相成り、現在の状況になっているというわけである。

 もっとも、最初のうちは徐庶も姜維もそして徐晃も、皇太子であり彼女らにとっては雲上人である劉弁が同席するということで、かなり緊張した面持ちで恐る恐るといった感じで席を同じくしていた。しかしそれも、三十分ほども話しているうちにすっかり緊張の糸は解けたらしく、今ではかなりくつろいで会話を行っていた。

 

 「……あの、殿下?それはそうと、一つお聞きしたいんですが」

 「おう。何かの?」

 「いえ、その。……先ほどから、あそこでこっちを見ている女の人は……」

 

 そう言いつつ、一刀がちらりと、その視線を窓の外、少し離れた場所の木の陰から彼らのほうをじっと凝視している、一人の黒髪の女性へと向けた。

 

 「ああ、彦雲か。あれは、王淩といってな。漢の司徒、王允の姪にあたる者じゃ。ま、余の護衛役みたいなものだの」

 「……こちらに、お呼びしなくていいんですか?」

 「うむ。余もあれにも参加するよう誘ったんじゃがの。自分はどうあっても遠慮すると言って訊かんのだ。ま、気にせずにおいてやってくれ」

 『は、はあ……』

 

 その、王淩の突き刺さるような視線を気にしつつも、一刀たちは一応、劉弁の言葉に従い、会話を再開する。

 

 ちなみにその時、その王淩は何を思っていたのかというと。

 

 (ああ……!ご主人様がこんなに近く居るって言うのに!せっかく!“本来の姿”で同じ世界に居れるっていうのに!“ルール”があたしを縛り付ける~~~っっっ!!ああっ!早くお傍に行きたい!思いっきり抱きしめたい!そのお顔にほおずりしたいぃぃぃっっっ!!)

 

 めきめき、と。

 その抱きついている木の幹に、両手の指を突き刺しつつ、大量の涙を流し、そんなことを考えていたのであった。

 

 

 「で、じゃ。話を元に戻すがの。その、おぬしが居たその二千年後の時代では、余らはその名を歴史に、残しているほどの人間である、と。先ほどおぬしはそう言うたが、それは真の事なのか?」

 「あ、はい。殿下も、それから、ここに同席している輝里たち、徐元直、徐公明、姜伯約の三人も、です」

 

 もっとも、貴方は少々悪い意味で有名なんですが。とは、口が裂けてもいえない一刀であった。

 

 「なるほどな~。せやからカズは、最初にウチらの名前を聞いたときに、あないに驚いたんやな?」

 「では、ほかには、有名な者といえば誰がおる?」

 「そうですね。一番有名なのは、劉備に孫権、あとは曹操「孟徳じゃと?!」……ご存知ですか?」

 

 一刀の口から出たその名の中に、曹操の名が出たその瞬間、ビクッと一瞬その体を震わす劉弁。……少々その顔色を青くして。

 

 「……ご存知も何も、都でアヤツを知らんものは、かなり少ないと思うぞ。なにせ、あれがかつて都で都尉をしておった頃は、罪を犯した者は例え上官ですらも平気で、その場で“仕置き”をするくらいじゃからの。……余も、少々いたずらをした時に叱られた事があるが……怖かったぞ、あれは」

 

 詳しいことは聞かないでくれ、と。劉弁は手を合わせて、一刀たちに頭を下げる。なお、都尉というのは都における警察官のような役職である。

 

 (……これは相当怖い目にあったんだな。……曹孟徳、か。どうやらこの世界でも、相当に油断のならない人みたいだな……)

 

 「ところで一刀さん?そちらとこちらの私たちですけど、何か大きな違いみたいなものって、あったりするんですか?」

 「そうだな。あたしじゃないあたし、ってのも少しばかり気になるし。どうなんだ?一刀」

 

 徐庶と徐晃の二人からそう問われた一刀は、ほんの少しだけ、それに答えるか否かを逡巡したが、目を輝かせて彼が話すのを待っている一同の視線に耐え切れず、その事を話して聞かせることにした。

 

