No.331162

外史異聞譚~外幕ノ壱~

拙作の作風が知りたい方は
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2011-11-07 17:31:55 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3105   閲覧ユーザー数:1488

≪洛陽/程仲徳視点≫

 

風には昔から見ている夢があるのです

 

それは、風が太陽を支えて泰山に立つ夢

 

ただ、その夢は最近少しだけ変わりつつあります

どこがどう、とは言えないのですが、どこか違うのです

 

「危険を承知で洛陽に来た甲斐がありましたね」

 

稟ちゃんが菜館兼宿屋でもある、風達が身を寄せているお店から外の大通りを眺めつつ、そんな事を呟いています

突発的に発生する妄想全壊鼻血噴出癖さえなければ、稟ちゃんはものすごく優秀な軍師なのですが~…

 

「一歩間違えば戦場でしたからね~

 見た目と違い、董相国は相当に度胸のあるお人のようです」

 

風の相槌に、稟ちゃんは眼鏡を“きらんっ!”と光らせながら、くいっと指で押し上げて位置を直しています

 

「結果として戦にはならなかったようですが、これで陛下や相国樣、諸侯の器量もおおよそ推し量れました

 大収穫というべきでしょう」

 

そですね~

これでだいたいは見て回れた訳で、もう旅をする必要もなさそうです

 

「…………ぐう」

 

「寝るなっ!!」

 

「……………おおっ!!

 お約束も兼ねてついウトウトと」

 

まったく、と呟く稟ちゃんですが、これは風にとって思考を明晰にするための大事な儀式なのです

本当に眠い時はそのまま寝ちゃいますけどね

 

「そですね~

 こうして見たところ、陛下や相国にお仕えするのが王道な気はしますが~」

 

風が夢で見ていた太陽が陛下や相国かと聞かれると、なんとなくですがしっくりこないのです

 

理由は違うでしょうが、稟ちゃんもなんとなくですが納得のいかない感じで頷いてます

 

「確かに、今更とはいえ、いや、今だからこそと言うべきでしょうが、相国の麾下に参じて犬馬の労を尽くすのは王道にして正道ではあっても…」

 

浅ましいと言われるかも知れませんが、風達のような人間にとって、自分の言葉が上に届く地位を得られるかどうかは、身命を賭けて仕える価値がある人物であるかどうかと同じくらいに大事な事なのです

 

先の反乱から諸侯の武力蜂起までが予想を遥かに超える流血の少なさで収まった事から、今上帝も相国も決して無能ではなく、むしろこのまま行けば高祖や光武帝に並ぶ実績を残す人物だと思われます

 

しかしここで、果たして風達の言葉に耳を貸してくれるのか

 

こう考えたときに少なくはない不安が残るのが今の宮中なのです

 

それに、一見落ち着いたといっても、それはあくまで洛陽周辺だけの事です

 

そう考えると…

 

「ここは奉孝ちゃんの希望通り、事実上辺境に左遷された曹孟徳樣にお仕えするべきですかね~」

 

「天下に私達の智で平和と安寧をと考えるのならば、落ち着いている中央に仕官するよりは辺境であろうとも人物にお仕えするのがいいのでは、と思うのだ」

 

いやいや、稟ちゃんの孟徳樣好きは知ってますから、そんなに風に力説しなくてもいいですよ?

