No.290606

真・恋姫†無双~恋と共に~ #59

一郎太さん

お久しぶりです。
引っ越しやら何やらでバタバタしていたので、なかなか投稿できませんでした。
本編続きです。
どぞ。

2011-09-01 22:28:12 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:11269   閲覧ユーザー数:7740

 

 

 

#59

 

 

 

陽も沈み、その日の政務を終えた彼女の執務室には火が灯されていた。部屋の中には2人の少女。1人は筆や硯、未使用の竹簡などをまとめ、もう1人は部屋の中空を眺めている。物や引き出しを動かす音が幾許か続き、その音が止んだ時、片方が口を開いた。

 

「………華琳様、彼の様子はどうでしたか?」

 

その声に顔を向ければ、稟が眼鏡の位置を直しながら華琳に視線を向けている。

 

「貴女はどう思うのかしら」

 

返されたのは答えではなく、問い。稟はひとつ溜息を吐く。

 

「承知しております。恋殿がいなくなって、相当落ち込んでいるのではないかと」

「わかってるじゃない。でも、私が聞いたのはそちらではないわ」

「そうですね…風の話では、おそらく彼はこちらにつくとの事ですが」

「やっぱりわかってるわね」

 

2つの返事に是を唱え、華琳は再び何もない空間に視線を向ける。稟もそれ以上問いかける事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

華琳の部屋を辞した稟は、一刀に宛がわれた部屋へと向かっていた。夕方、戻ってきた華琳と入れ違いに出て行った風もそこにいる筈だ。廊下を進み、角を曲がり、1つの扉に辿り着く。そして一刀に以前教わったノックをしようと右手を上げたところで、その動きを止める。稟はそのまま耳をそばだてた。

 

『――――――こうですか?』

『あぁ―――なかなか上手いぞ―――』

『そうは―――風も初めて――――――』

『もう少し強く――――――その出っ張ったところの下を――――――』

『んっ―――こう、ですか――――――』

『だいぶ―――今度は俺が―――』

『―――風は―――おにーさんが気持ちよく―――』

 

扉の向こうから途切れ途切れに聞こえてくるのは、稟のよく知る男女の声と、木材が軋む音。中で何をしているのかはわからないが、幾つかの単語が聞き取れる。

 

「(ななな、何をしているというのですかっ!?風が初めて?気持ちいい?まさか………いやいやいや、そんな筈は………………それに一刀殿には恋殿が………)」

 

稟の逞しい妄想力に火が点く。

 

「(はっ!?考えてみれば、風と別れたのは陳留でしたし、それなりの年月が経っています。恋殿から風に鞍替えしたのかも………いや、もしかしたら2人同時に恋仲になっていたり………一刀殿ですからそのくらいの器量はありそうですが………え?という事は………風は、いま、一刀殿と――――――)」

 

数秒の沈黙の後、稟の鼻孔から真紅のアーチが飛び出した。

 

 

「おにーさんもだいぶお疲れのようですからねー」

「そうだな。ずっと遠征で馬に乗ってたし、今朝までずっと眠っていたからな」

 

風の提案で、一刀は寝台にうつ伏せになっていた。風がよじよじとその背に馬乗りになる。

 

「んしょ、よいしょ………こうですか?」

「あぁ、気持ちいいよ。なかなか上手いぞ」

 

風が両手の指で一刀の背中を押していく。上に下に。風の動きに同調して、寝台が軋んだ。

 

「そうは言っても、風も初めてですからねー。おにーさんがやるようにはいかないです」

「そうだな……もう少し強く押せるか?その出っ張ったところの下を押し込む感じで」

「んっ…こう、ですか?」

 

一刀に言われ、風は両の親指を肩甲骨の裏側に押し込む。一刀の口から息が漏れる。どうやら本当に気持ちいいようだ。背中と肩の按摩を一通り終えたところで、一刀が口を開いた。

 