 「……まあ……なんだ。その、さ。ここに居るみんな、あっちに居る王陵さんも込みで、なんだけど。……向こうの世界で俺が知っているみんなってのはさ、全員、男、なんだよね」

 『……へ?』

 

 ポカン、と。一刀のその発言の内容に、思わず呆気にに取られてしまう一同。

 

 「……私が、男、ですか?」

 「はあ~。ウチが男、な。……まあ、姐さんやったら、別に男でも不思議はないけど」

 「結?それはどういう意味だ?」

 「あ~、いやあ、べつに」

 

 不用意に発したその一言によって徐晃に笑顔でにらまれ、姜維は慌ててわざとらしくそっぽを向きながらそれを誤魔化す。そんな彼女らのやり取りの中、劉弁もまた彼女ら同様、一刀の台詞を聞いて複雑そうな表情で腕組みをしていた。

 

 「……ふ~む。余が男、なあ。……妙な感覚じゃの」

 『……はい?』

 「?……あ。いや!余は元々男であったの!はははっ!すまんすまん!つい、話の流れというものじゃ!はっはっは!……あ、はは」

 

 しら~~っと。

 

 劉弁の何気ない発言により、その場に漂う変な空気。

 

 「んっ!んんっ!!と、とにかくじゃ!天の世界の話、とても興味深いものばかりじゃった!感謝するぞ、北郷」

 

 と、笑顔を引きつらせながら、そこで半ば強引に話をまとめようとする劉弁であったが、

 

 (……おもいっきり、話を不自然に逸らしましたね)

 (せやな。ま、そこはつっ込まれたないんやろ。ほしたら)

 (そだな。あえて触れずにおこうか)

 (?)

 

 と、約一名を除いた一刀たちには、隠し事をしていることが、完全にばれていたのであった。

 

 

 「……ところで北郷よ。今ひとつだけ、聞いておきたいことがるのじゃが」

 「え?……あ、はい」

 

 先ほどまでとはうって変わって、真面目な表情で一刀を劉弁が見つめる。それを見た一刀も、居ずまいを正して、真剣な顔を彼に向ける。

 

 「……おそらく、大陸はこれより、大きな変化の時を迎えるじゃろう。それこそ、その形は様々にな。ともすれば、漢が滅亡することとてあるやもしれぬ」

 「……」

 「むろん、余とてただ流されるだけで、終わる気は毛頭ない。じゃがそれでも、大きく強い歴史の流れには、逆らうこと叶わぬかも知れぬ」

 

 す、と。

 席を立って一刀たちにその背を向け、劉弁は、朱色に染まった、夕暮れの空を見上げる。

 

 「……のう、北郷よ。皇帝として、いや人の上に立つ者にとって必要なものとは、一体何であろうな?」

 

 夕空を見上げたまま、一刀にそう問いかける劉弁。その問いに対し、一刀は暫し思考をめぐらした後、こう答えた。

 

 「……自分が、けして孤独だと思わないこと。人の言葉は、どれほど耳に痛くても素直に受ける事。そして何より、他人(ひと)を疑う前にまずは信じてみる事。……もっと端的にに言えば、決して独りよがりにはなってはいけない、と言った所ではないでしょうか」

 「……そうか」

 

 ポツリと。一刀の答えに、一言だけつぶやいて、劉弁は完全に押し黙った。茶会も、気がつけば夕餉の時間となっていたため、そのままお開きとなった。

 

 

 そして、翌日。

 

 洛陽へと帰還するため、劉弁が鄴を発つ時刻となり、城の入り口に一刀らを始めとした面々が、その彼を見送るために集まっていた。

 

 「北郷よ。此度はそなたらのお蔭で、とてもよい経験が出来た。改めて、礼を申すぞ」

 「は。ありがたきお言葉」

 「昨日にも言うたが、余が都に戻り次第、北郷をこの鄴の地の太守として認める勅を、父上に上奏してきっと出していただくゆえ、それまでは徐公明」

 「は」

 「そなたをそれまでの太守代行として、今この場で任じておく。よいな?」

 「は。承知いたしました」

 「うむ。……では、余はこれで……いや、その前に北郷」

 「?」

 

