No.210647

真・恋姫†無双~恋と共に~ 外伝:最初の出会い その後

一郎太さん

外伝

2011-04-08 19:44:37 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:11254   閲覧ユーザー数:7568

 

最初の出会い ~その後~

 

 

 

恋を俺の家に招いた翌日の午前中、俺は恋と爺ちゃん、そして一昨日紹介された弁護士の人と連れ立って恋の家を訪れる。弁護士の人は先日と同じようにスーツをきっちりと着込み、爺ちゃんも和服ではあるが正装していた。着の身着のままでうちに泊まった恋はもとより、俺も制服を着て爺ちゃん達の後ろを歩く。

玄関の呼び鈴を押して、家の人が出てくるのを待つ。幸いな事に今日は土曜日だし、主人の方も家にいるだろう。扉が開いて奥さんが出てくる。最初に恋の姿を認めて何事か言おうとする前に、それを牽制するように弁護士の人が名刺を出しながら自己紹介をしてくれた。

 

「………どうぞ、お入りください」

 

彼の堂々とした振る舞いとその名刺に臆したのか、彼女は苦々しい表情で俺達を招き入れた。

 

リビングへと通されれば、主人が新聞を読んでいる。奥さんが何事かを耳打ちすると、居住まいをただし、テーブルへとついた。

 

 

 

 

 

 

「それで、話とは」

 

旦那の方が切り出してくる。4人がけのテーブルには爺ちゃんと弁護士さんが座り、俺と恋は肩を並べてソファに座っていた。恋は相変わらず俺の手を握ったまま離さない。

 

「あぁ。そこの男は儂の孫で、恋の同級生でな。何度か恋をうちに連れてきていたのじゃが、儂も婆さんも気に入っての。聞けばお二人はこの子の親戚で、後見人らしいではないか。儂に後見人の立場を譲って欲しくて、今日はここに参った次第じゃ」

「あら、そうなんですか?それはうちの恋がいつもお世話になっております」

 

よく言うよ。自分たちはほとんど世話をしていないくせに。それに、一晩無断外泊した事については何も触れようとはしない。それに爺ちゃんも相当にかましている。恋がうちに来たのは昨日が最初じゃないか。

 

「後見人の立場を、ですか………」

 

爺ちゃんの言葉に、今度は主人が反応する。何を迷う必要がある?恋をあんな風に扱っておいて、なぜ執着する必要があるんだ?

 

「どうかのぅ?言っておくが、儂は剣術道場を営んでおる。北郷流という名は聞いたことないか?他にも剣道教室の師範を幾つも請け負っており、この齢でも収入に問題はない。高校生一人増えたところで何ら問題はないぞ?」

「そうですか…ですが、恋はうちで育てている娘ですし………」

「そうですよ。身寄りのないこの子を引き取って、こうして育ててきてます。愛情もありますし、そう簡単にお受けする訳にも………」

 

俺は眼を見開いてしまった。愛情だと?そんなものがどこにある?ご飯も食べさせてもらえず、こんなに痩せ細って、それでも愛していると言えるのか?こみ上げてくる吐き気を必死に抑えながら、隣に座る恋の手をぎゅっと握る。

 

「………一刀」

「っ!」

 

そして左手に感じる。恋が2人の言葉を受け、小刻みに震えていた。もう駄目だ。我慢できない。俺は立ち上がると、4人がついたテーブルを蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「なっ!何をするんだね!?」

「危ないじゃないですか―――」

「うるせぇ!愛情だと?よくもそんな言葉を吐けるな!俺は知っているんだ。お前達が恋に食事も与えず、酷い扱いをしている事を。食事もろくに食べさせないで陸上部の部活に送り出し、大会で成績を残せなければ部活を辞めろと脅迫している事もな!愛情を与えられている娘が、あんなに痩せ細るものか!」

「う…うちの娘は小食だから………」

「ふざけんな!いくら小食でも、一日1食で、それも食パン1枚で過ごせるわけがないだろうが!愛情を与えらえている娘が、家に帰りたくないなんていう訳がないだろうが!だいたいお前らは―――」

 

そこから先は、言葉にならなかった。俺の両眼からは昨日たくさん流したはずの涙が流れ、口から出る単語の羅列も意味をなさない。そんな俺にこの家の2人と弁護士さんは呆気にとられていたが、爺ちゃんは別だった。

