No.379212

剣の魔王 +中編+

ぽんたろさん

暴力描写にご注意ください。中二病が加速する 前編http://www.tinami.com/view/301067

2012-02-17 09:24:07 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:422   閲覧ユーザー数:410

「何故、助けたの」

驚く程追撃は無かった。

無人になっていた城の中にはいつの間にか中小の魔物が蠢いていたが、物の数ではなかった。

王の間から離れるとアルヴァーンはリヴェリアを抱き上げたまま武器庫を探した。

回廊にアルヴァーンの走る音だけが響いている。

幸い王城に入ったのは初めてではない。

「勇者は困ってる人を助けるもんだって」

「はん…私は人ですら…ないのにご立派ね…」

アルヴァーンは間も無く地下階の武器庫にたどり着いた。異常な体力だ。

「悪いが荷物は持って来てないんでな」

アルヴァーンは床にリヴェリアを下ろすと棚を物色する。

武器庫中には応急装備もあるようで黒い鞄を一つ掴みとる。

中身を確認する。治療道具。

アルヴァーンはリヴェリアの腹を見た。

「あれ、傷…」

裂けた服の下には剥き出しの白い肌。

「馬鹿ね。ヴァンパイアはこれくらいじゃ死ねないわ」

リヴェリアはふらふらと上体を起こす。

「死なない。じゃないのか?」

「どっちでも同じことよ」

「ふらふらだぞ。お前」

「お前とか気安く呼ばないでちょうだい」

リヴェリアは蒼白な顔で笑う。

「…吸血種ってことは血を吸えば元気になるのか?」

「あなた失礼だとは思っていたけど筋金入りね。殺すわよ」

「よく言われる」

アルヴァーンは腕を差し出す。

「何?」

「飲んで良いぞ」

「は?」

「俺の血」

「何言ってるのよ」

「べルセイスは強い。お前を守れる自身が無いんだ」

「はぁ?」

リヴェリアの眉間に皺が寄る。

「ふらふらで動けないなら俺の血を飲んで逃げろ」

「馬鹿にしないで、死体もどきの手助けなんていらない」

壁に手をついて立ち上がる。

「こんなの、少し待てば回復する」

「その時間も惜しい」

リヴェリアはその時ようやく気づいた。

重く、低い音が頭上から降り注いでいる。

「音が…なに…これ…」

「上で大規模な儀式をやってるみたいだ。止めないと。何が起こるかわからない」

アルヴァーンは腕を突き出す。

「飲め」

「嫌よ!人間なんか飲めた物か!!」

「え」

「嫌いなのよ!人間の血なんか!」

「吸血鬼って人間の血を吸うもんだろ?」

「兄さまや姉様達はそうだけど私は嫌いなの!」

そりゃ吸血鬼にも好みくらいはあるだろうとは思っていたが人間の血を嫌う吸血鬼など聞いたことも無い。

「じゃあお前どうやって飯くってんだよ?」

「暗闇にじっとしていれば勝手に回復するわよ」

時間はかかるけど。とリヴェリアは続ける。

「だからその時間がないんだ。さっさと飲め」

「嫌!!」

アルヴァーンはリヴェリアの襟首を掴み顔を寄せ。

「っ!?」

キスをした。

 

「ーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

リヴェリアの口腔に血の味が広がる。鉄臭い。

アルヴァーンは自身の舌を食い破ったのだ。

「んっ……ふ……む…」

ごくりとリヴェリアが血を飲み干すまで、アルヴァーンは決して彼女を離さなかった。

 

「ひたの治りまで早くなってるのはあひがたひな」

満足げなアルヴァーンの横で小さくなった魔王様は床にのの字を書いていた。

「ばか…ばか…」

「ひかたなひだろ…ひかんがなひのひ、のまなひお前がわるひ」

「だからって普通舌を食いちぎったりしないわよ…ばかじゃないの…ばか…」

異常に乙女な行動をとるリヴェリアにアルヴァーンは首を傾げる。

「なんだ。…ひょっとして初めてだったのか?接吻」

「しね」

「悪かったよ」

「しんでしまえ。むしろ塵にしてやる」

「ごめんって」

アルヴァーンは快活に笑った。

 

