No.210008

真・恋姫無双 黒天編 第7章 「灰色軍旗」前編

sulfaさん

どうもです。7章になります。
もくじ
p1~p8 蜀捜索隊
p9~p12 魏捜索隊

続きを表示

2011-04-04 22:35:23 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:3145   閲覧ユーザー数:2723

 

真・恋姫無双 黒天編 裏切りの*** 第7章 「灰色軍旗」前編 黒兜

 

 

                    -蜀-

 

「愛紗~。待つのだ~~~」

 

鈴々は馬を走らせながら、一人先行している愛紗を追いかける。

 

「鈴々!!遅いぞ!!早くしないと村が!」

 

「雛里が追いつけていないのだ。このままだと雛里が置いていかれるのだ」

 

「むぅ、すっかり忘れていた。仕方ない・・・先行隊減速!」

 

愛紗の号令にあわせて、それまでついて来ていた隊が速度を緩める。

 

愛紗が後方を確認すると、隊列はかなり縦長に伸びてしまっていた。

 

少し待った後、やっと後続隊が追いついたため、いつもどおりの行軍速度にもどす。

 

どうやら後続隊の遅れの原因は雛里そのものではなく、雛里を警備している者達の馬術に問題があるとのことだった。

 

「それにしても最近の新兵は軟弱なのではないか!この速度にもついてこれないとは」

 

「それは仕方ないかもしれません。馬術も訓練してはいますが、愛紗さんや熟練の兵士さんの速度にはまだちょっと・・・」

 

「確かにそうだが、新兵と言ってもこの隊に編成されたのは入隊から1年以上経っている者達だろう?ここまで遅れるものなのか?」

 

この愛紗の言葉に雛里も少しだけ首を傾げてしまった。

 

今回の出兵には動乱期よりも後から入隊した新兵達も組み込まれている。

 

入隊してから1年以上も経てば、愛紗たちについて行くことはできなくとも、そこそこの速度にはついて行けてもおかしくはない。

 

ましてや、前方の隊の速度を落としてもらって、さらに待ってもらうなどという自体にはならないはずである。

 

それだけ、軍全体の錬度が低くなっている。

 

雛里も近くで護衛してもらっている兵達を見てはいたが、ついていくのが精一杯と言う感じがしてならなかった。

 

蜀の軍部を司る愛紗と軍略担当の雛里はこの事態に少しだけ困惑していた。

 

なぜなら、戦時中では考えられなかった事態だからである。

 

「やはり、兵の錬度が低くなっている原因は平和になったというのが大きな要因の一つなのかも知れませんね」

 

「平和ボケというやつか」

 

「それに戦時中と違って兵士さんのお仕事内容が警邏や国境警備などに変わっていったこともあげられるようですね」

 

「警邏も重要な仕事だ!なぜ、そのように考える者がいるのか・・・」

 

「いまは三国どこの国も抱える問題のようですね」

 

戦乱の時期において兵士は、国を守るため、自分の家族を守るためという高い志を持つ者のみが志願していた。

 

自分を鍛えることが、そのまま家族を守ることにつながっていた。

 

また、生活のために兵士に志願したという者もいる。

 

その者達も、当時は家族を食べさせていくため、自分自身が生き残るために必死だった。

 

しかし、三国が同盟を結び平和を勝ち取ったいま、兵士になる理由としては確実に後者のほうが大きくなっている。

 

国を守ろうという意識は一年前と比べ、低くなっている。

 

そのため、調練に身が入っていない者も多数いるようだ。

 

自分達のことはどうせ国が守ってくれる。

 

そのようなおごりも、平和による一つの弊害なのかもしれない。

 

「とにかくこの問題は後だ。今はすぐにでも村へ行かねば」

 

「そうですね。行きましょう」

 

話が終わると、愛紗はまた隊の先頭の方へと戻っていった。

 

 

 

 

 

現在、愛紗、鈴々、雛里の三人は兵を引き連れて、漢中周辺の村へと進軍している。

 

何故、そこへ向かっているのか。

 

その理由を語るには、数日ほど時間を遡ることになる。

 

 

 

 

 

愛紗、鈴々、朱里の三人は貂蝉と管輅と名乗る少女と合流した後、無事に成都へと入城することができた。

 

成都はさすが蜀一の城下町というだけあって、人ごみも多く大変賑わっていた。

 

少し歩けば誰かと肩をぶつけてしまいそうだ。

 

「管輅ちゃん、迷子にならないように私と手を繋ぎましょ♪」

 

桃香はそう言って手を差し出すも、管輅は恥ずかしがって首をフルフルと振っていた。

 

「桃香お姉ちゃんと手を繋いでいても、きっと迷子になるのだ」

 

「むぅ~~、鈴々ちゃん、それはどういう意味かな?」

 

“にゃははは”と笑っている鈴々に対して、桃香は頬を膨らませながら返事する。

 

「桃香お姉ちゃんはおっちょこちょいだから管輅がはぐれたことに気づかないかもしれないのだ。それなら、貂蝉の近くにいたほうが絶対に迷子にならないのだ」

 

「??なんで?」

 

「貂蝉を見てみるのだ」

 

鈴々に促されるままに桃香は貂蝉の方を見る。

 

絶対に他の人と見間違えようのない貂蝉の横にはトテトテと歩く管輅の姿も見つけることができた。

 

「見たけど、どうしたの?」

 

「貂蝉の近くには誰も人が寄ってこないから、変な空間ができるのだ。だから、いなくなったり怪しい奴が近づいてきたりしたらすぐに分かるのだ」

 

鈴々の説明を受けた後、桃香は再び貂蝉の方を見た。

 

確かに周りの通行人たちは意識して貂蝉を避けているように見える。

 

そのため、市場は込み合っているのに、貂蝉の周りだけ不自然な空間ができていた。

 

その空間には貂蝉の他に管輅がいるだけで誰も居ない。

 

なので、先ほど桃香が一度貂蝉の方を向いたときにもすぐに背の小さい管輅の姿を確認することができた。

 

「なるほど~、貂蝉ちゃんがきもちわ・・・(ごほん)、特徴的だから誰も近寄ってこないんだね」

 

「ちょっと~~ん、聞こえてるわよ~~ん。言い直そうとした努力は認めるけど、誰も寄ってこないって言われるのも結構傷つくわぁ~」

 

貂蝉は腰や腕を左右に振りながら抗議する。

 

その貂蝉の様子を見上げながら管輅もなぜかアワアワしていた。

 

「・・・何をしているのですか?はやく城へと参りましょう」

 

