No.301067

剣の魔王(つるぎのまおう)+前編+

ぽんたろさん

暴力描写にご注意ください、オリジナル創作。中学二年の時に考えた内容をこしょこしょいじってマス。中編→http://www.tinami.com/view/379212

2011-09-16 05:41:03 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:488   閲覧ユーザー数:477

街は焦土と化そうとしていた。

道端には黒こげになった死体が折り重なり、もうすすり泣く声さえ聞こえない。

魔物と化したかつての孤王オルガノ・ヴァン・ベルセイスの怒りは老若男女を問わず等しく降り注ぎ、家々とそこに住まう生き物を全て焼き払った。

 

そんな消し炭になろうとする街を小さな影が動いていた。

 

「酷いものね」

それは少女の姿をした異貌。

炎に形を崩され、ぐしゃりと少女の上に建物だったに瓦礫が降り注いだ。

だが少女には傷一つない。

腕を払う動作一つで消し炭は空気に溶ける。

彼女が身に纏う青悲の戦衣にはただの炎と消し炭など効きはしない。

 

少女は探していた。ヴァン・ベルセイス王その人を。

 

「めんどくさいわ。もう…帰りたい…」

少女は可憐な唇を歪め悪態をつく。ここに彼女の生真面目な従者がいたならば一時間は説教された事だろう。

 

人が、家が燃える臭いが立ち込めている。彼女はその燃え滓の中に何かを見つけた。

「ぐ…あ……」

男。人間の男。年の頃は二十になるかならないか、といったところか。よく生きているものだ。

男は体の右半身を失っていた。

腕は肩から切り落とされ、腹から内臓を垂らし足は術による呪いで黒く腐っている。もう助かるまい。

 

城から怒声に似た咆吼が轟き、空気を震わせた。

 

「…」

少女はきびすを返して歩き出す。

「て…」

男は手を伸ばしている。

「待っ…てく…れ…」

「なんなの。遺言なら他の人に頼むことね」

男の口から血泡が噴き出した。ごぷ、と音を立てながら唇を伝い顎を濡らす。

少女は眉根を寄せ不快感を露わにした。

「剣を…」

男は残った左腕を持ち上げる。

少女は足元に転がる剣に気づいた。

「自害するの?敗北した戦士にしては立派な心掛けね」

いいわ、と少女は剣を拾い上げると男の前に置いた。特別高価ではないがしっかりとした造りでよく手入れされている。良い剣だ。

「…りがたい」

男は剣を大地に突き立て片足だけで体を起こした。

「何をするつもり」

少女の顔には疑問と軽い驚きが浮かんでいる。

「ベル…セイス王…は俺が討つんだ」

男は剣を杖代わりにして立ち上がった

よくこんな惨状になってほざけるものだ。と少女はあきれかえる。男はそれほどまでに満身創痍だった。

「なに?名誉?金?どっちが目的でも動けばあなた、すぐ死ぬわよ」

「死なない…俺はゆ…ゃ…に…なるんだ…」

男の瞳が燃えている。

勇者?

「古」

「何がだ!!!!!」

瀕死とは思えない勢いで男は口から血泡を吹いて反論した。

「君は知らないのか!『勇者エコール・ハートの冒険』『ニルズヘルグの大火竜』『クローディアに捧ぐ』は今も大人気なベストセラーの名作だぞ!」

男は勇者オタクだったようだ。少女はその本を知らない。

「……あの、現実とフィクションを混同するのは」

「君は何もわかっていない!」

男に右腕があればガッツポーズを取っていただろう。現実は腕と腹と口から血がだだ漏れなのだが。

「現実だろうがフィクションだろうが関係無い!!そこに理想があり!俺が夢見努力した分だけそれは現実になるんだ」

無駄に熱い男である。

「はぁ…で、努力の結果がそれ?」

少女の言葉は氷より冷たく突き刺さる。

「助けるんだ…この国を…」

助けるどころか虫の息だが。

「あなた、もうすぐ死ぬわよ」

例え腹を塞ぎ腕をつけようとも足の傷は呪いである。すぐに腐り落ちるだろう。

「それでも」

男の眼差しはまっすぐだった。

「俺は勇者になるん」

そして男は立ったまま気絶し、ゆっくりと崩れ落ちた。

 

 

馬鹿な人間は多々見てきたが、この馬鹿は筋金入りの馬鹿かもしれない。

少女はため息をついた。

男は死ぬ。止血をしても足の呪いは全身を腐らせる。

良くてゾンビ。普通は死体になる。

しかし

 

少女は男の頬を平手で打った。

男の目に微かな意思の光が戻る。

「」

「貴様。生きたいか」

「」

「私はリヴェリア」

「」

「高貴なる吸血種ヴァンパイアにして魔物の王。魔王リヴェリア」

何を話したのかは、覚えていない。

 

男の意識が微かに浮上する。

魔王…。それは北の大陸に跋扈する悪鬼羅刹どもを束ねる異形の王のはずである。

こんな小さな…いや、年齢が伴っているのかは知らないが。

少なくとも会話に耐える知性を備え、人間の容姿を持った少女が王なのか??