ゴゥンと大きな鐘の音が聞こえた。

「まずい…か…」

アルヴァーンは壁にかかっている剣の中から数本を手に取ると武器庫の扉に手を掛けた。

「いいか。嬢ちゃ…じゃなくて魔王か。俺はべルセイスを倒すから。お前は動けるようになったらさっさとここから逃げろ」

「なに言ってるのよ」

「倒してもこの分じゃこの城の方が保ちそうにない」

ぱらぱらと天井から塵が落ちて来ている。

「私は戦える。お前の方が逃げなさい」

眼光には少しだけ鋭さが戻っている。アルヴァーンはリヴェリアを見て目を細めた。

「嫌だね。お姫様に助けられたとあっちゃ勇者になったときの名折れだ」

「自称勇者見習い。ちょっと剣の腕に覚えがある程度でどうにかなる相手じゃないのよ」

真摯なリヴェリアを見てアルヴァーンは思う。

この少女は魔王ではあるが自分を心から心配している。

「ありがとう」

可愛い女の子に心配されながら死線に挑むなんて勇者として最大の誉れじゃないか。と、アルヴァーンは笑った。

 

+++

 

「リヴェリア。お前が魔王に決まった」

赤い絨毯を蝋燭の儚い炎が照らす。

リヴェリアは片膝をついて父の言葉を聞いていた。

「お父様。何かの間違いでございましょう。私は、そのような器では」

「そうです。この屑にそんな大任っ」

傍らにいたエルナードが口を挟む。

父は片手でその発言を制した。

「もう決まったことだ。リヴェリア。」

 

リヴェリアという少女は教会で育てられていた。

両親が戦火のあおりを受け蒸発し、彼女一人が町に残された。

満ち足りた物でも無かったが、生きていられるだけで幸せと思え。

と、大人達はそう彼女に言い聞かせた。

彼女もそれで構わないと思っていた。

 

「うつくしい」

 

平穏が崩されたのは満月の綺麗な夜だった。

少女の部屋の窓辺に壮年の男が座っていた。

男は怯える彼女の頭を撫でるとにこりと微笑み

「君を私の娘にしよう」

と言って少女の首筋に噛みついた。

リヴェリアは教会から攫われ、儀式を受け、吸血鬼の娘になった。

吸血鬼は己と己に連なる一族をヴァンパイアと呼び、少女にもそう呼ぶように言った。

吸血鬼はリヴェリアに優しく接したが、彼女は恐怖を抱いて怯える毎日を過ごした。

 

吸血鬼には息子がいたからだ。

名はエルナード。白髪赤目の美しい少年だった。

少年は新しい妹を同族とはみなさなかった。

毎日リヴェリアは訓練と言われてはエルナードに殴られ、蹴られ、既に同族であるにも関わらず血を吸われた。

 

+++

 

魔王というのは人間の王の役割とは少し異なった役職である。

特別な適性を持った者だけが魔王に選ばれる。

適性ははっきりしている。何故か瞳孔が後天的に紫色になるのだ。

適性者は前任までの魔王の記憶を閲覧することが出来る。

魔王は前任者までの秘密を管理し、流出したその秘密を守ることを役として課せられる。

 

その当時リヴェリアの他に適性を持った魔物は現れなかった。

 

本当はリヴェリアは魔王になりたくはなかった。

 

ただ、エルナードと離れられることは嬉しかったのだ。

エルナードはそんな少女の期待を裏切った。

城に入った次の日、エルナードが宰相になることを伝えられリヴェリアは絶望した。

それからも隠れてエルナードの暴力は続いた。

リヴェリアは公式の会見やたまの出兵以外部屋に籠るようになった。

 

べルセイスという人間の王が魔王の英知に手を付けた。と、城に伝令が入るまでは。

 

+++

私は無力な屑。

「だってそうエルナード兄さまが言うのだもの」

リヴェリアは手のひらを見つめた。

次にアルヴァーンが出て行った扉を見つめる。

「人間の…勇者…」

勢いで眷属にしてしまったとはいえまだ脆い人間の身体。

「止めないと」

今回一人で来たのは、戦死するため。だった。

人間相手の戦闘は初めてではない。

英知に手を出した愚か者とは何度も剣を合わせて来た。

英知に頼った所で人間は人間だった。

深手を受けた振りをして相打ちできれば上乗だと、そう思って配下達より先に城を旅立った。

ベルセイス以外誰も、道連れにする気等無い。

なのにアルヴァーンを巻き込んでしまった。

あのままあそこで死ぬに任せておけば。こんなことには。

 

