No.334931

桂(けい)の花咲くはかなき夢に 終章

R.saradaさん

こちらは『真・恋姫†無双』の二次小説となります。

こんにちは、サラダです。
色々言いたいことはありますが、後書きにて。

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2011-11-15 16:31:36 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:4155   閲覧ユーザー数:3448

 

「…………はぁ」

 ぱたりっ、わざと大きく音を立て、読み終わった日記を閉じた。

 思いがけず吐いたため息にも似た何かに苦笑しつつ、腰掛けたイスに背を預けながら、ぼんやりと机の上の天井へと目を向ける。

 数秒の間、何も考えずにぼんやりと眺めていたが、特に面白みはなく、すぐに目を閉じた。

 まぶたに映る真っ暗な闇。そこには何も存在しない。

 光のない闇だけが、どこまでもどこまでも続いていく。

 

 ふと、耳を奮わせた小さな音。

 まぶたを持ち上げ、音の方へと目を動かせば。

 開け放たれた窓の縁に、一匹の小鳥が降り立っていた。

 きょろきょろと部屋の中を眺める様は、とても愛らしい。

 小鳥の後ろ、窓から入り込むまぶしい光は、本日の天気を物語る。

 小さなさえずり。

 目を細めた私に何を思ったか、こちらに顔を向けて小さく声を響かせる。

 鼓膜と一緒に心も奮わされたような、そんな錯覚を覚えた。

 瞬間、私に顔を向けていた小鳥が、何かに気付いたようにその場から飛び立った。

 何事か、そんなことを思うまでもなく、その疑問は解消された。

 窓の向こうから騒がしい声が聞こえてきたからだ。

 

「流琉! 早く早くっ!」

「待ってよ季衣! そんなに急いだって『ぱーてぃ』はどこにも行かないってば」

「良いから早く! 皆待ってるよっ!」

「あ、季衣……って聞いてない。仕方ないなぁ、季衣は」

 

 その声に、会話の内容に、思いがけず噴き出す。

 あまりにもあの二人らしすぎて、自然と笑顔がこぼれていた。

 

「……って、こんなことしてる場合じゃないわね」

 机の中、引き出しを開き、日記を本来の場所へと戻す。

 二重底用の板を持ち上げ日記を置き、板を降ろして鍵を閉めた。

 かちゃりと鳴った音を耳で確認し、しっかりとしまっていることを一度確認してから立ち上がる。

 イスを直し、ゆっくりと歩き出し。

 やがて扉の前で足を止めると、目を閉じて一度大きく深呼吸。

 目を開くと同時、とってへと伸ばした手を捻り、軽く引く。いともたやすく開いた扉をくぐり、外へ出た。

 

 

 

 本日は晴天。絶好の『ぱーてぃ』日和だ。

 

 

 

「おお、桂花。こないなところでなにしとん?」

 燦々と降り注ぐ太陽の下、辺りを気にしながら歩いていると、ふと声をかけられた。

 特徴的なその言葉遣いに振り向けば、そこには思った通りの人物と、その後ろに立つ二人の姿があった。

「私は……ってアンタたちこそなにしてんのよ」

 問われたことに答えようと口を開いたものの、彼女たちの姿を見て問いかけへと切り替えた。

 そこには武装を整えた霞と、同じく武装した真桜の姿。そして武装こそしていないものの、『軍師』として立つ稟の姿もそこにある。

「ん? ……ああ、これか」

 最初問いの意味を理解できず、小さく首を傾げるも、すぐに自分の姿を思い出してか得心行ったように頷いた。

「なんや賊が現れたみたいでな。その討伐に向かうとこや」

「……なるほどね」

 大陸が平定されてから、しばらくが経った。

 平定されてからと言うもの、この大陸は歴史上と比べても類を見ないほどに安定していると言える。

 それこそまさしく、大陸は平和になったと言える。

 だからといって、完全にとは言えない。

 歴史から見てもそうだが、たとえ平和になったとしても、やはり現状に反感を覚える者はいるわけで。

 そしてその最たるモノが、今回現れたモノも含める『賊』というわけだ。

 正直なところ、私にはその考えを理解することはできないのだが……所詮、私には関係ないか。

「一応言っておきますが桂花、今回の賊、そこまで大したモノでもなさそうですよ」

「……何よそれ」

 思案顔にでもなっていたのだろうか、私の考えを読み取ったかのような稟の言葉に、ほんの少し声が低くなる。

「いえ、確たる理由がある、と言うわけではないのですが……」

 対する彼女は、動じた様子もなく平然と続けた。

 その目にどこか、楽しげな雰囲気を醸しながら。

「あえて言うなら、『軍師の勘』と言うやつでしょうか」

「……何よそれ」

 発した言葉は同じでも、そこに含まれる意味は違う。

 特に意識したつもりはなかったが、声音には優しい雰囲気がある。

 

