No.230380

ドリームメイカー1話

さん

初の長編オリジナル作品です。
http://milk0824.sakura.ne.jp/doukana/
こちらの日記で書いた『小説考』をベースにして書いております。

2011-07-24 12:40:38 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:495   閲覧ユーザー数:492

 

――物語はいつだって唐突だ。

大抵の女の子は空から降って来るし、闇の組織は突然命を狙ってくる。

ロボットは乗れば動くし、メロスに至っては冒頭から激怒している。

全ては夢物語の産物であり、突拍子もないことだと思っていた。

現実では起こり得ない。わかっている。

ただ世の中には『事実は小説より奇なり』という言葉があるらしい。

あたしは朝日が差し込むベッドの中、そんな無駄な思考を巡らせていた。

 

ぐいっ。

 

パジャマの裾を引かれた。

温かいものがあたしの腕に触れる。

再度、その温かいものを見た。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

あたしの手を取り心地良さそうに眠るのは小学1年生くらいの女の子。

寝息と共に揺れるおかっぱの髪、ちっちゃい口、ちっちゃい手。

身長が高めのあたしと比べると尚更小さく感じる。

とっても愛くるしい。

ぐ……そんなことはどうでも良くて。

 

「……ん……っ……ぁ」

女の子が目を覚ました。

眠気眼を擦りながら、もぞもぞと体を起こし、にぱぱ~っと天使のような笑顔をあたしに向けた。

 

「おはよ、ママ」

「マ、ママぁ……?」

「うん、おはよ、ママ」

「……あ……あたし?」

「ママ」

 

「ええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇーーーーっ!?」

 

あたし、御門美月は高校1年生にして――

ママになったらしい。

 

 

 

 

時間は遡る。

 

――1日前。

 

『えー、この時間に臨時集会を開いたのは開いたのは他でもありません。我が校でぇ、いや違ったなぁ…我が町で起こっている謎の失踪事件のことです』

クーラーもない体育館で、校長の長い話が昼休みを削りながら延々と続いていた。

4時間目というバッドタイミングで緊急集会が開かれたのだ。

さっきから同じ話を3周くらい話しているのは気のせいじゃないと思う。

……はぁ、お腹がすいた。

時計を見上げるのも3回目。もう昼の時間なんてとっくに過ぎている。

……あぁ、お腹がすいた。

長い長い話を掻い摘んで説明するとこうだ。

近頃、あたしたちが住む白神町で失踪する人が増えている。

しかも夜までは確かに家にいたのに、朝忽然と姿を消しているケースがほとんどだ。

関係があるかはわからないが、謎の大怪我を負って病院に運ばれる人もいるそうだ。

ここまでが校長の話。

3文でまとまっちゃっう内容でよくもこう長々と話せると感心すら覚える。

ここにいる全員がそのことをニュースで知っているに違いない。

後は学校でささやかれている噂話。

なんとか助かった彼らだが、得てして記憶は曖昧――なぜ自分がそんな状態に陥ったのかすらわからないらしい。

あるのは絶望的な恐怖感の残り香、何かから逃げた安堵感だとか。

 

もう頭の中で今日のランチメニューを選んでいるころ、校長の長い前振りが終わりようやく緊急集会の本題に入ったようだった。

 

『1年D組の山本君に続き、1年C組の富竹君もいなくなってしまったと保護者の方から連絡がありました。もし心当たりがある人がいたら――』

 

一挙に体育館がガヤガヤとざわめき始めた。

その中であたし一人が――固まった。

 

あ……れ……?

「あの光景」がフラッシュバックする。まるで無音映画の再生。非現実が脳裏を静かに流れる。

 

1年C組っていったら洋介のクラスの……。

それって昨日見た……。

現実のようであり、全く現実感を離れた光景だ。

あまりに残虐な光景。

け、けどあれは……。

ちょっとしたこと……だと思う。

 

校長の長い長い話は、メインが2分という神速のラストスパートで終結した。

 

 

***

 

 