「だいぶよくなったよ。今度は俺がやってやろうか」

「いえいえー、風は大丈夫です。おにーさんが気持ちよくなってくれればそれでいいのですよー」

「そっか、ありがとな」

 

一刀が礼を言い、寝台から起き上がったと同時に、扉の向こうから水音と何かが倒れるような音が聞こえてきた。

 

 

「何やってんだか」

「うぅ…お恥ずかしい限りです………」

 

部屋の外で倒れていた稟を見つけた一刀と風は、とりあえず彼女を部屋の中に運び入れる。廊下に血溜まりが出来ているが、後で誰かに掃除してもらおう。

風の介抱で気を取り直した稟は、布を鼻に当てて俯いていた。

 

「まったく、稟ちゃんは酷いのです。風とおにーさんの情事を盗み聞きするなんて」

「そんな、盗み聞こうとした訳では―――」

「そう言うなって、風よ。この姉ちゃんも久しぶりの男に疼いちまったんだろうぜ」

「―――は?」

 

風の言葉に反論しようとした稟だったが、風の声の風とは異なる口調に口をぽかんと開ける。

 

「どうした、稟?そんな今にも咥えこみそうな顔しやがってよー。ま、ナニをとは言わないがな」

「こらこら宝慧や。ちょいとはしたないですよー?」

「そうは言ってもよ――――――」

 

風の1人漫才を見ながら固まる稟の肩に、一刀は手を置いた。

 

「そういうものだと納得しておけ、稟」

「………はぁ」

 

聞こえているのやらいないのやら。稟は口を開いたまま風のひとり漫才を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――夜。

 

城内は最低限の火だけが灯され、薄暗い廊下を歩く影があった。時折り深夜番の侍女や不寝番の衛兵とすれ違うが、彼らもその影をよく知るらしく、ひとつ会釈をするだけで声をかけるものはいない。その影はなおも歩き続け、中庭へと出る。城壁に切り取られた正方形の夜空には、下弦の月が浮かんでいた。

 

「………はぁ」

 

立ち止まり、ひとつ溜息を吐いてまた歩き出す。月の光を受けて木々が不気味な形状の陰を作り出すが、その人物は気にした様子もなく進み、石段へと足をかけた。

 

「………」

 

履物と石畳の擦れる音だけが鳴るなか、一歩ずつ階段を上り、そして開けた場所へと到着した。少し歩を進めれば静まり返った街が見えるだろう。しかし、その足は一歩踏み出したところで、止められた。

 

「よっ」

「………霞か」

 

軽い挨拶に首を曲げれば、そこには袴姿で胸にサラシを巻いた女性の姿。いつものように羽織を胸元で留めている。

 

「どないしたん、こんな夜更けに?」

「霞こそ………って、見ればわかるな」

「せやで。満月もええけど、うちはこういう月も好きやからな。酒の肴にはちょうどえぇで」

「へぇ」

「それに半月もええし、三日月も好きやで。新月でもうっすら輪郭が見えるのがええな。ま、晴れてればなんでもええわ」

 

笑顔で語る霞の手には、酒の徳利。杯など使わず、そのまま傾けて液体を喉に流し込む。

 

「ぷはっ…」

 

口を離せば、ほんの少しだけ濡れた声。その口元にはわずかに零れた酒が、月光に輝いている。

 

「後悔してるのか?」

「………………はっきり言わんといてぇな」

 

一刀の言葉に、霞は困ったように眉根を寄せた。

 

「ま、えぇ。座ろ。ほんで、呑も」

「あぁ」

 

霞の言葉に一刀は頷き、2人は城壁の壁にもたれかかりながら腰を降ろした。

 

 

 

 

 

 

「さっき聞いてきたやろ?」

「………?」

「後悔しとんのか、って」

「あぁ、そうだな」

 

一刀の肩に頭を預け、霞は口を開く。

 