「……桂花、変わったなぁ」

 

「…………は?」

 そんな風に三人で会話していると、横にいながらも会話に参加して来なかった真桜が一つ、短く音を発した。

 意味が理解できず、反射的に聞き返していた。

「え、あっ!」

 声に出すつもりはなかったのか、聞くつもりはなかったのか。どちらにしても聞き返されるとは思っていなかったのだろう

 慌ただしく手をばたばたさせた。

「なによ、私の何が変わったって言うのよ」

 ほんの少し、付け加えるなら稟の時よりも、声が低くなっているのに意図はない。

 これといった意味もなく、少し声の調子が下がっただけだ。

「お、えらく気になるや話題やな」

「ええ、私も気になります」

 意地の悪い笑みを浮かべながら、真桜へと顔を向けた二人。

「い、いや、そこまで大きくってわけやないんやけど……」

 気付けば目を細めている私と意地の悪い笑みの二人に、真桜は一人涙目だ。

 言ってしまった手前、引っ込みがつかなくなった、そんなところだろう。

「何となく、いや、本当に何となくなんやけど……」

「前置きは良いから、早く言いなさい」

「うっ……」

 視線を空に彷徨わせていた真桜は観念したように一度俯いた。

 それでも、しばらく口をモゴモゴとさせていたが、やがて上げた顔には決意が込められていた。

 瞬間、目の前にあった無駄な脂肪が大きく揺れ、『なぜ』かとても『イラッ』とした。

 

「雰囲気が何となく、優しくなったなあ、思て……」

 

 まぁそれも、彼女の発した言葉で、どこかに消えてしまったが。

「言われてみれば……」

「わかる気ぃする……」

 意地の悪い笑みを引っ込め、思案顔になった二人。

 観察するような視線に、軽い不快感を覚えた。

 

「……馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」

 

 大きなため息。

 それはわかりやすく、面倒そうな印象を受けさせるため。

「私が変わる? 冗談じゃないわ。それともあなたの目は飾りなのかしら」

 これも同じくわかりやすく、印象通りの私を押しつけるため。

「……あー。気のせいとちゃう、真桜」

「……そんな気ぃします」

「……そのようですね」

 そんな私に、三人は疲れたようにため息を吐いた。

 