彼は死に近づく頭で必死に思考した。

 

少女、リヴェリアが手を掲げると彼女の髪と同じ色をした黄金の剣が現れる。

リヴェリアはその剣をつかみ取ると自身の手に突き刺した。

「いいだろう。貴様を私の眷属にしてやる」

赤い血に濡れた手を男の顔に押し付け、指を唇から押し入れる。

男の身体がびくりと震えた。

リヴェリアの瞳が紫に染まり二人を中心に爆風が吹き荒れる。

「生きるがいい」

 

大瀑布と共に二人がいた場所の周辺数十mは跡形もなく吹き飛んだ。

「ふぅ」

リヴェリアは黄金の御髪を振って息をついた。

ぼこり、ととても嫌な音がした。

男の身体は激変していた。

肩口から切り裂かれた腕は肉が盛り上がり瞬く間に腕の形を形成する。

同様に裂けた腹が、内蔵が、瞬時に泡立ち再生した。

全身の肌は深紅に染まり表面を黄金の魔法紋が蛇のように滑っていく。

足を腐らせていた呪いの紋は瞬く間に相殺破壊され消え去り、その上に新しい肉や皮膚が形成されていった。

身体の変換が終わると男の身体は蒸気をあげて元のように地に伏した。

「おめでとう。そして残念だったな」

全身を覆っていた赤がするすると引いていく。

「これでお前も人外よ。自称勇者志望?」

リヴェリアは意地の悪い笑みをこぼした。

 

男の身体はほぼ元の形を取り戻していた。

ただ無から作り出された右腕は毒々しい深紅の色彩を残している。

「…アルヴァーン」

男は再生したばかりの右腕で身体を起こしながら言った。

「俺はアルヴァーン。勇者になる男だ。魔王…なんか…に」

しかしがっくりと身体が崩れ落ちる。

「止めておきなさい。無理矢理人体を作り替えたのだから数日は動けないはずよ」

リヴェリアはアルヴァーンの頭の前に座り込みしげしげと彼を眺めた。

「私が人型の眷属を作ったのはお前が始めてだからね。中身までまともに出来ている自信もないし」

「なんだ…そ…れ…おれ…は実験体…かよ…」

「さぁね」

リヴェリアは戦衣のすそをひらりと翻しアルヴァーンに背を向けた。

「ここから先は知らないわ。お前は好きに生きなさい」

「な」

「見かけは中々上手に作れたみたいだもの。ギリギリ人間として生きていけるでしょう」

そして一人トコトコと城に向かって歩み出す。

「あ、ただ言い忘れていたわ。ベルセイスは私の獲物だから、邪魔はしないで」

「何のつもりなんだ…お前は…」

先程眷属だのなんだの言っていたのは何だったのか。

吸血鬼が作った眷属を何の利用もせず放置など聞いたこともない。

「眷属っていうのは…吸血鬼の奴隷じゃないのか…?」

リヴェリアは少しだけ足を止め、彼の質問に答える。

「私は気まぐれなのよ。元々人間を侍らせる趣味など無いのだもの。いらない」

愕然としているアルヴァーンを放置して少女は再び城へと歩き出す。

 

さっきの爆発に気づいたサラマンダー(火蜥蜴)が集まってきている。

目立つリヴェリアが早く離れた方が彼の生存率が上がるかもしれない。

リヴェリアは人間も魔物も嫌いだ。

どいつもこいつもワガママだし対話をしない。

自分たちをヴァンピールなどと呼び馬鹿にする。

でも面白い奴は人間でも魔物でもそんなに嫌いではない。

何かにまっすぐになれるのは良いことだ。ちょっと、羨ましい。

彼は生きる意思を見せた。だから生かしてみる。

あの身体で勇者を目指せば少しは芽が出るかもしれない。

もしリヴェリアに戦いを挑んでくるならそれもまた一興だ。

勇者とやらと戦ったことはないが、強いのだろうか。

リヴェリアは口元に薄い笑みを浮かべた。

 