 

「喝っ!!」

「っ!?」

 

爺ちゃんの喝に、俺の喉が詰まる。他の4人も、その迫力に圧倒されてか仰け反っていた。

 

「一刀、お前はもう黙れ」

「でも―――」

「いいから黙っておれ!………まったく、儂の出番を取りおって。じゃが、まだまだガキじゃな。話し合いにおいて冷静さを失ったら終わりじゃ」

「………」

 

今度こそ、俺は口を閉ざした。そうだ。爺ちゃんだって恋を助けてくれる、って言ってるんじゃないか。俺は恋を守る為にここに来たんだ。だったら、俺が冷静を欠いてどうする。俺は一言ごめんと謝ると、ソファに戻り、恋の隣に再び腰を降ろした。

 

「うちの孫がすまんかったの………じゃが、こちらの言いたい事はわかった筈じゃ。大人しく署名してくれれば、もう関わらん」

「な、ななっ………貴方がたはその子が言うように、私達が恋を虐待していると言うのか!?」

「ネグレクトも立派な虐待ですよ」

 

主人がなんとか持ちこたえるも、弁護士さんがすかさず切り返す。

 

「わ、私達はそいつを養っているんだぞ!」

「家庭裁判所でもそう申し開きをする気ですか?」

「ぐっ………」

 

それでも食い下がるが、彼の一言にとうとう閉口してしまった。

 

「………よいか?儂らは恋の証言も得ておるし、このまま民生委員に報告する事もできるのじゃぞ?そうなって困るのはお主らじゃ。どうじゃ?このまま書類にサインすれば、お主らの世間体は守られる。食い扶持も減るし、私立の高い学費を出す必要もない。まったく愛情も注いでおらん相手じゃ。何をそう引き下がる必要がある」

 

諭すように聞こえる爺ちゃんの言葉も、その実脅迫に等しい。世間体をとるか、ストレスの捌け口を保持するか。

 

「………大人しく署名すれば、これまでの事は口外しないんだな?」

「あぁ。儂らと婆さんは新しい孫を迎え、恋もよりよい生活を営める。お主らの世間体も守られて経済的にも余裕ができる。ほれ、いい事しかなかろう」

「……ぐっ」

「で、どうするんじゃ?」

「………わかった。署名しよう」

 

爺ちゃんの最後の言葉に、主人はペンをとった。

 

 

 

 

 

 

「荷物はこれだけか?」

「…ん」

 

弁護士さんを主導に大人たちが話し合う間、俺は恋と共に彼女の部屋へと入っていた。これから俺の家で棲むにあたり、彼女の荷物をまとめる為だ。だが、その部屋はこの年頃の女の子にしては異様とも言える程に殺伐としていた。教科書以外に本の類は一切なく、服も制服以外には数えるほどしかない。恋はその数少ない衣類をまとめ、俺は学校で使う教科書を鞄に詰め込んだ。

 

「………一刀、ありがと」

「どうしたんだ、いきなり?」

「…恋の為に、怒ってくれた。恋が言いたかったこと、全部言ってくれた………」

「俺が言いたいから言ったんだよ」

「………それでも、ありがと」

 

そう言いながら恋が手に取ったのは1枚の写真立て。覗き込めば、恋を真ん中に、男の人と女の人が笑っている。

 

「本当のご両親か………」

「…ん」

 

その写真に写る恋の笑顔は本当に小さなものたったが、それこそが彼女の笑顔と確信できるほどに幸せそうに写っている。

 

「うちの仏壇に一緒に置いておこうな」

「………ん」

 

恋は一言頷くと、それも鞄へと入れる。部屋を見渡して他に荷物が無い事を確認すると、俺と恋は階下へと降りて行った。

 

 

 

 

 

リビングに戻れば、意気揚々の爺ちゃんと、書類をファイルに挟んで鞄に入れる弁護士さん。この家の夫婦は憔悴している。おそらく爺ちゃんが何事か言ったのだろうが、それを聞こうとは思わない。結局、そのまま2人が恋に声をかける事はなく、俺達4人はその家を出て行った。

 

 

 

 

 

 