「それで桂花はなにしとるん?」

 空気を変えようと、わざと大きめの声で話題を変える霞。

 普段は自分勝手に振る舞っている彼女ではあるが、それでも何だかんだ周囲に目を配っている。

「ああ、そうだったわ」

 ここでわざわざ話を戻す意味もなく、その気もなく、本来の目的を果たすことにする。

 正直なところ、あまり長い時間こうしているわけにはいかない。

「あなたたち、華琳さまを知らないかしら」

 なぜなら、『ぱーてぃ』を前にして、華琳さまのお姿が見えないからだ。

 まだ時間はあるが、他国の者が来るというのに、自国の王の姿がないなど、あまり褒められたことではない。

「ウチは見とらんなぁ……真桜は?」

「見てまへんけど……」

「私も見ていませんね」

「そう……」

 一体、華琳さまはどこに行ったというのか。

 理由は何となくわからなくもないが、それでもこんなときにお姿が見られないなんて……。

「……やっぱり桂花は、華琳が一番みたいやな」

「当たり前でしょ? 何をいまさら」

 それもそうや、クツクツと笑う霞を一瞥し、私はくるりと身体の向きを変えた。

 三人が見ていないというのなら、おそらくこの辺りにはいないのだろう。

「それじゃ、私は華琳さまを探すから」

 なら、ここに留まる意味はない。

 私はすぐにでも、華琳さまを探さなくてはならないのだから。

 しかし霞も真桜も稟も、どことなく今日は浮かれ気味だ。

 まあ仕方ないとは思う。

 かく言う私も、人のことは言えないのだから。

 なぜなら、今日は――。

 そこまで思い浮かんだところで、ふと立ち止まって振り返った。

 ウチらも行くか、そんなことを話している三人に向かって、少し大きな声で話しかける。

「あなたたち。賊の討伐に向かうにしても、さっさと帰ってきなさいよ?」

「えっ、あ、うん。わかっとる」

「そ、なら良いわ」

 返事を聞き、満足した私は、再度振り返ると歩き出した。

 今度こそ立ち止まらず、姿を消した華琳さまを探すために。

 

「……姐さん、稟」

「……なんや」

「……なんです」

「絶対、変わったと思うねんけど……」

「あー……」

「どう、なんでしょうね……」

 

 後ろで何か呟いていたように感じたが、私にそれを聞き取ることはできなかった。

 

 

 

 それから私は、城の中を歩いて回った。

 しかし華琳さまの姿を確認することはできず、聞き込みをして回っても特に成果は上がらない。

 それどころかよくわからない状況を目にし、頭が痛くなっただけ。

 どうしてこれほどまでに面倒を引き起こすことが出来るのだろう、そう思いたくなる状況だった。

 それにしても、抑え役であるはずの秋蘭が、(おお)とし……大酒飲みの女性二人と酒を飲み比べているってのはどういうことよ。

 あれじゃ華琳さまのことを聞こうにも聞けないじゃない。

 ほんの少し頼りにしていた風なんて気付けばいなくなってるし……一体どこに行ったのよ。

 沙和にしたってよくわからない書き置き残してどっか行ってるし……。

 ……春蘭? 馬鹿言わないでよ。得体の知らないモノを『錬成』しているようなやつに、何を聞けって言うの?

 それ以前にあの馬鹿に華琳さまのことが知れたら、面倒なことになることはわかりきっているでしょう?

 考えてからモノを言いなさい。とりあえず馬鹿はまとめて死ぬと良いわ。

 

 めぼしい情報はなかったものの、それでも聞き込みの結果、城の中にはいないと判断。

 もしかして城の外なのだろうかと、とりあえず門までやってきた。

 城外で、華琳さまの行くような場所……。

 

 …………もしかして、“あの場所”だろうか。

 

「桂花さま」

「――きゃあっ!」

 突如背後から聞こえた平坦な声。

 背筋に冷気を当てられたかのごとく、私はその場で跳ね上がっていた。

「も、申し訳ありませんっ。驚かすつもりはなかったのですが……」

 平坦でありながら焦りを含んだその声音に振り返ると、そこにいたのは銀の髪を慌ただしく揺らす凪の姿。

 腕をばたばたとさせる姿に、ほんの少し緊張が緩む。

 身体とともに跳ね上がった心臓を手で押さえ、早鐘を打つのを感じながらとりあえず抗議の声を上げる。

「脅かさないでよ」

「あ、す、すみません……」

 しゅん、と言う音が聞こえそうな凪の反応に、つい、笑みが浮かぶ。

「……別に良いわよ。そんなことより、一つ聞きたいのだけれど」

「はい! 何でしょうかっ」

 勢いよく頭を上げた凪。

 彼女の尻に尻尾が生えていないか調べたい欲求に迫られた。

「華琳さまを見ていないかしら」

 しかし間違ってもそんなことをするわけにはいかず、その欲求は無視することにして。

 目先、一番重要なことを問いかける。

 

 今日、凪は城の警備を担当している。

 元々警備隊として日々街の治安を護り続けている彼女だが、今日はいつも以上に力を入れて警備に当たっているようだ。

 先ほどから門を出入りしている人たちは、警備隊員たちだろうか。

 瞳には皆熱意がこもっている、そんな気がする。

 そんな彼女なら、華琳さまをどこかで見ているのではないかと思うのだが。

 

