No.396076

気持ちの整理。矛盾

るーさん

泡沫の夢

2012-03-22 01:45:18 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:997   閲覧ユーザー数:978

 

どこをどう走ったかなんて、覚えてない。

 

気がつけば、自らの部屋の隅に濡れた体をそのままに……蹲って座り込んでいた。

 

膝を抱えて――。

 

―――怪我はない?

 

やたら、めったらに聞こえる……鼓動。

 

壊れたのは心の臓か?音を拾う鼓膜か?

 

今の少女にはそんなことを考える余裕はなく。

 

抱えた膝の中に顔を埋めていた。赤く火照る顔を冷やすかのように。

 

脳裏に浮ぶ少年の表情を

 

 

思い出したいのか、消し去りたいのか。

 

 

綯い交ぜになった気持ちはわからない。

 

雨音が発てる、叩きつけるような激しい音と空模様が作りだす暗がりの部屋の中。

 

 

―――乙女?

 

 

「――――わかんないよ……」

 

滲む、にじむ、ニジム――――視界。

 

洩れ出る、しゃくり上げた小さな泣き声。

 

純粋に、ただ純粋に己を案じてくれた少年に歓喜しているのか。

 

その力を……切磋琢磨に磨いてきた力を凌駕するほどの―――力を隠していた事実に悲しんでいるのか。

 

心は千切れたように、悲鳴を上げていたが

 

「………乙姉」

 

自室の扉たる襖越しに少年――――大人な子供…祐樹の声が洩れ聞こえてくる。

 

その声音に乙女はビクッと身体を震わして、硬くなり……表情が強張った。

 

長い――長い、沈黙が横たわる。

 

――――どれぐらいの時間が経っただろうか?

 

一分だろうか?十分だろうか?一時間だろうか?

 

体感時間ならば、確実に乙女はこう感じただろう。

 

次の少年の言葉が聞こえて来た時間は………一瞬だったと。

 

自己に埋没する。外界と断絶したかのように…自己に埋没しているのなら永劫と感じるべき場面において

 

乙女には……一瞬の沈黙の後に掛けられた言葉として聞こえてきた。

 

 

「ごめん……」

 

 

どんなに心揺り動かされ、嬉しいのか、悲しいのか……わからなくても

 

そうであるのであれば――――

 

しかし、今だ乙女はその奥底の心に気づけない。今だ未成熟な少女に、心の小さな機微を気づけというは酷。

 

だから……少女は襖越しに聞こえてきた言葉に

 

 

「なんで……あやまるんだ……!」

 

 

苛立った声音、拒絶するかのように言い放った言葉。

 

何に対して謝っているかなんて……わかるはずもなく。

 

襖越しに声を発した祐樹はその言葉を受け止めても―――その場から離れない。

 

離れるという選択肢が浮ばない。浮ぶわけはない。

 

―――放っておけるわけないだろ……

 

気配を手繰ることができる力に感謝する。

 

か細い程に弱弱しい氣しか感じられない程に、今の乙女は参っており。

 

この場に辿り着くまでにあった、無数の小さな水後。

 

濡れっぱなしで乙女が部屋に篭っているが自ずと分かる。

 

だから…祐樹は己も濡れネズミの姿のまま、襖の前に立ち尽くす。

 

二人を隔てる。心は静謐な空間が、身体は襖という物理的な物に。

 

"――――――――"

 

襖越しに祐樹が立っているのは乙女にもわかっていた。

 

自分がこのまま延々と篭っていても、かの少年は堪えることなく延々と立ち尽くしたままだろう。

 

だから。

 

這うように膝を摺って、掌で前進して……襖の前に辿り着き、力なく立ち上がり。

 

   

   襖一枚越しに二人は相対する。

 

 

「……祐樹」

 

「……何?乙姉」

 

名を洩らした。だが、またも沈黙が横たわる。

 

ゆえに、今度は

 

「乙姉」

 

「………なんだ?祐樹」

 

「力を……武とは……何か?乙姉はどういう風に感じてる?」

 

「私は―――」

 