「手を出してしまったのだから、止めないと」

リヴェリアは身体を起こした。

吸血の反動で身体が熱を帯びている。暑さに汗が滴る。

「んぁ…」

血を飲んだのは本当に久しぶりだった。

お食べくださいと差し入れられた人間に手をつけたことなどない。

エルナードの言いつけで無理矢理飲まされて以来。もう数ヶ月になるのか。

もしかしたらこんなに多量の血液を摂取したのは初めてかもしれない。

「は…ぁ…早く…治まって…」

少女は両腕で自身を抱きしめて再び床に伏した。

 

アルヴァーンが息を切らして再び玉座の間にたどり着いたとき、ベルセイスは元のまま玉座にかけていた。

「ベルセイス…何をする…つもりだ」

「おや、逃げなかったのか」

ベルセイスは嗤う。

「なぁに…さっきのは戦略的撤退さ」

ごぅ

アルヴァーンが飛び退いた床に剣が突き刺さる。

騎士ローレライ。

「物騒だね。騎士さん」

「お前が言うのかい」

くつくつと喉を鳴らした嗤い。

「我が国に君が赴任した時は喜んだものだったのだがな」

「しがない自警団員に勿体ないお言葉で」

躱せる剣は避け、避けきれない斬撃は剣で受け流す。

ボロボロになっていく床に足を取られることなく、アルヴァーンはベルセイスに向かう。

3本目の剣が根元から折れ、使い物にならなくなった。

アルヴァーンはためらいなく柄を捨て最後の1本を抜く。

ローレライは床ごとアルヴァーンを叩き潰そうと大きく剣を振りあげた。

しかし剣が床に届く前にアルヴァーンはその隙を縫いベルセイスに肉薄した。

残り三歩

ローレライの剣が床を砕き

残り二歩

アルヴァーンが踏み込み

残り一歩

無駄のない一撃が

ローレライの腹に深々と突き刺さった。

転移の魔法でとっさに主と敵の間に自身を捩じ込んだのだ。

アルヴァーンはたじろいで一歩後ろに下がる。

「申し訳ございません。陛下、しくじりました」

ベルセイスの上に馬乗りになったまま騎士は細い声で謝罪した。血が主の豪奢な服を汚す。

「相手は勇者だ。致し方ない。お前は良くやった」

「ありがたき幸せ。どうぞ、この身をお使いください」

「ああ」

アルヴァーンは身の危険を感じて更に一歩後ろに後退する。剣はもうない。

「ここに来たのが魔王でなくて本当に良かった」

ベルセイスは満足そうに嗤う。

「死ね」

 

ベルセイスは次の瞬間抜き放った短剣でローレライののど笛を切り裂いた。

しかし噴き出す筈の血液は空中で静止した。

「なんだ…よ。それ…」

ベルセイスが腕を上げるとローレライの身体が弾け飛び、空中に無数の赤い球体が残る。

「殺せ」

赤い軌跡を描いて球体はアルヴァーンに殺到した。

 

腕と足に2つ3つが突き刺さったのは感覚で分かった。

「うああああああああああああああああ」

痛みは数秒遅れてやって来た。

何かが傷口の中で蠢いている。

この球体は『生きている』。人を兵器に換える魔法なんて聞いたこともない。

「あ、があああああああああああああああ」

アルヴァーンは床に伏して腕を抑えた

「ほう、即死せぬか。流石勇者。頑丈にできておるの」

ベルセイスが嗤っている。更に数十の球体が突き刺さる。

「否、片腕が違うな。そうか、今の魔王の特性は増殖か。なるほど、それではなかなか死なない筈」

気持ちの悪い嗤い。

「『いくつ』で死ぬかな。なぁ、ローレライ」

狂っている。

 

「ああああああああああほおおおおおおおおおおおおおおおんんんんんんんんんんだああああああああああらあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