廃墟を縫い歩いていると火の粉と共にサラマンダーが飛びかかってくる。

リヴェリアは虚空に生み出した黄金の剣を振り上げ、飛びかかってきた蜥蜴を切り捨てた。

短い断末魔が虚空に消える。

本当に、面倒臭い仕事。

城に近づくにつれ障気が濃くなり魔物の数も増えていく。

「ヴァン・ベルセイス」

城門を両断する。ひときわ大きな咆吼が聞こえた。

「来てやったわよ。遊びましょう」

まるで会話をするようにリヴェリアは言葉を紡ぐ。

城が吠えた。

否。それは空気の振動だったのかもしれないし、ヴァン・ベルセイス王の悲鳴だったのかもしれない。

 

 

+++

 

風光明媚なオルガノ・ヴィスターチェは30年余りの間、オルガノ・ヴァン・ベルセイス王の庇護の元にあった。

街を横断する大河にも、町並みの一つ一つや花壇に植えられた花にまでベルセイスの愛は行き届いていた。

 

しかし、王は人々に孤独王ベルセイスと揶揄された。

王は血族を全て失っていたのだ。

王の両親。先代のオルガノ王と王妃は悪政の末に、謀反を働いた兵士に毒殺された。

王の兄妹は権力を求めて殺し合い、三人の兄と一人の妹は全員互いに放った斥候によって死んだ。

王は16歳という若さで玉座に着いたが二年後に迎えた王妃は一年後病死。胎の中にいた幼子も助からなかった。

その後三人の王妃を迎えるがどの王妃も命を長らえることはなかった。

人々は噂した。王は魔術に手を出し玉座を手に入れたために血を残す術を奪われたのだと。

しかしベルセイス王の治世は見事な物で国は富み、栄えた。

やがて孤独に一人国を育む王は孤独王ではなく「孤高王」として人々にたたえられるようになったのだった。

 

しかし、王は50歳になろうというその日。突如として壊れてしまったのだ。

城から沸き出でた魔物は街を焼き、人を喰らい小さなオルガノ・ヴィスターチェを焦土と化そうとしている。

 

少女はそんな地に一人でやってきた。

 

+++

 

美しかったのだろう庭園の植物は萎れるか焼かれているかの二種類しかない。

幾何学を描いた石畳も、遠くの国で取れる石材を使ったアーチの残骸も数日前までそれが完全に完成された物だったとは考えられぬほどに破壊されていた。

リヴェリアは眉根を寄せる。勿体ない。美しかっただろうに。

遠い城を思い少しだけ目を細め、少女は振り向きざまに蜥蜴を両断する。

両手には細身の剣。儀礼剣を小ぶりにした剣を構えている。

それにしてもサラマンダーばかりだ。「話」では他の魔物の姿も報告されていたが。

城の一角のステンドグラスが大破しているのを見つけ、リヴェリアはふわりとステップを踏んで城内に侵入した。

「ヴァン・ベルセイス」

リヴェリアは王を呼ぶ。

返事はない。

気づけば一切の音がなくなっていた。

カチャカチャガラス片を踏みつけ進む。

おかしい。

城下の喧噪に遠い城内には、時間にふさわしい薄青い夜の静寂が降りている。

先程腐るほど切り捨ててきた。サラマンダーはおろか何もいない。死体すら落ちていない。

ホールを通り、小部屋を覗いていく。

誰もいない。

サラマンダーは屍肉を喰らうがここまで綺麗に一切喰らいきる手合いではない。

すると、ここにいた人間を食べた、もしくは焼いた「なにか」がいるはずである。

 

薄焦げた室内を見渡しても人間がいた痕跡すらない。

次の瞬間リヴェリアの身体は宙に放り出されていた。足首に熱。

リヴェリアは躊躇泣く儀礼剣を投げつける。

液体が飛び散る音と短い悲鳴が聞こえた。

「ぐ…」

足をやられたのは完全に失策だった。移動速度に幾ばくかの影響が出るだろう。

部屋の外に引いて行く黒い鞭のような触手をリヴェリアは追いかける。

途中手の中に引き出すように両手剣が現れた。

刃は手を刺し貫いた物と同様、黄金の光を帯びた派手派手しいこしらえである。

 

 長い回廊を抜け螺旋階段を駆け、リヴェリアは開けた部屋にたどり着いた。

ここに来るまでも人間はおろか蜘蛛の姿すら見てない。

ここはダンスホールだったのだろうか。美しく磨かれた床の上にも、もう踊る人間はいない。

そして円形の広間の中心にそれは座していた。

 