桃香や鈴々達より先に歩いていた愛紗と朱里がついてこない4人を心配して戻ってきた。

 

「ごめんごめん、すぐ行くよ」

 

「分かったのだ。貂蝉も管輅も早くついてくるのだ」

 

愛紗に引き連れられるまま、4人は蜀本城へと向かっていった。

 

 

 

 

 

愛紗、朱里含め6人が城に到着すると雛里、焔耶、紫苑の挨拶もそこそこに、すぐに会議を行うことになった。

 

貂蝉も何か言いたいことがあるらしく、その会議に参加することになり、管輅は璃々と一緒に紫苑の部屋で遊ぶことになった。

 

管輅を璃々に預けた後、一同は会議を行うため執務室へと向かう。

 

 

 

 

 

執務室に着いた一同はすぐに収集した情報を交換しあう。

 

「まずは、私と雛里ちゃんから報告させてもらいますわ」

 

紫苑が立ち上がり、資料を手に取った。

 

「まずは、南蛮にいる美以ちゃんからの報告ですね。南蛮兵の総力を挙げて捜索したらしいのですが、見つからなかったと言うことです」

 

「まぁ、美以ちゃんのことだから穴がある可能性は否めませんが、まぁ信用してもいいと思いますよ」

 

「あとは、涼州にいる翠ちゃんからの報告もありますが、こちらも特になし、引き続き捜索を続けるということです」

 

「成都周辺はどうなってるんですか?」

 

紫苑が話に一区切りつけたことを見計らって、朱里がそう切り出した。

 

「それについては焔耶ちゃんから報告してもらいましょう」

 

「心得た。まずは成都周辺についての報告があったんだが、こちらも特に異常は無いとのことだ。だが一つだけ気になる報告があった」

 

「気になる報告ですか?」

 

朱里はその報告に関する資料を見つめる。

 

「ああ、この城の近くに森があるだろ?そこで何度か見慣れない服装をした者がいたという報告があった。時期はちょうど捜索隊が白帝城を出発した時とほぼ同じだ」

 

「それは女なのか?男なのか?」

 

愛紗は少し食い気味に焔耶に訊ねた。

 

「いや、そこまでは分からないそうだ。フッと現れて、フッと消えるから何かの見間違いかと思ったらしいが、“何度も同じ物を見るもんで一応報告しときます”って言ってたしな」

 

「そうか・・・その森と言うのはこの森のことか?」

 

愛紗は机いっぱいに広がっている地図のある場所を指さした。

 

「えっ、・・・ああ、確かにその森だな」

 

愛紗が指したのは昨日の野営した場所の近くにあった森だ。

 

「愛紗さん、その森って・・・」

 

「ああ、間違いない。不思議な女にあった場所だな」

 

「不思議な女ですか?」

 

「ああ、昨日この森のこの辺りで野営をしたのだ」

 

森の近くにある草原を指で丸くなぞる。

 

「そのとき、森が気になったから少し調べていたら、そこに一人女がいた。そいつが私に向かって“北郷一刀はこの世界にいる”と言ってきた」

 

「「「!?」」」

 

この話を始めて聞いた三人は、あのときの朱里と同じような反応をする。

 

「それで!ご主人様はどこに!?」

 

「すまない、それは一応聞いたのだが、返事が聞こえなかった。どうやら気を失ってしまったらしく・・・」

 

「そうですか・・・」

 

「後から詳しく話を聞けば分かりますが、その女性の信憑性については疑わしいとしかいえません。あくもでも一つの参考程度にとどめておいた方がいいでしょう」

 

愛紗の話の最後に朱里が一言付け加える。

 

よい報告ではあるがその情報にのみ囚われる訳にはいかない。

 

「まぁ、とりあえずその森付近の警備は少し厳重にした方がいいでしょうね」

 

「はい。雛里ちゃん、お願いね」

 

「うん、分かったよ」

 

雛里は忘れないように手持ちの紙にサラッとメモを残した。

 

「付近の報告でめぼしいのはそれだけだな。大規模なお館捜索はこれからなのだろう?」

 

「はい、いまからそのことについて説明します」

 

そして、朱里は白帝城から冥琳と打ち合わせた内容を皆に話していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大体このとおりでお願いします」

 

朱里が最後にそう締めくくった後、会議に参加していた貂蝉が手を挙げる。

 

「私からも一ついいかしらぁ~。みんなに注意してもらいたいのぉよん」

 

「そういえば何か言いたいことがあるといっていたな。どうした?」

 

「町で聞いた話なのだけどねぇん。最近、大陸の各地で変な集会が開かれてるらしいわぁ~ん」

 

「変な集会?」

 

「そうなのよん。黒ずくめの人たちが夜な夜などこかに集まってるらしいわぁ~ん。目的とかは分からないのだけど、とりあえず用心だけはしといてねぇん」

 

紫苑と雛里はこの頃報告された資料を軽く斜め読みしていく。

 

「そのような報告は一度もされていませんね・・・。紫苑さんの方はどうですか?」

 

「いいえ、こちらもそのような報告はありません」

 

「あら、そうなのん?なら、これからちょっと様子を見ておいてちょうだいぃ」

 

貂蝉のする話など今までの報告に一度も無かった。

 

「貂蝉さんはどこでその話を聞いたのですか?」

 

「どこだったかしらね?風の噂かしら?」

 

貂蝉はいつもどおりクネクネしながら、何かを思い出そうとしているようだ。

 

「まぁ、とりあえず用心だけはしといてねぇん。私が言いたいのはそれだけよん」

 

結局、何も言わず話を打ち切った。

 

「まぁ、せっかくの情報ですし。謀反の可能性も無いとは言い切れませんから」

 

「ところで貂蝉、管輅とはどこで知り合ったのだ?」

 

「管輅ちゃんはね、ある人から預かったの・・・」

 

貂蝉が管輅について話そうとしたそのときに

 

「失礼します!!大変です!!」

 

一人の衛兵が執務室に駆け込んできた。

 

「漢中付近の村が何者かに襲撃されたとの報告がありました!!」

 

「えっ!!」 「山賊か!?」

 

「いえ、詳しいことは分かりません。ただ黒かったとしか・・・」

 

「黒いって・・・」

 

黒といえば先ほどの貂蝉の話が皆の頭に過ぎった。

 

「謀反か?とりあえずこうしてはおれまい。私が出よう、すぐに出撃準備だ!!」

 

愛紗が立ち上がって、執務室を出ていこうとする。

 

