No.293796

真・恋姫†無双~恋と共に~ #60

一郎太さん

本編#60です。今回は恋ちゃんと香ちゃんの出番。
香ちゃんが一回り成長してキャラが変わってますが、まぁたいした事ではないでしょう。

明後日から2週間ほど旅行に行くので、次の投降は月末になると思います。
どうぞお待ちください。

続きを表示

2011-09-05 18:49:07 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:11608   閲覧ユーザー数:7847

 

 

 

#60

 

 

 

――――――荊州北部。

 

とある街の外には、5000の軍勢が陣を敷いていた。とはいえ、彼らに攻撃の意志は見受けられない。兵の装備は土煙で霞み、彼らが長い行程を歩んでいた事を示している。その表情に、戦意はない。皆が疲れ果て、ただひと時の安寧を望んでいた。

 

「軍を引き連れ、陣を敷いておきながらも攻撃の意志はない………と?」

「はい、私達は戦をしに来たわけではありません」

 

街を囲う城壁と陣の中間で、2人の女性が言葉を交わす。

 

「貴女だって劉協様の勅は知っているでしょう?」

「はい」

「それでも戦はしないと?」

 

1人は妙齢の女性。ゆったりとした着物の胸元はその肢体で豊かな膨らみを見せ、手には、矢を番えてはいないものの弓を持っている。

 

「その通りです。以前劉表様から頼まれた事を、実行しにきました」

 

1人はひと目で武の素養などないとわかる少女。いつもは腰にさげている筈の剣も、いまはない。

 

「劉表様が?………それを示すものはお持ちで?」

「はい、これがその書状です」

 

そう言うと、彼女―――桃香は懐から竹簡を取り出し、地面にそっと置いて数歩下がった。それを受け、もう1人の女性―――紫苑は、視線を桃香に注ぎながらもそれを拾い上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にいいの!?」

 

驚きの声を上げるのは、行軍する5000の兵の大将・劉備だった。彼女の前には、2人の少女がいる。1人は蒼い髪を後頭部で束ね、三尖刀を携えている。もう1人は紅い髪の少女で、何千、何万の敵を屠ってきた方天画戟を無造作に持っていた。

 

「武人に二言はありません。そして、受けた恩を返さずに別れるなど、出来ようはずもありません。これは我々2人の総意です」

 

答えたのは蒼髪の少女―――香だ。彼女はいつも一刀や風にからかわれて見せるオドオドとした表情ではなく、戦の時のような眼で目の前の女性を見つめる。

 

「2人の実力は知ってるし、すっごく心強いんだけど………いいのかなぁ」

 

誰ともなしに問う劉備に応えたのは、半歩後ろに佇む少女だ。ベレー帽の下の金髪を揺らしながら少女―――諸葛亮は前へ出た。

 

「ひとつ懸念すべき事柄があります。帝の勅には、禁を犯した者には董卓さんの軍と『天の御遣い』が処罰を下すとありました。貴女たちは『天の御遣い』の………北郷さんのお仲間です。御二人が我々に加わる事は、その勅と矛盾するのではないかと」

 

少女もまた、普段の慌てた様子もなく、軍師の顔で応える。しかし、香は笑って返す。

 

「大丈夫ですよ。私は北郷さんの副官ですから、董卓軍に所属はしてません。かつては袁術軍の部隊長をしていましたが、今は無所属です。いわばお手伝いですね。だから董卓さんか一刀さん、もしくは劉協様の許可により処罰を行なう立場でしたので、勅には反しませんよ、孔明ちゃん」

「あわわ…確かに、勅に書いていないのであれば守る必要はありましぇ……ありましぇん」

 

諸葛亮の隣で、魔女帽子を抑えながら頷いた。

 

「ふふっ、言い直せてないですよ、士元ちゃん。それに、恋さんの立場はもっと曖昧です。私同様に『天の御遣い』なんかではありませんし、副官でもありません。そうですね……私みたいにお手伝い、あるいは傭兵といったところでしょうか。見返りはお腹いっぱいのご飯で」

 

香の喋り方はかつての彼女の上司に似ている。無垢な主を守る為に、道化を演じつつも主導権を渡さない、とある軍の大将軍。

 

「という事は、紀霊と呂布も桃香様の配下に加わるという事でよいのか?」

 

香の言葉になるほどと頷く軍師2人の後ろから、関羽が口を開く。敵意を見せている訳ではないが、どうもまだ納得できないらしい。そんな視線も、互いの実力を理解しているからか、香はさらっと受け流し、飄々と答える。

 

