No.396081

依存の兆し

るーさん

泡沫の夢

2012-03-22 02:04:47 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1358   閲覧ユーザー数:1315

 

―とある山中

 

 

朝日の中に響くは打撃音。

 

一軒の純朴な日本家屋の軒先にて行われる鍛錬。

 

「てぇぇいぃぃ~~~!」

 

「よっ、と。いいねぇー!小雪!お前、センス持ってるわ」

 

小柄な身体を目一杯使って、打撃と脚撃を繰り出す小雪。

 

体格差というよりも、大人と子供の関係ではたいした威力になりえない攻撃。

 

余裕綽々で持って受け流す咲は動きの中にて煌くセンス。才能の欠片の片鱗を見通して。

 

「特に足!お前、しっかりと鍛えていけばかなりのモノになるんじゃないか!」

 

嬉しげに、妹分の先をおぼろげに読み取って鼻が高いと言わんばかりに無邪気に小雪へと告げる咲。

 

「ほんと?!」

 

額に乗る汗の雫を撒き散らし、懸命に手足を振っていた小雪は花咲くという例が持ちえられるほどに

 

嬉しげな表情と歓喜の声音で持って問い変えす。

 

「ああ!私が保証してやるよ!だろ?ババア!」

 

「本当にお前は口の悪い……。小雪、何も武術をやらなくてもいいんだよ?」

 

「ううん。おばあちゃん。ぼく、ぼくは」

 

ニシシという言葉が似合う笑みを小雪へと向け、次いでエレオノールへと挑発するような憎たらしい笑みを浮かべて言葉を振り

 

それにジト目で持って睨み返しながらに、小雪へと心配げな表情を送るエレオノール。

 

そんな二人の眼差しの先に居る小雪は身体をピョンピョンと飛ばしながら。

 

「ぼくは、ゆうきをまもってあげたい!!」

 

一生懸命に言葉を迸らせる。宣言するように、胸に刻んだ誓いのように、無邪気な姿でありながら決意を忍ばせた表情。

 

小雪の脳裏に浮かぶ。焼きついて離れない。離したくない情景。―――――泣き出して、崩れ落ちてしまいそうな程に揺れる感情と面で己を見下ろす青年の姿。

 

「まもってもらったんだ!ぼく!だから、こんどは!」

 

諦めた。大切なお母さんの為に、己の命すら諦めて……最後まで笑顔で居続けようとした小雪。

 

気薄になった意識の中、朧げな視界の中で、怒りに満ち、悲しみに涙滲ませる者の姿。

 

 

 

―――死なないでくれ

 

 

 

後悔ばかりが伝わってきた。死に瀕し、小雪自身の鼓動が遠ざかって行こうとするなか、懸命に両の掌から命を送り込み続ける。

 

瀕していたからこそ……不可思議にも青年の、祐樹自身の魂に刻まれた情景。不鮮明ながらも覗いてしまった。意識してしまった。

 

          命が―――

 

散り行く様を、砕ける様を、弾かれる様を、ひき潰される様を、殴り潰される様を、溶かされる様を、飲み込まれる様を、食い散らかされる様を。

 

護りたいと思った命が消えていくのを見送るしかなかった己。無力と憤怒。ただ、去来する空しさ……

 

何もかもが己の責任だと、傲慢のような自己険悪。醜悪すぎる。発端が"  "祐樹であることには違いは無い。そのような思考は唾棄すべき代物。

 

されど―――

 

 

―――わかるきがする

 

 

小雪は漠然と理解を示す。己の命を投げ出しても、親の笑顔を見たいと願ってしまう。何処か壊れた思考を手にしてしまったからこそ。

 

醜悪な思考。まざまざと見せ付けられた人間の死に様を直視する事が出来てしまうからこそ。

 

 

―――ぼくに、にていて、にていくなくて、でも、きっと

 

 

己を犠牲にする事が出来る思考。異端。

 

 