「待つのだ、愛紗!!鈴々も一緒に行くのだ!!」

 

鈴々もイスから飛び降りて愛紗のもとに駆けていく。

 

「朱里ちゃん、私も行ってきていいかな?」

 

「うん・・・、貂蝉さんの話も気になるもんね。私はいろいろしないといけないし、お願いね。雛里ちゃん」

 

「うん、この頃の国政については紫苑さんに聞けば大丈夫だと思うから」

 

雛里も愛紗たちの後をついて行く。

 

「私はどうしようか?」

 

「焔耶さんは桃香様の護衛をお願いします。愛紗さんたちがいませんので」

 

「了解しました!!桃香様は我が命にかえてもお守りします!!」

 

焔耶は満面の笑みで了承する

 

このごろ、桃香と会えない日が長かったので喜びの表情が顔に出てしまう。

 

「桃香様には少しの間、この城に居てもらうことになると思います」

 

「うん・・・仕方ないね」

 

いままで、皆の話をずっと聞いていた桃香が返事をする。

 

朱里は、焔耶とは対照的に桃香からはどこか腑に落ちないような感じが見てとれた。

 

「紫苑さんは白帝城の冥琳さんへ伝令を」

 

「分かりましたわ」

 

朱里は各自に指示を出していった。

 

「ねぇん、朱里ちゃん。私も白帝城に一緒に行ってもいいかしらん?もうそろそろ卑弥呼と合流する手はずだからぁ」

 

「別にかまいませんよ。管輅ちゃんはどうするんですか?」

 

「もちろん、一緒に連れて行くわん。卑弥呼に会わせるためにあの子を預けられたのよねん」

 

「分かりました。では、紫苑さんと一緒に」

 

「ええっ、では行きましょうか」

 

そうして、各自の役目を果たすために執務室を出て行った。

 

 

 

 

 

紫苑の部屋にいる管輅と璃々は二人仲良く遊んでいた。

 

「はい、ご主人様が作ってくれた積み木って言うの」

 

「・・・つみき・・・」

 

「こうやって違う形の木を使ってお城とか作るんだって、いっしょにやろ」

 

「・・・うん」

 

初めは恥ずかしがって璃々に近づきもしなかった管輅だったが、だんだん慣れてきたらしく今は二人仲良く遊んでいた。

 

「出来た!!大きなお城!!この城みたいでしょ。みてみて」

 

三角の積み木と長方形の積み木とをうまく組み合わせて大きなお城を作っていた。

 

「すごい・・・」

 

「でしょ!?管輅ちゃんは何作ってるの?」

 

「トンネル・・・」

 

「とんねる?」

 

璃々は聞きなれない言葉に首を傾げてしまう。

 

「あっ、えっと、その、あの・・・洞窟・・・?」

 

「ああ!長い洞窟だね。すごいよ、管輅ちゃん」

 

「・・・えへへ」

 

管輅は頬を赤く染めながらもほめてもらえてうれしいようだ。

 

「璃々~、ちゃんと、管輅ちゃんの面倒みてる?」

 

するとそこに、伝令の準備が終わった紫苑が扉を開けて部屋に入ってきた。

 

「お母さん、見て見て。お城!」

 

「あら、上手に出来たわね。管輅ちゃんは何を作ったの?」

 

「洞窟だって、長いんだよ~」

 

「本当ね、すごいわ。管輅ちゃん」

 

管輅はまたほめられて顔を赤くしながら俯いてしまう。

 

「管輅ちゃん、いつまでここにいるの?」

 

「残念だけどね、明日にはもう行ってしまうんだって」

 

「ええ~、まだ、遊びたいのに・・・」

 

「また、すぐに遊びに来てくれるわよ。ねっ、管輅ちゃん」

 

管輅はその答えとして、首を全力で縦にブンブンと振っていた。

 

「いつ・・・来てくれるの?」

 

「また、すぐに遊びにくるわぁ~ん」

 

後から部屋に入ってきた貂蝉が代わりに返事する。

 

璃々と管輅はその容姿に少し顔が引きつったものの、璃々は何とか耐え切った。

 

管輅は引きつったまま、一歩後ろに下がる。

 

「ほんと?」

 

璃々は少しおびえながらも貂蝉に訊ねる。

 

見慣れているものの、たまにみるとびっくりしてしまうのは子供なのでやむを得まい。

 

「ええ、ホントよん。何なら用事が終わったらすぐにまた来るわん」

 

「なら・・・、待ってる。璃々は管輅ちゃんのお友達だから」

 

「おともだち・・・」

 

その言葉を聞いて管輅はダボダボの服のポケットから何かを取り出した。

 

「・・・あげる・・・」

 

管輅の手にはその手よりも小さな緑色の石が乗っていた。

 

「・・・いいの?」

 

「・・・お・・・おともだち・・・だから」

 

「うん!ありがとう!!大事にするね。お母さん、これ首飾りにしたい」

 

管輅から小さい石を受け取るとすぐに紫苑のもとに持っていく。

 

紫苑がそれを受け取って、石全体をくまなく調べる。

 

形状は涙の雫のような変わった形状をしていた。

 

そして、その石には細い糸なら通せそうな小さい穴が開いてあった。

 

「そうね、なくしちゃったら大変だものね。あとで、やってあげるわ」

 

「うん!・・・あっ、そうだ!!」

 

何かいいことを思いついたらしく、璃々は部屋の端っこにあるおもちゃ箱へと向かっていった。

 

そこで、ガサゴソと何かを探している。

 

「あった!!」

 

目的の物を見つけた璃々はそれを持って管輅のもとまで行き、手渡した。

 

その手にはおもちゃの小さな指輪があった。

 

その指輪には丸い真珠のような玉があり、薄い桃色のような色をしていた。

 

「これね。璃々がね。お祭りのときにご主人様と“しゃてき”っていう遊びをやってね。璃々が取ったやつなの。でも、璃々の指じゃ入らなかったの。きっと管輅ちゃんなら大丈夫だよ」

 

璃々は管輅の右手の薬指にその指輪をはめてあげた。

 

「うん、ぴったりだね。この指輪と交換しようよ。これは璃々からの友達の証だよ」

 

「おともだちの・・・あかし・・・」

 

管輅は自分の指につけられた指輪をじっと見つめる。

 

「あのね。ご主人様が左のこの指には、男の子からもらった指輪をつけるんだって言ってたの。でも、璃々は男の子じゃないから代わりに右につけたの」

 

「・・・ありがと・・・だいじに・・・する」

 