広間を黄金が満たした。

「ああ…魔王か…」

肌が焼けるように熱い。金色の炎に焼かれているのか。

けれどこの炎は痛みを生まない。不思議だ。

「お前の所為でかなり恥ずかしい姿を晒してしまった気がするわ!!」

青いドレスの裾と細い足が見える。

「自称勇者見習い!まだ死んでいないわね!!」

「ああ」

傷口の球体が溶けていく。痛みが引いていくのを感じる。

「後で摂関するので覚悟しておきなさい」

「はは…覚悟しておくよ」

膝が笑っているぞ。無理矢理ここまで追いかけて来たのか。このちびっこ魔王は。

アルヴァーンは身体を起こす。血球が溶けた瞬間回復が始まったのを感じる。

ただ出血は止まったとはいえ100%の力で戦うには厳しいコンディションだ。

相変わらずベルセイスはにやにやと嗤っている。

「魔王と勇者で仲がいいものだな、宗旨替えでもしたのか?」

「いや、ただの恩人だよ」

「こいつはただの変質者よ」

「くくく。まぁいい、ローレライがやられたからには私が戦わねばな」

ベルセイスが立ち上がる。

「勇者殿に敬意を払い私も本気でお相手しよう」

黒鞘の剣を構えてベルセイスは嗤う。

「さっきからベルセイスが変なこと言ってるけど、貴方勇者なの?」

「いや。」

「じゃあなんで勇者って呼ばれてるのよ」

「俺をそう呼ぶ奴もいるってだけの話だよ」

「あーそう」

「そうだ魔王。俺今獲物が無いんだけど。貸してくれないか」

「魔王に大事な剣を無心するとかプライドとかないの」

「むしろ俺はプライドの塊のような男だぞ。魔王。」

プライドを守るためには

「まず生き残らなきゃってな」

「そこだけは同感」

 

 