"泣いて、立ち止まって、迷って、けれど……己が為したい事へと歩いていく事が出来る"その"弱さ"こそが。

 

 

―――きっと、ぼくがいきてるのはそういことなんだ

 

 

「てぇやぁっぁぁぁ!!」

 

「うわっと?!?!」

 

気持ちに引っ張られて繰り出された脚。思いの外、勢いがあり威力が乗っているソレを少々驚きながらに避けて。

 

「なんか、気合の入り方が半端無いなぁ……」

 

ポツリと漏らした言葉は、微かに心に重石を載せるかのように咲の心に掛かり。

 

そんな小雪と咲の様子を縁側に腰掛けながらに見やっていたエレオノールは。

 

―――は。まったく、罪作りな男だね。我が孫は……

 

手放せなくなってしまった紫煙。キセルが燻らせる煙を吐き出しながらに、笑みが浮かぶ憎たらしげな表情で青空を睨みつけて。

 

 

「迎えに行ってくるよ。後は任せたよ、バカ娘」

 

「いい加減、バカ抜けよ!」

 

 

 

 

 

 

 

―鉄家

 

 

門前に集まるのは五人。

 

大人が三人に子供が二人。位置取りは大人二人と子供一人が……少年の見送り。

 

「祐樹!来年も…来年も絶対、来るんだぞ?!いいな?!絶対だからな!!」

 

少年を見送る少女―――乙女は祐樹の腕を取って強引に指きりを結びながら一生懸命に言い聞かせる。

 

「あ、うん。わ……わかったよ。乙姉……」

 

あまりの少女の剣幕さにたじろぎながらも少年。祐樹はぎこちなくも笑顔を持って頷く。

 

「世話になったよ。一条」

 

もう一人の大人。祖母に当たるエレオノールが一条へと傍目からは若干おざなりな形の礼を告げ。

 

「いえ、先生。あまり大したことは……」

 

少し苦味のある苦笑を浮べて一条はそう言いつつ。

 

「……正直、身体が出来上がってきたら――――すぐにでも追い越されてしまうでしょう」

 

瞼を閉じて、微かな時間だが……稽古を務めた自身の記憶を鮮明に思い起こす。

 

「もはや、あの子は――――子供とは思えないほどに……腹に一本の刃を、信念を抱えております」

 

一条の言葉。見据える娘と少年のやり取りの中にチラつく様に見えるナニかを敏感に感じ取りながらに言葉にして。

 

「まぁ、バレるモノだね」

 

一条の様子から……いや、そもそも。"抱き込もう"という考えが第一に来ているからこそ、手始めに"鉄"家へと祐樹を送り込んだエレオノールは袖口から煙管を取り出しながらに答え。

 

「……ええ」

 

「……事情もろくすっぽ伝えられないままに、預かってくれた事は本当に感謝してるよ。」

 

片目を閉じて、眉をピクリと上げて半眼でエレオノールは言い切る。手慰みのように煙管を一回ししながらに。

 

「では……?」

 

「察しの通りとだけ言っておこうかい」

 

そう洩らすエレオノール。一回転した煙管を止める音が二人の間のみで聞こえる。

 

「見た目通りの子供。ではないと……」

 

煙管の火種口へと火を落として肯定する。薄い唇に冷たい金色の金属を乗っけて、一息吸う。

 

「……これ以上の詮索は取り返しがつかないと、言う事ですか……」

 

何時の間にか、辺りに張り詰めた空気が敷き詰められている。二人の会話の空間のみに。

 

ふと脳裏に過ぎったのは煙管の音。先ほどの煙管を回した時にはもう―――エレオノールの領域であったと言う事を認識する一条。

 

「私(あたし)はね。一度"鉄"に巡り合せたかった」

 

離れた場所で、乙女に引っ張りまわされて苦笑いを浮かべながらも付き合い続ける祐樹を一瞥し。

 

「あの子に"この世界"に未練を持たせたい」

 