管輅はその指輪を太陽の光に照らしながら、お礼を言う。

 

太陽に照らすと薄い桃色の玉は光を通して、さらに綺麗に見えた。

 

「あら、素敵じゃない!ねぇ、璃々ちゃん、私にはないの?」

 

「おじちゃんにはないよ、ごめんね」

 

「おじちゃんっ!!おばさんならまだしもおじちゃん・・・私に贈り物がない以上にショックだわ・・・」

 

貂蝉はその場でまるで水を与えられていない植物のように枯れ果てて、その場に倒れてしまった。

 

「とりあえず、今日一日は遊べるからいっぱい遊びなさい」

 

「は~い、お母さん。璃々、市場に行きたい。管輅ちゃんを案内してあげるの」

 

「そうね~。なら、私もついていくわ。いいかしら?管輅ちゃん」

 

「うん・・・いきたい・・・」

 

その返事を聞いて、紫苑は璃々と管輅を連れて町へ向かうことになった。

 

枯れ果てた貂蝉を置いて・・・

 

 

 

 

 

 

そして、その翌日には愛紗、鈴々、雛里は漢中に向けて兵を連れ進軍

 

貂蝉と管輅は伝令たちと一緒に白帝城へと向かうことになった。

 

 

 

 

 

話は戻って、愛紗、鈴々、雛里の漢中周辺

 

「愛紗ーー、報告があった村ってあの煙が出ているところなのか~?」

 

鈴々が指差す方を見てみると、数本の白煙が上がっている。

 

「おそらくあそこだ。全軍、気を引き締めろ!!ここからは戦場だと思え!!」

 

愛紗の言葉の後、兵達から“応!”という声が響く。

 

そのまま轟音を立てながら、愛紗率いる先行隊が村へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村に到着すると、そこは荒涼とした風景が広がっていた。

 

家は焼かれ、田畑は踏み荒らされ、広場には戦闘らしき跡が生々しく残っていた。

 

その景色を愛紗と鈴々は村の入り口だったであろう場所から眺めていた。

 

「これはひどい・・・。まずは生存者の確認だ。各自捜索に当たれ。まだ、何者かが潜んでいるかもしれない。用心はしろ」

 

「鈴々も行ってくるのだ」

 

愛紗の命令により、各兵士達が村へと散開する。

 

鈴々も蛇矛を抱えて、村の中心らしき場所まで駆けて行く。

 

「愛紗さん、これは・・・」

 

遅れてきた雛里も町の様子を見て愕然とするしかできなかった。

 

そういう光景は数多く見てきたが、やはり見慣れるものではない。

 

「ああ、ひどい有様だな」

 

「いったい誰が・・・」

 

愛紗が数歩前に進み、崩れた壁に手をかけた。

 

その壁は崩れてはなかったものの、壁のいたるところにヒビが入っていた。

 

二人は壁沿いに歩いていくと一軒の民家にたどり着く。

 

その民家の窓から中を確認すると、その中は荒れに荒らされていた。

 

しかし、ところどころ最近まで人が生活していたであろう痕跡を見ることができた。

 

そうして、二人は簡単にだが村の様子の確認をしていった。

 

「・・・、おかしいですね」

 

「ん?どうかしたのか、雛里?」

 

「はい・・・、とりあえず元の場所にまで戻りましょうか」

 

雛里は被っている帽子をさらに深く被り直して、何かを思考している。

 

愛紗は雛里の邪魔にならないように静かに彼女の後について行った。

 

 

 

 

 

元の場所に着くとそこにはすでに鈴々が待っていた。

 

「愛紗、どうだったのだ?誰かいたか?」

 

「いや・・・、残念だが誰とも会えなかった」

 

「兵士のみんなからの報告もあったけど、誰もいなそうだって言ってたのだ」

 

散策した村は意外と広い集落を形成していた。

 

最低でも10~20世帯の人々が暮らしをしていた場所だろう。

 

それでも、生存者には誰も会うことは出来なかった。

 

「あと、これがあっちの方にいっぱい落ちてたのだ」

 

そういうと鈴々は、手に持っていた何かを愛紗に手渡した。

 

「これは・・・兜か?」

 

愛紗がその兜を隅々まで調べていく。

 

全体的に黒を基調としているが、真っ黒とはいえない。

 

むしろ黒っぽい灰色という感じだ。

 

店に売られているようなものではなく、装飾も施されしっかりとした作りをしていた。

 

「ふむ・・・、これ以外何もなかったのか?」

 

「人っ子一人いなかったのだ」

 

鈴々が蛇矛の刃の先を広場に向けて、そう断言する。

 

「やっぱり・・・、おかしいですよ」

 

「何がおかしいのだ?雛里」

 

「はい、この村の様子を見るに戦闘があった事は間違いないでしょう。あちこちに血痕もありますし・・・」

 

確かに、村の至るところに戦闘の際に流れたであろう血の跡が見られる。

 

「それなのにですよ。その・・・ないんですよ・・・死体が・・・」

 

「そういえば・・・見当たらないな」

 

愛紗と鈴々は改めて村全体をぐるりと見回した。

 

あちこちに多くの血の飛び散ったような跡は見られる。

 

だが、どれだけ捜しても人が倒れている光景は見つけることが出来なかった。

 

「逃げのびたか、連れ去られたかということか・・・」

 

「ですが、この村は比較的大きな村です。村民全員が逃げ延びた、又は連れ去られたというのは考えづらいですね。それに、逃げてきたと言うなら一人か二人ぐらいこの村出身の誰かに会ってもおかしくないと思いますし」

 

生存者どころか死体すら見当たらない。

 

雛里と愛紗が難しい顔をしていると鈴々も首をかしげて何かを考えている。

 

「なぁ、愛紗」

 

「なんだ?」

 

「この村には誰も居ないのか?」

 

「今の所は・・・だがな」

 

愛紗の言葉を聞いてさらに鈴々が考え込む。

 

「どうしたんですか?鈴々ちゃん?」

 

「んじゃ、誰が鈴々達にこの村が襲われたって知らせたのだ?」

 

「それは、会議のときに兵士さんが知らせに来てくれたじゃありませんか」

 

「そうじゃなくって・・・えっと・・・、その兵士に知らせたのは誰なのだ?」

 

「えっ・・・」

 

この村が襲われていると知ったのは、会議中にある兵士からの報告があったからだ。

 

愛紗と鈴々、雛里はその兵士からの報告により出発した。

 

しかし、会議に報告に来た兵士は成都の警備兵である。

 