風も基本的にはそれに賛成ですし

ただ、その前に少し寄りたいところがあるのです

 

「孟徳様が噂通りの人物なら、むしろ追いかけていったという事で仕官を希望すれば無碍にされる事もないでしょう

 ですので先にちょっと寄り道をしてみたいのですよ~」

 

稟ちゃんも頭の回転が良すぎて妄想が余人の100倍くらい暴走する人です

風の言葉から十分に察してくれたようで、再び眼鏡が“きらんっ!”と輝きます

 

「なるほど、天譴軍の本拠地を見てから、というのは後を考えれば十分に益がありますね」

 

ならば早速、と旅支度に必要なものの確認をはじめる稟ちゃんを放置して風は考えます

 

どうしてなのか、天譴軍に仕官してはいけない気がするのに、絶対に会っておかなければいけない気がするのです

 

 

天の御使い・北郷一刀

 

 

彼の何が、風の心をここまで掻き乱すのでしょうか…

≪洛陽/郭奉孝視点≫

 

私としては急ぎ陳留に向かい、孟徳樣と合流すべきだとも思うのですが、こういう時に風が言う事に逆らって良かった事は基本的にありません

一見不思議系といいますか、掴み所のない言動をする子なのですが、そこには常に深い思慮が働いている事が多いからです

 

常に身を引いて状況を俯瞰し全体を見渡す事に長けている

 

それが私とは異なる風の才能です

 

風はそれを

「所詮一番にはなれないという事なのですよ~、くふふっ」

と一見自虐的に言っていましたが、望んでその位置にあれるように自身を磨きあげた人間が言うことなので放置しています

 

さすがは洛陽というべきで、漢中までの旅に関しては特に何をする事もなく安全が確保されているようです

農民反乱の初期とは違い、いまやかの飛将軍が車騎将軍に、神速張文遠は驃騎将軍となって大陸に勇名を轟かすこの地域で、盗賊をやろうなどという阿呆はさすがにいないという事です

漢中からの行商も多いらしく、それに便乗すれば難しい事はない、と商家の人間も言っています

 

つまり、わざわざ揃える必要がほとんどないという事で、むしろ拍子抜けした感じで私達は準備を終えました

 

「あっさりしすぎててつまんないですね~」

「そうは言うが、危険なんざないに越した事はねえんだぜ」

「それもそですね~」

 

風が頭の人形と腹話術で会話していますが、もうこれにも慣れたものです

この人形は名前を宝譿と言い、主に風が退屈だったり自分では言いたくなかったりする事を相手に伝える時に喋る事が多いようです

割に毒舌なのですが、頭の上に乗っている人形ということもあり、かなり毒が緩和されたように感じる場合が多いので、これも計算尽くなのだろうと判断しています

ただ、どうやって表情が変わるのかとか、どうやって飴ちゃんを持っているのかとかはいまだに謎ですが

恐らくは突っ込んだら負けなのだと私は思っています

 

「ええ、女の二人旅なのですから、安全なのに越した事はありません

 しかし、メンマですか…」

 

ふと視線を向けた先にですが、メンマを商っている露店があります

 

「おお、確かにメンマ専門店です

 そういえば子龍ちゃんはどうしてますかね~」

「酒とメンマで身を滅ぼしてるに決まってるぜ」

「かも知れません~」

 

いや、割と酷いな、風に宝譿

反論できないのは確かだけど…

 

「店主!

 確かにこのメンマは極上品ではあるが、これでは…」

 

「いやいや、いかにお得意さんといえど、ここは譲れないですぜ」

 

「むうう……

 しかしここでこれを買ってしまっては…

 いや、もう二度と会えぬかも知れぬと思えば……」

 

やけに聞き覚えのある声が聞こえてきたのは気のせいでしょう

いくら星といえど、まさかメンマのあるところならどこにでも居るという訳では…

 

「おや?

 あれはもしかして子龍ちゃんじゃありませんか?」

 

膝から力が抜けそうになるのを必死で堪え、私はずれそうになった眼鏡を直します

 

「縁は異なものとは言いますが…」

 

まさか偶然洛陽で見つけたメンマ専門店で再会する事になろうとは誰が予測するでしょうか

 

お互い仕官する先を求めていた身です

この再会が戦場であったり求めた仕官先であれば驚きはしても脱力はしなかったでしょう

しかし、洛陽にたまたま来ていたメンマ専門の行商でとは…

 

トコトコと露店に歩み寄っていく風を私も追います

気分的にはもう少し脱力していたいところではありますが、私とて星との再会が嬉しくない訳ではないのですから

 

「おやおや、花の洛陽に来てまでメンマ尽くしとは、相変わらずですね~」

 

「……?