遠い遠い、真実。視線の先に居る少年―――青年の"結末"を知るが故に、エレオノールはつとつとと言葉を成していく。

 

「アレは放って置いたら、勝手に墓穴に飛び込んでいくような子だからね」

 

バカにつける薬は無いと。どうしようも無いと。呆れ果てた声音で大きな溜息混じりに言葉を吐き出して。

 

「……すまないね。ちょっと、愚痴みたいになってしまった。まぁ、関わるつもりがあるならお前自身も娘自身も"覚悟"だけはつけておけと言っておこうかい」

 

「はぁ……卑怯ですよ。先生。ウチの娘のあの有様でそんな事を仰るのは」

 

心底、弱り果てた声。額に手をやり天を仰ぎ見る一条。

 

何時も何時も、エレオノールの"この手"の感じに引っ掛かってしまうのが我が家系の定めだと。半ば諦めたような声音。

 

「取り合えずは、保留と言う事で……」

 

肩を盛大に竦め、哀愁が漂いそうな程の一条。クツクツと哂うエレオノールを恨めしげに見やる。

 

「ああ。いいさね。決心がついたら何時でも言ってきな」

 

「先生のそういうとこは、本当に容赦ないですよね。流石は"男狂わし"と呼ばれただけはあります……」

 

三十手前の大の男が出すような声音ではない程に、皮肉めいた声音を涼しげに受け流し。

 

「クククッ……こんな皺だらけの婆を"妲己"呼ばわりかい?」

 

一条の言葉にエレオノールは嘗て、揶揄された名で皮肉を返す。完敗だと、最早言葉を成す事すらも諦めて黙ろうとした一条は。

 

問答の中、視線を子供達。乙女と祐樹の方へと向ける。

 

祐樹が何か言ったのであろう……乙女は両頬を染めて、声高に叫ぶように言い募るも…対する祐樹は柳に風のように。

 

ゆったりと受け止め、言葉を紡いで乙女と絆を深めている。

 

「心根は真っ直ぐ。真っ直ぐすぎるくらいに……うちの孫娘にも見習わせたいぐらいにですよ」

 

祐樹を、孫を見守るように見つめるエレオノール。

 

惹かれ始めている娘に、複雑な想いを綯い交ぜに抱く一条。

 

―――真っ直ぐすぎるゆえに……

 

エレオノールがポツリと洩らした不安の言葉は……誰にも届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―川神市 多摩川 土手沿い

 

 

「ずりぃぞ、ゆうき~」

 

キャップの尖らした唇から洩れる不満声から始まる。

 

本日は夏休みが終わり…始業式。故に。

 

「おれらにだまってぼうけんいくなんてよ~…」

 

文句たらたらに祐樹達の先頭を行くキャップ。後ろ向きのまま、後頭部で両手を合わせながらに前へと歩き。

 

「わたしたちにだまっていくのは……よくないよ~~」

 

隣を歩く一子。小さな犬耳に見立った髪を逆立てて、ほんの少し瞳を潤ませながらも抗議する。

 

「ごめん。ごめん。伝言を頼めばよかったよ……」

 

苦笑しつつ頭を掻きながら二人に謝る祐樹。隣で祐樹の二の腕に抱きつく小雪。

 

一条の所から引き上げる時、同じくして咲と共に家へと戻っており。

 

「もんくいっちゃっだめだよー。わんこー。ぼくだって、ゆうきといっしょにいられなかったんだぞー」

 

プクプクと頬を膨らませて、自身の不満もぶちまけながらに微妙な援護を飛ばす。

 

そんな祐樹を小雪とは反対側に位置取りつつ、手を祐樹の手へと伸ばそうとしたり……引っ込めたりと不安げな表情で、祐樹の横顔を盗み見している京。

 

揺れる瞳は何を恐れているのか?

