No.330402

外史異聞譚~反董卓連合篇・幕ノ三十/洛陽編~

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2011-11-06 07:47:25 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3059   閲覧ユーザー数:1840

≪洛陽/袁公路視点≫

 

「なあ七乃~

 妾はこれでよかったんじゃろうか?」

 

確かに妾は麗羽姉樣とそれを後押しする一族をあまり好いてはおらなんだが、別に死んで欲しいとかいなくなれとか、そこまで考えた事もなかった

 

妾に関係のないところで幸せになってくれればそれで十分じゃったし、今となっては鬼籍に入った麗羽姉樣を恨みようもない

 

面倒な事は全て七乃がやってくれるのじゃし、蜂蜜水についてはたまにお小言も言われるのじゃが、それも妾を心配してくれての事じゃしの

 

つまり妾はそういった難しい事は今まで全く考える必要がなかったのじゃ

 

そもそも貴族とはそういう小難しいことは下々に任せるのが当たり前なのじゃ

 

今回の事に関しても

「難しい事はぜ~んぶこの七乃が引き受けますから、お嬢さまは安心して袁家の当主らしく、な~んにも考えずに座っていてくださいな」

などと七乃が言うのじゃから、妾は安心して任せておったという訳じゃ

 

 

なのに何故、妾がこのような疑問を持ったのかというと、それは洛陽に留め置かれるという部分には全くない

 

……………どうして妾が勉強なぞせねばならんのじゃ!

 

先の評定で妾が笑顔になったのも、七乃が本当に安心したように笑っていたからであってじゃな

後で考えたら妾に5年間勉強漬けになれ、と言われたような気がしたのじゃ

 

もしそうなら、妾は勉強なぞしとうない!

 

毎日好きな蜂蜜水を飲んで、美味しいものを食べて、まったりのほほんと貴族らしく過ごしていたいのじゃ!!

 

そういうつもりで言ったのじゃが、七乃はなんかにこにことしておる

 

「いえいえ~、お嬢さまもそろそろお勉強もしませんと、本初さまみたいに

『おーっほっほっほっほっほ!』

と笑うことしかできないおばかさんになっちゃいますよ~?」

 

「なんと!

 妾があのようになると七乃はいうのかえ!?」

 

妾は七乃に言われた事を想像してみる

 

……………い、いやじゃ!

なんとなくじゃがアレはいやなのじゃっ!!

 

「ガクガクブルブルガクガクブルブル………」

 

「ああん!

 やっぱり震えるお嬢さまは、可愛いなあ……」

 

七乃が何か言っておるようじゃが、妾はそれどころではないのじゃ!!

ガクブルと震える妾に、七乃が優しく教えてくれる

 

「なので、本初さまみたいになりたくなかったら頑張ってお勉強しましょうね?

 花の都でお勉強なんて名門でもなきゃできませんし、頑張ったら珍しい蜂蜜とかもご用意しちゃいますよ~?」

 

「珍しい蜂蜜じゃと!」

 

「はい~

 最近は漢中でも蜂蜜の生産ができるようになったそうで、林檎やら蕎麦やらといったお花の蜂蜜もあったりするんだそうですよ?」

 

「おおっ! そ、それはなんというか、食してみたいのう…」

 

むう、想像するだけで涎が出てきそうなのじゃが、ここは我慢じゃ

涎を垂らすなど、妾は子供ではないからの

 

「お嬢さま、涎よだれ」

 

「………はっ!?

 こ、これは違うのじゃ!

 これは涎などではなくてじゃの…」

 

「はいはい、お嬢さまは大人ですから、涎なんか垂らしませんよね」

 

うむ、その通りなのじゃ

しかし、食べたこともない蜂蜜……

た、楽しみじゃのう……

 

「そういう事で、頑張ったらご褒美もありますし、いい子にしてたら陛下とかからも蜂蜜が貰えるかもしれませんよ?

 漢室御用達の蜂蜜とか、きっとすっごく美味しいでしょうね~」

 

見たこともない蜂蜜

食べたこともない蜂蜜

その上陛下が食べている最上級の蜂蜜じゃと!?

 

七乃は意地悪じゃ

そんな事を考えたらいくら妾が大人でも、涎が溢れるのを止められぬではないか

 

「ああん!