「………後悔はしてへんで。だって、ウチ惇ちゃんに負けたもん」

「そっか」

「でも、たまに寂しくはなるな」

「うん」

 

短い返事。だが、霞にはそれだけでも十分なようだった。

 

「うちな、お月さんが好きやねん。月っちが無事な事は知っとるで?勅だって見たしな。でも……やっぱ、それだけやと寂しい」

「うん」

「せやからうちはお月さんが好きなんや。なんやろーな…こうやって、晴れて顔を出してくれたらな、月っちは元気にやっとるでー、って言ってくれとるみたいに思えてくる」

「同じ名前だ」

「ん…それに、一刀や恋に、風もいたしな。あと華雄も。せやから心配はしてへんかった」

「ついでかよ。それに香と陳宮を忘れてるぞ」

「せやったら、あの2人も入れといたる」

「ははっ、ひどいなぁ、霞は」

「冗談や」

「知ってるさ」

 

互いに徳利を口に運ぶ。酒飲みの霞が選ぶだけはある。他のものよりもアルコールが強い気がした。

 

「――――――それで」

 

しばしの沈黙の後、霞が口を開いた。

 

「一刀は、どないするん?」

「………」

 

おそらく、彼女がずっと訊きたかった問い。一刀の身体が僅かに震えるのを感じ、霞は右手で彼の左手を優しく握った。

 

「恋と、一緒にいてあげられなかった……」

「うん………」

「香の病気にも、気づいてやれなかった」

「うん……」

「危うく、風まで死なせてしまうところだった」

「うん…」

 

霞は、手を動かし、ゆっくりと指を絡ませる。一刀もそれに、優しく握り返した。

 

「俺は、妹の決断を踏みにじった」

「………うん」

「俺は、『天の御遣い』には、もう戻れないんだ………」

「そか」

 

霞は何も聞こうとはしない。左手を、右手で握った一刀の手に重ねる。

 

「………聞かないのか?」

「聞かん。何でも背負いこみ過ぎなんが、一刀の性格って知っとるからな…………まぁ、ウチらかて一刀に頼り過ぎた部分はあったけどな」

「霞……」

「アンタはアンタのしたいようにしぃ。ウチは、それを尊重するで」

「………ありがと」

 

一刀の返事を聞くと、霞は頷く。そして立ち上がった。

 

「ウチ、もう寝るわ。待っとる奴もおるしな。相変わらず一刀はモッテモテやなー」

「からかうなよ」

「でも、このくらいはさせてもらうで?」

「え―――」

 

霞はそう言うと、問い返そうと顔を上げた一刀の頬に、唇を寄せた。

 

「既に2人側室がおるんやから、もう1人増えたところで変わらんやろ?第4夫人の座は予約したでー。ほなな」

 

明るくそれだけ残すと、霞は振り返らずに去って行った。

 

「………喜んでいいのか、これは?」

 

一刀はひとり、呟く。

 

 

 

 

 

 

霞がいなくなった後も、一刀は城壁に座ったままだった。霞の言葉の通り、待っている人物がいるのだが、一向に姿を現さない。5分、10分と経ち、ついに一刀は声をかける。

 

「そろそろ出てきたらどうだ、春蘭?」

「うぐっ、バレてたのか………」

「当り前だろうに」

 

動く気配に顔を向ければ、階段から春蘭が顔を出した。悪戯が見つかった時のような、照れた顔をしている。

 

「いつもなら気にせず出てくるだろうに。何迷ってたんだ?」

「いや……霞とお師匠様が、その……………な?」

「………………あぁ、そういう事か」

 

どうやら、先の霞の行為に気まずくなっていたようだ。その証拠に、顔を出してはいるものの一刀の方へと向かう気配を見せないでいる。仕方がないな、と一刀は溜息をつき、手招きした。

 

「ほら、春蘭。こっちにおいで」

「いや…えと………」

「おいで」

 

