No.22049

夕暮れ

嘉月 碧さん

奈々と浩太は兄妹同然に育った幼馴染。
いつしか浩太に思いを寄せるようになった奈々。
だけど想いは伝えられないままで……。

2008-07-27 23:13:51 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:505   閲覧ユーザー数:488

「奈々、帰るぞ」

「あ、待ってよ!」

 幼馴染の浩太と奈々はいつものように二人で帰って行った。

「あの二人、変わんないねえ」

「いくら幼馴染でも、もうちょっと進展あってもいいのにねぇ」

 クラスメートたちの噂なんて、二人には聞こえるはずもなかった。

 

 

 浩太と奈々は幼馴染。生まれたときから一緒だった二人は兄妹同然に育ってきた。

 夕暮れに染まる道を二人で歩く。

「部活、忙しいんじゃないの?」

 奈々はいつの間にか身長を抜かれた浩太に意地悪く言った。

「俺、レギュラー確定だもん」

 浩太はなぜかいつも持っているサッカーボールを操りながら答えた。彼はサッカー部でも有望な部員で、一年なのにレギュラーなのだ。

「今日は何作ったんだ?」

 少し前を歩いていた浩太が急に振り返った。

「……やんないよ」

 意地悪くプイッと横を向く。

「えー。腹減ったー」

「あたしはあんたの召使じゃないっつーの!」

 そう強く言っても、そんな子犬のような目をされたら、あまり強く出られない。

「ハァ……。しゃーなしだよ」

 奈々は溜息をつき、家庭科部で作ったカップケーキを一個渡した。

「サンキュっ!」

 浩太は本当に嬉しそうに受け取った。

(そんな顔するなんて、ズルイ)

 いつからだろう? 兄妹同然に育ったのに、彼を意識するようになったのは……。

「うを! めちゃくちゃうめーじゃん!」

 浩太は相変わらずクルクル表情を変える。まるで子供みたいだ。

「もー。がっついて食べるのやめなさいよ。みっともない」

「だって。うまいんだもん」

 浩太がニカッと笑う。笑顔が夕日に染まり、何故だかドキッとする。彼の姿なんて、見慣れているはずなのに、ドキドキが止まらない。

「おだてたって、二個目はないから」

 厳しく言うと、浩太はショックを受けていた。

「ええ? もうないの?」

「しつこい」

 そう言うと、浩太はしょぼんとうなだれた。さっきまで景気良く蹴っていたボールを小さく蹴りながら背中を丸めて歩き始める。

(子供だ……)

 夕日に向かって歩く彼の影が伸びる。奈々は彼が前を向いていることを確認して、影とこっそり手を繋いだ。

 妙に嬉しくなって、顔がニヤケる。

「あ、そうだ」

 急に浩太が振り返り、奈々は心臓が飛び出るほど驚いた。

「な、何?」

「今度の日曜、空けとけよ」

 彼の顔が逆光でよく見えない。

「何で?」

「練習試合があるんだよ」

「あたし、関係ないじゃん」

 つい言ってしまう。かわいくない言葉。

「俺の弁当作ってこい」

「何それ? 命令?」

 浩太の意図が全く読めない。

「そうだよ。命令だ」

「何で浩太に命令されなきゃいけないのよ」

「お前の作るメシじゃねーと力が出ねーんだよ」

 浩太はそう言うと、また前を向いて歩き始めた。

 その言葉が嬉しくて、ニヤけてしまったのは内緒にしておこう。

 

 雨の日も、うだるような暑さの日も、凍えるくらい寒い冬でも、登下校が苦ではなかったのは、隣に浩太がいてくれたからだ。

 浩太が好き。だけど、彼の気持ちが全く読めない。弁当を作れって言ったのだって、本当にただ弁当を食べたいだけなのかもしれないし……。

「同じ気持ちだったらいいのに……」

 溜息が漏れる。そんな虫のいい話、あるわけない。だから告白なんてできない。

 

 奈々は告白できない代わりに、日ごろのお礼を兼ねて特製の弁当を作った。

 浩太は目を輝かせて食べ、試合でも活躍した。

 

 だけど、その試合は負けてしまった。

 

 夕暮れの帰り道。浩太はやはり少し前を歩いた。

「悪かったな」

「え?」

 突然謝られ、奈々は驚いた。

「弁当まで作らせたのに、負けちまって」

「それは……」

 浩太が悪いわけじゃないのに。うまく言葉が出てこない。

「カッコ悪いとこ、見られちゃったな」

 少し冷たい風が吹き抜けた。浩太の茶色に透ける髪が流れる。

「カッコ悪くなんか、なかったよ」

「え?」

 奈々の言葉に、浩太は振り返った。

「浩太は、一生懸命やってたじゃん。がんばってる人が、カッコ悪いわけないでしょ」

「奈々……?」

 浩太は驚いているが、奈々は勢いが止められなかった。

「あたしは、そうやってがんばってる浩太が好き! 試合に勝ったとか、負けたとか、そんなの関係ない!」

 言い切った瞬間、自分が何を口走ったのかに気づいて顔が真っ赤になる。

「あ……いや、あの……」

 勢いだったとはいえ、告白してしまった。馬鹿だ。自分からこの関係を壊してしまうなんて。

「何でお前が先に言うかな」

 いつの間にか浩太は、奈々の目の前まで戻ってきていた。頭一つ分違う浩太を見上げる。

「俺だって、お前のこと好きだよ。ずっと前から」

 ぶっきらぼうに言った浩太は、逆光で良く見えなかったが、耳が赤いことに気づいた。

 それを見た瞬間、強張っていた顔が緩む。

「何だ。一緒だったんだね。あたしたち」

 奈々が笑うと、浩太も笑った。

「帰るぞ。奈々」

 そう言うと、浩太は右手を差し出してきた。

「うん」

 奈々は自分の左手を浩太の右手を絡ませた。

 

 夕暮れの帰り道。

 今度は手を繋いで一緒に帰ろう。


 
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