「申し訳ありませんが、それはお断りさせて頂きます」

「なっ―――」

「私の主は北郷一刀ただ一人です。私は一度主を裏切ってますからね。二度も同じ事をしたくはないんです」

 

裏切りという言葉に、誰よりも劉備に忠誠を誓っている関羽は押し黙る。軽く答えてはいるが、その心情を推し量る事はできない。

 

「………だが、我々の軍に加わるのではないのか?」

「はい、受けた御恩はちゃんと返します。そうですね、劉協様の禅譲の儀が終わるまではしっかり働かせて頂きます。劉備さんが勝つか負けるかは関係なしに、すべてが終わればまた一刀さんと一緒になれますので」

「それはそうだが………」

「では聞きますが、『天の御遣い』が何かの理由で私の立場になったとして、関羽さんは同じ事が言えますか?彼に、劉備さんに絶対の忠誠を誓え、と」

「ぐっ……」

「つまりはそういう事です。忠誠とは己の心の内より生じるもの。それを強要など、出来るはずがありません」

 

ついに関羽は黙り込んでしまった。香の言は当然のものであり、否定しようものなら、劉備の器すらも貶めかねない。諸葛亮も鳳統も、頭がいいが為に彼女の理屈に感情的に反論できない。劉備は困ったような顔を浮かべ、張飛は長い話に退屈していた。だが、そんな空気を打ち壊したのもまた、香だった。

 

「ですが、劉備さんをはじめ、この軍の方々にお世話になったのは事実です。配下になる事はできませんが、貴女達を手伝う事に異存はありません。姓は紀、名は霊、真名は香。劉備玄徳殿の友として、命を懸けてこの武を振るわせて頂きますっ!」

 

その言葉に、ぱぁっと劉備に笑顔が戻った。

 

「………うんっ!なら、これからは友達として一緒に戦っていこうね!私の真名は桃香。これからはそう呼んでね、香ちゃん」

 

笑顔で差し出される手を、香はしっかりと握り返した。

 

「ん……恋は、呂布奉先。真名は恋。ご飯のお礼、する………」

「うん、恋ちゃんも私の事は桃香って呼んでね」

「ん…」

 

そして恋も真名を交わす。

 

「ふふっ、一本とられましたね、愛紗さん」

「くっ、うぅううるさいっ!………紀霊よ。先ほどは突っ掛かってすまなかった。これより私も2人を友として迎える。我が名は関羽雲長、真名は愛紗だ。よろしく頼む」

「にゃはは、愛紗が照れてるのだ」

「茶化すな!」

 

こうして、恋と香の2人は劉備軍へと参陣し、受け入れられる事となった。

 

 

 

 

 

 

あの後、愛紗や鈴々との仕合を終えて、行軍中の兵達から少し外れて恋と香は2人歩いていた。

 

「何か言いたそうですね、恋さん」

 

ふと、香が視線は前に向けながら問いかける。恋は頷くと、ゆっくり話し始めた。

 

「ん……香、性格変わった?」

「あぁ、さっきの話し方ですか?あれは真似ですよ」

「…真似?」

 

首を傾げる恋に、香は笑顔を向ける。

 

「会話の主導権の取り方は風ちゃんや七乃さんの。話の展開の仕方は一刀さんの。皆さんの真似をしただけです」

「………香、すごい」

「ありがとうございます………これまでは一刀さんや風ちゃんに考えるのは任せっ切りでしたからね。いつか再会した時に、ちゃんとやれたって自慢してやるんです!」

「………ん、恋も頑張る」

「はいっ」

 

恋も力強く頷く。考える事が苦手なのはわかっている。だが、香も頑張っているのだ。自分だって頑張らなければならない。いつか一刀と再会した時に、ちゃんと頑張れたと胸を張って伝える為に。

 

 

「香、勝負するのだ!」

 

陽も沈み、野営地の設営を手伝っている香に声をかける少女がいた。蛇矛を携えた鈴々だ。恋はと言えば、離れたところで木材一式をまとめて抱え上げ、兵達の歓声を浴びている。

 

「またですか?鈴々ちゃんに必要な事は昼間も教えたじゃないですか。それをちゃんと出来るようにならないと、私には勝てませんよ?」

「でもでも、勝負はつかなかったから鈴々が負けたわけじゃないのだ!」

「………仕方がないですね。じゃぁ設営が終わったらいいですよ。夕御飯までは時間がかかりますから」

「わかったのだ!」

 

元気よく返事をすると、少女は駆けていった。どうやら彼女も恋と同じように手伝うらしい。天幕は張るほどの器用さはないが、資材を運ぶくらいなら出来るだろう。

 

「なんだか一刀さんに挑む華雄さんみたいですね。まぁ、華雄さんには私もまだ勝てないのですけど」

 