 

「―――大丈夫だよ……京」

 

優しく、癒す様に、惜しみない慈愛の眼差しを持って―――祐樹は京へとを声を掛ける。

 

揺れ動く京の姿を視界に入れずとも、隣に立つ祐樹には痛いほどにわかった。

 

その揺れる瞳の感情に既視感に似た空気を感じながらに言葉を紡ぐ。

 

覚えていないまでも……かつては、己が宿していた瞳の色合い。村上ゆかりに出会う前の己と同じ姿。

 

救ってもらった。救ってもらえたから―――直江祐樹は今、此処で生きているのだから。

 

「おっ?ゆうきのやつ、みやこなかしてんのか?」

 

茶々を入れるように混ざるはガクト。おちゃらけた感じに言葉にしているも失態を忘れることなく、嫌な感じにならないように合いの手を入れたつもりだが……

 

「うおっ?!な、なんだよ。なんか、おれさまわるいことしたか?」

 

「……ガクトはくうきよもうよ」

 

キッと引き絞られた京の視線。いいとこで邪魔するな!と言わんばかりの視線にたじろぐガクト。

 

脱力して、糸目でモロが突っ込む。そんなやり取りを行っている三人。京へと祐樹は視線を移す。

 

京の揺れる瞳越しに幻視する。嘗て……己が救ってもらったように。無意識に言葉が紡がれる。

 

「大丈夫。俺は…君の傍に居るよ」

 

―――あたしがあんたのそばにいる!!

 

「だから――――泣かないで、一人じゃないよ」

 

―――だから……メソメソなくんじゃないわよ!!

 

その言葉があったからこそ"  "祐樹という人間は形作られていった。普段の態度からは決して洩らさない。

 

言葉では収まらない。深い、とても深い《  》を。

 

だからこそ、少年は――――青年は己の《  》を悟った時、託すであろう。

 

己を救ってくれた女性だからこそ……

 

 

それは"何処かの物語"今、ここで語るべきではない……物語。

 

 

話が逸れてしまった。

 

 

故に、京は―――

 

「うっ……くっ……うぁぁっぁあっぁぁぁぁ!!!」

 

泣き出してしまう。

 

「おおう?!ゆ……ゆうき、なかしたのか?!?!」

 

「うわわわわわ?!ど、どうしたのさ?!みやこ?!」

 

「うぉー……おれさま、ちょうわかんねぇんですけど!!」

 

突然の京の号泣にビックリして眼を白黒させるキャップ、モロ、ガクト。

 

「うう……ぁっぁぁぁ!!」

 

「わ、わんこまでもかよ?!」

 

京と同じく隣に居て、祐樹の姿と言葉。京の恐怖する心。

 

得てしまったからこそ、手放したくなくて、でも手を伸ばすことも恐くて、学校に行けば……また孤立してしまうかもしれない恐怖。

 

夏休みの間に己の傍から離れてしまっていた祐樹だからこそ、そう思ってしまって、だからこそ、真心が篭った言葉に泣き出した京。

 

心優しく、泣き虫な一子は……子供特有の強い感受性も相俟って。

 

「「うぁぁぁぁっぁぁぁ~~!!!」」

 

「あ~……わんこまでなきだしちゃったよ……」

 

泣いてしまった彼女達を幼いゆえにあまり彼女達と、体格が変わらないその小さな身体を精一杯広げて……祐樹は抱きしめる。

 

その背をあやしながら。

 

「みやことわんことこゆきだけ、ずるいぞ!!おれもだきつく!!」

 

「ぼくも!ぼくも!もっと、ギュッとする!」

 

「どわ?!?!お、おい!キャップ?!小雪?!」

 

そんな三人に変わらないキャップは祐樹の背へと飛びつく。思わず悲鳴のような言葉を上げてしまう祐樹。

 

―――あ~~、もう……なんでこう

 

見上げる視界の中にどこまでも続く……少し滲んだ青空。

 

胸元で泣く武士娘に風の少年。こうして育んでいく絆を。

 

泣いている女の子を前に、こう思うのは不謹慎かもしれないが―――

 

 

 

―――幸せだなって……思ってしまうんだろう

 

 

 

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択