二度の呼びかけに、おそるおそる猫のように近づいてくる。そして――――――

 

「うおっ!?」

「はい、捕まえた」

 

――――――間合いに入った所で一刀はその腕を掴み、優しく引き寄せた。

 

「おおおお師匠様っ!?」

「静かに。みんな起きるぞ」

「うぅ……」

 

慌てふためく春蘭だったが、一刀にたしなめられて大人しくなる。脚の間で小さくなる女性の頭を、一刀はゆっくりと撫でた。

 

「お、お師匠…様……?」

「いい子だから、大人しくしてような」

「うん…」

 

次第に強張った身体から力が抜けていく。撫でられるうちに春蘭も瞼を下ろし、一刀に体重を預けた。

 

 

「なぁ、お師匠様」

「なんだ?」

 

どれほどの間、一刀は春蘭の頭を撫でていただろうか。腕の中で、彼女が見上げてくる。

 

「………」

 

だが、彼女は口を噤んだままその先を話さない。いや、話せないでいるのかもしれない。少しだけ待つが、それは変わらず、一刀は話題を変えた。

 

「―――春蘭、修行は頑張ってるか?」

「え?……あ、あぁ。最近はよく霞と勝負してるぞ。虎牢関で負けたのが悔しいのか、よく勝負を吹っかけてくるのだ」

 

得意な話題に変わった為か、途端に饒舌になる。

 

「戦績は?」

「………半々」

「って事は、春蘭からも仕合を挑んだりしてるんだろう?」

「う……」

 

図星を突かれたと目を逸らした。

 

「強がらなくてもいい。霞の実力は俺も知っているからな」

「………ん、ごめん」

「いい子だ」

 

素直に謝る彼女の頭に乗せた手を、再度動かす。そして、問いかけた。

 

「それで、何が聞きたかったんだ?」

「………眼、大丈夫か?」

 

その言葉に、一刀は理解する。虎牢関での一騎打ちで気力を取り戻したと思っていた彼女だったが、実は、ずっと心配していたのだ。自分ではなく妹の矢によって受けた傷とはいえ、彼女はそれを気に病んでいた。

一刀は言わない。もし歴史通りに事が進んだのならば、夏候惇が傷を負っていたかもしれないなどとは。絶対に言えない。

気にするな。あれは戦だ。春蘭の所為じゃない。

様々な言葉が浮かぶが、口に出てきたのはそのどれでもなかった。

 

 

 

 

 

 

「―――ありがとな、春蘭」

「え……」

「ずっと心配していてくれたんだな」

 

一刀の笑顔に、春蘭の身体が震え出す。何処にそんな力があるのかも分からないような細く綺麗な手で一刀の着ている服を、ぎゅっと握った。

 

「ずっと……考えてた………」

「………」

「お師匠様の一番近くに、私はいたのだ………」

「そうだったな…」

「もしかしたら…お師匠様は、私を庇って……矢を、受けたんじゃないか、って………」

「………そんな筈、ないだろう?」

 

そんな馬鹿な事を考えていたのか。そのような事を、腕の中で震えながら涙を零す彼女に言えるはずが無い。だが、彼女は首を振る。

 

「だって……」

「言ったはずだ。これは戦だ、ってな。味方の傷どころか、相手の傷を気にして生き抜けるわけがない」

「だって!………お師匠様、優しい」

 

一瞬声を荒げ、そして囁くように言葉を紡ぐ。

 

「何を―――」

「あの時、私は剣を振り下ろしていた……私は、あの矢に気づいてなかったんだ。もし、秋蘭の矢が私に向かっていたら………避ける事はできなかった」

「………」

「でも、お師匠様が流れ矢なんかに当たるはずが無い!……だから、きっと………私を庇ったんだ、って…だからこの………この私の眼を取り出して、お師匠様にあげないと、って……っく、えぐ………………」

 