「華琳さまでしたら、この門をくぐって外に出られましたよ」

 どうやら、私の予想は当たったらしい。

 ずいぶん時間がかかってしまったが、ようやく見つけることができそうだ。

「どこに行ったかわかる?」

「申し訳ありません、行き先まではちょっと……。護衛しましょうかとも提案したのですが、別にいらないと言われたので……」

 主の役に立てず寂しがる……。

 俯く彼女に犬の耳が生えた錯覚を覚えたが、一度頭を振ると消えていた。

 幻のはずなのにとても幻には見えず、なかなか頭から離れない。

「と、とりあえず礼を言うわ。ありがとう、凪」

「へ、あっ、いえ! お役に立てたなら光栄ですっ」

 そんな自分がいたたまれず、俯く彼女に顔を見られる前に背を向けた。

 なぜ私が逃げるようなことをしなくてはならないのか、私には理解することができなかったが、それでもあの場に居続けたら、何か大変な間違いを犯す、そんな気がした。

 

「け、桂花さまが……礼……?」

 

 思わず、足が止まってしまった。

 失礼な物言いに……ではなく、ふと、思い至ったことがあったから。

 

「ねぇ」

「は、はい……?」

 

 突然足を止めたことへの動揺か、自らに向けられる糾弾の可能性への恐怖か。

 おそらくそのどちらかで、両方だろう。彼女の声は少し引き攣っていた。

 

「最近、暴漢が出たって報告を聞かないけど……」

「えっ…………」

「治安の方は、どうなってるの?」

 

 私は振り返ることなく、“あの時”のように視界に入れることなく、問いかける。

 

「えっと……」

 

 どこか窺うような気配。

 だが、私は答えることなく、彼女の言葉を待ち続けて。

 

「…………ここ最近は暴漢も出ておらず、これといった問題も起きておりません」

 

 観念したのかゆっくりと紡ぎ始めた“報告”に、私は耳を傾けた。

 

「喧嘩等小さな“いざこざ”は変わらず発生しておりますが……、それも警備兵が間に入れば収まる小さなモノばかりです」

「…………」

 

 徐々に、声に力が籠もる。

“報告”故に抑揚の無かったそれが、“色”を持つ。

 顔は見えていない……が、どんな“表情”をしているのかは、簡単に想像がつく。

 

「巡回には常に力を入れておりますので、喩え何が起きようともすぐに対応可能です。その“何が”も、久しく起きておりませんが……」

 

 そう“前置き”した上で、彼女は一度“報告”を止めた。

 これで終わり、ではない。

 

「どれもこれも――」

 

 彼女は、まだ、“報告”していないことがある。

 いつでも、どんなときでも、必ず、“報告”の最後に紡ぐそれを、まだ。

 だから彼女は、大きく息を吸い込んで。

 

「“隊長”の、おかげです」

 

“嬉しそう”に、“報告”を締め括った。

 

「……そう」

 

 私は、止めていた足を再度動かした。

 笑みを浮かべているであろう少女――凪を背後に、振り返ることなく。

 私自身の浮かべる“表情”を認識しないように、彼女に見せないように。

 ただ一人で、ただ独りで。

 歩み続ける。

 

 

 

 

 活気づいた街を抜け、城下町の出口へたどり着く。

 城の門同様出入りの激しいそれをくぐり抜け、城下の外へ踏み出した。

 途中、今や大陸一の『あいどる』とた三人組とともに、何か嫌なモノを見たような気もするがきっと気のせいに違いない。

 あの異様なまでのくるくる髪も、おそらく視界に映ったただのごみだろう。

 まあ所詮下らないことだと思考からそれを追い出す作業をしつつ、目的地へ向かって歩みを進める。

 小さな林の中へと入り、続く道をゆっくりと歩く。

 ふわりと頬をなでる風に目を細め、大きく深呼吸。

 空気が美味い、かどうかはわからないが、それでも何となく空気が澄んでいるような、そんな気がする。

 街周辺にはそれなりの数の人がいたというのに、林に入ってからは誰一人としてすれ違わない。

 襲われることを恐れているのだろうか。

 人を襲う獣が出るような報告は受けていないが……。

 それにもし出ていたのなら、華琳さまの一声で退治されただろう。

 とは言うものの、人がいないというのならそれはそれで好都合。

 華琳さまを探すための手間が多少は少なくなるだろう。

 まあ手間や労力など関係なく、華琳さまのためなら何でも惜しみなく使うと思うけれど。

 意味のないことを考えていると、遠くで水の流れる音が鼓膜を震わせた。

 目的地は、もうすぐだ。

 

 

 