唇を噛む。鉄乙女は。

 

肩を抱く。寒気からの震え、心の底から湧き出してくる畏怖。

 

異端なのだと、自覚する。自覚を余儀なくされる……直江祐樹は。

 

 

"あの夜の出来事"―――

 

 

確かに覚えている。小さく、か細く、冷たくなっていく小雪の身体。

 

無我夢中だった。仄かな死の匂い。忍び寄ってくるソレを振り払う為に懸命に小雪の胸を動かしていたのは、ハッキリと覚えている。

 

己の手が上下に動く度に、体格差から生じる力に跳ねる小雪。薄らボンヤリとした表情。

 

微かに開いた唇がより一層と背筋を凍らせていた……何一つ反応を返さない。虚ろな瞳と口。

 

人形のような命を感じさせない代物へと変貌しつつある状況の中―――

 

 

「俺は、俺は怖いし。恐い」

 

 

返事が無い。故に口火を切ったのは祐樹。

 

いや……齢十を越えるか越えないかぐらいの少女に酷な質問をする祐樹が悪い。

 

「……いつか、誰かを……自分の大切なモノを壊しそうで」

 

脳裏を過ぎるは己の姿。"斯衛"の服。夜闇に紛れることなど簡単だと言わんばかりの黒いマント。

 

輝きを失った筈の髪に混ざる、"シルバーホワイト"と"ネイビーブルー"。

 

前髪の一房のみ色彩された"ネイビーブルー"。

 

髪の三割を占める"シルバーホワイト"。

 

残りが……普段己が目にする自身の髪色。

 

窓ガラスを割って突入しようとした小雪の家。その時は小雪を締め上げる女に怒り狂っていたが故に、映った己の姿に頓着することはなく。

 

年の頃、二十歳~二十五歳ぐらいの青年の姿たる―――己に疑問を抱く事はなかった。

 

その身体であれば容易くガラスを破砕する事も、白子の少女を常軌を逸したままに締め上げる女を叩き伏せることも難無く行えたが故に

 

「見た……だろう?正直、俺自身も分らない。なんで、俺はあんな事が出来たのかさ……?」

 

震える。恐怖する。畏怖され、異非され、排除されると、理性が訴える。

 

誰が、衣服を"変質"させて人一人。いやさ、人間二人分の重みを抱えたままに空を飛ぶ事が出来る?

 

これがまだ、天使のような見る者を穏やかにするような羽ならば……慰み程度であれ己を誤魔化す事が出来たかもしれない。

 

だが、しかし―――

 

「なんで、こんな翼を作れるかなんて!!」

 

悪魔の翼。そう呼ぶに相応しい、禍々しさ。

 

鋭利な刃物を連想させそうな尖りきった翼。触れるモノ、委細合切切り刻むような鋭さ。見る者に恐怖を与えそうな形。

 

慟哭の様に叫ぶ。"忘れてしまった"直江祐樹は身勝手にも

 

「俺は俺が恐い!!忘れてしまった昔に何があったのか?!」

 

顔を抱える。未知なる恐怖に膝を座して、己が願って手にした力に恐れる。

 

「何にも分らない!!俺は、俺は一体、なんなんだ?!一体俺はーーー!!」

 

最早、語る言葉ではない。一方的に己の中から噴出してきた黒い感情。恐れ、恐怖、苛立ち、怒り、悲しみ。

 

襖越しに居る乙女に聞かせるような言葉を紡ぐことすら放棄して直江祐樹は絶叫する。

 

 

 

愕然となってしまう。襖越しに聞こえる弟のような少年の叫びに抱え込む膝をビクリと震わせる乙女。

 

先の雷鳴響き、濡れ鼠になってしまった一時。己を抱え上げる、心の底から心配している眼差しを向ける少年の姿を脳裏に浮かべて

 

 

―――そんなことを考えたことはない。

 

 

一番最初に思い浮かんだ言葉はコレだ。

 

鉄の家に生まれ、類なれなる才を身に宿し、その力を伸ばすことに違和感はなく。

 

両親とて努力する乙女を褒め称えた。

 