そして、とうとう嗚咽まで洩らす。相変わらず両手で服を握ったまま振るえる少女に、一刀は呵責の念でいっぱいになる。

戦場では彼女を叱咤した。それが最善と信じて。だが、それだけでは彼女の心の傷を癒せなかった。そして今、事実をそのまま伝えた。それだけでは駄目だったのだろうか。

言葉の無力さを感じながら、一刀は春蘭を強く抱き締める。そうする事で、震えが止まる事を祈りながら。

 

 

ほんの少しだけ落ち着いてきたところで、一刀は腕の力を弱め、春蘭に声を掛けた。

 

「………なぁ、春蘭」

「……ひっく…ぇぐ………な、に?」

「俺、思うんだよ―――」

 

真っ赤に腫れてしまった眼で見上げる春蘭に、一刀は優しく微笑みかける。

 

「―――俺でよかった、って」

「え……」

 

何を言っているのだろう。月の光を受けて、紫に輝く瞳が丸く見開かれる。

 

「あの時、あの戦場には俺の大切な人たちがたくさんいた。華雄に香、雪蓮たち………そして、春蘭と秋蘭だ」

「………」

「その誰が傷ついても、俺は悲しんだだろうな………なぁ、春蘭。俺は、俺が傷ついてよかったと思ってるんだ」

「お師匠、様……?」

 

いまだ泣きはらしたままの眼を見つめ、その両頬に手を添えて支える。

 

「春蘭は俺の大切な…初めて出来た弟子だ。その春蘭の…こんなに綺麗で可愛い顔に、傷がつかないでいてくれたんだ………それだけでも、俺が傷を受けた意味があるって言えるんだよ。だから………眼を取り出すなんて言わないでくれ」

「んっ―――」

 

そう言って、一刀は涙に濡れた春蘭の左瞼に口づける。顔を離して再び春蘭を見やれば――――――

 

「うぅ、ぇぐっ……うぅぅうううぅうぅ……………」

 

――――――涙を溢れさせた彼女が、彼の胸に顔を埋めた。

 

 

 

 

 

 

「なぁ……」

 

落ち着きを取り戻した春蘭が、背中を一刀の胸に預けながら問う。

 

「なんだ?」

「お師匠様は、その……これからも私達と一緒にいてくれるのか?」

「………言ってなかったな」

 

それは、霞がしたものと同じ問い。聡い霞には、先の言葉で伝わっただろうが、春蘭にはまだ話していない。

 

「劉協はさ、俺の妹なんだ」

「え……えぇぇえええっ!?」

「静かに。とは言っても、義兄妹の契を交わしたって意味だけどな」

「な、なんだ……そういう事か。てっきり、お師匠様が実は劉弁様なのかと思った」

「はは、帝の血筋が代々女なのは春蘭だって知っているだろう?」

 

一刀は語る。反董卓連合との戦の前に、洛陽で詠から聞いた話を。そして空の話を。

 

「そっか……」

「春蘭だって華琳から勅の話は聞いた筈だ。諸侯で覇を競い、その勝者を次代の国の長とする。そういうものなんだ」

「ああ」

「だが、いくら恋たちを守る為とはいえ、劉備軍に肩入れしてしまった」

「でも、私と霞が追いついた時にはまだ誰も落馬すらしていなかったぞ?」

「それでも、だよ。俺は、義妹の決断を穢してしまったんだ………」

「………」

 

妹を持つ春蘭には、その意味が少しだけ分かったのかもしれない。神妙な顔で、話の続きを促す。

 

「もちろん、俺はこれからも協の義兄でいるつもりだ。それは変わらない。でもな、春蘭………公平でなければならない筈の『天の御遣い』が、それを裏切った。俺は………もう、『天の御遣い』でいたらいけないんだよ」