 華琳さまは、暇さえあれば“あの場所”を訪れるようになった。

 何かある、というわけではない。

 これと言った何かがあるわけではないが、華琳さまはあの場所へと通い続ける。

 もしかしたら私たちにはわからないようなモノがあるのかも知れないが、しかしあの場所で空を眺め続けている後ろ姿からは読み取ることはできない。

 そしてあの場所に華琳さまが訪れるようになったのは、あの日――“あいつ”が姿を消したあと、自国へ帰還してからだ。

 いつだったか、大きな満月の夜に華琳さまを探してこの場所へとやってきたとき、遠目に見た華琳さまの肩が震えているように見えたのは、目の錯覚か。

 しかしそれを確認する勇気は私にはなく、その背中を立ち尽くしたまま見守ることしかできなかった。

 何よりあのときの私は、自分の気持ちにすら気付けてすらいなかった。

 

 もしあのとき、確認することができたなら、私は自身の想いに気付くことができたのか。

 

「……くくっ」

 知らず、のどを鳴らしていた。

 何をいまさらと思った矢先のこと。

 過去の自分の行いに、一体何を言っているのか。言ったところで、何も変わらないというのに。

 ただ、それでも、思わずには……想わずにはいられない。

 過去の私は、自身の想いに気付かず。

 むしろ気付かないよう必死だった。

 意味のない罵倒を並べ立て、喚き立てる。

 今思えば、悲鳴だったのではと思うこともある。

 自分自身の想いにふたをして、ふたをされた想いがあげる悲鳴を、罵倒にして喚き続けていたのではないだろうか。

 

「――ぷっ」

 

 などと綺麗事を並べてみたものの、やはり何をいまさらという自分自身の想いについ噴き出す。

 大事なのは過去ではなく、現在(いま)

 自分自身への意味のない慰めで、一体何を得られるというのだろう。

 

 

 

 林で囲まれた道を折れ、道なき道を通り抜けると視界を埋め尽くす白い光。

 反射的に手をかざして光を弱め、目を細めることで受け入れる光を限定する。

 徐々にではあるが目が慣れ始め、世界を認識し始めた。

 そこにあるのは小さな川。取り囲む鬱蒼と茂る木々たち。

 数多の緑を映し、太陽の光を反射し幻想的にきらめいて。

 さらさらと流れる水のせせらぎに、揺れる木々のさざめきが重なる。

 心地良く耳に入ってくる音は、どこからか小鳥のさえずりも加わって自然の作り出す音楽に。

 見惚れ、聞き惚れ、ようやく我を取り戻したとき、私の目はすでに光に慣れ、周囲をうかがうことができるようになっていた。

 

 つい、と視線を動かせば、目的の人はすぐ見つかった。

 すらりと細い手足に、二つの螺旋を描く金の髪。

 予想違わず、川のほとりで空を見上げる華琳さま。

 目にもまぶしい後光を放つその後ろ姿は肩こそ震わせてはいないものの、どこか寂しい。

 どうやら私がいることには気付いていないようで――もしかしたら気付いているのかもしれないが、『軍師』の私にはわからない――華琳さまは一人、空を見上げたままだ。

 普段の気高さとは別の意味で、近寄りがたいその背中。

 その背中に王としての覇気はなく。

 それこそ少女のように弱々しい。

 されどどこか羨望を感じるその背中に、私は――

 

「…………」

 

 首を振り、浮かんだ言葉を思考から飛ばす。

 一体何を思っているんだ、私は。それこそ意味のないモノだ。

 考えたところで、下らないと評価するしかないんだから。

 

 小鳥のさえずりに誘われて、私は(そら)へと目を向けた。

 強くなった光に目を細めそうになるけれど、無理矢理まぶたを持ち上げ目を見開くことで抵抗する。

 やがて目が慣れ始め、光が弱くなっていくのを感じた。

 鼻で笑いたい感情を押し留め、はっきりとした視界に映る世界を見つめる。

 どこまでも続く、汚れ一つない美しい青。

 二羽の小鳥が、身を寄せ合って踊りながらまっすぐ通り過ぎてゆく。

 その輝きにも似た美しさが、目に染みた。

 

 ちくりと、刺すような胸の痛み。

 

 つられ左手を胸におく。

 痛みは止まらない。

 手のひらを、軽く握る。

 それでも痛みは止まらない。

 