 蜂蜜のお話しだけで蕩けちゃってるお嬢さまも可愛いなあ……」

 

とにかく、そんな素晴らしい蜂蜜の為なら、妾も頑張ってみるのじゃ!!

 

「……じゅる

 ……ま、まあ、妾のような名門貴族が勉学に励むのは当然の事じゃしの

 ……じゅるり

 …し、仕方がないから少しは本気を出してやるのじゃ

 ……じゅるる」

 

「お嬢さま、さすがです!

 食欲に負けたのにそれを認めない往生際の悪さ!

 勉強なんかどうでもいいのに蜂蜜の為にというその健気さ!

 自分の立場を自覚していないその態度!

 いよっ、三国一の穀潰し幼女!!」

 

「ぬははははははっ!!

 そう褒めるでない!!」

 

七乃が拍手と共に妾を褒めてくれたので、妾は胸を張ってふんぞり返る

 

 

うむ!

 

こうして七乃がついていてくれる限り、妾は何も心配することはないのじゃ!!

 

妾は先の疑問など忘れて、蜂蜜いっぱいの生活に思いを馳せていた

 

 

 

べ、勉強が待ってる事も忘れてはおらぬぞ?

 

し、信じてたも………?

≪洛陽/馬孟起視点≫

 

降された沙汰を涼州に送り、あたしは落ち込んでいた

 

玄徳殿や伯珪殿と話しあった今のあたしには判る

この沙汰を涼州諸侯は絶対に納得しない

そして、あたしらが蜂起するということは、漢室に対しての大義がなくなるだろうという事も

 

あたしが落ち着いてからしっかりと話を聞いてくれた玄徳殿はこう言っていた

 

「これは私と孔明ちゃんや士元ちゃんの予想だけど、天譴軍の人達は一度話し合いを拒否したら最期、多分五胡よりも容赦がない戦をすると思う

 これは根拠がしっかりあって、先の反乱を見ていない涼州の人達には理解できないかもなんだけど…」

 

馬鹿は馬鹿なりに真剣に話を聞くあたしに、玄徳殿はきちんと説明をしてくれる

 

「あの人達は何事につけ、徹底しているの

 助けるなら全員を

 見捨てるならその全てを

 自分達にできる範囲で、とにかく妥協しようとしていないんだよ

 だから先の反乱では助けられる限りの反乱軍の人達を助けて、理由はどうあれ農地や職を与えた

 宮中で孤立し宦官官匪を粛清した相国さんを支援し、同じく孤立していた陛下を救った」

 

逆にあたしらは、その時何をしたかと言われたら、連合組んで相手を殴りにいったんだもんな…

 

玄徳殿の言葉を継いだのは伯珪殿だ

 

「あたし達はそこで失敗をしちゃった訳だけどさ、これはまだ取り返せると思ってる

 まだ間に合うんだよ

 亡くした生命は取り返せないけどさ、それでも延々敵視し殺し合うのは、やっぱり間違ってる」

 

理屈としては納得がいくし、あたしも本来はそうだろうと今なら思う

まあ、蒲公英や母樣が殺されたとかなったら、同じ心境ではいられないと思うけど

 

「あたしは北方を相手にしてるから、なんていうかさ、涼州の気持ちも少しは解るんだよ

 正直なところをいえば、玄徳には悪いかもだけど今でも天の御使いなんて信じちゃいない」

 

身体を張って五胡から漢室を守ってきたのはあたしらだ、っていう自負が伯珪殿からも感じられる

そんな事はない、と首を横に振る玄徳殿に再度謝罪して伯珪殿は続ける

 

「でもな、玄徳と話して、あいつらと話してあたしは思ったんだよ

 あたしは本当に戦わなくちゃいけないのか、ってさ

 お互い痛い思いをしなくて済む方法があるなら、それを選んでみるのも悪くはないんじゃないかって、そう思ったんだ」

 

あたしらと違い、たった一人で北を支えてきた人間の言葉の重みがそこにはあった

涼州騎馬と肩を並べて賞賛される“白馬義従”を従えて戦場を駆ける武人の姿がそこにあったからだ

 

そして再び、玄徳殿がそれを継いで話してくれる

 

「だから、例え間に合わないと感じたとしても、それでも前に進む気が孟起さんにあるのだったら、その時は私達を頼って?