とても早馬で事を知らせに来た格好ではなかった。

 

ならば、その兵士に村襲撃の件を伝えた伝令が別にいるはずである。

 

しかし、その兵士は伝令の話は一切していなかった。

 

いったい誰がその兵士にこのことを知らせたのか

 

それにその伝令が無事ならその者に道案内をさせれば、もっとはやく到着できたはずである。

 

その伝令が村の生存者ならより詳しい村の情報や話も聞けたであろう。

 

「・・・、愛紗さん、隊長格の者達を集めてください・・・。そして、隊の中から私達に直接報告に来た兵士さんを捜してください。必ず今回の行軍の中にいるはずです」

 

今回の行軍は急遽決定したものであるため、出撃できる隊が出撃している。

 

万が一の備えとして、いつでも出撃できるように幾つかの隊が城に常駐している。

 

その常駐している隊が城の警備などの担当になる。

 

そのため、報告に来た兵士もその隊のどこかに所属しているはず

 

「分かった」

 

愛紗は雛里の言うとおりにすぐに各隊の隊長格を集めることにした。

 

 

 

 

 

愛紗が隊長格を召集後、しばらくして一人の兵士が愛紗たちの前に現れた。

 

「お呼びでしょうか!?」

 

愛紗たちは確かにあのときの兵だと顔を見て確認する。

 

その兵士はなぜ呼ばれたのかいまいち理解できていないのか、少し戸惑っているように見えた。

 

「お前に聞きたいことがある。お前は会議の途中、確かに私達にこの村が襲撃されたという報告をしたな」

 

愛紗は相手を威圧しながら、質問する。

 

「は・・・はい!?間違いないです」

 

その威圧を前に兵士は完全に萎縮してしまっている。

 

「お前はその報告をどこで、誰から聞いたのだ?」

 

「えっ・・・」

 

その兵士は何を言われたか分かってないのかポカンとした顔をしている。

 

「答えろ!!どこで、誰から聞いたのだ!!」

 

愛紗は相手をさらに威圧するかのように怒鳴った。

 

「!?えっと・・・その・・・あれ・・・?」

 

兵士は愛紗の威圧もあり、混乱してしまっている。

 

「あ・・・と・・・それは・・・んん?」

 

何かを話そうとしているのは分かるが、うまく口から言葉が出ないようだ。

 

「どうした!!答えられないのか!!」

 

「はい!!!分かりません!!!!」

 

遂に愛紗の圧力に負け、声が裏返りながらもこう答えた。

 

「「はっ?」」「んにゃ?」

 

三人はその兵士が口走ったことの意味が理解できない。

 

「貴様・・・真面目に答えろ」

 

「ですから、分かりません!!」

 

「話す気はないということか・・・」

 

「違います!!本当に分からないんです!!」

 

「どういうことですか?」

 

愛紗の声が響く中、雛里も少し声のトーンを低くして改めてその兵士の話を聞こうとした。

 

「えっと・・・その・・・あれ・・・なんでオレ・・・どこで知ったんだ?」

 

しかし、兵士はもうパニック状態になっており、頭を抱えている。

 

その様子を見て、三人もだんだんと訳が分からなくなっていく。

 

「なんなのだ・・・こいつは・・・」

 

愛紗がその兵士をみて、つぶやいたその時

 

 

 

 

 

「あーーーーーーーーーはっはっはーーーーーーーーーーーー、はぁ~~~~~~~最高だな!!おい!!」

 

 

 

 

どこからか男の高笑いが村全体に響き渡った。

 

「誰だ!!」

 

突然の出来事に愛紗と鈴々は武器を構えて周囲を警戒する。

 

「どこ見てんだ?こっちだぜ」

 

二人は声のするほうを見ると、混乱している兵士の後ろにその男が立っていた。

 

白い髪が肩ぐらいまで伸びており、服は黒の拳法着を着用、右胸のところには金色の龍の刺繍が施されていた。

 

そして、腰に目をやると見慣れない形の刀を身に着けていた。

 

「いつの間に・・・」

 

愛紗は改めてその男に向かって青龍偃月刀を構える。

 

(まったく、気配がなかった・・・こいつ・・・できる)

 

鈴々もその男に向かって蛇矛を構えている。

 

「おめぇ、傑作だよ!あ~~、おもしれ~~、けど、もういいわ。弱者はどけ」

 

今まで笑っていた男がそう言うと、混乱している兵士のわき腹に強烈な蹴りを叩き込む。

 

「ぐはっっ!!」

 

兵士の骨の軋む音が辺りに響く。

 

蹴りの勢いで兵士は地面を転がりながら家の壁に衝突した。

 

そして、その兵士の上に壁や屋根の破片などが容赦なく降り注いだ。

 

「あ~あ、別に殺す気なかったんだけどな。ありゃ、死んだかな」

 

男は頭を掻きながら、飛んでいった兵士の方を眺める。

 

「何者だ・・・」

 

「オレ?オレはツルギってんだ」

 

「この村を襲ったのもお前なのか?」

 

「ん?いや、直接はやってねえよ。やることあったしな」

 

「あの兵士は仲間なのか?それとも、何かしたのか?」

 

「いやいや、仲間でもねぇし、オレはなんもしてねぇって、ただアイツがうまく説明できなかっただけだ。あいつの報告にウソなんかなかったろ?」

 

あの兵士の報告には確かに間違いはなかった。

 

現に漢中付近の村が何者かに襲われているのがその証拠だ。

 

彼がおかしかったのはただ一つ

 

“どこでその情報を入手したのか”それを言わなかっただけ

 

「オレからもいいか?あんたが関羽でそっちのちっこいのが張飛・・・だな?」

 

ツルギと名乗った男は二人を交互に見ながら、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「いかにも、私が劉備様と御遣い様に仕える最強の矛、関雲長だ」

 

「ふ~ん・・・。さすが軍神といったところか。なかなかやりそうだな」

 

愛紗は会話しながら相手の様子を観察していた。

 

ただ普通に立っている様にしか見えないのに、隙が全くない。

 

それに相手が放つ気当たりもかなり強い。

 

愛紗は雛里の方をチラッと見てみると、気当たりに完全に飲まれており体全体が震えていた。

 

「鈴々、雛里を安全なところまで連れて行け・・・」

 

「わ・・・分かったのだ」

 

鈴々も相手の実力を測っていたらしく、愛紗の言うとおり雛里を庇うように村から出て行った。

 

ツルギもその様子を見ながらも妨害はしなかった。

 