そんな少女を遠くに見遣りながら呟くと、香は再び手伝いへと没頭する。

 

 

 

 

 

 

食事をしながら、香は隣で匙にすくった料理にふぅふぅと息を吹きかけて冷ましている少女に声を掛けた。

 

「雛里ちゃん、いま私達はどこに向かっているんですか?」

「そう言えばまだ教えていませんでしたね。私達はいま、荊州に向かっています。勅の出る前ですが、荊州を治める劉表さんから桃香様に打診があったんです。荊州に赴いて、自分の後を継いで欲しい、と」

「なるほど。確かに、領主を変える事を禁じてはいませんからね」

 

ようやく食べ頃の温度になったのか、雛里は匙を口に運ぶ。幾度か咀嚼して口の中のものを呑みこむと、再度口を開いた。

 

「はい。本来ならば、徐州で力を蓄えたかったのですが、それをする時間もなく勅が発せられてしまいました。袁紹さんの軍勢にはどう足掻いても対抗できないので、いまはこうして荊州を頼るつもりです」

「そうだったんですか………という事は、そこから益州にも手を伸ばすつもりですね?」

 

その言葉に、再度料理を口に運ぼうとしていた雛里は、はっと香の方を向く。

 

「どうして、って顔ですね。忘れたんですか?私は長安にいたんですよ。情報は何処よりも多く集まっています」

「あわわ……」

「西涼連合が董卓軍に加わった後、漢に降る諸侯が大勢いました。また、それに関する勅も新たに出されたのは徐州にも届いたと思います。戦況を知る為や禁を犯した者への対策の為にも、間諜は何処よりも多く出していましたからね」

「じゃぁ、益州の大半がいまだ何処にも帰属していない事も知ってるんですね?」

「もちろんですよ。ちなみに、益州には手強い方々が何人かいますよ。何て言ったって、一刀さんのお友達ですからね」

 

その言葉を受け、雛里はとうとう食事がまだ半分以上も残っている器を地面に置いて、香に身体ごと向き直った。香も、それに倣う。少し離れた所では相変わらず愛紗や桃香が恋の食事風景に頬を綻ばせ、鈴々がその食べっぷりに対抗し、朱里がはわわと目を回している。そんな喧騒を他所に、雛里は真っ直ぐに香の眼を見つめた。

 

「これは単純に意見として聞きたいのですが………桃香様に益州の平定が可能だと思いますか?」

「………」

 

不安ですか?問おうとして、香は思い留まる。いまこの場にいるのは軍師としての鳳統だが、雛里も朱里も、まだ若い。というよりも幼い。智将としては一流と一刀から聞いていたが、精神的な部分では弱いところがまだまだある筈だ。その小さな身体で主である桃香を支えてはいるが、下手をすれば、この若さで命を失う事すらありえるのだ。周囲に見せていないだけで、不安は大きいのだろう。香はそう結論付ける。そして、もし『彼』がこの場にいれば――――――

 

 

 

 

 

 

「一刀さんから聞いたのは、反董卓連合での桃香さんです。もしその時から何も変わっていないのであれば、あの人達を納得させる事は出来ないでしょうね………まぁ、戦で勝てば嫌でも従わなければいけないのですけれど」

「………桃香様はしっかりと成長を続けています。あの時の桃香様ではありません」

 

香の辛辣な言葉に、雛里はしっかりと返す。

 

「桃香さんは争いを好まないと聞きましたが?心変わりでもしたのですか?」

「そんな事はありません!いえ………本質的には変わっていません。ですが………………」

 

雛里は口籠る。言いたい事はある。だが、上手く言葉に出来ない。そんな葛藤が見て取れた。

 

「(ちょっと苛め過ぎちゃいましたね)」

「あわわっ!?」

 

香は困ったように笑いながら、雛里の魔女帽子を片手で取り上げた。

 

「あ、あわわ…き、香さん………?」

「すみません、ちょっと言葉を選ばな過ぎましたね」

 

そう言って、少女の碧い頭を優しく撫でる。

 

「いまはまだ、成長途中なんですよね?」

「はぃ……」

 

初めてされたその行為に、雛里は赤らめた顔を俯かせる。

 

「不安、なんですよね?」

「………」

 

先ほどは言い淀んだ問い。その問いに、少女はゆっくりと頷いた。

 

「劉備軍の軍師は朱里ちゃんと雛里ちゃん。だから2人が頑張らないといけない。そう思って此処までやって来たんですよね」

 

逡巡。そして首肯。

 