事務所に戻る弁護士さんとも別れ、家と駅への分かれ道に来たところで爺ちゃんが立ち止まった。懐をごそごそとまさぐると、裸のままの紙幣を3枚ほど取り出す。

 

「ほれ、一刀。小遣いじゃ」

「………は?」

「今月はまだじゃったじゃろう?」

「いや、確かにまだ貰ってなかった気がするけど、さすがに諭吉3枚は多くないか?」

「気のせいじゃ」

「気のせいって………」

 

戸惑う俺に、爺ちゃんはその紙幣を無理矢理握らせる。

 

「かぁあっ!空気の読めん男じゃのう!見た所、恋の服はそれほど多くあるまい。その金で買ってやれと言うておるんじゃ」

「………あ」

 

そう説明されて、ようやく俺は爺ちゃんの意図を理解する。確かに恋の服は小さなスポーツバッグ1つに納まるほどだ。それで生活できない事はないが、流石に年頃の女の子がこれだけなんて可哀相すぎる。

 

「やっと理解しおったか。それじゃぁ儂は帰るぞ。そのバッグを寄越せ」

 

そう言って有無を言わさずに俺と恋の手からバッグを奪い取ると、そのまま背を向けて歩いていった。

 

「………恋は、服欲しいか?」

「…いいの?」

「いいも何も、爺ちゃんがそう言ってたじゃないか。実際に恋の服は少ないしな」

「………じゃぁ、欲しい」

「あいよ」

 

礼も言わせぬまま去っていった爺ちゃんに感謝しながら、俺は紙幣を財布に入れると、恋の手を握る。

 

「さて、それじゃぁ買い物デートに行くとするか」

「………デート?」

「あー…恋は俺の事が好きか?」

「…ん、大好き」

 

ヤバい。ちょっと…どころかかなり来た。

 

「あ、あぁ…俺も恋が大好きだ。要するに、その好きどうしだから、付き合ってもいいんじゃないかなぁ、と………」

「………ん、付き合う」

「で、付き合ってるからには、デートのひとつでもしなければなぁ、と………」

「………」

 

ノーリアクションは困る。

 

「………いやか?」

「………(猛烈な勢いで首を振る)」

「だったら、俺達の初デートだ。なんでも買ってやるぞ。爺ちゃんの金だけどな」

「…ん、わかった」

「じゃぁ行くか」

 

俺は恋の手をひいて歩き出す。少し遅れた恋も、とととっと小走りに俺の隣に追いつくと、そのまま横を歩いてくれる。物凄い勢いで仲が進展した気もするが、それよりも、これからの生活に俺の胸は躍っていた。

 

 

 

 

 

 

恋の服選びも終わり―――下着売り場まで連れて行かれた時は流石に憔悴したが―――俺たちは近くの喫茶店に入っていた。

 

「好きなもの頼んでいいぞ」

「………ん」

 

恋にメニューを渡して選ばせる。俺はアイスコーヒーだけでいいかな。じっとメニューを眺めたまま動かない恋を見ながら、俺は先に運ばれてきた水を口に運ぶ。店内は外の夏の熱気に反抗するかのように涼しかったが、それでも氷で冷やされたその透明な液体は、俺の身体に染みわたる。

 

「………どうした、選ばないのか?」

「……迷ってる」

「どれで迷ってるんだ?」

 

しばらく経っても決められない恋に、俺は助け船を出す。恋がテーブルに開いたメニューを見れば、ケーキのページがそこにはあった。

 

「どれが食べたい?」

「………これと、これ」

 

考えて見れば、両親が亡くなってからずっと先のような酷い生活をしていたのだ。こんな嗜好品なんて、1年近く口にしていない事になる。そんな恋を可哀相に想い、そしてこうして食べたい物で迷う事ができる状況を嬉しく思いながら、俺は口を開く。

 

「今日は特別だからな。2つ食べてもいいよ」

「………いいの?」

「あぁ、その2つでいいのか?」

「…ん」

 

頷く恋。俺は近くを通る店員を呼び止めて、注文をする。俺はアイスコーヒーに、恋はアイスティーとケーキ2つ。もしかしたら店員はそれぞれ一つずつ食べると思っているのかもしれないが、そんな事は知ったことではない。

 