昼の学生食堂はいつだって混んでいる。夏場なのでこの混雑はさすがにキツイ。

特に今日は全校での集会の後のせいで一斉に生徒が押し寄せたのか、混雑度を急激に増していた。

正直、違う場所で食べたいんだけどなあ……。

けど寮組のあたしには朝からお弁当を作る気力なんてあるわけもなく、いつだってここで食事をするしかないわけだ。

長い行列では

 『富竹ってあの写真部のだろ? また変なことに首つっこんだんじゃね?』

 『あいつがいなくなったら校内美少女隠し撮り販売コーナーはどうなるってんだよっ! 週一の俺の楽しみがっ! シット!』

 『安心したまえ。彼の意思は受け継がれ、第二、第三の富竹君が現れるだろう』

案の定、さっきの話題で持ちきりだ。

辟易しつつ、ようやくトンカツ定食を手に長い列を抜け出した。

「――美月、こっちだ。空いている」

辺りを見回していると、先に抜け出して席を確保していたクールメガネがあたしに向けて軽く手を上げていた。

「今日混みすぎ……洋介はまたラーメン? おいしょっと」

言いながら洋介の向かいに腰を下ろした。

ポニーテールを片手で払う。長くなったせいで背とイスの背に挟まるのだ。

「当たり前だ。なにせ暑いからな、今日も」

「理由になってない、それ」

 

――十六夜洋介(いざよい・ようすけ)。あたしの幼馴染。

本来なら名前負け間違いなしの「十六夜」の苗字だが、洋介の場合は誰もが言われて納得する。

髪はサラサラでメガネが良く似合う。

いかにも数学が得意そうな見栄えだ。夕暮れ時に黄昏て厚手の本を読んでいれば完璧だろう。

けど一つだけ欠点がある。

 

「数学戻ってきた? そっちはどうだった?」

「ん? 受け取って真っ直ぐ集会だったからな。丁度持ってきている。見ればいい」

胸元から取り出し、差し出してきた数学のテストを見る。

証明問題が主だったのだが、そこにはこう書かれていた。

 

『問題が正しいということを、この十六夜洋介の名の下に証明する。(母印)』

 

「……」

「バツばかりだが、もしや実印のほうが良かっただろうか? しかし持ち物には定規とコンパスしか指定されていなかったが……なんだ、俺の顔に何かついているか?」

湯気で真っ白になったメガメをスチャリと直す。

……そう、彼は残念なのだ。基本的に。

通称・ガッカリ王子の名は伊達ではない。

「アチッ、アチチッ」

あ、麺こぼしてるし。

そうこうしているうちに、最後の一人がやってきた。

「おまたせ~」

「ごめん、亜子。先に食べてた」

「いいよいいよ」

亜子があたしの隣に腰を下ろした。

「こういう混んでる日ってね、」

のほほんとした亜子の笑顔があたしに向けられた。

「ん?」

カツを咥えながらそちらに目線を向ける。

「美月ちゃんのモデル体系がとっても目立って見つけやすいなーって。洋介くん、割り箸とって。……あ、使ったほうじゃなくて」

「ブハンッ!?」

思わず吹いた!

いきなり何を言い出すんだっ!

文句を言おうと亜子を睨むが

「おソバと、やっぱり夏はプリンプリン♪ あれれ、よもや……美月ちゃんも食べたい? ふふっ」

……。

このマイペース大王さんめ。

 

プリンプリンと言いながら栗色のショートヘアを揺らしているのはもう一人の幼馴染。並軒亜子(なみのき・あこ)

スカートは膝丈、爪は短く、成績中盤、マイペースで甘いものには目がないとっても普通の女の子だ。

あたしは体育会系だけど、亜子は素朴で女の子女の子しているところが羨ましかったりもする。

あたしはというと、特記事項なしと言いたい所だけど。

さっき言われた通り170センチという高身長だ(169センチだと言うようにはしている)

中学生頃かな、急に伸びはじめたのは。

出るべきところは残念ながら成長ゼロ。スポーツ好きなあたしには無用だけどね……。

 

「一口食べる?」

亜子がスプーンでプリンを掬い、横に少しだけ首を倒す。

何か聞くときに首を横に少し傾げるのは亜子の昔からの癖だ。

「え、いいの?」

「もちもち。はい、あ~んして。あ~んっ」

自分でもあ~んしながらスプーンを近づけてくれる。

この子のこういうところが守ってあげたくなるのよね……ってあたしは何を考えてるんだっ!