「私は雛里ちゃんの友達であり仲間ですけど、桃香さんの部下ではありません」

「………?」

「だから、もし不安で不安でどうしようもない時は、私に相談してください。同じ主に仕える部下どうしでは言えない悩みも、友達だったら言えるかもしれません」

「あの、その……」

「考えておいてくださいね」

 

そう告げ、もう一度雛里の頭を撫でると、香は食事を再開する。これ以上何かを言うつもりもないようだ。雛里もそれを理解したのだろう。同様に器を手にとる。

 

「………ありがとう、ございます」

「友達ですからね」

 

ぼそりと呟いた言葉に、香は笑顔で返す。あとは、食器の鳴る音しか聞こえない。

 

 

 

 

 

 

数日後、劉備軍は荊州に入り、とある城の前に陣を敷いていた。だが、彼らに戦の意志はない。兵の装備は長旅による土埃で汚れ、顔には疲れがありありと浮かんでいる。戦が始まれば戦う覚悟はある。だが、戦をせずに済むのならば、それに越したことはない。そんな雰囲気が陣には満ちていた。

 

「やっぱり、皆も疲れてるね」

 

その様子を感じ取り、桃香は呟く。

 

「はい。ここから先は桃香様次第です。城を治めているのは黄忠さんです。弓の名手であり、仁愛も備えた智将としても知られています。あの方と話をつけられるか否かで、我々の今後が決まります」

「うん、わかったよ」

 

隣に立つベレー帽の少女の言葉に、桃香は頷いた。

 

「どうやら向こうも準備が出来たようだぞ」

 

愛紗の言葉に、劉備たちは城壁へと目を向ける。そこに居並ぶは、街を守る兵隊。皆、一様に弓を構えている。そして、その中央に1人の女性が立っていた。周囲の兵達とは服装も立ち居振る舞いも異なる。その彼女が声を上げた。

 

「そこに陣を敷くは、何処の軍勢か!」

 

黄忠その人だ。その声音を聞き、香は密かに驚く。以前益州で出会った彼女とは、似ても似つかなかったからだ。

 

「みんな、行ってくるね。愛紗ちゃん、これをお願い」

 

それを受け、劉備は愛紗に中山靖王を預けて前へと歩を進める。その背に声をかけようとした愛紗は、寸でのところでそれを取りやめる。いつもの彼女との相違に気づいていた。

 

陣から離れ、すぐには愛紗でも来る事が出来ないような距離を取ると、城壁の武将を見上げた。

 

「私は劉備玄徳です!我々に戦の意志はありません。どうか話を聞いては頂けませんか!」

「このように――――――」

 

5000の軍勢を引き連れて置いて、何を言うのか。そう返しかけて、彼女―――紫苑は、弓将として卓越した眼で、とある事に気がついた。

 

「………これより私は下に降ります。貴方達はこのまま弓を構えていなさい。1人でも前に出る者がいれば、劉備を射るように」

「「「「「はっ!」」」」」

「劉備よ、これより其方へ降りる!劉備軍の兵、決して動くこと罷りならん!1人でも前へ出る者があれば、劉備の命はないものと思え!!」

 

そう叫ぶと、紫苑は背を向けて城壁の内部へと通じる扉へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

桃香から渡された書状に目を通した紫苑は、再び視線を彼女に向けた。

 

「確かに、これは劉表様の筆ですね。印も押してあります」

「どうでしょうか。劉表様の元へ通して頂けますか?」

 

紫苑の肯定に、桃香の顔に僅かに笑顔が浮かぶ。だが、紫苑の返事は否だった。

 

「それは許可できません」

「どうしてですか!確かにそこに書かれている筈です!」

「はい、確かにこれは、劉表様の御意志なのでしょう。ですが、日付はだいぶ昔のものとなります。今もそうだとはわかりません」

「でも――――――」

「それに」

 

抵抗を試みる桃香の声に被せて、紫苑が声を発した。

 

「それを確かめる術はありません」

「それってどういう―――」

「劉表様は………10日前に、お亡くなりになられましたので」

 

紫苑の口から、行軍中であった桃香たちの知り得なかった事実が告げられた。

 

 

沈黙が落ちる。桃香は言葉を発する事が出来ず、紫苑も口を開かない。

 

「(そんな…劉表様の書状だけを頼りにここまで来たというのに、まさかもう亡くなっているなんて………どうしよう。朱里ちゃんが言うには、この城の兵は多くても2000が限度。対するこっちは5000。愛紗ちゃん達もいるし、恋ちゃん達も加わってくれたし、負けるとは思えない。でも――――――)」

 