「顔を隠していたから、バレてはいないのではないのか?」

「劉備たちにはバレてるよ。恋と紀霊の看護を頼んだからな。彼女がそれをするとは思えないが………諸葛亮や鳳統はどうだろうな。もしかしたら、取引の材料として使ってくるかもしれない。そうすれば、協や月―――董卓たちにも迷惑がかかる。そんな事は出来ない」

「じゃぁ……」

「それに、華琳や春蘭たちにも助けられたからな。その恩を返すまでは一緒にいるよ」

「………そっか」

 

それきり、一刀は口を噤む。春蘭もそれ以上追究する気はないらしく、一刀に背中を預けて月を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

――――――翌朝。

 

軍議の間には、華琳を始め、袁紹への対策として出陣していない将たちが集まっていた。華琳の後ろには軍師の稟、隣には春蘭。そして霞、季衣、沙和が並んでいる。少し離れたところには、趙雲の姿もあった。城主を正面に一刀と風は立っていた。風はいつもの服装だが、一刀は制服のズボンにTシャツというラフな格好だ。上着は恋のもとにある。

 

「それで、話とは?」

 

華琳が口を開く。真っ直ぐに見つめてくる視線を見据え、彼は応えた。

 

「ひとつは返答。ひとつは条件だ」

 

その言葉に、春蘭や季衣は首を傾げる。

 

「言ってみなさい」

「まずは、返答から。俺と風は………この軍に入る事にしたよ」

「兄ちゃん達が!?」

「一刀さんが一緒に戦ってくれるのー!?」

 

その言葉に驚きを見せるのは、季衣と沙和だけだった。他の者は既に聞いているか、察したかで、特に表情を変える事はない。いや、華琳は不敵な笑みを湛えている。

 

「それは重畳。では、条件とは?」

「………風」

「おぉっ、いきなり出番が来ましたねー」

 

一刀に指名されて、風が一歩前に出た。皆の注意が一刀から彼女に移る。

 

「条件はたったひとつです。おにーさんは、戦わない、という事ですよ」

 

その言葉に、今度こそ皆の目が丸くなる。

 

「皆さんも知る通り、おにーさんは『天の御遣い』でした。今はもう、その名を隠すつもりのようですけど。そして、おにーさんの顔は諸侯に知られ過ぎています。

例えば、袁紹さんとの戦において、おにーさんがいれば、勝率はぐっと上がるでしょう。ですが、それを指されて糾弾されてしまっては、最悪の場合、劉協様にご迷惑がかかる事もあり得るのです」

「確かに、風の言う通りですね。勅には『天の御遣い』という文言もありました。勅を発する側の人間が、何処かの勢力に肩入れしたなどと言われては、勅自体が無効となることも考えられます」

 

風の言葉に、稟が眼鏡を直しながら続ける。

 

「その通りです。勿論戦に参加する事も吝かではないのですが、いるとしても本陣の守りが限界でしょう。前線に出る訳にはいきません」

「せやな。袁紹んトコは文醜や顔良も知っとるやろし、孫策のトコなんか客将してた言うてたもんな。そら危険過ぎるわ」

 

霞も頷く。

 

「本陣にいてくれるだけでもいいわ。勿論本陣に敵を近づけさせるつもりなど毛頭ないけれど、それでも守りに関してはだいぶ厚みが出来るわね」

 

華琳は一度言葉を切り、すっと眼を細める。

 

「………それで?」

「はい。ただし、例外がひとつだけあります――――――」

 

風はその鋭い視線を受け流し、口を開いた。

 

「――――――恋ちゃんという存在です」

 

 

 

 

 

 

「恋ちゃんの武は皆さんもご存知の事かと思いますが、おにーさん曰く、彼女はおにーさんと同じくらいの強さです。彼女がいずれかの軍に属せば、その軍の優位性がぐっと上がるでしょう………それこそ、ひとつやふたつ策を練ったぐらいでは抑えられないくらいに」

「そうですね。そして、恋殿はいま劉備のところにいます。今は荊州に向かっていますが、あそこは益州への入口でもありますし」

 