「あれ、美月ちゃん? なんか顔赤い」

「な、なんでもない……それじゃ、あ~んっ、ぱくっ」

「ムッ!」

……なぜか向かいで洋介が反応した。

「美月」

「何よ?」

「……ラーメン一口食べるか?」

こいつは何を対抗意識燃やしてるかなぁ。

ま、いいや。ちょうど食べたいと思ってたし。

「じゃ、一口だけ」

「そうかそうか」

あたしが箸を伸ばそうとしたら、その前に洋介が嬉しそうに麺を掬い、そして。

 

麺が優しく添えられた。

――カツの上に。まるでスパゲティのようにしなやかな回転を加えて。

 

「………………………………………………ねぇ?」

「どうした? 食事中に立ち上がるとは行儀が悪い。眉がピクついているぞ。ああ、オレも一口カツをいただこう。等価交換、というヤツだな」

麺が掛かっていないところからカツを掻っ攫う。

「って!! 普通かけるか!? カツに麺かけるかっ!?」

「貴様の皿を見ろ! 麺を置く場所がどこにもないではないかッ!! まさか口かッ!? あーんが良かったのか!? さすがにそれはなんだ……羞恥プレイであろうがッ!!」

「発想がおかしいっ!! 今、あたしが、普通に、フツーに、食べようとしてたでしょっ!」

あああっ、コイツが何を考えているか全くわからないっ!

その様子を見つめていた亜子が一言。

「わ、おソバに七味入れすぎちゃった」

そう。

いつもあたしたち3人はこんな感じだ。

 

 

 

 

「――夢、見たんだよね」

食事も落ち着き始めた頃を見計らって、二人に話したいと思っていたことを口にした。

「夢?」

洋介が口元をナプキンで拭きながら反応する。

「あたしの夢にさ、例の二人が出てきてた」

「例の二人って、あの失踪したっていう二人?」

亜子が小首をかしげる。

「そ。変な夢……怖い夢の類だったんだけど――」

あたしは自分が見た夢を亜子と洋介に話し始めた。

 

 

こんな夢を見た。

学校だ。

夜の学校だ。

気付いたときには、あたしは廊下に佇んでいた。

そうだ……。

あたしは『なにか怖いもの』を見て逃げていたんだ。

自分の状況を思い出し駆け出そうとした。

突如、後ろから咆哮が轟いた。

地獄の底から響くような腹に響く重低音の咆哮。

廊下の窓がビリビリと振動する。

まるで臓物が鷲掴みにされたような感覚が襲う。

夢だとわかっていても思わず足がすくむ。

息を荒らげ、背後を振り向いた。

あたしからかなり離れた位置に――『アレ』は存在していた。

化物がその口から唸りを漏らしていた。

3mはあろうかと云う巨体。全身が分厚い鋼の筋肉に覆われており、頭は既に廊下の天井にくっついている。

ハルクという映画を見たが、それと良く似ている。

『アレ』の足元には、同じ学校の生徒が転がっていた。全く動かない。折りたたまれ、人としての原型を失っているのだから動かないのは道理だ。

手にも学校の生徒が掴まれていた。

ジタバタともがき、放せ、放せと言っている。

あれはたしか洋介のクラスの…………?

それもほんの束の間。

「ウグォオォオォオォォッォオォオォオォォッ!!」

『アレ』が発する轟とともに、無茶苦茶に振り回した手からその生徒が弾丸のように解き放たれた。

放たれた先は教室。

生身の弾丸と化した生徒はドアをベニヤ板のように真っ二つに破り、爆音と共に机を弾き飛ばし教室の中にあったもの全てをを爆散させる。

飛び散った机が窓ガラスを突き破り散乱する。

3秒ほど雷ほどの轟音が鳴り響いていたが、最後のイスが地面に叩きつけられる音を最後に収まった。

静けさの中、彼だった物はもう動かない。

「クソ……ッ!! 一足遅かったかッ! こやつら、あれほど警告しただろうに……ッ!!」

別の女性の声。

同時に、『アレ』の背後から影が飛び出した。

『アレ』が振るう豪腕をいとも容易く避け、廊下へ着地した。

それは黒かった。

そして美しかった。

人間ではないと一目でわかる。

頭の両方――ちょうど耳の上辺りから、まるで羊と闘牛を掛け合わせたような角が周囲を威嚇するように生えているからだ。

人ではない女性が漆黒の髪をなびかせ、真っ直ぐに化物に向かう。

「チッ!」

黒のゴシックドレスから伸びるしなやかな脚がスピードを維持したまま一閃。

風を切る音がここまで聞こえるほどの鋭い蹴り。筋肉の固まりに喰らい込む。

グギャリという骨がへし折れる音と共に、身を守っていた化物の左腕がひしゃげた。

だが『アレ』が怯んだのは0.1秒に満たなかった。

「ッ!?」

漆黒の女性が滞在している宙空を丸太のごとき腕が豪快に乱暴に薙いだ。

女性が声も無く舞う。

先程までかなり先にいたその黒い女性があたしの横をゴム毬のように飛び跳ね、転げた後、

「カハ……ッ!!」

廊下の壁に叩きつけられた。

 