そのような事を出来るはずが無い。争いを否定する事など、もう辞めた。彼に出会い、自分の弱さを知り、それでも前に進みたいと思った。そんな自分に機会を与えてくれた劉表の治めていた地で、戦などしたくない。戦を否定はしない。だが、少なくともこの場所でだけはそれをしたくなかった。

 

「(考えるの。絶対何か手があるから……だから考えて――――――)」

 

そして、ひとつの疑念が浮かぶ。

 

「質問……してもいいですか?」

「何でしょう?」

「劉表様が亡くなられたのならば、今はどなたが荊州を治めているのですか?」

「………劉表様第二子の劉琮様です」

 

紫苑が僅かに視線を逸らしたのに、桃香は気づいた。そして悟る。まだ可能性はあると。

 

「ひとつだけお聞かせください。黄忠さんは……劉琮さんに忠誠を誓っていますか?」

「っ…勿論ですわ」

 

桃香は思い出す。以前言葉を交わした、曹操の威厳ある雰囲気を、孫策の闘気を。そして、彼の覇気を。いまの自分にあの真似が出来るとは思わない。だが、少しでも近づける事は可能な筈だ。

ひとつ深呼吸をすると、桃香は姿勢を正す。人の外見は、その心意気によって大きくも小さくも見え得る。こんなに大きかっただろうか。桃香を見て、紫苑はわずかに驚く。

 

「嘘ですね」

「………どうして嘘だと?」

「貴女の眼を見ればわかります。貴女は劉表様に忠誠を誓っていました。それは、先ほど劉表様の死を教えてくれた時に、確かに伝わりました。ですが、劉琮さんの名前を出した時、それを感じられませんでした」

「そんな事は―――」

「ないと言えるのですか?」

 

いつの間にか、立場が逆転していた。詰問する側とされる側。それが入れ替わっている。

 

「私は、劉表様の意志を継ぐ為に、この地にやってきました。いまの荊州の主にはそれがない事は、貴女を見ていればわかります」

「………」

「どうか、私に降ってはくれませんか?」

 

問いや願いというよりも、命令に近い有無を言わせぬ口調。たとえ猿真似であろうとも、今の桃香には、確かに覇気が纏っている。それはほんの薄く弱々しい物だが、紫苑はそれを感じ取っていた。桃香のはるか後方で彼女を眺めている軍勢も。

 

「なるほど……確かに、器はおありのようですね。ですが、そう簡単に通す訳にはいきません」

「と、言うと?」

「ひとつだけ、私の問いに答えて頂ければ結構ですわ」

「………どうぞ」

 

桃香の頷きに、紫苑はひとつ呼吸を置いて問うた。

 

「貴女は………何の為に戦うのですか?」

 

 

 

 

 

 

かつての桃香であれば、あっさりとその答えは出ていただろう。だが、今の桃香は、かつて甘いと断じられた彼女とは違う。しばしの黙考の後、彼女はしっかりと紫苑の眼を見つめて口を開いた。

 

「私の夢は………大陸の皆を笑顔にする事です」

「それは唯の理想ですね」

「知ってます。それでも、その理想を捨てる事なんて出来ません。だから私は、私達は戦うんです」

「その笑顔が人々に犠牲を強いるものであってもですか?」

「はい」

 

桃香は首肯し、紫苑の眼がすっと細まる。

 

「それは、ただの甘い偽善です」

 

鋭い言葉。だが、桃香は毅然と立ち向かう。

 

「その通りです。ですが、私はその偽善の為に戦うんです………私は戦いを否定しません。戦う人たちには、それぞれの信念があります。それを私は否定しません。私についてきてくれている人たちは、私の理想に共感してくれた人たちです。

これまでもたくさんの犠牲がありました。それでも、彼らは私についてきてくれるんです。ならば、たとえ偽善と言われようとも、その理想を貫かなければなりません。戦って、戦って……戦い抜いて、いつかその理想を、偽善を現実とするんです。現実となれば、それはもはや、理想でも偽善でもありません。その為に私は戦い、現実を勝ち取ります。死んでいったすべての命を、生まれ来るすべての命を背負い、皆を未来へと導く事。それが私の戦う意義です」

 

桃香は言葉を切り、大きく息を吸った。

 

「私に出来る事は多くありません。だから私は私に出来る事を全力でしていくだけです」

「………ちなみに、その出来る事とは?」

「まずは荊州に平穏を取り戻します。かつて、劉表様が私に託してくれた志を現実にします。朱里ちゃんや雛里ちゃん―――私の軍師は口にしていませんが、彼女達も同じ事を考えています。この荊州を足掛かりに、いまだ内乱の絶えないという益州も平定します。そして力を蓄え、曹操さんや孫策さん、袁紹さんや袁術さん達に挑みます」