風に続いて、稟が口を開く。

 

「いま、益州の内情はどうなのかしら、稟?」

「はい、益州は反董卓連合以前から内部の問題が多くあり、それがいまだ続いているところもあるようです。北部のいくつかの街は漢へと帰順したようですが、多くの街が、いずれの動きも見せておりません」

「つまり、劉備が益州のほぼ全土を手中に納める可能性もあるという事ね」

「御意」

 

華琳が結論を述べ、稟が肯定する。と、季衣が手を挙げた。

 

「華琳様、それってどういう事なんですか?」

「いまは5000と数の上では圧倒的に劣っているけれど、その差を埋める事も可能、という訳よ」

「へぇー」

 

季衣は理解したのかしていないのか、口を開けていた。

 

「どうですか、星。劉備殿にそれが可能と思いますか?」

「おっと、いきなり話を振られましたな………まぁ、某の意見でよろしければお答え致すとしよう。そうですな………桃香様であれば、それを成し得ると某は確信している、としかお答えできませぬ」

 

趙雲はそれだけ答えると、口を閉ざした。これ以上語るつもりもないらしい。

 

「星ちゃんは相変わらずですねー。まぁ、そういう訳ですよ、季衣ちゃん」

「よく分かんないけど、分かった。それで、兄ちゃんが戦わない事と何か関係があるの?」

 

季衣が、一刀に視線を向けて問う。彼もそれを受け、彼女に向き直った。

 

「あぁ。恋がいるならば、高い可能性で劉備がこの戦の勝者となるだろう。劉備が勝つ、それ自体はいいんだ。結果のひとつとしてはな。だが、そこに恋を入れる事に問題があるんだよ。恋と対等に渡り合えるのは、おそらく俺だけだ。もし、恋が戦うならば、これはもうフェアな………公平な条件じゃなくなってしまう」

「ってことは………」

「その通りだ。俺が戦うのは………恋だけだ」

「でも―――」

 

季衣は再度問いかけようとして、見てしまった。暗く深い、彼の瞳を。気がつけば、華琳や霞、風も眼を逸らしている。稟は眼鏡の奥で瞳を伏せているのかもしれない。沙和も彼と場の雰囲気に呑まれ、泣きそうな顔をしていた。

 

「――――――いいだろう!一刀がそう言うならば、それでいい!なに、一刀がいなくても私一人で全ての敵を倒してくれる!!」

 

だが、春蘭は違った。彼女は一刀の右眼にまっすぐ視線を向けると、胸を張って叫ぶ。

 

「ご安心ください、華琳様………いまの私では恋には勝てない、それは認めざるを得ません。ですが!恋の相手を一刀がするというのならば、それは本来の状態に戻っただけの事。私が華琳様の剣となり、すべての敵を討ち払ってみせます!」

 

そして、華琳に向き直り、臣下の礼をとる。

皆が呆気にとられていた。あの雰囲気を崩すのは、華琳か一刀のどちらかだと、無意識に信じ込んでいた。それを、彼女は見事裏切って見せる。

 

「………せやな。ウチらかて一刀に頼りっ放しになる訳にはいかん。なんなら、恋かてウチが倒して一刀の出番なんかなくしてやるで!」

「任せるのー!沙和だって凪ちゃんや真桜ちゃんといっぱい連携の鍛錬を積んだんだから、今なら一刀さんにだって勝てるの!」

 

それに霞が追随し、沙和が自身を鼓舞する。

 

「そうですね。戦をする時は、一刀殿には内政を見ていてもらいましょう。天の知識は健在でしょうし」

「それはいいですねー。そしたら風はおにーさんと2人きりでお留守番です」

「風は別に制約がないのでしょう?ならば共に来てもらいますよ」

「むー、稟ちゃんは厳しいのです。あぁ、風にヤキモチを妬いているのですね?」

「違いますっ!」

 