 おお!

 仲徳殿ではないか!

 宝譿も壮健そうでなによりだ」

 

「姉ちゃんは相変わらずみたいだな

 やっぱりメンマは止められねえか?」

 

「うむ!

 この世にメンマなくして人生なし!!」

 

変わらぬ様子の星に苦笑しながら、私も声をかける事にします

 

「相変わらずですね趙子龍

 貴女もいまだ遊侠の身ですか?」

 

私が声をかけたのに動じる様子もなく、星はにやりと笑いながら応えます

 

「奉孝殿も相変わらずのようですな

 これでも某は主君を既に得ており申す」

 

なるほど、納得のいく主君を彼女は得られたようですね

旅の間にはどこか冷めていた感じのあった眼差しが、今では生気に溢れて輝いているのが解ります

ここまでさらりと私達に伝えられるということは、余程に星の求めていた指針と合致する人物なのでしょう

一種奇矯なその言動とは違い、地味に照れ屋で正義感が強すぎるくらいですしね

 

すると、私達と出会った事で腹を決めたのか、いくつかの壺を買い求めながら星がさらりと尋ねてきました

 

「もし二人が急ぎでなければ、我が主君にご紹介したいのだが」

 

私は風と目配せし、特に問題がないと判断して頷くと風に返答を任せます

 

「そですね~

 たまには子龍ちゃん秘蔵のメンマでもご馳走になるとしましょうか~」

 

「ははははは!

 メンマについて語り明かすならそれもよいでしょうが、あまりに良いものを出すと会話を楽しむ事もできませぬでな

 今宵は程々の品でご容赦願いたい」

 

「姉ちゃんの程々だから安心できねえが、とりあえず馳走になるぜ」

 

「ええ、子龍殿が選んだ主君も見てみたいですしね」

 

久方振りの再会に機嫌良く語らいながら、私達は案内されるままに足を運びます

 

 

漢中に赴く前にこのような奇縁があってもいいでしょう

 

今宵は久方振りに楽しく酒が飲めそうです

≪洛陽/趙子龍視点≫

 

久方振りに稟殿と風殿に再会したのが洛陽というのは意外ではあったが、この二人も自分が仕えるべき人物を求めて各地を遊侠していたのだから、むしろ諸侯が集まったこの地にいた事自体は意外でもなんでもない

 

これを機に桃香樣にお引き合わせをし、可能であれば我らと共に来てもらえれば

 

そういった打算も当然ながら胸の裡にあるのも事実

 

ただ、それとは全く別に無事再会ができた事を喜びたい気持ちも本当だ

 

勢い余って極上品のメンマも買ってしまったが、それについては後悔はするまい

むしろ、これで想像し眺める事でまた酒も進もうというものだ

 

ともかくも、旧知と語らえる機会などそうあるものではない

 

幸いにも皆、私の旧知であり、最初に出会った北平の前に旅を共にしていた間柄だということで快く迎え入れてくれた

正直息が詰まり気が張るばかりの毎日であったので、丁度よい機会だったともいえる

 

あの鈴々にしてからが周囲の雰囲気に当てられ、常の笑顔も沈みがちだったといえば、どれほど皆が息苦しい状態であったか想像がつこうというものだろう

 

そういう意味では、空気も読めて話題も豊富であるにも関わらず、基本的な部分で人と接する場合に致命的な欠点を持つ稟殿と風殿は、まことに適任であると言えよう

無駄に場が重くなったのなら、稟殿の耳元で艶事のひとつも囁いてみせればよいだけだ

 

別の意味で大惨事になる気がしなくもないが、笑えぬ空気よりは余程よい

 