 馬車に乗り込もうとしたその直前、劉弁がふとその動きを止め、一刀にその顔を向けた。

 

 「……昨日のな、余の問いに対するそなたの答えじゃが……余に全う出来るかどうか、そなたはどう見てくれておる?」

 「……少なくとも、私を初めとして、ここに居る三将の言葉には、その耳を貸してくださいました。……後のことは全て“これから”だと思います」

 「……そう、か」

 「ですが」

 「?」

 「……殿下であれば必ずや、良き為政者になれると、私は思っております。……だから、自信を持って下さい」

 「……ありがとう、北郷」

 

 一刀のその答えを聞いて、劉弁満足そうに微笑んで馬車へと乗り込む。そして、その扉が閉じられようとした、その直前、劉弁は再びその足を止めて、今度は一刀らの方を向く事無く、言葉をつむぎだす。

 

 

 「……白亜、じゃ」

 「え?」

 「余の真名は、皇室の定めによって生涯の伴侶にしか、教えることが出来ぬ。故に、その代わりといっては何だが、余の字をそちに託す。……今後は、そう呼んでくれ」

 「……殿下の字、確かにお受け取りいたしました。……息災で、白亜さま」

 「さま、も良い。今後はもっと砕けた話し方でかまわぬ。……息災でな、北郷」

 「……なら、俺も一刀、でいいよ。白亜も、元気で」

 

 一刀のその返事に対し、劉弁は彼の方を振り向く事はせずに小さく頷いて応えてみせ、そのまま馬車の中へと入っていった。

 その馬車の扉が閉じられ、ゆっくりと城の外へと動き出していく。

 

 その車中では、劉弁がその顔を真っ赤に染め上げ、胸に手を当てて小さな息を吐いていた。

 

 これから、と。

 

 そう言った時の、一刀のその優しい笑顔を、思い浮かべながら、胸中に生まれたその感情に、その時は一切気づかないままに。

 

 そうして、劉弁が鄴の地を発ったその翌日以降、一刀達は早速、鄴の街と郡内周辺の建て直しのため、まさしく東奔西走といった日々に追われ始めた。 

 名目上の太守代行こそ徐晃ではあったものの、実質的には一刀がその先頭に立ち、日々、鄴の街の中だけではなく、周辺の邑々へも何度も直接足を運び、人々の声やその土地の実態などを、それこそ寝る間も惜しんで見聞して回った。

 そんな一刀の姿を見ている内、初めの内こそどこの誰とも知らぬ人間である一刀の事を、けして信用しているという目で見てはいなかった街や邑の人々も、時に明るく気さくに、また時には厳しく凛とした態度で、全ての物事に一所懸命になって対応する彼の事を、次第次第に認め始めるようになっていった。

 

 そして、そんなある日の事。

 

 

 「カズ~、居るか~?例の“ブツ”、最後の邑への配布が終わったで~」

 「ああ、結。ごくろうさま。輝里は?」

 「さっきすれ違うた時、後は西区画の方だけや言うてたから、もうそろそろ終わるやろ。……けどカズ?一時的とは言え、ほんまに税無しでやっていけるんか?」

 

 鄴城、その太守執務室。そこに、ある報告を一刀に済ませにきた姜維が、以前に行われた会議で決まった件案の一つである、民からの徴税を一年間停止する事に対しての素直な不安を口にした。

 

 「……昨日も言ったけど、今まで必要以上に搾取されていたからね。せめてそれくらいはしないと、みんな働く意欲も湧いてこないと思う。一応、その間の予算は確保してあるし、大丈夫だと思うよ」

 「……ならええけどな。けど、ほんまにびっくりしたで。あの腐れども、まさかあないに貯めこんでたとはな。ま、没収した連中の私有財産は、今、民に返してきたし。……これで、ちっとは胸のつかえが降りた気ぃするわ」

 「……そか」「せや♪」

 