「爺ちゃんと婆ちゃんはどうだ?」

「ん…すごく、いい人………」

「あぁ、2人も恋を気に入ったからな」

「ん…」

「婆ちゃんのご飯は美味しいだろ」

「ん…いくらでも食べられそう」

「あはは、食べ過ぎには気をつけろよ。たぶん、まだまだ胃袋が小さいままだから、一気に食べたらお腹壊すぞ」

「……気をつける」

 

そんな取り留めもない会話をしながら待つこと5分。先ほど注文した女性店員が、トレーに飲み物とケーキを乗せてやってきた。

 

「………いいの?」

「いい、って言ってるだろ。しっかり味わいな」

「………ん」

 

一度言ったにもかかわらず、許可を求めるように俺を見つめてくる。こうして話していると、河原での会話と同じように聞こえるが、恋の心の傷は根深い。どれだけ時間がかかっても、俺が必ず癒してやる。本当に美味しそうにケーキを頬張る恋を見ながら、俺は心に決めた。

 

「美味いか?」

「…ん、すごく」

「そっか」

 

俺の問いかけに、律儀に答えてくれる。いや、俺から話をふっておいてなんだがな。と、恋が残り半分となったチーズケーキとガトーショコラと俺を見比べている事に気がつく。

 

「どうした?」

「………一刀は、食べない?」

「全部恋が食べていいんだよ」

 

俺が言うも、恋はなかなかフォークを動かそうとしない。そうして1分ほどが経ち、恋が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「昨日と今日…一刀と、おじいちゃんと、おばあちゃんと一緒にご飯食べて、楽しかった。おばあちゃんの料理は、ひとりで食べてもおいしいと思うけど、一緒に食べると、もっと美味しい、と思う………」

「そうかもな」

「ん…だから、一刀も一緒」

「へ?」

 

そう言って、恋はフォークにチーズケーキを乗せて、テーブル越しに俺に差し出してくる。これはあれか?あれなのか!?いくら恋人になったとはいえ、初デートでそれは厳しすぎる気がしなくもないが、いや、嬉しいんだけど、でも………。そんな風に混乱している俺に、恋は悲しそうな視線を向けてくる。

 

「一刀は、ケーキきらい?」

「そんな事はないぞ!?」

「よかった…あーん………」

「………」

 

そして放つ攻撃は、俺の心のど真ん中を完璧に射抜いた。俺は無言で身を乗り出して口を開く。恋は器用にフォークを俺の口に入れた。美味しい?と問いかけるような目に、俺は無言で頷く。それを勘違いしたのか、今度はガトーショコラを取り分けて、差し出してきた。

 

「………?」

「………」

「チョコは、嫌い………?」

「そんな事はない!」

「ん…はい………」

「あー…」

 

結局、ケーキの半分は俺がすべて食べつくしてしまうのだった。

 

「一刀は、優しい……」

「そ、そうか?」

「ん…大好き………」

 

弱みに付け込むようにして恋と付き合う事になってしまった俺だが、いまやその形成は逆転してしまう。俺はもう、恋に首ったけとなってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

家に帰って昨日と同様に4人で食事をとる。数か月すれば、これまでを取り戻すかのように食に魅力を求めるようになる恋だが、この時はまだ小食である。婆ちゃんの料理一品一品においしいと相槌を打ち、小さな笑顔を向けてくれる。婆ちゃんもそれで気をよくするのか、おかわりを勧めるが、ご飯2杯で恋は満腹になってしまう。

食後、風呂が沸くまでの間は俺にもたれ掛ったままテレビを眺め、風呂が沸けば、婆ちゃんと一緒にうちの広い風呂場へと向かう。恋と婆ちゃんの番が終わって俺が風呂へと向かえば、一緒に入ろうとする。さっき入っただろう。

俺が風呂から上がれば恋は駆け寄り、俺と一緒に麦茶で喉を潤し、夜の10時にでもなれば、可愛らしい欠伸を洩らす始末だった。

 

「そろそろ寝るか」

「………ん、一緒に寝る」

 

その一言に、爺ちゃんが読む新聞がガサリと音を立て、婆ちゃんは手を口にあててニマニマと笑う。昨日は食事のあとにすぐ眠ってしまったため、このような事態に陥ることはなかったが、さて、この問題をどうするべきか。

 