 

こうしてささやかながらもはじまった宴席であったが、思いの他和やかな空気のままで時が流れていく

 

稟殿と風殿にしてみれば、相国や天の御使いについて根掘り葉掘り聞きたいであろうに、そこはぐっとこらえてくれているようだ

逆に桃香樣達にしてみれば、軽く話しただけで理解できるふたりの見識を思えば河北へと誘いたいところであろうが、それを口にする事はない

 

無難すぎる気がしなくもないが、それもまた必要な事だろう

 

かくいう私も、適度に周囲をからかいながら、久方振りに穏やかな酒を楽しんでいる

 

「それで、ふたりはこれからも旅を続けるの?」

 

一通り近況などを語り合ったところで、当然の如くといえるが、桃香さまからそのような質問が出た

これに首を横に振るのは稟殿だ

 

「いえ、そろそろ落ち着こうとは考えているのですが、その前に噂に聞く漢中の発展振りをこの目で見たいと思いまして…」

 

「見識を広めるにはいい機会ですし、折角なので行ってみようかな~、と」

 

ふたりの口振りから、仕官先が漢中という事ではなさそうな感じがする

 

ふむ……

これはいい機会かも知れませんな

 

「玄徳殿、なんとなく思いついたのですが、この洛陽から平原に戻る者達と、そのまま漢中に訪問する者達とで分けてみてはいかがですかな?」

 

「そっかー……

 考えてみれば洛陽の方が近いんだし、そういう意味では面倒は減るんだよね」

 

そう呟く桃香さまの顔には“私が行きたい!”とでかでかと書いてある

いや、さすがに貴女が行くのは皆認めぬでしょう

 

それよりも、客人そっちのけで誰が行くかで悩みはじめるのも、なんというか我ららしくはありますが…

 

「ぬふふ~、なかなかに居心地のよさそうなところなのです~」

 

にこにこしながら私の隣に来た風殿に頷いてみせる

 

「そうであろうとも、この趙子龍が腰を落ち着ける事ができる場所なのだからな」

 

「でもまあ、私には少々暖かすぎる場所ですね~

 お昼寝三昧の毎日には惹かれるものがなくもないのですが」

 

なるほど…

いかにも風殿らしい言い回しではあるが、ここに自分の居場所はない、という事か

残念ではあるが無理強いもできぬ事であるし、仕方がなかろう

 

「元々勧誘が目的ではないし、楽しんでくれればそれでよい」

 

「そですね~、では遠慮なく」

 

うとうとしながら酒杯を口に運ぶ風殿と、漢中について熱く語り始めた稟殿や愛紗、朱里や雛里を見つつ、なにげに空気と化していた伯珪殿に声をかける事にする

 

「そんな隅っこで黄昏れていないで会話に混ざればよろしかろうに…」

 

「そうは言うけどさー…

 あたしなんて一人なんだから、いつまでも空けておくなんて出来ないんだよ

 あたしだって行ってみたいのにさー…」

 

なるほど、いじけていた理由はそれですか

誠にらしいというか不憫というか…

 

………そういえば、この御仁、絡み酒だったような?

 

「せめてお前がいてくれればさー

 そりゃあ北平は田舎だし、私はこんなだけどさー…」

 

しまった!

この趙子龍、一生の不覚!!

 

周囲を見回すが、既に味方は周囲にはない

 

「……おい、聞いてるのか?」

 

「ええ、聞いておりますとも」

 

「だからなー……」

 

ぬう、こうなれば適度なところで誰かに押し付けるしかあるまい!

 

とはいえやはり、正直すぎて損をしている御仁であることだし、後で一肌脱ぐ事にするとしますかな

 

 

割と混沌としてきた酒宴の席は、こうして更けていくのであります

 

 

桃香さまと伯珪殿が同時に酔うとここまで手が付けられぬとは……

 

この趙子龍、不覚の極み………


 
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