 前太守である韓馥と、その側近達が違法に溜め込んでいたその私有財産は、その総額、およそ二十年分余りに相当する郡の予算に匹敵した。これには、実際に調べに行った一刀たちも、その度肝を抜かれると同時に、怒りを通り越して思わずあきれ果てる始末であった。

 

 「……まずは、これを郡内の人たちに返そう」

 

 という一刀の一言で、それらをすべて、民たちに還元することになった。もちろん、当座の予算分だけは確保しておかねばならなかったが、それでも、相当な量の銭や食糧が州内の各邑へと運び込まれた。

 人々のほとんどは、これに涙を流して喜び、配布に行った姜維らに対して心底からの感謝と喝采を浴びせた。ただ、それでも一部には、元々自分たちのものなんだから感謝するいわれは何も無いと、彼女たちに対して、面と向かって言い放つ者も少なからずいたが。

 

 「一刀さん、入りますよ?」

 「輝里か。お勤めご苦労さん」

 「フフ、ありがとうございます。で、ご指示のあった例の高札ですが、すべての区画に配置し終わりました。……集まりますでしょうか?」

 「職を失ってあぶれている若い男の人たちが多いだろうから、募集に応じてくれる人は結構居ると思う。……全部に応えられるといいんだけど」

 「田畑の再開発、それも、そこで働いたモンには、平等に分割して、その土地をあげます、言うんや。……来ない方がおかしい思うで」

 

 それもまた、同じ会議の場で決まった件案の一つ。

 

 これまでの高税率で、すっかり働く気の無くなった人々にやる気を起こさせ、さらに、その為に荒れ放題になっていた田畑を、その彼らの手で再開発してもらうためのその手段として、領内にある全ての田畑を均等に分配し、彼らの固有の財産として認めた上、さらには向こう三年間、それによって得られた収入による税を大幅に減免するとの触れを、一刀たちは出したのである。

 

 「これによって、ほかの土地に逃げていた人々も戻って来やすくなるでしょうし、民が定住してくれれば、収入も安定して得られるようになる。いいことづくめです。……ただ問題は」

 「治安、か」

 「はい」

 

 治安の悪化。

 

 それが今、一刀たちの頭を悩ませている事柄の、最大のものであった。街中のそれについては、有志によって構成された巡回組の、その細かな見回りによって、少しづつ落ち着いて来てはいる。

 だが、街の外となると、話はまた変わってくる。

 鄴郡は、冀州のおよそ半分の広さを、その管轄に含んでいる。そしてその広さに加え、森林帯が多いのも、賊が潜伏するのに適していることが、冀州でもっとも治安に苦労すると言われる、その所以である。

 一刀たちも、時には一刀自らその先頭に立って賊討伐を行い、降る者は許してその戦力に組み込みつつ、治安維持に奔走しては来た。

 もっとも、その初陣の際に、”初めて”人殺しを経験した一刀が、暫く悪夢にうなされ、徐庶達がそのフォローに奔走する、といった事もあったのだが、そのあたりについては、また後に語りたいと思うが、それはともかく、いまだ、業郡の治安は完全に落ち着いた、というわけでは無かった。

 

 「ウチと蒔ねえで、毎日動いては居るけれど、当分、賊どもの完全な制圧は難しい思う」

 「せめてあと一人、将として動ける人が居ると、大助かりなんですけど」

 「無いものねだりしても仕方が無いさ。……で、その蒔さんは?」

 「ついさっき戻ってきたと思うで。多分、今頃は練武場で新兵の訓練中ちゃうかな?」

 「……じゃ、ちょっと様子を見に行ってみようか。激励も兼ねて」

 

 そうして三人が連れ立って行ったその練武場で、彼らがその目で見たものはというと。

 

 

 「……あれは、一体何をしているんでしょうか?」

 「……酒盛り、ですね」

 「……酒盛り、やな」

 

 五百人ほどの、蒼い鎧に身を包んだ兵士達が、そこらに大量の酒瓶を転がしつつ、徐晃を中心にしての、大宴会の真っ最中であった。

 

 「ちょっと義姉さん!真昼間から一体やってんですか?!」

 「おー。一刀に輝里に由じゃんか。どーだ?お前達も一杯?」

 「どーだ、一杯。や、あらへんがな!何しとんねん、戻ってきて早々に宴会やなんて!」

 

