No.235539

お菓子好きの女の子

「魔法少女まどか★マギカ」のSSです。
それはまだ物語が始まる前、ほむらが入院していた頃のお話……。

2011-07-26 22:57:10 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:633   閲覧ユーザー数:624

 

 その子の名前は――よく覚えていない。確かそう、小柄で笑うと可愛い女の子だったと思う。

 わたしが知る限り、彼女はいつも埋もれるほどのお菓子のなかで、それを食べ続けていた。

 今にして思えばそのお菓子は不自然だった。彼女が買ってきたとしても多すぎだったし、お見舞いの品にしては彼女の元を訪れる人は少なかった。

 ただ、子供たちにしてみればそんなのはお構いなし。ねだるとお菓子を分けてくれる彼女は、わたし達にとっては「おかしをくれるやさしいおねえさん」なのだった。ケーキに、クッキーに、チョコレート。子供たちは病院食には飽き飽きしていたし、甘いものを食べる機会なんて殆どなかったから皆こぞって彼女のものとを訪れた。かく言うわたしも、何度か彼女からお菓子を貰ったことがある。

 だけど彼女は他の子たちに分け与えては、いつも怒られていた。当たり前といえば当たり前。病院食は栄養バランスを考えて作られているし、アレルギーのある子もいたかもしれない。

 ただ、彼女だけはどれだけ食べても怒られることはなかった。そのことだけがわたしは不思議だった。

 

 

 

「ねえ暁美さん、魔法って信じる?」

「え?」

 ある時彼女がそんなことを言った。わたしは食べていたクッキーを取り落としそうになり、思わずお手玉をしてしまう。

「あはは、どうしたの、そんなに慌てて」

「だ、だって、急にそんなこと――」

 魔法。誰もが一度は夢見る言葉。特にわたし達のように、子供の頃から病院にいる子たちは人一倍その存在を願っているに違いない。ただし同時にそれが叶わない願いだということも、悟ってしまっている。

「そうね……魔法があるなんて、とても思えないよね。でももし魔法があるとしたら、暁美さんはどんなことを叶えたい?」

「……そうだなあ」

 病気を治すことはもちろんそうだけど……。

「友達が欲しいなって、思います」

「友達?」

「うん。あ、――ちゃんが、友達じゃないって思っているわけじゃないよ。ただね、元気になって友達と帰り道にお買い物に行ったり、喫茶店に行ったりするのが夢なんだ、わたし」

 ささやかな願い、それが叶わないのもまた、わたし達の現実。そのはずなのに、彼女はいつものように笑ってお菓子を齧りながら、

「あはは、大丈夫。きっと叶うよ」

「そう……かな?」

「うんうん。わたしが保証する!」

 屈託のない笑顔で言われると、不思議なことに何だか本当に叶うような気がしてくる。

「――ちゃんの笑顔は魔法みたいだね」

「え、そうかな? ……笑顔だけでみんなの願いを叶えられたら、いいんだけどね」

 そう言って笑う彼女は何故だか少し悲しそうだった。

 

 

 

 ある日の夜、わたしは心臓の発作が起きた。

 いつもなら薬を飲めば治るはずの発作が収まらず、わたしはただベッドの上で喘ぐことしかできない。

 波のように押しては引き、引いては押してくる痛みに、わたしは何も感じなくなるまで、小ぶりな胸を鷲掴みにしてじっと耐えていた。あまりの辛さに、ナースコールに手が伸びかけ、必死で抑える。だって何事もなければ、明日は久しぶりの外出日なのだから……。

「大丈夫? 暁美さん」

 あまりの痛みに朦朧とした意識の中、声が聞こえた。力を振り絞って顔を上げると、そこには彼女がいた。

「――ちゃん。はぁ、はぁ、どう……して、ここに?」

「しゃべらなくても大丈夫。少しだけ、我慢してね」

 そう言って彼女はにこりと微笑むと、淡い光を放つ、卵型の宝石をわたしの胸元に置いた。

「はぁ、はぁ……やだよ、わたし……死にたくないよ」

「だいじょうぶ。わたしがあなたの願いを叶えてあげる」

 彼女がそう呟くと、宝石は強い光を放つ。すると、嘘のように胸の痛みが引いていった。その代わりに、その宝石にピシリと小さなヒビが刻まれる。

「これでよし。……もう、そろそろ限界かしらね」

「はぁ、はぁ――ちゃん?」

「ふふ、大丈夫よ暁美さん。明日にはすっかり良くなっているわ。おやすみなさい――さようなら」

 そう言って彼女はわたしに背を向けたところで、わたしの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 次の日、目が覚めると、昨夜の発作が嘘のようにわたしは元気になっていて、無事外出日を迎えることができた。

 それどころか、のちの検査によると心臓の病気も治っていて、そのまま退院して学校に通うことになった。そこでは友達もできたし、大切な人もできた。

 ……あの日以来彼女とは会っていない。退院が決まった報告に彼女の病室に行ったところ、そこはもうもぬけの殻になっていた。看護師さんは急に退院したんだと言っていたし、元々彼女は病気である素振りも感じられなかったので、てっきり良くなったのだと思っていた。

 ……だけど今なら分かる。彼女がその魂と引換にわたしの願いを叶えてくれたということは。だからいつか彼女に会うことができたらと、わたしはずっと思っていた。

 そのにやりと笑う魔女の顔は、お菓子を食べて満足そうに微笑む彼女によく似ていた。

 わたしは契約を迫るキュゥべえと隅で震えるまどか達を押しのけると、告げた。

「……こいつの相手はわたしがやる」

 

 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択