 

 

「……で?」

「でって……それだけだけど。そこで目が覚めたの」

「それだけか」

洋介が麦茶をクイとあおり、お盆の上にグラスを置いた。

「神妙な顔つきだったから何かと思えば。何が言いたかったんだ、おまえは」

「だから、いなくなった二人が出てたのよ、あたしの夢に」

そこで今日の失踪だ。夢見が悪いとは正にこのことだ。

「妙に臨場感というかリアリティあったし……。気になるじゃない、こういうの」

「あとはハルク似の化物と角付きの女性か。分析すると――お前、ヒーロー物のアニメ見すぎではないか?」

「い……いいじゃない、うっさいな」

「それはアレじゃないかな、きっと」

口喧嘩を始めそうになったあたしたちの脇で亜子がわかった顔でぴっと指を立てる。

「明晰夢」

「なにそれ?」「なんだ、それは?」

二人でハモってしまった。

「色とかついてるし、感覚もある。リアルなんだけど夢だとわかってる夢」

たしかにその通りだ。すごくリアルだったけど夢だとわかっていた。

夢でしか起こらないことだとわかっていた。

「あとね、明晰夢のプロは夢の状況を思い通りに変えれるんだって」

「夢なら当然だろうな」

フンと鼻を鳴らす洋介。

「けど、夢を夢だと気付ける人ってほとんどいないからスゴイと思う。美月ちゃんすごい」

「そこ褒められてもねぇ……」

「夢か。今日は何を見たか……」

顎に手を添えて考えていた洋介が、フムと一つ頷いた。

他の女子が見たら一瞬で心を奪われそうなクールな笑みだ。

流し目を造り、ゆっくりと、もったいぶりに口を開いた。

「リバウンド王にオレはなる、だったか」

ジャンプに帰れ。

 

 

 

 

「――洋介ー、ビアンカとフローラどっち選べばいい?」

夕食後。女子寮のあたしの部屋で幼馴染3人がグータラしていた。

いつからだっけ?

夕食の後は洋介と亜子がここに寄るのが習慣になっている。

床に座ってコントローラを握りしめているあたし。ここ最近はRPGを継続中だ。

亜子はというとあたしの背中を背もたれにして女の子座りで座っている。

「今度はね、この水族館行きたいな。私タコが見たいんだ~。おいしいもん」

あたしのポニーテールを指でクルクルと遊びながら、観光雑誌を見て今度遊びに行くところに目星をつけている。着眼点が絶対間違ってるからね。

「ビアンカ一択に決まっているだろ」

勉強机のイスに腰をかけてハンターハンターを読んでいた洋介が、何を下らぬ質問をと言わんばかりに答えた。

だからあたしは、

「じゃフローラね」

洋介が音を鳴らしてイスから飛び上がって、

「ちょっ、おまっ! 尽くした幼馴染を捨てるというのかっ!? なんとも思わないのか!!」

「幼馴染と結婚なんて考えられない」

「な……ッ! そこに直れい! ビアンカの気持ちを考えたことがあるのか!? ビアンカの気持ちになれ! それでも人か!? マシーンか!」

「なによ、ゲームでそこまで言う!?」

「ひゃわぁっ」

「きゃっ――亜子、大丈夫…? 亜子がひっくり返っちゃったじゃないっ!」

「お前がいきなり立ち上がるからだ」

「ああもう……ほら、亜子起きれる?」

目を白黒させている亜子に手を貸しつつテレビに目を向けるとフローラの愛らしい姿は消え去り「ピーーーー」という音と共に市松模様が一面に映し出されていた。

「って、あああああーっ! スーファミばぐってるっ!?」

「呪いだな、捨てられたビアンカの。末代まで呪われるぞ。末代までスーファミがバグる恐怖の呪いだ」

「えー、じゃあ、美月ちゃんも、美月ちゃんの子どもも、美月ちゃんのお孫さんも曾孫さんもスーファミできなくなっちゃうね」

「どんだけあたしをスーファミ漬けにしたいのよ!?」

「あ」

亜子が何かを思いついたようにピッと指を立てた。

「もう八時だし、帰ろうよ、洋介くん」

それを聞いたあたしと洋介は嘆息するしかなかった。

……このマイペース大王さんめ。

 