「お譲ちゃんは逃がしてあげられたか?まぁ、心配すんな。オレは武人以外には手をださねぇ。あの譲ちゃんは武力こそないが相当頭が切れそうだ」

 

鈴々が雛里を遠くまで連れて行った後、愛紗に向かって再び話し始めた。

 

「・・・、貴様は何故この村を襲ったんだ?」

 

「だから、オレは直接はやってねえって。ただ、様子を見てただけだ」

 

「ならば、そうなるように仕組んだのか?」

 

「まぁ、そんなところだな」

 

「隠さないのか」

 

「隠したって仕方ないだろ?」

 

そう言いながら、男は鼻で小さく笑う。

 

「ならば・・・、詳しい話を聞かせてもらおうか・・・。牢の中でな!!」

 

「オレと殺ろうってのか・・・、そうこないとな。退屈だったんだよ・・・今まで」

 

ツルギは腰につけていた刀の柄に手をかける。

 

愛紗も腰を落として、戦闘態勢に入った。

 

「最後に一つだけ貴様に聞きたい事がある」

 

「いいぜ。俺に答えられることならな」

 

愛紗はなぜかある事が無性に聞きたくなった。

 

もしかして、この男が関係してるのではないか。

 

あの方のことを知っているのではないか。

 

いや、愛紗は心の中で確信していた。

 

こいつは必ずこのことを知っていると・・・

 

「北郷一刀様はどこにおられる?」

 

「オレを倒せたら教えてやんよ・・・」

 

「そうか・・・なら!!」

 

その瞬間、愛紗の周りの空気の性質が一変する。

 

空気は震え、今まで以上の気迫がツルギに向かって放たれる。

 

常人ならこの気迫で縮こまってしまい、蛇に睨まれた蛙の様に動くことが出来なくなるだろう。

 

「ふっ、いいねぇ~。この空気が痺れてる感覚、久々だな。楽しいぜぇ~関羽!!」

 

しかし、ツルギは萎縮するどころか、獰猛な笑みも崩さず何事もない様に前に一歩進む。

 

そして、手をかけていた刀を鞘からスッと抜き出した。

 

「この外史は今の状態でも気と妖幻術しか使えないのか・・・。オレに最適の外史だな。オレ術使えねぇし」

 

「何を一人でブツブツ言っている。臆したか?」

 

「いやいや、あんたみたいな奴と戦うのが久々なもんで楽しくて仕方ないんだよ。待たせたならすまなかったな。・・・いくぜ」

 

ツルギは抜き放った刀を右手に持ち、構えもせず刃を地面に向けた状態で、そのまま愛紗のほうへと向かっていく。

 

愛紗も相手の実力は相当なものだと分かっているため、気は抜かない。

 

ツルギの放つ気迫は春蘭や雪蓮と対峙したときと変わらない強さを感じさせた。

 

それに負けじと愛紗もさらに気合を入れなおす。

 

そうして、二人は廃墟と化した村の広場で対峙することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「関雲長、推して参る!!!!」

 

二人の刃が広場中心で交差する金属音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

                     ―魏―

 

「報告します。前方に目的の村を発見しました」

 

兵士は春蘭、稟に報告した後、すぐに自分の持ち場へと戻っていった。

 

「なぁ、稟。まだダメか?」

 

「ダメです。もう少し情報を集めてからです」

 

春蘭も久々の遠征であり、体を動かしたくてウズウズしていた。

 

それを稟が必死に制している。

 

稟と春蘭のこのやり取りは、この行軍の間だけでも数十回交わされている。

 

目的の村を発見したという報告を受けてから、その頻度はさらに増す一方であった。

 

「なぁ、稟。まだダメなのか?」

 

「後もう少しです。待ってください。春蘭様」

 

「むぅ~」

 

春蘭がイスに座って子供のように足をバタバタさせている。

 

「後もう少し近づいたら、春蘭様の出番ですから」

 

稟も今までの報告のすべてに目を通して、どうすれば効率がいいかを考えていた。

 

「ほ、報告!!」

 

すると、いままでの伝令兵とは違い、慌てた様子で二人の下に駆け込んできた。

 

「大量の矢が先行隊を強襲!先行隊が後退しました」

 

「なに・・・、矢がなんだ!!だらしない。そんなの前までは日常茶飯事だったろうが!!」

 

稟に抑制され続けてきた春蘭が遂に切れてその兵にあたりだす。

 

「どのぐらいの矢が飛んできたのですか?」

 

春蘭に胸倉を掴まれている兵士に向かって、稟も冷静に話を促す。

 

「それが300から500以上の矢が一斉に射られたようなそんな感じで・・・空一面が矢だらけというか」

 

「500ですか?報告より多いですね」

 

たしか、報告にはおよそ100とされていたはず

 

稟は改めて手元の資料を見直した。

 

「もう我慢できん!!稟!!行くぞ!!」

 

春蘭は掴んでいた兵士を投げ飛ばしてそのまま外へ出て行ってしまう。

 

「ちょ・・・ちょっと!!はぁ~、もう限界ですか・・・仕方ないですね。私も行きます。案内してください」

 

稟はその兵士に手を貸し、その場所まで案内させた。

 

 

 

 

 

 

春蘭と稟は少し離れた位置から、矢が飛んできたという場所を眺めた。

 

平原になっているのだが、その平原にはとても100人の人間が一斉射撃した矢の量とは考えられないほどの量が地面に突き刺さっていた。

 

その矢の向こうにはそこそこ大きな村が見えた。

 

「この量が一斉に飛んできたのですか?弓兵の姿は確認できたのですか?」

 

「はい、一斉に隙間なく飛んできました。それに、兵の姿も確認できませんでした」

 

「ふむ・・・」

 

平原を一望すれば、矢が飛んできたのは事実だろう。

 

しかし、その平原には弓兵が隠れられそうな高台や崖といった地形もない。

 

いったいどこから飛んできたのか

 

「飛んできた方向もわかりませんか?」

 

「いえ、それは前方から飛んできたような気がします」

 

兵士はその方向を指す。

 

その指差す方向には目的地である村があるだけでそれ以外何もなかった。

 

「村からこの量が飛んできたのでしょうか?それなら、賊の数は100どころじゃないですね」

 

「稟よ。私にいい案がある」

 

稟が考えていると横から春蘭が胸を張りながら自身ありげにそう言った。

 

「・・・、一応聞いておきましょうか。あまり期待はしてませんが」

 

「おう!!これだけの矢が一斉に降りかかってくるのなら、ゆっくり進軍していたらいい的になってしまうだろ?」

 