だから、まだ、乙女はそんなことを考えたことはない。考えるという思考すら浮ばなかった。

 

ゆえに―――押し黙ってしまう。再度、臍を噛む。苛立ちを感じる。己自身に、苛立ちと情けなさを感じる。

 

でも、それは、当たり前。そんな根底を問うようなことを求める程に年を重ねていない乙女には当たり前。

 

だから、祐樹は言葉を続ける。―――喚き、もがき、苦しみながらも心の其処から言葉を吐き出す。想いを吐露するように、ゆっくりゆっくりと言葉にする。

 

「俺はね……乙姉。力。武、其の物が悪いことなんてないとは思う」

 

矛盾する言葉。怖い恐いと叫んでおきながら、紡ぐ言葉。ともすれば薄っぺらに聞こえてしまう言葉であるも、鉄乙女には

 

「乙姉みたいに、自らを精進させる為の人。弱きを護り、強きを挫く為の人」

 

紡ぐ言葉。憧れ、見惚れ、その有様を夢想し……胸に満ちる暖かさを感じ取るように紡がれる言葉。

 

脳裏に蘇る―――自らに振り下ろされる拳。走る痛み。誰も助けてくれない。

 

嘲笑と視界に入れるのすら、けがわらしいという侮蔑の視線。巻き込まれたくないという人々の顔。

 

子供は無邪気さと残酷さを持ち合わせた矛盾の存在。

 

ありありとイメージ出来る。実際に、そんな現場に出くわした事も無い乙女に……確固たるイメージを抱かせるに足る声音。

 

まざまざと直視せざるおえない。紡がれる"想いが描く軌跡"。

 

"  "祐樹の過去。その一場面を叩きつけられるかのように強い映像を伴って乙女は受け取る。

 

「でも、中には……競い合いたい。どちらが上かはっきりさせたい」

 

左眼を押さえながら紡ぐ。直江祐樹は紡ぐ。其処にある筈の傷を押さえるように。

 

「戦いたい。殴りたい。壊したい。ただ――――闘争本能と自らの欲望を満たす為に、大地の上にただ一人立ち尽くしたいと」

 

釈迦堂。《    》。飢えた狼のように……その身を喰らえば、渇きを癒せると。

 

「武を、力を振るう人が居る」

 

悲しげに紡がれる言葉。

 

「己の身を護る為に」

 

紡ぐ。女々しいような。

 

「大事なモノを奪われない為に」

 

矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。

矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。

矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。

矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。矛盾。

 

矛盾する言葉。己が壊しそうだと言葉にしておきながら、己が護らんとする言葉。

 

相反する。紡がれた無意識と意識の鬩ぎ合い。歪すぎる少年の言葉は―――――後悔するような声音。

 

魂に焼きついた微かな"記憶の残滓"から漏れ出した思いが心地よく侵食――ちがう。

 

侵食ではない……共感し無意識に無意識を重ねて自ら受け入れた想い。

 

「―――戈を止めると書いて……武の一文字」

 

微かの沈黙。

 

知っている。その身で味わってきたのだから。理不尽に振るわれる暴力を幼き頃に知っている。

 

忘れてしまっていても、魂が肉体が覚えている。

 

そして……"歪な力"は"歪な力"を呼ぶことを――――

 

強い力はお互いに惹かれあうように………全てを巻き込んでぶつかり合うことを

 

知っていて、識(し)っている。

 

 

「だから、俺は………」本当に――――

 

眼を伏せて、情けなさに呆れて。

 

「ごめん……」

 

そう言って祐樹は、その場から立ち去った。立ち去るしかなかった。

 

乙女は。

 

「………私は……」

 

書きおこせない表情を浮べ。

 

髪先から零れ落ちる滴に混じって洩れ出る熱い雫にもがくのみ―――

 

 

 

 

 

 

―鉄家 縁側

 

 

熱い日差しを浴びながら祐樹は縁側に座っていた。

 

胸元にかける流涙型のPAKが光を反射して輝く。

 