「ベルセイス…?……じゃないわね」

 

 それは巨大な、丸みを帯びた肉のかたまりのように思われた。

黒々とした皮膚は規則正しく呼吸するようにうごめいている。

その様は、蠕動運動を繰り返す臓器のようで

「お前が、喰ったのか」

リヴェリアの眉根に皺が寄る。

少女は剣を構えると腰を落とし重心を下げた。

片足を軽く引き、構えた剣を肩口まで持ち上げる。

 

魔獣、それはリヴェリアが統治する国に住まう魔族とは起源を異とする異形。

遙か昔。初代魔王によって一度滅ぼされた種族は時折封印されたままの姿で発見されては世の中を混乱へと陥れる火種となっていた。

 

 音もなくリヴェリアの姿がかき消えた。

次の瞬間、先程まで彼女が立っていた地点に黒い触手が突き刺さっている。

巻き上げられた瓦礫がばらばらと音を立てて散らばる。

 リヴェリアは青と金の颶風となった。

瓦礫の落下する広場を、剣を構えたまま、何本もの触手を生やした肉のかたまりに肉迫する。

かたまりの元で跳躍、5mはありそうな巨体に飛び乗り構えた剣を表面に突き刺し、一気に下へと振り下ろす。

音にならない程高い悲鳴が広場に響き渡った。

同時に爆発的に塊の質量が膨張する。

「ッ…」

リヴェリアは軽く息を飲んで後ずさった。

肉は肉では無かったのだ。

 

黒い皮膚が展開され数え切れないほどの触手が四方八方に伸ばされた。

まるで蜘蛛の巣のようにめちゃめちゃに床を壁を柱を蹂躙する。

その中心には深紅のコアと真っ白な花弁。

リヴェリアの小さな身体ははね飛ばされ柱の一本を破壊して床に落ちた。

 

 生き物は名前をゲルニ・ヘルニという。古い書物にその姿を残す古代種。

「植物の魔獣だったのね。少し驚いたわ」

折角切り込みを入れたと思ったが外壁の触手を少しそいだ程度か。

リヴェリアの口元から一筋の血液が垂れる。

「もったいない」

指先でぬぐいひとりごちる。

「新種かと思ったら古代種に会えるなんて思わなかった。記念に」

ゲルニ・ヘルニは触手の先端を針のようにとがらせると半数をリヴェリアへと放つ。

「綺麗に消してあげる」

リヴェリアの手に握られた刃が燃え上がる。

 広間が黄金に塗りつぶされた。

ぱちぱちと音を立てて黒い半壊したゲルニ・ヘルニが燃えている。

リヴェリアは軽く肩で息をして膝をついた。

 古代種の魔獣など滅多に出会わない、存在していることがレア中のレアケースだ。

ベルセイスはこの城で何をしたというのだろうか。

 ゲルニ・ヘルニの花弁が崩れ、下にあった物がむき出しになった。

おびただしい数の骨。

「馬鹿な子達」

リヴェリアが力なく燃える魔獣に寄り添う。

「本当に馬鹿な子達…」

 

燃えかすの燻るダンスホールをリヴェリアは後にした。

 

笑い声。

笑い声が聞こえる。

 

 

+++

 

「アルヴァーン。勇者になりなさい」

彼が小さい頃から、母は彼にそう言い聞かせた。

それが彼が生まれる前に獄死した父を意識しての発言かどうかは知らないが、アルヴァーンは言葉に従い真っ直ぐに育った。勇者に、他人に胸を張って善い人だと名乗れる人間に、少年はなりたかった。

彼は本を読むことが好きだった。母は喜んで勇者の活躍する冒険図書を少年に与えた。

それは、アルヴァーンの理想であり彼の世界そのものだった。

剣を学び、下働きをしながら慈善活動に明け暮れた。

剣の腕は自分でもなかなかのものになったと思う。師匠に言ったら殴られるだろうが。

そして、隣町に土砂の片付けを手伝いに行っている間に母は死んだ。殺された。

物取りの犯行だったらしい。

それでもアルヴァーンは真っ直ぐに生きた。

生きてきた。

 

この国に来たのは3ヶ月前だった。

従騎士連合組合にオルガノ・ヴィスターチェの自警団を斡旋され、彼は剣一降りを携えやってきた。

過ごした時間は微々たるものだが、美しい国だった。

優しい人々が住まう国だった。

 

