No.401284

真・恋姫†無双~恋と共に~ #XX Ⅲ

一郎太さん

最終回。第三部です。

2012-04-01 20:06:19 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:14762   閲覧ユーザー数:9545

 

 

 

#XX Ⅲ

 

 

許昌。

 

赤壁の戦から、ひと月が経過した。数え役満姉妹の協力により、兵の慰安もようやく落ち着きを見せている。

政務が執り行われる執務室には、竹簡に筆を走らせるさらさらとした音しか流れていない。

 

「桂花。この施策なのだけれど――」

 

時折会話はなされるものの、それも仕事上必要となっている話題のみである。主のみならず、同じ室内で政務に励む三人の軍師の心持ちも重たい。

 

練兵場。この場には、二つの影。しかしながら、この施設本来の用途で使用されている訳ではない。

 

「なぁ、秋蘭……」

「なんだ、姉者」

「…………なんでもない」

「そうか」

 

この場に居るのは、双子の姉妹。姉は練兵場の中心で佇み、時折空を見上げては視線を下げる。妹は壁に寄り掛かり、姉の姿を眺めていた。何事かを口にしようとしていた姉であったが、その言葉をすぼめ、妹もまた、それを追求しようとはしない。

 

食堂。この場にもまた、二つの小さな影。

 

「季衣、ご飯出来たよ」

「うん」

 

料理が得意な親友が作る食事は、種類を問わず、少女の大好物だ。しかしその量は、以前に見られたような大盛りではない。箸を手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。

 

「美味しい?」

「うん、美味しいよ。でも……」

 

味は変わらない。いつもと同じ、最上級の料理。それでも、物足りなさを感じずにはいられない。

 

街。警邏隊を率いて、三人の将はそれぞれの区画を回る。広い街を三分割して行われるそれである。誰かしらと出会う確率も、相当に低い。

 

「あ……」

「凪ちゃん、真桜ちゃん……」

「なんや、また此処で会うたな」

 

だが、彼女たちは出会う。それも、毎日のように、同じ場所で。

 

「だって此処は……」

 

とある食事処の店の前。沙和が口にしようとした人物と、頻繁に食事に来ていた店だ。

 

「……仕事に戻るぞ」

「わかったのー」

「へーい」

 

そして、解散する。この場にいるだけで、悲しみが襲いかねなかった。

 

街、とある居酒屋。

 

「あまり呑まれてないですね、張遼将軍」

「せやなー」

 

テラスのような屋外の席で、彼女は酒を呷る。しかし、以前見られていたような、豪快な呑み方ではない。ちびちびと杯を口に運び、舌を少しだけ出して、舐め取る。

 

「酒って……こんな不味かったかなぁ……」

 

それ以上杯を口に運ぶことはせず、空を見上げる。腹立たしい程に、快晴だった。

 

誰もが、その覇気を失っている。想うは、一人の男。彼は、かの大戦の後、忽然とその姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

荊州、とある平原。

 

この場には、三つの軍がいた。ひとつは、同じ旗の下に集った義に生きる軍。ひとつは、武に重きを置き、その武に生きてきた土地の者の軍。ひとつは、丘の上にて、その戦を見届けるべく、帝都より来訪した軍。

 

「大丈夫ですか、劉協様」

 

問うは、白銀の髪に陽光を輝かせる少女。儚げな印象を湛えているが、その瞳は力強い。

 

「遠く離れておるというに、こう、震えが来るのぅ。お主こそ大丈夫か、仲穎」

 

答え、問うは、色白の肌に、黒髪の映える少女。時の帝である。ついに、大陸の覇者が決まる時が訪れた。その決戦を見届け、勝者に国を渡すべく、少女は此処にいる。

 

「私も怖いです。ですが、禅譲の儀が終わりを迎えるというならば、それを見届ける帝に付き従うのも、私の役目です」

「そうか」

 

それ以上、言葉は出なかった。空の後ろに立つのは、禁軍の大将と軍師の二人。さらにその後ろには、武将が三人と、同じく軍師の少女が控えている。

最後の戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

許昌。

 

城の中庭に、ひとりの少女の姿があった。政務を区切れのよいところで中断し、休憩へと赴いていた。

 

「……」

 

てくてくと中庭を歩き、一本の木の前で立ち止まる。

 

「……おにーさん」

 

風は呟く。この場所は、彼とよく昼寝をした思い出深い場所だ。その場にゆっくりと腰を下ろし、膝を抱える。眠気など襲ってこない。まったく、眠たくない。その事が、風を悲しくさせる。

 

「風は、寂しいのです……おにーさん……」

 

呟き、呼ぶは、愛しい男。何度呼んでも、返る声などありはしない。そう思っても、呼ばずにはいられない。

 

「おにーさん……」

「なんだ、風?」

「……」

 

膝頭に眼を押さえつけながら、風は考える。自分は相当に病んでしまったらしい。ありもしない幻聴が聞こえ出す始末だ。

 

「おいおい、無視とは酷いんじゃないのか?」

「……」

 

幻聴の癖に、生意気だ。心の中で悪態を吐く。実際に口にはしない。声を出してしまったら最後、その幻聴に溺れてしまう事が分かっていたからだ。

 

「まったく……仕方がないな」

 

幻聴は呆れたように呟く。そして、風は頭の上の人形がどかされた事に気がついた。

 

「………………え?」

 

次いで頭に触れるのは、ごつごつとしていながらも、暖かい感触。

ゆっくりと顔を上げる。

見たらダメだ。幻聴だけでなく、幻覚までも見てしまったら、もう戻れなくなってしまう。

そう言い聞かせながらも、その意志に反するかのように風は顔を上げ、そして、見た。

 

「よっ。久しぶりだな、風」

「……おにー、さん?」

 