骨伝導によって伝わってくる。お気に入りの一曲を聞きながら……祐樹はのんびりと空を見上げていた。

 

古ぼけた宝石のような端末。明らかに現在の技術では作りえない代物をボンヤリと見やった後、思考の海に潜る。

 

雨に打たれた日から2週間。

 

あれから乙女と会話を交わすこと敵わでいた。話しかければ、本来の乙女らしくもなく。

 

顔を赤くして逃げるように立ち去ったり、両親へと話を振ったりしてやり過ごされていた。

 

「はぁ……でも、あと3日でお暇させてもらうしな」

 

雲の白さと空の蒼さが絶妙なバランスで描く……晴れ渡った空模様を見上げながら祐樹は呟く。

 

―――なんか……本当に邪魔しに来ただけだったな

 

一条との稽古はあの日から、一条より断られた。曖昧な表情と誰かにお願いされて仕方なさそうな申し訳なささが入り混じった顔で。

 

鼓膜に伝わってくる音色に癒しを求めて……祐樹は瞳を閉じて、身を床に広げようとしたが

 

「ゆ、祐樹!」

 

空気伝導によって耳へと伝わった。

 

乙女が己を呼ぶ声に祐樹は一瞬唖然とするも

 

「お……乙姉……」

 

驚きを浮べた……少し間抜けな表情を浮べて掛けられた声に反応して後ろ振り向く。

 

そこには――普段、短パンにベスト等……少し男の子ぽさが残る。何時もの服装ではなく。

 

「そ……そのだな」

 

空色のワンピースを着て、片手に刀を持って……仁王立ちしながらも真っ赤になった顔を祐樹へと向ける乙女の姿。

 

伝わってくる乙女の声音と音楽の音の中。祐樹は

 

「か……かわいい」

 

呆然とその姿に感想を洩らす。

 

「ひっぐ?!お……お前と言う奴は……!この前も……!」

 

その祐樹の言葉にさらにりんごのように真っ赤にさせた頬を刀を持ったまま、両手で両頬を押さえ。

 

「お……お姉ちゃんをからかって楽しいか?!」

 

怒ったかのように声を上げるも、その声音に混じった歓喜の音では―――怒り等、感じるわけもなく。

 

「くぅ!!……ま、まぁいい!!」

 

ゴホンと咳払いを立てて、顔を引き締めて乙女は紡ぐ。

 

「祐樹。私にはまだ……お前の問いかけに答えを出せない」

 

縁側に座っている祐樹の隣に乙女は座りながらに。

 

「い―――」

 

そんな乙女へと祐樹は言葉を返そうとするも…人差し指で口を封じられて

 

フルフルと首を振った乙女はさらに続けていく。

 

「お前の問いかけに私が答えられないのと同じで……お前が私の問いに答える必要はない」

 

軽く唇を押さえた人差し指を離して

 

床につけられていた…祐樹の手に己の手を覆い被せる。

 

それは、丁度……リピート再生されていた曲が始まりへと戻った瞬間。

 

「だから―――お前が……祐樹が言った言葉」

 

触れ合った手。その時から頭に流れ出した音楽に身を浸せるように乙女は

 

 

「戈を止めると書いて――――武の一文字」

 

「ソレの意味を……私なりに探してみる。そうすれば―――」

 

 

―――祐樹が出す答えがわかるだろ?

 

少しだけ透明感が浮ぶ笑顔で紡いだ言葉は、祐樹の心をざわめかせる。

 

そうして二人の間に心地よい時間が流れ出し。

 

 

 

「いい音だな……祐樹」

 

触れ合った手から伝わってくる音に乙女は目を閉じて聞き入りながら。

 

「なんていう、曲なんだ?」

 

無邪気な笑顔を浮べる彼女に。

 

「…………"     "」

 

微笑みを浮べて返す。

 

 

 

 

暑い日ざし、晴れ渡る青空。

 

 

一本の飛行機雲を二人は見つめていた。

 

絡み合う指。ずっと、ずっと先まで―――握っていたいと少女は思いながらに。

 

 

 

 

 

 

 


 
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