「………」

「彼女達はそれぞれの信念の下、力を手に入れ、そして戦っています。それは彼女達が価値を決めるものであり、誰にも否定など出来ません。ならば、私のこの理想を、誰に否定出来るのでしょうか。

………だから、この禅譲の儀を勝ち残り、未来へと繋ぐ為に、私はこうして此処にいるんです」

 

滔々と、だが明確に自分の意志を伝える。そして――――――

 

「………………確かに、劉表様が認めただけはありますわね」

「それじゃぁ―――」

「よろしいでしょう………………これより、我らは劉備軍に降ります」

 

――――――紫苑は臣下の礼を取った。

 

 

紫苑に案内されて、劉備軍の将たちは城へと案内された。紫苑手ずから茶を振る舞われながら自己紹介をしていく。そして、残り2人となったところで扉が開いた。

 

「お母さん、お茶菓子持ってきたよー………って、恋お姉ちゃんと香お姉ちゃんだ!」

 

部屋に入ってきたのは幼い少女だった。そして、その口から出た名前に、皆がその人物の方を向く。

 

「璃々、ありがとう………それにしても、香ちゃんも恋ちゃんもお久しぶりですわ」

「ん…久しぶり」

「はい、紫苑さんも璃々ちゃんもお元気そうで」

 

その会話に、驚愕の声が上がる。

 

「え?えっ!?どういう事?なんで香ちゃん達が紫苑さんと知り合いなの?」

「はわわ!というか、真名まで交わしちゃってますよ!?」

「香と恋は顔が広いのだー」

 

桃香と朱里が驚きの声を上げ、鈴々が感心する横で、愛紗が雛里に話しかけた。

 

「雛里は驚いていないようだな」

「その……香さんから話を聞いて、もしかしたら、って」

「流石は雛里ちゃんですね。でも、私は益州については言いましたが、荊州については何も言ってませんよ?」

 

雛里の反応に、香は悪戯っぽい笑みを浮かべてその小さな顔を覗きこむ。雛里は魔女帽子のつばを下げて視線を遮った。

 

「あわわ…えと、香さんがやけに落ち着いていたから、たぶん知ってる人なんだろうな、って………」

「そうなの!?だったら香ちゃんも教えてくれたらよかったのに!―――ぶべっ!?」

 

と、今度は桃香が絡んでくる。だが、香はしがみつこうとする桃香の顔を手で押して遠ざけながら、飄々と答えた。

 

「何言ってるんですか。私がいなくても紫苑さんとは出会っていたんですよ?だったら変わらないじゃないですか」

「それはそうだけどぉ………」

「あらあら、先ほどの凛々しい桃香様はどこへ行ってしまったのかしら?」

「紫苑さんもからかわないでよぅ………」

 

紫苑の言葉の通り、舌戦の時の雰囲気とは程遠い主であった。

 

 

 

 

 

 

その後、紫苑の口から荊州の現状が語られる。

劉表亡き後、地位を継いだ劉琮の悪政。劉表がまだ健在であった頃、兄ではなく自分が後継者に選ばれた事に意欲を燃やしていた彼だったが、父の病状の進行と共に叔父の蔡瑁とその一派に影響されて、堕落してしまったらしい。いまや古参の将である紫苑の言葉も受け付けず、こうして荊州の果ての城に彼女は飛ばされてしまったとの事だ。また彼の兄である劉琦は元々病弱で、弟との確執や父の死が重なり体調が優れず、政務も出来ない程であると言う。

 

「ですので、桃香様がこうして荊州に来て下さった事は、まさに僥倖ですわね。幸い勅もありますから、降った私が劉琮様から桃香様を主に変える事に何ら問題はございません」

 

しれっと応え、茶を含む。

 

「(もしかして、紫苑はかなりの悪女なのか?)」

「(そんな事言って、弓で射られても知りませんよ?)」

 

そんな彼女を前に、香に小声で問いかける愛紗。

 

「それに、恋ちゃんと香ちゃんがいるのは見えておりましたので。お二人がいるのでしたら大丈夫だろうとは思いましたが、やはり直接桃香様のお人柄を見たかったのです」

「そうだったんだ。で、どうだったかな?」

「えぇ。その大器、しかと見させて頂きましたわ」

「えへへ、大器だって、朱里ちゃーん」

「はわわ!帽子が潰れちゃいます!?」

 

紫苑の言葉に、桃香はこれでもかと顔をにやけさせ、照れ隠しに朱里の小さな頭を撫でまわす。そんな2人を横目に、雛里が口を開いた。

 