愛しい彼の姿を。自分の妄想が創り出した幻覚かもしれない。そう考える一方で、それを否定する。何故なら、ネクタイを着けず、三つほどボタンの外されたシャツの向こう側に、胸に巻きつけられた包帯が眼に入ったからだ。

 

「本当に、おにーさんなのですか?」

「あぁ、俺だ」

 

何故なら、その温もりを間違える筈がないからだ。

 

「本当に、本当ですか?」

「あぁ」

 

風の瞳に、涙が浮かぶ。

 

「風の寂しさが見せる、幻ではないのですか?」

「違うよ。ちゃんと、生きてる」

 

ひとつ零れ、そして滂沱の如く流れ落ちる。

 

「おにーさんっ」

「ただいま、風」

 

胸に飛び込んでくる小さく、震える身体を、一刀は優しく抱き留めた。

 

 

 

 

 

 

木に背を預け、座る一刀。その脚の間に座り、彼の胸に背を預ける風。二人の定位置である。

 

「おにーさん、風は聞きたい事があるのです」

「なんだ?」

 

ゆっくりと、風の頭を撫でる。その感触を楽しみながらも、聞かずにはいられない問いを発する。

 

「恋ちゃんが、おにーさんを斬ったと聞きました」

「……」

 

それは、かの大戦で起きた出来事。

 

「華琳様が敗れた後、その船に行っても、誰もいませんでした」

「……」

 

それは、皆が目にした光景。そこにあったのは、ぼろぼろに破壊された船と、血溜まり。だが、人の姿はなかった筈だ。

 

「どうして、おにーさんは生きているのですか?」

 

風は身体を離して振り返り、問うた。一刀は笑みを絶やさず、ゆっくりと口を開く。

 

「華佗、覚えてるか?」

「はい」

「アイツの連れに、貂蝉って言う奴がいるんだけど……そいつが助けてくれたんだ」

 

初めて聞く名前。それが誰なのかも、風には分からない。

 

「複雑な事情があって、全部話す事は出来ないけど……アイツは、俺の事について色々と知ってるんだよ」

 

その言葉に、風は察する。いつだか、彼が話してくれた、彼の正体。そこに、何かしらの関係があるのだろう。だが、彼女は問わない。先を続ける。

 

「アイツと話をして、俺は、自分がどんな存在なのか、どうなるのかを知った。知ってしまった。その事を気に病んでたみたいでな」

 

貂蝉という者に感謝をすると同時に、恨みもした。その者と話をしなければ、一刀が苦しい決断を下す事もなかったのではないか。そう考えてしまう。

 

「それで、俺と恋の戦いが終わった後、俺のところにやって来たんだ。俺は気を失っていて知らなかったけどな。後から教えられた。そのまま貂蝉が華佗の所に運んでくれて、俺は華佗の治療を受けたんだ」

 

長安まで運ばれたのは、規格外に過ぎるけど。そう笑いながら、一刀は言葉を続ける。

 

「華佗には、まだ安静にしていろって言われてたけど、抜け出してきた。皆に、風に会いたかったから」

 

一刀は、再び風の頭を優しく撫で始めた。風も前を向き直り、その温もりを享受する。

 

 

 

 

 

 

少女がその街を訪れたのは、太陽も天頂に昇る頃だった。初めて訪れる街ではあったが、遠くに、巨大な城壁が見える。彼女は歩き始めた。

城門へと辿り着けば、かつて共に過ごしてきた仲間の門番。

 

「――――――」

 

少女の言葉に敬礼を返し、彼女を通す。彼女は城内へは向かわず、別の方へと足を向けた。何かに惹かれるかのように。何かを確信しているかのように。

 

そして少女は、その光景を目にする。

 

 

 

 

 

 

どうやら風は眠ってしまったようだ。一刀の胸に背を預け、頭を撫でてもらう為に、人形を胸に抱えたままで。

彼は気配を感じ、ゆっくりと顔を上げる。

 

「久しぶりだな」

「……」

 

一歩。少女は踏み出す。

 

「どうして此処にいるんだ?」

「ちょーせんに、教えてもらった……」

 

一歩。彼に近づく。

 

「アイツかよ……ったく、お節介にも程があるだろ。でも、劉備の手伝いをしなくていいのか?もうすぐ雪蓮との戦いだったと思うけど」

 

最後の大戦の日時と場所は、帝の命により決定している。だからこそ、荊州には禁軍の姿もあった。

 

「桃香が、行っていい、って……華琳との戦いを手伝ってくれただけでも、十分だ、って……」

「そうなのか?」

「ん……香は、残った……最後まで手伝って、それから美羽のところに帰る、って……」

「そっか。香もやっと、袁術のところに戻してやれるな」

「ん……」

 

一歩。彼女は更に近づき、膝を地に着いた。

 

「一刀……」

「なんだ?」

 

腕を伸ばし、彼の首に回す。

 

「……おかえり」

「ただいま、恋」

 

顔を近づけ、頬と頬を擦り合わせる。その温もりに一刀は眼を閉じ、恋もまた、瞳を閉じた。

 

「やっと……一緒にいられる」

「うん。これからは、一緒にいる」

 

重ね合わせた瞼の隙間から、涙が一筋、零れ落ちる。

 

「ずっと、一緒……」

「ずっと一緒だよ」

 

失った筈の温もり。それを取り戻し、少女は微笑んで、強く抱き締める。二度と、その温もりを失わないように。

 

「一刀……」

「なんだ、恋?」

 

顔を離し、じっと彼の瞳を見つめた。そして、ゆっくりと、言葉を噛み締めるように告げる。

 

「……大好き」

 

一刀は、恋を抱き寄せる。二度と放さない。ずっと共にいよう。そう、心に誓って――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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                                                      ~fin~


 
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