「はぁ~、大体春蘭様が言いたいことはわかりましたが、続けてください」

 

「だからだな。ここは一気に突撃して相手を殲滅するのがいいと思うのだが」

 

思ったとおりの言葉が返ってきたため、もはやため息すら出なかった。

 

「ダメです。兵に危険が及ぶではありませんか」

 

「その程度のことで死ぬ軟弱な奴らは曹魏の兵にはいらん」

 

「ダ・メ・で・す」

 

「むぅ~、お前も相当なわからずやだな」

 

稟はその言葉を無視して、再び熟考を始める。

 

「あなたに頼みたいことがあります。数人を引き連れて村と相手の様子を見てきてくれませんか?」

 

稟はここまで案内した兵士に向かって、かなりの難しい仕事だとは思ったが、そう命令を出す。

 

「はっ」

 

命令を受けた兵士はすぐに実行に移すため、天幕へと帰っていった。

 

 

 

 

 

その日はこれ以上の無策の進軍は危険と判断し、駐屯することになった。

 

春蘭は今回のことに納得した様子はなく、テントでふて寝している。

 

そして、夜も更けてきた頃

 

軍師としての仕事をしていた稟のもとに命令を下した兵がやってきた。

 

「失礼します」

 

「おや、早かったですね。何かありましたか?」

 

「いえ、村への侵入は容易でした」

 

進軍を一時的とはいえ止めたほどの連中が村を占領しているのにもかかわらず、いとも容易く細作の進入を許している。

 

この一言に稟が少し違和感を抱く。

 

兵士は片膝をつけながら報告を進めていく

 

「村人と思われる人たちが広場で拘束されていました。かなり貧弱した様子も伺えます。広場に居た賊の数は目測でおよそ50から60といったところ。村の食料を食い荒らしている模様です」

 

やはり、報告にあったとおり賊の数は多く見積もっても100か200ぐらいだろう。

 

しかし、それではあの平原一面に刺さった矢の数と矛盾してしまう。

 

「賊の様子なんですが、どこにでもいるようなゴロツキという印象を受けました。何も訓練を受けていないというか・・・それと、これが一番重要と考えるのですが・・・」

 

「なんですか?」

 

「あの村は周囲に環濠を掘ってそれを防備に使っていたようなのですが、その環濠の内側に見慣れない“カラクリ”のような物が設置されていました」

 

「カラクリ・・・いったいどのようなものですか?」

 

「はい、仲間に絵がうまい奴がいましたので、そいつに簡単にですが絵を描かせました。大方この絵のとおりで問題ないかと・・・」

 

兵士は一枚の紙を取り出し、それを手渡した。

 

絵を見てみると、虎の顔の絵が描かれており、それが大きく口を開けてその口の中には無数の穴があいていた。

 

「このようなものが約5台置かれていました」

 

「ふむ・・・、現状を踏まえて考えると矢を放つカラクリといったところでしょうか」

 

「どのように動くのかは分かりませんでしたが、そのカラクリの側面に車輪のようなものが付けられていました。おそらくそれを回転させることによって矢が飛び出る仕組みではないかと・・・」

 

その絵をよく見てみると確かに虎の側面に車輪のような物が描かれていた。

 

「まだそういうカラクリとは目で見ていない分、断定はしかねますが、少数でより多くの矢をすばやく放つことが出来るという代物ならあの光景も納得できますね」

 

今回の情報はとても有益な物が多数手に入った。

 

この情報をもとに稟は改めて作戦を練って行く。

 

「・・・、これ以上時間もかけられませんし、相手が本当にただのゴロツキならばこの作戦で大丈夫でしょう。ご苦労様でした。あなたは休んでください」

 

「はっ」

 

兵士がそのまま天幕から出て行くと、稟は明日実行する作戦の準備を始めていった。

 

 

 

 

 

その翌日、作戦を早速実行に移した。

 

「全軍前進!」

 

春蘭の号令により、編制された兵士たちが少しずつ前進していく。

 

その中には騎馬隊はなく、すべてが歩兵隊で編制されていた。

 

ちょうど駐屯地と村との間に隊が差し掛かったとき、村の方から大量の矢が飛んでくるのがわかった。

 

空一面が矢で覆われている。

 

「全軍反転、退避!!後続の者は盾で防御を固めることも忘れるな!」

 

隊は何の乱れもなく春蘭の号令にあわせ即座に後退していく。

 

後続の者は盾を頭に掲げ、降り注ぐ矢を辛うじて防いでいた。

 

「矢はもう降ってこぬか。全軍、前進開始せよ!!」

 

矢が降ってこないところまで退避した後、また再び前進を開始する。

 

そして、先ほどと同じ地点に着いたあたりでまた矢が発射される。

 

それをまた後退していなすというのを続けていく。

 

その様子を稟は少しはなれた駐屯地より眺めていた。

 

「さて、あとは待つだけですが・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「全軍、前進せよ!!」

 

春蘭が四度目の前進命令を出す。

 

辺りにはもう土から矢が生えているのではないかと錯覚するぐらいの矢が一面に突き刺さっていた。

 

だが、進行を続けていくに連れて飛んでくる矢の数が明らかに少なくなってきたのが分かった。

 

毎回200から500ほどの矢が飛んでくるのだ。

 

当然、飛ばす矢がなくなってくるのも当たり前である。

 

そして、4度目に飛んできた矢の数は初めに比べて目に見えて少なくなっていた。

 

「もうそろそろ矢も尽きてきた頃ですね・・・。おや?」

 

稟が村の方を見てみると、村の上空に赤・青の煙が漂っているのが分かった。

 

「成功しましたか。春蘭様に伝令を」

 

命令を受けた伝令はそのまま、迷うことなく春蘭のもとへと駆けて行く。

 

稟は予め少数精鋭の部隊を編制しており、それを村の背後に設置していた。

 

名のある軍師相手ならこの程度の作戦は児戯に等しいと思われるが、相手はただのゴロツキならば、前方に気を取られすぎて、後方など目もくれないだろうと踏んだのだ。

 

案の定、精鋭部隊は難なく村に侵入、虎のカラクリを奪ったあとは真桜から操作方法を聞いていた閃光弾発射装置を使用し稟と春蘭に伝える。

 

「あまりほめられた作戦ではありませんが、山賊風情ならこの程度で充分でしょう」

 

あとは、春蘭に任せておけば大丈夫だろう

 

そう思った稟は駐屯兵に天幕の撤収を指示した。

 

 

 

 

 

 

 