帰り際、

「いい夢見ろよ」

と靴を履きながら洋介が手を上げる。

「洋介にも怖い夢分けてあげるから」

「遠慮願おうか。また明日な」

そんなやり取りをして、二人が部屋を後にした。

 

 

「ん……っ」

宿題を終え、伸びをしながら時計を見ると既に時計は十一時を回っていた。

そろそろ寝ないと明日がきつくなりそうだ。

「……寝るか」

寝ようかと思ったときに、先の夢の内容が脳裏をよぎる。

「……」

さすがに、もうあの手の夢は見たくないな……。

布団に潜り込む。

今日はいい夢が見られますように。

いい夢が見られますように。

いい夢が見られます……ように……。

いい夢が……見ら……に。

いい夢……。

いも………。

……。

 

 

 

 

 

――ドグォォォォンッッッ!!

 

背後で爆音。

慌てて振り返った。

「カハ……っ!?」

「え?」

ゴシックドレスの女性が背後の壁に叩きつけられ、崩れ落ちていた。

ここは……。

廊下……だ。

夜の学校の廊下だっ!

月夜に照らされ映し出される惨状。そこらにガラス片や原型を失った教室ドアであっただろう木片、形を変えた机やイスが散らばっている。

 

ハァ、ハァ、ハァ……ッ!

 

心拍数がドンドン上がっているのがわかる。

恐る恐る正面に目を向ける。

そこに『アレ』が佇んでいた。

あの昨日の夢の化物だ。

『アレ』の間近には、今日聞いた行方不明になっていた生徒……だった物が転がっている。

 

「つ……」

 

続きだ!

昨日の続きだ!!

あれから1秒と経っていない!!

「けっ、けど……」

夢だとわかっている。けど、異様に――リアルなのだ。

自分の鼓動を感じる。

よどんだ空気を感じる。

地に着いている足の感覚を感じる。

髪の毛一本一本の揺れを感じる。

後ろの女性のうめき声が聞こえる。

動くたびにシャリシャリと崩れた壁の破片が潰れる音まで聞こえる。

「なっ、なんだこれは!? いや、どこだここは!?」という焦った洋介の声も聞こえる。

……。

って、洋介の声!?

慌てて横を向く。

「な!?」

一瞬の間、洋介が目を見開く。

「み、美月か!?」

「よ、洋介!?」

いつもの学生服姿の洋介が愕然とした様子で辺りを見回している。

「ここは……オイ、ま、まさかとは思うが……」

あたしは生唾を呑み、頷くことしかできない。

 

「グオォオォオォオォオォオォオォオォッッッッ!!」

アレが吼えた。

空気そのものが肌を切るかのように震えていた。アレが廊下の瓦礫を蹴散らしながら一歩一歩あたしたちとの距離を詰めてくる。

色濃い『死』が間近に迫っていることを全臓器が知らせている!

夢だとはわかっている。

きっと、恐らく、たぶん、大丈夫なんだとわかっている。

わかっているけど……っ!

「オイ、こ、これ……」

さすがに洋介も青ざめていた。

「ヤバイのではないか……?」

「い、言われなくてもそんなことわかってるッ!」

今まで味わったことがないリアルな、すぐそこにある恐怖に脚が全く動かない!

 

「腑抜けがッ、何をしておるっ!!」

 

背後からの鋭い声。突然手が引かれた。

「きゃっ!?」「おおっ!?」

「早くせぬかっ!!」

手を引かれ、つんのめるように走り出した。

月明かりに揺れる黒のゴシックドレスになびく漆黒のロングヘア。

特徴的な角。

手を引いているのは壁に叩きつけられていた女性だ。

手を引かれるまま、アレと反対側に走り始めた。

「クッ……パワータイプにも程というものがあろうに……見くびっていたわ」

走りながら黒い女性が毒をつく。

あたしと洋介は全く状況も掴めぬまま一緒に駆けていた。

「あ、あのっ!!」

「なんじゃ!?」

「わけわかんないんですけど!!」

ようやく出た言葉がそれだった。

だが返ってきた言葉はもっとわけがわからなかった。

「死ぬな! それだけじゃ!」

全くこちらを見向きもせず、ただ前を向いて走っている。

「これ夢よね!?」

「そうじゃ、これはお主らが云う『夢』じゃ!!」

予想外にもいきなり肯定されてしまった。

リアリティがあるけど、やっぱりここは夢の世界なんだ。

「ゆ、夢だったか。ならば一安心か……」

洋介があたしを代弁するように言ったときだ。

「ド阿呆がっ!!」

突然女性が脚を止めた。

「うおっ!? だはぁあぁーッ!!!」

あまりに急に止まったせいで、洋介が吹っ飛びながら顔面からスライディングしていた。

「ここは夢であり現実じゃ! 現実であり夢じゃ!」

「……え……?」

何を……言いたいんだろう?