アルヴァーンは地面を掻いた。

 

+++

 

尖塔を登る。玉座を目指して。

嗚呼、また。笑い声が聞こえる。

 

「何がおかしいの」

扉はリヴェリアが開けるまでもなく破壊されていた。

奥の玉座には王が座っていた。

オルガノ・ヴァン・ベルセイス

金の刺繍が美しいマントをかけ、王冠を戴く男はにやにやと嫌な笑みを顔面に貼り付けている。

傍らには美しい騎士が立っている。真っ白な鎧の美しい女騎士。女騎士はただ王だけを見つめている。

「魔王か」

「ありがとう。初見でそう言ってくれたのは貴方が初めてよ」

リヴェリアは肩をすくめる。

「私を殺すのか」

「ええ」

「何故?」

「私たちから奪われたものを取り戻すためよ」

「取り戻す?破壊の間違いではないのか」

リヴェリアの眉根に皺が寄る。

「アガタ。コレは大変面白い」

 

かつてアガタと呼ばれる箱があった。制作者は当時稀代の天才と謳われた鍛冶屋アーガイル。

それは昔々の戦争で使われた遺産だった。

アガタは魔物の記憶を納めた箱だ。

もっともゲルニ・ヘルニの種が入っていたようだし物理的にも何か入っているのだろうが。

アガタには様々な魔物の記憶が納められている。低級悪魔の呼び出し方、使役の仕方。今はもういない魔獣についての知識。失われた大魔法。昔の歴史。そして、魔物の感情。

アガタは昔封印されたはずで、もうそれが使われることなど二度と無いはずだった。

この知識は魔王にのみ受け継がれるもので、他言などされるはずはなく何故王が箱を知り。どうやって箱を手に入れたのかは分からない。

 

「遊びで使うようなものではないわ。こんなことをして、自分の国を破壊してどうしようって言うの」

「お人好しは変わらぬままか」

「変わらぬ?」

「ふふ…識っている。否、識った。私は総てを識った。お前は矛盾した生き物なのだな。魔王。嗚呼、気分が良い。」

ベルセイスはくつくつと喉の奥で笑った。発言が要領を得なくなってきている。潮時か。

リヴェリアは手の中に黄金の剣を生み出し、その切っ先をベルセイスに向けた。

「こちら側の知識に手を出すことは許されないことよ。貴方を殺すわ。オルガノ・ヴァン・ベルセイス」

「ふふ。出来る物なら構わない。ローレライ、殺せ」

王が片手を上げた。

 

「!?」

一瞬で間合いを詰められ、思わずリヴェリアは息を飲んだ。

女騎士の真白い髪が鼻先を撫でた。

リヴェリアはすぐ飛び退き眼前を剣が横切った。

次の一歩に剣を突き出され黄金の大剣で弾く。

次の一歩で下向きに剣を振られ足に切り傷が出来る。

強い。

強いどころではない。

何だ、この女は人間なのか。

動きも剣の威力も人間離れしているように思えた。

リヴェリアはこの国に来て一番の焦燥感に駆られていた。

そして踏み外した。

ぐちゃり

リヴェリアの腹に銀の剣が深々と突き立てられた。

「ご…は……」

唇から血が零れる。

 

何もやり遂げず

 

剣を横に振り抜かれて内臓が零れる。

 

嗚呼、それでももう私は

 

血の軌跡を引いて銀の剣が頭上に掲げられ

 

死ねるのか。

 

振り下ろされる。

 

 

 

 

しかし終わりの時はやってこなかった。

「ほう」

ベルセイスが楽しそうに笑う。

リヴェリアの前に勇者が立っていた。

赤い髪、ぼろぼろの服。鋼の剣。真っ赤な片腕。

先程命を与えた人間だ。手に掲げている剣で女騎士の剣を受け止めている。

リヴェリアの腹の傷が勝手にふさがっていく。

だが、もう動けない。血が足りない。少し無理をし過ぎた。

「にげろ」

勝てない。お前には勝てない。何をしに来た馬鹿。

「お嬢ちゃん。こういうときはな」

男の、アルヴァーンの剣が女騎士の剣を弾く。

「ありがとう!って言うもんだぜ!!」

下方から大きく振り抜き、女騎士がそれを受け止める。しかし男の剣がそのまま砕け破片が騎士の顔に突き刺さる。

「ー…っ!!」

女騎士がたたらを踏んだ。

アルヴァーンはリヴェリアの身体を小麦の袋を抱えるように抱え上げ、一目散に王の間から離脱した。


 
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