 ほろ酔い、を通り越して、すでに出来上がっている徐晃に、徐庶と姜維がすさまじい形相で詰め寄る。だが、徐晃はそんな二人をまったく気にせず、手に持った杯に白酒をなみなみと注ぐ。

 

 「な~に。今日討伐した賊達のねぐらに大量の酒があってな。捨てるのももったいないから、全部回収してきたのさ。で、街の連中に配った残りをこいつらに振舞って、親睦を深めていたってわけだ。……くは~~~~っ!旨い!!」

 

 そして一気にそれだけしゃべった後、杯の酒をぐっと飲み干した徐晃。その彼女の下へ、一刀が無言で歩み寄って行き、赤みのさした徐晃の顔を少しだけ見下ろした後、彼はその場の誰もが予想していなかった行動に出た。

 

 「……じゃ、おれもお相伴に預かろうかな」

 「ちょっと一刀さん!?」「カズ!あんた何を……!!」

 

 どっかと、一刀は徐晃の隣におもむろにその腰を下ろし、手に杯を持って彼女へと満面の笑顔で差し出した。

 

 「お?なかなか話が分かるじゃないか。よし!ぐっといけ!ぐっと!」

 

 とくとく、と。その乳白色の酒を、嬉々としながら徐晃が一刀の杯に注いでいく。

 

 「……向こうに居たときは、まだ未成年って事で、“あまり”飲んだことは無いんだけどね。……じゃ、いただきます」

 

 杯に注がれた酒を一気にあおる一刀。その独特な香りが彼の鼻腔をくすぐり、のどをほんのりとした甘さが、通っていく。

 

 「はあ~~~。……美味いね、これ」

 「そうだろ?ほら、輝里も結もんなとこに突っ立ってないで、こっち来て飲めよ。……嫌いじゃなかろうが」

 『ごくっ』

 

 そういえば、暫くお酒とは無縁だったな、と。そんな考えが二人の脳裏によぎる。そして、一刀のこの一言が、二人への止めとなった。

 

 「ちょっと位ならいいさ。今日ぐらい、蒔さんの言うとおり、みんなで親睦を深めよう?……ね?」

 『じ、じゃあ、ちょっとだけ……』

 

 ちょっとだけ。酒の席においてそれですんだことなどが、古今東西あるはずも無く、その後どうなったかというと。

 

 

 「八番!姜伯約!……脱ぎます」

 「いっぞーーーっ!!脱げ脱げーーーーっ!!」

 

 酒に酔い、完全な泥酔状態になった姜維が、その場で一枚づつ、ゆっくりとその服を脱ぎ始め、同じく泥酔状態の徐庶が、それをさらにあおるという。……まあ、よくある(?)飲み会の光景がそこにあったりした。

 

 「……しかし、少しだけ意外だったな」

 「?……何がですか?」

 

 自身も相当量の酒を飲んでいるはずなのに、全くそんな素振りを見せない徐晃が、一刀に対してポツリとつぶやいた。

 

 「いやな。お前もてっきり、輝里たちと一緒になって怒るかと思ったんだが、まさかそっちから杯を出してくるとは」

 

 トトト、と。そんな疑問を口にしながら、一刀の杯に何杯目かの酒を注いでいく。

 

 「……なんだかんだ言って、あの二人も相当ストレスがたまっていたでしょうしね。……たまには、思い切り発散したほうがいいんですよ」

 「すとれす?」

 「ああ。鬱憤とか、そういう意味ですよ。……ま、二人があんなに酒癖が悪いとは、思いませんでしたけど」

 

 ほとんど下着姿になっている姜維と、その横でケラケラと大笑いをしている徐庶を、チラリと横目で一刀が見やる。

 

 「……ありがとう、一刀」

 「どうしたんです?急に」

 

 突然、自分に対して礼をいった徐晃に、一刀が首をかしげて問いかける。

 