 今はまだ何もできないけれど、それでも少しは手伝える事があるはずだから」

 

「天譴軍のやりようが本当に理不尽であるなら、その時は私達も身体を張る

 その覚悟があって話をしている以上、錦馬超にも最後まで諦める事はしてほしくないんだ

 解ってもらえるか?」

 

二人の真摯な言葉に、あたしは自然と頭を下げる

 

もう明日がないと思っていた涼州に、ここまで親身になってくれる相手が他にあるだろうか?

 

もう戦しかないと決まっている未来を心配してくれる人がいるだろうか?

 

あたしは弛みそうになる目を頬をぴしゃりと叩いて引き締めると、二人の意気に対してもう一度礼を返す

 

「伯珪殿と玄徳殿の気持ちは本当に有難いし、その言葉も本当に心に響いた

 だから二人に槍に賭けて誓うよ。あたしは最後の最期まで諦めずにみんなを説得してみるって」

 

笑顔で頷いてくれる二人が本当に眩しく感じる

 

 

でも、多分あたしら涼州はこの二人の気持ちを踏み躙る事になるだろう

 

それは蒲公英が寂しそうに呟いていた一言が、どうしてもあたしの胸に抜けない刺となって刺さったままだったからだ

 

 

「天の御使いは、私達を許しはしないと思う

 どうしてそこまで思われているかは蒲公英にも解らないけど、あの悪意だけはホンモノだった…」

 

 

悪戯好きで他人の好悪に敏感な蒲公英がそこまでいう以上、多分あたしらはその手から出る事はできない気がしてならない

 

やる事なす事全てが裏目に出るようなこの蟻地獄からどうやれば抜け出せるのか

 

 

あたしにはただ目の前の二人に感謝し、笑顔を向ける事しかできなかった

≪狭/???視点≫

 

「いよいよはじまったな…」

 

「そうね…

 既に歴史はその流れを大きく変え、大きなうねりとなっているわね」

 

その言葉は重く、痛みに満ちている

 

その痛みはどこから来るのか、それを知るのは声の主達のみであろう

 

と、空間に喜悦に満ちた笑い声が谺する

 

「く く く く く く く ……

 介入を強制的に禁じられた事は不愉快極まりなかったが、これなら許せるぜ」

 

「貴方が喜ぶということは、外史の担い手達が苦しんでいるということですね

 その悪趣味さが愛おしいと思うのだから、私も度し難い人間なのでしょうが」

 

沈黙していた声のひとつが、苦々しげに応える

 

「お主らも来たのか…」

 

「そりゃあ来るさ

 何も“観察する”事まで止められてる訳じゃない

 だったらせいぜい、足掻いて苦しんで絶望にのたうつ様を見るくらいは許されるだろうぜ?」

 

「そういう事です

 むしろ本来の“観察者”としての立場に戻ったのですから、非難される謂れはないかと」

 

増えたふたつの声の言うことは、彼らにとっては“正論”である

この“狭”に居て外史を“観察”できるのは、彼らのような“観察者”だけであり、そうやって外史を“記録”し歪みを“糺す”のが本来の在り方なのだから

 

「ご主人樣が本当に嫌いなのね、アナタ…」

 

その声に地獄の釜で煮詰めたような悪意を篭めて声が答える

 

「ああ、出来るならこの手で八つ裂きにして、何度も生き返らせて楽にしてくれと懇願する様を肴に一杯やりたいくらいには嫌いだぜ

 でもまあ、今となっては甘んじてこの立場にいてやっても構わねえよ

 あいつがどこまで苦しみのたうち回るか、諦めるにせよしがみつくにせよ、十分堪能してやるさ」

 

その言葉に含み笑いをする声が追従する

 

「お主もなんというか歪んだものだのう…」

 

溜息と共に呟かれた言葉に声が答える

 

「学習したと言ってもらおうか

 あいつが足掻けば足掻くほど、最期には俺の言っていた事の意味が解るだろうぜ」

 

「ご主人樣は諦めないとは思うわよ?」

 

その言葉には別の声が応える

 

「それならそれで私達にも望むところです

 結末がどうあれ…」

 

く く く、と喉で笑いながら悪意に満ちた声が続く

 

「まあ、呉越同舟といこうじゃねえか

 どのみち今は“観て”いることしかできねえんだからよ!

 くっくっくっくっくっ………」

 

同情と憐憫、悪意と嘲笑

 

様々な感情に満ちた視線が“外史”を見つめている

 

 

物語はいま、ようやくその幕を開けた


 
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