「それで、実際のところ荊州はどのような状態なのですか?」

「さっきも言った通り、劉琮さんの悪政は続いているの。その為民草の心は離れ、街も荒んでいる。私も出来る範囲でこの街を治めてはいますが、苦しい部分が大きいわ」

「そっか…」

 

紫苑の返答に、直前とは打って変わって沈鬱な表情となる桃香。だが、紫苑は笑顔でそれを一蹴する。

 

「いやですわ、桃香様。先ほど仰ったではありませんか。荊州に平穏を取り戻し、益州を平定する、と。私の見る目が間違いだったのかしら?」

 

悪戯に微笑む彼女に、桃香は手をぶんぶんと振った。

 

「そ、そんなわけないです!頑張りますっ!」

「えぇ、しっかりとこの目で見させてもらいますわ」

「うぅ…朱里ちゃん、雛里ちゃん………お手伝いよろしくね………」

「はわわ…元気を出してくだしゃい、桃香様…」

「あわわ………」

 

コロコロと表情が変わる桃香に、朱里と雛里ははわわ、あわわと慰める。そんな少女の片割れ―――魔女帽子を被った少女を膝に乗せて、ご満悦といった表情で抱き締めながら、香が声をかける。

 

「でも益州も大変じゃないですか?広いわ山わで行軍も辛いものになりますよ。それに桔梗さんや焔耶さんもいますし」

「そうねぇ。私がいるとはいえ、桔梗は根っからの戦人。少なくとも一度は剣を交えないと納得はしないでしょうね」

 

困ったような台詞を笑顔で言う紫苑。2人の共通の知人である事から、以前香が言っていた人物を指すのだと雛里は察する。

 

「ちなみに、その2人はどのような人物なのだ?」

「そうですね……桔梗さん―――厳顔さんは弩の使い手でしたっけ?」

 

紫苑に確認し、香は言葉を続ける。

 

「愛紗さんが知っている人物で言えば………華雄さんのような方ですか。戦いを好んではいますが、状況把握もしっかりできる方です。魏延さんは、鈴々ちゃんみたいな方ですね」

「あぁ…だいたい把握出来た」

「にゃ?」

 

香の返答に、愛紗は恋や璃々と一緒に茶菓子を口に運ぶ鈴々に視線を向ける。鈴々のような性格―――つまりは熱くなり易く、冷静に対処すれば扱いやすいという事だろう。そして、華雄のような性格。戦いを好むとまでは言わないが、自身がそうであろうとする将の姿だ。魏延に対して、こちらは戦い難いかもしれない。

そんな思考を読み取ったか、香が釘を刺す。

 

「あ、最初に言っておきますけど、私と恋さんはまだ手伝いませんよ?出来るのは桃香様のいる本陣の護衛くらいです」

「あわわっ…香さんが黒い笑顔を浮かべてます………」

 

自分を抱える人物の顔を振り返った雛里は慌ててしまう。確かに、そこにはいつだかの一刀や風のような笑顔が見てとれた。香はなおも続ける。

 

「だって荊州と益州を治めるのは桃香さんなんですよ?紫苑さんみたいに言葉で納得してくれる方ではありませんが、あの2人や彼女たちの率いる軍に勝てずして、どうやって曹操さんや孫策さんのような英傑達と渡り合えるというのですか?」

「くっ、それはそうだが………」

「大丈夫ですよ。向こうの将軍は桔梗さんと焔耶さんの2人。こっちは愛紗さんと鈴々ちゃんの2人。ほら、同じ数じゃないですか。あとは軍師である雛里ちゃん達の策次第ですよ」

「あわわっ」

 

話を振られて狼狽える少女の頭を撫でる。

 

「一刀さん風に言うのならば、友へ課す試練、といったところですか。ご安心ください。益州の平定さえ無事に終われば、しっかりとお手伝いさせてもらいますので」

「た、確かに御遣い殿ならばそう言いそうではあるな」

「あわ、納得しないでください、愛紗さぁん………」

 

どうも実直な愛紗では、風や一刀に揉まれ続けて一回り成長した香との相性が悪いようだ。

 

 

 

 

 

 

夜。劉備軍の面々は、兵士たちも含め久しぶりの安眠を享受していた。いつ終わるとも知れぬ、そして為し得るかも不確かな旅であったが、ひとまずの終了を迎えた事で安心しきってしまったのだろう。武人の愛紗ですら、訪れたばかりの城だというのに、深い眠りについている。

そんな彼女達とは対照的に、城壁の上には2つの人影があった。

 

「いつもならとっくに寝てる時間ですよ、恋さん」

「ん…香も、夜更かし」

 