 「私たちの都合だけで、天の御遣い役をお前に押し付けてしまった。その上、近いうちにはこの郡の太守なんてものまで、やらせることにもなってしまうしね。……帰りたいとは、思わないのかい?」

 「…………」

 

 帰る。

 

 それはもちろん、元の世界に、という意味であろう。だが、一刀はその杯の酒をあおると、笑顔でこう応えた。

 

 「……郷愁が、全く無いとは言いません。けど、今は“ここ”が、俺の帰るべき場所ですから。だから、気にしないでください」

 「……すまん」

 

 そ、と。

 突然徐晃が一刀の肩にもたれかかり、女性特有の香りが彼女の赤い髪からふんわりと、一刀の鼻先を漂う。

 

 「ま、蒔さん?」

 「……少しだけ、酔ったようだ。暫く、肩を貸してくれ」

 

 目を閉じ、そうつぶやいて、完全に一刀にその身を預ける徐晃を、一刀は少々くすぐったそうな顔をしつつも拒む事無く、静かに杯を傾けようとしたのが、それを目ざとく見つけた徐庶が二人の側へと這い寄ってきて、酔いでうつろになったその目でもって、そんな状態の二人に文句を言い出した。

 

 「あ~っ!!義姉さんだけズルイ!!私も一刀さんに甘えたいです~!!」

 「いっ!?ちょ、輝里までなにを」

 

 がっし、と。徐晃とは反対側の、一刀のその腕にしがみつき、まるで猫のようにゴロゴロとのどを鳴らし始める徐庶。そしてさらにその光景を見たほぼ半裸状態の姜維はというと。

 

 「……むう。二人して抜け駆けですか?私は置いてけぼりですか?一刀さんも鼻の下を伸ばして、随分と嬉しそうですね!ハッ!……胸ですね?一刀さんは胸好きなんですね?!そーなんですね?!ねえさんみたいなぼいんぼいんや、輝里みたいな丁度な大きさがいいんですね?!私みたいなヘンぺー胸じゃ駄目なんですね?!う、う、う、うわああーーーん!!」

 

 何故か標準語(?)で早口で思い切り一気にまくし立てた後、ボロボロと涙を流して大泣きを始めた。

 

 「やはは~~!結ちゃんが壊れた~~!!」

 「それは君もでしょ……。てか結!俺は別に胸で人を差別したりしないぞ!!大きかろうが小さかろうが、俺は別に」

 「どうせ、どうせ、どーせ、あたしなんて~~~!!」

 

 徐庶にしがみつかれたまま、一刀は泣きじゃくる姜維を何とか宥めようと、慣れない状況に狼狽しつつ、必至になってフォローを始めていた。

 そんな三人を遠目に見ていた徐晃は、その手の杯を再び傾けながら、誰言うとでもなくポツリと一言、小さな声で呟いていた。

 

 「……こうやってはしゃげるのも、今のうちだけなんだろうな……」

 

 

 

 「おっぱいなんて只の脂肪よおおおっ!無駄の塊なのよおおおおっ!ナイチチで悪かったわねええええっ!ふええええええんっ!」

 「えらいひとにはわからんのですうっ!なーんちゃって♪きゃははははははっ!!……あー、お酒がおいし」

 「……っとに、この酔っ払いどもは……もう、勘弁して……」

 

 

 そしてそんな事があってから数日後。一刀らが反乱を起こしたその日からは、丸半年以上が経ったその日。漸く、待望であったその朝廷からの勅が、一刀達の下へと届けられた。

 

 『北郷一刀を、冀州刺史、鄴太守に封ずる』

 

 「これで、本当に全てを始められますね」

 「ああ。こっからが、本当の意味での、あたしらにとっての本番だ」

 「輝里と姐さんの言うとおりやな。カズ、期待してるで?」

 「俺にどれだけ務まるかはわからないけど、何とかやってみせるよ。……三人とも、これからも、宜しく頼むよ」

 『お任せを、我が君』

 

 こうして、一刀は正式に鄴の街の太守となり、徐庶らと共に心新たに、街のため、人々のために尽力していく事を、改めてその場で強く誓い合ったのであった。

  

 


 
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