ベルセイスは抜き放った細い剣を構えて嗤う。柄も、鞘も、刀身も黒い剣。

「魔剣か」

アルヴァーンの口に自嘲の笑みが浮かぶ。

「そうだよ。幸い君はもう聖剣を返上してしまったそうだが、これくらいのハンデは良いだろう。」

リヴェリアの顔には疑問。

「聖剣?」

「引っこ抜いた剣がな。そう呼ばれてたのさ」

「…あなた本当に…勇者なの?」

「違うよ」

「ふふふ…そうだよ。小さな魔王」

ベルセイスの握る剣にバチリと雷光が走る。

「その男は教会に聖人指定された紛れもない勇者さ」

「違うってば」

アルヴァーンはリヴェリアの手から剣を取る。

「借りるぞ」

「ちょっと!?」

リヴェリアは唖然とした。

彼女の作り出す剣は魔法の炎で出来ている。彼女以外が触れば皮膚が焼けただれる筈だった。

しかし、アルヴァーンは表情も変えずに剣を構える。

アルヴァーンの手の中でも、剣は黄金に燃え盛る。

「何で…?」

これも眷属になったせいなのか。少なくとも配下の魔物で彼女の剣を持てたものはいない。

ベルセイスは嗤う。

「いいじゃないか、そんなこと。さぁ、戦おう。勇者。」

王は初期動作もなく斬りかかる。

アルヴァーンは黄金の剣で黒剣をはじいた。火花が散る。

「すごいな王様。剣も使えたのか。なんてな」

「ははは」

剣は恐ろしい早さで翻りアルヴァーンに襲いかかった。

「使用者の技術補強までしてくれるのか。便利な剣だな」

左右から襲いかかる剣撃を全て叩き落としながら、アルヴァーンの額に球の汗が浮かぶ。

「流石勇者だ。我は楽しいよ、ふふ」

アルヴァーンの頬に浅い切り傷が生まれる。

「王様こそ結構なお手前でっ」

心臓めがけて剣がつき入れられ、アルヴァーンが大きく退く。衣服が浅く裂ける。

「ただの魔法剣では長くは持たぬぞ?勇者」

「だろうなっ」

下方から滑るように迫る刃を叩き落とし、切り込む。

ベルセイスは体を捻り避ける。反撃は当たらない。

「私の剣は魔法剣ではないわ」

二人の開いた隙にリヴェリアが滑り込んだ。

「ちょ」

「ふ」

リヴェリアの手に握られた黄金の片刃剣は真っ直ぐベルセイスの心臓を刺し貫いていた。

「油断したか」

王の唇から赤より黒に近い血液が溢れる。

ベルセイスは剣を手のひらで回し握り換え。リヴェリアの背中に突き立てた。

「が…」

「魔王!!」

「来るな!!!」

リヴェリアは叫んだ。アルヴァーンの足が止まる。

「いいの。これで」

「魔王」

「あははは。魔王が捨て身の攻撃とは。予想しなかったよ」

「そう、悪いけど一緒に消えてもらうわよ」

「そうか、まぁ間に合ったから。かまわな」

次の瞬間ベルセイスの体が霧散した。

「!?」

リヴェリアは床に崩れ落ちる。王の握っていた魔剣も消失したが、彼女の傷は塞がらない。

ゆるゆると血が広がっていく。

「ああ、そう…か…」

「魔王!!」

アルヴァーンが駆け寄る。

「時間稼ぎだったみたいね…ふふ…騙された…」

「傷が塞がらないぞ!?どうすれば」

「放っておいてくれるとありがたいわね」

「何言ってる!!!」

アルヴァーンは窓にかかっていたカーテンを引き裂いてリヴェリアの止血を始める。

「呪いや魔剣の傷は普通には治らない。貴方の腕や足のように…」

「じゃあ自分で治せないのかよ!!!」

「私は…治癒の術を使えない。…あれは…例外的な…」

「じゃあ治療道具で」

「無駄よ。それよりお願い。」

リヴェリアがアルヴァーンの袖を引く。

「とてもよくないことが起こる…とめて…」

「くそ」

天井がぱらぱらと崩れ始めている。

リヴェリアの顔色は悪くなる一方だ。

アルヴァーンは残りの布を引き裂いて袋を作るとリヴェリアを包んで自分の体に縛り付けた。

「見捨てられるわけ、ないだろ」

剣を拾い上げ、アルヴァーンは部屋を飛び出した。

 

 

 

+++

 

「アル」

後ろから声をかけられた。

「ノーティスか」

色の薄い髪と涼やかな眼差し。エルフの血が入っているため尖った耳としっかりした体躯のアーチャー。

アルヴァーンの友人の一人だ。

同時に、彼は紛れも無い勇者だ。

「勇者の称号を返上したと聞いたぞ」

「ああ」

「どうしてだ?」

怒っている。いや、心配しているのか。

「王様に仕官するって言うのはやっぱりまだ考えられないし。俺には早いよ」

「そんなに戦争に参加させられるのが嫌か」

「…」

パーティは組んでいなかったが一緒に仕事をしたことは多い。

ノーティスにはお見通しか。

「しかし」

「勇者なんて誰かに『勇者』だってお墨付き貰うようなもんでもないだろ?」

「君は私たちのやって来たことを否定するのか?」

「違うさ。俺程度のやって来たことはまだまだ勇者って言われるには足りないと思うんだ」

「君と言う奴は…」

「俺はゆっくり俺の理想の勇者を目指すよ。幸いオルガノで自警団に誘ってもらったんだ」

「君は馬鹿だよ。それに卑怯だ」

「ああ」

「またな」

「ああ、また。」

 

まだ、勇者には足りない。

「何をもって勇とするか、何を守って何のために生きるのか。」

師匠と呼んだ女性は言った。

「それが決まるまではお前は勇者ではないのだ。」

戦争が嫌いなのは本当だ。

しかし故郷を守るため戦うのは間違ってはいないと思うし、自分がその流れに組み込まれることにも異議はない。

ただ。アルヴァーンにはもう拠り所はない。故郷もない。

なにも ない

ただ漠然と人々のためと謳う言葉のなんと軽いことか。

荒ぶる竜を殺した。

怒れるトロールを殺した。

盗賊を退治した。

言われるままに。すがられるままに。

ベルセイスの恐慌が始まってすぐ町の人に頼まれた。王様を助けて、と。

城に近づいた所で兵士に頼まれた。王を殺してくれ、と。

 

俺はなんのために今戦うのか。

 

+++

 

「魔王、もうちょっと食べた方が良いぞ」

飛び出して間もなく王の間は崩れ落ちた。

アルヴァーンは魔王の頭をくしゃりと撫でる。

「やっぱり魔王って感じじゃないよな」

腕の中の少女はただの子供だ。

「もっとさ。魔王って『悪い』ってイメージがあったんだよ」

返事は無い。

「だから俺お前を倒そうと思って準備を始めたとこだったんだよね」

溜め息

「お前自身は全然良い奴じゃんか」

 

城の外に出た頃にはもう街の火災は治まった様だった。

月が煌煌と輝いている。

魔法の炎は通常の炎より燃える速度が速いと言う。

「もう燃えるものも無いか」

自分が守って来たものはもうなくなってしまった。

またなくなってしまった。

 

「医者を目指した方がよかったのかもなぁ」

少女を庭園跡に横たえる。

布に血が付いている。止血不十分か。

この少女を助けるにはどうすれば良いのだろう。

アルヴァーンが以前負った魔剣の傷は教会で癒してもらっていたが、果たして魔王を連れて行っても診てもらえるのだろうか。

剣の腕と攻撃魔法には多少心得があるものの、アルヴァーンは治療スキルなどからきしだ。

 

空を見上げる。

巨大な魔法陣が城を含む一帯を覆っている。

 

これからどこに行けば良い

 

何をすれば良い

 

なぁ。教えてくれよ。魔王。


 
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