稟と風もそれに乗る。

 

「そうね。なんなら本陣にもいなくていいわよ?私の親衛隊は頼りになるのだから。でしょう、季衣?」

「…は、はいっ!」

 

そして、華琳に言葉をかけられ、季衣も笑顔を見せた。

 

「まったく………御遣い殿は女性に好かれますな」

「あぁ。ホント…幸運な男だよ、俺は」

 

趙雲にからかわれ、一刀もいつもの表情を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

玉座の間を出た一刀と風は、並んで廊下を歩いている。先の報告時とは打って変わって、その表情はすぐれない。しばしの間、2人の足音だけが聞こえていたが、風がようやくといった様子で口を開いた。

 

「………あれでよかったのですか、おにーさん?」

「あぁ……ありがとな」

「風はかまわないのですが……」

 

一刀の謝儀に、風はわずかに口籠る。一刀もそれに気づいたのだろう。足を止めて彼女に向き直った。

 

「言っていいんだぞ」

「おにーさんは優し過ぎるのです。そして……風は恋ちゃんが羨ましいのです」

「………」

 

風はじっと一刀の眼を見つめる。彼は返事を出せないでいた。

 

「風は、この先をどう見る?」

 

と、彼は突然の話題転換をする。その意図を汲んだか、風は再び歩きはじめる。彼もそれに続いた。

 

「最後に残るのは、高い確率で華琳さん、雪蓮さん、そして劉備さんでしょうね」

「………袁家の二人は?」

「わかっている質問をするのはどうかとー……そですねー、袁紹さんは華琳さんとの、袁術ちゃんは雪蓮さんとの戦が分かれ目かと」

「ふむ……」

「数の上では勝っていますが、それを操り切れる智将が少なすぎるのが問題ですねー。それでは寡勢であっても、華琳さんや雪蓮さんが勝利するでしょう」

「逆を言えば、それさえ補強できたならば彼女達が勝つ事も―――」

「はい、十分にあり得ます」

「………そうだな」

 

風の読みは、一刀の知る歴史の通りだった。その読みの深さに、一刀は顔に出さないが驚愕する。だが、袁術は直接出会った印象から、袁紹は公孫賛との戦いの様子から完全に劣勢とは言い難い。

 

「もっと答えますと――――――」

 

風はそんな一刀の思考に言葉を挟み込む。

 

「――――――おにーさんが危惧しているのは、恋ちゃんが戦えないかもしれない、という事ですね?」

「………」

「反董卓連合の時は、おにーさんという指針がいてくれたから、恋ちゃんもしっかり動けました。ですが、今度は香ちゃんがいるとはいえ、恋ちゃん本人が考えて行動しなければなりません」

「………」

「それが、彼女には出来ないかもしれない………おにーさんはそう考えているのでは?」

 

一刀は答えない。ただ、横を歩く風の横顔に視線を注ぐ。

 

「あるいは……そうあって欲しくないと思っている、か」

 

そう呟き、風は足を止める。一刀もそれに倣った。

 

「ひとつだけ、言わせてもらいますと」

「何だ」

「……………依存しているのは、恋ちゃんではなくおにーさんなのでは?」

 

最後にそれだけ残すと、風は歩きはじめる。

 

「………わかっているさ」

 

独り残された一刀は、呟く。

 

「でも……それだけじゃないんだよ」

 

誰にともなく言葉を紡ぐ。その顔は、晴れやかだ。一刀は歩き出す。彼の表情の理由は、わからない。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

引っ越した先は、5畳ユニットバス付の家賃29kでした。

狭すぎワロタwww

 

というわけで、お久しぶりです。

恋ちゃんと香ちゃんの話も書こうと思ったのですが、長くなりそうなので次回に。

春蘭が上手く書けたと思う、今日この頃。

ではまた次回。

 

バイバイ。

 

 

 


 
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