 じくじくと、心を苛むように。

 ずきずきと、私を責めるように。

 

 じわりと、世界が歪む。

 

 肌で光の暖かさを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

 ごうっ、と大きな音ともに、風が髪をさらって行く。

 

 

 

――はやく、帰ってきなさいよ。

 

 耳にうるさいほどの風。

 

――アンタがいないと華琳さまが悲しむのよ。

 

 水の流れる、せせらぎとともに。

 

――アンタがいないと、凪が悲しむのよ。

 

 木々の葉と葉が擦れ合う、さざめきとともに。

 

――アンタがいないと、皆が悲しむのよ。

 

 二羽(つがい)の小鳥の、さえずりとともに。

 

――言っておくけど、私は違うわよ。

 

 服が互いを打ち付け合い、ばたばたと大きな音を出す。

 

――アンタがいようといなかろうと、私には関係ない。

 

 さらわれた髪が、何度も頬を叩く。

 

――アンタみたいな大馬鹿者、誰が帰ってきてほしいモンですか。

 

 じくじくと、ずきずきと、私を苛み責めるように。

 

――…………でも。

 

 胸が、痛む。

 

――華琳さまが、望むから。

 

 私は今まで、自分の気持ちに気付けなかった。

 

――凪が、望むから。

 

 私は今まで、自分の気持ちを無視し続けていた。

 

――皆が、望むから。

 

 だから、今日は。

 

――私も、望んであげる。

 

 

 

 ほんの少しだけ、素直になっても、いいわよね。

 

 

 

 目を開く。視界の全てを埋め尽くす、美しい青。

 変わらぬその美しさに、ふわりと笑みが浮かぶ。

 一際強い風が、視界の端に小さな光を振りまいた。

 

 

 

 

「はやく帰ってきなさいよ……ばか」

 

 

 

 

 

 

 

 ――桂の花咲くはかなき夢に 【了】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……華琳さまー、華琳さまー!」

「あら、桂花。……どうかしたの?」

「どうかしたのではありません。探しましたよ。……どうかなさいましたか?」

「……少し、昔のことを思い出していたのよ」

「あの大馬鹿者のことですか……。まったく。私や秋蘭にあれだけ世話になっておいて、最後まで無礼な奴でした!」

「ふふっ、そうね。…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 お久しぶりです、サラダです。

 

 皆様大変お待たせしました。

 ようやく、ようやく完結しましたっ!

 頑張った、俺頑張ったよ!

 いや、もう……ホント頑張ったよ!

 だから……だから……

 

 

 祭りから二ヶ月半遅れたことを許して下さいお願いしますごめんなさい。

 

 

 いやっ! いやいやっ! いやいやいやっ!

 実は遅れたのには山のように深く海のように高い訳がありましてっ!

 書いて消してを続けていたらいつの間にかシーンが増えて文章量が初期の七倍になっていただけなんです。

 最初の段階では登場人物は『桂花』『凪』『華琳』の三人だけだったはずなのに気付いたら魏√ヒロイン全員になっていただけなんです。

 正直に言ってしまえばプロットを建てなかった私が全て悪いんですっ。

 

 

 ……うん、ごめんなさい。

 

 

 完全に力量の無さが原因です。

 ホントごめんなさい。

 

 

 

 さて、『桂の花咲くはかなき夢に』いかがだったでしょうか。

 少しでも楽しんでいただけましたでしょうか。

 何か心に残せたでしょうか。

 

『同人恋姫祭り』を企画して下さった甘露様、黒山羊様。

 私なんかの依頼を快く受けて頂き、挿絵を描いて下さったペコネコ様。

 そして未熟極まりない私の作品を読んで下さった読者の方々。

 皆様にはいくら感謝してもしきれません。

 この感謝を伝えるためにも、皆様の心に残るような作品を仕上げ、

 少しでも多くお伝えすることができるよう、日々の努力を続けて参ります。

 

 遠回りでも、回り道でも、一歩一歩確実に、

 前を向いて、胸を張って、歩き続けて行くであろう“彼女”を想いながら、

“彼”の代わりに一言添えて、締めることとしましょう。

 

 

 愛しているよ、桂花。

 

 

 それでは、精一杯の感謝を込めて。

 ありがとうございました。

 

 
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