「報告!!郭嘉様から突撃命令」

 

「やっとか!!さぁて、思う存分暴れてやろう。全軍抜刀!!我等に逆らう身のほど知らずを殲滅せよ!!」

 

鞘から刀が抜かれる音が各場所で響く。

 

気合を入れる声とともに、村へと突撃を始める。

 

毎回飛んできていた矢が今回はもう飛んでこない。

 

そのことを確認した兵達はさらに速度を加速させ、進撃を開始した。

 

「む、奴らも出てきたか。われらと野戦とは無謀な・・・」

 

村の入り口を見ると、いかにも柄が悪そうな奴らが集結しつつあった。

 

手には武器が持たれており、迎撃準備をしているようだ。

 

頭にはゴロツキには似つかわしくない立派な黒い兜を身に着けていた。

 

「あの程度でわれらの突撃を止められると思っているのか。全軍、敵の守りを突破し、一気に攻め落とせ!!」

 

その後の魏軍の快進撃はいうまでもない。

 

ただのゴロツキたちが訓練された兵士たちに抵抗できるはずもない。

 

わずかの時間で見る見るうちに村を奪還していった。

 

「首謀者と思われる者数人を捕縛いたしました」

 

そして、すぐに首謀者の捕縛にも成功した。

 

「よし、すぐに稟を連れてこい」

 

「はっ」

 

 

 

 

 

「あなた方が今回の村襲撃の首謀者ですか?」

 

村へと到着した稟はすぐに春蘭を連れて首謀者と思われる2人から話を聞くことにした。

 

村人達はすぐに解放され、今は別の者が同様に事情を聞いている。

 

「どうした?答えんか!!」

 

春蘭は七星餓狼を男の首に少しだけ当てる。

 

「ひっ!わっ、わかった。話すから、それをどけてくれ」

 

男は捕縛されながらも刀から首を離そうと必死になっている。

 

「では、改めて・・・村襲撃を計画したのはあなた達ですか?」

 

「・・・ちがう。オレらはただ暴れてくれと言われただけだ」

 

「やはりそうですか。誰に言われたのですか?」

 

ただのゴロツキ風情があれだけのカラクリを発明し、さらに千本以上の矢を集めることなど不可能だろう。

 

彼らの背後には必ず誰かがいると稟は考えていた。

 

「知らない・・・。顔は隠してたからな。でも、女の声だった」

 

「なぜ引き受けたのですか?」

 

「・・・・・・」

 

「どうせ暴れたかっただけなんだろ、貴様らは」

 

稟は淡々と相手に質問をしていく。

 

引き受けた理由というのは春蘭の言うとおりただ暴れたかっただけ

 

頼まれたのを口実に今までの鬱憤を解消すべく村を襲ったということで間違いないだろう。

 

「あのカラクリと矢もその依頼者から受け取った物なのですか?」

 

「ああ、面白い物をやろうっていうんでもらっといたんだ」

 

「あれはどういうカラクリなのですか?」

 

「たしか“弩砲(どほう)”とか言ってたな。矢を放つ代物だ」

 

話を聞くに稟が推測したとおりのカラクリでほぼ間違いなかった。

 

あのような物は戦場で使用されているのを見たことがない。

 

真桜にもそのようなカラクリがあるという話はきいたことがない。

 

まず、真桜がこのカラクリについて知っていたら間違いなく作っていただろう。

 

その依頼者、またはその仲間に真桜並みのカラクリ技師がいるのだろう。

 

「話は大体分かりました」

 

「俺らはこれからどうなるんだ?」

 

「それは法の下厳重に裁かれるのでしょう。まぁ、自らの欲求を満たすために村人に多大な被害を出しているのです。重罪なのは間違いないですね」

 

稟は冷たい表情を彼らに向ける。

 

そして背中を向けて、春蘭と天幕から出て行こうとする。

 

「曹操は黄巾の賊を仲間にしたんだよな!?俺達もそうしてくれよ。いい働きするぜ」

 

「・・・、ふっ。本当に愚か者ですね」

 

背中を向けたまま、さらに馬鹿にするように鼻で笑う。

 

「あなたみたいに味方の情報を敵にすぐに教えるような馬鹿者など必要ありません」

 

そして、稟、春蘭はその場から立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

稟と春蘭はそのまま自分の天幕に戻ろうしたが、後ろから兵士に声をかけられる。

 

「郭嘉様、夏侯惇様、少しよろしいでしょうか?」

 

「なんですか?」

 

「奴らの矢の保管場所を見つけたのですが、そこでこのようなものを見つけました」

 

兵士の手には立派な黒い兜があった。

 

とても山賊風情が買える様な安物ではなく、明らかに高価な物だった。

 

「そういえば、突撃した時も奴らこれを身に着けていたな」

 

「おそらく、依頼者があのカラクリと一緒に渡していったのでしょう。分かりました。回収しておいてください」

 

「はっ、あとこのようなものも」

 

兵士は兜を地面に置き、背中から布のようなものを取り出した。

 

「矢の保管場所で一本だけですが、旗が立ててありました」

 

それを兵士は二人に広げてみせた。

 

「牙門旗か?この字はなんて読むのだ?」

 

「私も知らない字ですね・・・。依頼者の物でしょうか?」

 

旗の色は黒に近い灰色で、そこに一文字「*」と書かれている。

 

その字は稟でさえも読めないまるで見たことがない文字だった。

 

「この文字・・・私は好かんな」

 

「なぜですか?」

 

「別に・・・何となくだ。わたしは先に行く・・・」

 

春蘭はそのまま自分のテントへと帰っていく。

 

「?? 一応調べてみますか」

 

稟は鞄から紙と筆を取り出す。

 

そして、その文字を紙に書き写して自室へと戻っていった。

 

 

END

 

 

 

あとがき

 

 

 

どうもです。

 

いかがだったでしょうか?

 

少し長くなっちゃいました。

 

長くなるときはもう少し短めに分割して、7章前編①とか7章前編②とかにした方がいいのでしょうか?

 

少し考えてみようかと思います。

 

あと、文中に出てくる「*」の読み方ですが、「アスタリスク」又は「アステリスク」です。

 

一応書いておこうかと思います。

 

 

 

 

さて、次回の予告をちょっとだけ

 

雪蓮は蓮華の見舞いのあと、すぐに襲われた村へと急行していた。

 

愛紗もツルギを相手に善戦するも・・・

 

次回 真・恋姫無双 黒天編 「灰色軍旗」 中編 見幻と顕現

 

では、これで失礼します。

 


 
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