「あのな、恋―――」

「そうじゃな!一緒に寝るがいい。婆さん、もう一組布団を準備するんじゃ!」

「ちょ―――」

「はい、わかりましたよ。恋ちゃんも一刀ちゃんも、おいでなさい」

「待っ―――」

「ん…ありがと、おばあちゃん………」

 

小さく微笑みながら礼を述べると、恋は立ち上がって俺の手を引き、婆ちゃんの後に続く。つい昨日まで栄養失調気味だった少女のどこにこれほどまでの力があるのだろうか。そんな事を思わずにはいられないほど、恋は有無を言わさないように俺を引っ張った。

 

「………いや?」

「そ、そんな事はないぞ?」

 

声が裏返ってしまうのも仕方がないだろう?

 

婆ちゃんが押し入れから恋の為に布団を取り出し、畳に敷く。うん、なんで俺の布団にぴったりとくっつけるのかな?

 

「それじゃ、一刀ちゃん。優しくしてあげるのよ?」

「いやいやいや、何言ってんの!?」

「あら、何か変な事言ったかしら?恋ちゃんもずっと寂しかったんだから、せめて手くらい繋いで寝てあげなさい」

「うっ…」

「じゃ、恋ちゃんもお休みなさいね。明日は部活に行くんでしょう?しっかり休むのよ」

「ん、ありがと……」

 

夜の挨拶をして婆ちゃんは部屋を出て行く。絶対分かってて言ってるだろ、あれ。爺ちゃんもそんなお茶目な所に惚れたんだろうけどさ。そんな俺の内心の愚痴を他所に、恋は俺を引っ張り、畳に敷かれた布団にぺたりと座り込む。俺が去年まで来ていた甚平を来た恋は、どこかチグハグな印象だが、逆にそれが可愛らしく見えてくる。

 

「………一緒に寝るの、いや?」

「そんな事ないぞ!?」

 

結局断る事も出来ぬまま、俺は恋と一緒に布団へと入る。

 

「………」

「………」

 

この沈黙が痛い。頭の中で羊を数えるもまったく眠気が訪れる気配もなく、俺は悶々としていた。そうして暗闇の中で過ごすこと数分、恋がそっと手を伸ばしてくる。

 

「……もう、寝た?」

「いや、起きてるよ」

「………そっち、行っていい?」

「………来たいのか?」

「ん…」

「………来な」

「ん…」

 

短く呟き、恋が俺の布団に入り込む。夏真っ盛りのこの時期も、町はずれのこの辺りは田舎なので夜は涼しく、2人が同じ布団に入っていてもそれほど寝苦しくもない。

 

「………あったか」

「そうだな」

 

俺の手を握り、指を絡ませたかと思うとその指を解き、俺の腕にしがみつく。

 

「………誰かと一緒に寝るの、久しぶり」

「そうか…」

 

両親が健在であったとしても、この年頃ならきっと一人で眠るはずだ。だが、比喩的な意味だろうが、恋にとってはそれもまた事実。ずっと誰かの温もりを求めていたのだろう。その事を認識すると同時に、俺の心も落ち着きを取り戻す。確かに恋に惚れこみ、下賤な考えが浮かんだ事は否定しないが、今はそんな事がどうでもよくなっていた。こうして、恋が俺を必要としてくれている。それだけで、俺の心は満たされる。

 

「………?」

 

俺は恋から左腕を引き抜くと、右手で彼女の頭を軽く持ち上げ、その腕を頭の下に差し込んだ。

 

「ほら、もっとこっちにおいで」

「………ん」

 

俺の腕枕に気をよくしたのか、もぞもぞと動いて恋が俺の身体に抱き着く。俺も腕を曲げてその頭を撫でてやった。

 

「一刀は…」

「ん?」

「………恋と、ずっと一緒?」

「あぁ、ずっと一緒だ」

「………」

「不安か?」

「…ちょっとだけ」

「安心しろ。俺はどこにもいかないよ。恋とずっと一緒にいる」

 

それは青すぎる誓い。それでも俺は心に誓った。この娘とずっと一緒にいよう、と。

 

「ありがと…大好き………」

「あぁ、俺も恋が大好きだよ」

 

今度こそ、恋の言葉を何の抵抗もなく受け入れる。その夜は、いつになくぐっすりと眠れた気がした。

 

 

 

 


 
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