恋と香だった。特に約束をしていた訳でも、片方がもう一方を呼び出した訳でもない。なんとなく、惹かれるように2人はこの場に集っていた。空に浮かぶ上弦の月を見上げながら、2人は石壁に寄り掛かって腰を降ろす。いつも一緒にいた、この場にはいない2人の人物を想いながら。

 

「………よかった?」

 

ふと、恋が口を開く。

 

「何がですか?」

「桃香たち、手伝わない……」

「その事ですか」

 

恋から出てきた問いは、昼間の香の言葉について。彼女は以前言った。劉備の手伝いをすると。だが、今日の彼女はその言葉とは正反対の言動をしている。何を考えているのだろうか。

 

「例えばの話ですけど………恋ちゃんのお友達が、例えばねねちゃんが木登りをしたいと言ったとしましょう」

「………?」

「でも、ねねちゃんは木登りが出来ません。それでもねねちゃんは、何とかその木に登りたいと思って、木登りの練習をします」

「………」

 

最初は、何をと訝しんだ恋だが、静かに耳を傾ける。

 

「そこにねねちゃんのお友達である恋さんがやってきました。恋さんは、ねねちゃんがそこにある木に登りたいと知って、手伝いたいと考えますか?それとも放っておきますか?」

「………手伝う」

「ですよね?では、恋さんはどう手伝いますか?」

「どう……?」

 

香の問いの意味が理解できず、恋は首を傾げる。香は笑みを崩さずに言葉を変えた。

 

「恋ちゃんだったら、ねねちゃんの身体を抱え上げて木に乗せてあげる事ができます。それをしますか?」

「………(ふるふる)」

 

恋は首を振り、香も満足そうに頷く。

 

「ですよね。ねねちゃんはただその木に登りたいだけじゃなくて、木登りが出来るようになりたかったんですもんね」

「ん……」

「そういう事です。確かに私と恋さんが前に出れば、紫苑さんは仲間になってくれたかもしれません。ですが、それでは意味がないんです。この軍は、桃香さんの理想を叶える為のもの。友達だからこそ、手伝ってはいけない時もあるんじゃないかな、って思います」

「友達、だから……」

「はい。それに………一刀さんだったら、きっとこうするんだろうな、って思いました」

「ん……一刀なら、そうする………と思う」

 

久しぶりに聞く名前にも、恋の微笑は崩れない。確かに、一刀がいればそうしただろう。悪戯に手を貸す事はせず、本人の成長を信じて待つ。思い返せば、いつもそうだったかもしれない。春蘭や凪の修行、空との会話―――色々な風景で一刀を思い出す。

 

「一刀と風……元気だと、いい」

「大丈夫ですよ。きっとまた会えます」

「ん……」

 

それだけ互いに呟き、あとはただ月を見上げる。一刀と風も同じ月を見上げている事を願って。

 

 

2人の会話を城壁の陰で、彼女は聞いていた。城壁の上から2人の姿を認めた時は、内心ひどく驚いた。一刀にべったりだった恋に、副官として付き従っていた香。2人が桃香の軍にいた事ではない。その2人の姿はあれども、一刀と風の姿はどこにも見られなかったからだ。

そして、香の言葉に納得する。なるほど、確かに2人が前に出ていたら、自分も城を開いていたかもしれない。だが彼女達はそれをせず、桃香に試練を課した。城ひとつ開かせられなければ、大陸の頂点に立つ事など夢想にもほどがある。まるでそう言わんばかりに。

 

「(………一刀さんとはどうやら離れ離れになってしまったようね)」

 

そして、最後の言葉を聞き、紫苑は納得する。何かが起きて一刀や風と離れ離れになり、何かの理由で長安に戻る事もしないのだと。理由は聞かないでおこう。あの2人も、内心は寂しさに満ちている筈だ。その傷を広げたくはない。それに、彼ほどの男がそう易々と命を落とすとも考えられない。なれば、いずれは相見える事もあるだろう。彼女はそう結論付けた。

 

「ふふ…おやすみなさい」

 

聞こえるはずもない声で彼女は呟くと、そっとその場を離れた。城壁の上には2人の少女。その遙か上には、半分に割れた月が輝いていた。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

という訳で、香ちゃんが腹黒くなってますがご容赦を。

あとひなりんを香ちゃんが可愛がってますが、一郎太は雛里好きなので許しておくれ。

 

前書きにも書きましたが、7日から2週間ほど旅行に行ってきます。

バックパッカーでサバイバル生活です。

 

投降がなければ、地中海に沈んだものと思って黙祷を捧げるようにwww

 

ではまたお会いしましょう。

 

バイバイ。

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
98
10

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択