全くワケがわからなかった。

「クッ……よかろう。奴と十分な距離もとったことだ。お主らの抜けた頭でも解るように説明してやる」

夜の校舎、職員室前で切れ長の瞳が黄色く色づく。やれやれと言わんばかりに口を開いた。

「近頃、この寂れた村――お主たちの町か。ここの人の夢と人の現実が『リンク』し始めた。今までも稀にあったがここまで大規模なのは初めてだ」

「リ、リンク?」

阿呆が、と鼻であしらいながら長い髪を右手で払う。

「ここで起きた事象が現実での事実になる。死にたくなかったら一時たりとも気を抜かないことじゃ」

 

ちょっと待って。

それって。

 

ドグォン。

遠くの方から壁を叩きつけるような音が聞こえた。

 

それは……。

「まさか、この夢で死んだら……」

何を今更、という顔つきで見下げられた。

「お主らは戻ることなくここで潰(つい)える。向こうではそうじゃな、神隠しとでも呼ばれておるかえ?」

「そ、それでは、なんだ!」

洋介が女性の方を掴んだ。その手には力が篭っている。そして震えていた。

「さっきやられていたヤツらは……」

「奴等は死んだ。もう現実には戻らぬ。二度とな」

 

ドグォォォンッッ!

近くから壁を叩きつけるような音が聞こえた。

 

「目! 目を覚ます方法はっ!!」

「うむ……」

考え込む女性だったが、すぐに

「そんなものはない」

「そ、そんな…っ!」

絶望感が全身を襲う。

「それに起きたところで――」

ふぅ、とため息をもらす。

「また寝たら続きからじゃ。悪夢が消えぬ限り繰り返し続ける。これは経験済みのようだったが?」

「……なにそれ……」

それってつまり、死ぬまでこの鬼ごっこを続けろっていうの……?

それ……。

 

……絶望しかないじゃない……。

 

あまりのことに、その場にへたり込んでしまった。

「美月っ」

洋介があたしの手を取り引くが、全く立てない。

「くそっ、何か!! この状況を打破する方法は何かないのか!?」

 

「一つだけある」

 

切れ長の目を細め、はっきりとそう言った。

月明かりに黒のゴシックドレスが揺らめく。幻想を映し出す。

 

「現実とリンクしていようが、ここは夢。夢の世界」

「思考が現実に囚われたとき、死が待っておる」

 

轟音と共に職員室の壁が砕け散り土煙が上がる。

土煙を破り『アレ』が姿を現した。ゆっくりと、だが確実にこちらにその眼光が向けられていた。

 

「アレは誰かが作り出した悪夢。夢の切れ端。悪夢を見たら最後、夢に巣食う」

「消さぬ限り悪夢は続き、悪夢を続けるために宿主を替え夢に巣食う」

「お主らがこの悪夢を抜ける方法は唯一」

「あの悪夢を消し去ること」

 

女性特有の白魚のような指があたしの手に絡みつき、立ち上がらせる。

その口元はご馳走を前にしたときのように歪んでいた。

横目で見る先には『アレ』がいる。

アレがあたしたちを磨り潰そうと寄ってくる。

 

「ここは夢」

「ここでは現実の原理原則が通用しないことを信じよ。全ての法則を無視できることを信じよ」

「お主らの可能性が無限であることを信じよ。己自身を信じよ」

「あらゆる絶望を打ち砕けると信じよ」

 

「い、いきなりそんなこと言われても……」

彼女はあたしの手を離すと目を細め、ゴシックドレスの両の端を掴み軽く会釈した。

 

「――妾は夢の案内人。古来より人の悪夢を喰らう者。名をば『夢喰いの獏(バク)』と呼ばれておる」

金色の眼を細め、口角が妖艶に上がる。

「――以後、お見知りおきを」

 

 

 

 


 
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